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記事一覧

終戦の日 新時代も不戦の誓いを(2019年8月16日配信『中国新聞』ー「社説」)

 戦後生まれが大半を占める時代になっても決して忘れてはならない。令和に入って初めて迎えたきのうの終戦の日で改めて心に刻んだ不戦の誓いである。 天皇陛下は、戦後生まれとして初めて全国戦没者追悼式に臨まれた。昨年のお言葉をほぼたどり、戦後70年の時に加えられた「深い反省」も踏襲された。 表現をほとんど変えないことで、戦時を体験し、国内外で慰霊の旅を続けられた上皇さまの平和への思いを受け継ぐ意志を明らか...

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不戦の誓い/「深い反省」の上に立って(2019年8月16日配信『神戸新聞』ー「社説」) 

 「終戦の日」のきのう、政府主催の全国戦没者追悼式が開かれた。令和初の式典で、戦後生まれの天皇陛下が初めてお言葉を述べられた。 戦争世代の上皇さまは昨年まで自ら鉛筆を握り、惨禍を繰り返さないとの決意を語ってこられた。戦後70年の2015年以降は先の大戦への「深い反省」を毎年表明されてきた。 その思いを引き継ぐ意思の表れだろう。陛下も「過去を顧み、深い反省の上に立って」と明言された。「再び戦争の惨禍...

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追悼式の式辞 加害に触れないままでは(2019年8月16日配信『信濃毎日新聞』ー「社説」)

 終戦から74年を迎えたきのう、政府主催の全国戦没者追悼式が開かれた。 安倍晋三首相は式辞で「歴史の教訓を深く胸に刻み」と述べたものの、今年もアジア諸国への加害責任に触れなかった。 先の大戦で亡くなった日本人は軍人、軍属、民間人を合わせ300万人以上だ。首相は「平和と繁栄は、戦没者の皆さまの尊い犠牲の上に築かれた」と述べた。 忘れてはならない。亡くなったのは日本人だけではない。日本が侵略した中国や...

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天皇陛下お言葉 語り継ぐ大切さ伝えた(2019年8月16日配信『茨城新聞』―「論説」)

 戦後生まれの天皇陛下が初めて、政府主催の全国戦没者追悼式に臨まれた。「お言葉」で、上皇さまが平成の時代に繰り返し述べられた先の大戦に対する「深い反省」や平和への思いを引き継いでいく姿勢を示した。上皇さまのお言葉を踏襲しながら、戦争を知らない世代として、語り継ぐことの大切さを国民に改めて伝えたといえよう。 陛下は幼い頃から、戦時中に疎開した経験を持つ上皇さまご夫妻の話を聞いて育った。被爆地の広島や...

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戦没者の慰霊はどうあるべきか(2019年8月16日配信『河北新報』ー「河北春秋」)

 太平洋戦争を主導した首相東条英機は戦争は精神力の勝負だと考えていた。元秘書官が現代史研究家保阪正康さんに証言している。現実の裏付けのない精神論を、保阪さんは「これほどひどい非知性的な発言はない」と著書に記している▼昭和天皇は1975年を最後に靖国神社に参拝しなくなった。東条らA級戦犯を合祀(ごうし)したからだ。2006年に公になった元側近のメモに、不快感を示したとある▼靖国神社が昨年秋、当時の天皇...

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戦没者追悼 過去の直視 欠かせない(2019年8月16日配信『北海道新聞』―「社説」)

 終戦の日のきのう、天皇陛下が即位後初めて全国戦没者追悼式に参列した。 「過去を顧み、深い反省の上に立って」と言及し、不戦の誓いを強調した。上皇さまが昨年述べた内容とほぼ同じだった。 安倍晋三首相は式辞で「惨禍を二度と繰り返さない」と述べた一方、アジア諸国への加害責任と反省には言及しなかった。 これは第2次安倍政権発足後、2013年から7年連続になる。 戦争で多大な犠牲を強いた加害側として、歴史を...

