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「黒い雨」判決に関する論説(2020年7月31日)」

広島「黒い雨」判決/被爆者救済へ待ったなしだ(2020年7月31日配信『河北新報』-「社説」)

 広島原爆投下直後に降った「黒い雨」で健康被害を受けたのに、被爆者として援護対象にならなかったのは違法だとの住民の訴えが、司法の場で初めて認められた。

 被爆直後の調査に基づき、援護対象を画一的に線引きした国の認定方法を否定し、救済範囲を拡大する内容で、原告の全面勝訴といえる。国は司法判断の重みを受け止め、控訴しないよう広島市と広島県に働き掛けるべきだ。

 広島地裁は国の援護対象区域外で黒い雨を浴び、放射線による影響が疑われる病気を発症した原告全員を被爆者と認定。被爆者健康手帳を交付するよう市と県に命じた。

 被爆から間もなく75年。原告は同じような境遇にありながら、道路や川を隔てただけで被爆者として扱われず、差別にもさいなまれてきた。

 被爆者の平均年齢は83歳を超える。残された時間は少ない。国は救済を急ぐべきだ。

 原告は1945年8月6日の原爆投下時、生後4カ月~21歳だった広島県内の70~90代の84人。国が大雨が降ったと推定し、援護対象とした「特例区域」の外で黒い雨を浴びたり、放射能で汚染された水や作物を摂取したりし、がんや白内障を発症した。

 2015~18年に被爆者手帳の交付を申請したが、却下され、市と県に処分取り消しや手帳の交付を求め、15年以降、市と県を提訴した。国も訴訟に参加していた。

 最大の争点は、国の線引きが妥当かどうかだった。

 特例区域は原爆投下直後の調査を基に、爆心地から北西に長さ約19キロ、幅約11キロの大雨が降った範囲と区切った。

 判決は「混乱期に収集された乏しい資料に基づいた概括的な線引きにすぎない」と合理性を否定。「黒い雨は特例区域にとどまらず、より広範囲に降った」と判示した。

 区域内の人は無料で健康診断が受けられる。がんなど特定の疾病が見つかれば、被爆者援護法上の「被爆者」と認められ、手帳を取得できる。

 判決により原告は他の被爆者と同様、医療費の自己負担分がなくなり、各種手当が支給されることになる。

 もう一つの争点は、原告が被爆者援護法で定める被爆者に当たるかどうかだった。

 判決は、黒い雨は放射性微粒子を含み、影響は直接浴びただけでなく、混入した水を飲むなどし「内部被ばく」も想定できると踏み込んだ。原爆により特定の疾病を発症したと認め、被爆者に該当するとした。

 内部被ばくの影響は科学的に未解明な部分が多いとされるが、幅広い被害救済につながる判断である。

 被爆者援護法は、原爆による健康被害が被爆から数年経過後も生じる特殊性に鑑み、被害を受けた人を多様な側面から救済する目的で制定された。国は制定の趣旨に立ち戻り、早急に救済のあり方を見直すべきだ。



年筆ぐらいな太さの棒のような雨であった(2020年7月31日配信『河北新報』-「河北春秋」)

 「雷鳴を轟(とどろ)かせる黒雲が市街の方から押し寄せて、降ってくるのは万年筆ぐらいな太さの棒のような雨であった」。広島県生まれの作家井伏鱒二の名作『黒い雨』の一節はそう描写している

▼黒い雨は泥の跳ねのように衣服に残り、そこだけ布地が傷んでいた。手の汚れはせっけんで何度洗っても落ちない。そんな雨に打たれた主人公のめいの矢須子にはやがて原爆病の症状が-。被爆の悲惨と原爆への怒りが淡々とした描写ににじむ

▼投下直後、放射性物質を含んだ黒煙が舞い上がり、空気中の水滴と混ざった黒い雨は、市域と周辺を襲った。広島平和記念資料館の図録『ヒロシマを世界に』によると、ひどいやけどを負って水を欲し、口を開けて降る雨を飲んだ人もいた

▼29日、広島地裁が「黒い雨」訴訟で、原告側の主張通りに、被爆者と認定し被爆者健康手帳の交付を命じた。黒い雨を浴びた人を幅広く援護の対象とするのは国や自治体としての責務に違いない。地裁の判決は、当然のことを言ったまでだろう

▼「ピカドンにやられたのを、売りものにしておるような」という悪意に満ちたせりふが『黒い雨』に出てくる。その種の偏見や差別にも被爆者は長く苦しんできた。記憶にとどめたい事実だ。来週、広島は原爆投下から75年を迎える。



