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政権の歴史認識 浅薄な地金が出てきた(2020年8月18日配信『信濃毎日新聞』-「社説」)

 「二度と繰り返さない」。そう強調するなら、なぜ止めることができなかったかを謙虚に振り返り、国民に語りかけるのがあるべき姿ではないのか。

 終戦の日の全国戦没者追悼式で安倍晋三首相が述べた式辞から、歴史と向き合う趣旨の文言が消えた。昨年までは「歴史の教訓を深く胸に刻み」といった表現を用い、形だけでも触れていた。

 戦後75年を経て、戦争を直接体験した世代の多くが世を去り、歴史をどう語り継いでいくかが問われる節目の年の式辞だった。

 300万人を超える国民が犠牲となり、諸外国に甚大な被害をもたらした戦争だ。その原因や責任について、首相はこれまで、十分に語ってきただろうか。

 歴史関連の文言を残してきたのは本意ではなかったのだろう。政権の体力が衰え、語る言葉を持ち合わせていない浅薄な地金が出てきた。それが実態ではないか。支持基盤である保守層へのアピールを優先したとも受け取れる。

 引き換えのように盛り込まれたのが「積極的平和主義」という言葉だ。米軍と自衛隊の一体化を進め、海外にも派遣する政府の安全保障政策のうたい文句である。

 政権はこの夏、配備計画を断念した地上イージスに代わる防衛策として、敵基地攻撃能力の保有に向けた検討も始めた。戦争体験者の間には「専守防衛からかけ離れている」との危機感が募る。

 首相は2015年の戦後70年談話で近隣諸国との「未来志向」の関係構築をうたった。その後深まったのは米国追従姿勢だけだ。

 未来志向の趣旨は今回も強調した。実際は、歴史認識を共有する努力を諦めている、ということではないか。それで近隣諸国の理解を得ることはできない。

 同じ日に閣僚4人が靖国神社を参拝した。現職閣僚の参拝は4年ぶりで、安倍首相と思想信条が近い側近が目立った。

 靖国神社は戦時中、戦死者を神として祭ることで戦意高揚を図り、国民を戦争に動員する役割を果たしてきた存在である。戦後になって、戦争を指導したA級戦犯も一緒に祭られた。

 同じことを繰り返すことのないよう、憲法には政教分離が定められた。そこに政権の中枢を担う現職閣僚が参拝することは、看過できるものではない。

 「戦没者に哀悼の誠をささげるのは当然」。閣僚からはそんな反論が聞かれる。これも、戦争責任を次世代につなぐ意思の感じられない浅薄な歴史認識である。




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