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敬老の日に関する論説(2020年9月21日)

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老耄(ろうもう・おいぼれ)の人(2020年9月21日配信北海道新聞』-「卓上四季」)

 自伝的小説「わが母の記」で、老いていく母を取り上げた井上靖は「本人は何十年かの人生を生きた果てに、誰にも理解して貰(もら)うことのできない孤独な闘いの場に置かれてしまったのである」と書いた(「落日と夕映え」井上靖エッセイ全集2)

▼認知症という言葉も用いられることがなかった時代である。「独自の世界」に生きる母との時間は多くの困難も伴っただろう。それでも、老耄(ろうもう)の母を見つめた息子の目は、どこか優しく、温かい。「雪が降っている」と言い張る母と静かに向き合う主人公の姿は、井上本人と重なる

▼総務省の人口推計によると、65歳以上の高齢者は15日の時点で前年より30万人多い3617万人、総人口に占める割合は0・3ポイント増え28・7%に達した

▼第二の人生を謳歌(おうか)したり、まだ現役という人も少なくなかろう。一方で介護が必要な高齢者も増えており、介護者と要介護者がいずれも65歳以上の「老老介護」世帯は、およそ6割にも上る

▼自助努力も限界といううめきも聞こえてきそうだ。実母のようにとはいかないかもしれないが、公助充実で誰もが安心して暮らせるような政治を望みたい

▼「曼珠沙華一(まんじゅしゃげひと)むら燃えて秋陽(あきび)つよしそこ過ぎてゐるしづかなる径(みち)」(「みかんの木」木下利玄)。路傍に真っ赤な花が咲き誇る道は、どこへ向かっているのだろうか。来し方を省みつつ、行く末に思いをはせる彼岸である。

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枯葉ほどの軽さの肉体、毀れた頭。歩んできた長い人生を端から少しずつ消しゴムで消して行く母--老耄の母の姿を愛惜をこめて静謐な語り口で綴り、昭和の文豪の家庭人としての一面をも映し出す珠玉の三部作。モントリオール世界映画祭審査員特別グランプリ受賞ほか、世界を感動に包んだ傑作映画の原作。



敬老の日 長い人生をどう生きるか(2020年9月21日配信『茨城新聞』-「論説」)

「敬老の日」を迎えた。県内の65歳以上の高齢者は男女合わせて約84万5千人で、総人口に占める割合も29.9%と、人口、割合とも過去最高だ。本県の高齢化率は2015年以降、全国平均を上回り年々高齢化が進んでいる。

 例年、長寿を祝う会が各地で開かれていたが、今年はコロナ禍の影響で残念ながら中止が相次いでいるようだ。お祝いの行事は開かれなくても、長年、家族や社会のために尽くしてきた高齢者への感謝の心に変わりはない。温かい笑顔で高齢者の長寿を願いたい。

 19年のわが国の高齢化率はすでに28.4%となった。1950年にはわずか5%にすぎなかったことを思えば、いかに高齢化が進んでいるかを実感する。長寿社会が実現していることは喜ばしいが、一方で社会保障や医療制度の在り方が問われている。さらに、高齢者自身も長い人生をどう生きていくかという課題がある。

 国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」によれば、2065年には38.4%に達し、国民の約2.6人に1人が65歳以上となる。そうした社会の到来が予測される中で、社会の在り方はもちろん、高齢者自身の生き方にも変化が求められそうだ。

 平均寿命も男女ともに延び、65年には男性84.95歳、女性91.35歳となり、女性は90歳を超えると見込まれている。「人生100年時代」という言葉があるが、大切なのは健康で過ごせる健康寿命だろう。先進諸国の中でも突出して高齢化率の高いわが国にとり、高齢者の経験や知識、知恵を社会に生かし、活力ある社会を築いていくことは重要だ。

 もちろん、高齢者といっても一様ではない。健康状態や経済的・家庭的環境、社会活動への参加意欲、趣味嗜好(しこう)など個々人に違いがあることは言うまでもない。生き生きとした長寿社会を築いていくためには、働きたい人は働き、趣味に生きたい人は趣味を楽しみ、ボランティア活動をしたい人はその活動に従事し、大学や大学院などで学び直したい人は学ぶなど多様な選択肢があることが重要だ。

 高齢社会白書を見ると、現在仕事をしている60歳以上の人の約9割が高い就業意欲を持っている。生活を豊かにするため年金以外の収入を得たいということもあるだろうが、やりがいや生きがいを持ちたいという面もあるだろう。家族社会学が専門の水嶋陽子常磐大学教授は「体力的には40年前、50年前の高齢者より統計的にも10歳は若返っている。人口減少の中で働ける形を模索していく必要がある」と説く。

 介護の問題もある。特に高齢化が進む中で懸念されるのが「老老介護」の増加だ。高齢者が高齢者を介護するケースが増え、多くの悲劇も起きている。水嶋教授は「一人で背負わないで、なるべく分散して、家族の問題の解決に当たることが必要」と指摘。長寿社会の中では介護保険をさらに充実させ、介護施設やサービスの積極的な利用を促していくことや、親子両世代も含めた地域の見守り活動を活性化させ、介護する高齢者が地域から孤立することを防ぐことも必要だ。

 老いることは決して不幸なことではない。老いてもなお生き生きとした生活を送るためには、人生の後半に自分は何をやりたいのかを自身が知り、どう実践するかが問われているのかもしれない。



敬老の日 豊かな長寿社会をどう作るか(2020年9月21日配信『読売新聞』-「社説」)

