FC2ブログ

記事一覧

平和教育50年、模索する長崎(2020年11月8日配信『47ニュース』)

弾圧の過去乗り越え「対話」重視に 長崎市の小中学校で戦争や原爆について教える平和教育は、1970年に始まった。市教育委員会は当初「偏向だ」として弾圧したが、教師らの粘り強い取り組みで、徐々に定着してきた歴史がある。被爆者の高齢化が進む中で50年の節目を迎えた今年、教育現場は新型コロナウイルスの影響で語り部が不在となり「被爆者なき時代」の疑似体験を強いられた。二度と惨禍を繰り返さないために何を伝え、...

続きを読む

長崎原爆遺跡守った語り部の遺品見つかる 被爆者台帳、爆心地復元地図下書きも(2020年10月31日配信『毎日新聞』)

内田さんが作った長崎市松山町の復元地図の下書き=長崎市目覚町の長崎の証言の会で2020年9月18日午後2時半、今野悠貴撮影 「長崎原爆遺跡」として国史跡に指定された旧城山国民学校(現・長崎市立城山小)の校舎保存に尽力したことで知られ、今年4月に90歳で亡くなった長崎市の内田伯(つかさ)さん方から、被爆当時の記憶を伝える100点超の遺品が見つかった。生き残った者の責務として戦禍の記録を残すことに生涯をかけた内田さ...

続きを読む

「安倍という人は何も知ろうとしない」 91歳・長崎被爆体験者の投稿が伝える怒り(2020年8月27日配信『毎日新聞』)

「安倍という人は何も知らない。知ろうとしない。」から始まった森田さんのツイッターへの連続投稿91歳・長崎被爆体験者のツイッター➡ここをクリック 「安倍という人は何も知らない。知ろうとしない」。今月10日、長崎出身のある91歳の女性のツイッターへの投稿が、5000件以上リツイートされた。前日の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典での安倍晋三首相のあいさつが、広島での内容とほぼ同じだったことを知り、怒りを覚え、生々し...

続きを読む

龍智江子さん死去 90歳 長崎で被爆「母の遺体そばに立つ写真の少女」(2020年8月24日配信『毎日新聞』)

龍智江子さん=福岡県大川市で2014年7月22日、小畑英介撮影 長崎に原爆が投下された翌日、母の遺体のそばに立つ写真の少女として知られる龍智江子(りゅう・ちえこ)さんが15日、心不全のため福岡県大川市内の病院で死去した。90歳だった。葬儀は17日に営まれた。喪主は長男周二(しゅうじ)さん。母の遺体(中央)のそばに立ちすくむ龍智江子さん(右端)=山端庸介さん撮影(山端祥吾さん提供) 龍さんは15歳の時、爆心地から...

続きを読む

今も刻まれる被爆と差別の痛み 長崎被爆者の野田さん(2020年8月22日配信『東京新聞』)

「点字盤」を使う野田守さん=7月21日、東京都杉並区で 視覚障害のある子どもはどんな戦争体験をしたのか―。長崎で被爆し今も後遺症に苦しむ全盲の野田守さん(92)=東京都杉並区=は、無数のうめき声や人が焼ける悲惨なにおいをはっきり覚えている。だが、野田さんが戦時中にこうむったのは爆風や放射線による被害だけではない。障害があるために国家の戦力になれないと差別された痛みが今も胸に刻まれている。(中村真暁...

続きを読む

戦地の従業員、疎開の息子を気遣う母の優しさ 「当たり前の生活」壊した原爆(2020年8月18日配信『毎日新聞』)

「一生懸命抱きしめてくれた母が、今日ここにおるわけです」。母梅子さんが76年前に書いたはがきを手に感激する三瀬清一朗さん=長崎市で2020年8月4日午後2時12分、田鍋公也撮影 長崎市の三瀬清一朗さん(85)は手紙を読んで涙をぬぐった。「母がしゃべりよるごた(話しているみたいだ)……」。懐かしい母の肉筆がそこにあった。 はがきは30年以上前に亡くなった母の梅子さんがフィリピンに向けて出したものだ。消印は1944年6月。...

