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ネット中傷対策に関する論説(2020年7月21日)

ネット中傷対策 表現の自由を守れるか(2020年7月21日配信『茨城・佐賀新聞』-「論説」)

 インターネット上にあふれる匿名の誹謗(ひぼう)中傷を巡り、総務省の有識者会議は発信者を特定しやすくする制度改正の中間報告案をまとめた。被害者が訴訟を起こし、会員制交流サイト(SNS)の事業者などに開示を請求できる発信者情報に電話番号を加えることが大きな柱で、訴訟の負担を軽減し、迅速な被害救済につながるとみられる。

 さらに被害者の申し立てにより、訴訟なしに裁判所が発信者情報を開示するかどうかを判断・決定する「新たな裁判手続き」の創設を検討課題に挙げている。制度の詳細は、これから詰める。総務省は「できるものから速やかに実施する」としており、近く電話番号追加の省令改正を行う。

 もともと有識者会議は今年4月からネット上の中傷対策を議論していたが、5月にテレビ番組出演を巡ってSNS上で中傷にさらされた女子プロレスラーの木村花さんが亡くなり、社会問題化したのをきっかけに検討を加速させた。対策は喫緊の課題だ。しかし発信者情報の開示拡大には、ネット上の活発な意見表明を制約する側面がある。

 憲法で保障された「表現の自由」や「通信の秘密」を守れるか。悪意のある投稿だけでなく、正当な批判までも封じられてしまうような事態は何としても避けなければならない。その点をしっかり踏まえ、議論を尽くすことが求められよう。木村さんのような著名人が“炎上”に巻き込まれることはよくある。一般の人が標的になるのも珍しくない。2002年に施行されたプロバイダー責任制限法は、被害者がSNS事業者やプロバイダーと呼ばれる接続業者に発信者情報の開示を求めることができると規定。総務省令で氏名や住所など開示対象となる情報が定められている。

 ただ業者側が任意で開示に応じることは、まずない。このため被害者は通常、SNS事業者に発信者のネット上の住所であるIPアドレスの開示を求め、それを基にプロバイダーに氏名や住所の開示を求める-と2回の訴訟を起こす必要があり、時間も金もかかる。

 電話番号は開示対象を必要最小限にする観点から対象外だったが、SNS事業者から取得できれば、弁護士を通じて携帯電話会社に照会し、本人を特定できるようになり、訴訟は1回で済む。

 有識者会議でも、異論はなかった。しかし訴訟を省いてしまう新たな裁判手続きについては「実質的に匿名による表現の自由の保護レベルを下げることになるのでは」「裁判になってもいいと思う人しかネット上で表現できなくなるのでは」と懸念の声が相次いだ。

「手続きをつくることを決め、内容は後で決めるのは順序が逆だ」との厳しい批判もあり、有識者の半数に当たる6人が連名で慎重な検討を求める意見書を提出した。

 被害者が2回の開示請求訴訟を経ないと、発信者にたどり着き損害賠償請求訴訟を起こせない現状を打開しようという新たな手続きの狙いは分かる。とはいえ、手続きを簡単にし過ぎると、政治家や大企業が批判的な人物を割り出すのに悪用する恐れも大きくなる。

 プロバイダー責任制限法が制定されて以降、SNSなどネット上のサービスが急速に多様化し拡大する中、深刻の度を増す被害の救済と表現の自由のバランスをいかに取るかが問われている。



ネット中傷対策 被害深刻化、救済迅速に(2020年7月21日配信『中国新聞』-「社説」)

 インターネット上で他人を誹謗(ひぼう)中傷する匿名の投稿について、総務省の有識者会議が対策の方向性を中間報告案にまとめた。匿名の投稿者を特定しやすくするよう制度を見直す。

 会員制交流サイト(SNS)を中心に、投稿者の電話番号を開示の対象に加えることが柱になっている。これまで「加害者」である投稿者を特定するために、被害者は精神的にも経済的にも大きな負担を強いられてきた。

 時間や費用など訴訟の負担を軽減し、迅速な被害救済が期待される。野放しだったネット上の誹謗中傷の投稿抑止につながる可能性もあり、対策としては一歩前進と評価したい。

 ネット上での嫌がらせは深刻さを増している。事実無根のことを書き込まれたり、個人情報を暴露されたり、深刻な人権侵害に至る場合も少なくない。

 茨城県で昨年8月に起きたあおり運転殴打事件を巡り、容疑者とまったく関係のない女性が「同乗していた女」とネット上で名前と顔写真をさらされ、瞬く間に拡散した。

 ことし5月には、SNS上で誹謗中傷された女子プロレスラーの木村花さんが死亡し、社会問題化した。

 対策は喫緊の課題だったといえる。問題は、被害を受けても多くの人が泣き寝入りをせざるを得ない現状にある。

 ネット上の誹謗中傷で権利侵害があれば、被害者はSNSなどのサービス事業者に投稿者情報の開示を請求できるが、拒まれたり時間がかかったりすることは多い。

 たとえ情報が開示されても、SNSの利用に名前や住所などの登録は一般的に不要で、投稿者を特定できないこともある。

 被害者はSNS事業者に加え、接続業者(プロバイダー)を相手取り、あらためて情報開示を請求しなければならない。

 ただ電話番号なら、SNS事業者が把握しているケースが多い。1度の開示請求で投稿者を特定できる可能性が高まりそうだ。泣き寝入りする被害者をこれ以上生まないためにも、実効性ある救済手段となるような制度設計が求められる。

 中間報告案では、情報開示を迅速にするための「新たな裁判手続き」の創設も検討課題に挙げた。被害者の申し立てによって、裁判所が訴訟なしで情報開示の可否を判断し、決定する仕組みだ。

 導入されれば、訴訟より簡単な立証で、投稿者の情報が開示される可能性がある。このため、政治に対する批判や企業不正などの内部告発を封じ込めるため、制度が悪用される恐れも生じてくる。

 有識者会議も、メンバー12人のうち6人が連名で、慎重な検討を求める意見書を提出した。匿名での表現の自由や通信の秘密といった憲法上の権利が侵害されかねないと訴えた。もっともな指摘である。

 制度の悪用を防ぎながら、いかに被害に苦しむ人を迅速に救済するのか。同時に言論・表現の自由が脅かされることのないよう、配慮とバランスが欠かせない。

 ネット関連の事業者も、名誉毀損(きそん)や嫌がらせの投稿を禁止する取り組みに乗り出している。人権侵害に対し、毅然(きぜん)とした姿勢を示してほしい。



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