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(論)生活保護に関する論説(2020年12月21日・2021年1月29日・31・2月2・8・14・21・24・25・26・27・28・3月2・4・8・10日)

生活保護費判決 生存権軽視容認できぬ(2021年3月30日配信『北海道新聞』-「社説」)

 国が生活保護基準額を大幅に引き下げたのは生存権を侵害し違憲だと、道内の受給者が訴えた裁判で、札幌地裁はきのう、請求を棄却する判決を言い渡した。

 厚生労働相に広い裁量を認めた上で、判断や手続きに裁量権の逸脱や乱用はなく、引き下げは違憲ではないとした。

 だが、引き下げの算定方法は受給者に明らかに不利だった。困窮の度合いを増している原告の厳しい生活実態に向き合ったとは言えず、容認できない判断だ。

 国の決定は憲法25条が保障する最低限度の生活を営む権利を軽視したと指摘せざるを得ない。

 生活保護の意義を踏まえ、国はあり方の見直しを検討すべきだ。

 国は2013~15年、生活保護費のうち衣食や光熱費などの生活扶助の基準額を、平均6・5%、最大10%引き下げた。年間の削減総額は670億円にのぼった。

 道内の受給者約130人が、国の決定に沿って扶助額を引き下げた札幌や苫小牧など居住する市と道を訴えていた。

 厚労省は引き下げにあたり、基準額に主に物価下落を反映させる手法を採用した。ただ、専門家の部会で検討しておらず、原告側は不当だと主張した。

 だが判決は「物価を考慮するかは厚労相に委ねられ、専門家が検討しなくても裁量権の逸脱や乱用にはならない」と指摘した。

 その上で「厚労相には国の財政事情を含めた判断が求められる。原告の生活は最低限度を下回っているとは認められない」として原告側の訴えを全面的に退けた。

 厚労省は原油が高騰した年を物価下落の起点とし、受給世帯が頻繁には購入しないパソコンなどの価格下落を反映させていた。

 これでは受給者が物価下落の恩恵を受けないまま、生活扶助費だけが減らされる不利益を受けることになろう。なぜこのような算定基準を採用したのか、厚労省から納得のいく説明はない。

 大幅引き下げありきの恣意(しい)的な政策決定との疑いが消えない。

 12年にはお笑い芸人の親族の生活保護受給が報じられ問題視された。同年末の衆院選で政権復帰した自民党は、生活保護1割カットを公約に掲げていた。

 当時の安倍晋三政権の公約の実現に向け、厚労省は不自然な手法を持ち出したのではないか。

 生活保護は公助の要だ。コロナ禍でその重要性は増している。困窮する人たちをスムーズに受給につなげる取り組みこそ重要だ。



「人間裁判」の訴え(2021年3月30日配信『北海道新聞』-「卓上四季」)

 1日の食費は犬のえさ代にも満たなかった。支給される生活扶助費は月600円。買える肌着は2年に1着で血たんを拭くちり紙さえ買えない。1959年国立岡山療養所の病室で行われた臨床尋問で、結核患者朝日茂さんは生活保護打ち切りの不当性を訴えた(「人間裁判」大月書店)

キャプチャ

▼病気で働けなかった朝日さん。地元の社会福祉事務所は兄を見つけ出して仕送りをさせ、支給を打ち切る。月1500円のうち、本人に600円を渡し、残りは医療費の自己負担として取り上げた

▼後に「人間裁判」と呼ばれる「朝日訴訟」は、生活保護の支給基準や運用が憲法25条が定める生存権を侵害していないかが焦点となった

▼二審は逆転で原告敗訴となったが、人として最低限度の生活の具体的保障は国の義務と明示した東京地裁判決は、その後の社会保障運動を切り開く礎となる▼安倍晋三政権下で始まった生活保護費引き下げの取り消しを求めた訴訟で札幌地裁はきのう、請求棄却の判決を出した。大阪地裁に続く原告勝訴とはならなかったが、全国で約30件ある同種訴訟を通じて行政の裁量権の在り方を考え続けたい

▼朝日さんは臨床尋問で「私はこのときとばかり、全身全霊をうちこんで訴えた」と自著に記した。「憲法は絵に描いた餅ではない」とは、その話を聞いた当時の浅沼武裁判長の言葉だ。耳を澄ませば聞こえる社会の悲鳴がある。





「声を上げれば変えられる」(2021年3月10日配信『しんぶん赤旗』ー「潮流」)

