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こどもの日

異例の「こどもの日」(2020年5月5日配信『東奥日報』-「天地人」)

 手洗いは30秒程度かけて水とせっけんで丁寧に。発症したときのため、誰とどこで会ったかをメモにする。公共交通機関を利用するときは会話は控えめに。食事は対面ではなく横並びで座る。会議も名刺交換もオンラインを活用。

 政府が新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言の延長を表明したきのう、専門家会議は長丁場に備え感染拡大を予防する「新しい生活様式」をまとめて提言した。感染対策や日常生活から働き方まで、実に事細かに望ましい生活様式の具体例を示している。

 中には新型コロナの感染が広がって以降、さまざまな場面で繰り返し指摘されてきた注意事項も含まれている。手洗いの仕方などは、あらためてアドバイスされなくても大丈夫だと思わないでもないが、ここは謙虚に受け止めて実践したい。

 県外では河川敷で大勢の人がレジャーを楽しんだりしたなどの、心配なケースが一部にあったようだ。今が感染拡大を食い止める正念場であることを決して忘れてはならない。特に大人は、子どもたちの模範になるような行動を心掛けたい。

 きょうは緊急事態宣言が出ている中で迎えた異例の「こどもの日」。家族で出掛けるにしても、密閉、密集、密接の「3密」を避けるなど、さまざまな制約がある。それならば、子どもと大人が一緒になって安全な楽しみ方をあれこれ考えるのも楽しいのではないか。




こどもの日/コロナ禍から心と体を守れ(2020年5月5日配信『河北新報』-「社説」)

 学校へ行けない。家族で出掛けることもままならない。子どもたちはかつてないほどの不安やストレスにさらされている。

 新型コロナウイルスの感染拡大で学校の休校が続き、大型連休も外出自粛が求められている。大人は子どもに与える悪影響を最小限にとどめる努力をしなければならない。

 長引く休校に直面する子どものやるせない声が本紙に紹介されている。「週1回だけ友達と遊ぶ時間はあっという間。次の約束が待ちきれない」(青森市の小3女子)「当たり前だった日常がなくなり悲しい気持ちでいっぱい」(陸前高田市の中1男子)「休校がここまで長いと勉強が間に合うのか不安」(秋田市の中3女子)

 北海道は新型コロナのまん延がいち早く始まり、法律に基づかない緊急事態宣言を2月28日に出した。北海道大大学院農学研究院の愛甲哲也准教授は子どもの生活実態を調べている。

 今月10日に公表した中間結果によると、80%が「テレビやビデオの視聴」、62%が「インターネット動画の視聴」の時間が増えたと回答した。8割以上の保護者は外遊びが必要だと考えているが、実際は「屋外では遊んでいない」が25%に上った。

 友達との外遊びは体力維持やストレス解消に役立つ。大人数で集まるなど「三つの密」を避ければ問題は少ないはずだが、感染の恐れや外出への厳しい目もあって思うようにいかないようだ。

 子どもは休校で給食を取る機会を失った。給食は栄養のバランスがいいだけでなく、決まった時間帯に食べられる利点がある。共働きなどで両親とも日中不在の家庭では栄養の偏りや生活のリズムが崩れる懸念がある。

 子どもを見守る親の役割は重みを増す。「甘えたくなる」「怒りっぽくなる」「元気がなくなる」といった兆候を見逃さず、話を聞いてやってほしい。

 新型コロナの余波で休業や自宅待機を強いられ、大幅な減収に陥っている家庭もあろう。そのために大人が取り乱したり落ち込んだりすれば、子どもに影響する。親もつらいのは分かるが、接する際はできるだけ平静に振る舞いたい。

 子どもを守るには親の力だけでは不十分だ。学校の助けも借りたい。

 5月いっぱい休校する仙台市教委は「双方向支援」をすることを決めた。教職員が電話や訪問で直接、児童生徒の家庭学習をサポートするという。先生とつながりが保たれることで、学習面だけでなく、心にもいい影響があろう。同じような取り組みが広がってほしい。

 きょうは「こどもの日」。家庭と学校が力を合わせて、苦境にある子どもの心と体を守ることを改めて確認する機会としたい。



「2分の1成人式」(2020年5月5日配信『河北新報』-「河北春秋」)

「2分の1成人式」は、10歳になる小学4年生が、親や先生たちと一緒に20歳の半分という節目を祝う学校行事。将来の夢を発表したり、親に感謝の言葉を述べたりと、学校によって式の内容はさまざまだ

▼この年頃は、わずか1年でも、心身の成長が驚くほど早い。5年生になると、まだ大人ではないけれど、もう子どもでもない、微妙な時期を迎える。作家重松清さんの『小学五年生』は、そんな少年たちの心の揺れを、移りゆく四季を背景に描いた17の短編が収められている

▼級友の突然の転校、家族や親族との悲しい別れ、見知らぬ大人や転校先での出会い、異性に抱く淡い恋心、そして性への目覚め-。どれも、当時はそうとは分からなくても、また一歩大人への道を進んだと後になってから気付かされる体験だ

▼新型コロナウイルスの感染拡大により、いつもの年とは違う「こどもの日」となった。どこにも行けず、友達にも会えない。不安や不満を抱えている新5年生も多いだろう

▼退屈かもしれない。つらいこともあるかもしれない。でも、乗り越えよう。そういえば、あの時はと、いつか笑って振り返ることができるようになればいい。そのためにも、きょうという日を大切に。君たちのことを見守っている大人からのお願いである。



こどもの日(2020年5月5日配信『福島民友新聞』-「編集日記」)

 家にいる時間が長くなり、ツイッターやフェイスブックなどの会員制交流サイトを眺める時間が増えてしまっている。こうしたサイトなどで今、「自粛警察」という不思議な造語が人々の関心を集めている

 ▼営業時間を短縮したり、持ち帰りのみにしたりしている飲食店などに対し、匿名の張り紙などで休業を求める行為を指すという。本紙でもおととい、休業しないと「警察を呼ぶ」と紙を張られてしまった都内のある飲食店の記事を掲載した

 ▼この店は、客を入れての営業はしておらず、国も認めているインターネットでのライブ中継を行っていたところ、看板に紙を張られたという。店に客を受け入れられない状況で、多くの人に楽しんでもらおうという善意を踏みにじる行為だ

 ▼新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が、全国を対象としたまま31日まで延長された。店などを休業したり、営業を自粛したりしている人にとっても苦しい時間が当面続く

 ▼感染防止の取り組みは、しないと非難されるからではなく、一人一人の自発性こそ尊重されるべきだ。きょうは、こどもの日。マスクで口を覆いながら、心まで息苦しくなる社会では、子どもたちに申し訳が立たない。



名文でなくとも(2020年5月5日配信『福島民報』-「あぶくま抄」)
2020/05/05 09:23

 国語学者の中村明さんは著書「名文」(筑摩書房刊)で、名文と呼ばれる文章の条件を挙げている。品格、通達性、余韻、新鮮さ、そして匂うがごとく…。多岐に及び、全てを満たすとなると難しい。

 郡山市に住む七十代の女性は、ある手紙を額に入れて大切にしている。〈ばあちゃん いつもあそんでくれてありがとう だいすきだよ〉。誕生日に五歳の孫から届いた。つたない文字は、目を凝らさないと判読できない。名文とは言いがたいかもしれない。それでも、一生懸命に鉛筆書きした一字一句がいとおしく思える。

