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記事一覧

戦後75年の北海道 平和と共生の未来を築く(2020年8月16日配信『北海道新聞』-「社説」)

 あの大戦は、北海道にも大きな影を落とした。 道内各地で空襲の被害を受け、多くの犠牲者を出した。沈められた船もある。沖縄戦の犠牲者数は、沖縄県に次いで北海道が多い。 戦争末期に旧ソ連が侵攻した北方四島は、今も不法占拠が続く。長年の返還運動にもかかわらず、北方領土問題は未解決である。 北海道は国家間、あるいは異なる政治体制間の対立の最前線となった。戦争がもたらした現実に揺れ続けた75年間だったと言え...

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十分に悔い、世界に献身で報いてきたわが国(2020年8月16日配信『産経新聞』-「産経抄」)

 終戦の日から数日して灯火管制が解かれ、夜の街は一斉に光を取り戻した。戦火におびえ疲れ切った国民にとっては、安息の訪れを約束する街明かりと映ったろう。皮肉なことに、人々は蝉しぐれや紅葉の季節を経て、敗戦の本当の厳しさを知ることになる。 ▼神戸で終戦を迎えた西東三鬼は〈寒燈(かんとう)の一つ一つよ国敗れ〉と詠んだ。「寒燈」は寒々しい冬のともしびである。物資は行き渡らず、年を越せるかどうか不確かな中で...

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終戦の日 平和と繁栄への犠牲忘れまい(2020年8月16日配信『読売新聞』-「社説」)

 戦争を直接知る人は、年を追って減っていく。平和への誓いを新たな世代に引き継いでいかなければならない。 75回目となった終戦の日、政府主催の全国戦没者追悼式が、天皇、皇后両陛下をお迎えして東京で開かれた。 天皇陛下はお言葉で、昨年に続いて「過去を顧み、深い反省の上に立って」という表現を使い、「再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願う」と述べられた。 「深い反省」は、上皇さまが戦後70年の式典で初...

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6歳になって間もない輝子ちゃんの左脚は…(2020年8月16日配信『毎日新聞』-「余録」)

 6歳になって間もない輝子ちゃんの左脚は爆弾でちぎれた。幼稚園の夏休み2日目。トカゲのしっぽみたいにまた生えてと念じたが、薬もなく傷口は腐り、治るまで9カ月かかった。大けがの1カ月後に戦争は終わっていた▲75年前の8月、もし戦争が続いていたら、米軍は同年11月に南九州、翌年春に関東平野へ史上最大の上陸作戦を決行する計画だった。鹿児島県薩摩川内市で安野(あんの)輝子さん(81)の運命を暗転させた空襲...

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<戦後75年>ビキニ被ばく訴訟から 核とゴジラと漁船員と(2020年8月16日配信『東京新聞』-「社説」)

 「ゴジラ」は1954年秋に映画に登場した怪獣です。南太平洋のビキニ環礁で米国の行った水爆実験を機に誕生しました。それさえ知らない人が増えました。「核の申し子」の設定なのです。 水爆は広島型原爆の1千倍もの威力があるといわれました。同年春先にはマグロ漁船・第五福竜丸など多数の漁船が放射性物質の「死の灰」を浴びました。全貌は不明ですが、漁船1千隻、被ばく者1万数千ともいわれます。 「ゴジラ」はむろん...

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安倍首相の式辞から「歴史と向き合う」消える 「積極的平和主義」に初めて言及 全国戦没者追悼式(2020年8月16日配信『東京新聞』)

 安倍晋三首相は15日、全国戦没者追悼式の式辞で、第2次政権発足以降は毎年盛り込んでいた「歴史と向き合う」という趣旨の内容を初めて削った。先の大戦を巡るアジア諸国への加害責任や反省には今年も触れず、政権の外交・安全保障の方針を表す「積極的平和主義」という言葉を新たに加えた。戦後75年の節目にあたり、過去を振り返るよりも、未来に目を向ける姿勢を一層、強く打ち出した。 首相は2015年の戦後70年談話...

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「断末魔の中でもがいた」 戦争の恐ろしさ、教え子に訴え―「大和」生還、西田さん(2020年8月16日配信『時事通信』)

戦艦大和の模型を手に話す元乗組員の西田耕吾さん=7日、和歌山県紀の川市戦艦大和元乗組員の西田耕吾さんが海軍に入った当時(左)と二等兵曹任官時の写真=7日、和歌山県紀の川市 太平洋戦争末期の1945年4月7日、世界最大級の戦艦「大和」は、沖縄へ向かう途中の鹿児島県坊ノ岬沖で米機動部隊艦載機の猛攻を受け、沈没した。決死の覚悟で海に飛び込み、九死に一生を得た西田耕吾さん(98)=和歌山県紀の川市=は「も...

