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あす、沖縄慰霊の日(2020年6月22日配信『日本経済新聞』-「春秋」)

 1944年の沖縄で、現地の10代半ばの少年らを兵士として集め、ゲリラ戦に特化した部隊が創設された。その名を「護郷隊」という。第一と第二の2つから成り、計約1千人が属していた。双方とも隊長は、情報戦や秘密戦を専門とする旧陸軍中野学校の出身である。

▼隊長らは着任時、上官から「沖縄が玉砕した後も生き残り、遊撃戦を続けろ」と命じられたそうだ。隊の歌を作ったり、地域住民とうたげを持ったりし人心の掌握にもつとめている。45年4月に米軍が本島に上陸後は、今なら高校生ほどの少年を敵の陣地に潜入させ、大量のガソリンを燃やすなどの破壊工作にあたらせた。

▼元少年兵が語る訓練や戦いの日々は三上智恵さん著の「証言沖縄スパイ戦史」に生々しい。海岸で敵の舟艇の爆破を試みる。子どもの服を着て米兵に近づき情報収集する。一方で、規律の維持のためか、それとも見せしめか集合時間に遅れた隊員を別の隊員に射殺させたとの証言も残る。凄惨きわまりない戦争の一断面だ。

▼戦後、投降し郷里へ戻った隊長らはどんな人生を送ったか。1人は半世紀近く、毎年沖縄へ赴き慰霊を続けた。もう1人は「国の褒章は無用」と事業に専念。沖縄から就職する人の身元を次々と引き受けたと聞く。本土防衛のため筆舌に尽せぬ犠牲を払った地への精いっぱいの償いだったろう。あす、沖縄慰霊の日である。



[沖縄戦「伝わらず」6割]体験者の声 受け取ろう(2020年6月22日配信『沖縄タイムス』-「社説」)

 沖縄タイムス社と朝日新聞社が実施した沖縄戦体験者アンケートで、沖縄戦の体験が次世代に「あまり伝わっていない」「まったく伝わっていない」と答えた人が全回答者216人の62・5%(135人)を占めた。「ある程度伝わっている」は25%、「大いに伝わっている」は7・4%にとどまった。戦後75年の今年、沖縄戦体験の風化を懸念する体験者の声が明らかになった。

 なぜ伝わっていないと思うのか。回答者の1人は、「体験しなければ、沖縄戦の、あの悲惨な状況を正確に知ることは難しい」と話した。住民に銃を向ける日本兵、泣くわが子の口をふさいだ母親、連綿と続く死体の上を歩いた記憶-。今、それらを想像することは容易でない。

 一方で、沖縄戦体験者は今も鮮明な記憶を持つ。思い出す頻度について回答者の計76・8%が「よくある」「ときどきある」と答えた。「あまりない」「まったくない」の合計18・9%の4倍にあたる。

 こうした自身の戦争体験を子や孫に話した経験については「大いに話している」が31・2%で最多だった。他方「ある程度話している」29・6%と「あまり話していない」28・8%が並び、体験を語ることに躊躇(ちゅうちょ)する様子もうかがえた。「まったく話していない」も10・4%いた。

 躊躇する理由として回答者からは「戦争体験を話すことで家族を不安にさせたくない」「話すことで戦争を思い出すことがつらい」などの意見が挙がる。生々しく残る記憶が今も戦争体験者を傷つけ、苦しめている。

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 沖縄戦の実情が本土にどの程度伝わっているかについては「あまり伝わっていない」とした人が最多の56・9%だった。「まったく伝わっていない」17・4%と合計すると全回答者の74・3%が、本土側との認識の違いを感じている。

 戦前の皇民化教育は、防衛隊や学徒隊、護郷隊の編成など軍と住民の一体化につながったほか、軍用飛行場建設のため戦時中は土地の多くが強制接収された。人や土地すべてが巻き込まれた沖縄戦の教訓について、回答者は「軍隊は住民を守らない」「基地があるから戦場になる」とのメッセージを寄せている。

