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48年目の復帰の日 5月15日

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 沖縄は15日、日本敗戦後の米国施政権下から本土に復帰して48年を迎えた。県内には今も在日米軍専用施設の約70%が集中する。米軍普天間基地(宜野湾市)の名護市辺野古への移設工事も進む中、玉城デニー知事はコメントを発表し「過重負担などの解決に全身全霊を注ぐ」と表明した。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、本土復帰の日に合わせて毎年行われる「平和行進」などの恒例行事は中止になった。参加を予定していた沖縄平和運動センターの山城博治議長は「断腸の思いだ」と話した。

 県によると、沖縄の在日米軍専用施設は約1万8494ヘクタール(今年1月時点)。本土復帰時からは減少したが、本土より整理・縮小のペースが遅く、沖縄への集中度は約58.8%から約70.3%に上昇した。

 玉城氏は「米軍統治下、県民は筆舌に尽くしがたい労苦を重ね、尊厳や民主的な社会を求め続けて勝ち取った祖国復帰だった」と強調。昨年10月末の首里城火災にも触れ「復旧・復興に取り組む」と決意を示した。

キャプチャ

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全国のそして全世界の友人へ贈る
「吹き渡る風の音に 耳を傾けよ 権力に抗し 復帰をなし遂げた大衆の乾杯の声だ 打ち寄せる波濤の響きを聞け 戦争を拒み平和と人間解放を闘う大衆の雄叫びだ
 “鉄の暴風”やみ平和のおとずれを信じた沖縄県民は 米軍占領に引き続き1952年4月28日サンフランシスコ「平和」条約第3条により 屈辱的な米軍支配の鉄鎖に繋がれた 
 米軍の支配は傲慢で 県民の自由と人権を蹂躙した 祖国日本は海の彼方に遠く 沖縄県民の声は空しく消えた われわれの闘いは 蟷螂の斧に擬せられた
 しかし独立と平和を闘う全世界の人々との連帯であることを信じ
 全国民に呼びかけ 全世界の人々に訴えた
 見よ 平和にたたずまう宜名真(ギナマ)の里から 27度線を断つ小舟は船出し舷々相寄り勝利を誓う大海上大会に発展したのだ
 今踏まえている土こそ 辺戸区民の真心によって成る沖天の大焚火の大地なのだ
 1972年5月15日 沖縄の祖国復帰は実現した しかし県民の平和への願いは叶えられず 日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された
 しかる故に この碑は 喜びを表明するためにあるのでもなく ましてや勝利を記念するためにあるのでもない
 闘いをふり返り 大衆が信じ合い 自らの力を確め合い決意を新たにし合うためにこそあり 
 人類の永遠に生存し 生くとし生けるものが 自然の摂理の下に 生きながらえ得るために警鐘をならさんとしてある」




日本復帰48年 基地なき沖縄へ歩み続く(2020年5月15日配信『琉球新報』-「社説」)

 48年前のきょう、沖縄は日本に復帰した。

 米統治下の27年の間に戦後復興から取り残された経済の遅れを取り戻そうと、これまで5次にわたる沖縄振興計画の下で社会資本の整備や産業振興策が実施され、生活水準は向上してきた。

 当初は本土との格差是正が目標だったが、近年は国内屈指の成長力で、アジアへの懸け橋として日本経済のけん引役を目指すまでになった。

 一方で、県民生活を圧迫する米軍基地の存在は、復帰から48年を経ても何も変わっていない。

 国土面積の0・6%の沖縄に、全国の米軍専用施設面積の70%が集中する。米軍機の墜落や部品落下がたびたび起きている。普天間飛行場から大量の泡消火剤が流出した事故のように、基地から派生する環境汚染も深刻だ。

 過重な基地負担は減らないばかりか、中国をにらんだ前線基地として沖縄を要塞化する危険な動きが進む。

 名護市辺野古への新基地建設だけではない。伊江島補助飛行場内では機能強化を目的に滑走路と離着陸帯の改修が進められている。自衛隊は防衛力の南西シフトとして、宮古島や八重山諸島への部隊配備を推し進めている。

 県民は復帰に際し、米支配からの脱却と、沖縄戦の悲劇を二度と繰り返さない平和の到来を何より願った。だが、沖縄の民意より日米安保の安定を優先する政治が続き、沖縄の自治は踏みにじられる。

 象徴的なのは、新型コロナウイルスの感染防止対策で県が独自の緊急事態を宣言した翌日に、安倍政権が辺野古新基地建設を巡る設計変更を抜き打ち的に県に申請したことだ。全都道府県が懸命にコロナ対策に取り組んでいるさなかである。国と県の関係は正常な在り方とは程遠い。