「黒い雨」訴訟判決 救済拡大にかじを切れ(2020年7月31日配信『茨城・佐賀新聞』-「論説」・『東奥日報)ー「時論」)
 
 広島への原爆投下後に降った「黒い雨」を浴び、健康被害を受けたにもかかわらず、被爆者健康手帳の申請を却下したのは違法と、住民84人が広島市や広島県に手帳交付を求めた訴訟の判決言い渡しが広島地裁であった。判決は全員を被爆者と認定し、手帳交付を命じた。黒い雨を巡る司法判断は初めて。原告側は控訴しないよう求めた。

 国は当時の気象台の調査を基に大雨が降ったと推定される区域に限り援護対象としてきたが、いずれの原告も区域外にいたため、被爆者と認められず、裁判ではこの線引きの当否や原告の被ばくの程度が争われた。判決は、乏しい資料を基にした線引きにすぎず、黒い雨はより広い範囲で降ったとの判断を示した。

 戦後の混乱期に設定された境界線の内と外で機械的に対応に差をつけてきた国の援護行政の在り方を厳しく問い、転換を迫ったといえる。もう一つの被爆地、長崎でも多くの人が指定地域の外にいたため援護対象とならず、手帳交付を求め裁判を続けており、今回の判決は追い風となろう。

 原爆投下から間もなく75年となる。黒い雨訴訟で被ばく被害を訴えている原告は70〜90代。提訴時の88人のうち既に16人が亡くなっており、救済のために残された時間は少なくなりつつある。国は被爆地の声に真摯(しんし)に耳を傾け、早急に救済拡大にかじを切るべきだ。

 被爆者援護法は「国の責任において、原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、被爆者に対する総合的な援護対策を講じる」と定めている。被爆者手帳の取得により医療費の自己負担分はなくなり、さまざまな手当も支給される。

 援護対象か否かの線引きは国が決め、県や市は国の法定受託事務として手帳の交付を行う。このため黒い雨訴訟は県や市が被告となり、国も参加する形で進められた。

 原告の被爆者認定を阻んだのは、原爆投下直後の気象台による調査を根拠に定められた「特例区域」だった。大雨が降ったと推定され、この区域に限り、がんなどの疾病があれば被爆者として手帳を交付する。だが原告は区域外。境界線から数十メートル離れているだけで援護対象から外された。

 県と市は2008年の調査で独自に降雨範囲を推定し、国に対し区域の拡大を求めているが、実現には至っていない。

 特例区域について、判決は「根拠とする調査は、原爆投下後の混乱期に限られた人手によって実施され、非常に乏しい資料しか入手できておらず、概括的な線引きにすぎない」と指摘。08年調査にも一定の信頼性を認めるなどし、雨はより広い範囲で降ったとした。

 また外部被ばくに加え、雨水が混入した井戸水や食物を取ったことによる内部被ばくの可能性にも言及。原告らの法定証言などに「不自然不合理な点はない」とし、黒い雨にさらされたと認められると結論付けた。

 時の流れにより資料が散逸したり、記憶が薄れたりして、被ばくと病気の因果関係を証明するのは難しくなっていく。「特殊の被害」に苦しむ人々を国が責任を持ち救済するという援護法の趣旨に立ち返り、機械的な線引きで救済から取り残されるような人をこれ以上増やしてはならない。



「黒い雨」判決 国は被害救済の道を開け(2020年7月31日配信『信濃毎日新聞』-「社説」)

 原爆の被害に遭った人たちを理不尽な線引きで分け隔てる国の援護行政に明確な「否」を突きつけた。長く置き去りにされてきた被害者の救済に道を開く画期的な司法判断である。

 広島に原爆が投下された直後に降った「黒い雨」をめぐる裁判だ。重い健康被害がありながら、援護対象の区域外だとして被爆者健康手帳の交付を受けられなかった住民84人が県と市に、申請を却下した処分の取り消しを求めた。

 広島地裁は判決で、黒い雨は国が定める区域より広い範囲で降ったと確実に認めることができると指摘。原告一人一人について、雨に遭った状況や健康状態を検討し、全員を被爆者と認定して、手帳の交付を県と市に命じた。

 健康手帳の交付は、被爆者援護法に基づく国からの受託事務で、県や市は独自の判断ができない。形として県と市を相手取った裁判だが、国の援護行政のあり方が正面から問われた。

