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【75年目の告白】岐阜・黒川開拓団 満州で性的な接待を強いられた女性たち「歴史の渦の中で引き回され、きょうまで生きるとは」(2020年12月21日配信『中京テレビNEWS』)

戦前、岐阜県旧黒川村など(現白川町)から開拓団の一員として満州に渡った女性たち。彼女たちは敗戦後、生きて日本に帰るために、団からソ連兵に対する性的な接待を強いられました。当時、18歳以上の女性が駆り出されたとされた“接待”でしたが、今回の取材で14歳の少女が犠牲を強いられたことや、“接待”は一度ではなかったことなどが、初めての告白により明らかになりました。生きて日本に帰るために。そして仲間を救うために。終...

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硫黄島で日米が合同慰霊式 「戦争は凶器と語り継ぐ」(2020年10月24日配信『共同通信』)

硫黄島で開かれた日米合同の慰霊式=24日、東京都小笠原村(代表撮影)© KYODONEWS 硫黄島で開かれた日米合同の慰霊式=24日、東京都小笠原村(代表撮影) 太平洋戦争末期の激戦地・硫黄島(東京都小笠原村)で24日、日米合同の慰霊式が開かれた。21回目。コロナ感染予防のため規模を大幅に縮小して行われた。日本側の遺族でつくる硫黄島協会の寺本鉄朗会長は戦後75年が経過したことに触れ「悲惨な戦いを二度と繰り返さぬよう、戦...

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キンコンカン(2020年10月23日配信『高知新聞』-「小社会」)

 戦後大ヒットしたラジオドラマ「鐘の鳴る丘」は、3年余りの間に800回近く放送された。脚本を手掛けた菊田一夫は戦時中、戦意を高揚させる劇をいくつか書いている。  戦争で親や家を失った孤児と復員兵が希望や夢を信じて一緒に暮らす―。「鐘の鳴る丘」は、国民を戦争に駆り立ててしまったと感じた菊田の贖罪(しょくざい)の思いが込められているとの見方がある。♪鐘が鳴ります キンコンカン メイメイ子ヤギもないてます...

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【戦後75年】 特攻同然に変更「突っ込みます」 サイパンに散った兄17歳(2020年10月14日配信『産経新聞』)

 太平洋戦争末期、銃撃隊から急遽、特別攻撃に加わって、17歳で亡くなった少年がいた。「海軍第1御楯(みたて)特別攻撃隊」の高橋輝美飛行兵長。本土に対する爆撃を阻止しようと、B29の発進基地サイパン島を攻撃、未帰還となった。「戦闘機乗りとして、お国のため、家族を守るためにもっと活躍したかったはず」と、残された妹が、戦後75年が経った今もなお、輝美さんの死を悼み、慰霊を続けている。  (高橋義春) サ...

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「戦後75年 伝えたい10代の記憶」 戦時下の若者の悲惨な体験を訴え(2020年10月12日配信『テレビ愛媛』)

戦後75年の今年、10代の多感な時期に戦時下を生きた若者の体験を通し、戦争の悲惨さを考える企画展が西予市で開かれています。この企画展「戦後75年伝えたい10代の記憶」は、日中戦争から太平洋戦争にかけ当時10代だった4人の若者がつづった日記やアルバムなどを中心に、約200点の資料が展示されています。松山高等女学校に通っていた松澤和子さんの日誌には、戦時下で強制された勤労作業を「のがれざる運命」と表現...

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ガダルカナル(2020年9月18日配信『河北新報』-「河北春秋」)

 9月の高く澄んだ空を見上げると、十数年前に訪ねた南の島を思い出す。オーストラリアとパプアニューギニアを経由し、ほぼ1日がかりでたどり着いた▼島の名はガダルカナル。5336平方キロの面積は東京都のおよそ2.5倍。ソロモン海の波は小石の浜を静かに洗い、うろこ雲を浮かべた朝の空はプラチナに輝いていた。この島の風光に、詩人の吉田嘉七(1918~97年)は「よみの色」を見ていた▼島の北岸にある飛行場の争奪を...