 きょう五日は「こどもの日」。子どもの成長を祝ったり、幸せや健康を願ったりする日だ。外出もままならないコロナ禍では、お祝いムードとはいかない。とりわけ高齢者は重症化する危険性が高いとされる。郡山市の女性も「会えない連休」を過ごす。孫からの一通が、募る寂しさを和らげる。

 中村さんはこうもつづっている。〈決して巧[うま]いとは思わぬが、なんとなく惹[ひ]かれる文章がある〉。上手に書く必要はない。おじいちゃん、おばあちゃんに手紙を送ってみてはどうか。孫や子へ一筆したためるのもいい。素直な言葉は心の支えになる。



2年前に亡くなった俳優座の加藤剛さんが…(2020年5月5日配信『毎日新聞』-「余録」)

 2年前に亡くなった俳優座の加藤剛さんが、ライフワークとして舞台で演じていた役がある。実在したポーランドのユダヤ人医師で教育者、作家でもあったヤヌシュ・コルチャック(1878~1942年)だ

▲ナチス・ドイツに占領されたワルシャワのユダヤ人居住地区で孤児院を運営し、子どもたちの尊厳を守るために奔走した。しかし排斥は強まり、約200人の子どもたちと共にトレブリンカ強制収容所に送られ、ホロコーストの犠牲になった

▲舞台は、極限状態でのコルチャックと子どもたちとの心の交流が描かれる。加藤さんの演技の根幹には「子どもは一人の人間として重んぜられるべき存在であるというコルチャックの基本的考えがあったと思う」と共演した息子の頼(らい)さんは振り返る

▲コルチャックは自分だけが助かることをよしとせず、救いの手を拒絶し、最期まで子どもたちといることを選んだ。彼の信念と実践は、1989年に国連が採択した「子どもの権利条約」として実を結ぶ

▲新型コロナとの戦いで、世界は極限状態にある。そのしわ寄せを受けるのは、またも子どもたちだ。長引く外出自粛や休校措置は心身を不安定にし、学びの機会を奪う。スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんも「子どもの権利の危機」と訴える

▲きょうは「こどもの日」。子どもたちはコロナ後の未来を担う存在でもある。権利が踏みにじられることがないよう大人は何をすべきなのか。コルチャックの変わらぬ問いかけだ。



こどもの日 将来の夢を語り合う時間に(2020年5月5日配信『読売新聞』-「社説」)

 端午の節句の5月5日が国民の祝日に制定されてから、72回目の「こどもの日」を迎えた。子供の健やかな成長と幸福を願う日としたい。

 例年なら、大型連休の中の一日として、行楽地や帰省先で楽しんでいた家庭が多いだろう。だが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、外出自粛が呼びかけられている。

 家族で遠くに出かけることは難しいが、自宅で過ごす時間はたっぷりある。ここは、子供の夢や将来について思いを巡らし、語り合ってみてはどうだろう。

 最近、「エッセンシャル・ワーカー」という言葉を耳にするようになった。英語で「不可欠な」を意味するエッセンシャルと「労働者」のワーカーを組み合わせたものだ。医療、物流、介護、保育などの従事者を指している。

 こうした人たちは、感染が広がりを見せる中で、患者の命を救うため、あるいは、大切な物資を届けるため、昼夜を問わず懸命に働いている。非常時の国民生活を支えていると言えよう。

 第一生命保険が保育園・幼稚園児と小学生に「なりたい職業」を尋ねた調査では、女の子の上位に、保育園・幼稚園の先生や看護師がランクされている。

 今回のコロナ禍は、漠然とした憧れだった仕事を、子供たちが現実のものとして受け止めるきっかけになるのではないか。

 男の子のなりたい職業の上位には、サッカー選手や野球選手が並ぶ。残念ながら、現在は試合が開催されていないが、多くのプロ選手が、自宅でできるトレーニングの動画などを公開している。

 それらを見ながら、自分でも体を動かしてみれば、夢にほんの少し近づけるかもしれない。

 親子の話の糸口になりそうな素材もある。例えば、作家の村上龍さんが著した「13歳のハローワーク」の公式サイトを見てみると、約6000人の大人が様々な職業を紹介している。

 父親や母親が、息子や娘に自らの仕事について語ることも大切だ。いつ頃から志したのか。どんなところにやりがいを感じるのか。話す一言一言が、子供の考えるヒントになるだろう。

 このところ、在宅ワークに携わる親の姿を目にしてきた子供は多い。学校の授業では学べないものを感じ取った子もいるはずだ。

 「あの時は大変だったが、貴重な時間になった」。後に人生を振り返った際、そう思い出せるようなこどもの日になるといい。



敵はささやかな営みまで邪魔をするのだ(2020年5月5日配信『日本経済新聞』-「社説」)

 カツオ、マグロ、クジラ、それにウシも……。ずらり並べたごちそうみたいだが、鯉(こい)のぼりの変型である。列島の北から南まで、ご当地自慢を吹き流しにして飾る地域は少なくない。鹿児島県の枕崎市では、今年も「かつおのぼり」が市役所の玄関で泳いでいるそうだ。

▼鯉のぼりの由来は、中国の「三秦記」とされる。黄河の龍門の滝を上った鯉は竜に変じ、そこから「登竜門」なる言葉も生まれた――。よく聞く話だが、上るのは、じつは鯉とは特定されていないという。となれば、あちこちの「○○のぼり」もあながち強引ではあるまい。子どもたちの成長を念ずる心はみな同じである。

▼危機の渦中で「こどもの日」を迎えた。薫風をはらんだ鯉のファミリーや、カツオやマグロやクジラを眺めてみたいのだが、ここは我慢である。ほうぼうに電話で尋ねてみたら、ひっそりと飾っていますという返事が多く、その光景がまぶたに浮かんだ。もっとも、ごく小さなイベントでもやむなく中止したところもある。

▼「牛のぼり」で知られる北海道稚内市の曙(あけぼの)地区も、泣く泣く行事を取りやめたという。最北の酪農地帯にも新型コロナ禍は容赦がない。今年ほど子どもたちを励まさなくてはならぬ年はないのに、敵はささやかな営みまで邪魔をするのだ。受話器から聞こえる声、声。「○○のぼり」に携わる人々の声を心にとどめている。



「端午の節句」(2020年5月5日配信『産経新聞』-「産経抄」)

 本日は「こどもの日」、「端午の節句」である。数日前からスーパーで、この時期盛りを迎える菖蒲(しょうぶ)を見かけるようになった。風呂に入れて菖蒲湯にするためだ。

 ▼茎から強烈な香りを放つ菖蒲は、古くから健康を守り、悪霊を払う力を持つと信じられてきた。日本人が湯船につかる習慣を持つ前は、軒先に飾って魔よけにしていた。民俗学者の小松和彦さんによると、西洋では吸血鬼を追い払う方法の一つだったニンニクに相当する。今まさに追い払うべき悪霊といえば、新型コロナウイルス以外考えられない。

 ▼明日6日までを期限としてきた緊急事態宣言が、31日まで延長されることになった。全国で報告される新型ウイルスの感染者数の伸びには、鈍化の傾向がみられる。感染症の専門家の間では、自粛疲れの気のゆるみからくる「第2波」を警戒する声が強い。ぎりぎりの戦いを強いられている医療現場の崩壊は、なんとしても回避しなければならない。

 ▼とはいえ、連休明けの解除に期待して、生活を再建しようとしていた人たちにとって、落胆はあまりに大きい。いつまで不自由な生活が続くのか。不安が募るなか、それでも長いトンネルの向こうに希望を見いだそうとしている。「だから 今は耐えどき 明日への備えどき」。昨日の「朝の詩」に掲載された「今は耐えどき」という詩には、大きな共感を覚えた。

