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大川小遺族、語り部活動再開 コロナで中断、9カ月ぶり 宮城・石巻(2020年10月26日配信『毎日新聞』)

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新たな建物(左奥)の建設など震災遺構として整備する工事が進められている大川小で、9カ月ぶりに活動を再開した佐藤敏郎さん(手前左)と鈴木典行さん(同右)ら語り部の話を聞く人たち=宮城県石巻市で2020年10月25日午前11時6分、和田大典撮影

 東日本大震災で児童・教職員84人が犠牲になった宮城県石巻市立大川小の被災校舎前で25日、遺族や地区住民らで作る「大川伝承の会」の語り部活動があった。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で約9カ月ぶりの再開で、県内の大学生ら約60人が真剣に耳を傾けた。

 この日ガイドに立ったのは、大川小6年生だった次女みずほさんを亡くした佐藤敏郎さん(57)と、同じく6年生だった次女真衣さんを亡くした鈴木典行さん(55)。

 2人が共同代表を務める「大川伝承の会」は同小を訪れる人たちに、亡き子どもらの命が残した教訓や震災以前の地域の日常を伝えようと、2016年12月からほぼ毎月、定期ガイドを続けてきた。

 この日、鈴木さんは捜索で子供たちの遺体を土の中から掘り出した経験を「残酷としか言いようがなく、今でも言葉で言い表せない。二度とこんなことがあってはだめだ」と語りかけた。佐藤さんは迫る津波から逃げ惑う児童らに思いはせ「先生たちも必死だったと思う。でも仕方なかったではすまされない。震災や防災を悲劇や偶然、奇跡という言葉で片付けてはいけない」と訴えた。

 ボランティアサークルの仲間と参加した東北大2年の笠原沙織さん(20)は「私たちと同じ時を生き、変わらぬ日常を送っていた人たちを津波が襲ったんだと想像した。災害は運で、しょうがないとの思いが以前はあったが、ここに救えた命があった。学んだことを後輩に伝承していきたい」と話した。【百武信幸】



校舎前で教訓切々と 大川伝承の会、9カ月ぶり活動再開(2020年10月26日配信『河北新報』)


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参加者に被災状況を説明する佐藤さん(奥中央)と鈴木さん(奥右)=25日、宮城県石巻市釜谷の旧大川小

 東日本大震災の津波で児童74人と教職員10人が犠牲になった宮城県石巻市旧大川小の児童遺族らでつくる「大川伝承の会」は25日、新型コロナウイルスの影響で中止していた校舎前での定期語り部ガイドを9カ月ぶりに再開した。今後は以前と同じくほぼ月1回、感染対策を取りながら事故の教訓を伝えていく。

 市内外の約70人が参加。ともに伝承の会の共同代表で、6年の次女みずほさん=当時(12)=を亡くした佐藤敏郎さん(57)と6年の次女真衣さん=同(12)=を失った鈴木典行さん(55)が案内した。震災遺構の整備工事が進む校舎周辺の立ち入り可能な場所を見て回り、裏山にも登った。

 佐藤さんは校庭での運動会など被災前の学校の様子を写真を使って紹介。「大川小は特別な場所と言われるが、震災前は普通の日常があった。特別でないときに災害は起きる」と強調した。

 鈴木さんは震災2日後に真衣さんら多くの児童の亡きがらを土中から見つけ出した当時を振り返った。「学校管理下で多くの犠牲が出たのは大川小だけ。悔しい。こんなことがあってはいけない」と力を込めた。

 参加者にマスク着用と検温への協力を求めた。東京都の会社員松沢迅馬(はやま)さん(21)は「津波の脅威に絶句した。この事実を歴史に残す必要がある」と話した。

 伝承の会は2016年12月から今年1月までほぼ毎月、不特定多数が集まる語り部ガイドを実施。コロナ禍を受け、オンラインでの案内や個別の対応に当たってきた。佐藤さんは「同じ言葉でも実物を前にすると伝わり方が違う。開催できて良かった」と語った。

 次回は12月13日。



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