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(論)強制不妊に関する論説(2020年12月1・2・3・9日・2021年1月16・18・2月7日)

強制不妊判決 門前払いは冷淡過ぎる(2021年2月7日配信『北海道新聞』-「社説」)

 旧優生保護法のもとで不妊と人工妊娠中絶の手術を強いられたとする道央の女性(77)が、夫(故人)と共に国に損害賠償を求めた訴訟で、札幌地裁が請求を棄却する判決を下した。

 裁判所は証拠不足などから、不妊手術の事実と中絶手術の強制性を否定した。いずれも国の責任を問う前提となる論点だ。

 それらが認定されなかったことで、原告側が求めていた旧法の違憲性の確認や、20年で損害賠償請求権が消える除斥(じょせき)期間の適否の判断には至らなかった。

 事実上の門前払いである。

 待望のわが子を奪われた被害の重大さと、長年の苦痛に向き合うのを拒絶した冷淡な判断だ。

 全国の同種訴訟のうち5件目の判決で、旧法下の手術自体が認められなかったのは初めて。原告側弁護団が「最低最悪の判決」と批判したのはもっともである。

 司法は立場の弱い人の人権を守る責務を負う。その認識を自覚しなおすべきではないか。

 訴状などによると、知的障害があった妻は40年前に初めて子どもを授かったが、親族から中絶を迫られた。夫は逆らえず中絶と不妊の手術の同意書に署名し、妻は手術を受けさせられた。

 誰にも言えなかったが、3年前に札幌の被害者が提訴したのを知り訴え出た。夫は一昨年に亡くなるまで自分を責め続けたという。

 判決は、不妊手術については「手術痕の写真など客観的な証拠がない」などとして退けた。

 中絶手術は認定したが、「経済的理由による可能性も否定できない」とし、障害を理由に強制されたとは認めがたいと断じた。

 弁護団は夫が生前語った録音を証拠として提出したが、裁判所は故人となっていることから採用せず、親族の別の証言を重視した。双方の言い分が等しく検討された上での判断とは言い難いだろう。

 中絶の経済的理由は争点となっておらず、判決で不意打ちのように出てきた。裁判所は妥当かどうかの立証を弁論の段階で原告側に促すべきではなかったか。

 旧法の被害者の多くは高齢となり、亡くなった人も多い。この判決で、手術痕が時間の経過で消えるなどした人たちがさらに声を上げにくくなることが懸念される。

 一昨年成立した救済法は内容が不十分だが、記録がなくても申告内容に明らかな不合理がなければ被害が認められる。深刻な人権侵害の救済に向け、柔軟な判断が司法にはあってしかるべきだ。





旧優生保護法「違憲」 救済は加害者の責任だ(2021年1月18日配信『琉球新報』-「社説」)

 人として当然の権利や幸福を国に奪われ、認められるべき補償もない。旧優生保護法の下、不妊手術を強制された人々はどこに救いを求めればいいのか。

 強制手術は憲法違反だとする79歳の男性の訴えに対し、札幌地裁は15日の判決で、旧法を違憲と認めつつ、賠償請求を棄却した。

 全国で同様に起こされた9件の訴訟で違憲判決は仙台、大阪両地裁に続き3例目だ。ただ違憲性に言及しなかった東京地裁を含め、除斥期間を理由に賠償を認めなかったのは札幌で4例目となった。

 これまでの判決を見る限り、旧法が違憲であることは明らかだ。政府は速やかに救済措置を検討し直すべきである。司法も除斥期間を理由とせず、権力によって奪われた尊厳をいかに回復すべきか再考しなければならない。

 今回の判決は仙台、大阪両地裁が示した憲法の幸福追求権(13条)、法の下の平等(14条)に加え、家族に関する個人の尊厳に基づいた立法を求める24条にも違反すると指摘した。違憲性をより明確に打ち出した点は評価できる。

 それでも民法の規定に基づき賠償請求権が20年で消滅する除斥期間を適用した。法を盾に判断を回避しているとしか見えない。

 司法が絶対視する除斥期間は本当に適当なのか。

 不妊手術を強制された女性が昨年12月、国を相手に静岡地裁に提訴した裁判では、原告側が(1)被害者の権利行使が不可能(2)その原因を加害者が作った場合、例外を認める―という最高裁判例を挙げ、除斥期間の除外を求めた。

 旧法から障がい者差別に該当する条文が削除されたのは1996年になってからだ。その間、救済法が成立するまで10年以上経過している。日弁連が国に謝罪や救済を求めたのは2017年のことだ。

 被害者が声を上げられるようになったのは最近でしかない。司法が人権の砦(とりで)なら、声を上げられなかった背景にこそ目を向けてもらいたい。

 国が責任を認めることも必要だ。19年に施行した救済法は被害者に一時金を一律320万円支給する。しかし法律の前文で加害の主体は「我々」となっており、責任の所在は曖昧なままだ。

 旧優生保護法に関連する裁判は沖縄にも当事者がいる一連のハンセン病訴訟と通底するものがある。

 周囲の人々の偏見や無理解が差別を助長した点だ。ハンセン病訴訟を通して被害や実態の差別が明らかにされ、救済を求める世論が高まった。

 札幌地裁の訴訟では原告に対して「金が欲しいのか」などの中傷があったという。残念ながら障がいに対する偏見は世の中にいまだにある。

 不妊手術を強制した背景に障がい者への偏見があったことは否めない。一人一人が差別意識をぬぐい去り、被害者とともに国へ働き掛けることが救済への道を開くはずだ。





強制不妊判決 時の壁適用は理不尽だ(2021年1月16日配信『北海道新聞』-「社説」)

