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ALS嘱託殺人 「安楽死」論議と結びつけるべきではない 安藤泰至・鳥取大医学部准教授(2020年7月26日配信『毎日新聞』)

 全身の筋肉が動かなくなっていく難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者だった女性(51)に薬物を投与して死なせたとして、嘱託殺人の疑いで医師2人が京都府警に逮捕された。一部政治家などからは、安楽死や尊厳死の法整備論議を求める声も出ているが、生命倫理や死生学を専門とする安藤泰至・鳥取大医学部准教授(59)は、「治療を担当してもいない患者を殺すのは、安楽死ではない」と述べ、今回の事件を安楽死の是非についての議論に結びつけることに懸念を示す。【大迫麻記子/統合デジタル取材センター】

「安楽死議論」をするのはおかしい

 ――今回の事件を受け、安楽死や尊厳死について法整備を議論すべきだとの声も出ています。このことについて、どう感じますか。

 ◆この事件を直接に安楽死や尊厳死の是非についての議論に結びつけることに、私は違和感があります。

 というのも、今回の女性の死は安楽死と言えないのに、議論をすることで安楽死と受け止められてしまわないかと危惧するからです。

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「尊厳死」の議論を呼びかける東徹参院議員(日本維新の会)らのツイート

 日本では安楽死は合法化されてはいませんが、1962年の名古屋高裁、95年の横浜地裁の判決で、要件を満たした場合は、患者を死なせても違法性が阻却されるという司法判断が出ています。しかしこれは、医師がまず、患者の苦痛緩和に手を尽くすことが前提になっています。今回の場合、2人の医師はこの患者の治療者ではありませんでした。2人の医師は、手を尽くすどころか、治療を担当してもいなかった患者を殺した疑いをもたれているわけです。つまり、嘱託殺人の容疑者がたまたま医師であっただけであり、今回の患者の死は安楽死とは言えません。

相模原市の殺傷事件に近い

 ――医師は「高齢者を『枯らす』技術」というタイトルのブログや電子書籍などで、高齢者への医療は社会資源の無駄などとの考えを公開していたようです。

 ◆一見、患者の意思に基づいて致死薬を投与しているように見えて、この医師たちは弱り切った難病患者や高齢者を生きる価値のないかわいそうな人と決めつけ、その命を絶つことを善行だと考えているように見えます。この点で、2016年にあった相模原市の障害者施設での殺傷事件に近いのではないでしょうか。

 しかし最近では、意識が回復せず寝たきりの状態にある患者の脳の研究が進み、彼らに意識がないというのは間違いだと言われてきています。そういう人に「あなたは死んでしまいたいですか」と聞くと、多くの人の脳から「いいえ」という反応が読み取れるようです。死のずっと手前にいる元気な人が、障害者や難病患者のことをさもわかったかのように「死にたいと思って当然だ」などと想像するのは、おろかなことです。

 ――今回は、患者の女性がソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などで「死にたい」という意思を表明していました。これを根拠に、「尊厳死」であるという議論があるようです。

 ◆患者が「死にたい」という時、本当に死にたいというより、「死にたいとしか表現できない自分の気持ちをわかってほしい」ということが大きいように思います。また考えは、その時々で揺れ動きます。

 ですから、オランダやスイスなど、安楽死が合法化されている国では、患者の意思はいつでも撤回できるようになっています。また、患者の意思の表明は、時間をおいて複数回示されなければならないなどと、一時の思いで安楽死が安易に実施されないよう、さまざまなセーフガードが施されています。

 今回の場合、だんだん弱っていく病気ですから、患者には激しい痛みというよりも精神的な苦痛の方が大きかったと思います。彼女が本当に求めていることは何だったのか。何を訴えようとしているのかを理解しようとし、受け止める。相手が本気で理解しようとしてくれていると思えた時に、光が差していたかもしれません。

安楽死の議論よりどんな人も生きやすい社会を

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「尊厳死」について国会での議論を呼びかける松井一郎大阪市長のツイート

 ――今回の事件から、私たちは何を考えるべきでしょうか。

 ◆今回の事件の発生を聞いて、ついにこういうことが起こったか、と思いました。懸命に生きている難病の方のことを思うと胸が痛みます。

 重い病者や障害者、高齢者などに対し、不幸だと決めつけるような考えが進んでいるような感じがします。これは、生きる価値を、仕事がどれだけできるかというような生産的な能力でばかり考え、自分のモノというよりは、私たちがそれによって生かされている「いのち」の本質的な価値を考えることが少なくなっているためではないでしょうか。

 (政府の介入よりも自由競争を重んじる)新自由主義の考え方が広がる中で、自己責任による生き残り競争にさらされた人たちが、より弱い人を探して攻撃するような社会になっているのかもしれません。私は今回の事件が、安楽死の法制化ではなく、どんな人も生きやすくなる社会について考えるきっかけになってほしいと切に願っています。

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鳥取大の安藤泰至(あんどう・やすのり)准教授=本人提供

 京都大学大学院文学研究科宗教学専攻修了。米子工業高専講師などを経て、2000年より現職。著書に「安楽死・尊厳死を語る前に知っておきたいこと」(岩波ブックレット)、編著に「『いのちの思想』を掘り起こす――生命倫理の再生に向けて」(岩波書店)など。

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大迫麻記子
1999年入社。暮らしや経済、文化・スポーツを中心に、徹底したユーザー目線で「今」を伝えます。




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Author:gogotamu2019
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