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週のはじめに考える 教訓は正しかったのか(2020年9月13日配信『東京新聞』ー「社説」)

 その日のことは外交官も研究者も予想できませんでした。

 1990年8月2日。イラクが隣国クウェートに侵攻しました。湾岸危機の始まりです。今年はそれから30年に当たります。

◆想定外の湾岸危機発生

 侵攻の四日前、クウェートの日本大使館では夏祭りが開かれていました。日本だけが疎かったのではありません。侵攻当日、イラク駐在の米国大使は休暇で出国していました。イラク軍は居座り続けますが、翌年1月には米軍が主力の多国籍軍との間で湾岸戦争が起きると、すぐに敗北します。

 湾岸危機と湾岸戦争は何を残したのでしょう。いまも尾を引いているようです。アラブ世界は深い混迷に陥り、日本でも戦後堅持されていた「専守防衛」原則が風化していく契機になりました。

 危機や戦争の原因に当時、イラクの指導者だったサダム・フセイン大統領の野心があったことは疑いありません。でも、それだけではなかった。イラクは疲れ果てていました。88年まで8年間続いたイラン・イラク戦争のためです。イラクには体を張り、革命イランの脅威から湾岸産油国を守ったという自負がありました。

 体力を戻すため、輸出産品の主力である原油価格を上げ、もらった戦費も寄付扱いにしてほしい。イラクはそう周囲の湾岸産油国に頼みました。ところがクウェートは冷淡に対応し、イラクは「恩知らず」とキレたのです。

 アラブ世界には当初、この問題を仲間内で解決するという機運がありました。第1次世界大戦を機に、西欧により分断された地域の統合を目指す「アラブは一つ」という標語がまだ生きていました。水面下では足を蹴り合っていたものの、共有する「パレスチナの大義」という絆も重かったのです。

◆アラブ世界混迷の起点

 しかし、この機運は吹き飛びます。冷戦が終結していたのです。それまでソ連は一貫してアラブ寄りでした。米ソの力の均衡があってはじめて、アラブの域内解決は成立します。ところが、米国一強の時代が到来していました。

 「もう守ってやれない」。ソ連からそう聞かされたシリアは多国籍軍に身を寄せます。一方「パレスチナへの占領は見過ごすのにイラクには武力行使か」と国際社会の二重基準をなじるイラクの宣伝はアラブ民衆の心をつかみ、パレスチナ解放機構(PLO)などはイラク側につきます。「アラブは一つ」は崩れてしまいました。

 湾岸戦争の結果「負け組」のPLOは米国主導の和平にすがるしかなくなり、パレスチナの大義は雲散しました。他方、イスラム聖地防衛が国是のサウジアラビアに異教徒の米軍が駐留しました。この祖国の判断に憤ったのが武闘派組織アルカイダの指導者、ウサマ・ビンラディン容疑者でした。

 10年後、アルカイダは米中枢同時テロ事件を起こし、それがイラク戦争を招き、その戦後処理の過程で過激派組織「イスラム国」(IS)が生まれ…と、アラブ世界は流転していきます。その起点に湾岸危機があったのです。

 一方、この危機は日本も巻き込みました。開戦前に解放されたものの、一時は約400人の邦人がイラクの「人質」にされました。

◆トラウマで自衛隊派遣

 でも、より深刻な影響は停戦後にやってきたのです。日本は多国籍軍に約130億ドル(当時で約1兆5500億円)も支援したのに、戦後、クウェート政府が米紙に出した支援国向けの感謝広告に日本の名はありませんでした。

 後にクウェート側に意図はなかったと分かるのですが「カネだけ出し、人を出さないことを批判された」という「湾岸トラウマ(心的外傷)」は、それまでタブーだった自衛隊の海外派遣に道を開きます。湾岸戦争直後のペルシャ湾での機雷掃海、それが国連平和維持活動(PKO)への参加になります。さらにアフガニスタン、イラク両戦争に特措法で関与し、2015年には憲法解釈変更で集団的自衛権の行使を解禁する安全保障関連法が成立しました。

 自衛隊派遣に積極的な人たちは湾岸危機、湾岸戦争の「教訓」を生かし、日本の安全と国際的な責務を果たすためだと説きます。でも、このころからアラブ世界でも日本人を対象にしたテロ事件が増えていきます。中東外交での日本の独自性も薄まりました。

 湾岸危機の際、人質になった日本人に死傷者はなく、西側諸国の中でもイラク人から最も情報が集まったといわれます。平和主義に基づく草の根外交の成果でした。

 軍備や諜報(ちょうほう)網は命綱になりません。それが最強の米国ですらクウェート侵攻を予想できず、イラク戦争後は泥沼にはまりました。湾岸危機の教訓とは何だったのか。中東の混迷が深まる中、日本も再考すべき時期を迎えています。




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Author:gogotamu2019
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