続きを読む

平和へのメッセージ カズオ・イシグロ氏、さだまさし氏ら11人分をネットで紹介 長崎市(2020年8月11日配信『長崎新聞』)

 長崎市は9日、平和祈念式典の会場で配布したパンフレットに、ノーベル文学賞作家で名誉市民のカズオ・イシグロ氏や、同市出身の歌手、さだまさし氏らが寄せた平和へのメッセージを掲載した。国際機関、市民友好都市の市長らを含め計10人。被爆75年の節目の新たな取り組みとして、市が依頼した。パンフレット作製後に届いたメッセージを含め、計11人分を市のホームページで紹介している。 イシグロ氏、さだまさし氏のメッセージ...

続きを読む

平和のバトン若い世代に きょうだい4人失った89歳の「平和への誓い」(2020年8月10日配信『西日本新聞』)

平和祈念式典で「平和への誓い」を読み上げる深堀繁美さん=9日午前11時16分、長崎市の平和公園(代表撮影) きょうだい4人が長崎原爆の犠牲となった深堀繁美さん(89)=長崎市=は平和祈念式典の被爆者代表として、「平和への誓い」を静かながらも力強い口調で読み上げた。昨年、長崎で核廃絶を唱えたローマ教皇らの言葉を引用して戦争のない世を訴えつつ、高齢化が進む被爆者の体験を継承するには「限られた時間しかない」と危...

続きを読む

長崎原爆の日 「当事者」の自覚持とう(2020年8月10日配信『中国新聞』-「社説」)

 核兵器を巡る現状への危機感を例年以上に強くにじませたのではないか。きのう長崎市で営まれた平和祈念式典で、田上富久市長が読み上げた平和宣言である。 式典は新型コロナウイルスの影響で様変わりした。広島同様に、参列者を大幅に減らすなど縮小を強いられた中、田上市長は重い問いを投げ掛けた。「75年たった今も私たちは『核兵器のある世界』に暮らしている。どうして人間は、なくすことができないでいるのか」 被爆者...

続きを読む

小さくて、でも確かな(2020年8月10日配信『長崎新聞』-「水や空」

 暑い中、呼び止めてしまって申し訳ありませんでした。北九州市八幡西区の理学療法士、辻守生(もりお)さんは妻桂子さんと娘ばかり4人の6人家族。昨日のお昼すぎ、いつもの「8.9」とは様子の違う静かな爆心地公園でお話を聞いた▲広島か長崎を訪れるのが夏の恒例行事だという。「今年は来てもいいものか迷ったんですが、子どもらが『行く行く行きたいっ』と…」。上は中2、一番下は小1。4姉妹のにぎやかな大合唱が目に浮かぶ▲自宅...

続きを読む

高校生らが地元の「原爆の火」訪れ平和を考える 感染拡大で被爆地行けず(2020年8月10日配信『東京新聞』)

「広島・長崎の火」のモニュメントの前で話を聞く高校生ら 長崎原爆の日にあたる9日、平和学習に取り組んでいる東京都内の高校生たちが台東区の上野東照宮に設置されているモニュメント「広島・長崎の火」を訪れ、原爆の悲惨さや核廃絶運動について学んだ。 学校の枠を超えて平和を学ぶサークル「東京高校生平和ゼミナール」が企画し、16人が参加した。例年は8月6、9日前後に広島、長崎へ平和学習旅行に行くが、今年は新型...

続きを読む

「核の傘」に政府依存、核兵器禁止条約に触れず 長崎原爆の日、首相演説「橋渡し」繰り返すだけ(2020年8月9日配信『(2020年8月10日配信『東京新聞』)』)

安倍晋三首相は9日、長崎市での平和祈念式典で核廃絶への決意を示しながらも、具体的な道筋は語らなかった。日本は唯一の戦争被爆国でありながら米国の「核の傘」に依存し、核兵器の保有や使用を全面的に禁ずる核兵器禁止条約に反対の立場を取るためだ。核保有国の米ロや米中が対立を深め、核を巡る安全保障環境は悪化しているが、首相は「橋渡し」を繰り返すだけで、核を巡る緊張緩和に向けた動きは乏しい。(柚木まり)◆広島の...

