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ALS嘱託殺人事件に関する論説(2020年7月20日)

医療から外れた嘱託殺人事件(2020年7月27日配信『日本経済新聞』ー「社説」)

 難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性から依頼を受け、2019年11月にこの女性に薬物を投与して殺害したとして、仙台と東京の医師2人が嘱託殺人の疑いで京都府警に逮捕された。

 2人は女性の主治医ではなく、女性がSNS(交流サイト)を通じて容疑者に「安楽死させてほしい」という趣旨の依頼をした形跡があるという。容疑者側の口座には、この女性から現金が振り込まれていた。

 逮捕の容疑が事実だとすれば、それまで治療にかかわってもいなかった医師らが謝礼をもらい、医療の知識や薬品を使って、インターネットで知り合った人物を死に至らせたということになる。

 終末期医療の現場などでは、多くの医師らが日々、苦悩しながら患者のための取り組みを重ねている。尊厳死の是非やあり方をめぐる議論も様々に行われている。

 だが今回の事件は到底、医療と呼べる行為ではなく、こうした問題とはまったく次元の異なるものだ。2人の容疑者のうち1人は医師免許を不正に取得した疑いまであるといい、医師、医療への不信感さえ招きかねない事態である。

 府警は事件の経緯などを徹底して調べ、明らかにしてほしい。

 長い闘病生活を経て最期をどう迎えるか。今回の事件とは別に冷静に議論を重ねる必要がある。

 医療技術の進歩で、難しい病気でも生命を長期間維持できるようになった。ただ、必ずしも生活の質(QOL)向上にはつながらず、患者や家族が死という選択肢を考えるケースも増えつつある。

 そこで注目されているのが友人、医療・ケアの専門家らも交えてどうするかを繰り返し話し合う「アドバンス・ケア・プランニング」だ。国や学会が指針を作っているが、人手も時間もかかるため徹底が難しいのが実情だ。

 政府は医療・介護の現場における専門スタッフの育成と拡充を支援すべきだ。タブーなしに最期の迎え方を率直に話し合える環境づくりも大切だ。



ALS嘱託殺人 「生きる権利」を妨げるな(2020年7月27日配信『山陽新聞』-「社説」)

 インターネットで依頼を受け多額の金を受け取ったとされるなど、「安楽死」を巡る過去の問題と比べても異質さが目立つ。筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者に薬剤を投与し殺害したとして医師2人が嘱託殺人容疑で京都府警に逮捕された事件である。

 ALSは運動神経が侵される進行性の難病で、やがて寝たきりになり食事や呼吸も自力でできなくなる。一方で感覚や思考は残り、患者は動かない体に閉じ込められたように感じる困難な病気だ。その苦悩は察するに余りある。

 だが、日本では医師らが薬剤を投与して積極的に死期を早めることは認められていない。患者の意思とはいえ「安楽死させてほしい」との依頼をそのまま実現したのであれば到底容認できない。まずは捜査で真相を解明してもらいたい。

 事件を受け安楽死の議論が注目を集め、ネット上では賛同も多く見られるという。ベルギーやオランダなどで合法化されている影響もあろう。

 国内で安楽死が問題になった例では、1991年に神奈川県の東海大病院で医師ががん患者に薬物を注射し死なせた事件が知られる。殺人罪で起訴された医師は執行猶予付きの有罪判決が確定した。

 この際、横浜地裁の判決は医師による安楽死が許容される要件を示した。今回の事件で死亡した患者は、要件の一つである死期が迫っていたわけではないとされ、安楽死とみることにも疑問が残る。

 安楽死と区別して考えられることが多いのが「尊厳死」である。人工呼吸器といった「延命治療」を控えることなどを一般的には指す。与野党の一部で法制化を目指す動きはあるが、議論は進んでいない。難病の患者や障害者団体に「命の切り捨てにつながる」との懸念が強いためだ。

 今回の事件を受けて、ALSの当事者の舩後靖彦参院議員(れいわ新選組)がコメントを公表し、安楽死の合法化を求める反応が難病患者らに「生きたい」と言いにくくさせ、生きづらくさせる社会的圧力が形成されることを危惧した。「『死ぬ権利』よりも『生きる権利』を守る社会にしていくことが何よりも大切だ」としている。

 安楽死の肯定は「生きていても仕方がない命がある」との考えにつながり、生きる権利を妨げる恐れが拭えない。きのうで発生から4年となった相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」の事件で、19人を殺害した植松聖(さとし)死刑囚の「障害者は殺してもいい」との極端な主張も、その延長線上にあろう。