 ▼江戸時代に入ると、端午の節句は男子の節句となる。「菖蒲」の音が「尚武」と同じということから、武家の跡継ぎの成長を祝う行事となったからだ。尚武はさらに「勝負」に通じる。

 ▼「耐えるべき時に耐えて、攻めるべき時に攻める」。将棋界に数々の伝説を残した勝負師、故米長邦雄さんの名言の一つである。



「やさしさ」が育てる未来 こどもの日に考える(2020年5月5日配信『東京新聞』-「社説」) 

 切ない、そしてもどかしい「こどもの日」です。コロナ禍で思ったように遊んだり、学んだりできない状況が続きます。こんな時期だけれど、こんな時期だからこそ、未来を担う世代への願いと、支えるべき社会の責任について考えたいと思います。

 休校が決まった2月末、自由学園最高学部(大学部)の渡辺憲司学部長は「『今本当のやさしさが問われている。』コロナ対策に向けて」と題したブログを書きました。そこでは、感染症関係の学会で出会った研究者の言葉が引用されています。

感染症で恐ろしいのは

 「感染症は勿論蔓延(もちろんまんえん)が恐ろしい。しかしもっと恐ろしいのは病いに対する人々の差別と偏見です」

 ハンセン病に対する隔離政策、エイズや水俣病の人たちへの差別…。新型コロナウイルスで、感染症の誤った歴史が繰り返される危険があります。医療従事者や家族が、周囲の心ない言葉や対応に傷つき苦しんでいるという現実がすでにあります。感染した人や家族の家に投石や落書きするなどの陰湿な嫌がらせも明らかになっています。悲しいことです。

 「正義と柔軟な感性を持つ若さこそ社会と家庭を思いやりとやさしさに包まれた場所に引っ張って行けるのです」。そう若い世代への期待を記した渡辺さんに「やさしさ」の意味するところを尋ねてみました。

 「『やさしさ』は『痩せし』。自分の身を痩せさせることであり、辛(つら)いことでもあるんです」

 新型コロナウイルスは誰でも感染する可能性があります。不安や恐怖にのみ込まれそうになります。自分も痛みを感じている中で、相手の憂いをくみ取ることができるかどうか。やさしくするって、実は大変なことなのかもしれません。

大林宣彦監督の言葉

 福島の人々を取材していると、2011年の東京電力福島第一原発事故の後に起きたことと、今の状況を重ねて心配する声を聞くことがあります。福島ナンバーの車が県外で差別的な扱いを受けたり、その後も避難した子どもたちがいじめられたりしました。「あの時と同じようなことが、コロナで起きてほしくない」。その声は切実です。

 4月に亡くなった映画監督の大林宣彦さんは14年、福島の高校生に向けて、励ましの言葉を贈っています。高校生を対象にした映像フェスティバル。相馬高校放送局の作品「ちゃんと伝える」を、大林さんが特別賞に選び、その表彰式の席上でのことです。

 「痛みを感じる体験をした人の方が、うんと人を思いやったり、やさしくなったりする能力を神様から与えられている。(福島の高校生の)作品を見せてもらうことは被災の状況や悲しいことを超えて、人間の勇気ややさしさや失っちゃいけないものを再認識させてくれる力がある」

 晩年に「この空の花-長岡花火物語」(12年公開)などの戦争3部作を撮った大林さんは同じ席でこんなことも言っています。「悲しいこと、辛いことは忘れることで生きていられるってこともある。自分たちはそれでいいけど、未来の子どもたちが歴史を知らないと同じ過ちを犯すから、やっぱり伝えておこうと」

 社会が差別や偏見に満ちた暗い方向へと転がってしまうのか、それともつながりを深めて問題解決にあたる方向へと歩みだせるのか。私たちは今そのことが問われています。周囲の苦しみもくみ取りながら考えたこと、感じたことは、コロナ後の社会の針路を定めていく原動力になっていくでしょう。そして若い世代には、それをさらに次世代に伝えていく時間もたっぷりあります。

 さて、この原稿を書くにあたり、自由学園の渡辺学部長からは、一つ注文を受けています。こどもの日はむしろ、子どもを包み込む社会がどうあるべきかを書くべきだと。政治家から子どもや若者を思いやる肉声が聞こえてこないことに、教育者として怒っていました。

大人がまず身を削って

 休校が続き、経済的に困っている家庭の子どもたちの栄養状態が心配されています。閉鎖的な環境で、虐待やDVの問題もいっそう深刻になっています。大学生たちはアルバイトがなくなり、退学を考えるなど深刻な経済状況が明らかになってきています。

 子どもや大学生の困難はコロナ禍で生じたわけではなく、もともとあった問題があらわになったという側面があります。社会はそこからまず反省をしなければなりません。そのうえで十分な手だてを講じていかなくては。将来を担う世代のために、身を削って「痩せし」にならなくてはいけない責任はまず大人たちが負うべきです。



ロッキーにだってチャンスはあるはずよ(2020年5月5日配信『東京新聞』-「筆洗」)

 「アインシュタインは二回も落第した。ルーズベルトはクラスの最下位だった(中略)。ロッキーにだってチャンスはあるはずよ」。米ボクシング映画の「ロッキー」。ロッキーの対戦相手は世界王者。勝てる見込みのない試合を前にロッキーの恋人エイドリアンが語る

▼偉人や成功者の若き日の失敗や、「だめだった日」。そういう逸話は人を奮い立たせ、励ますものだろう。こどもの日である。こんな話なら、子どもたちも喜んでくれるか

▼アップル創業者のジョブズは子どもの時、好奇心から殺虫剤を瓶ごと飲んで病院に担ぎ込まれた。小学生のガンジーは同級生に話し掛けられるのが怖くて、授業が終わると一目散に帰った

▼少年時代のエジソンは「人が飛べる薬」を開発したと試しに友人に飲ませた。当然飛べるはずもなく、友人は腹痛を起こし、騒ぎになった。チャーチルの小学校の成績は最下位だった。坂本龍馬はおねしょがなかなか治らなかった。いずれも『失敗図鑑』(いろは出版)から借りた

▼あの人たちも普通の子どもだったんだ。子どもたちにはそう安心してもらいたい。もちろんそこから学び、努力し、身を起こした。それでもうまくいかない日もあれば、恥ずかしい思いをした日もあった。誰にだってチャンスはありそうではないか

▼<おもしろくふくらむ風や鯉幟(こいのぼり)>正岡子規。大きくふくらんでほしい。



こどもの日 笑顔になれる日必ず来る(2020年5月5日配信『新潟日報』-「社説」)

 子どもの人格を重んじ、その幸福を図るという「こどもの日」が掲げる当たり前の理念がひときわ重く感じられる。

 この生活が一体いつまで続くのか、子どもたちは不安な思いでいるはずだ。大人がその気持ちをしっかりと受け止め、支えになりたい。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、この大型連休は外出自粛を強く求められている。

 優しく励ましてくれる祖父母に会いに行くことができず、寂しい思いをして過ごした子も多いのではないか。

 5月6日が期限だった新型コロナ特措法に基づく緊急事態宣言は31日まで延長された。

 連休明けには学校へ行けるはずと心待ちにしていた子どもたちにとっても、延長は残念な決定だっただろう。

 政府が全国の学校に休校を要請したのは3月初めだ。卒業式や入学式は縮小されて在校生の姿もなく、思い出や夢を語り合うこともかなわなかった。

 新学期になって新しい仲間や先生に会えたのに、またも休校を迫られた。

 本紙の投書欄「きらきらキラリ」には、「早く学校に行って友達と遊びたい」「長い期間一人で勉強するのはやっぱりさびしい」という子どもたちの切実な声が寄せられている。

 感染を広げないためとはいえ、子どもたちが振り回されてばかりだ。気持ちが疲れてしまってはいないだろうか。

 休校が長引いたことで「9月入学制」が選択肢に急浮上してきたが、急に方向転換をするのでは社会全体に大きな影響を与えかねない。戸惑っている子どもたちも多いのではないか。