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終戦の日の言葉から 令和も不戦受け継いで(2019年8月16日配信『東京新聞』-「社説」)

 きのうは令和最初の「終戦の日」。先の大戦の反省の上に立つ不戦の誓いは時代を超えて、昭和から平成、そして令和へと受け継がねばならない。 1937(昭和12)年の日中戦争から始まった長い戦争の終結を告げる昭和天皇の「玉音放送」がラジオから流れたのは45(同20)年8月15日の正午。あの日から74年が過ぎた。 東京の日本武道館で行われた政府主催「全国戦没者追悼式」への参列予定者は約5400人だったが、...

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終戦74年 英霊たちに静かな祈りを(2019年8月16日配信『産経新聞』-「主張」)

令和初めての終戦の日の15日、5月に即位した天皇陛下が日本武道館で行われた政府主催の全国戦没者追悼式に初めて臨まれた。 陛下はお言葉の中で「戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と述べられた。 終戦の日は、戦没者を静かに追悼する日である。鎮魂の思いとともに尊い犠牲のうえに国が築かれ、守られてきた歴史を次代へ伝えていく決意を新...

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戦後74年 記憶を風化させない努力を(2019年8月16配信『読売新聞』ー「社説」)

 日本の平和と安全は、戦後の努力の積み重ねの上にあることに、改めて思いを致したい。 政府主催の全国戦没者追悼式が、天皇、皇后両陛下をお迎えして開かれた。 天皇陛下はお言葉で、「過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願う」と述べられた。 「深い反省」という表現は、戦後70年の追悼式で上皇さまが初めて用いられた。天皇陛下は、令和の時代となっても、戦争を知る世代である上...

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令和初の戦没者追悼式 受け継がれた平和の願い(2019年8月16日配信『毎日新聞』-「社説」)

 終戦の日のきのう全国戦没者追悼式が営まれ、天皇陛下がこの式で初めておことばを述べられた。「過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い--」と語り、慰霊と平和へのお気持ちを表した。 平成の30年間、戦没者を悼み、遺族に寄り添って平和の尊さを後世に伝えていこうとした上皇さまの姿勢を、陛下が受け継いでいくことを明確に示した。 戦後生まれで初めて即位した陛下は、幼少期以...

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戦没者の追悼 「深い反省」受け継いで(2019年8月16日配信『朝日新聞』ー「社説」)

 終戦から74年。きのう東京で開かれた全国戦没者追悼式に天皇陛下が即位後初めて出席し、「おことば」を述べた。 昨夏までの30年間、上皇さまは一言一句に推敲(すいこう)を重ね、この日のおことばに思いを注いできた。戦後50年の節目となった1995年に「歴史を顧み」、そして70年の2015年には「さきの大戦に対する深い反省」という一節を盛り込み、過去を直視する姿勢を内外に示した。 そして今年。戦後生まれ...

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同窓生の姉妹は運動場に呼び出され…95歳、消えぬ記憶(2019年8月16日配信『朝日新聞』)

 アジア・オセアニア地域の多くのひとびとを巻き込んだ太平洋戦争。当時を知る世代の高齢化が進む中、高級ホテルチェーンのシャングリラホテルなどを創業したマレーシア出身の実業家、ロバート・クオック氏(95)が朝日新聞の取材に応じ、自身の戦争体験を語った。 クオック氏は、砂糖取引や不動産業などで成功した。米誌フォーブスの今年の富豪ランキングではマレーシアで首位で、昨年はマハティール首相(94)を支える賢人...

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東京大空襲振り返り平和を訴える 作家の早乙女勝元さん(2019年8月15日配信『NHKニュース』)

 終戦の日の15日、東京 江東区では74年前の東京大空襲を体験した作家の早乙女勝元さんが当時を振り返りつつ、若者たちに平和の大切さを訴えました。 ことし6月まで「東京大空襲・戦災資料センター」の館長を務めていた早乙女勝元さん(87)は12歳の時に大空襲を経験しました。 15日は戦災資料センターに集まった人たちを前に、早乙女さんが合わせて100回を超えた東京への空襲について「どれほどたくさんの焼い弾の火種の中を逃...