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終戦直後の夏…(2020年9月7日配信『毎日新聞』-「余録」)

 終戦直後の夏。当時のソ連によって抑留され、強制労働に苦しみながらも、画家は絵の具箱を手放さなかった。帰還後に「シベリア・シリーズ」を描いた香月(かづき)泰男だ▲<生命そのものが危険にさらされている瞬間すら美しいものを発見し、絵になるものを発見せずにはいられなかった>。そんな自分を香月は<絵かき根性のあさましさ>と書き残した。だが、そうであったからこそ逆境でも自分を保っていられたと振り返る▲戦後75...

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真珠湾に長岡花火 慰戦没者の霊と平和への祈り込め3発(2020年9月5日配信『毎日新聞』)

真珠湾で打ち上げられた長岡花火=米ハワイ州ホノルル市で(第二次世界大戦終戦75周年ハワイ記念事業実行委員会提供) 太平洋戦争開戦の地となった米ハワイ州ホノルル市の真珠湾で2日(現地時間1日)、戦没者の慰霊と平和への祈りを込めた長岡花火3発が打ち上げられた。現地で開催された第二次世界大戦終戦75周年記念事業の一つとしての企画で、真珠湾での長岡花火打ち上げは3回目。 空襲で大きな被害を受けた新潟県長岡...

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身近な戦争の記憶(2020年9月2日配信『北海道新聞』-「卓上四季」)

 ゴーという音とキラキラ光るものが沢山みえました。屋根に何かふってきてバリバリこわれて、私は母にしがみついて妹は泣き叫び、祖母がどこかで何かを叫んでいました▼札幌市の太田禮子さんの一文だ。3歳で経験した苫小牧空襲の記憶は現実感に乏しく、後に母親に確認するまで夢と思っていたこともあったという▼苫小牧市統計書によると、市内では1945年7月14、15日、米軍機の機銃掃射や焼夷弾(しょういだん)投下で4人...

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終戦2日前の空襲で生徒犠牲 都留高女「学校葬儀」の弔辞展示 大月市郷土資料館(2020年9月1日配信『毎日新聞』)

 終戦2日前にあった米軍による大月空襲の実態を知ってもらおうと、大月市郷土資料館(大月市猿橋町猿橋)は特別展「戦後75年大月空襲」を9月30日まで開いている。山に囲まれた地方の小都市が米艦載機の標的となった理由や空襲の実態、75年を経ても今なお市内に残る戦争の痕跡などを紹介している。【小田切敏雄】 1945年8月13日にあった大月空襲は、旧制都留高等女学校で生徒や教員ら24人が、大月駅裏にあった興...

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硫黄島での遺骨収集に参加(上・中・下)(2020年8月31日~9月2日配信『東京新聞』)

硫黄島での遺骨収集に参加 汗だくで見つけた「赤茶けた棒」<遺骨は語る・上>(2020年8月31日配信『東京新聞』) 東京都心からはるか1250キロ離れた南海の硫黄島。ここには戦後75年を経た今も、日本兵1万人の遺骨が地下に眠っている。この夏、遺骨収集の派遣団に加わり、2週間にわたって島に滞在した。本土防衛の盾となって壮絶な死を遂げた将兵たちの望郷の思いを背に遺骨を捜した。(編集委員・椎谷哲夫)日本...

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「宇垣特攻」のなぞ(2020年8月31日配信『神戸新聞』-「正平調」)

作家の城山三郎さん この夏、本紙で連載した「特攻兵の涙」に登場する元海軍主計大尉、潁(え)川(がわ)良平さん(99)が取材記者に自作のレポートを託した。一読して、深く考え込んだ◆タイトルは「敗戦祖国の最大危機を救った人 中津留達雄海軍大尉」。中津留大尉は玉音放送の後、最後の特攻として沖縄に飛び立った。ベストセラーになった城山三郎さんの著書「指揮官たちの特攻」の主人公である◆命じたのは宇垣纏(まとめ)...

