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9月入学制に関する社説・論説集(2020年5月2日)

「学び」の保障 学校再開にこそ注力を(2020年5月2日配信『京都新聞』-「社説」)

 新型コロナウイルスの感染拡大による学校の休校で、児童・生徒の学習の遅れへの懸念が高まっている。

 政府は緊急事態宣言を1カ月程度延長する方向で調整に入り、休校期間もさらに延びることが予想される。京都や滋賀では、すでに延長を決めている自治体がある。

 学校の再開時期が見通せない中、入学や始業を9月にずらす案が浮上してきた。学習の遅れを一度リセットできる利点が見込めるためという。

 欧米で新学期が秋に始まることなどを念頭に「大変革の好機」ととらえる意見もあるようだが、社会の仕組み自体を大きく変える必要がある。ハードルは極めて高いと言わざるを得ない。

 重要なのは、子どもたちの「学び」をどう保障するかである。拙速に議論を進め、児童・生徒に負担を強いるようなことがあってはならない。

 複数の知事が政府に検討を促している。安倍晋三首相も4月30日の参院予算委員会で、慎重な意見もあるとした上で「さまざまな選択肢を検討していく必要がある」と答弁し、視野にあることを認めた。

 学校の9月スタートは、これまでも議論になってきた。2006年に発足した第1次安倍政権は、教育再生会議を設けて大学の9月入学を議論した。東京大も11年に、国際標準に合わせるため秋入学への移行を検討している。

 だが、高校卒業後に空白期間が生まれるなどの慎重論が出て、いずれも立ち消えになっている。実現には、義務教育の年齢を定める学校教育法などの法令改正が必要との指摘もある。行政機関の会計年度や企業の採用時期ともずれが生じる。

 検討すること自体は否定しないが、今からでは新型コロナへの対応で改正や変更が追いつかない可能性が高い。学校をいかに正常に戻すかに力を注ぐべきだ。

 文部科学省は、段階的な学校再開に向けて、小学1、6年と中学3年の登校を先行させる案を自治体に示した。登校時間をずらすことも再開への選択肢になるとした。

 学校は密閉、密集、密接になりがちで、教職員や保護者には不安の声もある。政府や自治体は「3密」を防ぐ学校の態勢づくりを支援する必要がある。

 不安は子どもたちにも広がっている。退職教員の手を借りるなど、児童・生徒の学びを助ける人員を手厚くすることも求められる。



9月入学制 影響大きく幅広い議論が必要だ(2020年5月2日配信『愛媛新聞』-「社説」)

 新型コロナウイルスの影響で学校休校が長期化している中、入学や始業の時期を9月に変更する案が急浮上した。休校による学習の遅れや学ぶ機会の格差の是正などで注目されたが、社会全体に及ぼす影響は大きく、幅広い議論が欠かせない。

 「9月入学制」について安倍晋三首相は「これくらい大きな変化がある中では、前広にさまざまな選択肢を検討したい」と言及、政府は1日までに論点整理に着手した。6月上旬にも論点をまとめ、来年秋の導入の可否について協議を始めたい意向という。4月下旬の全国知事会では「この機会に大きな国の転換として導入すべきだ」「拙速な導入には反対。社会構造を大きく変えるもので国民投票に値するテーマだ」など多様な意見が出た。国民的な議論を踏まえた上で慎重な検討が必要だ。

 9月入学制は欧米と同時期の入学で互いに留学しやすくなり教育の国際化が進むといった狙いもある。一方、実現のハードルは高い。官公庁などの会計年度とのずれが発生。近年、通年採用が広がっているものの就活や、国家試験の時期の見直しも必要だ。4月開始を前提とする社会の仕組みに大きな変革が求められ、混乱が予想される。

 安倍首相が2月下旬に全国一斉休校を要請する考えを示し、小中高校などのほぼ全てが休校となった。現在9割超が休校中で、5月の大型連休後も継続するとした自治体が増えている。愛媛ではほとんどが10日まで延長し、全国では5月末までとしたところもある。

 休校長期化で学習指導要領に基づく年間の学習内容をこなせない事態が懸念されている。学校現場ではオンライン学習などを模索するが、端末や通信環境の確保などの問題があり進んでいない。休校措置を取る全国の各教育委員会のうち同時双方向型のオンライン学習をするのは4月中旬時点で5%のみだ。