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「もう死ぬことはないんだ」と実感した日<平和の俳句>(2020年8月16日配信『東京新聞』)

 終戦の日に合わせて読者の皆さんから寄せられた「平和の俳句」。少年兵として駆逐艦に乗り組んだ岡本信吾さん(90)=埼玉県宮代町=は、神戸港の埠頭で、終戦を告げる玉音放送を聞いた時の思いを詠んだ。海軍に志願したものの、死と隣り合わせの日々。「もう死ぬことはないんだ」と、15歳の胸をなで下ろした8月15日を忘れない。75年後の夏、3人目のひ孫も生まれ「この子たちは戦争に行かせたくない」と平和への願いを...

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列島各地で鎮魂の祈り 記憶引き継ぐ若者たち 終戦の日(2020年8月16日配信『東京新聞』)

 終戦から75年を迎えた15日、日本列島は鎮魂の祈りに包まれた。コロナ禍にもかかわらず、東京都内の慰霊や追悼の場に訪れた若者は、戦争の記憶を引き継ぐ決意を語った。 (原田遼、小沢慧一)◆大学生の三浦大輔さん(20) 「戦争を知るため足運ぶ」横浜市青葉区の大学一年、三浦大輔さん=東京都千代田区千鳥ケ淵戦没者墓苑で 千鳥ケ淵戦没者墓苑(千代田区)を訪れた横浜市青葉区の大学1年、三浦大輔さん(20)は、コ...

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なにげない日常「これって平和かも」 「平和の俳句」入選作を紹介します(2020年8月15日配信『東京新聞』)

 きょう15日は戦後75年の終戦の日。戦没者を悼み、平和への思いを新たにする特別な日は、新型コロナウイルスの感染拡大により、何げない日常の大切さをあらためて感じさせる日ともなりました。戦後70年の2015年に東京新聞紙面で「軽やかな平和運動」として始まった「平和の俳句」。今年は過去最多の8534句が読者の皆さんから寄せられました。その中から4句を紹介します。現行の憲法ありて安眠す   利光はる子(...

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戦後75年 栗林中将の孫・新藤義孝氏 遺骨収集「最後のお一人まで」が国の責務(2020年8月15日配信『産経新聞』) 

自民党・新藤義孝氏(春名中撮影) 厚生労働省の外部有識者による専門技術チームが3月、ロシア・シベリア地域で遺骨収集した埋葬地9カ所のうち、7カ所について「日本人を埋葬の主体としていなかった」と結論付ける報告書をまとめた。専門家は10年以上前から遺骨が日本人のものではない可能性を指摘していたが、厚労省は公表を控えていた。硫黄島の戦いを指揮した栗林忠道中将も遺骨が帰還していない一人。戦没者の遺骨収集に...

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「貴女の心もいつしか…」戦死の祖父が送り続けた“ラブレター”(2020年8月15日配信『西日本新聞』)

納骨堂に納められていた渡瀬次男さんと妻チエ子さんの写真手紙には、長女の紀代子さんの成長ぶりを想像し、妻チエ子さんを気遣う、幸福感に満ちた言葉がつづられていた(写真の一部を加工しています)次男さんの軍籍には、「最後の消息は詳でないが、昭和20年2月26日壮烈なる戦死を遂げたものと認定」とあった渡瀬次男さん。軍艦で撮影されたとみられる色あせた便箋を手に「手紙を読むと普通のお父さんで、家族を思う気持ちがすご...

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終戦から75年 「今の平和は夢のよう」忘れられない“戦争の記憶”【新潟】(2020年8月15日配信『NST新潟総合テレビ』)

「ああ、ここに写ってた。これ私」新潟市西区に住む大竹ミツさん(97)。見つめていたのは戦争中に撮られた自身の写真です。ミツさん:「ああいう時代の戦争はみんな『国のため、国のため』。何を言っても『国のため』だった」「あのときは狂っていた」大竹ミツさん(97)1939年に始まった第二次世界大戦。この戦争で広島や長崎に原子爆弾が投下され、国内でも多くの犠牲者を出しました。終戦から今年で75年。戦時中に日本で何があっ...

