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児童虐待~連鎖の軛(2020年7月31日配信『産経新聞』)

児童虐待~連鎖の軛(1)子供の幸せどう守る 児相にのしかかる負担

 「お母さんに怒られ、ものを投げつけられた。家に帰りたくない」

 5月上旬、西日本の地方都市。顔にあざができた中学1年の少年は、声をかけてきた警察官にぽつりと話した。

 少年は直前に家を飛び出し、家族から行方不明届が出されていた。通常であれば家族に連絡し引き取ってもらう。だが、少年の話を重くみた警察は地域を管轄する児童相談所(児相)に通告。児相は少年を一時保護し、両親と面談を続けることを決めた。

 児相との面談で、母親は少年に手をあげたことを素直に認めた。きっかけは勉強時間をめぐる親子間のやり取りだった。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で休校となっていた少年は、午前中は家で勉強すると約束した。だが一向に守らない。母親は仕事の休みが続き、ずっと家にいていらだちを募らせた-という経緯だ。児相は子供との接し方について両親にアドバイスし、約1週間で保護を解除した。

 新型コロナによって続いた非日常。少年を保護した児相では親からの相談が増えている。「子育てがしんどい」「子供が暴れるようになった」「職を失った父親が暴力をふるう」。ストレスによるものなのか。こうした声が届くたびに、常駐する警察官を交えて対応にあたってきた。

ただ、声を上げる家庭は虐待の兆候がつかめる。だが、外出自粛や休校が続くことで家庭内の問題はどんどん潜在化してしまう。「新型コロナで新たな虐待の発見と状況確認がより難しくなった。本当に心配なのは表に出てこない家庭」と橋本信二所長(52)=仮名=はいう。

 親子から話を聴き、職員が集まってそれぞれの専門分野の知恵を結集するのが児相の仕事の基本だ。「3密」を完全に避けることはできず、感染リスクはある。もし職員が欠けても簡単に人員補充はできない。「だからといって虐待への危機感が薄らぐわけではない。新型コロナの不安はあっても、やるべき対応は貫かなければならない」と橋本所長。コロナとの共生が避けられないこれからの社会でも、児相に求められる役割に変わりはない。

「ママが叩いた」

 新型コロナウイルスの影響にかかわらず、問題や悩みを抱えきれなくなり、矛先が子供に向かってしまう家庭は少なくない。

 「母親から無理やり引きはがしてでも保護すべきか…」。5月に中学1年の少年を保護した児童相談所のケースワーカー、三浦真里さん(48)=仮名=は今年初めの朝、警察官3人と同僚の職員4人を伴って訪問しためいちゃん(4)=同=の家の前で、心を決めかねていた。

 児相に虐待疑いの通告が飛び込んできたのは、前日の夕方近く。めいちゃんが通う保育所を所管する地元自治体からだった。「顔にあざがあった。『ママがたたいた』と話している」。保育所が撮影した写真には大きなあざが写っていた。

 すぐに児相内で打ち合わせが始まった。児相がこの家庭に関わるのは初めてではない。約15年前からめいちゃんの異父姉へのネグレクト(育児放棄)などがあり、姉を計8年間ほど保護していた。今は母親とめいちゃん、成人した姉が一緒に暮らす。父親はいない。

 児相の支援は数年前に終わったが、保育所側の話で3カ月前から新たな予兆があったことが分かった。母親がめいちゃんに「死ね」「嫌い」と暴言をはき、保育所が母親に「虐待だ」と指摘。母親は「自分なりに頑張っているのに」とショックを受け、精神的に不安定になっていたという。

 しかし、保育所の相談を受けた自治体は母親に一度、様子をうかがう電話をかけたきりだった。「何か家庭に変化があったのは間違いない。早く話を聞いていれば大ごとにならなかったのに」。三浦さんは思わず声を上げたが、地元自治体に細やかにサポートできる態勢が整っていないのは承知の上。すぐに今やるべきことに集中する。

現場で判断

 立ち入り調査や一時保護を念頭に警察に援助要請し、態勢を整えた翌朝。何度かインターホンを押した後に顔を出した母親に、三浦さんは「めいちゃんを見せてほしい」と頼んだ。