 一生続く人権侵害に時の壁を適用するのはあまりに理不尽だ。

 旧優生保護法下で不妊手術を強いられたとして、札幌市北区の小島喜久夫(きくお)さん(79)が国に損害賠償を求めた訴訟できのう、札幌地裁が訴えを退ける判決を下した。

 不法行為から20年で損害賠償請求権が消滅する「除斥(じょせき)期間」の考え方を形式的に適用した。

 同種訴訟では、これまでの3地裁のいずれも除斥期間を理由に原告の請求を棄却している。時の壁が立ちはだかるのは4度目だ。

 旧法の違憲性については、「極めて非人道的」などとして過去の判決より踏み込んで指弾した。

 そうならば、立場の弱さから声を上げられなかった被害者の事情をくみ、救いの手を差し伸べるべきではなかったか。非道な国策の被害に真摯(しんし)に向き合うべきだ。

 小島さんは19歳のころ、精神疾患患者とみなされ、強引な手術で子どものつくれない体にされた。

 誰にも言えず悩んできたが、2018年1月に宮城県の女性が全国で初めて提訴したのをきっかけに、同じ境遇の人に声を上げてほしいとの思いから初めて実名を公表して提訴した。

 除斥期間の適否が裁判の大きい争点だった。

 小島さん側は、20年の起算点は手術時ではなく、宮城の女性の提訴時など自分も国の被害者だと認識できた時とするべきだ―と主張。除斥期間の適用は正義公平の理念に反するとも訴えた。

 だが判決は「20年は請求権の存続期間を画一的に定めたもの」として、起算点はあくまでも手術時で請求権は消滅したとした。正義公平という抽象概念を持ち出すのはためらわれると退けた。

 手術から20年後の1980年ごろは旧法下、不妊手術が「適法」に行われていた。そんな中、差別や偏見を恐れた被害者がどうして裁判を起こせたか。実情から目をそらした空論と言わざるを得ない。

 そもそも除斥期間は、昔の被害を突然訴えられるなどのトラブルを避けるために設けられた民法に基づく概念だ。被害が重大な強制不妊手術にはそぐわない。

 改めて考えるべきは、旧法を制定した国会、手術を積極的に推進した行政や医学界、無関心を決め込んできた社会の罪深さである。

 一昨年成立した救済法はおわびの主体があいまいな上、内容に不足がある。全国約1万6500人、道内約2600人とされる強制不妊手術被害者の真の救済に踏み出すのが、国会と政府の責務だ。



人権侵害の証人(2021年1月16日配信『北海道新聞』-「卓上四季」)

 列車の窓から、一人の女性が紙吹雪を散らす。それは紙か、布の切れ端か。松本清張原作の映画「砂の器」(野村芳太郎監督)の名場面。その美しさは、ハンセン病に対する差別の闇の深さとあまりに対照的だった

▼思想は時に暴走し、牙をむく。人の恐れにつけ込み、瞬く間に広がる。熱狂する人々に自覚はない。後には犠牲者の山。歴史はその繰り返しだ

▼ハンセン病患者を強制隔離したらい予防法が廃止された1996年まで続いたおぞましい法律がある。旧優生保護法。人に優劣をつけ、劣る者を断絶する優生思想を広めた。障害者らを社会の重荷として、不妊手術を行う根拠となった

▼当時その非人間性は省みられなかった。国は手術を奨励し、北海道などは年次目標を掲げた。対象者の聞き込みを保健所に指示し、手術申請は医師の義務とまで促した

▼手術を強制された札幌市の小島喜久夫(きくお)さんが国に賠償を求めた訴訟で札幌地裁はきのう、被害から20年以上が過ぎ、請求権が消滅したとして退けた。だが、今になって法律は違憲だったと言い、訴えなかった方がおかしいという理屈はあまりに酷ではないか

▼国は今、入院を拒否したコロナ患者に罰則を科すことを検討している。人権を制限する権力は一見美しい大義を掲げるものだ。人ごとと思わぬ方が良い。心身の自由を奪われてからでは取り返しがつかぬ。歴史がその証人である。





【強制不妊訴訟】責任の所在を明確に(2020年12月9日配信『高知新聞』-「社説」)

 旧優生保護法下の強制不妊手術を巡り、聴覚障害のある80代男性と70代妻、知的障害のある70代女性の3人が計5500万円の国家賠償を求めた訴訟で、大阪地裁は旧法を「憲法違反」と認めながら、国の賠償責任は否定した。

 強制不妊手術に対する国家賠償請求訴訟の判決は、昨年5月の仙台地裁、今年6月の東京地裁に続いて3件目となる。過去2件と同様、今回も不法行為から20年が過ぎると請求権がなくなる「除斥期間」の壁にはばまれた。

 旧法を違憲とした仙台地裁、違憲性に言及しなかった東京地裁と比べて、今回の判決は少しではあるが前進したといってよい。

 「手術は生殖能力の喪失という重大で元に戻らない結果をもたらし、本人の同意を要しないとする規定に合理性はない」と断じた上で、憲法13条の幸福追求権、14条の法の下の平等に照らし違憲とした。14条違反を認めたのは初めてだ。

