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絵本『かわいそうなぞう』の真実 「猛獣処分」考(1)((2020年8月24日配信『共同通信』)

絵本『かわいそうなぞう』の真実 「猛獣処分」考(1)

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戦争中、上野動物園で三頭のゾウが殺されました。これは本当にあった悲しいお話です。毎年終戦記念日に評論家の秋山ちえ子氏が平和への願いをこめてラジオで朗読し、テレビでも紹介された名作

空襲はなかった。なぜゾウは殺されたのか



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東京・上野動物園で戦時中に殺害されたライオンの雌雄のはく製やゾウの牙(右)。東京の江戸東京博物館で2006年に展示された
 太平洋戦争中の上野動物園におけるゾウ殺害の悲劇を描いた絵本『かわいそうなぞう』(土家由岐雄作、金の星社刊)は、評論家の秋山ちえ子(故人)が毎年8月15日に、TBSラジオで朗読していたことでも知られる。文庫版などを合わせ、累計157万部を超えるロングセラーである。

 反戦童話の名作とされ、一般に実話と信じられている。出版社のホームページも「これは本当にあった悲しいお話です」と紹介するが、物語には重要な部分で史実と異なる内容がある。戦後75年、この作品をもとに、わたしたちは史実とどう向き合うべきか、考えたい。 (本稿は4回続き、47NEWS編集部・共同通信=佐々木央)

 ■他に取るべき手段はなかったか

 戦時下、各地の動物園で飼育動物を殺害したいわゆる「猛獣処分」は、絵本が素材とする上野動物園のそれが最初である。1943年8月から9月にかけてのことだった。そのころの東京のありさまを、絵本はこう描写する。

 ―せんそうが だんだん はげしくなって、とうきょうの まちには、まいにち まいばん、ばくだんが あめのように ふりおとされて きました―

 史実をみる。東京への初空襲は42年4月18日、いわゆる「ドーリットル空襲」である。これは一種の奇襲であり、44年11月24日に次の空襲が行われるまで、東京には本格的な空襲はなかった。この史実との重要な齟齬は、児童文学評論家の長谷川潮が81年に『季刊児童文学批評』創刊号で指摘した。

 大量の動物殺害は、東京の空がまだ平穏なときに実行されたことになる。しかし、絵本は史実に反する切迫した状況を前提として、次のように続ける。

 ―その ばくだんが、もしも、どうぶつえんに おちたら、どうなる ことでしょう。おりが こわされて、 おそろしい どうぶつたちが まちへ あばれだしたら、たいへんなことに なります。そこで、ライオンも、トラも、ヒョウも、クマも、ダイジャも、どくを のませて ころしたのです―

 檻が壊れて動物たちが逃げ出したら大変なことになる。それが動物殺害の理由だという。「たいへんなことになる」から「ころした」の間には「そこで」という接続詞だけが置かれた。誰が、どう考えてそう決めたのか、分からない。

 「大変なことになるから殺す」という論理は、説明する必要がないほど、当たり前のことだろうか。前提の状況が異なるなら、殺害の決定と実行は合理性を失い、違法性さえ帯びるのではないか。まだまだ余裕があるなら、いきなり殺してしまうのでなく、もっと穏やかに、動物の命を大切にした措置を、先に検討するべきだろう。

 例えば、檻や獣舎の耐久性を上げる工事をすること、あらかじめ首都から動物たちを避難(疎開)させておくこと。実際に、それより後には、人間の子どもを対象にした「学童疎開」が広く行われた。

 ■ 疎開計画は直前で中止


 上野動物園の人たちの名誉のためにいえば、命令を受けた後、彼らはゾウの疎開を試みた。絵本もそれに触れている。3頭いたゾウのうち、オスのゾウ・ジョンを餓死させたという記述の後に、次のように説明する。

 ―つづいて、トンキーと、ワンリーの ばんです。この 二とうのぞうは、いつも、かわいい めを じっと みはった、こころの やさしい ぞうでした。ですから、どうぶつえんの ひとたちは、この二とうを、なんとかして たすけたいと かんがえて、とおい せんだいの どうぶつえんへ、おくることにきめました―


 1982年に刊行された『上野動物園百年史』によれば、このとき仙台動物園にゾウ1頭(筆者注・絵本のいう「2頭」ではない)を疎開させる話がまとまり、東京の田端駅と交渉して、田端から仙台までの運搬費まで決めていた。だが、計画は頓挫する。絵本はこの間のいきさつをこう記述する。

 ―けれども、せんだいの まちに ばくだんがおとされたら どうなる ことでしょう。せんだいの まちへ、ぞうが あばれでたら、とうきょうの ひとたちが いくら ごめんさいと あやまっても、もうだめです。そこで、やはり、うえのの どうぶつえんで ころすことに なりました―

 仙台も空襲を受ける可能性があることは、もともと分かっていたことだ。それでも疎開を進めていたのに、なぜ移送直前に改めてそれを考慮し、断念しなければならなかったのか。不自然さが際立つ。

 ■「軍部が命じた」という虚偽

 わたしたちは絵本が描くストーリーのように「戦争がゾウを殺した」とか「空襲がゾウ殺しを不可避にした」と信じがちだが、事実はそれほど図式的でも抽象的でもない。具体的な場面では、そこに人間がいて、感情を持ち、思考し、判断している。

 上野の動物殺害の場合であれば、誰かがその計画を立てて、動物園の人たちに実行させた。動物殺害の張本人ともいうべきその人は、殺害にこだわり、ゾウの仙台への疎開も、断じて許さなかった。

 同じ戦時下の日本でも、ゾウの殺害を回避した動物園があった。名古屋の東山動物園(現在の東山動植物園)では2頭のゾウが生きのび、戦後、ゾウに会いたいと望んだ子どもたちのために、各地から名古屋に向けて、特別列車が走った。「ぞうれっしゃがやってきた」という絵本で知られている。

 猛獣処分は、軍部が命令したと広く信じられている。絵本『かわいそうなぞう』は書いていないが、文庫版と英訳版はそう記している。しかし、軍部が一律に命令を出したとすれば、東山のような延命はあり得なかったのではないか。 

 組織論として言えば、外国との戦争遂行を任務とする軍隊が、民生の範疇にある動物園に直接、命令を出すとは考えられない。いくら戦争中とはいえ、それでは指揮命令の系統がめちゃくちゃである。

 上野の動物殺しの場合、それを決定し命令したのは、初代の東京都長官(今の都知事)、大達茂雄(おおだち・しげお)であった。大達とは何者か。何を意図したのか。

 動物園からの脱走による被害や混乱の防止は、大達の真の目的ではなかった。動物の疎開ではなく、殺害しなければ達成されない目的があったのだ。



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絵本『かわいそうなぞう』の空白 「猛獣処分」考(2)➡ここをクリック


絵本『かわいそうなぞう』の深層意識 「猛獣処分」考(3)➡ここをクリック






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