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ハンセン病判決 国は家族の救済を急げ(2019年6月29日配信『徳島新聞』ー「社説」)

 国は判決を重く受け止め、救済へ道を開くべきだ。

 ハンセン病患者の隔離政策で、本人だけでなく家族も深刻な差別を受けたとして、元患者の家族561人が、国に損害賠償と謝罪を求めた集団訴訟の判決で、熊本地裁が原告の訴えを認めた。

 家族の差別被害を認定し、国に賠償を命じたのは初めてだ。画期的であり、高く評価したい。

 元患者本人の訴訟では、2001年の熊本地裁判決が隔離政策を違憲とし、補償制度が創設されたが、家族は対象外だった。

 弁護団は、家族への補償をハンセン病問題の「最後の課題」としていた。国は控訴していたずらに時間を費やすことなく、速やかに対処するよう求めたい。

 原告は全国に住む20~90代の男女である。隔離政策により婚約破棄や就職の拒否、一家離散に追い込まれるなどの被害に遭ったのに、国は対策を取らず平穏に暮らす権利が侵害されたとして、16年に提訴した。

 国側は、家族は隔離対象ではなく、差別や偏見を直接助長してはいないと反論。時効により、賠償請求権が消滅したとも主張していた。

 これに対し、地裁の判決は明快だった。隔離政策で家族も差別され、生涯にわたり回復困難な被害を受けたと認定。国が隔離政策をやめなかったことを違法とし、国会が1996年まで「らい予防法」を廃止しなかったのは立法不作為だと判断、時効成立の主張を退けた。

 そもそもハンセン病は感染力が極めて弱く、40年代には治療薬が開発されて完治するようになっていた。にもかかわらず、国は医学的な根拠もなく、07年から約90年にわたって隔離政策を続けてきた。断種・中絶手術も強制した。

 恐ろしい病気という誤った認識を国民に植え付けたのは、ほかならぬ国である。直接助長していなくても、家族の被害に責任があるとしたのは当然だろう。

 裁判で国は、差別や偏見は既に除去されたと主張したが、実態とかけ離れているのは明らかだ。それは、原告の大半が匿名にせざるを得なかったことからもうかがえる。

 福岡県の50代女性は「生き地獄の日々だった」と偏見に苦しんだ過去を忘れられず、今も周囲に父の病気を隠し続けている。「母やきょうだいに迷惑がかかる」と名前を伏せ、裁判所や原告集会に一度も足を運べていない。

 弁護団は、隠し通した事実が知られるのを恐れ、訴訟に加われなかった人は数千人に上るとの見

方を示している。

 原告らは「ハンセン病を知らないから怖がる。正しい知識を持ってほしい」と訴えた。国が賠償したからといって、根強い偏見がすぐになくなるわけではない。

 根絶するためには、私たち一人一人が、元患者や家族らの苦悩に真剣に向き合う必要がある。



多くは今も渦中にいる(2019年6月29日配信『徳島新聞』ー「鳴潮」)

 親が決めた相手と結納を交わした祝宴の日。昼下がり、女性はこっそりと自宅を抜け出し、示し合わせていた男性と逃げた。「好きで好きでたまらんかったんよ。一緒になれるなら、どんな苦労も背負い込むつもりでね」

 女性の家は四国の山中、地方の名家。男性はハンセン病の元患者だった。薄暗い納屋に潜んで半年。ようやく父親から許しが出たものの、病気に対して根強い差別のある土地柄で、男性の病気は町中に知られていた

 苦労は、それから始まった。半世紀以上も前のことである。嫌がらせのように、県庁の職員が家の消毒に来た。知人には縁を切られ、きょうだいの結婚は、破談になった

 結婚から11年目に子どもが生まれたが、娘と知った夫は「嫁のもらい手がない」と泣いた。学校に上がった娘は、同級生から付き合いを拒まれた

 「誰にも話せなかったのよ」と女性。初めて明かしてくれたのは2002年、ハンセン病国賠訴訟で元患者が勝訴した翌年だ。中学時代に父の病歴を知り、「結婚しない」と言い張っていた娘も良縁に恵まれた。孫も3人いる

 ハンセン病家族訴訟できのう、熊本地裁は国の責任を認め、賠償を命じた。家族も差別に苦しめられてきたのである。その苦労を思えば、当然だろう。女性のように過去を語れる人は少数派。多くは今も渦中にいる。




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Author:gogotamu2019
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