 憲法25条が保障する生存権を具体化したものが生活保護だと言われています。私たちの暮らしの土台となります。国はこの土台を2013年8月から少しずつ切り崩してきました。生活保護費を減額したのです

▼その実施を前に、自民党はバッシングを主導。生活保護への憎悪をあおりました。それでも保護利用者は勇気を奮い、違憲訴訟の原告に。保護費が減額されたら人間らしい暮らしが送れなくなると

▼減額が「国民感情や国の財政事情を踏まえた」自民党の政策の影響を受けたものであるとしても、違法とはいえない―。名古屋地裁が昨年6月に出した判決は、不当でした

▼「もやしや豆腐料理ばかりで、子どもたちにはもっと食べさせたい」。コロナ禍で、ひとり親家庭だけでなくふたり親家庭も困窮しています。「健康で文化的な生活」の中身が問われるいま、原告らの運動に共感が広がっています

▼2月22日の大阪地裁判決。「減額は違法」と断じました。「声を上げれば変えられる」。支援者らもわが事として喜び、励まされました。国と自治体はこの判決を不服として控訴。原告側も控訴しました

▼「食費を切りつめ、ガス代節約のため冬もシャワーで我慢」。保護費減額前に、3人の子どもと暮らすひとり親家庭の女性が語った実情です。さらに少なくなった保護費での生活が、「健康で文化的」と言えるのか。私たちの暮らしの土台はそれほどまでに低くてもかまわないのか。保護利用者だけでなく、国民全体の重要な問題です。





すばらしき世界(2021年3月8日配信『高知新聞』-「小社会」)

 人生の大半を刑務所で過ごした男が生き直そうと苦闘する。先日見た西川美和監督の映画「すばらしき世界」。30年ほど前の故佐木隆三さんの小説が原作で、実在のモデルがいる。

キャプチャ

 役所広司さん演じる主人公に世間の風は冷たい。生活保護を受けつつ職探しに明け暮れるが、うまくいかない。そんなある日、男はおやじ狩りをしていた不良2人をたたきのめす。彼なりの正義感も、周囲はその凶暴性に戦慄(せんりつ)する。

 それでも周囲が見捨てないのは、男が不器用でも懸命に生きようとしているからだ。身元引受人の弁護士やケースワーカー、近所のスーパーの店長らが何かと支援して職が見つかる。いまの世相でいえば自助・共助・公助がかみ合い、ようやく希望が見えてくるが―。

 もちろん映画は極端な事例ではある。ただ現実の社会でもいま、公助のあり方が問われている。昨年の生活保護の申請数は比較できる範囲で初めて前年比で増。コロナ禍による雇用の悪化で困窮する人が厚みを増している。

 政府もここへきて、親族に知られたくないと考える困窮者に申請をためらわせてきた「扶養照会」は弾力を持たせるようだ。とはいえ、このご時世に「まずは自助」を公言してきたトップの姿勢はやはり気になる。

 映画は社会の不寛容と、世の中捨てたものじゃないと思える自助・共助・公助が行きつ戻りつする。現実は「すばらしき世界」だろうかと考えてみる。





生活保護訴訟判決 国は真摯に受け止めよ(2021年3月4日配信『秋田魁新報』-「社説」)

 生活保護費の引き下げは憲法に違反するとして受給者らが取り消しを求めた訴訟で、大阪地裁が減額決定を取り消す判決を言い渡した。本県など29都道府県で約900人が同種の訴訟を起こしており、引き下げを違法とする司法判断は初。国は判決を真摯(しんし)に受け止めるべきだ。

 原告は大阪府に住む受給者ら42人。2013~15年の生活保護費引き下げは生存権を侵害し違憲と訴えていた。国はこの3年間で、生活保護費のうち食費などを賄う「生活扶助」を平均6・5%減額していた。

 同種訴訟では名古屋地裁が20年6月に初の判決を出し、引き下げ判断は裁量の範囲内として請求を退けた。これに対し大阪地裁は、国が引き下げの根拠とした物価下落率の算出法に異議を唱え、妥当性を否定。裁量権の逸脱や乱用があったと認定した。慎重さを欠いた国の手法を戒めた判決と言える。

 大阪地裁はまず、物価下落の起点を08年としたことを疑問視した。同年は原油や穀物の価格が高騰した「特異な」年だったため、翌年以降の物価下落率が著しく大きく算出され、合理性を欠くからだ。