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令状届いた日、今も鮮明に 「来た」父の言葉忘れず 遺族代表の杉山英夫さん(2020年8月15日配信『時事通信』)

事前取材に応じた全国戦没者追悼式で遺族代表として追悼の辞を述べる杉山英夫さん=12日午後、静岡市 全国戦没者追悼式で遺族代表として追悼の辞を述べた杉山英夫さん(82)=静岡市駿河区=は、父甚作さんに召集令状が届いた日、「(令状が)来ちゃったよ…」とつぶやいた父の声が今も鮮明に耳に残っている。【写真】全国戦没者追悼式で追悼の辞を述べる遺族代表の杉山英夫さん 終戦から75年がたち遺族の高齢化が進む中、「戦...

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戦後75年;戦争の記憶どう引き継ぐ 進む世代交代、若者へ発信も(2020年8月15日配信『日刊スポーツ』)

全国戦没者追悼式に参列した人たち(15日、東京都千代田区の日本武道館)終戦の日の15日、各地で追悼式が営まれた。今年で戦後75年。世代交代が進み、戦時の記憶は消えつつある。「平和への思いを引き継いでいかなければ」。追悼の現場では誓いの声が聞かれるとともに、戦争の教訓と向き合いながら、若い世代に向けて発信する取り組みも始まっている。「毎年少しずつ空席が目立つようになってきた」。日本武道館(東京・千代田)で...

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「貴女の心もいつしか…」戦死の祖父が送り続けた“ラブレター”(2020年8月15日配信『西日本新聞』)

納骨堂に納められていた渡瀬次男さんと妻チエ子さんの写真 「戦死した祖父の事をもっと知りたい」。福岡市の北本直子さん(49)から、あなたの特命取材班に連絡があった。レイテ沖海戦で亡くなったと言われていた海軍少尉の祖父が、実は陸上で戦死していたことが最近はっきりしたという。鼻筋が似ていると言われる写真の中の祖父。北本さんと共に足跡をたどった。戦場から送られた「ラブレター」 「小さい頃、フカヒレは食べたら...

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「紫電改」が墜落 葬られた列車転覆事故 75年後の慰霊碑(2020年8月15日配信『産経新聞』)

事故現場となった北条鉄道の線路脇に建立された慰霊碑=兵庫県加西市事故の発生を知らせる新聞を手にする藤原昭三さん事故現場に近い網引駅に設置された説明板=兵庫県加西市 第二次大戦中、さまざまな大事故や災害などが「軍事機密」を理由に秘匿された。兵庫県加西市の旧国鉄北条線(今の北条鉄道)で起こった列車の脱線転覆事故もその一つだ。多数の死傷者を出した列車事故として報道されたものの、原因や経緯などは闇に葬られ...

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「終戦の日」の自民党声明、“脅威への抑止力”が初登場。消えたワードは?(過去10年分を比較)(2020年8月15日配信『ハフポスト』)

毎年、終戦の日の8月15日に自民党が公表する声明。戦争の歴史と戦後の歩みへの受け止め、恒久平和に対する考えや立場を知ることができる。党が公式サイトで公表している過去10年分(2010〜2012年は総裁談話、2013年以降は党の声明)を読み比べると、戦後75年となる2020年の声明文で初めて盛り込まれたワードや、削除された言葉、重視する内容の変化が浮かんだ。■「脅威」が初登場2020年の声明全文は以下の通り。(以下引用)<本日、...

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戦後75年コロナ禍の全国戦没者追悼式 陛下「深い反省」、首相は加害責任に触れず(2020年8月15日配信『共同通信』)

全国戦没者追悼式でお言葉を述べられる天皇陛下と皇后さま=15日午後、東京・日本武道館 終戦から75年を迎えた15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で行われた。新型コロナウイルス感染症の影響で規模が大幅に縮小され、20府県の遺族が欠席となったが、参列者は戦没者を悼み、不戦の誓いを新たにした。天皇陛下は昨年に続き、お言葉に「深い反省」との文言を盛り込まれた。 安倍晋三首相は式辞...