 部屋の奥から連れてこられためいちゃんは、母親の後ろに隠れて服にしがみつき、不安そうにこちらを見上げる。けがを確認し、原因を尋ねると母親は言葉を濁した。「たぶん黒だな」。虐待をほぼ確信したが、会話や玄関先から見える部屋の様子からも評価を続けた。自宅は整頓され、めいちゃんの服も清潔。以前に比べると格段に家庭が立ち直っている様子が見て取れ、心は決まった。

 「命の危険はない。母親と児相で取り合ってめいちゃんにトラウマを与えるより、まずは児相に呼んで話を聞いた方がいい。ここでもめて家庭を孤立させてしまうのが最悪の選択だ」

 そう判断し、めいちゃんを連れて児相に面談に来るという約束を母親から取り付け、約30分間の訪問を終えた。

 どう介入し、支援につなげるか。子供にとっての最善を考えると、一時保護は武器ではあっても万能の解決策ではなく、児相は難しい判断を迫られる。深刻化する前に、自治体によるサポートで救えれば、子供を危険にさらすこともない。職場に戻った三浦さんは小さく息をついた。

最後のとりで

 「介入は支援の始まり」。児相など福祉関係者は、よくこの言葉を口にする。虐待の多くは福祉という器から漏れて、追い込まれた家庭や誤った子育ての中で起きる。深刻な状況の家庭ほど社会から孤立することも多く、自ら関わらなければ見つけることすらできないからだ。

 福祉機関の中で、主に都道府県が設置する児相は最も強力な介入権限を持つ。子供の安全確認のために家に入ることが認められ、暫定的に親子を引き離す一時保護もできる。虐待を医療になぞらえれば、めいちゃん親子のような「重症患者」を救う「集中治療室(ICU)」こそが、児相にしか果たせない役割といえる。

 新型コロナ対策では、ICUを機能不全に陥らせないため、医療体制や周辺環境をどのように整えるかが焦点となった。翻って虐待では、ICUにあたる児相に過度な負担がかかっているのが現状だ。

 課題を解消するため、平成28年の改正児童福祉法は、家庭で一緒に暮らせる「軽症患者」のような親子を支える役割は、住民により身近な市町村が担うと明確に位置付けた。

 しかし、市町村の体制は弱い。児相や自治体の職員が虐待対応を学ぶ「西日本こども研修センターあかし」の井上景(たかし)専門員は「一部の熱心な市町村以外は、対応できる人的な体制も専門性も追いつかず、足りない部分は児相がカバーしている」と指摘する。

役割に応じ、すぐに通告を児相と市町村に振り分ける仕組みもなく、虐待事案の多くは児相に集中する。大半を占める「軽症患者」への対応に追われると、命の危険がある子供に手の回らない「医療崩壊」のような状況が起こりうる。

 「介入をきっかけに家庭が改善しても、支えられなければまた落ちてくる。この構造自体を変えなければいたちごっこだ」と三浦さんは語る。焦燥感はあるが、現場では胸の奥にしまい、親子に向き合う。子供の命はもちろん、権利や将来的な幸せも守る「最後のとりで」。それが、児相の責務だと信じている。

 4月に改正児童虐待防止法が施行されるなど子供を守る環境整備が進む。児相と警察は連携を深め家庭に介入するが、幼い命が犠牲になる事案は少なくない。児童虐待は連鎖するとされ、負の境遇は重くのしかかる軛(くびき)のように子供を縛りつける。なぜ「連鎖の軛」を取り払えないのか。課題を探る。



児童虐待~連鎖の軛(2)子供を守る法律の盾 親権停止、その先に

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児童相談所の運動場で遊ぶ、一時保護された子供たち。児相は与えられた権限を使い、子供を親元から引き離すことがある(渡辺恭晃撮影、写真は本文と関係ありません)

 西日本の児童相談所(児相)に勤務する坂本優太さん(27)=仮名=はこの春、遠方の児童福祉施設を1日がかりで訪問した。虐待を理由に児相が親との長期分離を決め、約半年前に施設に入所させた小学1年の桜ちゃん(7)=同=に会うため、そして両親の「親権」を停止したことを伝えるためだ。

