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「9月入学」いま議論すべきではない 代替案に「教職員23万人増で個別指導」(2020年6月2日配信『AERA.com』)

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小学校が再開し久しぶりに登校する子どもたち。長期休校で生じた学習の遅れをどう取り戻すかがこれから大きな課題だ/5月25日、愛知県日進市

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検討されてきた主な案

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「9月入学」を巡る主な主張

 長期休校による学習の遅れを取り戻す方法として検討されてきた「9月入学」。だが、性急な導入は 難しいとして見送られる方向にある。これまでも浮上しては消えてきた議論。何が問題なのか。AERA 2020年6月8日号から。
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 首都圏に暮らす女性(41)は、「9月入学」の報道を見ながらモヤモヤが止まらなかった。

「うちの子は保育園の年長ですから、来年9月に小学生になるんですかね? でもひと学年の人数が1.4倍になったら、ライバルが多くて受験も就職も大変です。年中のお母さんたちは誕生月によって学年が分けられることに不安を覚えています。ひらがなも時計もまだ読めないのに、いきなり小学生にされちゃうの?って」

 新型コロナによる長期休校で、学習の遅れや学力格差の拡大が大問題になった。その解決策の一つとして急浮上したのが9月入学だ。だが、教育関係者などからはコスト増や待機児童の増加など問題点が次々と指摘され、政府・与党は来秋からの導入を見送る方向で調整に入った。

 議論の過程で検討された3案については、苅谷剛彦・英オックスフォード大学教授の研究グループが試算を発表。学校だけにとどまらない、影響の広さが可視化された。

 (1)一斉実施案は、2014年4月2日生まれから1年5カ月(17カ月)分の子どもを9月に入学させ、1年で移行する。小1の人数は1.4倍に膨らみ、21年は保育所で26万5千人、学童で13万1千人の待機児童が新たに発生。教員は2万2千人不足し、補填するには約2千億円の支出が生じる。

 (2)段階的実施案は、毎年13カ月分の子どもを5年間かけて移行させる。保育所の待機児童は21年から23年にかけて47万5千人発生。学年の生まれ月が毎年ずれるため複雑で、自治体では子育て支援費支給などのためのシステム改修が毎年必要になる。

 (3)ゼロ年生案は、4~8月にゼロ年生を設け、小学校を6年半とする。保育所に新たな待機児童は発生しないが、その分の負担は学童と学校に回る。学童の待機児童は現在の22倍の39万3千人発生し、教員は6万6千人不足する。苅谷教授は言う。

「9月入学への変更は、学校教育を超え社会へ広範な影響が及びます。印象論や論点整理だけの議論では、影響の規模がわからないし、地域による影響の違いもわからない。それを具体的な数字で示そうとしました。私たち研究グループは9月入学に賛成・反対いずれの立場もとりません。冷静な議論のベースにはしっかりしたエビデンスが必要です」

 9月入学の話題が持ち上がったのは4月下旬。2月27日、安倍晋三首相によって突然出された全国一斉休校だったが、当初予定の4月に入っても多くの地域で学校が再開できず、5月末まで休校が長期化。学習の遅れや学校生活が送れないことへの不安やストレスが高まるなか、「かけがえのない時間を取り戻したい」とする高校生の「9月入学」提案のツイートや署名活動がきっかけの一つになった。

 11年には、東京大学がグローバル化を目的に「秋入学」の検討を打ち出した。だが、高校の卒業時期と大学の入学時期の間に生じる"ギャップターム"の問題も要因となり頓挫。今回、小中高も対象に9月入学とする改革ができれば、この問題も一気に解決できる。アイデアがにわかに現実味を帯びたのは、「9月入学はグローバルスタンダード」「チャンスは今しかない」と、小池百合子・東京都知事や吉村洋文・大阪府知事らが支持したからだ。安倍首相も「前広にさまざまな選択肢を検討していきたい」と表明した。