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日本人だけど証明できない…戦争という時代に翻弄され樺太に取り残された聴覚障害の男性(2019年8月15日配信『岡山放送』)

第2次世界大戦の敗戦で敗戦で南樺太から帰国できなかった日本人が多数いた残留日本人を探す政府の呼びかけに対し耳が聞こえず立ち去られた聴覚障害者自分は日本人だと信じるも証明する記録がないサハリン在住の聴覚障害の男性もかつての樺太での暮らしぶり 広島市に住む畝義幸さん(79)。3歳の時に高熱で聴力を失った。ーーあなたの生まれた場所はどこですか?畝義幸さん:樺太です。寒いところです。雪がこんなに積もります。 ー...

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<つなぐ 戦後74年>(2019年8月15日配信『東京新聞』-「夕刊」)

「何ができるか」 考えるひ孫たち 全国戦没者追悼式で献花補助を担当する高校3年の浜田有咲さん 厚生労働省によると、全国戦没者追悼式に参列する予定の戦没者の子や孫らのうち戦後生まれの人は1650人で、全体(5391人)の30・6%と初めて3割を超えた。戦後70年の2015年は1109人、21・6%。4年で1・5倍に増えた。一方で戦没者の妻の参列はわずか5人と世代交代が進む。 横浜市保土ケ谷区の高校...

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紙切れに散った命 17歳で「召集令状」作成 鳥取の女性、次代に平和託す(2019年8月15日配信『毎日新聞』)

女学校時代から続けている短歌をつづった紙を手に取る、西尾宣子さん=鳥取市で2019年8月12日午後4時29分、阿部絢美撮影 戦地に赴く人々に渡す召集令状(赤紙)の作成業務に携わった人がいる。当時17歳だった西尾宣子さん(92)=鳥取市。高等女学校を卒業した1945年春、県全域の徴兵事務を取り扱う軍機関で補助にあたった。「たった一枚の紙切れで人の命が引き換えになった」。終戦から15日で74年、今も拭い去ることができないつ...

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「生き地獄だった」シベリア抑留男性、亡き仲間思い語り継ぐ(2019年8月15日配信『京都新聞』)

戦友に送っていた茶を眺める中辻さん。鬼籍に入った彼らの分まで、体験を語りたいと思っている(京都府宇治田原町禅定寺) 「犬死に以外の何でもない。骨も全部混ざって、誰かも分からんようなってる」。シベリア抑留者の遺骨取り違えを伝えるニュースに触れ、中辻三郎さん(94)=京都府宇治田原町禅定寺=は1945年から3年間を過ごしたシベリアの景色を思い出していた。所属した中隊240人中、最初の冬で65人が亡くな...

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74回目の終戦の日(2019年8月15日配信『しんぶん赤旗』-「主張」)

強権・偽りの政治を許さぬ決意 アジアと日本の国民に甚大な犠牲をもたらしたアジア・太平洋戦争で日本が敗れた1945年8月15日の終戦から74年になります。 先の参院選で国民は「改憲勢力3分の2割れ」の審判を下しました。それにもかかわらず、安倍晋三首相は改憲を議論する「審判は下った」と居直り、憲法9条に自衛隊を書き込む改憲への動きを加速させようとしています。世論を無視した強権政治、国民を欺く政治を許せ...

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終戦74年 惨禍の記憶を継承したい(2019年8月15日配信『琉球新報』-「社説」)

 終戦から74年を迎えた。戦争の悲劇を改めて心に刻み、不戦の誓いを新たにしたい。惨禍の記憶は決して風化させてはならない。 日中戦争から敗戦までの日本人の戦没者は310万人に上る。このうち約230万人は軍人・軍属等だ。 沖縄では、おびただしい数の住民を巻き込んだ地上戦が繰り広げられた。帝国陸海軍作戦計画大綱(1945年1月)は沖縄を皇土防衛の「前縁」と位置付け、敵が上陸した場合、極力敵の出血消耗を図...