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首相式辞から「歴史と向き合う」消え「積極的平和主義」が初登場 戦没者追悼式(2020年8月15日配信『共同通信』)

全国戦没者追悼式で式辞を述べる安倍首相=15日午前、東京・日本武道館(代表撮影)  安倍晋三首相が15日の全国戦没者追悼式で述べた式辞には「歴史と向き合う」という趣旨の言葉がなかった。一方、首相が掲げる「積極的平和主義」が初登場。日本の加害責任には今年も言及せず、過去を顧みない姿勢が一段と鮮明になった。 安倍首相は第2次安倍政権発足後の2013~19年の式辞で、毎年「歴史と謙虚に向き合い」「歴史の...

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終戦75年 各党談話 2020年8月15日

終戦の日 自民党声明 本日、75回目の終戦記念日を迎えました。先の大戦で犠牲となられたわが国並びに全ての国の英霊に対し、衷心より哀悼の誠をささげますとともに、二度とわが国は戦争への道を歩まないと強く決意いたします。 戦後75年がたち、先の大戦を経験した世代が少なくなる中で、あの惨禍を風化させてはなりません。唯一の戦争被爆国として、常に歴史と謙虚に向き合い、被爆の実相を次の世代に語り継ぐことが何より...

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村山元首相「『侵略でない』受け入れられない」 戦後75年で談話(2020年8月15日配信『産経新聞』)

村山富市元首相 村山富市元首相は15日、戦後75年を迎えるにあたり、平成7年の「村山談話」に託した思いとして談話を発表した。「中国・韓国・アジアの諸国はもとより、米国・欧州でも、日本の戦争を侵略ではないとか、正義の戦争であるとか、植民地解放の戦争だったなどという歴史認識は全く受け入れられるはずがないことは自明の理だ」と改めて強調した。 村山談話については「世界各国の人々や政府から高い評価を受け続け...

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「さようなら」敵地で終戦、渡された致死量の青酸カリ手に同期5人で涙(2020年8月15日配信『神戸新聞』)

戦争の記憶をたどる治居冨美さん=小野市市場町、くつろぎの杜 兵庫県小野市の元養護教諭、治居(はるい)冨美さん(95)は太平洋戦争中、従軍看護婦として中国・上海に派遣され、約2年間、傷病兵の世話に明け暮れた。そして、戦況を何も知らされないまま、敗戦。敵地にいる彼女たちにとって、この日こそが最も恐ろしい一日になった。75年前の8月14、15日を再現する。 8月14日  深夜。日本赤十字社北海道支部の救...

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戦地で見た地獄絵図の記憶 中国や沖縄転戦の99歳男性「戦争は尊厳や意思すら奪う」(2020年8月15日配信『共同通信』)

沖縄戦の記憶を語り、涙を拭う栗原夏雄さん=7月、群馬県伊勢崎市で 戦地で見た地獄絵図が、今もまぶたに焼き付いている。群馬県伊勢崎市の栗原夏雄さん(99)は日中戦争で、軍命に従い捕虜を拷問し、銃殺した。沖縄戦では米軍の捕虜となったが、非人道的な扱いはされず、日本軍の残虐さを思い知った。命のともしびの弱まりを感じる今、若い世代に伝えたい。「戦争は個人の尊厳や意思すら奪う。2度とやっちゃいけない」 太平...

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高畑勲監督が「『火垂るの墓』では戦争を止められない」と発言し続けた理由! 日本のズルズル体質に強い危機感(2020年8月15日『日刊ゲンダイ』)

2017年4月、東京で行われた三上智恵監督とのトークイベントでの高畑勲監督(撮影=編集部) 75年の節目を迎えた今年の終戦記念日、リテラ が日本の加害責任を改めて問う企画をお届けしているが、締めの第5弾で紹介したいのは、故・高畑勲監督の発言だ。今回本サイトが日本の加害を振り返っているのは、歴史修正主義の跋扈によって、大日本帝国の戦争犯罪がなかったことにされ、メディアの戦争回顧企画も日本人兵士が国のために命...

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村上春樹が長編小説『騎士団長殺し』とエッセイ『猫を棄てる』に込めた歴史修正主義との対決姿勢! 父親の戦中の凄惨な中国人虐殺の記憶を…(2020年8月15日配信『リテラ)

 75年の節目を迎えた今年の終戦記念日、リテラ が日本の加害責任を改めて問う企画をお届けしているのは、歴史修正主義の跋扈によって、日本軍の戦争犯罪がなかったことにされ、メディアの戦争回顧企画も日本人兵士が国のために命を散らした美談や日本人が辛苦に耐えたが苦労話ばかりが目立つようになったからだ。 しかし、そんななかで、逆に意外な人物が日本の戦争犯罪を真正面からとらえ、歴史修正主義と対決する姿勢を示すよ...