 亡くなった女性はブログで病気を悲観する一方、治療法の研究開発のニュースに希望を見いだすような記述もあったという。精神面のケアなどで気持ちを和らげることはできなかったのか。当事者が希望を失わない社会に向け、幅広い関係者による議論につなげることが求められる。



ALS嘱託殺人 生きる権利 社会全体で守らねば(2020年7月27日配信『愛媛新聞』-「社説」)

 京都市に住む筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者の依頼を受け、薬物を投与して殺害したとして、嘱託殺人の疑いで宮城県と東京都の医師2人が逮捕された。

 容疑者は女性患者と会員制交流サイト(SNS)を通じてやりとりし、事件当日初めて会ったとみられる。女性の主治医ではない上、女性から金銭を受け取っていた。過去に医師が関わった「安楽死」事件と比べても異様さが際立つ。

 患者を支え、生きる道を共に探るのが医師の本分である。医師としての務めを果たさず患者を死に導いたのが事実ならば、独善的で許されざる行為だ。今回の事件の真相を徹底的に究明しなければならない。

 女性患者は体を動かせず、パソコンに視線入力で意思表示。SNSを通じて「安楽死させてほしい」と依頼した。両容疑者は昨年11月、女性宅を5~10分ほど訪れ、別室から戻ったヘルパーが意識不明となっている女性を発見した。容疑者のうち1人の口座には、女性から100万円以上の現金が振り込まれていたという。

 容疑者の1人のものとみられるブログには、安楽死を積極的に肯定するかのような死生観が書き込まれていた。薬剤で人を死なせる方法、殺人の証拠を残さない方法の記述もあった。患者、家族と話し合いを重ねて医療やケアを尽くすという、あるべき姿勢がうかがえない。

 日本では薬剤で積極的に死期を早める安楽死は法律で認められていない。重病患者の安楽死を巡っては、担当医師らが刑事責任を問われるケースが過去何度も発生した。その中で、医師による安楽死が許容される要件を提示した判決がある。1991年に神奈川県の東海大病院で医師が末期がん患者に薬物を注射して死なせた事件で、95年の横浜地裁判決は「耐え難い苦痛がある」「死期が迫っている」といった4項目を示した。

 今回の事件は、女性に死期が迫っている状況ではなかった。両容疑者には現場で診察する時間もなく、生死に関する重大な判断が下せるはずもない。安楽死の是非が問われた過去の事案とは区別して考えるべきだ。

 ALSは進行性の難病で、寝たきりになり食事や呼吸も自力ではできなくなる。女性は生きる苦しさをブログにつづっていたが、治療法の研究開発に関するニュースには希望を抱くような投稿もあった。日ごろの治療の中で、揺れる心に寄り添い、気持ちを和らげる道はなかったのか。検証が求められる。

 事件を受け、安易な安楽死容認論が広がる懸念もある。病気や障害を理由にした安楽死を肯定すれば、生きていても仕方がない命があると認めることにつながりかねない。本当は生きたい当事者が「生きたい」と言いにくくなる危険がある。医療、介護、福祉など幅広い支援を充実させ、生きる権利を社会全体で守らなければならない。



生きる価値(2020年7月27日配信『しんぶん赤旗』ー「潮流」)

 それは、世の中には生きるに値しない命があるのだということを認めることから始まった―。戦後ナチス裁判で医学顧問として尋問に立ち会った米国の医学者は蛮行の発端を語っています

▼最初は重篤な疾患に苦しむ病人が対象だったが、次第に「値しない命」の領域は広がった。生産的でない、イデオロギー的に望ましくない、民族的に好ましくない。その推進力となった小さな梃子(てこ)は回復不能な病人にたいする態度からだったと(安藤泰至著『安楽死・尊厳死を語る前に知っておきたいこと』)

▼「一服盛るなり、注射一発してあげて、楽になってもらったらいい」。筋萎縮性側索硬化症患者への嘱託殺人で逮捕された容疑者の医師たちは、くり返し命の選別を主張していました。ブログは「高齢者を『枯らす』技術」と名付けられ、同名の電子書籍には証拠を残さず消せる方法があると

▼難病患者や高齢者の命を排除する思想は知的障害者を次々と殺傷した4年前の事件の犯人につながります。しかも担当医師でもなく、ただ大金をもらい死に至らしめるとは

▼今回の事件をきっかけに安楽死をめぐる議論も起きています。生きる価値とは、という問いかけとともに

▼安楽死はギリシャ語の「よき死」が語源だといいます。それは「よき生」と不可分なものとして考えられてきました。経済効率ばかりが優先され、命が追いつめられる今の世。それぞれの生が大切にされ、どう支えあっていくか。死を語る前に変えるべき社会の姿はあるはずです。




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