 名護市辺野古の新基地建設については回答者の69・4%が「反対」としており、「賛成」6%と「どちらでもない」19・9%を引き離した。沖縄戦の教訓が新基地建設反対につながっている。

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 アンケートは、数年前取材などに応じたことのある677人に電話調査を実施。うち26人が死去、71人が体調不良や入院などで回答できなかった。追跡取材では、電話に出ず「不在」とされた中にも亡くなっていた人がいたことも分かった。沖縄戦体験者は確実に減少している。

 そうした体験者の58・8%が沖縄が再び戦場となる可能性について「大いにある」「ある程度ある」と答えた。私たち戦後世代は、体験者たちの警告を真摯(しんし)に受け止めなければならない。



定型句の政治(2020年6月22日配信『沖縄タイムス』-「大弦小弦」)

 「散華(さんげ)」は本来、仏の供養で花をまくことを意味する。「華と散る」と解して戦死を指すのは誤り、と広辞苑は記す。それに、実態とかけ離れている。戦場に潔く美しい死などない

▼糸満市摩文仁に並ぶ本土各県の慰霊碑にはその「散華」や「英霊」の文字が刻まれる。一番奥の国立沖縄戦没者墓苑は、管理者がネット上で「国難に殉じた戦没者」をまつると書いていた

▼文章は「誤解を招く」と削除されたが、一帯は殉国美談が支配する靖国神社のような異空間になっている。県が沖縄全戦没者追悼式の会場をここに移さなくて良かった。沖縄戦と向き合う基本姿勢に関わる

▼言葉選びも同じ。「戦没者」は厳密には軍の死者を指し、住民の犠牲者を含めて弔う追悼式の趣旨とずれがある。あいさつで聞かれる「み霊」は戦争遂行を支えた国家神道と親和性が高い

▼宗教にあいまいな日本の風土もある。丁重に弔う思いを込めて使うのだろう。ただ、定型句の裏には政治がある。意識して問い直したい

▼今年の追悼式も平和祈念公園式典広場で開かれることになった。近くの県平和祈念資料館で体験者の証言を継ぎ、平和の礎に名を刻む犠牲者の悲惨と無念を想像する。その営みが一人一人の言葉を磨く。次の犠牲者をつくるために犠牲者を利用する、そんな政治的言語に対抗する力を生む。



疎開の理由(2020年6月22日配信『琉球新報』-「金口木舌」)

 取材で力を注ぐのは証言や資料を集めること。リーダーの行動、考え方、決断の根拠を確認するのは、対応が適切だったかどうかを検証するために特に重要だ

▼沖縄戦当時の島田叡知事。警察部長官舎で働いていた具志よし子さんは、県庁・警察部壕を離れる際に島田知事からタオルをもらった。「もしもけがをしたら、これで血を止めなさい。生きなさい」。部下を大切にしたと感じると同時に、どの程度県民を守ることができたのか、との疑問もある。生存者の証言はあるが、在任中の本人の日記などは残されていない

▼島田知事は住民の疎開に奔走したとされるが、疎開は足手まといになる住民を排除する側面もあった。日本軍は戦闘に役立つ者は全て戦場に動員するよう要求した。北部疎開は食糧不足に加え、マラリアの危険があった

▼未曽有の危機といわれる新型コロナウイルスの感染拡大。政府や県は対策を協議した専門家会議などの議事録を作成していなかった

▼75年前の混乱のさなかならいざ知らず、情報通信などの技術が発達した現代で、施策の判断根拠を裏付ける詳細な記録がないのは理解し難い

▼同じ過ちを繰り返さないためにも記録を残すことは重要だ。年々少なくなってきた沖縄戦体験者の証言を掘り起こし、伝えていく意義は大きい。あの惨禍を二度と繰り返してはならない。その思いを強くする。




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