FC2ブログ

記事一覧

人間の持つ無限の可能性(2020年9月5日配信『新潟日報』-「日報抄」)

▼「できるわけない」とやけを起こす娘に、「鬼」になると誓った母は口や舌先で針穴の位置を確かめなさいと叱り、「おまえの目は体全部だ」と諭す。視覚障害を他の感覚で補うよう努力を求める、物語を象徴する場面だ

▼6月の小欄で、真っ暗な中、上越市高田地区の雁木(がんぎ)通りを歩いていたら、石畳のでこぼこに何度も転びそうになったと書いた。瞽女はこのでこぼこを感じて、どの辺りを歩いているのか知ったという。足が目の代わりをしていたようなものだ

注;雁木(がんぎ)=間口が狭く、奥行きが広い「町家造り」の家の前に出した庇(ひさし)の呼び名。雁木通りは、道路沿いの家々が庇を伸ばして冬の積雪時の道路を確保する雪国の暮らしの知恵で、江戸時代前期から整備され、かつては日本海側の諸都市で見られたが、明治以降は減少した。
 城下町の高田地区には、現在も雁木が残っており、その長さは日本一と言われている。


キャプチャ

新潟観光ナビ➡ここをクリック

注;瞽女(ごぜ)=三味線(しゃみせん)をひき歌をうたったりして、銭を乞(こ)い歩いた、盲目の女。

キャプチャ2

瞽女ミュージアム高田➡ここをクリック

▼シェークスピアの悲劇「リア王」(福田恆存訳)に登場するグロスター伯爵は息子エドマンドの策謀によって両眼を失う。荒野をさまよい、こうつぶやく。〈この俺に行くべき道などあるものか、それなら目は要らぬ、俺は目が見えた時には、よくつまずいたものだ〉

▼目の前の事柄に注意を集中するあまり、周囲が見えなくなる。誰でも、こんな経験をしたことがあるのではないか。伯爵は続ける。〈人間、有るものに頼れば隙が生じる、失えば、かえってそれが強みになるものなのだ〉

▼障害者にしか分からない苦労は、もちろんある。それでも、厳しい修業に打ち込んだ瞽女の生きざまを知ったり、パラリンピックを目指すアスリートを見たりしていると、人間の持つ無限の可能性に、あらためて気付く。




スポンサーサイト



プロフィール

gogotamu2019

Author:gogotamu2019
障害福祉・政治・平和問題の最新ニュース・論説紹介

最新記事

カテゴリ