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「なぜ生きないといけないのか」ALS嘱託殺人で被害女性が残した問い(2020年7月28日配信『ダイヤモンドオンライン』)

沙鴎 一歩

送検のため京都府警・中京署を出る大久保愉一容疑者を乗せた車=2020年7月24日、京都市中京区© PRESIDENT Online 送検のため京都府警・中京署を出る大久保愉一容疑者を乗せた車=2020年7月24日、京都市中京区

口座には林さん側から130万円の振り込みがあった

 51歳の女性に頼まれてこの女性を殺害したとして、京都府警が医師2人を嘱託殺人容疑で逮捕した。女性は全身の筋肉が動かなくなる難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者だった。「惨めだ。こんな姿で生きたくない」と語っていた。この嘱託殺人事件をきっかけに安楽死の問題について考えてみたい。

 事件の概要から説明しておこう。医師2人は宮城県名取市でクリニックを開業する元厚生労働省技官の大久保愉一容疑者(42)と東京都港区の山本直樹容疑者(43)で、7月23日に逮捕された。

 2人は、昨年11月30日午後5時半ごろ、京都市中京区のマンションを訪れ、そこに住む林優里さんに薬物を投与して殺した疑いがある。山本容疑者名義の口座には林さん側から130万円の振り込みがあった。林さんの病状は比較的安定し、在宅介護を受けていた。死因は薬物中毒だった。

「父親に負担をかけたくない」と実家近くで一人暮らし

 ALSは根本的な治療法がない「死に至る病」である。体を動かすための神経が衰え、全身の筋肉が動かせなくなる。呼吸も難しくなり、人工呼吸器を使わなければ生存期間は2~5年と短い。厚労省によると、国内のALS患者は、2018年度末時点で9805人という。

 林さんは同志社大を卒業後、建築を学ぶためにアメリカに留学し、帰国後に建築設計事務所で働いていた。しかし、10年ほど前にALSを発症。「父親に負担をかけたくない」と実家ではなく、実家近くのマンションに1人で住み、複数のヘルパーが付添う24時間体制で介護を受けながら生活していた。

 林さんは眼球の動きで操作するパソコンを使用し、ツイッターやブログで「なぜ、こんなにしんどい思いをしてまで生きていないといけないのか」との書き込みをしたこともあった。

被害女性はツイッターで大久保容疑者と知り合った

 報道によると、林さんは2018年12月にツイッターで大久保容疑者と知り合った。知り合って間もなく、大久保容疑者が林さんの書き込みに「(安楽死の)作業はシンプルです。訴追されないならお手伝いしたいのですが」と返信すると、林さんが「『お手伝いしたいのですが』という言葉が嬉しくて泣けてきました」と応えていた。

 昨年8月には大久保容疑者が「自然な最後まで導きますが」と自分のクリニックまで来るよう求めると、林さんは「ありがとうございます。決意したらよろしくお願いします」と返していた。

 ALSという難病患者の心のすき間に入り込んで、多額の現金を取る行為は卑劣である。安楽死を装った殺人行為そのものではないか。2人の医師は主治医でもなく、被害女性を治療していたわけでもない。女性は死が差し迫った終末期の状況でもなかった。しかも意見を求めるべき第3者の介入がなく、行為はいわゆる密室で行われた。

 逮捕された大久保容疑者と山本容疑者に医師としての高い倫理観があるとはとても思えない。

 山本容疑者には医師免許の不正取得疑惑が浮上している

 大久保容疑者は北海道出身で、青森県の弘前大医学部を卒業後、厚生労働省で医系技官として働いていたが、10年前に退官。2018年に宮城県名取市でクリニックを開業している。

 妻は元衆院議員の大久保三代氏(43)だ。大久保容疑者が連行された後、三代氏は報道陣に「京都にはアルバイトで行っていたと思うけど、そこで何をしていたかは分からない。事件のことは知りません」と話していた。

