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籾井勝人・元NHK会長が、安保法制反対デモの報道を止めたのは「放送総局長かな……」と名指し(2020年12月14日配信『HARBOR BUSINESS Online』)

 東京・渋谷のNHK放送センターには社食が2つある。NHKは会社ではない、特殊法人だから正確には社食ではないが、機能は同じだ。職員約1万人、全国に放送局があるから全員が渋谷にいるわけじゃないが、職員以外にも大勢の人が働いているから、社食が2つあってもお昼には満席で行列ができる。

「5食」と呼ばれる東館5階の食堂は東側のオープンスペースに向けて開けていて、ほんの少し高級感が漂う。対して「1食」と呼ばれる本館1階の食堂はぐっと庶民的だ。社食としては、安さと味のバランスがとれてまずまずだと思う。ここの特徴は、ちょんまげ姿のお侍さんや着物姿の町娘がよく食事をしていること。時代劇の衣装室が近くにあるからだ。いかにもテレビ局という雰囲気がある。

 この庶民的な1食で一時期、お昼時にある著名人が食事をする姿をしばしば見かけることがあった。籾井勝人さん。2014年(平成26年)から1期3年間、NHK会長を務めた。日本最大の放送局のトップが社食で食事をするなんて、かつて聞いたことがない。

 どの大企業でも社長が社食で食事をすることはめったにないだろう。経営再建中のJALで社長が社食で食事をするのが素晴らしいと記事になったくらいだ。

 籾井さんといえば就任会見での発言。「政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない」があまりにも有名だ。ほかにも従軍慰安婦を巡る認識をはじめ問題とされた発言はあったが、中でもこの発言が「政権寄りの態度をあらわにしたもので、不偏不党を求められる公共放送のトップにふさわしくない」と厳しく批判された。「籾井さんが会長でいるうちは受信料を払わない」という動きが現れたほどだ。

 実はあの発言は、放送一般について述べたものではない。NHKが海外向けに英語など多言語で発信している「国際放送」について質問されて答えたものだ。国際放送はNHKの一般の放送とは違って「わが国の重要な政策、国際問題に対する公的見解並びにわが国の世論の動向を正しく伝える」という国際番組基準にのっとって放送され、必要に応じて総務大臣が放送事項などを要請できる、ということに放送法ではなっている。

 NHKの放送はほぼすべて受信料でまかなわれているが、総務大臣の要請による放送は国の交付金でまかなわれる。籾井さんの発言は国際放送に限って言えば必ずしも間違ってはいないのだが、「右と言うものを左とは言えない」というその言い方が、いかにも政府寄りに聞こえる。つまり、言い方が悪かった。彼は言い方でだいぶ損をしたと思う。

口は悪いけど、人のいいおっさん

 籾井さんは2017年(平成29年)1月に会長を退任した。その翌月、森友事件が発覚する。大阪の森友学園に財務省が国有地を格安で売却した。そこに建つ小学校の名誉校長は当時の安倍首相の妻、安倍昭恵さんだった。取り引きの経緯を記した公文書が不正に書き換えられた(=公文書改ざん)。この事件をNHK記者として取材していた私は翌年、記者を外されてNHKを辞めた。

 それから1年余り、2019年(令和元年)の大晦日に、ネット配信番組「Abema Prime」で籾井さんと一緒にスタジオ出演することになった。私は初対面の取材先の人について、どういう方なのかを事前にあれこれ調べてからお会いすることにしている。

 籾井さんについても調べた。NHKだけではなく、その前の日本ユニシス社長、三井物産副社長時代にさかのぼって、当時を知る人に話を聞いた。その結果、誰もが同じことを言った。

「口は悪いけれど人のいいおっさん」

 みんなに好かれていたと。その評価は見事に一致していた。面倒見がよく、部下を大切にする。そんな人柄が浮かび上がった。

 実際にお会いした籾井さんの印象もまさにその通りだった。これはいけるのではないか? 私はその当時、高校時代の新聞部仲間の境治というメディア・コンサルタントと一緒にやっていたユーチューブ配信番組に誘ってみた。すると気さくに応じてくれた。