 「特定の障害や疾患がある人を一律に『不良』と断定し極めて非人道的かつ差別的だ」とも指摘した。

 子どもを産み、育てる権利を奪った旧法に対する判断は、国民の感覚からしても、うなずけよう。理解に苦しむのは、国の賠償責任に関して「除斥期間」を適用した点である。

 夫婦の場合は1974年、手術を受けさせられた。説明はなく当然同意もしていない。

 判決は「長期間提訴できなかったのは、不妊手術が旧法に基づくと知らされなかったためで、損害賠償請求権が失われたことを受け入れがたいとする心情は理解できる」とまで述べている。

 ところが、提訴の起算点については「手術の時」とする国の主張を認めた形だ。「提訴できない状況を国が意図的につくり出したとも認められない」とのくだりには感覚を疑わざるを得ない。知らずに手術された被害者が責めを負うのだとすれば、おかしくはないか。

 不妊手術を受けたのは約2万5千人。国会は旧法の立法経緯や被害状況を調べている。3年ほどかかる見通しという。再発防止につながる徹底調査を求める。

 5年限定で被害者に320万円を支給する一時金制度が議員立法で昨年施行されたが、認定は今年11月末で833人にとどまっている。

 被害者が声を上げにくいままではないか懸念される。被害者の中には一時金制度は良しとしつつ、国家賠償が認められることが本来の在り方と考える人もいるかもしれない。

 同様に人権侵害が問題になったハンセン病訴訟では、らい予防法廃止の1996年が「違法行為が終わった時」と判断、除斥期間の適用を否定し、国に賠償を命令した2001年の熊本地裁判決もある。

 原告ら被害者は長年、人間としての尊厳を否定されてきた。理不尽な苦しみを味わった被害者は救済されて当然だ。その責任の所在は明らかにされなければならない。





旧優生保護法判決 除斥期間適用は柔軟に(2020年12月3日配信『秋田魁新報』-「社説」)

 旧優生保護法下で不妊手術を強いられたのは憲法違反だとして、聴覚障害のある大阪府の80代男性、70代妻と知的障害のある近畿在住の女性(77)の計3人が国に総額5500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は旧法は違憲と判断した。

 だが、3人の賠償請求はいずれも棄却。手術から提訴までに20年の「除斥期間」が経過し、権利が消滅したとした。長年にわたり個人の尊厳を踏みにじられた被害者にとって「時間の壁」によって救済を阻まれるのは残酷と言うほかない。原告は控訴を検討している。今後の柔軟な司法判断を期待したい。

 訴訟は全国9地裁・支部で起こされている。判決は昨年5月の仙台地裁、今年6月の東京地裁に続き3件目。いずれも賠償請求は棄却した。旧法を違憲としたのは仙台に続き、大阪が2件目となった。

 大阪地裁は旧法について「子を産み育てるか否かの意思決定を侵害」し、「極めて非人道的かつ差別的」と指摘。幸福追求権(憲法13条)や法の下の平等(同14条)に照らし違憲と判断した。14条違反を認めたのは初。国は違憲判断の重みを真摯(しんし)に受け止めなければならない。

 除斥期間は民法上の規定。加害者と被害者の間に生じた権利関係を一定の時の経過で確定させ、利害調整を図る。不法行為から20年が過ぎれば自動的に賠償請求権が失われるとする。

 過去には20年を超えても除斥期間を適用しなかった例がある。原告が生後間もなく種痘接種で重度の障害を負い、成人になった時点で心神喪失状態だった場合などだ。最高裁は特段の事情がある場合、請求権が失われるのは著しく正義、公平の理念に反すると判示している。

 大阪地裁は、原告が長期にわたり提訴できなかったのは手術が旧法に基づくと知らされず、国家賠償を求める手段があることを認識していなかったためと認定した。そこまで被害者に理解を示すなら、除斥期間について別の判断ができなかったのか、疑問が残る。

 旧法は「不良な子孫の出生防止」を目的に1948年に制定。約1万6500人が強制的に不妊手術を受けさせられた。96年に障害者差別に当たる条文を削除し、母体保護法となった。

 国会が被害者救済に動きだしたのは、宮城県の女性2人が2018年に初めて提訴し、社会問題化してから。昨年4月、一時金320万円の支給を柱とする救済法が成立した。支給対象と認定されたのは今年11月末で833人にとどまる。被害者は高齢化が進んでいる。国は制度周知に一層力を入れるべきだ。

 救済法は国会審議の際に被害者からの意見聴取を行っておらず、国の法的責任にも触れていない。国は救済へさらに一歩踏み出すべきだ。まず被害者たちの声を直接聞き、国として謝罪の意を伝えることを求めたい。



優生手術判決 時の経過で責任は消えぬ(2020年12月3日配信『信濃毎日新聞』-「社説」)

 旧優生保護法を違憲と断じながら、国の賠償責任は認めない―。重大な人権侵害の回復を図るべき司法が、その責務を自らなげうつかの判決だ。

 旧法の下で不妊手術を強いられたとして近畿地方に住む男女3人が国に損害賠償を求めた裁判で、大阪地裁が請求を棄却した。先行した仙台地裁、東京地裁の判決に続き、「除斥(じょせき)期間」が既に過ぎているとの理由である。