 21日は敬老の日だ。年齢にとらわれず、意欲や体力に応じて、様々なことに挑戦できる社会を作りたい。

 総務省などによると、国内の65歳以上は過去最高の3617万人となった。人口の29%を占めている。100歳以上は初めて8万人を超えた。世界屈指の長寿国であることを喜びたい。

 静岡県菊川市の小田久雄さんは103歳の今も、息子が経営する自宅近くのガソリンスタンドに、毎日のように顔を出す「看板おじいちゃん」だ。慣れた手つきでお茶を入れ、地域のお客さんとの雑談を楽しんでいる。

 100歳を超えても、手打ちうどん教室で作り方を教えている人や、茶道の指導や子供の見守りにあたっている人もいる。

 豊富な経験や知識のあるお年寄りの出番が増えれば、地域の活性化にもつながる。若い世代にとっても、学ぶことが多く、励みにもなるのではないか。

 さらに活躍の場を増やすには、65歳以上をひとくくりに高齢者と区分して、社会に支えられる側に位置づける考え方を見直すことが課題となろう。

 国連が1950年代半ばに出した報告書で、65歳以上を高齢者に分類したことが現在の人口統計の区分につながっているという。

 しかし、生活環境が改善され、医療が発達した現在と、当時では状況が異なる。日本人の平均寿命は、男性が64歳から81歳、女性が68歳から88歳と大きく延びた。

 政府が2018年に策定した高齢社会対策大綱で、「65歳以上を一律に高齢者とみる傾向は、現実的なものではなくなりつつある」と指摘したのは妥当だ。日常生活が支障なく送れる健康寿命を延ばすという目標も掲げた。

 大切なのは、健康づくりを推進すると同時に、年齢にかかわりなく活躍できる機会を設けることである。意欲があっても、「年齢の壁」で仕事が見つからないという人も少なくない。

 神奈川県大和市は18年、「70歳代を高齢者と言わない都市」を宣言した。多くのシニアが講師となり、現役時代の仕事や趣味について語る市民向け講座を開くなど、居場所作りに力を注いでいる。生きがいにもつながろう。

 年を重ねるほど、健康状態や経済状況の個人差は広がる。国や自治体は実態を踏まえて、適切に支援していくことが重要だ。

 高齢期をいかに実りあるものにするか。社会全体で改めて考えなければならない。



敬老の日に考える 「宝の言葉」を探す旅(2020年9月21日配信『東京新聞』-「社説」)

 「祖父とあゆむヒロシマ」(風媒社)は、名古屋大大学院で学ぶ愛葉由依さんと、昨年暮れに93歳の天寿を全うした祖父、加藤浩さんの、旅と対話の記録です。「今は言える、自由に。」というサブタイトルがついています。

 名古屋生まれの名古屋育ち、家業の木工場で働いていた浩さんは、18歳で応召し、広島県大竹市の大竹海兵団に衛生兵として配属されました。

 1945年8月6日、広島に原爆が投下された時、海兵団の練兵場で朝礼の最中でした。

 爆心地から30キロ離れていたにもかかわらず、尻もちをつくほどの強烈な爆風と揺れに見舞われました。きのこ雲が東の空に、<ぐぉーん>と上っていくのが見えました。

◆ヒロシマへ連れてって

 翌7日から11日まで、衛生兵の浩さんは、広島市内で救護活動と遺体の処理に携わり、残留放射線にさらされました。いわゆる「入市被爆者」です。

 終戦後すぐに名古屋へ帰還しましたが、「被爆者援護手帳」を取得したのは、被爆から12年後のことでした。

 由依さんが祖父との旅を思い立ったのは、かねて関心を寄せていた「祖父のライフヒストリー」を卒業論文のテーマに選んだからでした。

 「一緒に広島へ行きたい」−。2015年8月、<大好きなおじいちゃん>との長い旅が始まりました。浩さんの記憶をたぐり、共有を試みる旅でもありました。

 軍隊生活を送った大竹の街、<一人でも助けたりたいで>と救護に走り回った爆心地の近く、全身にやけどを負った被爆者が運び込まれた広島赤十字病院、そして広島平和記念資料館…。

 そのころ資料館の2階には、被爆再現人形の展示がありました。

◆直視する勇気をもらう

 焼け焦げた衣服をまとい、ただれた皮膚を指先から垂らし、がれきの中をさまようリアルな造形に、見学者から「怖い」という声も寄せられて、昨年のリニューアルまでに撤去されています。

 中学3年生の時、自治体の平和事業に参加して、初めて記念館を訪れた由依さんは、人形をまともに見ることができませんでした。

 7年ぶりに再びそこに立った時、となりで祖父が言いました。

 <あの指先見てみよ。指先からな、皮から。こういうとこ全部出とるんやで、油が>

 祖父の言葉に「被爆の実相」を直視する勇気をもらい、由依さんは、戦争について、平和について、考えを深めていきました。
 浩さんは、ある時しみじみつぶやきました。

 <軍隊っちゅうのは、秘密で何にも喋(しゃべ)れんの。戦地へ行ったことも苦しいことも、喋らなんだんだで。被爆の『ひ』の字も言わなんだよ、(戦後)五十年の時は>

 今やっと話すことができる。話さなければならない。伝えたい−。浩さんの思いをくみ取って、由依さんは本を書いたのでしょう。

 時には祖母や母を交えて、浩さんが亡くなる半年前まで計6回の広島行き。由依さんのICレコーダーには、延べ約100時間分の会話が記録されています。いわば自分自身とこの国の未来を示す羅針盤。由依さんにとって、かけがえのない「宝物」になりました。