 政府の強権的な姿勢は、日本社会にはびこる「沖縄ヘイト」を助長してもいる。ここまで差別的な扱いを受け続けると、帰ることを切望した「祖国」とは何だったのかという失望感にとらわれる。

 それでも、48年前に県民が成し遂げた歴史的な意義を見失うわけにはいかない。

 米軍優先の圧政にあらがい、人権と民主主義の適用を求めて声を上げた。沖縄の粘り強い運動がついに超大国の米国をも動かし、沖縄の施政権を日本に返還させるという道を切り開いた。

 復帰当日の式典で屋良朝苗知事は「復帰とは、沖縄県民にとって自らの運命を開拓し、歴史を創造する世紀の大事業でもあります」と述べた。復帰の内実は県民の要求とかけ離れた不十分なものであったが、理不尽な現実を変えていく努力をあきらめてはいけない。

 沖縄の進路を決めるのは県民自身だ。基地のない平和な島という理想の実現に向けて、自立と平和を求める歩みは今も続いていることを確認したい。



[コロナ禍の復帰48年]新基地の財源 困窮者に(2020年5月15日配信『沖縄タイムス』-「社説」)

 沖縄の施政権返還からきょう15日で48年を迎えた。

 新型コロナウイルスの影響で、1978年に始まった「5・15平和行進」と県民大会が初めて中止となった。

 米軍統治下の沖縄は「空にB52、海に原潜、陸に毒ガス-天が下に隠れ家もなし」といわれたが、基地の集中が暮らしを脅かしている現状は変わっていない。

 米軍普天間飛行場に近接する普天間第二小の校庭にはシェルターがある。オスプレイなど軍用機が飛来すると子どもたちが逃げ込むためだ。命が危険にさらされながら学習する小学校がいったいどこにあるだろうか。教育を受ける権利が侵害されているのである。復帰48年の現実だ。

 基地からの環境汚染は住民の健康に関わる。今年4月、普天間飛行場から発がん性が指摘される有機フッ素化合物PFOS(ピーホス)を含む泡消火剤が大量に漏れ出した。泡消火剤は側溝を通って近くのこども園に飛散、川を通って住宅街に舞い散った。

 看過できないのは事故の原因をつくった米軍の兵士らが回収作業をせずに立ち去ったことだ。住民への被害をどう考えているのだろうか。宜野湾市消防本部の職員が危険を冒しながら回収に当たった。

 県の立ち入りが認められたのは11日後。その後の立ち入りで汚染土壌の採取を米軍が拒否し、はぎ取った土壌を米軍が県に提供した。透明性を欠き、調査とは呼べない。昨年12月の漏出事故で米軍は「基地外へ流れていない」とうその説明をしていた。

 傍若無人な米軍の振る舞いを許してきた国の責任は重いと言わざるを得ない。
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 地元の理解が得られない安保政策は本来あり得ない。

 政府は、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を陸上自衛隊新屋演習場(秋田市)へ配備する計画を断念した。ずさんな調査や住民説明会での職員の居眠りなど住民の強い反発を招いたからだ。昨年夏の参院選秋田選挙区では反対派の野党系候補が当選。秋田県知事も住宅地や学校が近いとして配備断念を防衛省に要求していた。

 沖縄ではどうか。県知事選や国政選挙で繰り返し、辺野古新基地建設に反対する候補が勝利を収め、昨年2月には県民投票で投票総数の約7割が反対票を投じた。民意は明らかである。だが当時の防衛相は「沖縄には沖縄の民主主義があり、しかし国には国の民主主義がある」と言ってはばからなかった。
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 新基地で普天間の「一日も早い危険性除去」という政府の論理は破綻している。大浦湾に軟弱地盤が広がり、工期と工費が大幅に膨らむことを政府が認めているからだ。

 新型コロナの影響で沖縄の経済はかつてない落ち込みだ。倒産の危機が迫る業者も。雇用情勢の悪化が懸念され、非正規社員やシングルマザーなどひとり親世帯は困窮を極める。国や県、市町村も対策を打っているが、不十分だ。

 新基地は「不要不急」の極みである。計画を断念し、その財源を窮地に陥っている中小零細企業や困窮世帯に振り向けるべきである。



48年目の復帰の日(2020年5月15日配信『沖縄タイムス』-「大弦小弦」)