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「若い記者が平和の大切さ伝えて」 戦後75年「20代記者が受け継ぐ戦争」に読者からエール(2020年8月31日配信『東京新聞』)

「戦後75年・20代記者が受け継ぐ戦争」に読者から寄せられた意見や感想 今年で18年目となる「20代記者が受け継ぐ戦争」(11~13日)に読者から感想が寄せられた。戦後75年がたつ中、若い世代が戦争の悲劇を書き継ぐことにエールをいただいた。 連載では、中国などに従軍した島田兼之さん(99)が「戦争をすると人間は汚くなる」と語った記事を掲載(11日)。東京都豊島区の船曳愛子さん(79)は、父親の従軍...

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「ひまわり」(2020年8月28日配信『熊本日日新聞』-「新生面」)

 画面いっぱいに広がるヒマワリの花が印象的だった。女優ソフィア・ローレンらが好演した映画「ひまわり」が封切られて、今年は50年の節目という。それを記念した映像修復版が各地で上映中で、熊本でも9月に公開される▼映画は第2次世界大戦によって引き裂かれた夫婦の悲劇を描いた。イタリアからソ連戦線に送られ、終戦後も戻らない夫をソフィア演じる妻が探しに出向く。途中、立ち寄るのがヒマワリ畑。数々の映画音楽を手掛...

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悲惨な体験をどう語り継ぐか(2020年8月27日配信『しんぶん赤旗』ー「潮流」)

 この夏、原爆についてこれまでとは違う角度から迫ったテレビ番組に注目しました。一つはNHKのドラマ「太陽の子」です▼日本で原爆開発の研究が進められていた実話にもとづく物語。研究に参加し苦悩する学生、戦死することにおびえる弟、幼なじみの女性は戦争が終わった将来に思いをはせていました。言論統制下の青春が決して一様ではなかったのです▼もう一つの番組は、ドキュメント’20「煉瓦(れんが)の記憶」。被爆建物で...

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戦没者の遺骨収集 帰還へ取り組みの加速を(2020年8月27日配信『熊本日日新聞』-「社説」)

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で海外渡航が制限される中、戦没者の遺骨収集の作業が足踏みしている。遺骨収集は、終戦から75年を経てなお未解決の戦後処理の一つだ。帰還を望む遺族に残された時間は少なく、政府は取り組みを加速させなければならない。 厚生労働省によると、先の大戦による海外戦没者は240万人。その半数近い約112万人の遺骨が戻っていない。最多のフィリピンで約37万人分、ノモンハンを含む...

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戦争孤児たち/大人は「叫び」に向き合えたか(2020年8月26日配信『神戸新聞』-「社説」)

愛神愛隣舎で過ごす子どもたち 先の大戦は判明しているだけでも全国に12万3511人の「戦争孤児」を生んだ。兵庫県は5970人。広島県に次いで2番目に多い。 混乱期とはいえ、国は子どもたちの保護を後回しにした。街をさまよう孤児に社会は冷たかった。 そんな中、民間組織を中心に救いの手を差し伸べる人々がいた。神戸市灘区の児童養護施設「愛神愛隣(あいしんあいりん)舎」もその一つ。日本で唯一、在日朝鮮人のた...

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「あの戦争さえなかったら」中国残留孤児、命の証言集が出版(2020年8月24日配信『東京新聞』)

  太平洋戦争後、旧満州(中国東北部)に取り残された中国残留孤児。埼玉県川越市の元短大講師藤沼敏子さん(67)が、残留孤児62人のインタビューをまとめた証言集「あの戦争さえなかったら 62人の中国残留孤児たち」(津成書院)上下巻を出版した。戦争の記憶が薄れる中、藤沼さんは「この人たちの人生をなかったことにすることは絶対にできない。若い人にも、悲劇の上に今の歴史が続いていることを知ってほしい」と話す...

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シベリア抑留 遺骨収集進め実態解明を(2020年8月23日配信『毎日新聞』-「社説」)

 第二次大戦終結直後の8月23日、旧ソ連の指導者スターリンの命令でシベリア抑留が始まった。その悲劇から75年になる。 厚生労働省の推計によると、旧満州(現中国東北部)などにいた元日本兵ら約57万5000人が「捕虜」として連行され、収容所で強制労働させられた。 過酷な環境の中、栄養失調や病気などで約5万5000人が亡くなったとされる。約1万5000人は身元不明のままだ。 10年前に成立したシベリア特...