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昭和天皇の末弟「三笠宮崇仁親王」が日本軍の南京での行為を「虐殺以外の何物でもない」と明言し、歴史修正主義を批判(2020年8月15日『日刊ゲンダイ』)

宮内庁HPより 75年という節目の終戦記念日。リテラ では、昨今のメディアで日本軍の「加害」責任が封じ込められていることに焦点をあて、その原因を作った歴史修正主義を批判し、日本の戦争犯罪の真実を暴く特別企画をお届けしている。 第1弾、第2弾では中曽根康弘元首相、産経グループの総帥だった鹿内信隆の「軍の慰安所創設」への関与と下劣な発言と関与を改めて紹介したが、第3弾のテーマは南京虐殺。 南京虐殺もまた慰安婦...

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慰安婦問題を否定する者の正体! 産経グループ“中興の祖” 鹿内信隆が「軍の慰安所作り」を下劣自慢 「調弁した女の耐久度、消耗度も」(2020年8月15日配信『リテラ)

アマゾン➡ここをクリック 終戦記念日特別企画としてお届けしている日本の加害責任を改めて問い直すアンコール特集。第2弾は、フジテレビを開局するなど、 “中興の祖”として長く産経グループをワンマン支配してきた鹿内信隆氏の慰安婦をめぐる発言を発掘した記事だ。 産経グループといえば先の戦争が侵略戦争であったことを否定する歴史修正主義メディアで、従軍慰安婦についても日本軍の責任ではなかったとするデマを振りまき続...

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戦後75年を迎えてに関する論説(2020年8月15日)

終戦から75年 命の尊さをかみしめたい(2020年8月15日配信『北海道新聞』-「社説」) 日本だけで310万人、アジア太平洋地域では2千万人とも言われる犠牲者を出した戦争の終結から、きょうで75年を迎える。 戦後の日本は戦争の放棄と戦力不保持をうたう平和憲法を掲げ、戦争当事国にはならない道を、4分の3世紀歩んできた。 だが、その平和がこの先も保たれるのか。安倍晋三首相のこれまでの取り組みを見れば...

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父との絆を探し硫黄島へ 3・11で形見の短剣失った石巻の男性 <つなぐ 戦後75年>(2020年8月13日配信『共同通信』)

父の遺影の前で硫黄島の地図を広げる内海昭さん=7月、宮城県石巻市で 宮城県石巻市の内海昭さん(74)は、太平洋戦争の激戦地・硫黄島で父を亡くした。生まれる前に出征したため会ったことがなく、東日本大震災の津波で自宅を流され、形見の短剣も失った。父との絆を求めて昨年11月、硫黄島での遺骨収集に参加。「いつの日か、歯のひとかけらでもいいから、ふるさとに連れて帰りたい」と願う。 海軍軍人だった父佐々木励さ...

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<取材ファイル>兄眠る故郷 遺骨戻らず 激戦地・硫黄島 慰霊続ける86歳(2020年1月23日配信『東京新聞』)

戦没者追悼式で、慰霊碑に花を手向ける木崎久さん 漂う硫黄の臭い、もやに浮かぶ摺鉢(すりばち)山…。生まれ故郷の硫黄島に降り立った木崎久(ひさ)さん(86)=東京都府中市=は車いすの上で肩を丸め、目を閉じた。太平洋戦争の激戦地・硫黄島。兄・菊池朝夫さん=享年(17)=は島に残り、戦死した。遺骨は今も見つからず、木崎さんら元島民の帰還も実現していない。 (岡本太) 16日、同島で行われた都主催の戦没者...

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「生きて帰れません」 そう言い残し ロス五輪銀メダリストは硫黄島で戦死した(2019年8月1日配信『東京新聞』)

父の写真などをかたわらに、五輪と平和が続くことを願う達雄さん=兵庫県尼崎市で 河石達吾(たつご)。20歳で1932年のロサンゼルス五輪競泳に出場し、銀メダルに輝いた若者は13年後、太平洋戦争屈指の激戦、硫黄島の戦いで命を落とした。長男の達雄さん(74)=兵庫県尼崎市=は、開催まで1年を切った東京五輪を前に「父のように戦死した多くのアスリートが、五輪が平和の祭典として続く礎になったことを忘れないでほ...

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Author:gogotamu2019
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