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ハンセン病の悲しい史実(2020年9月16日配信『佐賀新聞』-「有明抄」)

 さだまさしさん原作の映画「眉山(びざん)」で、末期がんの母親が自分の遺体を大学に「献体」する。若い医師が育つ陰に、死してなお、後世に役立ちたいという崇高な精神を持つ人がいることを忘れてはならない。ただ、本人の遺志に加え、遺族が同意しないと献体されない。それほど人の死は厳粛である

◆だが、この人たちはどうだったのだろう。国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園(けいふうえん)」(熊本県合志市)の入所者のうち、400人近くの遺体が解剖されていたことが分かった

◆らい菌が原因のハンセン病は、完治する病気なのに忌み嫌われた。日本では長く隔離政策がとられ、差別と偏見を生んだ。遺体の解剖にはどんな経緯があったのだろう

◆人は自分と違う人間を警戒し、攻撃してしまう傾向がある。それが世界で分断を生み出す原因の一つになっている気がする。米国でも黒人への人種差別がやむことはない。全米オープンテニスで優勝した大坂なおみ選手は人種差別被害者の氏名を記したマスクをつけ、「あなたは私のメッセージをどう理解するか」と投げかけた

◆差別や偏見をなくすためには学ぶことや、理解しようとする努力が必要だ。人は間違うこともあるが、間違いに気づくこともできる。生まれながらの差別者はいないはず。ハンセン病史にまた一つ加わった悲しい事実が、そう訴える。



ハンセン病遺体解剖 人命軽視の原因究明を(2020年9月16日配信『琉球新報』-「社説」)

 熊本県の国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」で1911~65年に亡くなった入所者のうち、少なくとも389人の遺体が解剖されていたことが明らかになった。

 医学研究の名目で「解剖願」(同意書)を入所者から取るよう求めた時期があったことも判明した。説明が尽くされた上で入所者が「献体」に応じたのか。記録が少ない事情もあり、判然としないが、意思に反して応じた人がいたことは否定できない。

 ハンセン病など感染症が偏見、差別と結びつき、人命と人権を軽視してきた歴史がまた一つ明らかになったのである。非道がまかり通ったのはなぜか。不本意な「献体」を余儀なくされた原因を究明すべきだ。

 同園が14日に明らかにした調査報告書によれば、死亡した入所者約2400人のうち、解剖された389人の身元が特定されたという。身元が特定できない人を含めると、解剖遺体は計479体に上る。入所者とは確認できない乳児や、死産の赤ちゃんも含まれている。遺体を解剖したのは、恵楓園で勤務していた医師や、熊本大医学部の前身の熊本医科大の医師らだ。

 今回の調査は熊本医科大で昭和初期に43人の遺体を解剖し、20体の骨格標本を作製していたことが2013年に判明したことを受けて実施されてきた。園の調査委員会は全容解明のため、園内に残る複数の資料を突き合わせるなどして報告をまとめた。

 報告書には、36年12月の時点で、入所者全員に解剖同意書を提出させるとの内規文書も確認されたとある。あらかじめ同意書が準備され、提出させていたとすれば、入所者の意思は、はなから尊重されていなかったのではないか。解剖された人々の名簿もない。解剖の記録もメモ書き程度がわずかに残っているだけというから、入所者の人権がいかに粗末に扱われていたかを物語っている。

 県内でも入所者の証言で痛ましい記録の数々が残されてきた。ホルマリン漬けにされた胎児の標本、入所者女性への強制不妊、男性への強制断種の記憶が伝えられている。

 強制堕胎の証言も残る。母親から生きて産まれた胎児を医療者が体重計の皿の上に放置して死なせた証言も入所者から伝えられている。

 ノルウェーの医師が発見したハンセン病は43年に米国で治療薬が開発され、治る病気となった。治療法が確立された後も差別と人権侵害は続いた。感染力が弱い感染症だったにもかかわらず、96年に「らい予防法」が廃止されるまで隔離政策も続いた。

 死してなお、自らの身体でさえ自由にならなかった人がいたとすれば、これほどの不幸はない。残された家族たちの悲哀は計り知れない。こうしたすさんだ社会を再来させず、決別するためにも、問題に向き合い、個人の尊厳に深く思いを致したい。




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