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終戦の日 歴史に学び「不戦」後世へ(2019年8月15日配信『西日本新聞』―「社説」)

 「戦後」の2文字が時代の流れとともに重みを増しています。未曽有の犠牲を伴った先の大戦の記憶は確実に薄れつつあります。 歴史の教訓が軽んじられていないか。国際社会の緊張と日本の防衛力強化が進む中、時代は新たな「戦前」へと転化していないか。 令和最初の「終戦の日」に当たり、私たちはこの問いに真(しん)摯(し)に向き合い、揺るぎない不戦の誓いを次代に継承していく使命を、再確認したいと思います。 ▼高齢...

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終戦の日 「戦争できる国」に戻さぬ決意を(2019年8月15日配信『愛媛新聞』―「社説」)

 令和の下で初となる終戦の日を迎えた。戦後74年を経て、今日の平和が多くの犠牲の上に築かれていることを改めて胸に刻みたい。戦禍の記憶と教訓を継承し、次代へつなぐことは今を生きる世代のつとめだ。 中でも平和の礎である憲法を守り、引き継ぐ意味は重い。9条で戦争の放棄を宣言し、国内外に誓った平和主義は、わが国の国是である。 だが、その不戦の誓いは大きな岐路にある。国民の理解が進まぬまま政府は改憲への動き...

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終戦記念日 令和に惨禍どう語り継ぐ(2019年8月15日配信『山陽新聞』―「社説」)

 きょうは74回目の終戦記念日である。戦禍の犠牲となった人たちを追悼する催しが全国各地で行われ、鎮魂の祈りがささげられる。 今年5月に改元が行われ、令和の時代となって初めて迎える終戦の日でもある。平成の30年は、日本人が戦争を経験することなく過ごせた時代だった。昭和の時代に国民に刻まれた戦争の記憶が徐々に風化していく歳月ではあったが、それでも惨禍を体験した世代が多くおり、自らの言葉で平和の大切さを...

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終戦の日/時代の「空気」にあらがう(2019年8月15日配信『神戸新聞』―「社説」)

 「終戦の日」を迎えて、考えたいことがある。戦争は過去のものといえるのか、歴史を繰り返す恐れはないのかと。 「逆コース」という言葉が登場したのは、戦後わずか5年ほどのころだった。新憲法の制定で日本は「平和国家」の道を歩みだしたはずなのに、東西冷戦の下で再び軍備を持ち、米軍との連携を強めていく-。 かつて歩んだ道への回帰を危ぶんだこの言葉を、改めて思い起こしたい。 気が付けば社会の「空気」が変わって...

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終戦の日に  「継承」の意味を問い直す時(2019年8月15日配信『京都新聞』―「社説」)

 広島市の原爆資料館。強い日差しが照りつけ、セミの声が響く。 あの日もこんな一日になるはずだったのだろうか。 薄暗い館内では、被爆した子どもたちの遺品に引きつけられた。 血がにじむ子どものパンツは、母親に背負われて背後から熱線を浴びた2歳男児のものだ。「水がほしい」とねだったが、水を飲ませると死ぬ、と言われたため与えず、男児はその夜、亡くなった。母親は強い後悔を抱き続けた。 小さな定期入れは、つぶ...

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終戦の日に 情動の正体を見極める(2019年8月15日配信『信濃毎日新聞』―「社説」)

 「二度と戦争を起こしてはならない」「あの時代も悪いことばかりではなかった」―。 戦争をテーマにした映画やドラマ、小説に寄せられる感想をネット上で目にする。 「国のため、愛する者のため」に散った兵士の姿、くじけずに生きる銃後の人々のけなげさ…。断片的な物語からくみ取る「美」に共感し、涙する。 戦争を知らない世代が表出する情動。問われるのは、心を揺さぶるものの正体を自身で見極めること、ではないだろうか...