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「対馬丸」撃沈から76年、疎開学童ら追悼 沖縄と広島で慰霊祭(2020年8月22日配信『東京新聞』)

 太平洋戦争後期に沖縄を出港した学童疎開船「対馬丸」が鹿児島県沖で米潜水艦に撃沈され、子どもら1500人近くが犠牲になった事件から76年の22日、那覇市と広島市で慰霊祭が営まれた。今年は初めて両市をオンラインでつないで同時開催し、犠牲者を追悼。学童疎開船「対馬丸」撃沈から76年となり、慰霊碑に焼香する参列者=22日午前、広島市で 新型コロナウイルス対策のため、那覇市の碑「小桜の塔」と広島市南区の比...

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シベリア抑留 悲劇の実態 全容解明急げ(2020年8月22日配信『西日本新聞』-「社説」)

 第2次大戦で日本が降伏を通告した後に起こった「シベリア抑留」は今も続く悲劇である。この記憶を決して風化させてはならない。 75年前となる1945年8月23日、旧ソ連の指導者スターリンが旧満州(中国東北部)などにいた元日本兵らの抑留を命じた。悲劇の始まりである。 厚生労働省の推計では約57万5千人もが移送され、旧ソ連などの収容所で強制労働に従事した。抑留は最長11年に及び、「シベリア三重苦」と表現される酷寒、重...

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対馬丸撃沈76年 「父を返して」癒えぬ喪失 船ではぐれ、遺品も遺骨もなく(2020年8月22日配信『琉球新報』)

父盛好さんの遺影を見つめる知名美智子さん=21日午後2時、那覇市若狭の対馬丸記念館喜屋武盛好さんの遺影 児童や一般の疎開者を乗せた輸送船「対馬丸」が米軍魚雷の攻撃によって沈没してから22日で76年。那覇市若狭の対馬丸記念館では、今年9人の遺影が新たに掲げられた。知名美智子さん(82)=那覇市=は21日、同記念館を訪れて父、喜屋武盛好さん(享年38歳)の遺影を掲げた。対馬丸の生存者でもある知名さんは「やっと掲...

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対馬丸の悲劇 子どもの未来 奪わない(2020年8月22日配信『琉球新報』-「社説」)

 疎開学童(国民学校の初等科児童)らを乗せて那覇から九州に向かった対馬丸が、米潜水艦の魚雷攻撃によって沈没してから76年を迎えた。 乗船した学童のうち9割以上が犠牲になった。対馬丸の悲劇は、軍の論理を最優先したために引き起こされた。国家の戦争責任を繰り返し問いたい。戦争によって二度と子どもたちの未来を奪ってはならない。 1944年7月7日、アジア・太平洋戦争中、日本が設定した「絶対防衛圏」の要である...

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夏の終わりに(2020年8月22日配信『北海道新聞』-「卓上四季」)

 雲間からの日差しを浴び、日本海が鈍い銀色にきらめいていた。お盆の終わりに留萌市の黄金岬を訪ねると、磯場で戯れる親子連れのはるか向こう、小平から増毛にかけての沖合は凪(な)いでいた▼75年前のきょうあの海で樺太(サハリン)からの引き揚げ船3隻(小笠原丸、泰東丸、第二新興丸)が旧ソ連潜水艦に攻撃された。1700人以上の犠牲者を出した「三船遭難事件」。終戦から1週間後、女性や子どもら計5千人余を運んで...

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ナチス犯罪に時効なし 久保田正広(2020年8月21日配信『西日本新聞』-「オピニオン」)

 トム・クルーズ氏主演の映画「ワルキューレ」(2008年)。第2次大戦中の1944年に起きたヒトラー暗殺未遂事件という実話に基づく。 主人公のドイツ国防軍大佐は総統大本営の会議室に爆弾入りのかばんを置き、退出。計画通りに爆発したがヒトラーは軽傷で、クーデターを起こそうとした大佐と仲間たちは銃殺刑に-。 事件から76年となる今年7月20日、ベルリンで追悼式典が開かれた。敗戦直後は大佐のグループを反逆者と見なす向き...

