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ウポポイ発信強化 中傷相次ぎHPに解説文 研究者が回答 法的措置検討(2020年10月19日配信『北海道新聞』)

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ウポポイの展示について正しく理解してもらうため、国立アイヌ民族博物館がホームページ上に新設したQ&Aコーナー
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 胆振管内白老町のアイヌ文化復興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」に対し、インターネット上で差別的な投稿が相次いでいることを受け、運営するアイヌ民族文化財団(札幌)は展示について正しく理解してもらうための発信強化などの対策を始めた。中核施設の国立アイヌ民族博物館のホームページ(HP)に、民族の歴史や文化を説明する専用コーナーを新設。職員個人が対象となった投稿には、法的措置も検討する。

 ウポポイを巡っては7月の開業前後から、「偽アイヌの施設」といったいわれのない誹謗(ひぼう)中傷などがネット上に書き込まれ、同様の電話も続いた。中には、批判的な内容とともに職員の写真が投稿された例もあった。

 国立アイヌ民族博物館のHPの新コーナーは「よくある質問―アイヌの歴史・文化の基礎知識」と題し、15項目についてQ&A方式で解説。これまでに寄せられた批判などに答えようと、博物館の研究者ら約30人が内容を考えて作成した。

 そのうちの一つでは「どうして展示資料は『古い』資料ばかりではないのでしょうか」との問いを立て、回答部分で現代に製作、使用されたものなども展示していると説明した。時代の変化に伴いアイヌ民族がさまざまな仕事に従事してきたことを紹介するため、近現代のアイヌ民族の仕事道具としてアルファベット入りの短刀を展示したところ、インターネット上で「これがアイヌ文化?」「展示がでたらめだ」など誤った解釈による批判が拡散したからだ。

 博物館には「アイヌは先住民族ではない」との主張が繰り返し寄せられており、「アイヌ民族はなぜ先住民族と認められているのですか」との問いも用意した。回答部分では、2019年施行のアイヌ施策推進法で先住民族と規定されたと明示。09年に政府のアイヌ政策に関する有識者懇談会がまとめた報告書を基に「近代国家(明治政府)が形成される過程で他民族の支配を受け、それでもなお独自の文化とアイデンティティーを保持していることから『先住民族』と考えることができるとされた」と解説した。

 一方、同財団は職員個人への中傷は弁護士と相談し、実際に被害が生じた場合には法的手段に訴えることも検討する。同博物館の佐々木史郎館長は「Q&Aの項目は必要に応じて増やし、博物館としての考え方を多くの人に理解してもらいたい。個人攻撃には毅然(きぜん)と対応する」と話している。(田鍋里奈、斉藤千絵)



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Q アイヌ民族はどのような歴史を歩んできましたか?

A 19世紀頃までのアイヌ民族は、北海道、樺太、千島、東北北部などに住んできました。現在でも多くの人々が北海道に居住していますが、北海道を離れ関東圏などの日本国内、そして国外にも居住しています。

 アイヌ民族の歴史のはじまりは、北海道に人類がやってきた3万年前頃にまで遡ることができます。7世紀頃から、これまでの狩猟採集や漁撈に雑穀農耕が加わり、海を越える交易を盛んにおこなう特色ある文化が形成されていきます。

 17世紀、周辺の諸民族と自由に交易をしていたアイヌ民族は、交易権を独占した松前藩によってその交易の場が制限されました。18世紀に入ると、和人の商人が交易を請け負い、漁場経営をする中で、多くのアイヌが漁場での労働に従事させられ、アイヌの社会は和人の経済社会に取り込まれていきます。

 19世紀後半、南から和人、北からロシア人がやって来ると、アイヌの住む土地に日本とロシアの国境ができました。アイヌ民族は、樺太や千島から北海道へ強制移住させられ、北海道でも和人が街などを作るために強制移住させられることがありました。そして、伝統的なアイヌ文化の風習の禁止、日本語の習得が勧められるといった同化政策によって生活は大きな影響を受けました

参考文献
アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会『報告書』 2009年
・榎森進『アイヌ民族の歴史』草風館2007年
・関口明ほか編『アイヌ民族の歴史』山川出版社2015年
・田端宏ほか編『アイヌ民族の歴史と文化』山川出版社2000年







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Author:gogotamu2019
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