 配信番組の出演は2020年(令和2年)2月10日。この日、私は籾井さんと会う前に『週刊文春』編集部の人と会っている。目的は、森友事件で公文書の改ざんを押しつけられて命を絶った財務省近畿財務局の赤木俊夫さんが、死の直前に経緯を書き遺した「手記」のこと。

 誰も見たことのないその手記を、俊夫さんの妻、赤木雅子さんから預かったので、全文を記事で掲載したいと持ちかけた。文春は二つ返事でOKだった。実際には赤木雅子さんが国などを訴えるのに合わせて3月18日に掲載され、『週刊文春』のその号は53万部が完売した。

安保法制反対デモの放送を止めたのは、籾井さんじゃなく放送局長!?

 掲載決定で気分が高ぶったまま、私は籾井さんとの対談に臨んだ。この時、どうしても聞いておきたいことがあった。籾井さんが会長在任中の2015年(平成27年)8月、安保法制が国会で審議され、反対運動が大きな盛り上がりを見せた。国会を連日デモ隊が取り囲み、主催者発表で5万人が集まった夜もあった。

 当然、テレビ・新聞各社が大きく報じたが、NHKは翌朝のニュース番組『おはよう日本』で一言も触れなかった。あまりにも不自然だ。現場レベルではない、上からの指示があったに違いない。そこを突いた。

「籾井さん。あの時、安保法制反対デモを報道しないように現場に伝えませんでしたか?」

「いや、私は放送現場に何かを放送するなとか放送しろとか、そんな具体的なことを指示したことは一度もありません」

「でもあれは上からの指示がない限り、現場であんな判断をするはずがありませんよ。籾井さんが指示しなかったとしたら誰か別の人が指示したんじゃないですか? それは誰ですか?」

「う~ん……放送総局長かな」

 放送総局長はNHKの放送の最高責任者。当時は板野裕爾氏。『クローズアップ現代』の国谷裕子キャスターの降板をはじめ、政権の意向を忖度してきたとささやかれている。その後、外郭団体の社長に転じたが3年後に再び専務理事として復帰し、「異例の返り咲き」と話題になった。当時の会長が断定はしないものの、放送総局長を名指しししたことは大きいと感じた。

実際に会った籾井さんの人物像
 番組終了後、僕らは会場に集まった人たちとともに籾井さんを反省会に誘った。籾井さんは手術後間もなく、お酒は飲めないということだったが、反省会に付き合ってくれた。近くの居酒屋で、自身は酒を呑まないのに、みんなのために料理を取り分けるなど、主賓とは思えないほど気を使ってくれた。

 そこに偶然にも、TBS『報道特集』の金平茂紀さんが同じ店に現れた。近くで行われたイベントの参加者たちと一緒だった。以前から顔見知りだったので私はあいさつに行った。すると……。

「あそこにいるの、籾井さんでしょ? 一緒なの?」

「ええ、ユーチューブの配信番組に出てもらった後なんです」

「へえ~」

 意外な取り合わせだ、という表情を見せた。籾井さんは世間で言われている人物像とはかなり違う、というのが私の印象だ。

 日本に暮らす人なら誰もが知っているNHK。だけどその内実は意外に知られていない。批判する人も支持する人も、内情を知った上で議論してほしい。そして、私を31年間育ててくれた公共放送NHKについて理解を広めたい。そんな思いで連載を始める。

 あなたの知らないNHKへ、ようこそ。

【あなたの知らないNHK 第1回】
<文/相澤冬樹>

【相澤冬樹】
大阪日日新聞論説委員・記者。1987年にNHKに入局、大阪放送局の記者として森友報道に関するスクープを連発。2018年にNHKを退職。著書に『安倍官邸VS.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由』、共著書に『私は真実が知りたい 夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』(ともに文藝春秋)




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Author:gogotamu2019
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