 次に、総務省公表の消費者物価指数ではなく、厚生労働省独自の指数を使っていた点も問題視。この指数にはテレビ、パソコンなど生活保護世帯で支出割合が低いものが大きく反映されており、価格下落率を膨らませた。国は、国民の多様な嗜好(しこう)や消費行動に対応する必要があったと主張したが、地裁は不適切とした。国は引き下げの結論ありきで進めたとの指摘もある。

 生活保護は憲法25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するため、国の定める「最低生活費」に収入が満たない場合、不足分を支給する制度だ。支給額の改定は客観的な数値を基に厳密に行われなければならない。

 生活保護費の引き下げは安倍前政権が2013年に決めた。消費税増税をにらみ社会保障費の抑制が迫られた時期だった。生活保護に頼らず働く人が不公平感を抱かないためにも、保護水準の適切な見直し自体は必要なことだ。だが裁量の名の下、不適切な物価データに基づく改定で生存権が脅かされることがあってはならない。

 田村憲久厚労相は昨年末の会見で「生活保護を受けることは国民の権利だ。迷わず申請してほしい」と強調した。必要な人に保護が届く制度にするため、利用が憲法に基づく権利であることを国はもっとしっかりと周知すべきだ。

 コロナ禍で困窮しても身内に知られたくないと保護申請をためらうケースが想定される。国は申請時、本人の親族に援助できないか確認する「扶養照会」に関し、弾力的な運用とするよう先月改めた。照会不要とする親族の範囲を広げた内容だ。心理的な障壁を減らすよう、さらなる対策が求められる。





生活保護訴訟判決/客観性欠く減額への戒めだ(2021年3月2日配信『河北新報』-「社説」)

 生活保護は十分な収入や資産のない人に、健康で文化的な最低限度の生活を保障する国の制度だ。

 減額は困窮者を脅かす。必要であっても慎重に検討するべきであり、客観的な数値に基づく算定が必要なのは言うまでもない。司法が減額の客観性に疑問を投げ掛けた。国は謙虚に受け止めるべきだ。

 2013~15年の生活保護費の基準額引き下げが生存権を保障した憲法に違反するとして、大阪府に住む受給者ら42人が国と自治体に処分取り消しや慰謝料を求めた訴訟の判決で、大阪地裁が処分は違法とする判決を言い渡した。

 憲法違反かどうかの判断は示さず、慰謝料は認めなかった。

 原告側弁護団によると、青森、宮城、秋田など29都道府県で約900人が起こした同種訴訟で2件目の判決で、処分を違法として取り消したのは初めてという。

 国は13~15年の3年間で、生活保護費のうち食費や光熱費などの日常生活に充てる「生活扶助」を平均6・5%、最大で10%引き下げた。下げ幅は過去最大だった。

 訴訟では、生活保護基準を改定する厚生労働相の判断に裁量権の逸脱がなかったかが主な争点になった。

 昨年6月の名古屋地裁判決は、引き下げ判断は不合理ではないとして請求を退けていた。

 判決は、引き下げ決定手続きの2点を問題視した。

 一つは世界的な原油価格や穀物価格の高騰で「特異な物価上昇」が起こった08年を起点に物価下落を考慮した点だ。基準額の引き下げ幅が大きくなることにつながった。

 もう一点は消費者物価指数ではなく、厚労省が独自に算定した指数を使用したこと。厚労省の指数は、生活保護世帯で支出が少ないテレビやパソコンなど教養娯楽用品を含む。これらの比重が大きくなり、下げ幅が過大となった。

 判決は「統計の客観的な数値や専門的知見との整合性を欠く。裁量権の逸脱や乱用があり違法だ」と結論づけた。

 今回の司法判断は同種訴訟はもちろん、困窮者への公的支援制度にも影響を与えそうだ。

 引き下げの背景には当時、生活扶助の水準が生活保護を受けていない世帯の生活費を上回る現象が一部で起き、批判があったことがある。

 自民党は12年12月の衆院選で、生活保護給付水準の10%減額を公約していた。実際の下げ幅の最大10%と奇妙に一致する。国は引き下げを結論ありきで進めたと指摘する専門家もいる。

 新型コロナウイルスの流行で職を失ったり、収入が激減したりして生活苦に陥る人は少なくない。「最後のセーフティーネット(安全網)」とされる生活保護の役割は大きくなっている。仮にも制度に疑念を持たれるようであってはならない。