 権利関係が長く確定しない状態を避けるため、不法行為があったときから20年が経過すると損害賠償の請求権は消滅するという民法上の考え方だ。明文の規定ではなく、最高裁が示した条文解釈が根拠となってきた。

 大阪地裁に提訴したのは、聴覚障害がある70代、80代の夫婦と、知的障害がある70代の女性だ。夫婦の妻は1974年に、もう1人の女性は65年頃に、何も知らされないまま不妊手術を受けさせられた。どちらも40年以上前だ。

 除斥期間について最高裁は過去に、それを理由に賠償を免れることが著しく正義、公平に反する場合は適用を制限できるとの判断を示している。原告側は今回、重大な人権侵害に対して機械的に適用すべきでないと主張していた。

 判決は、障害がある原告が裁判を起こすことには制約があったと認めながら、例外とするのは相当でないと結論づけた。提訴できない状況を国が意図的につくり出したわけではないと言うが、納得がいかない判断である。

 「不良な子孫」の出生防止を目的に掲げた旧法は、戦後半世紀近く存続し、障害者らに不妊手術を強いた。96年の改定後も国は謝罪や補償を拒み、長く救済の立法措置も講じてこなかった。賠償責任を免れるのは理に反する。

 判決は、旧法を「極めて非人道的かつ差別的」だとし、幸福追求権や法の下の平等を定めた憲法に反するのは明らかだと述べている。それでいてなぜ、長く声さえ上げられずにきた被害者に背を向けるのか。司法は誰のため、何のためにあるのかと思わされる。

 被害者に一時金を支給する救済法が昨年ようやく成立したが、国の責任は明確にされていない。320万円の一時金も被害の実態に見合わない。差別と人権侵害に正面から向き合い、被害の回復が図られたとは言いがたい状況だ。

 優生手術をめぐる裁判は各地で起こされている。形式的な法解釈で国の責任を免じる判断が続けば、国会や政府をただすべき司法の存在意義が問われる。



強制不妊再び違憲 救済判断こそ司法の責務(2020年12月3日配信『熊本日日新聞』-「社説」)

 障害者らへの強制不妊手術を認めていた旧優生保護法(1948~96年)は憲法違反であるとの判断を、司法が再び示した。聴覚障害のある高齢夫婦と知的障害のある高齢女性の計3人が国に損害賠償を求めた訴訟の大阪地裁判決である。

 判決は「極めて非人道的かつ差別的だ」と旧法を断罪。幸福追求権(憲法13条)や、法の下の平等(同14条)に照らして違憲だとした。全国9地裁・支部で起こされた同種訴訟で3件目の判決。違憲判断は、昨年5月の仙台地裁判決に続き、2例目。14条違反も認めたのは初めてだ。

 だが、一方で賠償請求については、先行の仙台、東京訴訟同様、国の主張通り、手術から20年の除斥期間が経過し権利が消滅したとして棄却した。司法救済はまたも「時の壁」により阻まれた。

 憲法違反としながら、時の壁については国の主張をうのみにするのでは、一貫性に欠けよう。なぜ救済の必要性に踏み込まなかったのか、疑問が拭えない。

 最高裁判決では、著しく正義、公平の理念に反する特段の事情がある場合、除斥期間を適用しなかった例もある。「極めて非人道的かつ差別的」事態を招き、長年放置してきたのは一体誰か。今回の判決には、その視点が欠けていると言わざるを得ない。

 判決は、子を産み育てるか否かの決定や身体を傷つけられない自由を侵害し、根拠のない差別的取り扱いをするもので「明らかに違憲」と断じた。その上で「手術で被った精神的、身体的被害は甚大」「請求権が失われたことを受け入れがたいとする心情は理解できる」と原告に寄り添った。

 にもかかわらず「提訴できない状況を国が意図的につくり出したとも認められない」と判示した。さらに、救済のための立法などを実現させてこなかった政府や国会の不作為についても「違法性は認められない」と結論付けた。誤った法律の犠牲者には、国の方から救済の手を差し伸べるべきではないのか。

 旧法に基づき、全国で少なくとも約2万5千人の障害者らが不妊手術を受け、このうち約1万6500人は強制だったとされる。しかも、身体拘束や麻酔使用、だました上での手術さえ容認していたことが分かっている。

 被害者の多くはもともと判断能力にハンディがあり、すでに高齢になっている。何重にもわたって自ら声を上げられない構造の中に放置されてきたのである。政府が積極的に救済措置を取る立場にあったのは明らかだ。

 国会はやっと昨年、被害者を救済する法律を成立させた。だが、法案審議で被害者による意見陳述はなく、条文には、旧法の違憲性や国の責任は明記されなかった。

 行政府や立法府に誤りや不作為があれば、厳しく問い、改善を促すことこそ司法の役割だ。時の経過で機械的に国を免責するのではなく、被害者救済へ踏み込んだ判断を示す責務があるはずだ。





違憲の強制不妊 救済に踏み出すのが筋(2020年12月2日配信『朝北海道新聞』-「社説」)

 時の壁がまた立ちはだかった。

 旧優生保護法下に不妊手術を強いられたとして、大阪の夫婦らが国に損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁が訴えを退けた。