 受験を控える中学3年、高校3年生の不安は切実だ。大学入試改革を検討する4月中旬の文科省の会議で、高校関係者から「授業ができていない中で入試をどうするのか」との声が相次いだ。英語民間検定試験や記述式導入が昨年見送られることが決まった大学入学共通テストは初回を迎える。

 「学習の機会を保障することも重要」として、政府の専門家会議は1日、学校活動について感染リスクを低減した上で再開の在り方を検討する必要があると提言、文科省は小学1年と6年、中学3年の登校を優先する案を示した通知を出した。感染対策を十分に図った上で地域の状況に応じて教育活動の再開を促した形だ。

 学校再開の時期が地域で異なり、いったん事態が収束しても再び拡大する可能性もある。目の前の学びの確保に手を尽くさねばならない。その上で9月入学制の議論は児童生徒らの学びを第一に、教育現場の声を聞きながら考えるべきだ。



9月入学(2020年5月2日配信『高知新聞』-「小社会」)

 日本に学制が敷かれた明治のころ、学校への入学時期は9月だった。よく引き合いに出されるのが夏目漱石の「三四郎」。主人公の三四郎が大学入学のため熊本から東京へ出てくる。〈学年は九月十一日に始まった〉と書かれている。

 上京の列車で濃いひげを生やした男と乗り合わせ、一緒に食べていたのは水蜜桃だった。残暑厳しいころ。汗をたらたら流しながらの長旅はさぞ大変だったろう。みずみずしく涼やかな桃に季節感がよく出ていた。

 その秋入学がだんだん春に変わり始め、大学も旧制高校もすべて4月に切り替わったのは大正期のこと。100年を経ていま再び、9月入学に戻そうという議論が急浮上してきた。コロナ禍で学校の休校が長引く中、新学期を後ろ倒しし、学習の遅れを取り戻す狙いだ。

 9月入学で卒業が夏になると、4月に新入社員を採用する企業慣行や年度制とずれる。何よりも1世紀にわたって私たちの意識に染み付いた生活のリズムを変えるのは並大抵ではない。子どもの学ぶ機会を保障するために、当事者の声も十分に聞いて慎重に検討したい。

 「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より…頭の中の方が広いでしょう」。ひげの男は三四郎に説く。何ものにもとらわれず柔軟に考えよ。漱石自身の思いでもあるだろう。

 頭の中で広く、深く考える。そうすれば9月入学という難問の答えも見つかりはしないか。



国際標準(2020年5月2日配信『熊本日日新聞』-「新生面」)

<不順の折から、御病体如何、陳ば[のぶれ]昨八日如例卒[れいのごとく]業式有之、大兄卒業証書は小生当時御預上り申上候>。1890(明治23)年7月、夏目漱石から正岡子規へ送られた手紙である

▼第一高等中学校を卒業する際、漱石は松山に帰っていた子規の卒業証書を預かった。『漱石・子規往復書簡集』(岩波文庫)の年譜によれば、同年9月、そろって帝国大学に入学している。当時は欧米の制度にならい9月入学が主流だった

▼一方、国の会計年度は4月開始。徴兵対象者の届け出も4月とされ、一般の学校もそれに合わせることに。以来、小学校では4月入学が130年ほど続く。すっかり定着しているが、ここに来て、それを見直そうという議論が持ち上がった

▼新型コロナウイルス禍に伴う休校が長引く中、入学や始業を9月にずらそうというのだ。3月上旬に始まった休校はいつまで続くか分からない。9月スタートにすれば学習の遅れもリセットされ、中止された行事もできるようになるという

▼国際標準に合わせることにもなるそうで、何だかいいことずくめのよう。だが、そう簡単な話ではない。法改正が必要となり企業の採用にも影響する。そもそも今、注力すべきことなのか。分散登校や時差登校といった工夫が先ではないか

▼漱石は旧制五高の英語教師時代こう詠んだ。<秋はふみ吾[われ]に天下の志>。子どもたちがそんな志を抱ける環境を整えるのが大人の務め。9月入学の議論は大いに結構だが、くれぐれも「子どもファースト」を忘れずに。