生活保護費判決/減らした基準額を見直せ(2021年2月28日配信『神戸新聞』-「社説」)

 大阪府内の生活保護受給者らが、国などに対し保護費の基準額引き下げ処分取り消しなどを求めた訴訟の判決で、大阪地裁が引き下げを違法と判断した。

 同種の訴訟は兵庫など29都道府県で約900人が起こしている。昨年6月の名古屋地裁判決は、引き下げ判断は不合理ではないとしたが、2件目の判決で原告側の勝訴となった。

 生活保護は憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する制度だ。受給者は200万人を超える。


 2013~15年の安倍政権時に基準額が引き下げられ、暮らしへの影響が問題になっていた。厚生労働省は争わず、減額措置を直ちに見直すべきだ。

 生活保護費は08年のリーマン・ショック後に急増した。「民主党政権で増えた」と批判する自民党が、12年の衆院選で支給水準の減額を公約に掲げた。

 引き下げは、13年8月から、3年間で平均6・5%、最大で10%に及んだ。根拠にしたのは08年を起点とした物価下落だが、この年は原油などの高騰で食料品価格が上がり、消費者物価指数が1%を超えた特別な年だったと、判決は指摘した。

 また、総務省公表の消費者物価指数(マイナス2・35%)でなく、厚労省が独自に算定した指数(同4・78%)を改定に使ったことにも疑問を呈した。

 独自の指数は、テレビやパソコンなどの教養娯楽用品を基にしており、全体の下落率が大きくなる。しかし、いずれも生活保護世帯での支出割合は低い。

 これらを踏まえ、判決は「客観的な数値との整合性を欠き、判断の過程や手続きに過誤や欠落がある」と断じた。国は重く受け止める必要がある。

 生活保護費の引き下げは、受給者のマイナスイメージにつながり、受給を控える人が増える原因になったとされる。新型コロナウイルスの感染拡大で生活基盤を失った人が増加する中、「最後のセーフティーネット」としての生活保護の役割は大きくなるばかりだ。

 判決は他の訴訟に影響を与えるだろう。厚労省は政権の意向に左右されず、客観的な統計を重視し、困窮者の実情や専門的な知見に基づく公正な制度としなければならない。





生活保護訴訟判決(2021年2月27日配信『しんぶん赤旗』ー「主張」)

削減ありきの違法を断罪した

 安倍晋三前政権が強行した生活保護基準の引き下げを違法とする判決が22日、大阪地裁で出されました。当時の厚生労働相の判断には「過誤、欠落」があり、行政の裁量権を逸脱していると指摘し、減額処分を取り消すという判決です。生活保護利用者の暮らしの実態を踏まえず、「削減ありき」で基準を引き下げた政府の姿勢を断罪した判決は画期的です。利用者の粘り強いたたかいが切り開いた大きな勝利です。政府は、判決を真摯(しんし)に受け止め、引き下げを撤回すべきです。

算定方法は誤りと認定

 この裁判は、大阪府の生活保護利用者42人が、基準引き下げを決めた政府と、それに基づいて減額を決めた府内12市を相手取り、処分取り消しを求めて起こしました。原告は、2013~15年に安倍前政権が段階的に実行した最大10%の保護基準引き下げは、憲法が保障する生存権を侵害し、生活保護法に違反すると訴えました。

 原告が勝訴した今度の大阪地裁判決が重要なのは、厚生労働省が基準引き下げの口実にした物価下落の算定方法の誤りを明確に認めたことです。

 引き下げを正当化するため同省は08~11年の物価下落を反映させたとする「デフレ調整」という理屈を持ち出しています。これに対し判決は、08年は世界的な原油価格や穀物物価の高騰を受け、11年ぶりに消費者物価指数が1%を超えて上昇した年だったことを挙げ、「08年の特異な物価上昇」を起点にしたことで物価下落率が大きくなることは明らかだったとしました。厚労省の恣意(しい)的なやり方に対する厳しい批判です。

 また判決は、厚労省独自の算定方法も問題視しました。この手法は、生活保護利用者が購入する機会が少ないテレビやパソコンの物価下落が大きく反映します。一般的に使われる消費者物価指数より著しく大きな下落率にもなります。生活保護利用世帯の消費実態に沿わない手法を用いて基準を引き下げたことに「合理性は乏しい」と判決が批判したのは当然です。