 援護対象の区域を国が定めたのは1976年だ。原爆投下から間もない時期の調査で大雨が降ったとされる地域が指定され、「特例」として被害救済が図られた一方、区域外の人は取り残された。

 区域は以降、見直されていない。拡大を求める市と県の要請を政府は「科学的根拠がない」として拒んできたが、国の線引きそのものが根拠を欠く。判決は、混乱期の調査の範囲やデータには限界があるとして妥当性を否定した。

 その上で、原告の証言に不自然で不合理な点はなく、がんや白内障を発症していることと合わせ、援護法が定める被爆者に該当すると結論づけた。一律の線引きが被害者を切り捨ててきたことを踏まえ、被爆者認定の新たな枠組みを示す判断として評価できる。

 指定区域の外にいたことを理由に被爆者と認められない被害者がいるのは長崎も同じだ。「被爆体験者」として区別され、援護には大きな差がある。被害救済の責任を負う範囲を狭くとらえる国の姿勢があらわに見て取れる。

 戦後の講和条約で日本は米国への賠償請求権を放棄した。戦争被害の救済措置を取る責務が政府、国会にはある。原爆投下から75年。高齢の被害者がなお裁判で争わざるを得ない状況が続くのは政治の怠慢と言うほかない。

 国は判決を重く受けとめ、援護行政のあり方を根本から見直すべきだ。県と市も、国に強く働きかける必要がある。被爆者に、援護からも排除される苦しみを背負わせ続けてはならない。



「黒い雨」判決 被爆者救済の不備問うた(2020年7月31日配信『新潟日報』-「社説」)

 苦悩する住民の声にきちんと耳を傾け、実態に目を凝らした上で被爆者の救済を求めた。極めて妥当な判決だ。

 判決は、被爆者援護に関わる行政の在り方に対して疑問を投げ掛け、その不備を指摘したともいえる。被告の行政側は控訴せず、判決を救済拡大につなげてほしい。

 広島市への原爆投下直後に降った放射性物質を含んだ「黒い雨」を巡る訴訟で、広島地裁が29日、原告全員を被爆者と認め、被爆者健康手帳の交付を命じる判決を出した。黒い雨を巡っての初めての司法判断だ。

 訴訟は、黒い雨で健康被害を受けたのに、国の援護対象区域外であることを理由に手帳の交付申請を却下したのは違法として、広島県内の男女84人(死亡者を含む)と遺族が市と県に処分取り消しを求めていた。

 主な争点は、国が大雨が降ったと推定し援護対象とした「特例区域」の範囲の当否や、黒い雨により健康被害が出る程度の被ばくをしたかどうかだった。

 判決は、原爆投下直後の調査に基づいた特例区域について混乱期に収集された乏しい資料による「概括的な線引きにすぎない」とし、正確な降雨域を明らかにするのは困難とした。

 その上で原告側が提出した気象学者らの調査などから、黒い雨は「より広範囲で降った」と結論付けた。原爆投下の悲劇から75年となる節目で、国が40年以上続けてきた線引きの合理性が否定されたことになる。

 判決は被ばくの有無についても、原告の供述内容に不合理な点はないとし、提出された診断書などから「黒い雨の影響を受け、原爆による特定の病気にかかった」と認めた。

 被告側は「黒い雨による健康被害は科学的に証明されていない」と主張してきたが、判決はこれを退けた。

 特例区域の線引きが行われた当時の状況や原告一人一人の症状に目配りした上で導かれた判決は、説得力がある。

 実態が分からない放射線被害に苦しむ人々を救済する-被爆者援護法のこうした理念を尊重した判断でもあろう。

 行政側が被爆者認定の要件と主張してきた「科学的根拠」を否定した司法判断は、国に衝撃を与えたという。

 だが、必要なのは現行の被爆者援護行政が真に被爆者に寄り添ったものになっているかを見つめることだ。とりわけ国にそれを求めたい。

 広島県と広島市は「被爆者に寄り添う」とし、国に特例区域拡大を求めている。一方で国からの法定受託事務として手帳の交付審査を担当しているため原告らの申請を却下し、訴訟では被告となった。

 30日、原告団から控訴を断念するよう求められた広島市の担当者は「思いをしっかり受け止めて国と協議する」と答えた。

 被爆地の自治体が、意に反した住民対応を強いられるような状況はやはりおかしい。

 国は被爆地ともっと真摯(しんし)に向き合うべきだ。



「黒い雨」判決 国は被害者救済を急げ(2020年7月31日配信『京都新聞』-「社説」)