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<8月の窓>飛行機造る夢かなわず(2020年8月19日配信『東京新聞』)

戦時中を振り返る藤原祥三さん=東京都目黒区で 戦時中、飛行機を造りたいと夢見たが、爆弾開発に駆り出され、終戦後は別の道を選ばざるを得なかった。旧東京帝国大学で航空工学を専攻した東京都目黒区の藤原祥三さん(95)は、今も悔いを残す。 1944年に大学に入り、戦後に「宇宙開発の父」として知られることになる糸川英夫助教授(当時、故人)の下で無人飛行爆弾の開発に携わった。航空機から投下し敵艦船が発する熱線...

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シベリア抑留 実態の解明は終わっていない(2020年8月19日配信『読売新聞』-「社説」)

 第2次世界大戦で日本が降伏を表明した後に起きた悲劇を風化させてはならない。政府は、シベリア抑留の実態解明や犠牲者の遺骨収集の取り組みを加速させる必要がある。 旧ソ連の指導者スターリンは1945年8月23日、旧満州(現中国東北部)などにいた元日本兵らの抑留を命じた。 厚生労働省の推計では、約57万5000人が旧ソ連やモンゴルに移送された。酷寒の地での重労働や飢えなどにより、約5万5000人が死亡し...

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政権の歴史認識 浅薄な地金が出てきた(2020年8月18日配信『信濃毎日新聞』-「社説」)

 「二度と繰り返さない」。そう強調するなら、なぜ止めることができなかったかを謙虚に振り返り、国民に語りかけるのがあるべき姿ではないのか。 終戦の日の全国戦没者追悼式で安倍晋三首相が述べた式辞から、歴史と向き合う趣旨の文言が消えた。昨年までは「歴史の教訓を深く胸に刻み」といった表現を用い、形だけでも触れていた。 戦後75年を経て、戦争を直接体験した世代の多くが世を去り、歴史をどう語り継いでいくかが問...

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夏の光景が一変した。本来あるべきものが消えたり、様変わりしたりすると…(2020年8月18日配信『西日本新聞』-「春秋」)

 夏の光景が一変した。本来あるべきものが消えたり、様変わりしたりすると、やはり寂しい。東京での「8・15」全国戦没者追悼式。コロナ禍で欠席する遺族もあり、参列者は昨年の10分の1以下に▼お盆の帰省に伴う交通混雑もなし。祭りや花火大会の中止も相次ぎ、世の中が静かなせいか、せみ時雨が例年にも増して耳を突く▼こちらは寂しいというより、どこか怪しい。戦没者追悼式での安倍晋三首相の式辞。戦争の惨禍を繰り返さないとし...

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硫黄島からの手紙 我が子の誕生喜ぶ父の文字 抱かれることなかった子の思い(2020年8月18日配信『毎日新聞』)

硫黄島から届いた亡き父からの手紙を示す鈴木孝夫さん。身重の妻をいたわり、生まれてくる子の名が記されていた=千葉県流山市で2020年7月30日午前11時30分、柴田智弘撮影 「安産とのこと、待ちに待った男子の誕生、非常によろこび居(お)ります」。茶色く変色した便箋に、妻の無事と我が子の誕生を心から喜ぶ文字が並ぶ。その後、手紙の送り主は硫黄島に散った。「もし父が生きていたら、厳しく育ててくれたかな」。...

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火垂るの墓(2020年8月18日配信『秋田魁新報』-「北斗星」)

 放り投げられたドロップの缶が夏草の茂みに落ちた。その拍子にふたが取れ、小さな白いかけらが転げ出る。ホタル数十匹が点滅しながら飛び交った。そんな印象的な描写から物語は空襲の場面にさかのぼる▼野坂昭如さんの短編「火垂(ほた)るの墓」は1945年、敗戦前後の神戸などが舞台。海軍の父は音信なし、母を空襲で失い必死に生き抜こうとする兄妹を描く。兄は中学生、白いかけらは先に亡くなった4歳の妹の骨だった▼後に制...