 13~15年の基準引き下げは過去最大規模で、多くの生活保護利用者の暮らしは窮迫しました。さらに生活保護基準は就学援助など暮らしに関わる多くの制度にも連動していたため、利用者以外の国民にも深刻な影響を及ぼしました。

 この引き下げについて司法から、「統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠いており」「最低限度の生活の具体化にかかわる判断の過程や手続きに過誤、欠落があった」と違法の判断が出されたことを菅義偉政権は深刻に受け止めなければなりません。基準引き下げの違憲・違法を問う裁判は全国29都道府県で1000人近い原告がたたかっています。政府は今回の判決に従い、引き下げ前の生活保護基準に戻すことを決断する時です。

権利として使いやすく

 コロナ禍で生活に困窮する国民が急増する中で、「最後の安全網」である生活保護の役割はますます重要です。世論と運動、野党の国会論戦で、厚労省も「生活保護の申請は国民の権利」とホームページで呼びかけ、申請の障害になっている親族への扶養照会も「義務でない」と認めました。国民が使いやすい生活保障の仕組みに改定することが急務になっています。





コロナと生活保護 安全網になっているか(2021年2月26日配信『茨城・佐賀新聞』-「論説」)

 新型コロナウイルスの感染拡大で仕事を失うなどした生活困窮者への支援が焦点になる中、菅義偉首相が「最終的には生活保護もある」と発言し、波紋を広げた。

 生活保護に陥らないよう支援するのが政府の務めであることは当然だが、そもそも生活保護は首相が前提とする「セーフティーネット(安全網)」の役割を真に果たしているのか。ハードルが高く必要な世帯の一部しか受給できない生活保護の実態を、首相は直視し改善に取り組むべきだ。

 生活保護申請は、緊急事態宣言が発令された昨年4月、前年同月に比べ24・8%と急増した。生活費貸し付けなどの支援策でその後は落ち着いたが、宣言再発令でまた急増が懸念されている。

 生活保護法は憲法25条の生存権に基づき「国が生活に困窮するすべての国民に対し、最低限度の生活を保障する」と定める。生活保護は国の義務であり、請求する権利が全ての国民にある。

 ただ税金で賄われる生活保護を受ける人には、生活再建の努力も求められる。自分の資産、能力を活用した上、「扶養義務者」である親族の援助を受ける手を尽くし、それでも足りない分を受けるのが生活保護制度だ。この「扶養の優先」原則が申請に行きづらくなる要因だと指摘される。

 同原則に従い自治体の福祉事務所は、生活保護申請者の配偶者、親子、兄弟姉妹らに援助できないか確認する「扶養照会」を行う。家庭内暴力や、親族が高齢者施設に入居中だったり20年以上音信不通だったりの場合は照会不要とされるが、家族に知られて縁を切られたり迷惑をかけたりしたくないと、申請をためらう人が多いのが実態だ。

 困窮者支援団体が東京都内で年末年始に開いた生活相談会や食料配布に来た人たちを調査したところ、生活保護を利用していない人が8割近くを占めた。利用していない人の3人に1人は扶養照会を嫌って未申請だった。また2割以上が申請窓口で暗に追い返されるような経験をしていた。多くの福祉事務所担当者らは、不正受給などで税金が無駄遣いされないよう厳正中立に職務を果たしているに違いない。だが、それが硬直的な制度運用につながり、結果的に、本当に困っている人に生活保護が届かない状況を招いている。

 日弁連は、生活保護基準以下の所得で暮らす人のうち生活保護を現に受けている人の割合「捕捉率」が、欧州諸国では5割を超すのに日本は2割程度しかないとして、かねて運用改善を求めてきた。首相や田村憲久厚生労働相は、より弾力的な運用ができるよう扶養照会を不要とするケースを広げる方針を表明したが、コロナによる生活困窮はまさに進行中であり具体化を急ぐべきだ。

 コロナ禍での困窮者支援を巡っては、生活に最低限必要なお金を政府が国民に一律に配る「ベーシックインカム」も国内外で議論される。実現性は別にしても、受給することを恥ずかしいとみがちな社会的風潮ゆえに敬遠される生活保護の欠点に光を当てる問題提起としては重要ではないか。

「最終的にある」はずの生活保護がハードルの高さゆえに、現実には頼りにならないとすれば、首相の持論である「自助、共助、公助」の最後のパーツが失われ、目指す社会像の完成が遠のくと指摘しておきたい。