続きを読む

黒焦げの塊は母、触れるとポロポロ崩れ落ちた…今も喪失感残る被爆者(2020年8月9日配信『読売新聞』)

「母の姿を思い出すと涙が止まらない」と話す犬塚静子さん(7月23日、名古屋市で)佐々木光三さん 75年前の8月9日午前11時2分、長崎市松山町171番地の上空約500メートルで原子爆弾はさく裂した。直下の街は跡形もなく消え去り、人々は一瞬で命を奪われた。生き延びた家族は、大切な人の亡骸(なきがら)を抱くこともできず、今も喪失感を埋められずにいる。(遠藤信葉)■長崎 一瞬で街消え 名古屋市の犬塚静子...

続きを読む

死期を悟った父親が、語り始めた被爆体験 今、遺族が伝えたい「当たり前の尊さ」(2020年8月9日配信『神戸新聞』)

長崎で入市被爆した父について語る伊野博子さん=神戸市中央区東川崎町1(撮影・吉田敦史) 長崎市で9日営まれた平和祈念式典に兵庫県の遺族代表として参加した神戸市東灘区の高校教員伊野博子さん(65)。犠牲者の死体撤去のため入市被爆し、2009年に81歳で亡くなった父泰輔さんを思い、「若い世代に父の被爆体験を広め、当たり前の日常の尊さを伝えたい」と語った。 1945年7月、17歳だった泰輔さんは姫路の部...

続きを読む

人焼けた異臭、忘れがたく 長崎で入市被爆した男性(2020年8月9日配信『神戸新聞』)

「核兵器も戦争も絶対にだめ」と話す今岡淑己さん=太子町内 長崎はきょう9日、75回目の原爆忌を迎える。兵庫県太子町に暮らす今岡淑己(ひでみ)さん(82)は長崎出身。原爆投下翌日の10日、親戚を探すために爆心地付近を訪れ、入市被爆した。当時は7歳だったが、その記憶は生々しい。証言に耳を澄ませた。(安藤真子) 今岡さんは1937年、長崎県西部の漁村、式見村(現・長崎市式見町)に生まれた。 あの日は兄や...

続きを読む

父が被爆 遺族が伝えたいこと「当たり前の尊さ」(2020年8月9日配信『神戸新聞』)

長崎で入市被爆した父について語る伊野博子さん=神戸市中央区東川崎町1(撮影・吉田敦史)伊野泰輔さん(伊野博子さん提供) 長崎市で9日営まれた平和祈念式典に兵庫県の遺族代表として参加した神戸市東灘区の高校教員伊野博子さん(65)。犠牲者の死体撤去のため入市被爆し、2009年に81歳で亡くなった父泰輔さんを思い、「若い世代に父の被爆体験を広め、当たり前の日常の尊さを伝えたい」と語った。 1945年7月...

続きを読む

長崎原爆の日 継承を深め「不戦」の礎に(2020年8月9日配信『西日本新聞』-「社説」)

 今年も初夏に、米国から100ドルのカンパが届いた。 長崎原爆の証言集出版に取り組む市民団体「長崎の証言の会」の森口貢(みつぎ)事務局長(83)は、そこに込められた思いに、毎年想像を巡らせる。 2014年に始まった善意の送り主はコネティカット州在住のクロセク龍子さん(79)だ。長崎で被爆、戦後、ドイツ人と結婚し渡米した。寄付を思い立ってくれた理由など龍子さんの心中を森口さんはまだ詳しくは聞いていない。 ただ...

続きを読む

長 崎 平 和 宣 言 2020年8月9日

長 崎 平 和 宣 言 私たちのまちに原子爆弾が襲いかかったあの日から、ちょうど75年。4分の3世紀がたった今も、私たちは「核兵器のある世界」に暮らしています。 どうして私たち人間は、核兵器をいまだになくすことができないでいるのでしょうか。人の命を無残に奪い、人間らしく死ぬことも許さず、放射能による苦しみを一生涯背負わせ続ける、このむごい兵器を捨て去ることができないのでしょうか。 75年前の8月9日、原爆によ...

続きを読む

長崎に原爆が投下された1945年8月9日は、こんな日だった。写真や記録を振り返る【終戦から75年】(2020年8月9日配信『ハフポスト』)

8月9日、長崎に原爆が投下されてから75年を迎えた。人類史上2発目の原子爆弾が投下され、7万人以上が犠牲になった1945年8月9日は、どんな日だったのか。写真や記録で振り返る。長崎市への原子爆弾投下に伴って発生したキノコ雲。米軍の爆撃機B29から撮影。世界初の原子爆弾(ウラニウム爆弾)「リトルボーイ」が広島に投下されてから3日後の8月9日。午前2時47分、太平洋に浮かぶ北マリアナ諸島のテニアン島からプルトニウム型の原...