 一方、山本容疑者は泌尿器科が専門で、東京都内でクリニックを経営している。2015年には大久保容疑者と電子書籍「扱いに困った高齢者を『枯らす』技術」を出版していた。大久保と山本の両容疑者は別々の大学出身だったが、大学時代に研究の仕事を通じて知り合った。

 この山本容疑者には医師免許を不正に取得した疑いもある。山本容疑者は東京都内の医科大学に一時在籍した後、10年前に海外の大学医学部を卒業したとして医師国家試験を受験し、医師免許を取得した。しかし、京都府警がこの海外の大学に確認したところ、卒業を確認できなかった。現在、厚労省が調査している。

今回の事件は「安楽死」ではなく殺人行為そのもの

 1995(平成7)年3月、横浜地裁が東海大安楽死事件の判決で安楽死の3タイプ(積極的安楽死、間接的安楽死、消極的安楽死)を示している。東海大安楽死事件とは東海大病院で末期がんの患者に医師が塩化カリウムを注射して死亡させた事件で、安楽死の問題が初めて司法の場で大きく問われた。この事件の判決後、患者を死亡させた医師の殺人罪(執行猶予付き)が確定している。

 判決などによると、積極的安楽死は苦痛から患者を解放するために意図的かつ積極的に死を招く医療的措置を指す。毒物の投与によって死期を早める行為である。

 これに対し、消極的安楽死は患者の苦しみを長引かせないために、お腹に穴を開けて栄養剤を送る胃ろうや血液から老廃物を除く人工透析、自発呼吸ができない患者に施す人工呼吸などの延命治療を中止して死期を早めることだ。間接的安楽死については、苦痛の除去を目的とする適正な治療行為ではあるものの、生命の短縮が生じるとしていると判決は指摘している。

 2人の医師が逮捕された嘱託殺人事件は安楽死などではなく、殺人行為そのものだと思う。

「安楽死法」があるオランダでも安楽死はまれ

 現在、積極的安楽死を安楽死とみなし、消極的安楽死と間接的安楽死を尊厳死とするのが一般的な考え方で、日本尊厳死協会は尊厳死と安楽死とを明白に区別し、安楽死に反対している。安楽死と尊厳死の違いも正しく理解しておきたい。

 安楽死といえばオランダだ。オランダでは2001年に世界で初めて安楽死法が成立し、翌年から施行されている。医師に薬物を注射してもらうなどして合法的に命を断つことができる。一方で、オランダでは患者の苦痛を取り除くような消極的安楽死(尊厳死)は通常の医療行為とされている。

 こうした考え方は、オランダ独自の家庭医制度の上に成り立っている。国民全員が健康状態を日常的に診てもらえる家庭医を持っている。その家庭医は患者がどう自分らしく生きるのか、どうやって死に臨もうとしているのかを把握している。家庭医が了承しない限り、安楽死はできない。このため、オランダでも安楽死はまれで、オランダ全体の死亡者数に占める安楽死の割合は数%に過ぎない。

「安易に死期を早めただけなら、医療を逸脱する行為」

 7月28日付の読売新聞の社説は「ALS嘱託殺人 医療からの逸脱は許されない」との見出しを掲げ、冒頭からこう主張する。

「患者がより良く生きることを支えるのが医師本来の務めではないか。安易に死期を早めただけなら、医療を逸脱する行為であり、許されない」

 その通りである。2人の医師の行為は、医療ではなく、許容の余地などない。

 読売社説はさらに主張する。

「医師は主治医ではなく、治療も担当していなかった。SNS上のやり取りだけで『死にたい』と漏らす女性の心情を本当に理解できていたのか。府警には事件の経緯を詳細に解明してもらいたい」

 被害女性は精神的にも疲れ果てていたのだろう。逮捕された2人の医師はそれをどこまで理解しようとしていたのか。考え抜いた末、治療の延長として薬物を投与したというならまだしも、SNS上のやり取りだけでは、医師として女性の心の中まで理解するのは不可能だ。

 読売社説は書く。

「医師側には女性から130万円が振り込まれていたという。薬物投与のリスクを負う対価だったとしたら、医師側は違法性を承知のうえで短絡的な行為に及んだことになろう。疑問は拭えない」

