FC2ブログ

記事一覧

長い歩みに敬いの一筆(2020年9月10日配信『神戸新聞』-「正平調」)

 愛する家族を失った人に掛けてはいけない言葉がいくつかある。たとえば「がんばろう」や「早く元気になって」。本人はずっとがんばっているし、安易な励ましはむしろ反発を招く

◆悲しみの底にいる人がありがたいのは、黙って話を聞いてくれること。あるいは、道で出会っても何も言わず深々とお辞儀をしてくれるだけで、いたわりの気持ちを感じる。細やかな気配りに勝るものはない

◆「死の哲学」「死生学」を説き続けたアルフォンス・デーケンさんの本で教わった話だ。共感する人たちの「生と死を考える会」は兵庫など全国各地にある。しかしもう一度話をと願っても、残念ながらあの声はもう聞けない。このほど88歳で亡くなった

◆カトリックの司祭で、61年前に来日し、上智大学で長く教えた。死を見つめることはどう生きるかを考えること。終末期医療をもっと大事に。つらい体験はだれかのために役立てたい。そんな主張が印象深い

◆重苦しくなりがちなテーマも、ユーモアにくるみ、巧みな日本語で話しかけた。場をなごませるデーケン流話術だ。1時間半の講演で聴衆は何回笑ったか、数えた人がいた。61回だったとか。ほほえんで楽しく人生を生きる。持論を実践が裏打ちしていた

◆長い歩みに敬いの一筆。



「死への準備教育」(2020年9月10日配信『産経新聞』ー「産経抄」)

 上智大学で長年教壇に立ってきたから、卒業生によく披露宴のスピーチを頼まれた。結婚式が近づくと、2人そろって「お願いがあります」と言ってくる。「田舎から親戚のお年寄りが来ます。私たちが先生の死の哲学を受講していたとは言わないでください」。

 ▼カトリック司祭のアルフォンス・デーケンさんは、「死への準備教育」の必要を唱え、ホスピスの普及に努めてきた。死について語るのをタブー視しがちな、日本社会の現状を嘆いていた。ただし常にユーモアを忘れない。

 ▼北ドイツで生まれ育った。8歳のとき、白血病の妹を自宅でみとった。妹は家族に「天国で会いましょう」と言い残して息を引き取った。当時は第二次世界大戦のまっただなか、前日の午後に学校で別れたばかりの級友が、翌朝には焼死体になっていたこともある。

 ▼反ナチ運動にかかわっていた祖父は、白旗を持って連合軍を迎えたにもかかわらず、デーケンさんの目の前で連合軍の兵士に射殺された。過酷な戦争体験が後年、死生学につながっていく。

 ▼もっとも直接のきっかけとなったのは、大学時代に病院でボランティアをしていた際の体験である。東ドイツから亡命してきた末期がん患者の付き添いを頼まれた。まだ意識のはっきりしている患者に何を話しかければいいのか、途方にくれた。ただ祈るしかなかったデーケンさんは、「死の哲学」の追究を生涯の仕事にすると決めた。

 ▼少年時代に長崎の殉教者についてドイツ語で書かれた本を読み、日本に興味を持った。「日本人は偉い。私にはデーケンと感じました」。あるインタビューで語っている。「日本に骨を埋(うず)めます」。その言葉通り今月6日、東京都内の修道院で、88年の生涯を終えた。





スポンサーサイト



プロフィール

gogotamu2019

Author:gogotamu2019
障害福祉・政治・平和問題の最新ニュース・論説紹介

最新記事

カテゴリ