 なぜ特別な法律をつくって沖縄に振興策を講じるのか。「沖縄族」議員の重鎮、山中貞則氏はかつて「償いの心」と表現した。沖縄戦で多大な犠牲を強いた贖罪(しょくざい)意識が根底にあった

▼米軍基地問題を巡る摩擦が先鋭化すると、基地受け入れと引き換えの「アメとムチ」が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)。近年は、日本の成長戦略を引っ張る「フロントランナー」と評される

▼そんな耳当たりのいい言葉を額面通りに受け取れるほど、東京・永田町の空気は優しくない。むしろ荒涼とした風景が広がっていると言った方がいい

▼「いつまで振興策を続けるのか」。自民党国会議員の間ではそんな認識が波及しつつあると聞く。ハード、ソフト両面で、沖縄が本土と遜色ないところまで到達したことの裏返しとも言えよう。「沖縄族」が遠くかすむ

▼政治家がこうなら官僚組織も右へならえ。「腹をくくって政策に挑む役人がいない。もし一つでも指し手を誤れば、官邸ににらまれ、閑職へ飛ばされる」(自民党関係者)

▼きょうは48回目の日本復帰の日。あと2年で10年ごとの振興計画の改変期を迎える。県が中心となり、よほど戦略を練って政府・与党と向き合わなければ、新たな施策はもちろん、既存枠組みの継続すら一筋縄ではいきそうにない。その準備は整っているだろうか。残された時間は多くない。



民よりも国体を優先した沖縄戦当時の国家システム(2020年5月15日配信『しんぶん赤旗」-「潮流」)

 日本の最南端にある有人島、波照間(はてるま)島。「果ての珊瑚(さんご)の島」という意味をもつ美しい小島には、悲劇の歴史が隠されています。もう一つの沖縄戦と呼ばれる「戦争マラリア」です

▼当時、日本軍の命令で強制移住させられた住民たち。そこはマラリアがまん延する西表(いりおもて)島のジャングルでした。感染症によって人口の3分の1が病死。強制移住は八重山諸島の各地で起き、3600人をこえる犠牲者を出しました

▼「民よりも国体を優先した沖縄戦当時の国家システムは、現在も地下水脈のように脈々と続いているように思えてならない」。映画「沖縄スパイ戦史」の共同監督、大矢英代(はなよ)さんは著書『沖縄「戦争マラリア」』にそう記しています

▼米軍や自衛隊の既存の基地に加え、辺野古や高江の新基地建設、島しょ部のミサイル部隊やレーダー配備。琉球列島の全体がますます軍事化され、同じ過ちをくり返そうとしているからこそ、歴史から学ばなければならないと

▼きょうは沖縄が日本に返還された日。復帰から48年、感染症のさなかの県議選は命とくらしを守るたたかいになっています。こんなときに巨額を米軍につぎ込むのか、それを県民のために使うのか。対決点は鮮明です

▼米軍嘉手納基地ではコロナの感染者が出ましたが、詳細は非公開で国内法も適用されず。周辺の自治体からは、これでは住民を守れないとの声が。今も沖縄に絡みつく戦争という災厄。しかし、どんな苦難にもあきらめない県民の姿もまた。平和をかちとるまで。



復帰から48年(2020年5月16日配信『北海道新聞』-「卓上四季」)

 沖縄出身の詩人、山之口貘(ばく)さんの有名な「会話」は戦前の作品だ。「お国は? と女が言った/さて 僕の国はどこなんだか」。東京で喫茶店の娘から問いかけられても、詩人は正直に答えられない。常連客が娘に、沖縄の人を野蛮な異人種のように話すのを聞いてしまったからだ

▼「酋長(しゅうちょう)だの土人だの唐手(からて)だの泡盛だのの同義語でも眺めるかのように 世間の偏見達が眺めるあの僕の国か!」。ひどい偏見と差別があった。貘さんは、その娘に結婚を申し込むつもりだったという

▼亡くなったのは1963年。享年59歳。沖縄の本土復帰を見ることはなかった。「島」は戦後の詩である。「おねすとじょんだの/みさいるだのが/そこに寄って/宙に口を向けているのだ」「島はそれでどこもかしこも/金網の塀で区切られているのだ」「金網に沿うて行っては/金網に沿って帰るのだ」

▼本土復帰からきのうで48年。依然として、金網のフェンスは島を覆っている。偏見はどうか。本土から派遣された警官が、米軍施設の工事に反対する市民を「土人」呼ばわりしたのは、ほんの数年前のことだ

▼米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐり、沖縄県民が「ノー」の意思表示を繰り返しても、政府は一向に聞く耳を持たぬようだ。これでは「会話」は成り立たない