キャプチャ

 父親が家で日常的に暴力をふるい、継母も止めようとしない。自由に外出できずに小学校への通学すらままならなかった桜ちゃん。児相は身体的虐待、ネグレクト(育児放棄)、心理的虐待と認定。一時保護した上で「早期の改善は見込めない」と判断し、施設入所を決めた。

 入所当初、桜ちゃんはネグレクトの影響で成長が遅れていたためおむつが取れず、筋力不足でよく転んだ。表情はぎこちなく、周りの子供との接し方が分からないのか、けんかも多いと坂本さんは聞いていた。

 少しずつなじんでいると思っていたが、久しぶりに会った桜ちゃんの表情はやはりこわばっていた。「また家に戻されると思ったのだろうか」。緊張しているのが伝わった。

 まずはひたすら一緒に遊んだ。トランプをしたり、縄跳びをしたりしているうちに、桜ちゃんに自然な笑顔が増えていった。坂本さんは頃合いを見計らい、一番の目的の「親権停止」の話を切り出した。

 ■伝える仕事

 児相は、虐待の疑いがあり、緊急に親子を引き離した方がいいと判断した場合、まず一時保護をする。だが、その期間は2カ月以内とするのが原則。その間に家庭の調査を行い、子供が親元で暮らすことが難しいと判断した場合には、施設や里親に子供を預け、家庭の改善や子供のケアを時間をかけて行う。親権を停止しなくても、親子を引き離し続けることは可能だ。

 ただ、桜ちゃんの父親は気にくわないことがあればすぐに相手先に怒鳴り込み、脅迫するような性格だった。今は施設入所に同意しているが、気が変われば親権を理由に施設を脅し、桜ちゃんを連れて帰ろうとしかねない。

 そこで児相はこれまでの父親の素行記録などの証拠を集め、児童福祉法などに基づき家庭裁判所に親権停止を申し立て、認められた。停止中の父親は「他人」。桜ちゃんの居場所を知ることも、生活に口出しすることもできない。

 子供であっても自分が置かれた状況を知る権利がある。坂本さんは自作した切り絵を使って、ゆっくりと話し始めた。

 「子供たちのことを決める『親権』というカードがあって、お父さんとお母さんが持っていたの」「それがよくないと思うから、家庭裁判所というところに決めてもらって一度取り上げてもらったんだよ。いいかな」。精いっぱい分かりやすい言葉で伝えると、考え込むような様子で聞いていた桜ちゃんは「うん」とうなずいた。

 ■弁護士と連携

 誰にも頼れなかったり、市町村が支えきれなかったりして「重症化」した虐待家庭に対しては、児相が最後のとりでとして力を発揮し、桜ちゃんのような幼い命を守る。そのために幾度となく法改正が重ねられ、家庭への児相の介入の切り札となる“法律の盾”が与えられてきた。

 その一つが桜ちゃんのために使われた親権停止。裁判所への申し立てが認められれば、最長2年間、親権を止めることができる。確実に親子を引き離して子供を守り、親を強く指導するための制度で、平成24年4月施行の改正民法・児童福祉法で導入された。それまで親権を制限する制度は、親権を完全に奪う「親権喪失」に限られており、将来の親子関係の修復を見据えると、行使しづらい側面もあった。

 児相が裁判所に親権の制限を求めた件数は、喪失のみだった23年度は9件だったが、停止も可能となった24年度は38件、25年度は45件と急増。28年度には最多の59件を数えた。

 また28年の改正児童福祉法を機に、全国の児相で弁護士配置も進み、連携が取られるようになった。桜ちゃんのケースでも、坂本さんは児相に勤務する弁護士と業務にあたっており、「法律を駆使することで介入しやすくなった」と明かす。

 ■何が幸せか

 親権停止と、それを桜ちゃんに伝えるという重い仕事を終え、少しほっとした坂本さん。だが、これで終わりではない。

 親権停止は2年後に再度申し立てることができる。そうでなくても児相は、桜ちゃんが18歳になるまで、ずっと親と引き離しておくこともできる。しかし、それは残りの人生を親と関わらずに生きていくという選択に等しい。