 広島市への原爆投下直後に放射性物質を含む「黒い雨」を浴びたのに、国の援護対象とならなかった人とその遺族84人による集団訴訟で、広島地裁が原告全員を被爆者と認める判決を出した。

 国は黒い雨が降ったと推定した爆心地北西側の範囲を援護対象となる「特例区域」としている。判決はこの線引きを否定し、区域外でも黒い雨の影響で原爆による特定の病気にかかった原告に被爆者健康手帳を交付するよう、広島市と広島県に命じた。

 線の内か外かで対象者を決めるのではなく、一人一人の体験と健康状態に基づく被害者救済を重視した判断といえる。国は判決を真摯(しんし)に受け止め、放射線被害の実態に即した救済を急がなければならない。

 黒い雨の降雨域を巡っては、1989年に気象学者が定説より4倍広かったとする調査結果を発表している。2010年には広島市などが市のほぼ全域と周辺部で降ったと試算し、特例区域を約5倍に広げるよう求めたが、国は科学的根拠がないとして、拡大に応じてこなかった。

 判決は国の特例区域を、被爆直後の混乱期に収集された乏しい資料に基づいており「概括的な線引きにすぎない」と指摘した。正確な降雨域を示すのは困難としながらも、より広範囲に雨が降った可能性は否定できないとした。

 区域の設定範囲はもとより、そもそも援護対象区域を設けることに妥当性があるのか、問題を投げかけたといえる。

 裁判では、原告らが黒い雨によって健康被害が出る程度の被ばくをしたかも争点になった。

 国側は、被ばくを裏付ける科学的根拠がないと主張したが、判決は、黒い雨が混入した井戸水や食物の摂取で内部被ばくが想定できると指摘し、被爆者援護法が定める3号被爆者に該当するとした。

 被爆者認定には一定の条件や合理的根拠が求められる。だが、要件を厳格に運用することで、長く援護の外に置かれてきた被害者がいることを国は認識すべきだ。

 原爆投下から75年となり、被爆者の高齢化が進んでいる。国から手帳の交付事務を受託している広島市と広島県は裁判で被告となったが、被爆地自治体として援護行政を担ってきた。裁判を長引かせないよう国に働きかけるべきだ。

 国も、放射線被害に苦しむ人々に寄り添う被爆者援護法の理念に立ち返り、幅広い救済につながる手だてを急ぎ講じる必要がある。



「黒い雨にうたれて」(2020年7月31日配信『神戸新聞』-「正平調」)

「はだしのゲン」の漫画家、中沢啓治さんは広島の原爆で父、姉、弟を亡くした。1966(昭和41)年の母の死後、原爆の非道を初めて漫画で訴える。「黒い雨にうたれて」である

◆「反米色が強い」と出版界が尻込みするなか、あるコミック誌での掲載が決まった。「CIA(米中央情報局)に捕まってもいい」との覚悟に、編集長がこたえてくれたという。「そのときは一緒に捕まろう」

◆被害の実相や悔しさをありのまま世に伝える。そのことにどれだけの勇気がいったか。中沢さんの挿話はきっと一つの例にすぎまい。「黒い雨にうたれた」「私も被爆者だ」。覚悟の訴えが報われる判決だろう

◆原爆投下直後に降った「黒い雨」をめぐる訴訟で、国の定めている区域外でも健康被害はあったとして、原告84人の救済を広島地裁が認めた。「ようやく…」という原告のうれし泣きに戦後75年の実感がこもる

◆どうしてだろう、漫画「黒い雨にうたれて」に雨の描写や説明は出てこない。「わしら原爆をうけた者は地獄だぜ」「真剣に考えてくれる奴がいるか 原爆の苦しみを」。あるのは怒り、悲しみのせりふである

◆差別も、そして無関心も被爆者を苦しめる“黒い雨”なんだ-中沢さんはそう伝えたかったのかもしれない。



「黒い雨」訴訟 被害者の広い救済へ進め(2020年7月31日配信『山陽新聞』-「社説」)

 被爆75年の節目で、ようやく救済の道が開けた。

 広島に原爆が投下された直後に降った放射性物質を含む「黒い雨」を浴びて健康被害を受けたとして、原告84人が広島県や広島市に被爆者健康手帳の交付などを求めた訴訟で、広島地裁は原告全員を被爆者と認めて手帳の交付を被告側に命じた。原告の全面勝訴と言えよう。