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「福岡ホニアラ会」資料を後世に ガダルカナルで戦死した兵士慰霊(2020年8月18日配信『西日本新聞』)

福岡ホニアラ会事務局長を務めた故上村清一郎さんが残した資料を手にする築地武士さん「平和教育に活用を」 太平洋戦争の激戦地、ガダルカナル島で戦死した日本兵の遺骨収集や慰霊活動に長年取り組んだ「福岡ホニアラ会」の活動記録などの資料が、福岡県朝倉市に寄贈された。資料は会の事務局長を務め、10年前に78歳で亡くなった同市出身の上村清一郎さんが残したもので、会の関係者が引き受け先を探していた。関係者は「遺族や元...

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コロナは戦争に匹敵する災禍(2020年8月18日配信『東奥日報』-「天地人」)

「一体いつになったらコロナは収まるのか」。そう問い掛けるのが日々のあいさつになってから既に半年近く。お盆休みが明けた各地の職場などでは、どんな言葉が交わされたのであろうか。 1カ月余り前の本紙夕刊の世相川柳欄に、<コロナ禍は世の中すべて丸のみし>という句があった。まさにその通りだ。自宅以外ではマスクを着用。スーパーに買い物に行けば、入り口で手指をアルコール消毒。新聞を開けば、ほとんどの面に新型コロ...

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政権と終戦の日 歴史顧みる姿勢見えぬ(2020年8月18日配信『北海道新聞』-「社説」)

 今年の終戦の日は「加害の歴史」に真摯(しんし)に向き合わない安倍晋三政権の姿勢がより鮮明になったと言うほかない。 首相に近い高市早苗総務相、萩生田光一文部科学相、衛藤晟一沖縄北方担当相の3人と、小泉進次郎環境相が靖国神社を参拝した。 現職閣僚の終戦の日の参拝は4年ぶりで、4人の参拝は安倍政権で最多となった。 靖国神社は戦前、国家神道の中心的役割を果たし、軍国主義を推進する精神的な支柱だった。 東...

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「飛行機を手で押した」空襲、特攻兵の姿…81歳語る当時(2020年8月17日配信『西日本新聞』)

目達原飛行場の正門跡かつて誘導路だった道を歩き、当時を振り返る北村邦弘さん 太平洋戦争中、目達原飛行場があった佐賀県吉野ケ里町。飛行場の北西、同町横田地区から南に向かって飛行機の誘導路があったという。8月上旬、「子どもの時に飛行機を手で押していた」と話す同町の北村邦弘さん(81)と現地を巡り、当時を振り返ってもらった。 JR吉野ケ里公園駅の北約800メートル、旧三田川町と旧東脊振村の境からスタート。かつて...

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引き揚げと教訓(2020年8月17日配信『長崎新聞』-「水や空」)

 戦後の引き揚げ者たちは、命からがら日本に帰り着いた後も暮らしは厳しく、大変な苦労が続いたという▲本紙の女性投稿欄「えぷろん」平和特集の編集に当たって数人の高齢の投稿者と電話でやりとりした際、引き揚げについてもさまざまな声が聞かれた。「家族で日本に着いて田舎の親戚を頼ったが、分けてもらったのは小さなやせた土地。開墾から始まりました」。差別も少なからずあった▲引き揚げの過程では「船上で亡くなった人を海...

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貴重な旧陸軍機、東京へ 青森から「適切保存を」(2020年8月17日配信『共同通信』)

戦時中、青森県の十和田湖に沈み、2012年の引き揚げ後に同県で展示されていた旧日本陸軍の「一式双発高等練習機」が「生まれ故郷」の東京へ帰還することになった。所有する県航空協会が、製造元・立川飛行機の流れをくむ企業に譲渡する。旧日本陸軍の一式双発高等練習機(9日、青森県三沢市)=共同日本航空協会の「重要航空遺産」に認定された貴重な機体。関係者は「寂しいが、より適切な保存のため決断した」と話している。練習機...

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【政治デスクノート】シベリアに眠る祖父 終わらない戦後(2020年8月17日配信『産経新聞』)

ロシアから提供された抑留死亡者の名簿。名前や住所、死因などが書かれている=東京・霞ヶ関の厚生労働省(鈴木健児撮影)※住所、死因はモザイク処理をしています 7月、95歳で天寿を全うした大叔父の葬儀に参列した。7人兄弟の6番目。子供がおらず、奥さんを亡くした後は四半世紀近くも一人暮らしだったが、近年はクリスマスのたびにローストチキンや大量のお菓子を抱えてわが家を訪れてくれ、私の子供とともに大変かわいが...