 学習の遅れも心配されるが、多くの子どもたちは休校中も自宅学習に取り組み、生活リズムを保とうとしてきた。

 けれど、小学校に入学したばかりの新1年生はまだ学び方も教わっていない。

 受験を控えた中学、高校の3年生には今後の授業や入試がどうなるのかも気掛かりだ。

 文部科学省は段階的に登校を再開する案を示したが、元通りになるのはまだ先だ。それまで子どもたちの不安を軽くできるように、みんなで知恵を出し、協力し合いたい。

 妙高市の大学生は仲間とともに、自宅学習をする小中高校生を応援するウェブサービスを立ち上げた。ネット上の「家庭教師」として子どもたちが分からない問題を解説してくれる。

 子どもたちの困り事を解決するこうしたサポートはとても頼もしい。

 部活動もままならない中で、インターハイや全国中学校体育大会の中止が決まった。目指していた試合や大会がなくなってやり切れない思いを抱えている中高生も多いのではないか。

 猛威を振るう新型ウイルスも終息する日はやがて来る。その時をイメージして、心と体を鍛えておきたい。

 世界が元気を取り戻し、笑顔になれる日が必ず来る。そう信じてともに前へ進もう。



こどもの日に 活字に親しみ学びの基礎を(2020年5月5日配信『北国新聞』-「社説」)

 石川、富山両県教委が県立学校の臨時休校について再延長を決めたことに伴い、各市町村の小中学校もおおむね同様の方向になった。新型コロナウイルス感染拡大の収束が見通せず、子どもたちの安全と健康の確保を考えれば、やむを得ない措置だろう。だが、心配なのは学習の遅れである。新年度が始まって以降、まともに授業が行われていない。

 子どもたちも外出自粛要請を受けて自宅にこもる中、毎日をどのように過ごすかが問われている。今、試合ができずジムにも通えないスポーツ選手たちが重点的に取り組んでいるのが基礎体力の強化であり、勉強も同じでないか。自宅でじっくりと学びの基礎を養うようにしたい。

 学力の土台として指摘されているのが読解力だ。数学者でお茶の水女子大名誉教授の藤原正彦氏や国立情報学研究所の新井紀子教授ら専門家がその重要性をかねてから説いている。読解力は国語力のみならず、英語など語学の習得や数学理科の理解を高める基礎になると言われている。昨年度、小学6年と中学3年を対象にした全国学力テストでも新聞をよく読む児童生徒のほうが成績上位の傾向が顕著だった。外出自粛期間は本や新聞など活字文化に親しむ習慣を身につける絶好の機会になる。

 一方で読解力の低下が懸念されており、文部科学省も注視している。経済協力開発機構(OECD)が79カ国・地域の15歳を対象に実施した一昨年の学習到達度調査では日本の高校1年の読解力は15位となり、3年前の前回8位から大きく後退した。数学的応用力、科学的応用力の2分野と比べても落ち込みが際立った。今年度の小学校を皮切りに中学、高校で順次実施される新学習指導要領に言語能力や情報活用能力の育成が盛り込まれたのもそのためである。

 だが、その授業もコロナ禍で滞ってしまった。石川、富山両県教委はインターネットを活用した家庭学習を充実させる方針を示したが、文科省は今後、全国一律で学校再開できない場合や第二波感染などを想定し、先んじた危機管理を考えるなら、オンライン授業の本格導入も検討すべきだろう。



「門の草芽出すやいなやむしらるる…(2020年5月5日配信『福井新聞』-「越山若水」)

 「門の草芽出すやいなやむしらるる 一茶」。春になると一斉に芽を出す雑草たち。その生命力に驚かされると同時に、度重なる草むしりや草刈りの労苦を思うとちょっと気が重い

▼では、なぜ多くの雑草は春が来ると芽を出すのだろう。種は冬の間も同じ場所にあったのに…。その疑問に答えてくれるのは植物学者の田中修さんだ。「植物の生きる『しくみ』にまつわる66題」(SBクリエイティブ)で、まず手始めに発芽の3条件から説明する

▼「適切な温度、水、酸素」である。だとすれば、答えは「暖かくなったから」? 間違いではないが、十分とはいえない。春と秋の温度はほぼ同じで、結実した秋にそのまま発芽してもおかしくない。ただそれでは、寒い冬がすぐにやって来て芽は成長できなくなる

▼正解は「厳しい冬の寒さを体で感じていたから」。つまり植物の種は土の中で寒さにじっと耐えながら、春が訪れるのを待って発芽する。それから太陽の光をたっぷり浴び、光合成の働きで育っていく。芽が出るというのは、忍耐や我慢を乗り越えた先にあるわけだ

▼きょう「こどもの日」。しかし新型コロナ対策で行動は制限される。しかも臨時休校の解除は先送りになった。それでもこの長く苦しい状況を乗り切れば、きっと芽が出るはず。学校再開のあかつきには、一段と成長した姿に出会えると信じている。





こいのぼりを見上げて(2020年5月5日配信『京都新聞』-「社説」)

 朝の空を見上げ、風と雲行きを確かめてこいのぼりを揚げる。庭やベランダ、2階の窓…と場所や大きさは違っても、5月の日課としている家庭もあるだろう

▼由良川源流域や琵琶湖岸の集落など、取材の先々で新緑に泳ぐコイの家族を見上げてきたことを思い出す。過疎に悩む地に、のぼりが揚がっているだけで頼もしく感じた

▼こんな句もある。<落人の里高々と鯉(こい)のぼり>渡辺恭子。山深い里で命が継がれていることに心を動かされたのか。こいのぼりは「ここで子どもを育てている」と宣言する父母や集落の旗印にも見える

▼きょうは端午の節句。端午は薬草を摘み邪気を払う中国の風習に由来する。香りが強い菖蒲(しょうぶ)を軒に差したり、皇帝の夢に現れて病魔を退治したという鍾馗(しょうき)さんの絵を床の間に飾ったりするのも疫病退散の願いを込めている

▼枕草子にも「菖蒲、蓬(よもぎ)などのかをりあひたる、いみじうおかし」とある。男児の節句となったのは江戸時代からというが、近年は子どもの性別に関係なく、こいのぼりを揚げる家もあるそうだ。健やかな成長を願う親の気持ちは変わらない

▼休校は延長され、不自由な日々が続く。青空にコイを放つように子どもを外で思い切り遊ばせたい。親子で空を仰ぎ「コロナよコロナ飛んで行け」と叫んでみたくなる。



草の命よ、健やかなれ(2020年5月5日配信『神戸新聞』-「正平調」)

 時は2月、ところは山梨県の薬局に「マスクが買えない」と憂える高齢の女性客がいた。見かけた一人の女子中学生がそれから1カ月をかけて約600枚のマスクを手作りし、県庁に届ける。高齢者や子どもに渡してほしいと

◆マスクの買い占めや高額転売が問題となり、世相に角が立ち始めた頃である。当時の報道によれば、生徒はお年玉貯金でガーゼや布を買い、家族らとミシンを動かしたという。優しい気持ちが乾いた心にしみる