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終戦の日 歴史を知り、紡ぐ使命(2019年8月15日配信『茨城新聞』―「論説」)

  令和に入り、初めての「終戦の日」を迎えた。昭和の戦争が終わってから、平成を経て74年。時代は変わっても、変わったからこそ、日本人戦没者約310万人をはじめ、多大な犠牲をもたらした戦争の悲惨さをあらためて学び、平和の価値をかみしめたい。二度と繰り返すまいと誓い、惨禍の記録と記憶を後世へ紡いでいくことが、令和を生きる私たちの使命だ。 「自国第一主義」がまかり通り、勇ましい掛け声の下で世界のあちこち...

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【令和の終戦記念日】戦争を語り継ごう(2019年8月15日配信『福島民報』―「論説」)

 令和最初となる74回目の終戦記念日を迎えた。戦争は多くの国民に苦しみをもたらした。戦争を知る世代が少なくなり、生の体験談に触れる機会は減りつつある。経験した人々の記憶を新しい時代に引き継ぐことが、今を生きる者の務めだ。 県内の戦没者は約6万6千人に上る。戦没者の妻やきょうだい、子どもらでつくる県遺族会によると、1985(昭和60)年の会員が最も多く、2万4千486人いた。今年2月1日現在で1万人...

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終戦の日 苦難の記憶と向き合う(2019年8月15日配信『岩手日報』―「論説」)

 第2次世界大戦の数々の事実。その一端を知るために、「援護の記録(岩手県戦後処理史)」=1972年・県発行=を開いてみた。 座談会は、多数の犠牲を出したことへの怒りがにじんでいる。 例えば、本県出身者が多く戦死したニューギニアのある部隊について。「師団で生き残ったんはわずか百数拾名、戦死した人が3千数百名ですよ。マラリヤだの栄養失調だので死んだわけです」。別の部隊も「ジャングルの中を徒歩で歩きなが...

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終戦から74年 平和国家日本再確認を(2019年8月15日配信『秋田魁新報』―「社説」)

 きょうは元号が令和となってから初の「終戦の日」だ。二度と戦争を起こしてはならないとする非戦の誓いを次の世代に確実に引き継いでいく。その思いを確かめ合う日としたい。 忌まわしい戦争を知る世代は年々減っていく。それは避けられないことだ。だからこそ戦争を体験した人やその家族の声に、いま一度真剣に耳を傾ける必要がある。戦争の惨禍がどれだけ大きかったか。悲しみはいかばかりか。一瞬にして街を破壊し、多数の人...

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令和になって初めての終戦の日を迎えた(2019年8月15日配信『デイリー東北』―「時評」)

 日本人戦没者約310万人をはじめ、多大な犠牲者を出した悲惨な戦争への反省に立ち返り、平成に続いて令和の時代でも戦争をしない平和国家の歩みを堅持する決意を固める一日としたい。  日本は戦後74年間、焼け野原から立ち上がって経済発展を遂げ、憲法9条で戦争放棄を打ち出し、戦場で人を殺したり、殺されたりすることのない歳月を積み重ねてきた。日本の平和主義が国際社会から評価されていることに誇りを持っていい。...

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歴史に学び記憶を紡ごう/終戦の日(2019年8月15日配信『東奥日報』―「時論」)

 令和に入り初めての「終戦の日」を迎えた。昭和の戦争が終わってから平成を経て74年。時代が変わったからこそ、日本人戦没者約310万人をはじめ多大な犠牲をもたらした戦争の悲惨さをあらためて学び、平和の価値をかみしめたい。二度と繰り返すまいと誓い、惨禍の記録と記憶を後世へ紡いでいくことが、令和を生きる私たちの使命だ。 「自国第一主義」がまかり通り、勇ましい掛け声の下で世界のあちこちに分断を生み、国際秩...

