FC2ブログ

記事一覧

(論)日本点字制定130年 さらに役割広げる契機に(2020年11月8日配信『毎日新聞』-「社説」)

 日本語の点字が制定されて今年で130年になる。

 フランスで生まれた点字は、文章だけでなく、数式や楽譜なども表すことができる。日本に伝わると、当時の東京盲啞学校教員・石川倉次によって日本語にあった体系が翻案された。1890(明治23)年11月1日の選定会議で、日本点字が誕生した。

 以来、視覚障害者の生活向上や社会参加に大きな役割を果たしてきた。1925年には、世界で初めて点字投票が認められた。大学入試や資格試験なども点字で受けられるようになった。司法試験や医師国家試験を突破し、活躍している人もいる。

 街中のエレベーターや駅のホームドア、家庭内の洗濯機や温水洗浄便座などの表示でも点字が用いられ、目にする機会が増えた。

 技術の発達により点字の活用は広がっている。データ化され、メールでのやり取りやプリンターによる印刷が可能になった。中途失明者向けに大きなサイズの「L点字」も考案された。

 点字が光をもたらしたのは、視覚障害者だけではない。ハンセン病のため、視覚を失い、指先が使えなくなった人たちは、舌や唇で点字を読み心の支えにした。

 目と耳に障害がある盲ろう者のコミュニケーション手段の一つ「指点字」は日本で生まれ、世界の盲ろう者を孤独から救った。

 点字でできる行政手続きも増えた。内容証明郵便、訴状などでも使用が認められるようになった。

 一方、点字の選挙公報の作成は法制化されておらず、郵便投票は認められていない。

 点字使用者の減少や若手点訳者の不足が指摘されて久しい。しかし、点字の使用状況などに関する国の詳細な調査は2006年以降、行われていない。

 点字を学びたい人は一定数いるが、習得のための環境は十分ではない。国は実態を把握し、課題解決につなげるべきだ。

 近年、ITを通じて多くの情報が音声で入手できるようになった。しかし、点字は、自分のペースで何度でも読み返し、思考を深めることができる。文字としての点字の重要性は変わらない。

 節目の年を点字の役割を広げる契機にしたい。



キャプチャ

1890年11月1日、東京盲唖学校において開催された第4回点字選定会議において、石川倉次の案が採用されてから本年で130年となりました。この記念すべき年にあたり、関係団体が協力して、点字の意義と役割を互いに確認するとともに、今後の日本における点字のあり方等を考える機会とするため、下記の記念講演会を開催することになりました。

東京盲唖学校発祥の地

キャプチャ

tk20_おまけ_東京盲唖学校発祥の地_日本点字制定の地2

場所;東京都中央区築地4丁目

 国立がんセンターの北東側に中央区立“市場橋公園”がある。公園の南側半分は観光バスの駐車場,北側は児童公園になっているが,その北端に「東京盲唖学校発祥の地・日本点字制定の地」と書かれた,茶色の御影石製のずんぐりした形の石碑が建っている。
 日本の視覚・聴覚障害者に対する教育は,京都と東京において ほぼ同時期に始まった。
1873(明治6)年, 京都の待賢小学校内で聾唖教育が開始された。数年後には盲教育も始まり,後に「京都府立聾唖学校」となった。
 東京においては,1875(明治8)年に“楽善会”という篤志家グループによる盲人教育施設を設立する運動が始まり,1880(明治13)年に「楽善会訓盲院」が開校,聾教育も行われるようになった。
 1884(明治17)年,校名を「東京訓盲院」と改めたが経営困難となったため,1885(明治18)年 文部省直轄となり「東京盲唖学校」と改称。
 戦後 東京教育大学の附属校となり,現在は「筑波大学附属視覚特別支援学校」「筑波大学附属聴覚特別支援学校」となっている。

 視覚障害者が触覚で読む字“点字”は,一般に横2×縦3の6つの点で表される。

 日本では,1890(明治23)年に東京盲唖学校の石川倉次によって 6点式点字が考案され,これが“日本点字”として制定されて,国内で広く使用されるようになった。






スポンサーサイト



プロフィール

gogotamu2019

Author:gogotamu2019
障害福祉・政治・平和問題の最新ニュース・論説紹介

最新記事

カテゴリ