続きを読む

長崎 平和への誓い(全文) 2020年8月9日

平和祈念式典で被爆者を代表して「平和への誓い」を述べたのは、カトリック信者で去年、長崎県を訪れたローマ教皇に爆心地で献花のための花輪を手渡した、深堀繁美さん(89)。「平和への誓い」原爆が投下された1945年、旧制中学3年生だった私は、神父になるため親元を離れ、大浦天主堂の隣にあった羅典神学校で生活をしていました。中学校の授業はなく、勤労学生として飽の浦町の三菱長崎造船所で働く毎日でした。8月9日...

続きを読む

75回目の長崎原爆の日 核なき世界願い、追悼の祈り(2020年8月9日配信『日本経済新聞』)

原爆投下時刻に合わせ、長崎市の爆心地公園で黙とうする人たち(9日午前11時2分)=共同長崎は9日、75回目の原爆の日を迎えた。爆心地近くの平和公園(長崎市)では平和祈念式典が開かれ、追悼の祈りがささげられた。同市の田上富久市長は核軍縮に逆行する国際情勢への危機感を表明し、新型コロナウイルス感染拡大を例に挙げ、核兵器廃絶に人類全員が当事者として向き合うよう訴えた。日本政府には核兵器禁止条約の早期署名、批准を...

続きを読む

「最後の被爆地に」の願い 内外に発信 被爆75年の長崎原爆の日(2020年8月9日配信『NHKニュース』)

長崎に原爆が投下されて、9日で75年です。平和祈念式典の規模が縮小されるなど、新型コロナウイルスが追悼行事にも影響を及ぼす中、被爆地・長崎は犠牲者への祈りをささげ「長崎を最後の被爆地に」という願いと決意を国内外に発信する一日となります。75年の節目となる「長崎原爆の日」の9日、長崎市の平和公園で午前10時45分から平和祈念式典が行われ、被爆者や安倍総理大臣のほか、およそ70の国の代表らが参列します。ことしは、...

続きを読む

長崎原爆の日 核なき世界目指し高校生らが「人間の鎖」(2020年8月9日配信『NHKニュース』)

 長崎市の爆心地公園では、高校生らが爆心地を示す碑の周りを囲む「人間の鎖」を作り、被爆者の思いを受け継いで核なき世界を目指していくことを誓いました。 9日午前7時ごろ、長崎市の爆心地公園には、核兵器廃絶を求める署名を国連へ届ける活動を行う「高校生平和大使」や、署名活動を行う高校生ら合わせておよそ50人が集まりました。 例年は全国や海外から100人余りの高校生が集まりますが、ことしは新型コロナウイルスの影...

続きを読む

きょう被爆75年(2020年8月9日配信『長崎新聞』)

原爆落下中心地碑に献花 55カ国の大使ら原爆落下中心地碑に献花する各国の駐日大使ら=長崎市、爆心地公園 平和祈念式典に参列する各国の駐日大使らが8日、長崎市の爆心地公園で原爆犠牲者を悼み、原爆落下中心地碑に献花した。 一昨年、核兵器禁止条約を批准したコスタリカ。アレクサンダー・サラス大使は「同じ悲劇を二度繰り返さないよう、核禁条約を発効させ、核兵器を法的に禁止しなければならない」と言葉に力を込めた。...

続きを読む

「原爆が100万人の命を救った」アメリカの言い訳を垂れ流すNHKの罪(2020年8月9日配信『ダイヤモンドオンライン』)

1945年8月9日に日本の長崎上空で原子爆弾が爆発した後に残された惨状© PRESIDENT Online 1945年8月9日に日本の長崎上空で原子爆弾が爆発した後に残された惨状原爆投下を「仕方なかった」で済ませていいのか。早稲田大学社会科学総合学術院の有馬哲夫教授は「アメリカ政府は『100万人の兵士の命を救うためだ』と原爆投下を正当化する。しかし、実際は軍事力をソ連にアピールするために、残酷な仕方で広島、長崎の市民の命を奪った」...