▼この現実を知ろうとせず無関心でいるとしたら、同じ国民として罪ではないだろうか。



岡本太郎の沖縄(2020年5月16日配信『愛媛新聞』-「地軸」)

 芸術家の岡本太郎さんは、目 をらんらんと輝かせてシャッタ ーを切ったそうだ。写真集「岡本太郎の沖縄」(小学館クリエイティブ)で、パートナーの岡本敏子さんが振り返っている

▲海産物や衣類が並ぶ公設市場、活気に満ちた闘牛場、深くしわが刻まれたおばあさんの表情…。写真は当初、世に出す予定はなかった。だがその分、沖縄の風土や暮らしに引き込まれた「岡本太郎の目」が、感動や熱をそのままフィルムに焼き付けているように映る

▲撮影されたのは米国の施政権下にあった終盤のころ。岡本さんは本土の経済成長に限界を感じ、沖縄に「本当の日本」を見たようだ。「沖縄の人に強烈に言いたい。沖縄が本土に復帰するなんて、考えるな。本土が沖縄に復帰するのだ、と思うべきである」

▲きのう、沖縄が本土に復帰して48年を迎えた。この繰り返された表現も、岡本さんの考えに触れると、見方を変える必要があるのかもしれない

▲沖縄が置かれた状況はなお厳しい。米軍による事故や事件は後を絶たず、基地の移設を強引に進めるなど負担は一向に減らない。県民が日本政府に解決を訴え続けるうちに深まっていく溝が人々の心に影を落としている

▲「日本人は日本を本土の内側に、一定の限界としてしか捉えていない」という岡本さんの指摘は、今に通じる鋭さがある。無責任や無関心のままでは本土が沖縄に見限られてしまう。そんな危機感も必要だ。



沖縄復帰48年 深まる溝、政府は対話を(2020年5月16日配信『熊本日日新聞』-「社説」)

 1972年の沖縄返還から、15日で48年を迎えた。沖縄県民にとっては主権が回復した日でもあるが、国土面積のわずか0・6%の小さな島に、在日米軍施設の7割が集中する構図は変わっておらず、米軍の特権を認めた日米地位協定の見直しも進んでいない。

 沖縄の現実は完全に主権が回復したとは言い難く、むしろ、基地問題を巡る県と政府との認識の溝は深まっている。政府はまず何よりも、対話を通じてその溝を埋める作業を誠実に進めるべきだ。

 サンフランシスコ講和条約で日本が主権を回復した52年以降も、沖縄は本土と切り離され米施政権下に置かれた。本土が戦後民主主義の下で平和と豊かさを取り戻していく裏で、米軍の圧政と貧困に苦しんできた。

 日本国民に戻ることを求めた本土復帰運動には、戦争放棄を掲げた平和憲法の下で暮らしたいという県民の願いも込められていた。それ故に、過剰な基地負担が続く現状に、「本土から裏切られ続けている」という県民の思いは根強い。

 県民投票などで繰り返し反対の民意が示されたにも関わらず、政府はそれを押し切る形で普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設工事を強行し、沿岸部への土砂投入を続けている。

 重ねて、埋め立て予定海域で軟弱地盤が見つかったことに伴う最近の対応は、沖縄の政府に対する不信感をさらに強めている。防衛省が地盤改良工事の申請書を県に提出したのは、新型コロナウイルス対策で玉城デニー知事が県独自の緊急事態宣言を発令した翌日。全国の自治体が国民の命と生活基盤を守ることに専念すべき時に、沖縄県に対しては、約2200㌻にも及ぶ申請書類の審査負担を国が課すという、冷淡ささえ感じる対応だった。

 沖縄県は6月23日の「慰霊の日」に開く沖縄全戦没者追悼式に、安倍晋三首相の出席を求めない方針を決めた。新型コロナウイルス感染防止で規模を縮小するためだが、県と国の溝の深まりを反映しているようにも見える。

 玉城知事は15日に出したコメントで「米軍統治下、県民は筆舌に尽くしがたい労苦を重ね、尊厳や民主的な社会を求め続けて勝ち取った祖国復帰だった」と振り返った。その上で「過重な基地負担、民意を無視した政府による新基地建設に係る埋め立て工事の強行など、解決すべき課題が依然として存在している」と訴えた。

 辺野古移設に関して玉城知事は政府に対して、対話による解決を求めている。歩み寄るべきは負担を強いている政府側だろう。沖縄と本土との距離を縮め、基地問題解決の糸口を探るためにも、政府には早急にテーブルに着いてもらいたい。