 旧法の違憲性を認めながらも、不法行為から20年で損害賠償請求権が消滅する「除斥(じょせき)期間」の考え方を機械的に適用した。

 全国9地裁・支部で起こされた同種訴訟で3件目の判決で、いずれも除斥期間が理由となって原告側の敗訴となった。

 しかし、違憲とされた法による被害が救済されないのは、人権侵害を放置するに等しい。救いの手を差し伸べるのが筋だ。

 そもそも被害者が声を上げられるようになったのは最近で、除斥期間を用いるのは適切でない。司法は実態に即し判断すべきだ。

 判決は、不良な子孫の出生防止という旧法の立法目的を「極めて非人道的かつ差別的」と断じ、強制不妊手術の規定を「明らかに違憲」と指摘した。

 違憲判断は昨年5月の仙台地裁判決に続く2例目だが、憲法13条の幸福追求権に加え、今回は14条の法の下の平等にも反すると言及し、より踏み込んだと言える。

 旧法下、知的障害などを理由に不妊手術が約2万5千人に行われた。うち強制は約1万6500人で、道内は都道府県中最多の約2600人に上るとされる。

 極めて大規模で深刻な人権侵害だ。違憲判断は当然だ。

 ところが損害賠償請求権については、判決は「20年が経過し、消滅した」とあっさり否定した。

 旧法の問題点が広く知られるようになったのは、宮城県の女性が仙台地裁に提訴した2018年1月以降と言ってよい。これに励まされ、沈黙していた被害者が口を開くようになったのが実情だ。

 各訴訟の原告には、知らない間に不妊手術を受けたり、周囲を気にして最近まで被害を打ち明けられなかった人も多い。

 こうした実態を踏まえれば、旧法の被害者に除斥期間を適用するのはなじまない。判決は冷淡にすぎると言うほかあるまい。

 法廷闘争は各地で続き、来年1月15日には札幌地裁判決も控える。各裁判所には、除斥期間の柔軟な適用と被害者に寄り添った判断を望みたい。

 昨年4月に成立した被害者救済法は320万円という一時金額の少なさと、本人が申請しない限り支給されない欠陥を抱える。国と国会には、被害者の幅広い救済に向け手だてを尽くす責務がある。



強制不妊訴訟/賠償請求の壁 厚過ぎないか(2020年12月2日配信『河北新報』-「社説」)

 障害のために声を上げにくかった原告を思えば、裁判所は救済へ一歩踏み出すべきではなかったか。

 旧優生保護法の下で不妊手術を強いられたのは憲法違反だとして、聴覚障害のある大阪府の80代男性、70代妻と知的障害のある近畿在住の女性(77)の3人が国に計5500万円の損害賠償を求めた判決で、大阪地裁が旧法を違憲と判断した。

 賠償請求は、手術から提訴まで20年で損害賠償請求権が消滅する「除斥期間」が過ぎたとして認めなかった。

 同種の訴訟は全国9地裁・支部で起こされている。判決は3件目で、賠償請求は全て退けられた。違憲性を認めたのは昨年5月の仙台地裁判決に続いて2例目。

 判決は旧法が「極めて非人道的で差別的」と断じ、仙台地裁と同様の幸福請求権(憲法13条)に加え、法の下の平等(同14条)に照らしても違憲と判断した。14条違反を認めるのは初めてだ。

 今年7月の東京地裁判決が憲法判断に触れなかったことを考えれば前進だが、賠償はまたも「時の壁」に阻まれた。

 しかも除斥期間の適用範囲で東京地裁判決より後退したとも言える。東京地裁は算定の起点を「手術時」としながら「どんなに遅くとも、旧法改正で優生条項が削除された1996年まで」と、後ろにずらす余地を示した。

 それでも提訴まで20年以上がたち賠償は認められなかったが、可能性を検討したことは評価できた。今回は言及がなく、除斥期間を手術時から機械的に適用した。

 原告が手術を受けた当時、不妊手術は国策であり、原告が不当と訴えることは困難だった。法改正された96年も人権侵害の認識が広がっていたとは言えず、周囲に手術を隠すなどしていた当事者が裁判を起こすことは容易ではなかったろう。

 判決は「長期間提訴できなかったのは、不妊手術が旧法に基づくものだと知らされなかったためで、損害賠償請求権が失われたことを受け入れがたいとする心情は理解できる」とまで述べているのだから、弱者の立場に配慮した判断ができなかったのかと残念でならない。

 原告が勝訴するには、除斥期間の適用を制限すべき事情があったことを立証する必要がある。ハードルはかなり高いと言わざるを得ない。

 裁判とは別に、旧法下で不妊手術を受けた被害者に一時金320万円を支給する救済法が昨年4月に施行された。支給が認定されたのは今年10月末時点で814人。国の集計で強制的に不妊手術を受けさせられたのは約1万6500人とされる。亡くなった人がいることを考えても支給は一部にすぎない。

 被害者は高齢者が多い。存命中に少しでも救済が受けられるよう国は啓発に一層努めるべきだ。



強制不妊判決 疑問が残る「一律20年」(2020年12月2日配信『東京新聞』-「社説」)

 旧優生保護法下の強制不妊手術で、大阪地裁は同法を「違憲」と断じたのに、国への賠償請求は「20年の除斥期間が過ぎた」と退けた。原告には事情があった。「一律20年」の判断は疑問だ。