 今年被爆75年。全国に散らばった被爆者の平均年齢は、83歳を超えました。歴史の風化は進んでいます。

 8月9日の長崎平和祈念式典。田上富久長崎市長は、世界に向けて呼びかけました。

 「体と心の痛みに耐えながら、つらい体験を語り、世界の人たちに警告を発し続けてきた被爆者に、心からの敬意と感謝を込めて拍手を送りましょう」。テレビの前で、思わず応じたものでした。

 由依さんに、今、浩さんに聞いてみたいことがありますか、と尋ねると、「コロナ禍のこの時代をどう生きればいいですかって−」と、即座に答えてくれました。

 同調圧力、監視の目、ものを言いにくい空気感…。浩さんが耐え抜いた、あの暗くてつらい時代と共通項があるようで。戦争と平和についてだけではありません。コロナ、原発、異常気象…。不安の時代を乗り切るためのヒントはきっと、長い人生の中に蓄積されて結晶化した、お年寄りたちの体験と記憶の中にあるはずです。

◆祖父との旅は終わらない

 由依さんは言いました。

 「道に迷ったときには、ヒロシマを訪ねてみたいと思っています」。<大好きなおじいちゃん>と、そこで会話をするために。

 お年寄りの言葉は、混迷の時代を生き抜くための知恵が詰まった「宝物」。私たちも「宝探し」の旅を続けます。おじいちゃん、おばあちゃん、お願いします。今夜も話を聞かせてください。



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■内容説明

「一緒に広島に行きたい」―。このたった一言ではじまった祖父と私のヒロシマを巡る旅。語られなかった記憶の空白を二人でたどる物語。

■目次

旅の前に

プロローグ

ようやく立てた出発点
35歳の未来の私

祖父の生い立ち
名古屋で生まれ、名古屋で育つ
徴兵検査と軍隊生活
原爆投下と救護活動
結婚と被爆者健康手帳の取得
初孫との出会い

ヒロシマを巡る旅Ⅰ 2015年の祖父と私の対話から 
連帯責任を恐れ、互いに監視した日々―「いかに苦しいとこかと思うわ」
青春を捧げた軍隊での訓練―「第二の故郷。ええとこじゃないけど」
原爆投下 ―「こうやって、ぐぉーんって」
救護活動 ―「一人でも助けたりたいで」
残留被爆との闘い ―「それがえらいんだ、乗り越えなかんで」
満たされた心 ―「行けれんと思っとったところが、行けれたで良かった」
フラッシュバック ―「今まで、そんな夢なんて見たことない」

ヒロシマを巡る旅Ⅱ 2017年の祖父と私の対話から
五色のお饅頭と原爆の光 ―「今、思い出した」
鮮明になる記憶 ―「瞬間的だよ、色は」
新たに語った遺体処理 ―「引き上げて処理したわけ」
強くなる思い ―「自分の歩いたとこを、ここだって思い出したい」
言葉にならない胸の内 ―「そんな悠長なこと言っとれんわ。薄情だけども」
直面した「二世」「三世」―「それはまた、次は次の時代だわさ」
ひかり ──家族をつなぐ

ともにつくりあげるライフヒストリー

出発点にかえって



十一歳の犬の元気がない。動物病院に張ってあったポスターによ…(2020年9月21日配信『東京新聞』ー「筆洗」)
2020年9月21日 06時30分
 11歳の犬の元気がない。動物病院に張ってあったポスターによると、当てはまる犬種の平均寿命に近くなっている

▼大型犬を人間の年齢に換算する正確な計算式は知らないが、7を掛ける昔からのやり方だと77歳。赤ん坊だった犬が自分の年齢を抜いて、先輩になっていく

▼足をひきずるようになった。階段も下りられない。遊んでやらなければ1日中寝ている。劇作家の三谷幸喜さんが同じ種類の犬を飼っていたようで、なんでも10歳までを犬の寿命と考え、それ以降の年齢は神さまからの贈り物と思った方がよいと書いていた。どれぐらいのプレゼントがもらえるのか心配である

▼よたよたと歩く犬は近所の高齢者に人気が高い。散歩の途中で、よく声を掛けてくださる。「がんばれよ」「がんばんなさいよ」−。犬は犬でそう言ってくれる人に近づいて体をすり寄せる。「あなたも」と返礼しているように見えてしかたない

▼敬老の日である。現在、100歳以上の人は約8万人。統計を取り始めた1963年には153人だった百寿はここまで増えた。犬と一緒にする気はないが、神さまの贈り物が大勢に届くようになった

▼もちろん大切なのは贈り物の中身。健康で心穏やかに過ごせなければありがたみはない。そのために手を貸す世の中でありたい。「いずれはおぬしも」。77歳の先輩がそう言った気がする。



福井県立図書館には、シニア世代に…(2020年9月21日配信『福井新聞』-「越山若水」)

 福井県立図書館には、シニア世代に関心の高い分野の本を集めたコーナーがある。そこで「老活(ろうかつ)」というタイトルの本が2冊目に入った

▼1冊は小説家で医師でもある帚木蓬生(ははきぎほうせい)さん(73)の近刊「老活の愉(たの)しみ」(朝日新聞出版)。人生の終わりに向け準備活動をする「終活」と違い、老いてなお活動し、生きつくすのが「老活」だという

▼日本人の平均寿命は世界でトップ級でありながら健康面で日常生活に支障がない「健康寿命」とは大きな差がある。男性で約9年、女性で約12年の「不健康な期間」があり、これが医療費の増大を招いている。そこで人生100年時代に向けて、健康長寿のための具体的な方法を提案した

▼帚木さんは60歳で白血病を患った経験があり、病との向き合い方や脳の鍛え方、食事、人づきあいまで役立つ工夫を伝授する。「終活など、死んだあとで十分」との言葉が潔い

