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コロナで変わる世界;<弔い編 インタビュー>松尾貴史さん「コロナは葬儀する自由奪った」 弔いの形、今後は(2020年11月21日配信『毎日新聞』)

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松尾貴史さん=大阪市福島区で2016年4月21日、山田夢留撮影

 コロナ禍のため、国内外で多くの人が肉親の看取りや葬儀ができない状況が続く。今年、母を亡くした放送タレントの松尾貴史さんに、弔いのあり方について聞いた。【聞き手・熊谷豪】

 ――今年、母親を亡くされましたね。

 ◆急でした。3月に母の家の近くに立ち寄った際、久しぶりに一緒にコーヒーを飲もうと思い、電話を掛け続けたのに応答がありませんでした。自宅を訪ねたところ、亡くなっていました。亡くなったのは約1カ月前だそうです。87歳で、年に不足はありません。亡くなる数日前も親戚を呼び出して、元気にしゃべっていたようです。

 葬儀は行わず、火葬場で手を合わせました。元々、母は「葬儀を挙げなくてもいい」という考え方の持ち主でした。また、コロナの感染拡大期のため、葬儀を行う雰囲気ではありませんでした。それが、葬式を行わないという決断を後押ししたと思います。コロナがなければ、小規模な葬儀はしたかもしれません。

 父母とも考えは同じで、3年前に父が亡くなった時も葬儀はしませんでした。故人の願いに応えることが弔いになると思います。

 ――葬儀のほかに、どんな弔い方があると考えますか。

 ◆葬儀の時だけ、お金と手間をかけ、人が寄り集まることだけが弔いではないと思います。折に触れて、「あの時に酔っ払って、おやじ暴れてたなあ」「あの時、母親のあの言葉に救われたなあ」と、思い出話をする機会をできるだけたくさん作ること。それが、私の考える弔いです。たとえ話ですが、昔は人が何かにぶつかりそうになった時に「おっと、ナムアミダブツ」と言ったそうです。危ない思いをして、無事だった時に「お母さん、ありがとう」と思うようにしておけば、父母が役立ってくれることにもなる。

 母が急に亡くなり、荼毘(だび)に付した時に感じたのは、「亡くなってしまえば肉体や遺骨は、単なる物質」ということです。そこには霊も心も宿っていない。むなしさだけが残りました。故人を指して、「あの人はどこかで見守ってくれているよ」という言い方をしますよね。霊魂があるとすれば自分の心、人々の記憶の中にあると思います。

 ――コロナ禍で葬儀を挙げられず、悲嘆にくれた遺族もいます。






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