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消えゆく記憶/一人一人が語り継ぐ者として(2020年8月16日配信『神戸新聞』-「社説」)

キャプチャ
戦場体験者と語るウェブ茶話会

 戦後75年という年月が突きつけるのは、戦争を実体験として語れる世代が年老い、いなくなる時代がすぐそこまで来たという現実である。

 語り継がれてきた戦争の記憶が途切れた時、この国はどこへ向かうのか。残された時間で、体験者から何を受け取り、さらに次の世代にどう伝えるかが問われている。

 「戦争体験」を歴史に封じ込めてしまうのではなく、今を生きる自分たちの問題として未来につなぐ。そのための新たな試みを考えたい。

    ◇

 この夏、戦争体験者の話を直接聞くことができる行事の多くが、新型コロナウイルスの感染拡大によって中止や延期、縮小を余儀なくされた。戦争に関する資料を展示する各地の施設も、緊急事態宣言に伴う休館や団体予約のキャンセルなどで入場者が減り、打撃を受けた。

 共同通信が5月、全国の被爆者に行ったアンケートでは、継承活動をしていなかったり、減らしたりしている人が計8割近くに上った。体力減退や感染リスクの懸念に加え、幼い頃で記憶にない、親に聞いた話では実際の悲惨さを語れない、といった記述が目立ち、語り継ぐことをためらう人が多くなっている。

 ただ、体験者の高齢化や平和学習の停滞は以前からの課題だった。コロナ禍はそれを加速させたにすぎない。体験に頼った記憶の継承はいや応なく変化を迫られている。

広がるオンライン化

 「戦場体験放映保存の会」(東京)は元兵士らの戦場体験を動画などで記録、公開している。2004年の設立以来、約1800の証言を集めた。体験者と若い世代が膝詰めで語り合う「茶話会」にも、今年初めてウェブ会議システムを導入した。

 8月前半には4人が登場した。1944年、フィリピン・ルソン島で従軍し、砲撃戦で負傷した男性(97)は「飢えは砲弾より怖かった」と振り返った。旧満州で逃避行中の日本人が終戦前日にソ連軍戦車部隊に襲撃された「葛根廟(かっこんびょう)事件」の生存者の男性(84)は、母が妹を手にかけたつらい記憶も隠さず語った。

 パソコン画面上でも、体験者でなければ語れない言葉の重みに変わりはない。国内外どこにいても、関心さえあれば貴重な証言に触れられる環境整備は、今までにない開かれた語りの場を生む可能性がある。

 「話し手の層が広がった」と同会事務局次長の田所智子さん(54)=神戸市生まれ。遠隔地や高齢で会場に足を運びにくい人にも登場してもらえた。戦争の実相を知る上で、当時の年齢や立場が異なる人から多角的に証言を聞くことは重要だ。

 1970年代に広がった空襲記録運動を原点とする「東京大空襲・戦災資料センター」(東京都江東区)は、毎夏恒例の体験者の講話をオンラインで試みた。学芸員の比江島大和(ひろと)さん(38)は「聞く人の顔を見て語りたい」という体験者の強い思いにどう応えるかを模索する。

世代を超えた対話を

 語り継ぐという作業は、他者に伝わっている実感があってこそ成り立つ。聞いた人がどう受け止めたかを目に見える形で返すなど、語り手を孤立させない仕組みが欠かせない。

 誰が戦争を望んだのか。なぜ止められなかったのか。戦争を知らない世代だけでなく、多くの体験者もまた、重い問いを抱えて語り続けてきた。証言を起点に疑問をぶつけ合い答えに迫っていく、世代を超えた深い対話の場を生み出す必要がある。

 受け手への影響は見通せない。対面では気後れする人もオンラインなら気軽にアクセスできる。半面、関心を持たない人には素通りされてしまう恐れがある。認知度を高める工夫と伝わり方の検証が必要だ。

 消えゆくのは体験者の言葉だけではない。保存が難しくなった戦争遺跡や資料をデジタル化し、後世に託す取り組みも各地で進む。

 一人一人が語り継ぐ者として身近な体験者から話を聞き、今の自分と世相に置き換えて考えてみる。今だからできることを積み重ね、次の語り手を育てていきたい。




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Author:gogotamu2019
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