▼同書に登場する元NHK名物アナウンサーの鈴木健二さん(91)にも「老活のすすめ」(PHP研究所)と題した、7年前の著書がある。自らの体験を基に「いい生き方、いい老い方」を指南する。定年退職後、熊本と青森県でボランティアなどの活動に情熱を注いだ鈴木さん。「よい人生とは何か」と聞かれたら「よい思い出をたくさん持てた人が、最も幸せな人生を送れた人です」と即答するという。味わい深い言葉である。

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敬老の日に 元気に働ける第二の人生を(2020年9月21日配信『北国新聞』-「社説」)

 日本の65歳以上の高齢者の割合が、総人口の3割近くを占めるまでになった。平均寿命も伸び続け高年齢層の厚みが一段と増す中、来春から希望者が70歳まで働けるように企業に就業確保の努力義務を課す法律が施行される。元気に働ける高齢者の存在は、社会基盤を支える重要な要素である。少子高齢社会を自然体で受け入れ、「第二の人生」の働き手が輝く環境を作っていきたい。

 新型コロナウイルスの感染拡大により、重症化リスクが高い高齢者にとっては、厳しい環境の下で「敬老の日」を迎えたが、100歳以上が全国で8万人を突破し、石川県には919人、富山県には892人と過去最多を記録した。石川では100歳を超えた人がコロナから快癒したように、高齢社会のパワーを示す事例もある。

 内閣府の調査によると、近年、60歳以上の現役就労者の約8割が70歳以降も働くことを希望している。そうした意識を裏付けるように、働く65歳以上の人は2018年に862万人で高齢者全体の24・3%と過去最多を更新し、年齢別では60代後半で全体の約半数、75歳以上でも1割ほどの人が働いている。非正規労働が多く、今はコロナ禍の逆風の中で雇用環境は厳しいが、今後も貴重な働き手であり続けることは間違いない。

 新たな法律を高齢者の就労拡大につなげるには、フリーランスの人への雇用保険の仕組みづくりや負担が増す中小企業向けの相談体制の整備、体力面を考慮した労災防止策など、労使をともに支える公的支援も順次検討したい。

 ベストセラー「還暦からの底力」の著者の出口治明氏は同書の中で「何歳まで働く」とあらかじめ決めるのではなく、現在の能力と意欲、体力にふさわしい仕事をする「年齢フリー」の社会にしなければならないとし、規則正しく働き続けることが、健康寿命を伸ばすと強調している。

 近年「高齢者が増える弊害」を強調する傾向が目立つが、「貴重な人材資源を生かす」発想で社会を回すことが切実に求められる時代になってきた。若い人こそ、人生100年時代を見据えて将来設計を考えてみてほしい。



人生100年時代は夢じゃないかも(2020年9月21日配信『神戸新聞』-「正平調」)

 テレビを見れば毎日CMの洪水だ。大半は心にとどまることなく流れていくが、あのCMは違った。「きんは100歳、ぎんも100歳」。ちょこんと座る双子姉妹の愛きょうたっぷりの姿に、日本中が心を奪われた

◆成田きんさん、蟹江ぎんさんは瞬く間にお茶の間のアイドルになり、CDデビューまで果たす。ときはバブルの余韻ひきずる1992年。100歳以上の高齢者はまだ国内に4152人だった

◆それから28年。全国の100歳以上は8万450人になった。実に20倍である。ちなみに兵庫は全国6位の3397人

◆きょうは敬老の日。厚生労働省がまとめた「地域で話題の高齢者」という一覧が面白い。北海道から沖縄まで59人の横顔を紹介している。青森県の間宮みゑさん(100)は自宅のせんべい店の現役看板娘。佐賀県の秋吉五郎さん(100)は5年前まで現役の医師で、今はマジシャンとして地域の会合で活躍しているそうだ

◆芦屋市の津田静乃さん(100)は数年前から執筆活動を始め、自叙伝を書き上げた。熊本県の外薗君江さん(102)は健脚自慢。地域の運動会に欠かさず参加し、みんなの目標になっている

◆と書いているだけで元気になる。人生100年時代は夢じゃないかも。隣のきんさんぎんさんを探してみたい。

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1 H30百歳プレスリリース - 厚生労働省➡ここをクリック



敬老の日 交流が長寿社会輝かせる(2020年9月21日配信『山陽新聞』-「社説」)

 〈ばあさんの手づくりマスク息できず=82歳男性〉〈円満の秘訣(ひけつ)ソーシャルディスタンス=77歳男性〉。

 きょうは「敬老の日」。全国有料老人ホーム協会が、この日に向けて公募した「シルバー川柳」の入選作の一部である。

 新型コロナウイルス感染症が、依然として健康や生活に深刻な影響を及ぼしている。とりわけ高齢者は、重症化が心配されるだけに要注意だ。人と接する機会も減っている。そうしたコロナ禍の憂さを笑いに変えた川柳は、前向きな力を与えてくれる。

 日本人の4人に1人超が65歳以上の高齢者とされる。100歳以上は全国で8万450人と初めて8万人を超え、過去最多となった。調査を始めた1963年は153人だったというから、驚異的な増加ぶりだ。岡山県は1627人、広島県2392人、香川県は908人だった。

 肝心なのは、「人生100年時代」と言われる中で、老後をいかに心豊かに送ることができるかである。援護を必要とする人を社会が温かく支えていくのはもちろんだ。その一方で、仕事や趣味、ボランティア活動などを生きがいに意欲的に取り組んでいる高齢者は多い。