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被爆75年(2020年8月16日配信『しんぶん赤旗』ー「潮流」)

 被爆75年。“原爆投下は必要だった”という神話がまたぞろ出るかと思いきや、そうでもない。“不必要で誤りだった”という声を主要メディアが取り上げている―オンライン集会での米国の活動家の話です▼一例がスーザン・サザード氏のワシントン・ポスト紙への寄稿です。故谷口稜曄(すみてる)さんら5人の被爆者の人生をまとめた『ナガサキ』を著したノンフィクション作家です。日本の降伏が確実視されていたこと、米政府が意図的に...

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不戦誓う夫婦だけの慰霊祭 継続へ「体動く限り」 小倉南の宮崎さん(2020年8月16日配信『西日本新聞』)

平和公園の忠霊塔前で黙とうする宮崎さん夫婦 75回目の終戦の日を迎えた15日、北九州市小倉北区黒原の平和公園に一組の夫婦の姿があった。戦没者の遺族でつくる小倉南北区遺族連合会事務局長の宮崎賢二さん(77)と妻シヲ子さん(77)。同会は例年、終戦の日に平和公園で慰霊祭を催すが最近、参加者は宮崎さん夫婦を含めてわずかしかなく、今年は新型コロナウイルスの影響で中止。それでも夫婦は2人だけでも「慰霊祭」をやろうと...

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占守島戦没者を追悼 元少年戦車兵「僕らの戦争は8月18日」(2020年8月16日配信『産経新聞』)

占守島に残された戦車とみられる車両の残骸=平成29年7月(第11戦車隊士魂協力会提供)占守島戦没者の慰霊碑前で記念撮影をする慰霊祭出席者ら=16日、札幌市中央区の札幌護国神社(寺田理恵撮影) 先の大戦で日本の降伏表明後に日ソ両軍が交戦した千島列島シュムシュ島(占守島)の戦没者を追悼する慰霊祭が16日、札幌市の札幌護国神社で行われ、約30人が激戦に思いをはせた。 終戦とされる8月15日以降も千島や樺...

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花火に重なる空爆 国境なき医師団看護師が内戦の地で見たもの<平和の俳句>(2020年8月16日配信『東京新聞』)

 紛争地などで医療支援をする国際非政府組織(NGO)「国境なき医師団」の手術室看護師・白川優子さん(46)が、本紙「平和の俳句」に賛同し、作品を寄せた。内戦下のイエメンやシリアで医療活動にあたった経験がある白川さんは、美しい夏の花火を見ても、空爆を思い出すという。 (松崎晃子)海へだて空爆音と令和の花火と  白川優子(国境なき医師団)白川優子さん 作品は、終戦の夏に思いを巡らせて詠んだ。花火は、紛...

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<つなぐ 戦後75年>戦争の悲惨さ 深く刻む 世田谷で五輪と平和展 幻の大会があった(2020年8月16日配信『東京新聞』)

五輪の歴史を伝える「オリンピックと平和」展=世田谷区で 戦争などの影響を受けてきた五輪の歴史を紹介する「オリンピックと平和」展が、世田谷区立平和資料館(池尻)で開かれている。当時の世界情勢と合わせて五輪を見ることで、平和について考えてほしいと企画された。9月6日まで。 今年、コロナで延期された五輪が開催されれば二度目の東京大会になるはずだったが、実は過去に東京で開催が予定され実現しなかった「幻のオ...

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<つなぐ 戦後75年>終戦日の朝 20歳で戦死 飛行兵の最期たどる(2020年8月16日配信『東京新聞』)

杉山光平さんの最期をたどる調査を振り返る久野さん=睦沢町立歴史民俗資料館で 終戦の日の朝、茂原市(旧茂原町)にあった茂原海軍航空基地からゼロ戦で出撃し、20歳で命を落とした飛行兵がいた。第252海軍航空隊の上飛曹だった故杉山光平さん。これまで注目されてこなかったが、その最期の消息をたどる地元有志らの調査が、実を結び始めている。 (鈴木みのり)飛行兵時代の杉山光平さん 厚生労働省の記録などによると、...