生活保護で違法判決 社会の命綱軽視への警鐘(2021年2月26日配信『毎日新聞』-「社説」)

 国による生活保護基準額の引き下げを違法とする判決を大阪地裁が出した。厚生労働相の裁量権について逸脱や乱用があったと指摘し、これに基づいた自治体の減額決定を取り消した。

 同種の訴訟は全国29地裁で起こされ、判決は今回が2例目だ。昨年6月の名古屋地裁判決は厚労相の裁量権の範囲であるとして請求を棄却していた。大阪地裁は反対に、判断の過程や手続きに過誤や欠落があったと指弾した。

 問題になったのは生活保護費のうち食費や光熱費など日常生活に充てる「生活扶助」だ。国は物価下落を考慮して2013年から15年まで最大で10%引き下げた。

 この「デフレ調整」について大阪地裁は二つの点を問題視した。

 まず、原油や穀物の価格が高騰した08年を物価の算定の起点としたことだ。この結果、翌年以降の物価下落率が著しく大きくなり、合理性を欠くと指摘した。

 もう一点は総務省の消費者物価指数ではなく厚労省独自の指数を採用したことだ。テレビやパソコンなど、生活保護世帯の支出割合が低い品目の物価下落率が過度に反映される仕組みになっており、算定根拠にならないと判断した。

 生活保護制度は憲法25条により「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する。客観的な根拠なしに「社会の命綱」を減額することは許されないとの司法判断だ。国は重く受け止めなければならない。

 生活保護は最低賃金などの指標にもなっている。判決は他の制度に影響を及ぼす可能性がある。

 生活保護は約163万世帯が利用する。新型コロナウイルスの感染拡大で職を失い、生活に困窮する人も増えている。生活保護の果たす役割は大きくなっている。

 だが周囲の偏見は根強い。援助できるかどうか家族に確認する「扶養照会」によって身内に知られることを恐れ、利用をためらう人も多い。厚労省の推計では利用世帯は対象の約4割にとどまる。

 制度が十分に機能していないにもかかわらず、国会で生活困窮者対策を問われた菅義偉首相は「最終的には生活保護という仕組み」もあると答弁し批判された。

 生活保護を必要としている人すべてに最低限度の生活を保障するのが政治の責任だ。



生活保護判決 実態見ない国への警鐘だ(2021年2月26日配信『新潟日報』-「社説」)

 生活保護世帯の実情を直視せず、統計など客観的な数値や科学的知見をないがしろにして引き下げ改定した手法への、警告といえる。

 国は判決を真摯(しんし)に受け止め、受給者の生活実態や意見を踏まえ、適切で公正な制度作りに努めるべきだ。

 2013~15年の生活保護費の基準額引き下げは生存権を侵害し違憲だとして、大阪府に住む受給者らが国と府内の自治体に引き下げ処分の取り消しなどを求めた訴訟の判決が大阪地裁であった。

 「引き下げは裁量権の逸脱や乱用があり、生活保護法の規定に反し違法」と厳しく断じ、原告42人のうち39人に対する処分を取り消した。違憲かどうかの判断は示さなかった。

 原告側によると同種訴訟は29都道府県で起こされ、判決は2件目。違法として処分を取り消すのは初めてだ。

 判決などによると、厚生労働省は13年8月から、3年間で基準額を平均6・5%、最大で10%に及ぶ引き下げを実施した。

 判決が問題視したのは主に2点ある。

 原油や穀物の高騰で特異な物価上昇が起こった08年を起点に物価の下落を考慮したことと、物価下落を生活扶助基準の改定に反映させた際に厚労省独自の物価指数を用いたことだ。

 08年は多くの食料品目の物価が上昇し、ここを起点とすれば下落率が大きくなることは明らかだったとした。

 物価下落率算出の根拠とされた独自の指数には、生活保護世帯では支出割合が低いテレビやパソコンなどの教養娯楽用品の大幅な値下がりが反映され、下落率が大きくなると指摘した。

 こうした点から、引き下げ判断は「客観的数値や専門的知見との整合性を欠く。最低限度の生活の具体化という観点から、厚労相の判断の過程や手続きに過誤、欠落があると言わざるを得ない」と指弾した。

 収入が国の定める最低生活費に満たない場合に不足分を支給する生活保護は、憲法25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する制度だ。