 長い人生の中で高齢者が培ってきた知識や経験は、貴重な“財産”でもある。さまざまな機会を通して積極的に地域社会や、若い世代に伝えてもらいたい。

 そうした交流の場づくりが各地で広がっている。国が進める「生涯活躍のまち」もその一つ。高齢者をはじめ女性や障害者、若者、子どもなど誰もが居場所と役割を持って活躍できる地域社会を目指すのが狙いだ。

 石川県輪島市では、人口流出で増えた空き家を拠点施設に整備。温泉施設やそば店なども設け、地元住民の居場所となっている。そば店では、市外から移り住んだ高齢者や障害がある人たちが働き、幅広く交流が図られている。

 岡山県奈義町では、高齢者や子育て中の女性らの「ちょっと働きたい」との思いと、町内の需要をつなぐ就労支援事業を展開している。廃業したガソリンスタンドを拠点施設に改修し、パソコンを使った資料作成や、裁縫などさまざまな仕事のマッチングが行われている。得意な知識や技術を町民に手ほどきする人もいるという。

 そこには働く生きがいとともに、世代間の距離を縮めて理解を深め合う喜びがある。芽生えた“新たな縁”は地域の足腰を強め、災害時の高齢者避難などにも生かされることが期待されよう。

 高齢者が生き生きと暮らすためには、人とのつながりが大切だ。コロナ禍でとかく人との接触を避け、孤独になりがちな状況を思えば、一層その重要性に気付かされる。

 高齢者が経験や能力を生かして長寿社会を輝かせる。そんな場を広げたい。



【敬老の日】よりよく老いるために(2020年9月21日配信『高知新聞』-「社説」)

 きょうは敬老の日。今年、全国で100歳以上の人が初めて8万人を突破した。

 統計が始まった1963年には153人だった。かつては想像できなかった超高齢化社会になった。

 本県でも836人と過去最多を記録した。人口10万人当たりに換算すると119・77人になり、その数は都道府県別で2番目に多い。

 その1人である安田町の108歳女性、小松鶴治(つるじ)さんが本紙で紹介されていた。今月、長寿を祝う県知事の訪問を受けた。
 小松さんは自立して生活できる「健康寿命」を維持している。取材にしっかりと答え、肌つやの良い笑顔で花束を受け取っていた。その元気そうな様子は、超高齢化社会における憧れの姿だろう。

 誰しも、健康で安心して老後を迎えたい。その基盤となる社会保障制度を揺るがしかねない「2022年問題」が迫っている。

 22年から25年にかけて、人口の多い団塊の世代(1947~49年生まれ)が75歳以上になる。医療や介護にかかるお金が急増する年齢だ。

 社会保障給付の総額は2018年度の約121兆円から、25年度には約140兆円に跳ね上がるとされる。

 制度を持続させるための改革が、待ったなしの難題になっている。

 認知症の急増も見込まれている。推計では、25年には高齢者の5人に1人に当たる約700万人に達する。

 国は昨年まとめた認知症大綱で、「予防」を前面に押し出した。他の病気と同じく、運動や健康的な食事などで発症を抑えられるからだ。

 そんな中、フレイル(虚弱)予防が注目されている。国は今年4月から関連の健診を始めた。社会との関わりなども含めて、健康づくりを多方面からチェックする。

 体を動かし、食べ物はしっかりかみ、みんなとわいわい食べる。これがフレイル予防の基本という。

 高知市考案の「いきいき百歳体操」に代表される、人と交流しながらの運動も大きな効果がある。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が立ちふさがる。

 県内でも外出自粛や施設の面会制限で、認知症の人が症状を悪化させているケースがあり、そうでない人も発症のリスクが高まっている。

 高齢者の健康を損なわない観点からも、コロナの長期化を食い止めなければならない。

 人は誰しも必ず老いる。安心して老後を迎えられる社会づくりは、時代を超えたテーマだろう。

 これまで日本社会では、効率化や生産性が懸命に追求されてきた。

 しかし、高齢者の割合がさらに高まる社会で、その方向性を続けることは現実的だろうか。価値観の見直しも問い掛けられている。

 年代ごとにその人らしい目標があり、心豊かに暮らせる。若い頃に「よりよく生きる」ことを目指した人たちが、年を重ねて「よりよく老いる」ことに前向きに取り組める。そんな超高齢化社会を目指したい。



老人力(2020年9月21日配信『高知新聞』-「小社会」)

 歌手のさだまさしさんは若いころ落ち込むことがあったらしい。ヒット曲を出すたびに不本意な批判にさらされる。「精霊流し」が暗い、「関白宣言」で女性蔑視、「防人(さきもり)の詩」で右翼。

 少年時代、祖母に懐いていたさださんは人生の先輩との会話を大切にしてきた。この時、弱音を吐いた相手は同郷の文芸評論家、山本健吉さん。山本さんは「詩歌に生きた人は、そんなことでひるんだ人は一人もいない」。

 君は、今は亡き人を歌うのが非常に上手。挽歌(ばんか)は日本の詩歌の伝統であり神髄だ―。そう説く山本さんは「何を言われてもやり続けなさい」と励ました。さださんは自著「やばい老人になろう」で、知識と経験値に裏打ちされた「老人力」に助けられたと書いている。

 自らも年齢を重ねたさださんは「やばい老人」の3要件を示す。知識が豊富で、後輩と痛みを共有し、何か一つすごいものを持つ。市井にもそんなお年寄りは少なくないだろう。

 心もとないのは、この超高齢化社会のあり方だろうか。3割近くが65歳以上となり100歳以上も8万人を超えた。かたや核家族化が進み、地域のつながりも薄れている。1人暮らしの高齢者が増えて「孤独大国」の言葉が飛び交う。身の回りには多くのお年寄りがいるのに、その姿が見えにくくなってはいないか。