 一方、施設に入ったころ「もう家には帰りたくない」といっていた桜ちゃんは、家での楽しかった思い出を話すようになっていた。いずれは戻りたいと思うかもしれない。父親のことも含め家庭の状況を改善させることができれば、親権停止を取り消して家庭に戻すことも考えられる。

 桜ちゃんにとって本当の幸せは何か。強い権限を持つからこそ、児相はそう自問しながら親子と関わり、家庭の立て直しに取り組んでいく。

 大人になるまで子供に向き合う児相にとって、施設入所や親権停止はゴールではなくスタートだ。桜ちゃんの屈託のない笑顔を眺めながら、坂本さんは職責の大きさを改めて感じた。



児童虐待~連鎖の軛(3)家庭復帰と親失うリスク 児相、難しい判断

 西日本の児童相談所(児相)に、一時保護されていた4歳と2歳の兄弟を両親が2カ月ぶりに迎えに来た。「また子供と過ごせる」と涙を流し、わが子を抱こうとする母親。だが、弟の陽太(ひなた)ちゃん(仮名)は逃れるようにじたばたと暴れた。「本当に帰して大丈夫なのか」。保護した子供が暮らす一時保護所の責任者で、兄弟を世話してきた後藤裕之さん(50)=仮名=の胸に不安がよぎった。

 児相が幼い兄弟の一時保護に踏み切ったのは昨年春のこと。だが、家庭との関わりは数年前から続いてきた。母親の連れ子で、陽太ちゃんらにとっては異父姉にあたる中学生の少女が、再婚相手の父親から虐待を受け、児童福祉施設に身を寄せていた。

 父親から母親への暴力も繰り返されており、実子の幼い兄弟への影響を懸念して、児相が家庭訪問を続けていた。しかし、父親は次第に児相を拒絶し、自治体の見守り態勢も十分になかったことから、家庭内の様子の確認がいっそう難しくなっていた。「兄弟を一時保護してちゃんと調査しよう」。強制的な介入にはこうした経緯があった。
一時保護所で成長

 一時保護所に身を寄せた兄弟の体には、暴力によるあざなどはなかったが、後藤さんが心配したのは陽太ちゃんの様子だった。職員に抱きついて離れず、表情は暗く、言葉の理解も年齢相応に進んでいなかった。「養育環境が抑圧的だった影響がみられる」。後藤さんは児相の会議でそう報告した。

 安定した生活のなかで陽太ちゃんの成長を見守る一方、児相は兄弟を両親の元に帰すための環境づくりを進めた。父親への指導だけでなく、自治体と連携して兄には保育所入所の手続きを進め、陽太ちゃんには母親と通える地域の子育て支援センターを見つけた。見守りの目を増やすことで、子供や母親のSOSを見逃さないようにするためだ。

 児相は原則2カ月間までの一時保護の期間中、子供が家庭で暮らせるかどうかを判断する。両親に会うのを嫌がる陽太ちゃんの様子に家庭生活を不安視する意見もあった。しかし、児相は両親が指導を受け入れたことも考慮し、保護から2カ月後、兄弟を両親の元へ帰すことを決断した。

最善の利益

 児相が関わりながら子供を守れなかった事件を教訓に、児相は積極的に一時保護に踏み切るようになっている。虐待での一時保護は10年間で約1万4千件増え、平成30年度は過去最多の約2万5千件に上った。

 だが、そのうち大半は、陽太ちゃん兄弟のように一時保護が終われば家庭に戻している。児童福祉施設や里親に子供を預ける長期の親子分離について、児相は慎重な姿勢を貫き、虐待対応全体からみるとわずか3%程度にとどまる。

 背景にあるのは、子供は家庭で育つのが第一とする児童福祉法の理念。ただ、家庭復帰は「ありき」の選択肢ではない。陽太ちゃんに関わるベテラン女性職員は「簡単に子供を帰すな」という世論を意識させられるという。同時に、「施設や里親にもリスクはある。関係機関が安心するためだけに分離してはならず、大切なのは子供の最善の利益だ」とも感じる。