 黒い雨を巡る初の司法判断である。今後の援護行政にどう影響するか注目される。

 国は1976年に、爆心地北西に南北19キロ、東西11キロの楕円(だえん)形の範囲で大雨が降ったと推定し、援護対象の「特例区域」に指定。区域内で黒い雨を浴びた人は無料の健康診断が受けられ、放射線の影響を否定できない疾病があれば、医療費が原則無料の被爆者健康手帳が交付される。

 原告らは黒い雨を浴びるなどし、その後に手帳の交付対象となる疾病を発症したため交付を申請した。だが、場所が区域外だったとして却下されたことから、2015年以降、処分の取り消しを求める提訴が相次いだ。

 裁判で大きな争点になったのが、特例区域を定めた線引きの妥当性である。国が根拠に据えたのは、被爆直後の地元気象台技師らによる聞き取り調査だった。

 判決は、調査について「混乱期に収集された乏しい資料に基づいた概括的な線引きにすぎない」と妥当性を否定。正確な降雨域を示すのは困難としつつも、複数の専門家の意見や原告の供述を重んじて「黒い雨は特例区域外にも広範囲に降った」と認めた。

 その上で、診断書などから「原告らは黒い雨の影響を受け、原爆による病気発症が認められ、被爆者に該当する」との判断を示した。広く救済する被爆者援護法の理念を尊重した判断で評価できよう。

 被爆間もない時期に、わずかな人手によって行われた調査には限界があろう。その線引きに救済を阻まれてきた原告の無念さはいかばかりか。国は判決を重く受け止め改善すべきだ。

 援護の拡充を求める声に反し、特例区域の線引きが長年続いてきた要因には「科学的根拠」を条件にしてきた点が挙げられよう。援護の原資は税金のため、一定の条件が求められるのは分かる。だが、原爆投下から75年を迎える今となっては因果関係の証明が困難な問題も多い。科学的根拠を重視するあまり、必要な援護を怠ってはならない。

 県と市は裁判では被告となっているが、一方では独自の調査などを基に国に対して特例区域の拡大を要望してきた。これは被爆者健康手帳の交付業務を国から受託しているための“ねじれ現象”であり、複雑な思いだろう。

 原告の高齢化が進み、既に亡くなった人も多い。国は硬直的な対応を改め、県や市と歩調を合わせて控訴することなく、一刻も早く救済の手を差し伸べるよう求めたい。



「黒い雨」訴訟 被爆者救済へ対応を急ぐべきだ(2020年7月31日配信『愛媛新聞』-「社説」)

 広島市への原爆投下直後に降った放射性物質を含んだ「黒い雨」を巡る訴訟で、広島地裁は国が線引きした援護対象区域の妥当性を否定し、救済を拡大する判決を出した。

 黒い雨を浴びたのに区域外だったことを理由に被爆者健康手帳の交付申請を却下したのは違法として、84人と遺族が広島市と広島県に処分取り消しを求めていた。地裁は全員を被爆者と認定、手帳の交付を命じた。黒い雨の被害を巡る初めての司法判断で原告全面勝訴となった。

 被爆から間もなく75年。2015年から始まった裁判中に原告の10人以上が亡くなった。国は判決を重く受け止め、これ以上争うことなく救済を急ぐべきだ。

 最大の争点だったのは、援護対象区域の線引きの妥当性。国は1976年、爆心地から北西に長さ約19キロ、幅約11キロを被爆者援護法上の「特例区域」とした。その直後から起こった区域見直しを求める住民運動が訴訟の背景にある。原告側で爆心地から最も遠かったのは約30キロだが、区域の境から数十メートル離れただけの人もいる。

 県や市などは2010年、住民への調査を基に区域を現状の5~6倍に拡大するよう国に求めたが、厚生労働省の有識者検討会は12年、否定的な見解を示していた。

 判決では、区域設定の基となった原爆投下直後の気象台による調査は混乱期になされ、特に外縁部は非常に乏しい資料しかないと指摘。正確な降雨域を明らかにすることは困難とした上で、原告側が提出した気象学者らの調査などから、雨は特例区域にとどまるものではなく、より広い範囲に降ったと認めた。もっともな判断である。

 被ばくによる健康被害への影響も、争点だった。黒い雨には「放射性微粒子」が含まれ、直接浴びる外部被ばくの他、黒い雨が混入した井戸水や食物で内部被ばくが想定できると指摘。「黒い雨の影響を受け、原爆による特定の病気にかかった」とし、被爆者と認定した。放射線の影響の立証に、具体的な被ばく線量など科学的根拠まで求めず、原告一人一人の体験に基づいて実態に即した救済を重視した判決と評価できる。