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戦記念日/国際協調の歴史を顧みたい(2019年8月15日配信『河北新報』ー「社説」)

 新たな対立の時代に世界は入りつつある。国益を声高に追求する自国中心主義が米国や中国、ロシア、欧州などに広がる。歴史が逆流するかのように、ポピュリズムやナショナリズムが世界を蚕食しているように見える。 悲惨な戦争を経て歴史がようやく手にした国際協調主義を思い起こすべきだ。一つの時代を想起したい。第1次世界大戦が終結し、第2次世界大戦が始まるまでのおよそ20年間。英国の歴史家E・H・カーが「危機の2...

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きょう終戦の日 対話こそ平和紡ぐすべだ(2019年8月15日配信『北海道新聞』―「社説」)

 アジア太平洋地域でおびただしい犠牲者を出した戦争に敗れてから、きょうで74年を迎えた。 日本は戦後これまで、戦争の当事者になることなく、平和な時代を享受してきた。ただ、内外の現状をみると、築き上げてきた平和が揺らいでいるように感じる。 国際社会に対する不戦の誓いを堅持し、恒久平和を確固たるものとするにはどうすればいいのか。考える日にしたい。 韓国との関係はかつてないほど悪化している。歴史問題が決...

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<つなぐ 戦後74年>(2019年8月14・15日配信『東京新聞』-「社説」)

映画作家・大林宣彦監督インタビュー 僕の映画は、敗戦少年の記憶(2019年8月15日配信『東京新聞』)  戦後74年の終戦の日の特集は、映画作家の大林宣彦さん(81)のインタビューです。3年前に末期の肺がんで余命半年の宣告を受けながら、戦争と平和をテーマにした新作を撮り続けています。「いつも遺作だと思っている」と大林さん。「ここまで来ると、『もうがんなんかじゃ殺されないぞ』という気概が、この身近...

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終戦の日に考える 憲法の下 令和は流れる(2019年8月15日配信『東京新聞』ー「社説」)

 令和元年の終戦の日です。先人たちが汲(く)み上げた「平和憲法」の清流を源に、時代の新しい流れがまた巡ります。私たちの不戦の意志を推力にして。 昭和20年8月16日。東京都心の社交クラブで玉音放送を聞いた帰り道。その紳士は、電車内で男性の乗客が敗戦の無惨(むざん)をあげつらう怒声にじっと聞き入ります。 「一体(俺たちは)何のために戦ってきたんだ」 映画の一シーンです。 実在の紳士は幣原喜重郎(しで...

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「日本のいちばん長い日」(2019年8月15日配信『日本経済新聞』―「春秋」)

 汗、汗、汗。1967年8月公開の映画「日本のいちばん長い日」は、終戦の玉音放送にいたる軍部や政治家の動きを、むんむんする暑さと噴き出す汗の描写で見せきった作品だ。「玉音盤」奪取を試みる陸軍将校の軍服に染みる汗が、運命の日を強く印象づけている。▼終戦の年の夏は暑かった。というイメージの定着には、この映画も一役買っているかもしれない。しかし実際には、この年は北日本では冷夏だった。玉音放送が流れた8月15日、...

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終戦の日 国際協調の重み かみしめたい(2019年8月15日配信『読売新聞』ー「社説」)

 ◆惨禍の教訓を令和に生かそう◆ 令和になって初めての終戦の日を迎えた。新しい時代に世界の平和をいかに築いていくか。「自国第一主義」が強まるなか、先の大戦の教訓を改めて考える機会としたい。 政府主催の全国戦没者追悼式が、東京の日本武道館で行われる。5月に即位した天皇、皇后両陛下をお迎えする。 大戦では、310万もの命が失われた。日本は惨禍を重く受け止め、戦後74年にわたって平和国家としての道のりを歩...

