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特養入所者死亡で無罪判決に関する論説(2020年7月31日)

事故の教訓(2020年7月31日配信『北海道新聞』-「卓上四季」)
 
「必要なことは二度でも言うが良い」。古代ギリシャの哲人エンペドクレスの格言である。とりわけ命に関わることは多弁に過ぎるということはないだろう

▼長野県の特別養護老人ホームで入居者にドーナツを与えて窒息死させたとして、起訴された准看護師の裁判で、東京高裁が逆転無罪の判決を出した。ドーナツで窒息する危険性を予見できる可能性は低いとした判断は、妥当といえる

▼検察は、おやつを固形物からゼリー状のものに変えた記録の確認を怠ったと主張したが、高裁は「職員が変更を伝えていなかった」として退けた。介助者が刑事責任を問われるようになれば、介護の現場が萎縮しかねない。今回の無罪判決の意義は大きい

▼一方で人が亡くなったという事実も忘れてはならないだろう。大事なことならば、情報共有を徹底するべきだったということではないか

▼こんにゃくゼリーを食べた兵庫県の男児が窒息死した2008年の事故を巡り、遺族が起こした損害賠償請求訴訟で、判決はメーカーの製造物責任を否定した。だが、窒息の危険性を警告する表示について当時どれだけの消費者が理解していたか疑問も残る

▼この死亡事故後、国は安全基準の指針をまとめ、消費者の意識も大きく変わった。大切なことは事故からどのような教訓を得るかにある。いかに高齢者の窒息事故を防ぐか。その手だてを考える契機としたい。



特養入所者死亡で無罪 現場の萎縮生まぬように(2020年7月31日配信『毎日新聞』-「社説」)

 長野県安曇野市の特別養護老人ホームで入所者が死亡したことを巡って、業務上過失致死罪に問われた准看護師に対し、東京高裁が逆転無罪判決を出した。

 介護にミスがあったことを理由に、現場の職員が刑事責任を追及されるのは異例だ。高裁は具体的な状況を細かく検討しており、実態に即した結論だろう。

 准看護師は7年前、間食にドーナツを提供し、誤って飲み込ませ窒息死させたとして起訴された。

 1審判決は、直前にゼリー状の間食への変更が介護職間で決められていたのに、確認を怠ったと判断して罰金20万円を言い渡した。

 高裁は、介護職ではないため変更を知るのは難しかったと認定した。ドーナツで入所者が窒息する危険性は低かったとも指摘した。リスクの予測を広く求めすぎた1審判決は問題があるとの判断だ。

 検察側は1審の公判で起訴内容の変更を2回請求している。もともと捜査が十分でなく、無理な立証を重ねていた可能性が高い。

 准看護師が起訴されたことによって、介護現場が萎縮し、サービスの質が低下するとの声が上がった。1審の有罪判決で懸念はさらに広がった。無罪判決を求める署名が約73万筆も集まった。

 現実に、高齢者施設への影響は表れている。間食を固形のものからゼリー状のものに変えたり、間食の提供自体をやめたりするケースが出ている。

 施設で暮らす人々にとって、食事は楽しみの一つだ。高裁判決も「満足感や安らぎを得るために重要」と言及した。

 入所者の事情に合わせた対応は必要である。ただ、安全を理由に全てを飲み込みやすい食事にしてしまっては、生活の張り合いを奪いかねない。

 高齢者の施設は、さまざまなリスクと隣り合わせだ。通常の仕事をしていたのに、結果の重大さゆえに個人が罪に問われるようなことになれば、介護に関わる職員のなり手はいなくなっていく。

 ただでさえ、介護の現場は深刻な人手不足が続いている。施設が手のかかる人は受け入れないという事態すら招きかねない。

 老後を送る人たちの生きがいを尊重しながら、安全を守る仕組みを考えていく必要がある。



「一日中、寝てばっかり」。福岡市内の老人ホームで暮らす80代後半の女性…(2020年7月31日配信『西日本新聞』-「春秋」)

 「一日中、寝てばっかり」。福岡市内の老人ホームで暮らす80代後半の女性。それが近頃の口癖だ。転倒でけがをし、車椅子を使っている。楽しみは毎日のレクリエーション。カラオケや風船バレー、生け花…。もちろん家族が来る日も心待ちに

▼5カ月前からレクリエーションや面会ができなくなった。新型コロナのせいだ。高齢者が重症化しやすいウイルスは絶対に持ち込まない-。感染防止に細心の注意を払う施設側の努力には頭が下がる

▼命を守ることを他の何より優先するのは当然だ。ただ、お年寄りが生きる楽しみや張り合いもなく、日々をぼんやりと過ごしている、と思えばやるせない

▼特別養護老人ホームの入所者がおやつのドーナツを食べた後に亡くなった事故を巡る裁判。おやつを配膳した准看護師は一審有罪、先日の二審判決で逆転無罪となった

▼介護現場では食事や移動、運動、入浴などあらゆる場面で事故は起こりうる。不慮の事故で個人が厳しく刑事責任を問われるのなら、介護側は安全だけを考えるようになろう。食事は喉に詰まらない流動食、転ばないよう寝かせたままに。リスクを避け、食べたり動いたりする喜びは二の次となりかねない

▼生きるということはそれだけではなかろう。食事やおやつは「健康や身体活動を維持するためだけではなく、精神的な満足感や安らぎを得るために重要だ」とした二審の判決にうなずく。





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Author:gogotamu2019
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