 今後、2人の医師は起訴されて裁判を受けることになるはずだが、130万円の受領が嘱託殺人罪を立証するカギになるはずだ。

東海大病院事件判決の「許容4要件」に当たらない

読売社説は「薬物投与などで患者の死期を早める行為は『積極的安楽死』と呼ばれ、日本では認められていない。ただ、例外的に許容されるケースとして、東海大病院の医師を殺人罪で有罪とした横浜地裁判決が一定の要件を示している」と解説し、その要件をこう挙げる。

「『耐え難い肉体的苦痛がある』『死が避けられず死期が迫っている』『肉体的苦痛を除去・緩和する他の方法がない』『患者の意思が明らか』の4点である」

 そのうえで読売社説は「府警は、女性に死期が迫っていないことなどから、要件を満たしていないと判断したのだろう」と指摘し、さらに「オランダやベルギーなどは安楽死を合法化しているが、4要件と同様の条件を設けている。死の選択に熟慮が必要なのは当然だ」と主張する。沙鴎一歩も同感である。

読売社説はALSの過酷さを指摘した後、最後にこう訴える。

「女性は生前、『指一本動かせない自分がみじめでたまらない』と書き込んでいた。患者を孤立させない環境整備などは必要だが、今回の医師たちのようなやり方では問題の解決にはつながるまい」

難病患者には周囲の温かい支えが欠かせない。

過去の安楽死に絡んだ事件とは明らかに違う

 次に朝日新聞の社説(7月28日付)を読んでみよう。「嘱託殺人 医の倫理に背く行い」との見出しを付け、こう指摘する。

「91年の東海大病院事件や98年の川崎協同病院事件など、終末期の患者の命を終わらせた医師の刑事責任が問われた事例は過去にある。しかし、どれも通常の医療の延長線上にあった行為であり、今回の事件とは明らかに様相を異にする」

 やはり、今回の嘱託殺人事件は過去の安楽死に絡んだ事件とは明らかに違う。それだけに逮捕された2人の医師の行為は異常なのである。

 朝日社説は書く。

「改めて言うまでもなく、患者の生命・健康に深く関わる医師には、高い倫理と人権感覚が求められる。その前提のうえに、危険な薬物を取り扱うことが許されている。容疑者2人にその自覚はどこまであったか」

 沙鴎一歩も前述したが、医師には高度なモラルが求められる。問題の2人にはそうしたモラルのかけらもないようだ。

社説にするまで5日もたっているようでは遅すぎる

 さらに朝日社説は書く。

「ALSは全身の筋肉が徐々に衰えていく病気で、根本的な治療法はない。症状が進めば意思疎通の手段が狭まり、社会とつながりを持つのがさらに難しくなる。旅行が好きで活動的だったという女性が向き合った苦悩は、察するにあまりある」

 ALSほど過酷な疾病はない。それゆえ、続いて朝日社説は「患者を取り巻く状況や不安を理解し、日々の生活はもちろん精神面もしっかりサポートする態勢をつくる必要がある」と訴えるのだろう。

 朝日社説は「患者本人や支援する人たちからは、事件を機に『死ぬ権利』に注目が集まり、『生きる権利』がないがしろにされるのではないかとの声が出ている」と指摘し、最後にこう主張する。

「生命の尊厳を共有し、そんな懸念を払拭することが、ALSに限らず、さまざまな障害のある人と共に生きる社会を築くことに通じる」

「共に生きる社会を築く」とは実に朝日社説らしい。そこが少々、へそ曲がりの沙鴎一歩には鼻につく。ここまで書くならもっと早く社説として今回の嘱託殺人事件を扱うべきだ。事件の発覚が7月23日。それから社説にするまで5日もたっているようでは遅すぎる。

 読売、毎日、産経などほかの新聞も同じだ。なぜ、もっと早く社説に書かないのか。4連休中でも新聞は毎日発行されている。「新聞離れ」を食い止めるためには、社説のスピード感を見直す必要がある。今回の各紙の対応は残念だった。




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