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終戦の日と戦後処理 世代をまたいで辛抱強く(2019年8月15日配信『毎日新聞』-「社説」)

 終戦の日である。戦禍にたおれた人びとを追悼するとともに、日本が歩んだ過去への内省や、不戦の決意が交差する日だ。 今年はここに韓国との深刻な不和が加わって、日本の座標軸をより複雑なものにしている。 戦後74年。昭和から平成、令和へと時代を経ても、戦争の後始末がいかに困難であるかを物語る。一度手を染めると、修復するのに何世代もかかるのが戦争の宿命だ。 ここで日本の戦後処理がどうなされたか改めて整理し...

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8・15 戦場の記憶 時を超え、痛みを語り継ぐ(2019年8月15日配信『朝日新聞』ー「社説」)

 74年前のきょう、日本の降伏で戦争が終わった。 あの昭和の時代からどれほど時を経ても、惨禍を記憶にとどめ、不戦と平和の誓いを語り継ぐ大切さはかわらない。 満州事変以降に拡大したアジア太平洋戦争により、日本人の死者は300万人を超えた。無謀な戦争の犠牲となった人々に追悼の念を捧げる日である。 そして同時に、忘れてならないことがある。侵略と植民地支配により、日本以外の国々に及ぼした加害の事実である。...

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<つなぐ 戦後74年>性接待 満州で1度死んだ 女性、遺族ら 歴史伝える決意(2019年8月14日配信『東京新聞』)

「私は満州で1度死んだようなもの」と話す佐藤ハルエさん。帰国後、故郷の人たちから冷たい言葉を投げつけられ、境遇に同情してくれた夫と暮らした=岐阜県郡上市で 敗戦直後の旧満州(中国東北部)で、岐阜県の黒川村(現白川町)周辺から渡った黒川開拓団の女性が、団幹部の指示でソ連兵に性的な「接待」をさせられた。今月1日には地元から遺族会が中国の同団跡地へ墓参。中傷や差別を恐れ、口を閉ざしてきた女性や遺族らは近...

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<20代記者が受け継ぐ戦争 戦後74年>(2019年8月10日~12日配信『東京新聞』)

 (下)迫るソ連兵「自決しか」(2019年8月12日配信『東京新聞』) 小谷洋子さん(右)は旧満州の地図を示しながら、死を覚悟した当時の体験を福浦記者に話した=横浜市港南区で◆旧満州から引き揚げ・小谷洋子さん(86)×横浜支局・福浦未乃理(26) 「満州はわかる?」 小谷洋子(こだにひろこ)さん(86)=横浜市港南区=が、模造紙に描いた自作の旧満州(現中国東北部)の地図を広げた。 1歳の時に家族で...

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終戦直前、軍照会「米語ニ堪能ナル二世」 本土決戦準備、新史料か(2019年8月12日配信『東京新聞』)

長野県の地方事務所が当時の中川村に出した2世調査に関する秘密指定の文書。右上に秘密指定を示す朱印、本文の1行目から2行目にかけて「作戦上緊急必要ノ趣キヲ以テ軍ヨリ照會有」との記述がある=長野県松本市の市文書館で 終戦1カ月前の1945(昭和20)年7月、長野県から県内市町村に、日本軍の照会で、英語を話す米国移民の2世が在住しているかどうか調べるよう秘密指定の文書で指示していたことが分かった。当時の...

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知ろうとする努力や学ぼうとする積極的な姿勢なしに体験を継承することは難しい(2019年8月12日配信『日本海新聞』ー「海潮音」)

 74回目の終戦記念日が近づいた。この時期になると毎年、戦争体験者の記憶を記録し、後世へつなぐ記事を掲載しているが、戦争を体験した人に話を聞くことが年々、難しくなっている◆北栄町の谷口和夫さん(92)は満蒙開拓青少年義勇軍として旧満州北部(現黒竜江省)に渡った。義勇軍はソ連軍侵攻を前に玉砕を決意したが、満州国の行政幹部だった人に諭され、避難して生き永らえた。3年前、その行政幹部の娘3人と70年ぶり...

