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自分も「生きるに値しない命がある」と思ってはいないだろうか? - 神奈川新聞取材班 (2020年7月26日配信『 幻冬舎plus』)

2016年7月26日未明、神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が死亡、職員を含む26人が重軽傷を負うという、大変痛ましい事件が起きました。犠牲になられた方々に、心より哀悼の意を表します。

差別と偏見、優生思想、匿名報道ほか、事件が突きつけた問いに向き合い、4年間にわたって取材を続けてきた、地元紙・神奈川新聞記者による座談会の2回目です。(構成:大山くまお 写真:神奈川新聞社)

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植松は決して「特異な人間」ではない

――植松聖死刑囚(以下、植松)は「事件を起こしたことは、いまでも間違っていなかったと思います。意思疎通のできない重度障害者は人の幸せを奪い、不幸をばらまく存在。絶対に安楽死させなければいけない」と繰り返し語っていたと、取材班が出された『やまゆり園事件』に記されています。取材を続けていて、植松という人間についてどのような考えを持つようになりましたか?

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田中大樹記者

田中 僕たちが常に考えていたのは、決して植松は特異な人間ではないということです。「植松的なもの」は誰にでもあるんじゃないのか。たとえば、効率や経済的な一つの指標で人間を判断することもそう。もちろん、背景には今の社会があります。今の社会の中で、みんな生きづらさを感じている。

実際に犯行に至るまでにはかなりハードルがありますが、「植松的なもの」の芽みたいなものは一人ひとりの中にあるんじゃないのというところは意識していました。

――誰もが「植松的なもの」を持っているのではないかという考えに至ったきっかけは何でしょうか。

田中 我々の会社は社風としてはリベラルで、マイノリティの取材なども、事件の前から、複数の記者がいろいろな角度で行っていました。

やまゆり園事件は障害者がテーマでしたが、自分のテーマとして追いかけているものとクロスオーバーさせることで、ご質問のようなところに結びついていったことはあると思います。

石川 僕はこれまで植松と37回の接見をしてきたのですが、常に自分が試されているような気持ちでした。

植松の語る言葉や考えはこの間一貫して変わらなかったのですが、どこかで「あっ、そうかもな」と思ってしまう自分がいないか。そういう怖さは、最初から最後までずっとありました。1回1回、今日はこれについて詰めて話をしようと考えて接見に臨んでも、植松から逆に面会時間30分の間、ずっと試されているような気がしてならなかったです。非常にプレッシャーの大きい取材でした。

当然、記者として、相手から言葉を引き出し、それを社会に発信して、みんなで考えてもらうという仕事をしているのですが、いざ一人の人間に戻ったときに「俺は植松の言葉をどれだけ否定できるのか、俺は否定できるだけの言葉を持ち合わせているのか」と考えてしまうのです。そんなもやもやした思いとか疑問とかを文字にして社会で共有することで、僕だけじゃなくて、みんなで考えようよ、という意識で取材をしていました。

「じゃ、お前はどうなんだ」と突きつけられた

――植松の言葉に言い返したくなったり、何か言い返したりしたことはありましたか?


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石川泰大記者

石川 基本的には、こちらが感情的にならないように気をつけていました。取材を継続するためには植松との関係性を継続しなければならないというのもありましたので、雑談をすることもありますし、彼の要望を受けてボールペンや便せんを差し入れたこともあります。一方で、詰めるところは詰めますし、植松とは違うこちらの考えをあえて言うことで逆に反論させるような言葉を引き出すようこともありました。単なる聞き役ではなく、会話のキャッチボールができるような、適度な距離感を保とうとしていました。

――植松の言葉で、自分自身が揺らいだ言葉、突き刺さったような言葉は何だったでしょうか?

石川 本でも書きましたが、「自分の考えが世間に受け入れられていると感じるか」という質問をしたときです。彼との接見で反論する人も大勢いたと思いますが、その一方で植松の考えに賛同する、応援する手紙も少なからず彼のもとに届いていました。本人的には、自分の考えは世の中に受け入れられているという気持ちをずっと持っていたわけです。

そこで改めて「どう思っているのか」と尋ねたとき、彼は自分の考えを胸を張って答える人間ではないので、ちょっと控えめながらも、「私の考えに公の場で賛成する方は少数ですが、反対する方も少数ではないでしょうか」と言ったんですね。

――本人は確信があるわけですね。

石川 そう思います。自信を持った表情を僕に向けてきたので、そのときばかりは言葉に詰まりました。取材に来た自分に対して「じゃ、お前はどうなんだ」と突きつけられた場面が印象に残っています。

わかりやすく伝えようとすると落し穴に陥る

――川島さんは、植松の言葉で印象深いものはどのようなものでしょう?

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川島秀宜記者

川島 植松が石川さんに寄せた手記に、「私は『超人』に強い憧れをもっております」という一文があって、これが事件の核心だと思って非常に興味を持ちました。やまゆり園事件は、一般的には、「劣者抹殺」、社会的弱者の排除、社会的弱者に対するヘイトクライムだという見方が大勢だと思います。

それは確かにそうなんですが、でも、僕は「超人」とか優れた存在への傾倒の裏返しとして「劣者抹殺」があると思っているんです。報道はどうしてもわかりやすい理由を求めて、弱者の否定というところばかりを追いかけがちなので、僕はむしろ「超人」のほうから入って取材を続けてきました。

誰しも「超人」とは言わないまでも、優れた存在になりたいという気持ちがあると思います。その気持ちが結果的に他人を傷つけていたり、能力の優劣で人を値踏みするような考えにつながっていたりすることも多々あると思っていて。実際に行動を起こすかどうかは別として、誰しもが植松と同じような考えを持つこともあるだろうし、実際に誰かを自分より劣った存在だとみなして否定してしまうこともあると思う。読者がそこに気づいてくれるような報道をしたいと考えていました。