 今年は沖縄戦から75年の節目でもある。本土で暮らす私たちの側も、戦後日本の矛盾を抱え込む沖縄の現状にあらためて目を向け、声を聞き、課題を共有することが必要だろう。



[沖縄復帰48年] 国は対話の努力が要る(2020年5月16日配信『南日本新聞』-「社説」)

 沖縄はきのう、1972年の日本復帰から48年を迎えた。

 52年2月のトカラ7島、53年12月の奄美群島の復帰後も20年近く続いた米国の施政権下、県民が繰り広げた運動の結果かなえた念願の記念日である。

 復帰に当たって県民は「基地のない平和な島」を求めた。しかし、国土面積の約0.6%しかない県内に、今も米軍専用施設の約70%が集中する。さらに政府は、県民が反対の意思を示す米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設工事を続けている。

 これでは、とても手放しで記念の日を喜ぶことはできまい。明るい未来を展望するため、対話する努力が政府に求められる。
 沖縄が復帰を望んだ背景には、戦争放棄を掲げた「平和憲法の下へ」という願いがあった。

 第2次大戦末期に大規模な地上戦が展開された沖縄戦で県民の4人に1人が犠牲になったといわれ、米軍占領後は多くの県民が住む場所を追われ次々に基地が建設された。今年は沖縄戦から75年の節目。沖縄県民の平和を希求する思いについて理解を深めたい。

 「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国の戦後は終わらない」と沖縄復帰に情熱を注いだのが安倍晋三首相の大叔父、佐藤栄作首相である。

 それなのに安倍政権の沖縄への姿勢は冷淡と言わざるを得ない。

 新型コロナウイルス対策で玉城デニー知事が県独自の緊急事態宣言を出した直後の先月下旬、防衛省は辺野古移設計画を巡る地盤改良工事の申請書を県に提出した。県は審査に過重な負担を強いられる。玉城氏が「このような時期に提出するのは到底理解できない」と批判したのはもっともだ。

 辺野古移設に関して玉城氏は対話による解決を政府に求めている。しかし、政府側の誠実さを欠く対応からは信頼関係を築こうという意思が感じられず残念でならない。

 沖縄県が求めてきた、在日米軍の法的地位を定めた「日米地位協定」の改定についても政府は応じていない。

 先月、普天間飛行場から有害性が指摘される泡消火剤が流出した際、米軍は当初、日米地位協定を補う環境補足協定に基づく土壌採取を拒否した。一方、防衛省は県に伝えず立ち入り調査し、後に陳謝。国と県の意思疎通がうまくいっていないことが露呈した。

 日米地位協定を巡っては、全国知事会も抜本的見直しを求める提言書を国に出している。政府は責任を持って対応してほしい。

 日米の学者からなる「万国津梁(しんりょう)会議」は3月、沖縄をアジア太平洋地域の安全保障面での緊張緩和と、経済面での結びつきのハブ(結節点)にすべきだと提言した。今こそ「平和の島」を求めた復帰の原点に戻る必要がある。



地位協定の壁(2020年5月16日配信『沖縄タイムス』-「大弦小弦」)

 北谷町の両替所から現金約690万円が奪われた強盗事件。容疑者として米軍が身柄拘束したのは米軍人と軍属の2人。外国人風との目撃情報や現場に憲兵隊が駆け付けた状況から想定していた嫌な予感が的中した

▼北谷町では昨年4月に米海軍兵が日本人女性を殺害し自殺する事件があったばかり。事件事故のたびに地元から米側へ再発防止や綱紀粛正の徹底を求めるが、一向に改善される気配はない。繰り返される凶悪事件に怒りがこみ上げる

▼事件の全面解決に向けて立ちはだかるのが日米地位協定の「壁」だ。協定では米側が先に身柄を確保した軍人・軍属の容疑者の引き渡しは「日本側が起訴した後」とされている

▼1995年の米兵暴行事件後、日米両政府は殺人や強姦(ごうかん)という「凶悪犯罪」に限り、米側が起訴前の身柄引き渡しに「好意的考慮を払う」ことで合意。2004年には殺人と強姦以外でも「日本政府が重大な関心を持ついかなる犯罪も排除されない」と口頭確認した

▼ただ、裁量は米側にあり、拒否されるのがほとんど。こうした特権を認める地位協定の存在が基地外での犯罪を助長している

▼復帰して48年を迎えても米軍関係者の事件におびやかされる日常は異常というしかない。両政府がうたう「対等な日米関係」の実現のためにはまずは同協定の抜本的改定が必要だ。







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