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「戦後75年 伝えたい10代の記憶」 戦時下の若者の悲惨な体験を訴え(2020年10月12日配信『テレビ愛媛』)

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戦後75年の今年、10代の多感な時期に戦時下を生きた若者の体験を通し、戦争の悲惨さを考える企画展が西予市で開かれています。

この企画展「戦後75年伝えたい10代の記憶」は、日中戦争から太平洋戦争にかけ当時10代だった4人の若者がつづった日記やアルバムなどを中心に、約200点の資料が展示されています。

松山高等女学校に通っていた松澤和子さんの日誌には、戦時下で強制された勤労作業を「のがれざる運命」と表現。中学校の生徒だった橋爪陽一さんは、勤労動員先から戻ると松山が空襲で焼野原になっていた様子を日記に克明に記していて、当時の悲惨な状況が生々しい記憶として訴えられています。

来場した女性:

「私の父は戦争に行ったし、母親の話も聞いたことがあるので、そういうことを思い出しながら見てました」

愛媛県歴史文化博物館・平井誠専門学芸員:

「戦争の悲惨さ、平和の大切さに関心を向けて頂ければ」

この企画展は県歴史文化博物館で10月25日まで開かれています。



「戦後75年 伝えたい10代の記憶」

開催期間 : 2020年9月12日[土]~10月25日[日]
開館時間 : 9:00~17:30(展示室への入室は17:00まで)
会場 : 文書展示室
休館日 : 月曜日
〈開催期間中の休館日〉
9月14日[月]、9月23日[水]、9月28日[月]、10月6日[火]、
10月12日[月]、 10月19日[月]

観覧料:常設展観覧券が必要
大人(高校生以上) 520円(420円)
65歳以上 270円(220円)
※中学生以下は無料
※( )内は20名以上の団体料金

 今年の夏で終戦から75年。かつて戦地に赴いた方や空襲の戦禍に遭遇した方の高齢化が進む中、戦時下の状況を伝えることは益々重要となっています。 今回の展示では、当時の中学生や女学生など10代の若者を取り上げます。昭和12(1937)年に日中戦争が始まると、翌年から中等学校では勤労作業が始まり、作業時間は「漸次恒久化」されました。太平洋戦争が始まる直前の昭和16年には、軍隊と同じような隊組織による学校報国隊が結成されました。当時の学校生活を日記・日誌・作文・アルバムなどから紹介します。また、聞き取り調査によると、中学校を退学して松山海軍航空隊(予科練)に入隊したある少年は、米軍による2度の空襲を受けた後、長野県で特攻訓練中に終戦を迎えました。昭和20年5月の宇和島初の空襲に遭遇したある少女は、B29から投下された爆弾が隣家を直撃し、悲惨な光景を目にしました。戦争体験者の生の声を伝えるとともに、聞き取り調査で得た成果を年表や地図で紹介します。 戦時下に10代の多感な時期を生きた若者の学校生活・予科練生活・空襲体験などを通して、戦争の悲惨さと平和の尊さを考える機会とします。

展示構成
(1)日中戦争と女学生〜しのびよる戦時色〜
松山高等女学校の女学生(昭和12~16年度在学、13~17歳)を例に、勤労作業や弓道の授業など、
次第に学校生活にも戦時色が色濃くあらわれる様子を紹介。

(2)太平洋戦争と中学生~集団勤労動員の日々~
松山中学校の生徒(昭和15~19年度在学、13~17歳)を例に、昭和19年から始まった新居浜住友
機械工業での集団勤労動員の様子を紹介。

(3)松空の予科練生~松山での空襲と長野での特攻訓練~【聞取調査の放映】
中学校を退学して松山海軍航空隊に入隊した方(昭和19~20年在隊、16~18歳)からの聞き取り
調査をもとに、米軍による攻撃やグライダー訓練の様子を紹介。

(4)宇和島初空襲と小学生~隣家を直撃した爆弾~【聞取調査の放映】
昭和20年5月10日、B29 1機が宇和島を初空襲した。当時小学校6年(12歳)で隣家に爆弾が直撃
した方からの聞き取り調査をもとに、空襲の様子を紹介。

女学生の日記・日誌
(昭和10年代/当館蔵)
雑誌『子供の科学』
(昭和10年代/当館蔵)

中学生の日記(勤労動員)
(昭和18年~20、24、25年/当館蔵)
軍用絵葉書『入営から満期まで』
(昭和13年頃/当館蔵)
協力等
聞き取り調査協力: 高島清氏、金田八重子氏
資料借用: 愛媛県立松山東高校(写真)
愛媛県立松山南高校(雑誌『交友』・学徒隊のはちまきなど)
五領田和子氏(アルバム・日記など)
宇和島空襲を記録する会(紙芝居「宇和島の空襲」など)
金田八重子氏(『宇和島の空襲』第1集~第20集など)




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