 施設では、複雑な家庭環境で育った子供たちの間でいじめやトラブルも珍しくなく、里親も傷ついた子供を受け止めきれる保証はない。長期分離中も児相は家庭復帰の道を探って支援を続けるが、復帰できないまま18歳になれば、施設を出て自立を強いられる。

 長期分離のリスクと家庭復帰による虐待再発のリスク。2つを天秤(てんびん)にかけつつも、支援の目を増やして後者のリスクを軽減し、家庭へ帰す。

 女性職員は「親を失うことによる心の穴は埋められず、長期分離は子供にそれだけのものを背負わせることになりかねない。家庭環境が改善される余地が少しでもあるなら、家庭復帰を選びたい」と考えている。

理想は遠く

 陽太ちゃん兄弟が家庭に戻って1年あまり。父親は家族を束縛しないようになり、兄弟は元気に育っている。支援といっても、必要なのは家庭への小さな「介入」の連続。毎週だった児相の家庭訪問も月1度に減ったとはいえ、新型コロナウイルスの感染が拡大する中でも続けられた。

 「子供が家庭で成長する姿をみるとほっとする」。児相の橋本信二所長(52)=仮名=は、介入によって改善した家庭を1年間支えてこられたことに、ひとまず安堵(あんど)感をにじませる。

 橋本さんのもとでは、緊急対応だけで7人の担当ケースワーカーが計約50件を同時進行。家庭復帰した後、面談などの長期的な支援は別の10人超が、6自治体分を受け持つ。家庭訪問や面談は1件だけで数時間に及ぶこともあり、児相が各家庭に丁寧に向き合い続けることは難しい。

 より住民に身近な市町村が家庭を支え、広域に目を配る児相が後方支援する。国はそういう形を想定するが、地元自治体の担当部署は、人員の少なさなどから個別の支援には動けない。ほかの児相では、家庭に戻った子供が虐待で命を奪われる事件も起きている。

 理想は遠く、橋本さんは複雑な表情で吐露した。「児相だけで支え切れるかという不安はぬぐえず、社会が変わらなければとも思う。しかし、支援が必要な子供は目の前にいる。地域の支援者と個々につながり、今やれるだけのことを全力でやるしかない」



児童虐待~連鎖の軛(4)「逮捕ありきではない」警察広がる守備範囲

キャプチャ
大阪府警本部3階にある人身安全対策室。110番が入ればアラームと同時にランプが点灯する。深夜でも頻繁に機械音が響く(鳥越瑞絵撮影)

 大阪府警に昨年4月発足した人身安全対策室は、DV(配偶者間暴力)やストーカーとともに児童虐待事案の初動対応を担う部署。「逮捕」ありきではなく、虐待の兆候を見逃さず、各家庭に「介入」する姿勢に重きを置いている。今年1月上旬の深夜、捜査員ら約10人が宿直勤務にあたる府警本部3階の一室は、一本の通報によって張り詰めた緊張感に包まれた。

キャプチャ

 午後11時5分、黄色のランプが点灯すると、ピィーという甲高い機械音が響いた。

 「夫と口論になって、顔を殴られた。仲裁に入った子供もたたかれている」

 暴力を受けた子供の母親からの110番通報の内容が、リアルタイムでパソコンのモニターに表示されると、捜査員が大声で読み上げた。すぐさま陣頭指揮を執る男性警部(52)が尋ねた。

 「子供のけがの程度は入ってきてないか」「ほかに子供はおらへんのか」。捜査員らが別の端末を操作し、府警のデータベースに保管されている通報元の一家に関する警察や児童相談所(児相)での取り扱い歴などを調べ始めた。

 数分後、新たな情報が飛び込む。一家には乳児を含めた3人の子供がおり、暴力をふるった父親が4歳の女の子と0歳の男の子を連れて車で自宅を出たという。過去にはネグレクト(育児放棄)の疑いで対応した記録もあった。「あかん。出動して母親への傷害か暴行の容疑で父親の緊急逮捕も見据えて動こう」。警部が強い口調で指示を飛ばした。