◆先週の本紙発言欄にあった4歳の女の子の話。曽祖母に「おもちゃ、なんぼでも買ってな」と電話でねだった後、独りごちた。「なんぼでもっていうのは、さすがに悪かったかな」。愛らしい気遣いに〓(U+9830)が緩む

◆高見順の詩「われは草なり」から。〈われは草なり/伸びんとす/伸びられるとき/伸びんとす/伸びられぬ日は/伸びぬなり…〉。巣ごもりしつつ今の子どもたちも実はこっそり何かを伸ばしているのだろう

◆それは思いやりの芽か、ユーモアの心か、詩人の目か、本人も知らない。詩は結ばれる。〈ああ 生きる日の/美しき/ああ 生きる日の/楽しさよ/われは草なり/生きんとす/草のいのちを/生きんとす〉

◆きょうは「こどもの日」。そして、立夏。草の命よ、健やかなれ。



こどもの日 地方で育ち地方で活躍を(2020年5月5日配信『山陽新聞』-「社説」)

 子どもたちのすこやかな成長を願う各地の行事が、新型コロナウイルスの影響で取りやめになっている。緊急事態宣言が延長され、学校園、大学は休校がさらに続く。子どもたちは自宅にいるよう要請され、不安で窮屈な生活を強いられている。終息を急ぎ、一日も早く笑顔で跳び回れるようにしてあげたい。

 忘れてならないのは、ウイルスの影響だけではなく、主役となる子どもたちが激減しているために、行事が続けられなくなっている地域が増えていることだ。

 昨年1年間に生まれた赤ちゃんの人数は、厚生労働省の年間推計で86万4千人とされている。120年続く統計の中で、過去最少の記録である。平成が始まった30年前と比べて約3割も減り、人口減少に拍車がかかる。

 1人の女性が生涯に産む子どもの推計人数を示す合計特殊出生率は、2018年の全国平均が1・42だった。岡山県は1・53、広島県は1・55、香川県は1・61で、いずれも平均を上回る。最低は東京で1・20。首都圏を構成する神奈川、埼玉、千葉県も平均を下回っている。

 出生率の低い首都圏に人口は集中し続けている。今年1月時点で、前年より人口が増えたのは、首都圏の4都県と沖縄県だけだ。地方創生と一極集中の是正は安倍政権の看板政策だが、期待はずれだと言わざるを得ない。

 家賃をはじめ生活費が高い首都圏で、子育てをするためには高額な費用がかかる。小さな子どもを保育園や病院に満員電車で連れて行くのも大変なことだ。非婚の若者が増えるのも理解できる。

 今回のコロナ禍で、全国の感染者のほぼ半数を4都県が占める。人口密度が高く密集を避けにくいことが拡大防止のネックになる。多くの企業で導入されたテレワークは、電話やネットを活用すれば首都圏に住まなくても可能な仕事が多いことも示した。想定される大地震などを考えれば、一極集中を早急に是正し、分散型の社会に変えることが危機対応にもなろう。

 若者が首都圏に集まるのは、主に進学と就職が理由になる。政府には、税制や補助金などで優遇措置を強化し、大学や企業が地方に立地するよう働きかけてもらいたい。地方も情報発信を強化すべきだ。地域の文化、歴史、産業を教える「地域学」に力を入れるなど、地方で生きる魅力を子どもたちに学んでもらう工夫も必要になる。

 もともと地方は独自の文化を生み、人材を育て、相互に交流を続けてきた。地方がそれぞれの個性を磨き、競い合える社会を取り戻し、子どもたちに残したい。

 コロナ後は一極集中から地方分散へ流れを変える好機である。多くの子どもたちが育ち、プライドを持って働いて活躍し、親となって子どもを育てる。そんな地方づくりを進めるきっかけにすべきだ。



正岡子規の句に〈おもしろくふく…(2020年5月5日配信『山陽新聞』-「滴一滴」)

 正岡子規の句に〈おもしろくふくらむ風や鯉幟(こいのぼり)〉がある。風をはらんで勢いよく泳ぐこいのぼり。子どもの健やかな成長を願う親心はいつの世も変わらない

▼このところ本紙の地域版にはそんな風景が連日載っていた。岡山市の吉備津彦神社では100匹が空に舞う。ジーンズの街・倉敷市児島地区ではインディゴブルーの鯉が翻る。きょうは外出自粛のなかで迎えた「こどもの日」である

▼国連児童基金(ユニセフ)が警告を発している。はしかやポリオが大流行を引き起こす可能性があるという。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う世界保健機関(WHO)の指針によって、予防接種が一部の国で中断されているからだ

▼ユニセフは「数百万の子どもの命が危険にさらされている」と言う。世界では、アフリカや南アジアを中心に子どもの5人に1人が1日約210円未満の極貧状態で暮らしているというのに。社会が不安定なときに一番しわ寄せを受けるのは、いつも子どもたちだ

▼〈見上げればこんなに広い空がある〉。これは若くして病没した岡山市の自由律俳人・住宅顕信の句。最期の日々を病室で愛児とともに過ごした

▼家を出て思い切り遊びたい思いをこらえる毎日がまだまだ続く。風薫る5月。幾千万の鯉が泳いでも余りある大きな空を、親子でただ眺める時間があってもいい。



【こどもの日】命の大切さ話し合おう(2020年5月5日配信『高知新聞』-「社説」)

 こんなままごと遊びを見掛けた。5歳の女の子が布団に縫いぐるみを並べて寝かせていた。おもちゃの聴診器を次々に当てて一言。「みんなあ、コロナでお熱が出ちゅうが」

 今、幼い子であっても、新型コロナウイルスによる危機を感じ取っている。私たちの日常は様変わりした。かつて経験したことのない状況で迎える「こどもの日」である。

 子どもたちは「ないない尽くし」の毎日を強いられている。保育所や幼稚園、学校に行けない。先生や友だちに会えない。部活動や習い事もできない…。

 子どもらしい活動を封じられ、ストレスや不安は大きい。それでも今は、家にいなければならない。全てはウイルスから命を守るためだ。
 こうしたタイミングの「こどもの日」である。子どもと一緒に命の大切さについて話し合う、またとない機会にできないだろうか。

 小さな子どもであれば、その子が誕生した時の思い出や喜びを聞かせることから。手を握ったり抱きしめたりすれば、言葉にできない不安を和らげることにもなるだろう。

 一定成長した子どもであれば、世界の実情も伝えたい。コロナ出現以前から感染症によって、多くの子どもが命の危険にさらされている。

 医療体制が整わず、そもそも清潔な水やトイレがない国がある。政情不安のコンゴ(旧ザイール)では、はしかの流行で5千人以上が亡くなった。9割以上が5歳未満だった。

 シリア内戦の国内避難民はコロナ出現によって、「究極の選択」をしている。不衛生で密集度の高い避難民キャンプにとどまるか、戦闘再燃の恐れがある自宅に戻るか。悩んだ揚げ句、子どもを多く含む12万人以上が帰っている。そうした苦難についても教えたい。
 日本国内ではコロナ患者の命を守るため、医療従事者が感染リスクを負いながら治療に当たっている。

 自己犠牲の精神は、幼い子どもたちが大好きな「アンパンマン」に重ね合わせることができる。おなかをすかせて困っている人に、自らの顔を食べさせるヒーローだ。

 しかし、その心を折るような、医療従事者や家族に対しての風評被害や心ない言動が問題化している。そうした偏見や差別はいけないと、子どもたちに伝えなければならない。

 アニメ主題歌「アンパンマンのマーチ」は、作者である本県出身の故・やなせたかしさんが作詞している。その一節は歌う。〈そうだ うれしいんだ 生きるよろこび たとえどんな敵があいてでも〉