続きを読む

長崎原爆投下75年 被爆国の責務を果たせ(2020年8月9日配信『琉球新報』-「社説」)

 「核抑止論」への固執から脱し、核兵器廃絶への歩みを着実なものにしたい。そのためにも被爆国の日本は国際社会を先導する役割を担わなければならない。長崎の原爆投下から75年の日を迎えた。 長崎市の田上富久市長はきょうの平和祈念式典で読み上げる「長崎平和宣言」の中で、核兵器保有や使用を禁じる核兵器禁止条約に署名、批准するよう日本政府に加えて国会議員にも働き掛ける考えを盛り込む。 もう一つの被爆地である広島...

続きを読む

「長崎原爆15分後」(2020年8月9日配信『南日本新聞』-「南風録」)

 白い閃光(せんこう)が光る。教室から赤や黄色の炎が上がる。地面にうつぶせに倒れる学生も、互いの肩に手を回して助け合って歩く2人も、血まみれの姿だ 長崎に原爆が落とされた75年前のきょう、爆心地近くの長崎医科大学(現長崎大医学部)にいた松下兼知さんが描いた「長崎原爆15分後」と題する地獄絵図である。現在、霧島市福山の松下美術館で公開されている 原爆の投下で大学構内はすぐに火の海となり、900人近く...

続きを読む

法王を動かした写真(2020年8月9日配信『宮崎日日新聞』-「くろしお」)

 「焼き場に立つ少年」と呼ばれる写真がある。終戦直後、原爆が投下された長崎市で米国の従軍カメラマンが撮影した写真で、亡くなった赤ん坊を背負った少年が火葬の順番を待っているところとされている。 昨年11月に長崎と広島の両被爆地を訪れ、核兵器廃絶を訴えるメッセージを発信したローマ教皇(法王)フランシスコの心を揺さぶり、訪日を決意させた写真だ。写真をカードにして世界中に配布。長崎でのスピーチでは、傍らに...

続きを読む

被爆者・谷口さんら描いた本「ナガサキの郵便配達」 平和の教科書に(2020年8月9日配信『東京新聞』)

2016年12月、長崎市で開かれた国連軍縮会議で、原爆の熱線で負ったやけどの写真を見せる谷口稜曄さん 長崎の被爆者で、核兵器廃絶を訴え続けた谷口稜曄(すみてる)さん(1929〜2017年)らを描いたノンフィクション「ナガサキの郵便配達」が地道な“平和運動”を発信している。谷口さんの遺志を継ぐプロジェクトが2年前に本を復刊、高校への寄贈などを展開している。長崎の原爆投下から75年、「記憶の忘却を恐れる...

続きを読む

被爆体験の継承 核兵器廃絶の決意 次代につなげ(2020年8月9日配信『愛媛新聞』-「社説」)

 広島と長崎に原爆が投下されて75年。全国の被爆者の平均年齢は83歳を超えた。核兵器の恐ろしさを身をもって体験した人たちの「生の声」が聞ける時間は、残り少なくなっている。 高齢化による体力の衰えなどで被爆体験を語り継ぐ活動が困難さを増す中、今年は新型コロナウイルスの感染拡大が追い打ちをかけた。外出や往来の自粛で集会などの中止・縮小が相次ぎ、体験を伝える機会の停滞が懸念されている。 一方で、オンライ...

続きを読む

長崎と原爆/核の罪深さ改めて世界へ(2020年8月9日配信『神戸新聞』-「社説」)

 広島に続き長崎がきょう、75回目の「原爆の日」を迎える。コロナ禍の影響で平和式典の規模は縮小され、例年とは異なる緊張感の中で「核廃絶」への誓いを新たにする。 それでもヒル米駐日主席公使が参列を表明し、オバマ政権時代から10年続けて米政府代表が被爆者らと同席する。式典の模様はオンラインで配信され、世界に伝える工夫もなされる。 世界では大国間の核軍拡競争が激化し、北朝鮮の核開発などで危機感は募るばか...