 通報から約1時間後の午前0時すぎ。捜査員2人が現場の公営住宅に到着すると、すでに所轄署の警察官ら約20人も駆け付けていた。通路にはベビーカーや子供用の傘が置かれ、生活感が漂う。玄関には多数の靴が雑然と並ぶが、洗濯物や洗い物がたまっている様子はなかった。虐待が疑われる家庭はごみ屋敷のような状態が多く、部屋の状況は重要な判断要素だ。室内ではすでに30代の母親と小学生の男児が事情を聴かれていた。

 男児は落ち着いた様子で、「お母さんは、お父さんによくたたかれる。僕も『邪魔やねん』といわれてビンタされた」とはっきり答えた。男児の身体に外傷は確認されなかったが、安全を確保するため、母親と民間の一時保護施設に入る方向での準備が決まった。

 到着から30分後の午前0時半、父親が携帯電話に出た。「とにかく子供の安全を確認させてください」。捜査員が説得を続けて、父親は出頭。連れて行った子供2人も無事だった。

 警察署で、父親と母親は落ち着きを取り戻した。出動時には逮捕を見据えて動いたものの、母親や男児にもけがはなく、父親の口から反省の言葉も出たことから、この日は逮捕せずに厳重注意をして自宅に帰した。全ての対応を終えたのは、通報から約5時間後の午前4時10分だった。

■立件多くなく

 警察庁は平成25年12月、児童虐待やストーカーなどについて、各都道府県の警察本部がひとまとめに取り組むよう通達した。同室の発足もこの流れを受けたもので、通報を24時間態勢で集約。早期解決に向け管轄の警察署などに初動を指示し、捜査員を派遣する。所管の生活安全部員や、殺人事件などの捜査を担う捜査1課員も常駐している。

 態勢強化により、各家庭に介入する機会は増えたが児童虐待の立件の割合が増えているかといえば、そうではない。虐待の疑いがあるとして、府警が昨年、児相に通告した18歳未満の子供は1万2609人。府警では過去最高で、全国では6年連続で最多となったが、うち刑事事件として親らを立件したのは107件だった。

 この数字のギャップについて、「事件化以上に、虐待の芽を摘む役割が警察に求められる時代になった」と府警幹部は指摘する。本来は市町村が支援すべき事案にも警察が介入し、児相につなげている。最初から事件性が低いと見込まれる現場にも捜査員が足を運び、支援する。警察が守備範囲を広げながらも、立件数が少ない背景にはこうした事情がある。

 ■クリスマスに…

 昨年のクリスマスの夜。府警の人身安全対策室に、「育児がしんどい」と通報があった。訴えるのは、精神疾患のある女性。子供は生後数カ月の赤ちゃん。ただ、話しぶりから、けがはないことがうかがえた。一方、女性は「児相にも電話したが、話を聴いてもらえなかった」と訴えており、夫も自宅にいたことが分かった。夫がそばにいるのになぜ警察に助けを求めたのか。通報段階では不審点があり、現場で状況を見極める必要があると判断した。

 「夫が育児を手伝ってくれなかったことでパニックになり、通報してきたようだ」。女性宅に駆け付けた男性警部補(45)は、すでに対応していた所轄署員から報告を受けた。部屋に入り、赤ちゃんのけがの有無や発育状況を確認。両親の様子からも緊急性は低いとすぐに判断できたが、警部補は2人の悩みを聞き続けた。

 通報先として定着している警察は虐待を発見しやすい立場だ。だからこそ、積極的かつ迅速に介入する姿勢を重んじるが、一方で福祉の専門家でない自分たちの判断は正しいのか、と自問することも多い。

 それでも、発足時から陣頭指揮を執った前室長の小林俊夫警視(54)は「専門部署に集められた経験豊富な捜査員が対応することで、虐待の見逃し防止を徹底できる」と同室の意義を説き、こう強調した。「警察は虐待支援の専門家ではないが、捜査員は福祉の観点もどんどん学んで取り入れている。私たちの目的は子供を守ること。逮捕ありきではない」