 「老人力」が発揮できる方向を目指せているか。社会も自分も。そう考えてみるきょうは「敬老の日」。



現在高(2020年9月21日配信『佐賀新聞』-「有明抄」)

 ちょっと不安になって郵便局へ通帳の記帳に行く。身に覚えのない「ドコモコウザ」や「ディーバライ」に送金はないか…あれ? 残高はたったこれだけ? 不正に引き出された形跡はないのに、なんだか被害にあったくらいショック。トホホ

◆便利さになれすぎて、使うばかりで残りがいくらあるか、よくわからないで暮らしている。のんきなものである。人生も同じかもしれないと、作家の幸田文さんが「現在高」という随筆を書いている

◆勤め人なら定年を迎える年かさになって、体調を崩すことが増えた。今まで大丈夫だったから、と体力を誤算してつい無理をする。何をどれだけ使い減らし、何がどれだけ残っているか、自分の「現在高」を確かめると、体力気力能力、どれも残高は思ったよりわびしいことに気がつく…

◆きょうは「敬老の日」。「老後」のことを江戸時代は「老入(おいいれ)」と呼んだらしい。使い古しのような「老後」より、「老いに入る」には新たな世界に踏み出す前向きな響きもある。「現在高」を自覚した幸田さんは〈なにか落付いて坐り直した感もありました。今更、残高の少なさをなげいていてもはじまらない、といった腰の据えかたです〉と思いさだめた

◆手持ちはわずかでも、豊かに暮らすのはやりくり次第ということか。いろんな意味で身に染みる含蓄である。



ぼけに痴呆[ちほう](2020年9月21日配信『熊本日日新聞』-「新生面」)

 ぼけに痴呆[ちほう]。いま思えば、よく言えたものだと反省させられる。厄介者で家の恥。そう受け止められ、隔離された時代もあった。「認知症」との言葉はこのまま定着するだろうか

▼この病を国民が意識し始めたのは、有吉佐和子さんの小説『恍惚[こうこつ]の人』がきっかけという。50年ほど前のこと。役所も対応を迫られることになる。患者は増加の一途。5年後に700万人に達し、65歳以上の5人に1人になると予想される。うち6割以上が治療法のないアルツハイマー型

▼身近な存在なのに分かりにくいのが当人の気持ちだ。明解に答えてくれたのが認知症の第一人者で、自らの発症も告白した医師の長谷川和夫さん。体験を基に自著で「突然、人が変わるわけではない。昨日の自分から連続している」と解説した(『ボクはやっと認知症のことがわかった』KADOKAWA)

▼本は、46歳での発症を公表したオーストラリアの政府高官クリスティーン・ブライデンさんを紹介。「認知症になっても、人は敬意を払われるべきだ」と訴えた人物で、世界の認識を変えたとする。長谷川さんも影響を受けた

▼「私は誰になるのか」。この病に共通する不安を乗り越えたブライデンさん。次第に「私は最も私らしい私に戻る旅に出るのだ」との心境に落ち着いていったという

▼認知症の肉親と正面から向き合うのは切ない。けれども自分に戻る旅の途中と聞けば、心が少し軽くなる。会話は旅のお供か。きょうは世界アルツハイマーデー、加えて敬老の日である。

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敬老の日(2020年9月21日配信『宮崎日日新聞』-「くろしお」)

 4連休も、はや後半。東京の新型コロナウイルス感染者が増加傾向にあるという不安はあるものの、「Go To トラベル」といった国の経済復興に向けた後押しもあって、人の動きは活発になっている。

 おとといからは、スポーツやイベントの入場制限も大幅に緩和。これに準じる形で、本県でも宮崎市・東諸県圏域を除く「感染未確認圏域」の6地域で制限が緩和された。観客や出演者が大声を出さないクラシック音楽や伝統芸能の公演などは満席も可能になる。

 人が動けば当然、感染リスクも高くなる。だが、この半年以上の規制等で大きなダメージを受けた経済をこれ以上悪化させないためには、ある程度の緩和は必要だろう。状況を十分に見極めながらの緩やかな発進と加速、危ないと思えば急ブレーキをかける英断も必要だ。

 いわゆる「コロナとの共生」だが、感染すれば重症化する危険性が高い高齢者は、なかなかそうもいかないのが現実だ。この連休のように人が動けば動くほど、外出をためらってしまうだろう。帰省をしても高齢の親には会わない、また「オンラインでの帰省」といった動きもしばらく続きそうだ。

 敬老会も多くが中止となるなど、いつもと違う「敬老の日」。しかし、少しずつだが状況は前に進みつつあり、来年は完全に元通りとまではいかないまでも、今年よりはよくなっているはずだ。それまで、くれぐれも感染防止に留意し、お健やかに―と願う。



きょうは敬老の日(2020年9月21日配信『南日本新聞』-「南風録」)

 電話の向こうで、張りのある声が弾んでいる。生き生きとした表情が伝わる。鹿児島市の騎射場電停近く、鴨池日枝神社の宮司を務める上野隼人さん。昭和8年生まれの87歳である。

 来歴を聞いて驚いた。旧牧園町役場を定年退職後、周囲に勧める人がいて一から神職の修行を積んだ。第二の人生を歩み始めて既に30年近い。「人生100年」のお手本と言える。

 きょうは敬老の日。厚生労働省の集計で100歳以上の人口が初めて8万人を超えた。年間の伸び幅も過去最大となる。2015年に6万人を突破し、昨年7万人を上回ったばかりだった。