社会の覚悟が必要(2020年5月2日配信『南日本新聞』-「南風録」)

「ところで、あんたは大学はまだかの」。かつての恩師に近況を尋ねられた正岡子規は「やっと高等中学がおわりますので、この秋から参ります」と答える。

 司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」の一場面だ。近代の日本語に革新をもたらした子規が帝国大学に入学したのは1890(明治23)年9月である。当時の新入生は行く夏の気配を感じながら学びやの門をくぐったのだろう。

 今のような春入学に切り替わったのは大正後半という。それ以来、長く続いてきた制度を見直し、9月入学にしてはどうかという声が、新型コロナウイルス感染の拡大とともに高まっている。

 地域によって休校の期間が異なれば学力に格差が生じかねない。特に、大学や高校の受験を来春に控えた生徒は大きな不安を抱えていることだろう。全国知事会が秋入学の導入を投げかけ、鹿児島県知事も「基本的には賛成」と述べた。

 秋入学が主流の欧米とそろえれば、留学がしやすくなる利点もある。一方で移行期の半年間の過ごし方や就職、国家試験の時期、部活動の大会など影響はさまざまな分野に及び、ハードルは高い。

 これから「坂の上の雲」を目指す若者たちにどんな制度が最善なのか。子規は病床に伏しながら仲間と談論風発し、新時代にふさわしい言葉を生み出した。コロナ禍を機に年度制を改めるのならば、そんな社会の覚悟が必要になる。



9月入学制 今議論すべき問題なのか(2020年5月2日配信『琉球新報』-「社説」)

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、新学期の時期を5カ月ずらす「9月入学制」の導入を求める声が全国の知事などから出た。

 安倍晋三首相は29日の衆院予算委員会で「これくらい大きな変化がある中では、前広にさまざまな選択肢を検討したい」と述べている。萩生田光一文部科学相も「大きな選択肢の一つ」と表明した。

 新型コロナの流行は今なお終息の見通しが立っていない。学校の休校が長期化している。子どもたちの学習の遅れが心配だ。長く休校する地域とそうでない地域で学力差が生じるという懸念もある。

 だからといって、いきなり9月入学制にしようというのは短絡的であり、議論が飛躍し過ぎている。

 導入するとなると、4月に会計年度が始まる官公庁、新入社員を採用する企業を含め、社会全体の仕組みに大きな影響が及ぶ。事は学校だけの問題にとどまらない。

 実現には莫大(ばくだい)なエネルギーが必要だ。平時ならまだしも、コロナ禍で社会・経済活動が収縮する状況下で、そこに振り向けられるだけの余力があるとは思えない。

 今、教育行政が最優先で取り組むべきなのは、コロナ禍のさなかであっても、子どもたちに学びを提供できる仕組みを整えることだ。非常時の効果的な学習指導の在り方を追究しなければならない。

 ICT(情報通信技術)を活用したオンライン学習を全国に普及させるなど、取り得る全ての方法を検討し、具体化すべきだ。

 学校が休校になっているからといって、いつまでも学習の機会を奪ったままでいいということにはならない。「教育を受ける権利」を保障するため、インフラなどを充実させるのは国の責務だ。

 休校中の児童生徒には宿題が与えられ、家庭学習が奨励されている。指導する人が周りにいるならいいが、そうでないケースがはるかに多いのではないか。

 子どもを取り巻く環境によって学習進度に差が出る。休校が長引けば長引くほどその影響は深刻になり、学力差として現れるだろう。
 入学や始業を9月にずらすことが解決策になるという保証はどこにもない。コロナ禍が収まらず、休校が予想を大きく超えて長期化する可能性も否定できないからだ。

 政府に求められるのは、そのような最悪の事態をも想定して対策を講じることだ。

 海外では秋入学が主流だ。この機会に世界標準に合わせた方がいいという意見もある。議論は必要であり、大切なことだが、今そこに時間とエネルギーを割くべきなのか。

 いずれにしても、実施するには国民的合意が不可欠だ。新型コロナのどさくさに紛れて短期間で結論を出せるような単純な問題ではない。
 コロナ禍によって現に起きている教育の格差を是正することこそ急務だ。





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