 原告は、聴覚障害のある夫妻と知的障害のある女性で、3人とも高齢者。夫妻の妻は1970年代、女性は60年代に不妊手術を受けさせられた。

 同種訴訟の判決は3件目。旧優生保護法への違憲判断は2例目だが、今回は憲法13条(幸福追求権)に加えて同一四条(法の下の平等)にも違反すると断じ原告側から一定の評価は得た。

 しかし、原告3人への賠償請求は棄却した。最大争点だった「(旧民法の規定で請求権が消滅する)20年の除斥期間はいつ始まるか」について、今回もまた、「起点は(40年以上前の)手術時」と判断したからだ。

 判決は「原告らは(同種提訴が相次いだ)2018年まで国家賠償を求める手段があると認識しておらず、原告らを責められない」とした。さらに「除斥期間が過ぎ、賠償請求権が失われる結果を受け入れ難いとする心情は理解できる」とまで寄り添った。

 なのに、除斥期間の規定は「被害者側の認識のいかんを問わず、画一的に定めたと解され、例外を認めることは相当ではない」と結論づけた。国の法律によって人間の尊厳を失わせる手術を受けさせられた原告らに対し、あまりにしゃくし定規の判断だ。目の前で苦しむ人たちを救済してこその司法ではないのか。

 旧優生保護法は「不良な子孫の出生防止」を目的に1948年、議員立法で制定された。96年に「強制不妊手術」の条項が削除されて「母体保護法」に改正されるまで、障害者ら約2万5000人が不妊手術を受けさせられ、ほぼ半数が存命という。一切知らされずに手術を施された例も多かった。

 昨年、1人当たり320万円の一時金を支給する救済法が成立したものの、これまでに支給が決まったのはわずか800件余り。手術記録の乏しさから被害者特定が難しく、名乗り出にくい被害者側の心理もあるとみられる。

 今年4月施行の改正民法では、賠償請求権を20年で一律に消滅させず、期間の一時停止などが可能となり、救済の幅が広がった。2004年4月以降の不法行為が対象で、今判決には適用されなかったが、今後、改正民法の趣旨を踏まえた柔軟な判断を求めたい。



強制不妊判決 「時の壁」があまりに高い(2020年12月2日配信『新潟日報』-「社説」)

 司法が2度目の「違憲」判断を下したことは評価できる。国は重く受け止めねばならない。

 一方で、被害者が求めてきた賠償はまたも「時の壁」に阻まれた。人権救済の観点から、もっと踏み込む必要があるのではないか。

 旧優生保護法(1948~96年)下で不妊手術を強いられたのは憲法違反だとして、近畿地方在住の3人が国に計5500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が大阪地裁であった。

 原告は、聴覚障害のある80代男性と70代の妻、知的障害のある70代女性だ。

 判決は旧法を「子を産み育てるか否かの意思決定を侵害し、特定の障害や疾患がある人を不良と断定し、極めて非人道的で差別的だ」と指弾した。

 その上で、憲法13条が定める幸福追求権や14条の法の下の平等に照らし違憲だと判断した。14条違反は、大阪地裁が初めて認めた。

 ただし、損害賠償については手術から提訴まで20年の「除斥期間」が経過し、権利が消滅したとして棄却した。

 同種の訴訟は、全国9地裁・支部で起こされ、このうち2019年に仙台地裁、今年6月には東京地裁で判決が出ている。

 仙台地裁は旧法を13条に照らして違憲としたのに対し、東京地裁は違憲性に触れなかった。両地裁とも除斥期間を根拠に賠償請求は退けた。

 旧法は障害を理由に強制的な不妊手術を正当化してきた。人としての尊厳を傷つける法律が違憲とされるのは当然だ。

 原告の夫婦は、妻が妊娠9カ月目の1974年5月、病院で胎児に異常があると言われ帝王切開を受けた際、知らぬ間に不妊手術を受けさせられた。

 女性は高校卒業後、産婦人科医院で不妊手術を受けさせられたとしている。

 除斥期間について原告は「障害などで手術時に提訴することは到底不可能であり、重大な人権侵害に対し機械的な法適用をすべきではない」と訴え、裁判の焦点となった。

 判決は「障害がある原告が司法にアクセスするのに一定の制約があったのは否めない」としながらも、「提訴できない状況を国が意図的、積極的につくり出したとは認められない」とし、適用が相当と結論付けた。

 原告は長年深い傷を負ったまま声を上げられずに来た。司法はこうした事情を重視し判断すべきではなかったか。「時の壁」が高すぎる。

 国は、主張が基本的に認められたと安堵(あんど)しているようだが、事態の深刻さにしっかり向き合うべきだ。

 昨年4月、被害者に一時金320万円を支給する救済法が成立した。原告らは謝罪の在り方や金額が不十分と受け止め、認定数は被害者の数%にとどまる。現状では救済につながっているとは言い難い。

 被害者の高齢化も進んでおり、残された時間は少ない。司法には被害者が納得できる救済を後押しする判断を望みたい。



「強制不妊」再び違憲 なぜ救済に踏み込まぬ(2020年12月2日配信『中国新聞』-「社説」)