続きを読む

被爆マリア像(2020年8月9日配信『北海道新聞』-「卓上四季」)

 その土製のマリア像は、札幌市白石区の住宅街に建つ「北海道ノーモア・ヒバクシャ会館」2階の展示室にある。持ち主の久松信行さんは長崎で被爆し戦後三笠市に移り住んだ▼2003年に亡くなっており、どのような思いを抱えていたかはわからない。だが、首が破損し汚れてもなお、布を敷き詰めた木箱に収められた様子からは、十数センチの聖母が大切にされてきたことがうかがえる▼会館を運営する北海道被爆者協会は6月、絵本「北...

続きを読む

「空が黄金色に…」 原爆さく裂の瞬間を目撃 脳裏に焼き付く醜い光景(2020年8月9日配信『長崎新聞』)

「原爆がさく裂した瞬間の光景が目に焼き付いている」と語る山本さん=佐世保市江上町、サン・レモリハビリ病院 長崎県東彼川棚町栄町の医師、山本尚司さん(90)は、長崎に原爆が投下された1945年8月9日、長崎市上空で原爆がさく裂する、まさにその瞬間を目撃した。「グツグツとしたピンク色の物体が爆発し、空一面が黄金色に染まった」。75年の歳月を経て、山本さんが初めて語ったその状況は鮮烈で、生々しい。 山本さんはサン...

続きを読む

核の悲劇繰り返さない きょう長崎原爆の日(2020年8月9日配信『東京新聞』)

 長崎は9日、米国による原爆投下から75年を迎えた。長崎市松山町の平和公園で平和祈念式典が営まれ、投下時刻の午前11時2分に黙とう。式典は新型コロナウイルスの影響で規模を縮小し、田上富久市長が平和宣言で、核軍縮に逆行する国際情勢に危機感を表明する。会場では8日夜、市民らが核兵器廃絶を願い、手作りのキャンドルを点灯。女性被爆者は若者らに「二度と同じ思いをさせたくない」と訴えた。 原水爆禁止長崎県民会...

続きを読む

「水をください」(2020年8月9日配信『産経新聞』-「産経抄」)

「水をください」とうめく少年の脇を、青年は耳を塞いで通り過ぎた。手持ちの水はあげられない。閃光(せんこう)に倒れた瀕死(ひんし)の兄に飲ませるため-青年は後に、そう振り返っている。長崎で被爆した歌人の竹山広である。 ▼日々の営みを一瞬のうちに焼き尽くし、残された人々に消えることのない傷を刻んだ。史上最も罪深い惨禍である。当時25歳の歌人は、後々まで悔恨に苦しみ、被爆体験を歌に詠めなかったという。〈...

続きを読む

「核も戦争も消えぬ今をお叱りください」 父を沖縄戦で亡くした長崎被爆女性の願い(2020年8月9日配信『毎日新聞』)

父・下瀬豊さんの遺筆を眺める娘の永田栄子さん=長崎市の自宅で2020年6月17日午後3時35分、松村真友撮影 7万4000人が犠牲になり、今なお多くの人が原爆症などに苦しむ長崎市への原爆投下から9日で75年となった。被爆者も年を重ね、原爆や戦争の記憶を伝えることは年々難しくなっている。そんな中、太平洋戦争の沖縄戦で新聞記者だった父を亡くし、2カ月後に自身が被爆した永田栄子さん(75)=長崎市=は原爆と沖縄戦に翻弄(ほ...

続きを読む

「世界の誰もが当事者」核なき世界改めて訴え 長崎原爆投下から75年(2020年8月9日配信『毎日新聞』)

平和を願ってともされたキャンドルを見つめる子どもたち=長崎市で2020年8月8日午後7時37分、徳野仁子撮影 長崎は9日、原爆が投下されてから75年を迎えた。長崎市の平和公園では平和祈念式典が開かれ、原爆投下時刻の午前11時2分に合わせて黙とうがささげられる。「長崎を最後の被爆地に」という被爆者の切実な願いとは裏腹に、世界にはいまだに1万3410発の核弾頭があり「核なき世界」への道のりは遠い。田上富久市長は平和宣言で...