 県と市は、被災自治体として「被爆者に寄り添う」と特例区域拡大を求めてきた一方、国からの法定受託事務として被爆者健康手帳の交付審査を実施しており、これまで原告らの申請を却下。そのため訴訟では被告となり原告と対峙、複雑な立場にある。判決後、菅義偉官房長官は特例区域を拡大する可能性について「県、市と協議して対応する」と述べるにとどまった。

 長崎でも、国が指定する地域外にいた「被爆体験者」らが、被爆者と認定するよう求めている。放射線被害に苦しむ人々を救済するという被爆者援護法の理念に立ち返り、国は救済の幅を広げるため一刻も早く対応すべきだ。



「黒い雨」原告勝訴 国は被爆者救済を広げよ(2020年7月31日配信『西日本新聞』-「社説」)

 広島原爆の「黒い雨」の被害を巡る初の司法判断である。被害を限定的に捉える国の線引きを明確に覆した。国はこれまでの被爆者援護政策を転換し、救済の範囲を広げるべきだ。

 広島への原爆投下直後に放射性物質を含んだ黒い雨を浴びたのに、国の援護対象区域外として被爆者健康手帳の交付を却下された人々が、その取り消しを広島県と広島市に求めた訴訟の判決である。広島地裁は原告84人全員の請求を認めた。

 争点は、黒い雨が降った範囲と、原告の健康被害は被爆に起因するのかどうか。国は黒い雨が1時間以上降ったとされる爆心地から北西に長さ約19キロ、幅約11キロを「特例区域」とし、被爆者健康手帳を交付している。交付されれば被爆者援護法により医療費が支援される。

 この特例区域を特定する調査は原爆投下後の混乱期に、数人の気象台技師らが住民の聞き取りを中心に実施した。ただ区域外でも雨を浴びたという証言があり、広島市も区域を拡大するよう国に求めている。

 今回の原告は区域外での黒い雨の影響により、原爆症に含まれる白内障やがんに苦しめられたとして提訴していた。

 判決は、原告提出の研究調査などから「黒い雨は特例区域にとどまらず、より広範囲で降ったと確実に認めることができる」と断じた。降雨時間の長短についても被爆者認定の基準とはなり得ないと踏み込んだ。さらに、黒い雨が混入した井戸水や食物の摂取で健康被害が起き得るとも指摘した。

 幼少期から今日まで疾病との闘いを強いられた人々の声に耳を傾け、被爆の実情を直視した画期的な判決と評価したい。

 被爆者救済の範囲を巡っては国が狭く捉え、司法が広げるという経緯が繰り返された。その流れに沿った判決だと言えるだろう。

 長崎原爆でも、同じように被爆者健康手帳の交付を求める「被爆体験者」と呼ばれる人々がいる。国が定めた被爆地域(南北12キロ、東西7キロ)の外側で原爆に遭い、被爆者と認められていない人々だ。地域拡大を求め提訴したが最高裁で敗訴が確定した。再提訴した原告が長崎地裁で争っている。

 被爆者援護法は前文で原爆を「比類のない破壊兵器」と位置付け、「放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、国の責任において援護対策を講じる」とうたっている。

 長崎も広島も被爆地域の線引きに科学的根拠は乏しい。戦後75年となる夏を迎えた。今なお苦しむ人々がいる現実に、国は向き合わなければならない。



「黒い雨」訴訟(2020年7月31日配信『長崎新聞』-「水や空」)

 専門用語が多用され、ひとつの文章が長々と続き、言い回しは不必要に古めかしく…裁判の判決文はひと昔前まで「悪文」のお手本として、しばしばやり玉に挙がることがあった。勝ったのか負けたのか分からん-取材で当事者の片方からそんな言葉を聞いたこともある

▲広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」による健康被害を巡り、国が線引きした援護区域の妥当性などが争われた裁判、一昨日の広島地裁判決は極めて明快だった

▲判決は、援護対象区域の設定を「混乱期の乏しい資料による概括的な線引きにすぎない」と素朴に疑い、この線引きが疑わしい以上、それに依拠してなされた被爆者手帳の不交付にも疑問が残る、だから処分は取り消す-と原告側の主張を自然な論理構成で認めた

▲「黒い雨による健康被害は科学的に証明されていない」との反論は「それは線の内側も同じ」と退けた。この言葉選びが適切かどうか、と迷いながら書くのだが、紛れもない“満額回答