 判決はその理念に沿ったものであり、うなずける。

 基準額は他の制度や政策にも連動しており、市民生活に与える影響は大きい。受給者の困窮に拍車を掛けるような根拠を基にした改定は理解に苦しむ。

 生活保護基準の決定に当たっては、実態に即した統計や科学的知見を踏まえる必要があるにもかかわらず、国は引き下げという結論ありきで進めたのではないか、との指摘が識者から出ている。

 新型コロナウイルスに関連する解雇や雇い止めは、見込みを含めて約8万8千人となった。

 生活に困窮する人は増えており、田村憲久厚労相は昨年末、「生活保護を受けることは国民の権利だ」と呼び掛けている。

 厚労省は控訴を検討しているというが、あるべき保護行政の姿とは何かを見据え、冷静に判断しなければならない。



【生活保護減額】「違法」重く受け止めよ(2021年2月26日配信『高知新聞』-「社説」)

 生活保護費を引き下げる際の国の手法を厳しく戒める判決である。

 2013~15年の生活保護費の基準額引き下げを巡り、大阪地裁は国に裁量権の逸脱や乱用があるとし「違法」と判断。大阪府の受給者らへの引き下げ処分を取り消した。

 生活保護は困窮者のための最後のセーフティーネット(安全網)である。国に都合の良い手法で引き下げることは許されない。

 判決は国が基準額引き下げの起点を08年としたことを問題視した。同年は世界的な原油や穀物価格の高騰で、特異な物価上昇が起きている。この年を起点にすると、その後の物価下落率が大きくなることは明らかである。

 引き下げの根拠として消費者物価指数ではなく、厚生労働省が独自に算定した指数を使っていたことも批判した。厚労省の指数は、生活保護世帯で支出割合が低いテレビやパソコンなど教養娯楽用品が基にされている。これにより物価下落率は消費者物価指数の2倍以上となった。

 これでは「引き下げありき」とみられても仕方ないのではないか。厚労相の引き下げ判断について、大阪地裁判決が「客観的数値や専門的知見との整合性を欠く」と断じたことにもうなずけよう。

 生活保護費の引き下げは、安倍前政権が13年に決めた。背景にはリーマン・ショック以降の受給世帯の急増や、消費税増税をにらんで社会保障費の抑制が迫られていたことがある。収入のある芸能人の親族が受給していたケースが明らかになり、受給者への偏見や自己責任論が強まった経緯もあった。

 しかし、生活保護は憲法25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する最後のとりでだ。保護基準は、住民税の非課税限度額や就学援助の対象者らを決める際の指標にもなっている。

 引き下げはこれら公的保護の対象縮小につながった。国民生活に与える影響は大きい。財政難のしわ寄せを、社会的弱者に押しつけるようなことはあってはならない。

 現在、新型コロナウイルス感染拡大で仕事を失ったり、収入が激減したりする人が増えている。だからこそ生活保護基準は困窮者の生活実態に即した、適正な手法で算定されなければならない。国は大阪地裁判決を重く受け止め、算定基準の見直しに踏み出すべきである。

 生活保護を巡っては、必要とする人の約2割しか受給していないとの指摘もある。申請時に本人の親族に援助できないかどうかを確認する「扶養照会」があり、「親族に知られたくない」と考える困窮者が生活保護の利用をためらうからだ。

 このため田村憲久厚労相は照会手続きを緩和し、弾力的に運用する方針も示している。

 健康で文化的な最低限度の生活とはどんなものか。それが誰にも保障されるにはどうすればいいか。国は公正、公平な制度づくりに努めなければならない。「公助」の在り方が問われている。



ワクチン接種 明確なスケジュール示せ(2021年2月26日配信『西日本新聞』-「社説」)

 新型コロナウイルスのワクチン接種を、円滑に国民全体に広げることができるのか。肝心な政府の計画や発表が二転三転するようでは、国民の不安は募るばかりだ。

 政府は4月1日の一斉スタートを目指していた高齢者に対する接種について「同12日から始める予定」との計画を明らかにした。しかも米ファイザーのワクチン供給量が想定より大幅に少なく、当面の接種は一部の高齢者に限られるという。

 国内に3600万人いる高齢者への接種で、担当の河野太郎行政改革担当相が4月中に供給できると語ったワクチンの総量はあまりに少ない。5月以降の供給見通しも具体的には示されなかった。高齢者の接種が大きく遅れれば、次に対象となる65歳未満もずれ込むだろう。