続きを読む

長崎8月9日 被爆75年 核軍拡競争に歯止めを 国連・中満氏が役割期待(2020年8月9日配信『長崎新聞』)

約5000個のキャンドルが点灯され、平和を願い風船が放たれた「平和の灯」=長崎市、平和公園 長崎は9日、被爆から75年の節目となる「原爆の日」を迎え、長崎市松山町の平和公園で午前10時45分から長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典(平和祈念式典)が営まれる。参列のため来県した国連軍縮担当上級代表の中満泉事務次長は8日、長崎市内で報道陣の取材に応じ、被爆地長崎、広島について「核兵器廃絶運動を引っ張ってきた。さらに強力...

続きを読む

さださんら稲佐山で無観客音楽祭 平和メッセージ発信m(2020年8月8日配信『長崎新聞』)

被爆75周年 ジャパネットのグループ会社主催平和への思いを歌声に込めるさださん=長崎市、稲佐山公園野外ステージ 長崎市出身のシンガー・ソングライターさだまさしさんらが出演する平和祈念音楽祭が7日、同市の稲佐山公園野外ステージで開かれた。新型コロナウイルス感染拡大を踏まえ無観客で行われ、平和を願うメッセージをライブやトークで発信した。 名称は「Japanet presents 被爆75周年 長崎から世界へ平和を -稲佐...

続きを読む

亡き父の被爆体験 教え子にバトン託す 諫早東高・河野校長(2020年8月8日配信『長崎新聞』)

被爆体験手記を朗読する岩永さん(左)と河野校長=諫早東高 長崎原爆の日の9日、諫早市森山町の県立諫早東高(200人)の平和集会で、河野康宏校長(60)の亡き父が語り残していた被爆体験が同校生の朗読で初めて明かされる。本年度末で定年退職を迎える河野校長が教員生活の区切りとして、教え子たちに“平和のバトン”を託すことにした。 父、通さんは長崎師範学校1年だった18歳の時、長崎市の三菱兵器製作所大橋工場で被爆。戦...

続きを読む

「戦争がなければ自分はいなかった」私のルーツは原爆で亡くなった叔父(2020年8月8日配信『神戸新聞』)

亡き叔父への思いを語る植田芳光さん=姫路市西駅前町旧制長崎医科大の学生だった植田泰輔さん(芳光さん提供)旧友と遊んだ日々を懐かしむ河野通一さん=姫路市白浜町 75年前の8月9日、長崎市への原爆投下で約7万4千人の命が失われた。その中の一人に、兵庫県姫路市出身の20歳の青年がいた。旧制長崎医科大1年の植田泰輔(たいすけ)さん。おいの植田芳光さん(71)=神戸市須磨区=はある出会いを機に、会ったことが...

続きを読む

さださん、長崎で平和訴えライブ 原爆投下から75年を前に(2020年8月8日配信『共同通信』)

 ライブで「心かさねて~長崎の空から~」を披露するさだまさしさん=7日夜、長崎市 長崎に原爆が投下されてから9日で75年となるのを前に、長崎市の稲佐山公園野外ステージで7日夜、同市出身の歌手さだまさしさんや、タレントのコロッケさんらが出演し、被爆地から世界へ平和のメッセージを発信するライブコンサートが開かれた。新型コロナウイルス感染防止のため無観客で開催された。 ライブに先立つ報道陣の取材に、さだ...

続きを読む

「核」と「コロナ」重ね 世界に訴えたい 長崎市が平和宣言の素案提示(2020年6月7日配信『毎日新聞』)

起草委員会であいさつする田上市長=長崎市の長崎原爆資料館で2020年6月6日 長崎原爆の日(8月9日)の平和祈念式典で長崎市長が読み上げる平和宣言の第1回起草委員会が6日、長崎市の長崎原爆資料館であった。市は核を巡る世界情勢に、世界中で感染が広がる新型コロナウイルスを重ね合わせ、世界中で共有する問題と訴える素案を示した。 田上富久市長は「人類が(ウイルスという)新たな危機に直面している現在の状況は、核兵器問...

続きを読む

長崎は、若い世代と日本の加害と被害の歴史を未来に生かす平和教育の場(2019年10月18日配信『しんぶん赤旗』-「潮流」)

 10月、秋の修学旅行シーズン。小中学生や高校生でにぎわう長崎市の平和公園を訪ねました▼原爆投下の傷痕が残り、多くの追悼碑が並び被爆の実相を知る絶好の場です。公園を囲むように黒く古びた壁がわずかに残っています。戦前・戦中ここにあった長崎刑務所浦上刑務支所の外壁です▼死刑場がある刑務支所にいた受刑者・刑事被告人81人が1945年8月9日、爆死しました。中国人32人、日本人36人~33人、朝鮮人13人~...