 鹿児島県内では1744人を数える。きょうの本紙は、100歳を迎える人たちの日常を紹介している。菜園の草取りに励み、自炊を続け、新聞に目を通し、足踏み体操500回を日課に…。

 そんな健やかな暮らしには共通点がある。明るさ。ユーモア。好奇心。おしゃべり好き。50代で夫に先立たれた女性は「大変な時もあったが、今は幸せ」と語る。多難な日々の中に喜びや楽しみを見いだしていく「幸せ上手」も、長寿の秘訣(ひけつ)に違いない。

 宮司の上野さんには、本紙「黒ヂョカ」のネタを頂いた。カラカラ笑いながら話す様子に、今なお現役でいられる理由があるように思えた。最後に「いつかお茶でもどうです」と誘われた。長い長い第二の人生の過ごし方を相談してみようか。



程順則の教え(2020年9月21日配信『琉球新報』-「金口木舌」)
2020年9月21日 06:00

 久米村生まれの17世紀の政治家で、名護間切の総地頭を務めた程順則(てい じゅんそく、1663年11月27日~1735年1月1日)。琉球で初めての学校となる明倫堂を設立するなど、その高徳から「名護聖人」と呼ばれ尊敬されてきた

▼程順則の像が鎮座する名護博物館の近くに、古くから地域を見守ってきた神社「護佐喜宮」がある。初詣には名護市内外からの参拝者で長蛇の列ができる護佐喜宮の名前にあやかって活動するのは「ごさきの会」

▼護佐喜宮のすぐ下にある大中公民館。大中区の老人会「ごさきの会」(山入端擴会長)は6月、新型コロナウイルス感染拡大防止のため275枚のマスクを名護市社会福祉協議会に寄付した

▼「地域の方に呼び掛けたところ、手作りマスクなどを提供してくれた」。そう振り返る会員たちの活動は常に地域に根差している。名護小学校の下校時間に合わせて防犯パトロールを開始し、今年で15年目を迎える

▼新型コロナの影響で、県内各地で例年催されてきた豊年祭など伝統行事が中止を余儀なくされている。豊年祭の時期に開催されていた敬老会も多くの地域で中止になった

▼中国から程順則が持ち帰った教訓書「六諭衍義(りくゆえんぎ)」には、父母や目上の人を敬う心の大切さなどが説かれている。今日は敬老の日。敬老会はなくとも、地域の安全と発展に尽くしてきた先輩方に電話やラインなどで感謝の気持ちを伝えることはできる。

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[8050問題] 「助けて」言える社会に(2020年9月21日配信『沖縄タイムス』-「社説」)

 沖縄戦を生き延び、戦後の混乱を乗り越え、迎えた老後だというのに、あまりに過酷な現実だ。

 本紙の連載「『独り』をつないで ひきこもりの像」は、80代の親が、収入のない50代の子どもの生活を支え、行き詰まる「8050問題」の現場を映し出す。

 トイレのない3畳の「聖域」にひきこもる49歳の息子。用を足したバケツを片付ける83歳の母親。

 子は母に負担をかけているという負い目、母は家庭の経済事情から高校中退を促した後悔をそれぞれ感じながら声を上げられず、公的な支援につながらないまま、共倒れ寸前まで追い詰められた。

 貧困を背景に社会から孤立し、高齢化していく親子の姿に胸が締め付けられる。

 内閣府が2018年12月に初めて実施した実態調査では、40~64歳の中高年者の引きこもりは推計で61万3千人に上った。

 驚くべき数字だ。

 「8050問題」はかねて関係者が指摘していたが、いまやっと、社会問題として認識されるに至った。

 県内では、ひきこもり状態にある40歳以上はおよそ7千人と推計される。実態は分かっていないが、貧困などが背景にあり、沖縄は他府県よりリスクが高いと指摘する声もある。

 「子どもの貧困」もそうだが、家庭の問題は、外から見えづらい。ユイマール(助け合い)の伝統がある沖縄でも、血縁や地域のつながりは弱まり、低賃金で経済的に支え合えない状況が生まれている。

■    ■

 ひきこもりの問題を20年以上取材するジャーナリストの池上正樹さんは著書で、ひきこもりの原因は、日本の社会構造のゆがみや社会風潮、価値観に起因していると指摘する。

 1度レールから外れるとなかなか元に戻れない社会構造。孤立は本人の努力不足からくるという自己責任論の社会風潮。ひきこもりを「家の恥」とする価値観。

 こうした日本社会の在り方が、困っていてもSOSを出せず、支援につながりにくい現状を生んでいるとする。

 「自助・共助・公助」の社会像を掲げた菅義偉首相は就任会見で「まず自分でできることは自分でやってみる」と自助の必要性を強調した。

 自己責任論を助長しかねない発言だ。コロナ禍で経済格差が広がる中、政治がやらなければならないのはむしろ「公助」である。

■    ■

 83歳と49歳の親子は、福祉行政関係者の連携で支援につながり、社会との関わりを取り戻しつつある。

 8050問題では複合的な問題を抱える家庭が多いが、行政の縦割りでたらい回しにされたり、情報が共有されず、支援につながらないケースも少なくない。

 政府は来年4月に社会福祉法を改正し、市町村が一括して相談に乗れる支援体制を構築できるよう財政支援する。

 今日は「敬老の日」。ひきこもりの高齢化が進む中、親も子も安心して暮らせる社会へ、公助を編み直すべきだ。

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敬老の日(2020年9月21日配信『しんぶん赤旗』ー「主張」)