”▲被爆地域を巡る裁判の悲しさは、それまで当事者と手を携えてエリアの拡大を要請してきた地元の県や市が被告席に座ることにもある。広島の被告は判決をどう聞いたか

▲原告の願いはおそらく一つだろう。〈控訴しません〉-文字で書けばたった6字の、政治の決断である。



「黒い雨」訴訟判決 早急な援護行政見直しを(2020年7月31日配信『熊本日日新聞』-「社説」)

 広島市への原爆投下直後に放射性物質を含む「黒い雨」を浴び、健康被害を受けたにもかかわらず、国が定めた援護対象区域の外にいたことを理由に被爆者健康手帳の申請が認められないのは違法とする訴えが、司法の場で初めて認められた。広島地裁が29日に下した判決で、原告84人全員を被爆者と認定し、広島県と広島市に、手帳の交付を命じた。

 不十分と指摘されてきた過去の調査に基づく対象区域の線引きにこだわり、専門家の新たな知見や個々の被爆体験を軽んじてきた援護行政の在り方を厳しく問い、見直しを迫るものだ。原爆投下から75年。被爆者の高齢化は進み、亡くなる人も増えている。被告側は控訴を見送り、全面救済の判決を確定させるべきだ。

 原告は70~90代の広島県の住民。1945年8月6日の原爆投下後、国が援護対象とした「特例区域」外で黒い雨を浴びたり、汚染された井戸水や農作物を摂取したりし、がんや白内障などを発症した。2015~18年に被爆者手帳を申請したが却下され、15年以降に相次いで提訴した。

 判決は、国が特例区域を設定する根拠とした気象台の調査について、原爆投下直後の混乱期に実施されており、特に外縁部のデータが乏しいと指摘。ほかの調査結果も検討し、雨はより広い範囲で降ったとの結論を導き出した。その上で各原告らの供述に不自然、不合理な点はなく、全員が黒い雨にさらされ被ばくしたと認定した。

 黒い雨が健康被害をもたらす過程では、直接浴びる外部被ばくだけでなく、汚染された飲食物を摂取する内部被ばくの可能性も加味して検討する必要があることも指摘。「黒い雨による健康被害を裏付ける科学的根拠がない」とする被告側の主張は、特例区域内においても具体的にその根拠が問われることはなかったとして退けた。

 全体に、実態が十分に分かっていない放射線被害に苦しむ人々をできる限り救済するという、被爆者援護法の理念を尊重した画期的な判断と言える。

 訴訟は、特例区域の見直しを求める40年以上にわたる住民運動の末に起こされた。判決が採用した区域外でも雨が降ったとする専門家の意見は、当初から証拠として示されていた。行政側は「苦しみや不安を理解してほしい」という住民の声に、誠実に耳を傾けてきただろうか。

 国はこれまでの姿勢を反省し、救済拡大へかじを切るべきだ。原告と同様の健康被害に苦しんでいる人がほかにいないか、対象の掘り起こしも進める必要がある。

 裁判の被告は、国の法定受託事務として被爆者手帳の交付審査を担う広島県と広島市である。両者はこれまで、被爆地の自治体として援護拡大を国に要望する一方で、国の基準に従って原告らの手帳申請を却下してきた。控訴を見送った上で、今後は被爆者の側に立ち、国の援護行政の早急な見直しに向け強く働き掛けてもらいたい。



[「黒い雨」判決] 被爆者援護の拡大急務(2020年7月31日配信『南日本新聞』-「社説」)

 広島への原爆投下直後に降った放射性物質を含む「黒い雨」を巡り広島地裁は、国の援護対象区域外で雨を浴び健康被害を訴えていた住民84人(死亡者含む)を被爆者と認め、広島県などに被爆者健康手帳の交付を命じた。

 黒い雨による被害を巡る初の司法判断である。国が40年以上続けてきた援護対象区域の線引きを否定し、被害者救済を広げる画期的な判断といえる。

 もう一つの被爆地、長崎でも国が指定する地域外にいたため援護対象とならなかった人たちが被爆者と認めるよう裁判を続けており、この判決は追い風になるだろう。

 被爆から間もなく75年となる。黒い雨訴訟で放射線被害を訴える原告は70~90代。提訴時の88人のうち既に亡くなった人も多く、救済のために残された時間は少なくなりつつある。

 国は判決を重く受け止め、置き去りにされた被爆者の救済を急ぐべきだ。

 国が援護対象とする「特例区域」は、当時の広島管区気象台の技師らが原爆投下の数カ月後に行った聞き取り調査で1時間以上雨が降ったと推定した区域に当たる。国は1976年、この区域内にいた人は無料で健康診断が受けられ、一定の疾患がある場合は被爆者健康手帳も取得できるとした。