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忘れないこと、声を上げ続けること。それが平和を守る第一歩にな(2019年8月12日配信『茨城新聞』ー「いばらぎ春秋」)

 戦争が終結して74年目の夏である。二つの原爆忌が営まれ、終戦記念日へと至るこの時期、列島に鎮魂と非戦の祈りが広がる。県内でも各地で戦争展などが企画され、平和への誓いを新たにする▼先の戦争を直接知る世代は年々減り、今や国民の8割以上が「戦争を知らない」世代になった。過ちを繰り返さないために、戦争体験や被爆体験を語り継ぎ、記憶を継承する作業はますます大切になっている▼画期的だった国連での核兵器禁止条約の...

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戦争体験を後世に(2019年8月22日配信『山陰中央新報』ー「明窓」)

 本紙への寄稿や投稿は電子メールで届く割合が年々増えている。編集して紙面に載せる工程はとてもスムーズになった。そんな中、手書き原稿の重みを実感した。こだま欄の「戦争と平和」特集に寄せられた投稿の数々だ▼戦死した家族など大切な人への思い。出征する兵隊さんを駅で見送ったこと。飢えをしのぎながら続けた竹やり訓練。防空頭巾をかぶって防空壕(ごう)に逃げ込んだこと。戦争を直接知っている70代後半から90代の...

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間もなく終戦記念日(2019年8月12日配信『西日本新聞』ー「デスク日記」)

 間もなく終戦記念日。平和を願う行事を開催する主催者の共通の悩みは、戦争を体験した語り部が高齢化で見つかりにくくなっていることだ。平和の尊さを語り継ぐため、戦争体験者の記憶を絵本にまとめたり、地元に残る空襲の痕跡を地図に落とし込んだりと工夫を重ねている。 そんな中、旧満州(中国東北部)に移住し死地を何度もくぐり抜けた人の話が取材できた。米戦闘機グラマンの機銃掃射を受け「救われたのが不思議」と語った...

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血染めハンカチや手紙…戦争の悲劇伝える展示 京都・亀岡と南丹(2019年8月12日配信『京都新聞』)

出征兵士からの手紙や遺品などが並ぶ企画展+(京都府南丹市日吉町郷土資料館) 終戦から74年目の夏、京都府南丹市の日吉町郷土資料館と亀岡市の市文化資料館で、それぞれ「戦争」をテーマにした展覧会が開かれている。地元の遺族らから寄贈された戦地からの手紙や赤紙、軍服などの遺品が並び、戦争の悲劇と平和の尊さを物語っている。 日吉町郷土資料館の夏季企画展「戦争の記憶」では、同館が日吉町内の遺族らから寄せられた...

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「8・15」を前に 戦禍を語る意味考えたい(2019年8月12日配信『福井新聞』ー「論説」)

 今年も8月15日が近づいてきた。74回目の終戦の日である。日本は戦争のない時代が続き、1945年の同日、降伏を告げる玉音放送があったことを知らない若者が増えている。降伏文書に日本が調印し、法的に第2次世界大戦が終結した同年9月2日はもっと知られていないだろう。 2年前のNHKの調査で、終戦の日を知らない18、19歳は14%という数字がある。テレビの街頭インタビューなどでは、さらに多数となることも...

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語り始めた戦争孤児 悲惨な体験記録し後世へ(2019年8月12日配信『毎日新聞』-「社説」)

 戦時中の空襲などで保護者を亡くした戦争孤児はどんな生活を強いられたのか。戦後74年を迎える今、浅井春夫・立教大名誉教授ら全国の研究者約30人が「戦争孤児たちの戦後史研究会」をつくり、聞き取り調査を進めている。 戦争孤児は12万人以上いるといわれ、空襲のほか広島・長崎の原爆、沖縄の地上戦でも大勢の子供が孤児となった。中国や南洋など海外から引き揚げる際に身寄りをなくした子供も多かった。 終戦後、東京...

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Author:gogotamu2019
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