長生きを脅かす社会変えよう

 きょうは「敬老の日」です。人生を重ねてきた方々に心から感謝し、お祝い申し上げます。

 今年は新型コロナウイルスの影響で、例年と違う催しの地域も少なくありません。直接会ったり集まったりするのでなく、電話やSNSで気持ちを伝え合う方々も多いことでしょう。感染リスクに対して不安な日々を過ごしている高齢者に希望と安心、励ましを届けることが重要です。そのために政治の役割が求められます。

命守る仕組み強めてこそ

 全国で100歳以上の高齢者は8万450人(厚生労働省の15日時点の発表)になり、初めて8万人を超えました。昨年より9176人多く、50年連続で過去最多を更新しました。日本が長寿社会に前進できたことは、医療技術の進歩や公衆衛生の改善とともに、「いつでも、どこでも、だれでも」医療にかかれる国民皆保険によるものと国際的に注目されています。社会保障拡充を求める国民の粘り強い運動のたまものです。

 一方、コロナ危機では日本でも多くの高齢者が感染・重症化し、命が失われる事態になりました。感染の広がりの中で、必要な介護が利用できず孤立を強いられる高齢者も生まれました。医療・検査や介護などの仕組みがまだまだ不十分である現状を改めて浮き彫りにしています。自民党など歴代政権による社会保障費削減路線が、高齢者をはじめ命と健康を守るさまざまな制度を掘り崩してきたことが最大の要因です。仕組みの弱さとともに、医療や介護など命と健康を守る仕事が重視されず、粗末に扱われたことも深刻です。

 人間は一人で生きられず、とりわけ高齢者は他人によるケアがなくては尊厳ある生活は保障されないことが、コロナ危機で明らかになっています。ケアに手厚い日本の社会をつくることは切実です。

 それに逆行するのが、菅義偉首相が掲げる「自助、共助、公助」の政治理念です。菅首相は「まずは自分でやってみる。そして家族、地域でお互いに助け合う。その上で政府がセーフティーネットでお守りする」と繰り返します。政府の出番は最後の最後であり、それまで個人で頑張れ、家族などでやるだけやれ、という立場です。

 これは菅首相の理念だけではありません。昨年、安倍晋三前政権の下で、公的年金だけでは老後のお金が「2000万円不足」すると書かれた金融庁報告書が批判を浴びました。年金削減の一方、老後資金は自分の貯金や投資で賄えというのは、国民に「自己責任」をあからさまに迫る冷たい姿勢の最たるものです。「自助」を真っ先に国民に押し付ける政治では、日本の未来は開けません。憲法25条にもとづき、国民の命と暮らし、文化的な生活を公的責任でしっかり保障する政治を実現することが、高齢者だけでなく全ての世代にとって急務となっています。

戦後75年に平和を誓って

 今年はアジア・太平洋戦争の終結から75年の節目です。戦争の惨禍を身をもって知る高齢者の証言はかけがえのないものです。その言葉は、日本の侵略戦争への深い反省と不戦の誓いが刻まれた憲法9条の精神と重なりあい、「戦争する国」に進むことを阻む大きな力となってきました。戦争体験者の平和への願いを受け止め、引き継ぐことが重要になっています。





敬老の日/地域活力で居場所づくりを(2020年9月20日配信『福島民友新聞』-「社説」)
 
 高齢者が生きがいを持ち、心豊かな生活を送ることのできる社会づくりを進めていきたい。

 県内の100歳以上の高齢者(1日現在)は1369人で過去最多となった。最高齢者は110歳の女性で、男性は109歳だった。1996年に初めて100人を超えてから25年連続で増えている。医療技術の進歩に加え、健康意識の高まりによる食生活の改善や運動の奨励、介護予防の取り組みなどが要因とみられる。

 本県の高齢化率をみると、32.1%と全国平均を3ポイント以上上回っている。長寿社会が進むにつれ、高齢者が仕事や社会活動などで地域に関わる機会も増えてくる。政府の高齢白書によると、仕事をしている60歳以上の約4割の人が「働けるうちはいつまでも」と回答している。

 国、県は働く意欲のある高齢者を受け入れる環境整備、地域社会で経験や知識を活用できる場の確保へ積極的に取り組んでほしい。

 生き生きとした老後を過ごすためには、健康であることが前提となる。県は65歳を過ぎて要介護度2以上にならずに健康に過ごせる期間を算出した健康寿命の指標「お達者度」を公表している。2016年のデータで県平均は男性17.14年、女性20.31年で、13年のデータと比べ延びているものの、全国平均は下回っている。

 介護や病気などで日常生活を制限されないで生活できる、健康寿命を延ばすことが大切になってくる。県は身心の衰えた状態になるフレイルの予防に向け、11月から県内3地域で高齢者対象の健康料理教室を開き、健康づくりに生かせる料理を学んでもらう予定だ。簡単な家事がフレイル防止につながる。継続して取り組み、裾野を広げていってもらいたい。

 郡山市で毎月1回、高齢者が集まり、ゲームや会食などを通して交流する場が設けられている。新型コロナウイルス感染症対策のため現在は休止しているものの、桑野婦人会元気長寿カフェ部会が取り組みを続ける。

 食事と運動、社会参加が活動の柱だ。代表で県婦人団体連合会長も務める小林清美さんは「部会のメンバーが持ち寄った手作り料理を食べてもらったり、お茶を飲みながら近況を聞いたりして交流している。地域の活力を基盤に、ほかの地域にも広げていくことが大切」と指摘する。

 あすは「敬老の日」。地域一体となって高齢者が笑顔で触れ合える居場所づくりを進めていくことが、これからの健康長寿社会を支えていく。




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