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胸に迫る長い苦しみ(2019年6月29日配信『東京新聞』-「筆洗」)

 <羽あらば飛んで行きたや里の春>。家族が暮らすふるさとはすぐそこにあるのに、翼でもないと、土は踏めないだろう。嘆きを現在82歳の平得壮市(ひらえそういち)さんが詠んでいる。ハンセン病国立療養所の沖縄愛楽園に70年近く暮らす元患者だ。書きためた俳句と短歌が先日、『飛んで行きたや 沖縄愛楽園より』(コールサック社)として出版された

▼園で出会った妻は、二度中絶を強いられたという。その後生まれた2人の子は親せきに託した。一緒に住むことはできなかった。<子ありても共に暮らせぬ哀(かな)しみをこらえつつ妻は死出の旅へ行く>。亡くなった妻の無念も歌になっている

▼国の強制隔離政策がもたらした、患者と家族の離別の悲しみである。家族たちは、離れ離れの暮らしを強いられたうえに、いわれなき差別と偏見にさらされることもあった

▼元患者の家族500人以上が、国に謝罪と損害賠償を求めた集団訴訟で、熊本地裁は昨日、国の責任を認め、賠償を命じた。原告側の全面的な勝訴だろう

▼家族に患者がいると知られたことで、学校でいじめにあったり、職場でのうわさで仕事を辞めなければならなくなったり。会いたくても会えず、互いに助け合うことも難しかった人たちの歴史が、浮かび上がる

▼人知れずこぼす涙がどれほど多かったか。「飛んで行きたや」という無念も。胸に迫る長い苦しみである。

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〈慰霊碑の供花に飛び交う夏の蝶〉収載された作品は心に染み入るものが多いが、本句はとりわけ想像力を喚起する。何の慰霊碑なんだろう。だれの慰霊碑なんだろう。なぜ供花が行われたのか。供花は蜜のように甘い希望の喩えなのか。なぜ夏で、なぜ蝶なのだろう。無数の蝶か一匹の蝶か。瀕死の蝶か若々しい蝶か。蝶とは私なのか。作者は元ハンセン病患者で家族との隔離を国家権力によって余儀なくされたのだ……。(大城貞俊「解説」より)

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