 指定直後から区域外で雨を浴びたとする証言があり、見直しを求める住民運動が起こった。中には境界線から数十メートル離れていただけで、同じような疾患があっても手帳の交付が認められず、援護を得られない人もいる。

 判決は、特例区域は「混乱期に収集された乏しい資料」に基づく線引きで正確な降雨域を示すのは困難としつつも、複数の専門家の意見や原告供述から「より広範囲で降った」と認めた。

 国が主張する「科学的根拠」を否定する一方で、原告らの体験に基づき被害者救済を重視した。同じような被害に苦しみながら、わずかな区域の違いで援護の有無が生じた不公平を考えれば妥当な判断といえよう。

 57年施行の原爆医療法などを引き継ぐ被爆者援護法は、原爆による放射線の後遺症などが他の戦争被害と異なる「特殊な被害」であるとし、国の責任で援護対策を進めてきた。

 ただ、80年代以降は「科学的根拠」を援護拡充の条件としてきた。援護の原資は税金であり国民の理解を得るためだったが、線引きに重きを置いた結果、必要な人への援護が漏れたとすれば、本末転倒と言わざるを得ない。

 住民らは雨を浴びた「被爆」の記憶を何度も訴えてきた。2010年には広島市が約1500人分の面接調査などを基に特例区域を約5倍に広げるよう国に要望したがいれられなかった。

 国は被爆地の声に誠実に耳を傾けてきたのか。これまでの姿勢を問い直す必要がある。



「黒い雨」原告勝訴 援護対象拡大し救済急げ(2020年7月31日配信『琉球新報』-「社説」)

 被爆75年での被爆者認定は、あまりにも長すぎた。

 広島への原爆投下直後に放射性物質を含んだ「黒い雨」を浴びたのに、国の援護対象区域外だったことを理由に被爆者健康手帳の交付申請を却下したのは違法として、広島県内の84人が処分取り消しを求めた訴訟の判決で、広島地裁は原告全員を被爆者と認め、手帳の交付を命じた。

 被爆者は病気を抱え、高齢化も進んでいる。2015年11月の提訴から5年近くが経過し、原告のうち9人が死去している。原告全員の早期の援護適用はもちろんのこと、原告以外にも健康被害が生じている人はいるはずだ。国は黒い雨の被害範囲を直ちに拡大し、被爆者全ての救済を急がなければならない。

 原爆による放射性降下物は、投下の数十分後から数時間、爆心地やその周辺に雨などとともに降り注いだ。裁判は、原爆投下後に大雨が降ったと推定される「特例区域」の線引きの妥当性が大きな争点となっていた。
 特例区域は広島市中心部の爆心地から市北西部にかけて広がる長さ約19キロ、幅約11キロの楕(だ)円形の範囲だ。投下時にこの区域にいた人は無料で健康診断を受けられる。健康診断の結果、特定の11疾病を発症している人には被爆者健康手帳が交付され、医療給付の援護を受けられる。

 原告はがんや白内障など「原爆症」と認定され得る疾病を発症しているが、特例区域の境から数十メートル離れただけで被爆者健康手帳の交付申請が却下された人もいる。

 国が定めた範囲は、1945年8~12月に広島管区気象台(当時)の技師らが実施した聞き取り調査に基づいている。原爆投下直後の混乱期の調査であったことから、原告は降雨域の根拠として不十分さを主張してきた。

 広島市は2010年に、約1500人分の調査結果を基に降雨域は「市域のほぼ全域と周辺部」に及ぶと試算し、特例区域を約5倍に拡大するよう国に求めた。03年から8月6日の平和記念式典の平和宣言で、秋葉忠利前市長から現在の松井一実市長まで「黒い雨降雨地域を拡大するよう強く求める」と訴えを続けてきている。

 黒い雨を浴びながら被爆者と認められず、援護を受けられないままに命を落としていった多くの人がいたことを忘れてはならない。被爆地の声に向き合わず、救済を否定してきた国の責任は重い。

 広島地裁は「黒い雨は特例区域にとどまるものでなく、より広範囲で降った」と認め、黒い雨の被害範囲を巡る初の司法判断を示した。被爆者援護法の理念を尊重した判決として評価する。

 実質的な被告である国は全員救済の判決を真摯(しんし)に受け入れ、控訴を断念すべきだ。区域設定の妥当性を検証する実態調査を行うなど、特例区域の見直しに向けた法律の改正に今すぐ着手することだ。




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