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「山の中に来るなんて」 長野の旧海軍壕見学会で小学生驚き(2020年8月16日配信『毎日新聞』)

壕の入り口で説明を聞く参加者ら=長野市安茂里小市で2020年8月15日午前9時47分、南迫弘理撮影 終戦の日の15日、長野市安茂里小市に残る旧海軍壕(ごう)で見学会があり、長野市立松ケ丘小学校の4~6年生の児童ら14人が参加して当時の様子に思いを巡らせた。 見学会は初めての取り組み。開催した「昭和の安茂里を語り継ぐ会」は壕の調査や見学に向けた周辺整備などを行っており、近く地元住民を対象とした見学会...

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「平和の鐘」の音に祈り 終戦の日に合わせ集い 徳島・地蔵寺(2020年8月16日配信『毎日新聞』)

平和を願い鐘をつく参加者=徳島県小松島市松島町の地蔵寺で、2020年8月15日午後0時1分、国本ようこ撮影 終戦の日の15日、徳島県小松島市松島町の地蔵寺(服部宏昭住職)で「平和の鐘の集い」があった。参加した地域住民ら約20人は、戦争犠牲者に黙とうをささげたほか、読経の中、鐘を突きながら戦争のない世を願った。 地蔵寺では、太平洋戦争中に供出した鐘を作り直した1952年から、毎年8月15日に集いを開...

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「しっかり家を守ってください」戦地からの「遺言」、父の軍事郵便を大切に 東京・東村山(2020年8月16日配信『毎日新聞』)

ビルマの父から留守宅の母に送られた軍事郵便=東京都東村山市で2020年8月7日、青島顕撮影 東京都東村山市の田浪政博さん(81)は、父清次さんが戦時中ビルマ(ミャンマー)から東京の留守宅に送った軍事郵便を大切にしている。政博さんの将来を気遣う内容だ。清次さんは現地で戦死。田浪さんは「家族が心配だったんでしょう」と手紙に託した父の心情を思う。15日、国分寺市の平和祈念式に合わせ市役所内で展示された。...

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[戦後75年の夏に]もっと「平和の文化」を(2020年8月16日配信『沖縄タイムス』-「社説」)

 小さな違いのように見えるが、その意味は決して小さくない。 新型コロナウイルスの影響で規模が大幅に縮小された15日の政府主催の全国戦没者追悼式。 戦後生まれの天皇陛下はお言葉で「過去を顧み、深い反省の上に立って…」と述べ、反省の文言を盛り込んだ。  安倍晋三首相は、これまで使ってきた「歴史と謙虚に向き合い」「歴史の教訓を胸に刻み」などという歴史と向き合う趣旨の表現を今回は使わなかった。反省にも触れ...

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終戦から75年 不戦の決意、改めて胸に(2020年8月16日配信『中国新聞』-「社説」)

 75年の節目を迎えた「終戦の日」のきのう、全国戦没者追悼式が営まれた。先の大戦で軍人・軍属約230万人が戦死し、都市への空襲や広島・長崎への原爆投下などで民間人約80万人も亡くなった。日本が植民地支配・侵略したアジア各国でも多大な犠牲を強いた。 こうした膨大な代償を払って築いたのが今の平和と言えよう。戦争の惨禍を再び繰り返さないよう、不戦の決意を改めて胸に刻みたい。 追悼式は新型コロナウイルスの...

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消えゆく記憶/一人一人が語り継ぐ者として(2020年8月16日配信『神戸新聞』-「社説」)

戦場体験者と語るウェブ茶話会 戦後75年という年月が突きつけるのは、戦争を実体験として語れる世代が年老い、いなくなる時代がすぐそこまで来たという現実である。 語り継がれてきた戦争の記憶が途切れた時、この国はどこへ向かうのか。残された時間で、体験者から何を受け取り、さらに次の世代にどう伝えるかが問われている。 「戦争体験」を歴史に封じ込めてしまうのではなく、今を生きる自分たちの問題として未来につなぐ...

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