 コロナという敵は手ごわい。長期戦が予想される。以前の日常は変わってしまったが、私たちから生きる喜びを奪い去ることはできない。

 誰かを救うときは強く、ほほ笑みを絶やさないアンパンマンを見習いたい。ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を保っていても、相手に笑顔を贈ることはできる。

 危機の時こそ、ほほ笑みを。子どもたちに安心感を与えよう。



こどもの日(2020年5月5日配信『高知新聞』-「小社会」)

 きょうは「こどもの日」にして二十四節気の「立夏」。そう聞いて、忘れらない詩があります。有名な詩ですが、木下夕爾(きのした・ゆうじ)という詩人で俳人の「ひばりのす」という題です。
 
 書き出しは、〈ひばりのす/みつけた/まだたれも知らない〉。続けて〈あそこだ/水車小屋のわき/しんりょうしょの赤い屋根のみえる/あのむぎばたけだ〉。続く最後の一連が、大人に大きな衝撃を与えたのです。
 
 〈小さいたまごが/五つならんでる/まだたれにもいわない〉。この詩人、木下は詩を堀口大学に、俳句を久保田万太郎に学んだそうです。いずれも権威ですが、関係ないでしょう。とにかく少年の抱く大きな秘密はこの年代特有のものです。
 
 赤い屋根の「しんりょうしょ」と、なぜひらがな書きにしたのでしょう。作者にしかわからないことですが、ひらがなには優しい響きがあります。きょうは子供の日でも、子どもの日でもなく、全部ひらがなの日です。
 
 学校や保育園などが休みになって、外へもあまり出られず、大変なことでしょう。そんなときは我慢しすぎず、思い切って言いたいこと、やりたいことを家族に言ってみたらどうですか。秘密にしないこともときには大切です。
 
 日に日にぐんぐん成長する少年、少女をお持ちのお父さん、お母さん、どうぞその子の行き場のない思いを、しっかり受け止めてやってください。われわれ大人がかつて来た道です。



こどもの日 「学ぶ権利」を守るために(2020年5月5日配信『西日本新聞』-「社説」)

 これほど重苦しく、不安な空気の中で迎える「こどもの日」は初めてではないだろうか。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止の特別措置法に基づく緊急事態宣言が延長されたことを受け、休校が長期化している学校をいつ再開できるのか、戸惑う自治体は少なくないだろう。

 新たな感染者の確認が続く地域では既に、長期の休校延期を決めた自治体もある。いったん再開しても、感染が増えるようなら再び休校せざるを得ない。

 事態収束にはまだまだ時間を要するという前提で、国と自治体、教育現場は子どもたちの「学ぶ権利」を守るために知恵を絞り、工夫する必要がある。

 萩生田光一文部科学相も地域の状況に応じた学校の再開を促している。新たな文科省通知では、時間帯や日によって登校対象の学年やクラスを分ける分散登校を検討し、特に小学校の生活になじんでいない1年、卒業を控えた6年、中学3年の登校を優先するよう求めている。

 前例のない長期休校で深刻な学習の遅れも懸念される。各地の学校はプリント配布などで自宅学習を支援しているが、学校での対面指導でないと行き届かない面があるのも間違いない。さまざまな個性を持つ級友と一緒に学びながら、子どもは成長し、社会性を育んでいく。

 ただ現状では、校内で集団感染が発生する可能性は否定できない。学校再開や登校日の設定を検討している自治体は、地域の状況を精査し、校内の感染予防策を徹底するとともに、そうした情報を保護者などに丁寧に説明することが欠かせない。

 各地でネット動画による指導やオンライン授業の取り組みが始まっているが、必要なパソコンやタブレット端末の所有、通信環境は家庭により異なる。文科省調査では、同時双方向型のオンライン指導を実施する自治体はわずか5%にとどまる。

 今後も災害などで対面指導が困難な場合、オンラインの活用が有効な代替手段となることは確実だ。国は情報通信技術(ICT)を活用した学習指導環境の整備に本腰を入れるべきだ。

 コロナ禍の先行きの不透明感が増す中、政府内に9月入学・始業案が浮上している。入試を控えた生徒の不安を解消し、留学などに便利であるとの利点は分かる。だが就職など社会全体のスケジュールに関わる変革であり、拙速な議論は禁物だ。

 後の世に、感染拡大に伴い学力が落ちた「新型コロナ世代」と呼ばせてはならない。地域の感染状況により著しい学力格差が生じることも看過できない。そのために大人が何をできるのか。その覚悟をいま一度確認する「こどもの日」としたい。



「あの子」に最適な学び 四宮淳平(2020年5月5日配信『西日本新聞』-「オピニオン」)

 「あの子」に最適な学びはどう実現できるだろう。新型コロナウイルス対策の一環で、オンライン授業を始めたフリースクールを知り、そんなことを考えた。

 思い出したのは福岡県であった不登校の子どもについて考えるセミナーだ。教員や元校長、不登校の子どもを受け入れるフリースクール経営者ら計6人が意見交換した。

 「具体的カリキュラムは?」との教員の問い掛けに「マンツーマンで授業しながらニーズを考える」「教科書に準拠してやっている子もいる」。フリースクール側のそんな返答に、教育の「質」を不安視する指摘や、不登校の子どもを社会とどう結び付けるのかといった質問が出た。

 「カリキュラムに合わせることが必要なのかピンとこない」とフリースクール側が反応するなど質疑がいまひとつかみ合わないのは、学習の基準に差があるからだろう。

 学校教育はさまざまな法的根拠に基づいている。小学2年の算数では学習指導要領に1桁と1桁の乗法(掛け算)が「確実にできる」などとある。これを基に教科書や年間計画が作られる。

 フリースクールには、こうした法的根拠がない。子どもの学習段階はまちまちであり、その子に合わせた学びが提供されるはずだが、手法は各団体で全く異なっている。

 両者の長所を合わせ、学校の系統だった学びを子どもに合わせる形で提供できないだろうか。

 この課題に、広島県教育委員会は2019年度から挑戦している。背景には教員と子どもの意識差がある。小中学校へのアンケートで、教員の大半は子ども自身が考えるように授業を工夫するが、実際にできていると回答した子どもは6~7割だったそうだ。

 「不登校対策に限らず、全ての子に個別の学びが必要」と担当者。国内外の事例を研究し、学校になじめない小中学生向けに「異才発掘プロジェクト」を実践する。

 昨年は2回、各約20人が参加した。磁器と陶器、ステンレスと銀の食器の違いは、といった課題を図書館や百貨店で調べた。ある中学生は「磁器と陶器のカップで紅茶の味が変わるか」という問いを立てた。甘みや苦みは舌の異なる部分で感じる。カップの形が変われば、紅茶が多く触れる舌の部分が違ってくる。このため味は「カップの形で変わる」との結論を導いた。

 興味から始まる学びである。今は休校中だが、学校再開後の授業の在り方を考えるヒントになるのではないか。

 取材で出会った子どもたちが思い浮かんだ。



日髙瑞希さん。きょうの新聞の13面にじょうずな絵が…(2020年5月5日配信『西日本新聞』-「春秋」)

 日高瑞希さん。きょうの新聞の13面にじょうずな絵が載っていますね。「トトロの大きな目でコロナやっつけられたらなあ」とも書いてあります。本当に、そうだよね。コロナウイルスって「まっくろくろすけ」みたいだけど、全然かわいくないです