児童虐待~連鎖の軛(5)子供第一命守る 両輪児相と警察はざま埋める

 「警察への共有は少し待ってもいいのでは」

 警察官の立場のまま西日本の児童相談所(児相)に勤務する佐藤順平警部補(39)=仮名=は、同僚の児相職員の発言が引っ掛かった。

 昨年冬、虐待を受けた疑いのある子供への具体的な支援を話し合う朝の会議で、2歳の男児が議題に上がっていた。脚の骨折があり、診察した病院から通告があったのは前日夜。病院によると、両親は「なぜけがをしたか分からない」と話しているという。

 会議の段階で明らかに虐待を示す情報はない。同僚の発言は、状況がよく分からない中で捜査を担う警察との情報共有は時期尚早ではないか、という提案だが、佐藤さんは落ち着いた口調で言い切った。「原因が分からないからこそ、すぐに共有すべきです」

 同僚に情報を抱え込もうという意図などなく、タイミングを見計らって共有するつもりだったのは分かっている。ただ、両親は息子が大けがをしているにもかかわらず、やけに落ち着いた様子だったと病院から報告があった。不審点があり事件の可能性を否定できない以上、いち早く共有することが証拠を収集する捜査当局にとってプラスに働くのは明らかという判断だった。最終的に全会一致で、児相が両親から直接事情を聴く前に共有することが決まった。


 佐藤さんは県内で児相に派遣されている唯一の警察官。言うべきことは言うという姿勢は本来の職場である警察に対しても同じだ。

一時保護せず

 警察からの情報の窓口となるのも佐藤さんの重要な役割だ。昨秋、16歳の少女が母親の内縁の夫から暴行を受けた。顔を殴られ、骨折こそしていないが決して軽くはないけが。地元の警察署から情報提供を受け、佐藤さんは「逮捕を視野に動く」と直感的に思った。

 一方、児相は少女を一時保護しない方針を固めた。少女自身が拒否していること、内縁の夫とは別居していること、少女がすでに働いていることを考慮した結果だった。原則2カ月間を限度に児相の施設内で過ごす一時保護をすれば少女は仕事に行けなくなる。少女の生活を考えれば、親子を引き離さない児相の判断は理解できた。

 事件を担当する警察署の男性係長からは「なんとか一時保護できないものか」と相談されていた。一時保護すれば警察は、家族から離れた少女からの事情聴取を行いやすく、捜査面で利点がある。

 だが、暴行は日常的なものでなく単発とみられていた。少女の年齢を考えても緊急性はそこまで高くなく、保護が最善とはやはり思えない。係長には家庭の背景や児相の支援方針を話した上で、「一時保護だけが児相の支援ではない。そのことを理解してほしい」と説得。係長も納得した。

思いは同じ


 ところが数カ月後、警察や児相関係者が集まる会議で、事件に関わった若手捜査員から「なぜ一時保護しなかったのですか」と声が上がった。「なんで今さら…」。驚いたが、捜査員は正義感から疑問を投げかけたにすぎない。現場で捜査する立場として、思うところがあったのだろう。

 警察も児相も子供を救いたいという思いは同じ。説明を尽くせば互いの方針を尊重し合えるとの実感もあるが、信頼感を両組織の隅々まで浸透させる難しさも痛感する。

 結局、内縁の夫は傷害容疑で書類送検された。「警察が事件化を通じて虐待抑止を図る効果はある」。佐藤さんはそう確信する一方、虐待を起こす家庭には必ず支援が必要だとも考える。「すぐに事件化すべきか、まずは支援を優先すべきか。警察と児相が組織の論理で別々に動くのではなく、2つの目線を踏まえた上で子供第一の判断をしなければならない」と話す。

 長期的な支援がなければ、事件化の抑止力も一時的なものにとどまってしまう。家庭への介入と支援は「両輪」。どちらも欠くことができない要素だが、両者の間にはときに想像以上のはざまが生じる。それを埋めることが子供を救う第一歩になる。(西山瑞穂、桑波田仰太、小松大騎が担当しました)




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