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「友よ安らかに」 空襲で犠牲の女学生 佐賀の高校生が27年ぶりの追悼式(2020年10月16日配信『毎日新聞』)

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慰霊碑に手を添える川崎花笑さん(手前)と追悼式の開催を応援する生徒=佐賀県鹿島市で2020年9月30日午後1時3分、竹林静撮影

 太平洋戦争中、学徒動員先で空襲の犠牲になった佐賀県立鹿島高等女学校(鹿島市、現・鹿島高)の学生たちを追悼する式典が24日、鹿島高で開かれる。学校に残る資料で当時のことを知った鹿島高2年の川崎花笑(はなえ)さん(16)らが戦争の記憶を継承しようと企画した。「亡くなった学生やその家族、同級生らの悲しみに思いをはせる時間に」。四半世紀以上前に途絶えていた式に向け生徒たちは決意する。

 女学校の創立100周年記念誌などによると1944年9月、学生約300人が長崎県大村市の「第21海軍航空廠(しょう)」に動員された。戦闘機「紫電改」などを生産し東洋一と称された軍需工場は翌月25日、米軍のB29爆撃機による「大村大空襲」で壊滅的な被害を受け、約2時間にわたる空襲で動員学徒ら300人以上が死亡した。

 この空襲で女学校の7人と鹿島立教実業学校(現・鹿島高)の1人が命を失った。また45年7月30日には、工場と離れた場所にあった寮で女学校の2人が銃撃で亡くなった。10人は当時15、16歳。高校前の公園には「友よ安らかに」という言葉と、10人の名前を刻んだ慰霊碑が立つ。

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動員された学生の写真を見つめる川崎花笑さん(左端)ら=佐賀県鹿島市で2020年9月30日午後0時50分、竹林静撮影

 追悼式は68年から営まれていたが、碑が建立された93年を境に開かれなくなっていた。国際社会に核兵器廃絶を訴える「第23代高校生平和大使」の一人で、「地元でも平和活動を」と学校の歴史をたどった川崎さんは「亡くなった学生はもっと学びたかっただろう。その気持ちを考えると行動を起こさずにはいられなかった」と27年ぶりの追悼式を発案。同窓会のつてをたどるなどして、当時の学生らを招いた。

 女学校の卒業生で、碑の前で開かれる式に参列予定の辻田智恵子さん(91)=鹿島市=は、開催の知らせに「こんな高校生がいるんだと、本当にうれしかった」と声を詰まらせる。辻田さんも航空廠で戦闘機の部品づくりなどに従事し、大村大空襲で死亡した森良子さん(当時15歳)とは同じ寮で暮らしていた。辻田さんは寮にいて無事だったが、今も森さんの顔が忘れられないという。24日、当時の体験を証言する辻田さんは「(森さんらが)若くして亡くなったことを思うと自分ばかり生きて申し訳ない。高校生の皆さんには、話せるうちに体験を話したい」と語った。

 川崎さんは「戦争を知る方々と若い世代との交流の場になればいい」と期待する。高校生も10人ほどが参列予定で「同世代が戦争の歴史を振り返る機会は大切。普段着でもいいので多くの人に来てほしい」と呼び掛けている。



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