「悪」を「悪」として書くのはとても簡単です。植松が自分では正しいと思ってきたことが一般通念では「悪」とされる。善と悪が綯い交ぜになっているような関係性を暴きたいと思って取材を続けてきました。でも、それはすごくわかりづらいんです。植松がヒトラーの思想に影響されているという報道もありましたが、僕はむしろニーチェの思想と似通っていると思います。これは第四章「優生思想」に書きました。

この事件はわかりやすく報道すると、誤謬というか、落とし穴に陥ると考えていました。個人的にはわかりやすくない報道をしてきたことが、今となっては良かったかなと思っています。

――たしかに、川島さんが書かれた「優生思想」についての章は、事件物のノンフィクションでは異彩を放っていると感じました。

川島 そう言っていただけると嬉しいです。報道のあり方も植松と同化してしまう危険性があると感じていました。たとえば、植松に対するカウンターの記事を書くときに、「障害者の方でもこんなに頑張っている人がいる」「障害者の方でもこんなにできることがある」「だから共生は素晴らしいんだ」という書き方をしてしまうことがあります。『24時間テレビ』はそちらの方向の番組ですよね。パラリンピックもそうです。障害者が健常者並みに頑張ったから称賛する。でもそれって、障害者を「名誉健常者」と言っているようなものではないでしょうか。

結局、能力の優劣を見ているんです。根底では植松の考え方と重なっているんです。植松は「こいつ、しゃべれるか」と職員に尋ねながら、しゃべれるか、しゃべれないかという能力の優劣で入所者を殺害していきました。

もちろん、障害を持って頑張っていらっしゃる方のことを否定するつもりはまったくありません。でも、「障害者でも頑張っている」という報道をご覧になって、実際に傷ついている方もいる。僕らは、なかなかそのことに気づかないと思うんですよ。その点で僕らも同罪だと思っているし、そういう報道は改めていかなきゃいけないと思っています。第四章は自省と自戒の意味を込めて書きました。

やっぱりこの事件の核心は「命の価値」

――第三章では「匿名裁判」として、被害者のご遺族に取材されています。

石川 我々も当然、ご遺族の方たちのお話を伺いたいと思い、川島と手分けして取材のお願いの手紙を送っていました。あるときは弁護士を通じて、あるときは直接ご自宅を訪ねたこともありました。ただ、結果的に我々の単独取材に応じてくれたご遺族の方は、裁判直前までいませんでした。

忘れられない出来事があります。僕は植松との接見を重ねながら記事を書いていたので、あるご遺族から社に、「植松の代弁者になり下がるな、石川に会わせろ」と連絡をいただいたことがあります。僕はそのとき、ご遺族と初めて対峙したんです。「お前はいつまで植松の代弁者をやっているんだ」と叱られましたが、僕なりの思いをその方に伝えさせていただきました。

僕の言葉にどれだけ納得してくれたかはわかりませんが、その後は僕の記事をとてもよく読んでくれました。僕は植松だけじゃなく、重度障害のある娘と暮らす最首さん(最首悟・和光大名誉教授)や事件の被害者やそのご家族についての記事も書いていたので、それらも含めて石川という記者を見て判断していただいたようです。最終的には裁判の直前にそのご遺族のお話を書くことができました。それが初めて自社で書けたご遺族の話になりました。そういった意味では、本当に複雑なスタートでしたが、その分、心の通ったご指摘やお話を聞くことができました。

今回、川島が書いた第四章にそのご遺族の話が出てきます。その方は「自分の気持ちを直接伝えたいから」と植松に合計9回、接見していました。あるとき、川島と僕で接見に行ったとき、狭い待合室でたまたま居合わせたんです。僕たちは「辞退する」とお伝えしたのですが、「いや、君だったら同席していいんだ」と。「俺が植松に伝えたいことは一つだから、隣で見ていてくれ」とおっしゃってくれて。ご遺族の方は、僕たちを信頼してくれていたんです。その方は植松にこう言いました。

「君に死刑宣告しようと思っている」

それが初めて書いたご遺族についての記事です。すぐには出せなかったのですが、裁判の間が空いた時期に、ご遺族の方に「植松との面会室でのやりとりを書かせてください」とお願いしたところ、「君にすべて任せる」とおっしゃってくれて。嬉しくて泣きそうになりました。だからこそ、遺族の思いをちゃんと伝えたいと原稿に向かいました。我々は今でもあまり遺族の取材ができていませんが、非常に象徴的な記事になったと思います。

川島 ご遺族の方と植松が対峙している場面に僕たちがいるというのは、すごい光景だなと思いながら、二人の対話を聞いていました。ご遺族の方は「死刑宣告」をしたのと同時に「おれも十字架、背負うよ」とおっしゃった。これはものすごく重い言葉です。死刑宣告をした十字架を一生背負って生きていくというのですから。

ご遺族の方は、この事件の根本である「命の価値」について熟慮されたからこそ、このような言葉が出てきたと感じました。ご遺族の方も植松の命に対して責任があると考えていた。だからこそ、僕たちも、植松の死刑囚としての死についても命の価値という観点で考えなきゃいけないと思いました。「植松を早く死刑にしろ」といったツイートもたくさんありますけど、彼の命は生きるに値しないんだろうか。やっぱりこの事件の核心は「命の価値」なんです。

これまでの記者人生で、こんな局面に立ち会ったことありません。すごい方だな、と思いました。あの面会は、僕らの取材の中でも強烈に心に残るものでした。



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