続きを読む

[長崎原爆の日] 手を携え非核へ進もう(2019年8月10日配信『南日本新聞』ー「社説」)

 長崎はきのう、原爆投下から74年を迎えた。 1945年末までに約7万4000人が死亡、7万5000人が重軽傷を負ったと推計される。原爆死没者名簿への記載総数は18万2601人となった。今も多くの人が後遺症に苦しんでいる。 「惨禍を決して繰り返さない」「長崎を最後の被爆地に」。犠牲者の無念さと、肉親を失った人々の悲しみを改めて心に刻み、不戦と核廃絶の決意を新たにしたい。 長崎市であった平和祈念式典...

続きを読む

長崎平和宣言 核軍拡への懸念、共有を(2019年8月11日配信『中国新聞』ー「社説」)

 核兵器が使われる危険性が高まっている―。長崎市の田上富久市長は、きのうの平和宣言で強調した。米国、ロシアの核超大国や北朝鮮が、核なき世界に向けて国際社会が積み重ねてきた努力の成果を近年、次々と壊しているからだ。 宣言では、核兵器廃絶へ世界を動かしてきた市民社会の力がこれまで以上に重要とし、「核兵器は要らない」と声を上げるよう促した。危機感を共有して、反核平和を全世界に訴えることが不可欠だ。 米ロ...

続きを読む

原爆の日の式典 空疎に響く首相の言葉(2019年8月10日配信『信濃毎日新聞』ー「社説」)

 政府は被爆地の訴えを本気で受け止めなければならない。 被爆から74年を迎えたきのう、長崎市の平和公園で、平和祈念式典が開かれた。 田上富久市長は「核兵器を巡る世界情勢はとても危険な状況」とした上で「日本は核兵器禁止条約に背を向けている」と批判。「唯一の戦争被爆国の責任として一刻も早く署名、批准を」と求めた。 広島市の松井一実市長も6日の式典で政府に署名、批准を促している。それなのに安倍晋三首相は...

続きを読む

長崎原爆の日/被爆者の訴えに向き合え

 長崎はきのう、被爆から74年の「原爆の日」を迎え、犠牲者を悼む多くの祈りに包まれた。 式典で田上富久長崎市長は昨年に続き、使用や開発から保有まで全面的に禁じる核兵器禁止条約への署名と批准を政府に求めた。6日の広島市での式典でも、松井一実市長が被爆者の要望を受け、初めて禁止条約署名・批准の要求を掲げた。 二つの被爆地が足並みをそろえた意味は大きい。来年には75年の節目が巡ってくる。被爆者の悲願であ...

続きを読む

<つなぐ 戦後74年>長崎原爆の日 核廃絶に力を貸してください(2019年8月10日配信『東京新聞』)

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典で放たれたハト=9日午前、長崎市の平和公園で 長崎は9日、被爆から74年を迎えた。長崎市松山町の平和公園で令和最初の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれ、田上富久市長は平和宣言で、核廃絶の実現へ「声を上げよう」と市民社会に連帯を促した。さらに「日本は核兵器禁止条約に背を向けている」と批判。一刻も早く署名し批准するよう、政府に強く求めた。 安倍晋三首相はあいさつで...

続きを読む

被爆から74年の現状(2019年8月10日配信『東京新聞』-「筆洗」)

 人道に反するような行為であっても、ひとたび行われてしまえば、2度目への歯止めは弱くなる。20世紀の思想家、ギュンター・アンダースは、この危うい人間性のメカニズムを「ナガサキ・シンドローム」と呼んでいる▼広島への原爆投下で、衝撃的な惨状を知ったはずなのに、米軍は3日後、長崎に2回目を決行した。そこからの言葉であろう。第2次大戦には、同じ心理を思わせる惨事が他にもある▼日本人には受け入れづらい呼び方か...

続きを読む

プロフィール

gogotamu2019

Author:gogotamu2019
障害福祉・政治・平和問題の最新ニュース・論説紹介

最新記事

カテゴリ