▼佐藤和美さんは「空高く泳ぐぞ!!」と元気いっぱいのこいのぼり。太陽もにこにこ笑っています。いっしょに「コロナに負けるな」とさけびたくなる絵でした

▼皆さんの詩も読みました。「先生や友だちがいない家の中/いつもしずかに勉強中/いつもひまでつまらない」(二村真悠子さん)「友達と遊びたい/友達と勉強したい/友達とすごしたい/早くみんなに会いたいな」(浜野朝花さん)。「友達」の言葉があふれていました

▼長い長い休校が続いています。学校に行けないこと、友だちに会えないことがこれほどさみしくてつらいことを、きっと感じたことでしょう

▼きょうは「こどもの日」です。今年はとても切ない日になりました。ゆうえんちは閉まっているし、ブランコやすべり台が使えない公園もあります。おとうさんおかあさんも、とても困っています。大人だって生まれて初めて経験することだから、心の中はすごく不安なのです

▼トトロの映画に歌がありました。♪あるこうあるこう/わたしはげんき。大人たちが疲れていたら歌ってください。みんなの笑顔が一番のげんきぐすりです。



「いまいち」を「最高」に(2020年5月5日配信『佐賀新聞』-「有明抄」)

 こどもの日は「いまいち」な祝日―。70年代の子ども文化をまとめた『小学生歳時記』(初見健一著)に書いてある。お正月やクリスマスならお年玉やプレゼントがもらえるのに、子どもが主役の日はそんな「実益」に乏しい。欲しいものは山ほどあるのに、なかなか買ってもらえなかった昭和の子には、なんとなく気持ちがわかる

◆あのころ、おもちゃ屋や本屋の前で、駄々をこねて大泣きする子どもがいたものだが、最近はあまり見かけない。「日本の子どもたちは声が小さくなった」と以前、詩人の谷川雁さんが語っていた。それは、はしゃぐことがなくなったからではないか、と

◆豊かになって、子どもたちが泣いたり笑ったりする心の表現の幅が、昔に比べて狭まっている、と指摘する専門家もいる。新型コロナの影響で我慢を強いられ、ますます感情を表に出せなくなってはいないかと気にかかる

◆近ごろ、巣ごもり消費で「昭和玩具」が見直されている。「人生ゲーム」「黒ひげ危機一発」…アナログなゲームなら家族みんなで楽しめる。そんな流行を映して、きょうの12、13面にはカルタが載っている。苦境にある県内企業を、遊びを通して応援する企画でもある

◆昔と今の子どもが「やった」「しまった」と大きな声をからす。「いまいち」な日も、きっと「最高」の一日になる。



「ふわふわ」(2020年5月5日配信『南日本新聞』-「南風録」)

 食い意地が張っているからだろう。「ふわふわ」と聞けば、パンやオムライスが真っ先に思い浮かぶ。小学生なら「ふわふわ言葉」と答えるかもしれない。相手を傷つけない、思いやりのある言葉を最近はこう呼ぶ。

 反対に、嫌な気持ちにさせたり、悲しませたりするのは「ちくちく言葉」である。インターネット上にはこの手の攻撃的な書き込みがあふれる。せめて教室ぐらいはふわふわ言葉でいっぱいにしたい。

 人権教育などをきっかけに広まったらしい。1人の生徒を全員で褒め合う「褒め言葉のシャワー」を授業に取り入れている学校もあるという。相手の立場や考え方を尊重できるようになり、褒められた子は自信につながるそうだ。

 大人の世界も学ぶところが多い。英文学者の外山滋比古さんは著書「日本語の作法」で、無礼講だと勝手なことを言い合った揚げ句、けんかのようになりかねず、遠慮や思いやりを大切にしようと説く。

 同僚たちとの飲み会で、「褒め言葉のシャワー」を試してみたことがある。気恥ずかしさはあったが、愚痴を並べて憂さ晴らしをするよりも、はるかに穏やかで心地よいひとときだった。

 きょうは「こどもの日」。家庭でもやってみてはどうだろう。褒めることは簡単なようで意外に難しい。一人一人としっかり向き合えば、ふわふわ言葉も出てこよう。得がたい時間になること請け合いだ。



教育の主役は子供(2020年5月5日配信『宮崎日日新聞』-「くろしお」)

 近所に3人の小さい子供がいる家族がいて、お父さんがこいのぼりを揚げる作業をしていた。「やっぱりいいもんですね」と声を掛けると「これだけはしないと気分が盛りあがらんでしょ」と笑顔で答えた。

 「こども詩集 わくわく」(童話屋)という本が手元にある。古今の有名な詩人による作品集で童謡になった詩もある。大人には意味不明で支離滅裂に思える内容もあるのだが妙に癒やされる。しっかり童心をとらえているところが万人に愛されるゆえんだろう。

 例を挙げると「サッちゃん」でおなじみの阪田寛夫。「ああめん そうめん ひやそうめん」で始まる詩は「夕日にそめた ひやそうめん ぶりきたたいて かんからかん」と続き、さらに病気で死んだ父にさらりと触れて、テンポいい言葉遊びが夕焼けとともに心に染みる。

 若山牧水の「はだか」という詩もある。「裏の田圃(たんぼ)で 水いたずらをしていたら 蛙(かえる)が一疋(ぴき)草のかげからぴょんと出て はだかだ はだかだと鳴いた やい蛙 お前だってはだかだ」で全文。カエルと同じ目線でやり合っているのがおかしい。水が豊富な古里で育ち、少年の心を持ち続けた牧水ならではだ。

 大人になると忘れていく子供の感性。休校が長引いている今、子供の心身にどういう影響が出ているだろう。どこで学び、どこで遊べばいいか。学校を閉めるも再開するも、大人の都合に映っていないか。主役たる子供の意見にも耳を傾けたい。こどもの日。



こどもの日 子ども目線が大切な時だ(2020年5月5日配信『琉球新報』-「社説」)

 きょうは「こどもの日」。祝日法では、子どもの人格を重んじ、幸福を図ることなどを定めている。この趣旨の重みを改めてかみしめたい。

 と言うのも、今年は例年と大きく異なる状況にあるからだ。新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため外出自粛要請や休校の措置が取られ、子どもたちの大半は家庭だけを居場所にせざるを得ない。

 そのかけがえのない居場所が今、急変している。収入が激減したり、仕事を失ったりした親がストレスを抱え、理性を失いやすい状態のまん延だ。子どもへの虐待やDV被害などの家庭内暴力が世界的に急増している。この状況を国連は「シャドー・パンデミック(陰の世界的流行)」だと指摘し、警鐘を鳴らしている。

 新型コロナの感染を防げても、家庭内暴力によって命を脅かされては元も子もない。コロナ危機により、子どもの人格や幸福を重んじる「こどもの日」の趣旨を徹底的に実行する姿勢が大人たちに一層強く問われている。

 沖縄では、コロナ危機下にない時でさえ、児童虐待や「子どもの貧困」は深刻な問題だ。コロナ禍は、これらの深刻化に拍車を掛ける恐れがある。

 県は増加傾向にある児童虐待を重く見て、子どもの権利を尊重する条例を制定し、4月に施行した。条例は保護者に対し、体罰や心身を傷付ける行為を禁じることを「責務」と規定した。市町村や学校など関係機関にも施策の実施を義務付けたが、現在の休校・外出自粛下では、虐待を察知しにくい。絶対に子どもを傷つけないという保護者の意識がますます重要になっている。

