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池田龍雄氏死去 受け止めたい反戦の魂(2020年12月17日配信『佐賀新聞』-「論説」)

 暮れも押し迫る中、元特攻隊員の画家・池田龍雄さん=伊万里市出身、東京都練馬区=の訃報が飛び込んできた。享年92。17歳の誕生日に終戦を迎えた少年はやがて「アヴァンギャルドの旗手」と呼ばれた。次々に前衛表現を打ち立てる、反戦・反権力に貫かれた生涯だった。 池田さんは1928年生まれ。伊万里商業学校を経て、飛行予科練習生として鹿児島海軍航空隊に入隊。特攻隊に編入され、茨城県の霞ケ浦航空隊で終戦を迎え...

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生きて帰った特攻隊員を隔離軟禁 旧陸軍「振武寮」 跡地で分譲マンション建設進む(2020年12月7日配信『毎日新聞』)

旧陸軍施設「振武寮」跡地の前で話す西南学院大の伊藤慎二教授=福岡市中央区で2020年12月2日午後1時33分、矢頭智剛撮影 太平洋戦争末期、機体トラブルなどで帰ってきた特攻隊員を次の出撃まで収容した旧陸軍施設「振武(しんぶ)寮」(福岡市中央区薬院)跡地でマンション建設が進んでいる。振武寮を巡っては戦後、元隊員らが「収容中は生還したことを上官に激しく非難され、暴行されることもあった」と証言している。日本が無謀...

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「特攻隊養成所」が八女にあった 茶畑地帯に八角形の飛行場(2020年8月18日配信『西日本新聞』)

測量士として飛行場建設の総監督を務めた父と八女に移り住んだ七字さん。自宅そばには、飛行場との境界線を示す「運輸通信省」の境界標が残る八女市の一角に残る飛行機の格納庫跡終戦前年に完成、戦後は農地に 茶畑が広がる福岡県八女市内の一角に、かつて特攻隊を養成する飛行場があった。通称「岡山飛行場」は、終戦の前年に完成。一時は数百人の生徒がいたとされ、訓練後は知覧や沖縄から特攻に加わった。戦後ほどなく農地とな...

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特攻命じられ「死刑宣告、足が震えた」 93歳元隊員「戦争ほどむごいことはない」(2020年8月15日配信『毎日新聞』)

練習機「赤とんぼ」を持つ鳥谷さん=佐賀市で2020年8月13日午後2時34分、竹林静撮影 太平洋戦争末期の1945年5月に旧満州(現中国東北部)の飛行場で撮られた特攻隊員の写真がある。戦闘服に身を包み、両腕を組んで遠くを見つめるのは鳥谷(とりや)邦武さん(93)=佐賀市=だ。旧陸軍の特攻隊「第427振武(しんぶ)隊」の一員で、出撃命令を待つ間に終戦を迎えた。あれから75年が過ぎ、飛行場で寝食を共にした隊員15人のうち存命...

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【終戦75年】「俺が死んだら何人泣くべ」 特攻隊員が残した覚悟の遺書と、たったひと言の偽らざる気持ち(2020年8月10日配信『アーバン ライフメトロ』)

合田一道(ノンフィクション作家) 大きくなったら戦地へと信じた少年期「俺が死んだら何人泣くべ」という書を残した特攻隊員、前田啓(画像:合田一道) 東京でも猛暑日を記録する日が続いています。まさに真夏といったこの時期、終戦記念日(8月15日)が近づいてくると、あの文言がよみがえってきます。「俺が死んだら何人泣くべ」 若き特攻隊員、前田啓が出撃前に書き記した文言です。 北海道室蘭市出身。23歳。1945(昭和20...

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戦後75年の夏 回天 遺品初のデジタル化】<上>最期の手紙 極限下、家族への思い(2020年8月8日配信『中国新聞』)

初めてデジタル化された搭乗員の手紙や遺品などを見ることができる展示装置 ▽検閲・管理乗り越え届く 旧日本軍の人間魚雷「回天」の悲劇を伝える周南市大津島の回天記念館は7月、搭乗員の遺書などをデジタル画像で閲覧できる展示装置を導入した。当時を知る遺族や住民が減る中、戦争の記憶を次代に伝えるため初めてデジタル化された約1300点の全資料。戦後75年の終戦の日を前に、資料から浮かぶ若者を死に追いやった戦争...

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Author:gogotamu2019
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