 知的障害や遺伝性疾患などの患者に不妊手術を強制的に施すことを認めていた旧優生保護法(1948~96年)は憲法に違反する―。司法が再び、そう判断した。当然である。

 「不良な子孫の出生防止」との目的を掲げた旧法の下で不妊手術を強いられたのは憲法違反だとして、国に損害賠償を求めた訴訟の大阪地裁判決である。

 「極めて非人道的かつ差別的だ」と旧法を断罪。幸福追求権を定めた憲法13条に加え、法の下の平等を規定した14条に関しても、違反だとした。

 同様の訴訟は全国9地裁・支部で起こされ、判決が出るのは3件目。旧法を違憲だと判断したのは、昨年5月の仙台地裁判決に続き、2例目となった。

 ただ肝心の賠償請求については、仙台地裁や、旧法の違憲性には言及しなかった今年6月の東京地裁と同様、棄却した。3件とも不法行為から20年過ぎると、賠償請求権が消えるという民法の「除斥期間」、いわば時の壁を理由にしている。

 国は手術から数十年過ぎており、除斥期間の規定が適用されると主張していた。判決はそれを認め、訴えを棄却した。あまりにも機械的すぎ、血の通っていない判断である。

 憲法違反としながら、時の壁については国の主張をうのみにしたのでは、一貫性にも欠ける。著しく正義、公平の理念に反しているとして、20年を越えても除斥期間を適用しなかった最高裁判決もある。

 今回は、子を産み育てるかどうかの意思決定の自由や、身体を傷つけられない自由を侵害し、合理的根拠のない差別的取り扱いで「明らかに違憲」と判決は断じている。「手術で被った精神的、身体的被害は甚大」「請求権が失われたことを受け入れがたいとする心情は理解できる」とも述べている。

 そこまで指摘しながら、なぜ救済の必要性には踏み込まなかったのか。疑問が拭えない。

 「提訴できない状況を国が意図的につくり出したとも認められない」との判断だという。誤った法律の犠牲者には、国の方から救済の手を差し伸べるべきではないのか。

 さらに問題なのは、救済のための立法などを実現させてこなかった政府や国会の不作為についても「違法とはいえない」などと判断したことだ。

 旧法に基づき、全国で少なくとも約2万5千人が不妊手術を受けた。うち1万6500人は強制的だったとみられている。しかも政府は当時、身体拘束や麻酔使用、だました上での手術さえ容認していたのだ。

 国会は昨年ようやく、被害者を救済する法律を成立させた。欧州各国に比べて遅すぎる上、内容も不十分だ。法案の国会審議は、被害者による意見陳述機会のない「当事者不在」のまま進められた。条文には、旧法の違憲性や国の責任は明記されなかった。

 今回の判決で言う「極めて非人道的かつ差別的」な事態を招き、長年放置してきたのは一体誰か。その視点を判決は欠いている。行政府や立法府を免責し、司法の役割を積極的に果たそうとはしていない。政府や国会に不作為があれば、厳しく問い、改善を促してこそ、国民の期待にも応えられよう。三権分立も一層機能するはずだ。



強制不妊「違憲」 被害者の救済へ踏み出すべきだ(2020年12月2日配信『愛媛新聞』-「社説」)

 旧優生保護法下で不妊手術を強いられたのは憲法違反だとして、聴覚障害のある大阪府の70~80代の夫婦ら計3人が国に損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は旧法を違憲と判断した一方、賠償請求を退けた。

 全国9地裁・支部で起こされた同種訴訟で3件目の判決で、旧法の違憲性を認めたのは昨年5月の仙台地裁判決に続き2例目となる。しかし問題なのは、3件の判決とも国に損害賠償を命じておらず、被害者の司法救済につながらないことだ。

 いずれも、手術から提訴まで20年の「除斥期間」が経過し、賠償請求権が消滅したとしている。原告の多くは知的、身体的障害があり、同意や認識がないまま不妊手術を強いられた。こうした事情にもかかわらず規定を機械的に適用するのは、人権を守るとりでとなる司法の役割放棄ではないか。後続の地裁は原告の苦難に寄り添い、救済に踏み出す判断をすべきだ。

 原告のうち大阪府の夫婦は、妻が妊娠9カ月目で胎児に異常があると言われ帝王切開を受けた際、知らぬ間に不妊手術を受けさせられた。もう一人は近畿在住の70代女性で、日本脳炎の後遺症で知的障害になり、高校卒業後、母に連れられて入院し不妊手術を受けさせられた。

 大阪地裁は旧法について「子を産み育てるか否かの意思決定を侵害し、極めて非人道的かつ差別的」と指摘。憲法13条の幸福追求権や14条の法の下の平等に照らし違憲とした。国会議員による立法も違法と断じた。旧法による人権侵害は明白で、当然の判断と言える。国は改めて重く受け止め、立法経緯などの調査を急がねばならない。

 もう一つの大きな争点である除斥期間は、原告側に高いハードルとなっている。地裁は、障害によって原告が裁判を受けるための「司法アクセス」に一定の制約を受けたと認めた。それでも国が提訴できない状況を意図的、積極的につくり出したとは言えないとし、除斥期間の適用は相当と結論付けた。

