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国勢調査に関するコラム(2020年9月18日)

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♪ぬしはわがまま、わたしはきまま 国勢調査はありのまま(2020年9月18日配信『産経新聞』-「主張」)

《申告義務者(まうしいでをすべきひと)は、誠実(しやうぢき)に申告(まうしいで)を為(な)し、奮(ふるつ)てこの文明的国家事業(ひらけたくにのしごと)に協力(ちからをあは)せらるべし》。100年前の大正9(1920)年10月1日に実施された第1回国勢調査の調査票から引用した。ふりがなに注目していただきたい。難しい漢語をやまとことばに置き換え、誰でも理解できるよう工夫されている。世が世ならばお殿様だった柳澤保恵(やすとし)伯爵が発案した。統計学者としても知られる。

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柳澤(やなぎさわ)保恵(やすとし)=(1871~1936)
 明治3年 (1871 年)旧黒川藩主(越後国蒲原郡黒川(現在の新潟県胎内市黒川))・柳澤光昭の次男として生まれる。明治 19 年宗家の伯爵・柳澤保申の嗣となり、明治 26 年襲爵。明治 27 年学習院大学科を卒業3し、宮内省留学生としてベルリン大学・ストラスブルグ大学、ウィーン大学などで主に統計学を学ぶ。明治 33 年帰国後、東京専門学校(のちの早稲田大学)で統計学を講義。大正 2 年(1913 年)柳澤統計研究所を創設し総裁となる。明治 37 年(1904 年)貴族院議員。東京市会議長、明治 35 年第一生命保険社長などを務めた。国勢調査準備委員会委員、中央統計委員会委員など政府の統計関係委員を歴任。


 ▼佐藤正弘さんの『国勢調査 日本社会の百年』によると、当時の行政は戸籍制度で事足りており、政府の高官は新たな人口調査の必要性を感じていなかった。国勢調査は経済を含めた国情を明らかにするものであり、文明国の証しでもある。統計学者たちの必死の説得が功を奏して、ようやく実現した。国勢調査と名付けたのも彼らである。

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 ▼♪ぬしはわがまま、わたしはきまま 国勢調査はありのまま テレビもラジオもない時代、政府は新聞や雑誌、ポスターで一般国民に協力を呼び掛けた。都々逸(どどいつ)を宣伝に使うとは、なかなか粋なものだ。

 ▼5年に1度、日本に住む全ての人を対象にした国勢調査が今週から始まった。100年前といえば、3回目のスペイン風邪流行のまっただなかである。今回は新型コロナウイルス禍により、調査員の確保が進んでいない。プライバシー意識の高まりから、調査を拒否する例も増えている。

 ▼とはいえ、将来の人口推計や少子高齢化対策に欠かせない基礎資料として、国勢調査の重要性は増すばかりである。行政のデジタル化を急いでいる菅義偉政権にとって、ITを活用した国勢調査の改革は待ったなしだ。

 ▼わが家に届いた調査票に書き込みながら想像していた。100年後の日本の「国の勢い」は、どうなっているだろう。



広島の山奥深くに不思議な集落があるという。政府の「官員さん…(2020年9月18日配信『東京新聞』-「筆洗」)

 広島の山奥深くに不思議な集落があるという。政府の「官員さん」が訪ねると、帯刀、ちょんまげの男が出てきて言った。<もう、源氏は亡(ほろ)びたか>。作家火野葦平が父母の半生を描いた『花と龍』の冒頭、葦平の祖父が伝え聞いた話として語る。隠れ住む平家の子孫の「話」である

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▼集落の存在は<国勢調査>で初めて分かったとも言う。第1回国勢調査は1920(大正9)年に実施されている。総務省が近年発行した小冊子によれば、当時、同じような話が、よそにもあった。平家はともかく、各地で集落が本当に見つかったのだという

▼日本が1等国に仲間入りするため−そんな宣伝もあり、第1回はたいへんな熱気に包まれていた。知られざる集落の“発見”も熱の一部であっただろう

▼数えて21回目の国勢調査が始まった。100年の節目の調査は、もちろん昔のような盛り上がりに遠い。代わって100年前にはない難しさに向き合っているようだ

▼個人情報を答えたくない人が増え、単身世帯などの多さも調査には逆風である。高齢の調査員がコロナ禍で辞退する例も多いそうだ。変わる国の姿が、調査の精度への不安材料となっている

▼5年前の前回調査で人口は初めて減少した。国勢とは「国の情勢」のことらしいが、「国衰」を思う結果が待つかもしれない。再び勢いを取り戻すために知る必要のある姿でもあろう。




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