 条例は虐待問題を「子どもの貧困」の視点から捉え、困窮家庭への支援の重要性も掲げている。困窮家庭がさらに苦しめば、ネグレクト(育児放棄)などに結び付きやすいからだ。その意味で、食料を供給するランチ・サポートなどの支援は非常に有意義だ。

 一方で関係機関や地域の大人たちは、助けを求める子どもたちのシグナルに一層敏感になる必要もある。

 自宅学習を巡っては、学校配信や文部科学省推薦のデジタル教材にアクセスできない児童・生徒がいるため、学習格差が問題となっている。また自宅に居る時間が長いので、ゲームなどに没頭するスマホ依存症の恐れも高まっている。

 ストレスがたまっているのは大人たちだけではない。友達と会えないなど、子どもたちもつらい。子どもの目線に立って感情をくみ取り、丁寧にコミュニケーションを図ることが、今ほど大切な時はない。新型コロナの怖さや感染予防対策、なぜ休校が続くのかなどについて丁寧に説明し、疑問にも答える努力が親たちに求められている。

 子どもは社会の鏡だ。子ども社会には、社会全体の矛盾が先鋭かつ象徴的に表れる。コロナ危機がもたらす子どもたちの「叫び」を聞き逃してはならない。



水辺のバレリーナ(2020年5月5日配信『沖縄タイムス』-「大弦小弦」)

 大型連休中、散歩がてら豊見城市の遊水池まで足を延ばした。「ピューイ」。人けのない水辺にセイタカシギの鳴き声が響く。細長いピンクの脚で立つ姿は「水辺のバレリーナ」の愛称そのものだ

▼シギ・チドリの仲間の渡り鳥。水底の餌を探して右へ左へ歩く。酔客の「千鳥足」と違って愛らしい。食欲旺盛なのは北へ渡る前の腹ごしらえだろうか。コロナ禍でも野鳥の行動は変わらない。季節は巡っているのだと安堵(あんど)する

▼緊急事態宣言で外出自粛が続く中、北海道博物館がネット上で始めた「おうちミュージアム」が広がっている。県内5カ所を含む全国約140の博物館などが、特色ある自然や生き物について家で学べるプログラムを提供する

▼臨時休館中の漫湖水鳥・湿地センター(豊見城市)は鳥の鳴き声クイズなどを出題する。「ツツーピーツツ」「チュルチュル」。鳴き声一つとっても多様な野鳥の世界が広がる

▼ウイルスの見えない不安が覆う今、作家の青山七恵さんは「路上の音を聴きながらゆっくり歩くことにした」と共同通信に寄稿した。道端の花や動物など手を伸ばせばそこにある「小さなものの持つ力は、想像よりずっと大きい」と記す

▼きょうはこどもの日。ネットでもいい。親子で生き物の営みに耳を傾けてみては。普段気付かない新たな発見があるはずだ。(



子どもとコロナ禍(2020年5月5日配信『しんぶん赤旗」-「主張」)

声を受け止め、権利の保障を

 きょうは「こどもの日」です。

 子どもたちは今、新型コロナウイルス感染拡大のもとで、我慢や戸惑いを抱えながらの日々です。

 「なんでがっこうにいけないのかな」(小学1年生)、「友達と会えないからかなしい」(小4)、「ずっと家族といるし、最近外出していないからイライラする」(小5)、「すっごくひま、勉強だらけ」(小6)―。大阪府の日本共産党枚方・交野地区委員会が行っている「子どもアンケート」には率直な回答が寄せられています。

ひとりの人間として尊重


 1989年に国連で採択された子どもの権利条約の12条は、子どもに関わるすべてのことについて、子どもは自分の意見を自由に表し、きちんと聴かれる権利を持っているとうたっています。

 安倍晋三首相は2月27日夕方、全国一律休校要請を突然発表しました。子どもや学校関係者には寝耳に水でした。一方、デンマークやフィンランドでは、首相自ら「子ども記者会見」を行い、コロナや休校の必要性をわかりやすく説明し、「友だちとの誕生日会はキャンセルすべきですか?」などの質問に直接答えました。権利条約に基づき、子どもを権利を持つ主体として認め、おとなと同じひとりの人間として尊重しているかどうかが、この違いに表れています。

 公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは3日、1422件の「子どもアンケート」(小学生から18歳くらいまで)をまとめ、政府への提言を発表しました。

 アンケートの「困っていること」の問いには、「日常生活が送れていない・外出できない」(31・4%)、「体調やり患、心の変化、感染拡大への心配・懸念」(16・0%)、「勉強ができない、学力の低下、学校のこと」(15・7%)との答えが多数でした。コロナ対応策の要望では、「感染症対策」(15・6%)、「学校生活のあり方」(13・0%)、「情報提供や意見尊重」(9・3%)、「学校に行きたい 学校再開」(8・2%)が挙がりました。

 「パパとママにおやすみをあげて」(小2)、「コロナにかかった家族やしんせきなどにしえん金を出して」(小4)、「政府はちゃんと検査をして下さい」(中1)、「子どもの教育機会が失われたことについては、国からの補填(ほてん)も説明も無いままで…おかしい」(高2)などの要望もたくさんあります。

 政府、自治体は子どもの声をよく聴き、権利条約の視点をコロナ対策に取り入れるべきです。適切な情報提供とメッセージの発信、すべての子どもたちの多様な育ち・学びを保障し、格差を生まない対策なども急がれます。

多様な育ちと学びの場を

 乳幼児も、集団健診や子育て支援行事の延期・中止、保育園や幼稚園の休園など影響は深刻です。健康を守るとともに、遊びを通じ成長を保障できる工夫が必要です。

 障害のある子ども、不登校の子ども、家にいられない事情の子ども、多様な性の子ども、外国にルーツがある子どもなどにはきめ細かな支援を要します。経済的困難にある子どもの支えも不可欠です。家庭のストレス増大で高まる虐待リスクへの対応は急務です。

 どの子どももかけがえのない存在です。危機にある今こそ、子どもたちの「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」を保障していきましょう。



「学校に行くのがイヤな日もあったけど、今は行きたくてたまらない」(2020年5月5日配信『しんぶん赤旗」-「潮流」)

 一律休校が始まって2カ月あまり。「学校に行くのがイヤな日もあったけど、今は行きたくてたまらない」という声をよく聞きます。日常を奪われた子どもたちの不安やストレスが心配です

▼ある中学3年生に聞くと「友達と思いっきりおしゃべりがしたい。部活がしたい。高校受験の年なのに勉強が心配」と、思いがあふれ出てきます。かけがえのない学校生活が短くなる不安とあせり。それでも「今できることを」と自宅にこもり、学校の課題に取り組む日々…

▼休校のニュースを聞いて記者が最初に思ったのは「高校生の娘はテストが中止になって喜んでいるだろうな」ということ。浅はかでした。娘に、ひどく怒られました。子どものつらい気持ちが全く想像できなかったことを深く反省しました

▼現場の先生たちは、子どものことを考え工夫してくれています。それでも休校は、子どもが教育を受ける権利の制約という重大な副作用を伴います。安倍首相はその重みを感じているのでしょうか

▼子どもたちに向けて記者会見を開いたノルウェーの首相は、丁寧に質問に答え、わかりやすい言葉で語りかけました。子どもを尊重する姿勢が伝わってきます

▼先が見えない状況に、おとなも疲れ、悩んでいます。それでも子どもの声を聴き、思いを受け止めていきたい。子どもが学び、育つ権利を保障するのは、政治の責任です。一日も早く日常を取り戻せるように。そして、子どもたちが戻っていく学校を、豊かで楽しい場所にできるように。










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