 これまでに、不法行為から20年を過ぎても除斥期間を適用しない例外判断もあった。最高裁は特段の事情の場合、賠償請求権が失われるのは著しく正義、公平の理念に反すると判示している。原告らは国策として推し進められたとされる強制不妊手術で人生を奪われた。障害のため声を上げにくかった事情もある。地裁が旧法を断罪し障害による制約も認めながら、救済を図らないのは納得しがたい。

 1948年に制定された旧優生保護法は、96年に改正されるまで、知的障害や遺伝性疾患を理由とする不妊手術を認めていた。不妊手術を受けたのは約2万5千人、うち約1万6500人は強制とされる。昨年4月には被害者に一時金を一律支給する救済法が施行されたが、国の責任には触れず、金額も不十分との批判が強い。被害者は高齢化し救済が急がれ、国は誠実に対応する責務がある。



多くの悲劇に目をつぶってきた国と私たち社会である(2020年12月2日配信『熊本日日新聞』-「新生面」)

 熊本市の立田山麓にあった「龍田寮」の庭には、大きなユーカリの木が植えられていた。木村チズエさん(88)=合志市=は、親を探して泣き叫ぶ子どもをおんぶして木の周りを一晩中歩いたことを昨日のことのように覚えている

▼寮には、国立ハンセン病療養所菊池恵楓園に強制収容された人の子どもたちが預けられていた。寮の保育士だった木村さんは、親と引き離された子どもたちと寝食を共にし、姉代わりを務めていた

▼寮が閉鎖された後、子どもたちは県内の児童養護施設や親戚に引き取られたが、多くが苦渋に満ちた人生を歩んだという。「もっと抱き締めてあげればよかった」。木村さんは、還暦を過ぎたであろう「ユーカリの子どもたち」のことを今も案じている

▼恵楓園には先月下旬、生まれることを許されなかった子どもたちを悼む慰霊碑が建った。横に入所者の詩が添えられている。〈できることなら あなたとふたり/朝日の光のなかを/青空のもとを/夕焼けのなかを/手をつなぎ 歩きたかった〉

▼おととい違憲判決が下った旧優生保護法は、ハンセン病患者も優生手術の対象とし、男性には不妊手術、女性には中絶手術を強いた。中絶された中には7、8カ月の胎児もいたという

▼〈この涙を/光を見ずに 眠り続ける あなたに捧ぐ〉。そう続く詩は、わが子の強制堕胎に応じてしまった入所者の後悔と悲しみに満ちている。慰霊碑に手を合わせなければならないのは、多くの悲劇に目をつぶってきた国と私たち社会である。

「忘れてはならない」 ハンセン病療養所・菊池恵楓園に胎児慰霊碑を建立➡ここをクリック





強制不妊「違憲」/ならば救済にも踏み出せ(2020年12月1日配信『神戸新聞』-「社説」)

 非人道的な政策による被害の救済を求める訴訟の判決が、またしても法の壁の厚さを際立たせた。

 旧優生保護法下で不妊手術を強いられたとして大阪府の70~80代の高齢夫婦ら3人が国に損害賠償を求めた訴訟で、大阪地裁が原告の訴えを退けたのである。

 同様の訴訟は神戸地裁をはじめ全国9地裁・支部で起こされている。今回が3件目の判決で、昨年5月の仙台地裁、今年6月の東京地裁に続く原告側の敗訴となった。

 いずれも賠償請求権が消滅する20年の「除斥期間」を過ぎたとの理由だ。長年声を上げられずに苦しんだ実情を考慮せず、法をしゃくし定規に適用したと言うしかない。

 これでは、人権救済など「法の正義」の実現を託された司法機関の役割にもとるのではないか。

 ただ、強制不妊手術を定めた旧法について、大阪地裁は「憲法違反」と明快に述べている。

 「子を産み育てるかどうかの意思決定を侵害し、極めて非人道的かつ差別的だ」と指摘し、憲法13条の幸福追求権や同14条の法の下の平等に反するとの判断を示した。

 そもそも、旧法を制定した議員立法自体が違法だったとも断じた。

 知的障害や精神疾患、遺伝性疾患を理由とする不妊手術は、1996年の法改正で制度が廃止されるまで約50年も続けられた。手術は約2万5千人に行われ、約1万6500人が強制だったとされる。

 昨年の仙台地裁も「違憲」と認定しており、国はもちろん、政策実施に関与した医学界や地方自治体にも猛省を促したと言える。

 だが、除斥期間については「提訴できない状況を国が意図的、積極的に作り出したとは認められない」とし、「機械的な判断を避けるべき」とする原告の主張を退けた。

 原告夫婦は、妻が妊娠9カ月目で胎児に異常があると言われ、帝王切開を受けた際に胎児を亡くし、知らぬ間に不妊手術を施された。

 もう1人の70代の原告女性は、日本脳炎の後遺症で知的障害になり、高校卒業後、母親に連れられて入院し不妊手術を受けさせられた。

 旧法の違憲性を指弾したのであれば、被害者の立場の弱さなど声を上げられなかった事情を踏まえ、救済の手を差し伸べるべきではなかったか。他の地裁は訴えに耳を傾け、踏み込んだ判断をしてほしい。

 妻とともに神戸地裁に提訴した聴覚障害者の男性が先月、結審を待たずに病死した。原告らの多くは高齢で、被害から長い歳月がたっている。被告の国はいたずらに争わず、争点を絞り込むなど、人道的な観点から裁判の迅速化を図るべきだ。




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