 ところが、教育関係者らによる論点整理が進むと課題が次々と浮上した。来年の9月に入学をずらすと、入試が東京オリンピックと重なる可能性がある。新型コロナは第2波、第3波も予測されており、時期をずらしたからといって入学、始業ができる保証がない。卒業時期が後ろ倒しになると、就職時期も遅れ、個人と社会に経済的損失が生まれる。医療現場に人手不足の深刻な影響も与えかねない。

 9月入学は、1980年代の中曽根政権下の臨時教育審議会をはじめ度々検討されてきた。実現しなかったのは学校だけでは完結せず、社会全体のシステムも関わってくるからだ。企業の採用や会計年度の変更、30本以上の法改正などが必要になる。

 一部の知事たちが、9月入学を積極的に支持したのは「教育のグローバル化」のためだ。しかし9月入学は必ずしもグローバル化につながらないと指摘する専門家もいる。オンラインで、海外進学をサポートする塾やインターナショナルスクールを展開する、松田悠介さんは語る。

「グローバルスタンダードと言いますが、世界すべての国が9月入学なわけではありません。また、国内でも100以上の大学は4月以外の入学受け入れをしていて、9月入学はすでに可能になっています。海外の学生が留学先を選ぶ基準は『教育の質』。入学時期ではありません」

 一方、日本人の留学生にとってギャップタームは、留学の準備期間としてむしろメリットだと松田さんは言う。

「アメリカの高校生も3年生は5月中旬ごろに終わるので、日本の高校生とのギャップが大きいわけではありません。日本からの留学の一番の壁は、学費などのコスト。奨学金制度の拡充のほうが効果的です」

 現在、検討されている9月入学は入学時期の後ろ倒し。7歳5カ月で義務教育に入る子も出る。先進国はおおむね6歳のため、グローバルスタンダードから大きく遅れることにもなる。

 さまざまな問題点が指摘されるなか、学校や保育の団体からも、9月入学はいま議論すべきことなのか、という疑問や反対の声が相次いだ。日本教育学会は「9月入学は6兆~7兆円の財政・家計負担を要するが、十分な効果が見込めないだけでなく問題を深刻化させる」と主張。解消すべきは、学習の遅れや、地域や家庭環境による学力格差で、実効性のある方法は9月入学以外にあると提言する。

 学習の遅れについては、オンライン学習の環境の整備に加え、学習範囲や入試の出題範囲を精選。さらに学級を少人数に再編成する。家庭環境による学力格差は学習指導員を増やして個別にケアをする。同会会長の広田照幸・日本大学教授は言う。

「ポイントは教職員などの増員です。教員を10万人、学習指導員や職員を13万人増やし、手厚く学力補充や個別指導をすれば問題に対応できる。7兆円もかけなくても1兆円でできます」

 ネットには「#9月入学本当に今ですか?」の署名活動も立ち上がった。発起人のひとり、末冨芳(かおり)・日本大学教授は言う。

「世界各国のコロナ対応を見ると、政府は人々の不安にどう寄り添い乗り越えるかに腐心しています。混乱の最中に学事暦を変えようとしているのは日本くらいです。9月入学の議論は、高校生を賛成派と反対派に分断し、未就学児の保護者たちの不安をあおり、受験生たちも入試の時期が見通せない、宙づりの状態にいます。国が人災ともいえる、さらなるストレスを国民に与えているわけです。9月入学は、今しないといけない議論でしょうか」

 慎重論を唱える人たちの多くは、9月入学そのものを全面否定しているわけではない。大きなテーマだけにじっくり時間をかけて取り組むべきだと考えている。問題提起した高校生たちの署名も、1カ月におよんだ議論も無駄ではない。

 国は、来年の9月入学について、6月上旬にも判断すると見られる。論点も課題も出尽くしたいま、コロナ禍で民意を見誤った失策が続く安倍政権に、適正な判断ができるのか。懸念はその一点だ。間違っても、9月入学を第2のアベノマスクにしてはいけない。

(編集部・石田かおる)

※AERA 2020年6月8日号より抜粋




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