 政府はワクチンの確保にさらに注力し、早急に供給量や分配日程などの見通しを立て直し、きめ細かく公表すべきだ。

 ワクチンの接種はまず、どの市町村で実施するのか。この点は都道府県が調整役となり検討するという。量が限られるだけに難しい判断と作業を強いられる。地域の感染状況などを勘案し、適切に配分してほしい。

 政府は当初、高齢者の接種開始を3月下旬と想定していた。ところが年が明けると「早くても4月1日以降」に後退した。先週、医療従事者に対する先行接種がようやく始まり、世の中の関心がワクチンに集まってきたこの段階で再びスケジュールの見直しを迫られるようでは、政府の見通しを信じよという方が難しい。

 パンデミック(世界的大流行)が続いて、各国のワクチン争奪が激しさを増す中、日本はかねて出遅れを指摘されてきた。海外製薬3社との合意は早かったが、供給の具体化は遅れ、国内での十分な生産体制も確立できていない。

 ファイザーの主力工場はベルギーにあり、欧州連合(EU)はワクチンの輸出規制を強化している。ファイザーの生産拡大の進み具合で供給量が左右される面もある。製薬会社と綿密に協議を重ね、安定供給を実現することは政府の責務である。

 ワクチンは2回接種が基本だが、政府内には1回接種を検討する声も浮上している。1回でも一定の有効性があるとの研究結果が発表されたからだ。ただ拙速な回数の変更は国民の不信感をあおるだけだ。慎重な検討が必要だろう。

 ワクチンを待つ地方にとっては望んだわけではないが、接種に備える時間的余裕ができたことになる。体育館などを活用した集団接種の訓練を重ね、丁寧に準備を進めてほしい。





生活保護判決 削減のための削減か(2021年2月25日配信『東京新聞』-「社説」)

 生活保護費引き下げは違憲だとして受給者が国などに取り消しを求めた訴訟で、大阪地裁は取り消しを認めた。原告敗訴の名古屋地裁判決とは逆に「削減額の判断に誤りがあった」と国を批判した。

 厚生労働省は2013年から3年間で、生活保護費のうち食費や光熱費などに充てる「生活扶助」の基準額を最大10%下げた。同省独自の物価指数「生活扶助相当CPI」で算定した減額だった。

 判決が呈した疑問は大き2点。1つ目は、11年ぶりに消費者物価指数の上昇率が1%を超えた08年に減額算出の起点を置いた点。判決は「特異な物価上昇が織り込まれ、翌年からの下落率が大きくなった」と指摘した。

 もう1つは、テレビやパソコンなど、「教養娯楽用品」の大幅下落幅が同指数の大幅ダウンにつながった点。判決は「国の調査では、被保護世帯の教養娯楽用品への支出は一般世帯よりも相当低い」と述べた。

 これらの観点から判決は、受給者は減額後も健康で文化的な生活水準を維持できる、とした厚労相の判断は「統計数値との合理的な関連性や専門的知見との整合性を欠く」と述べた。そして「(この判断には)過誤や欠落があり、裁量権の逸脱か濫用(らんよう)があって違法だ」と結論づけた。

 「10%削減」は、12年の衆院選で勝ち、政権復帰した自民党の選挙公約。同党への忖度(そんたく)をいぶかる声もあった大幅な減額の不合理さが改めて指摘された形だ。

 厚労省によると、月あたりの生活保護の申請件数は昨年11月で1万9千件余り。コロナ禍による雇用情勢の悪化が影響してか、微増傾向にある。年明けから東京都や愛知、岐阜県などで緊急事態宣言が出され、申請はさらに増える可能性がある。

 生活保護を巡っては、行政が申請者の親族に援助の可否を尋ねる扶養照会など、申請をためらわせる「壁」の存在も、しばしば指摘される。生活保護を受けるのは憲法が保障する「権利」なのに「施し」と見られかねない社会的偏見をなくしていく必要もある。

 同様の訴訟は東京、静岡、津、富山など全国29地裁で始まった。判決は昨年6月の名古屋が最初で「厚労相は国民感情や国の財政事情を踏まえて基準額を改定した。判断が違法とはいえない」と受給者側敗訴だった。2件目の大阪では正反対の判断。今後も各地で審理が進むが、冷静な事実認定に基づく判決を望みたい。



生活保護費訴訟 誤り正して終結を図れ(2021年2月25日配信『信濃毎日新聞』-「社説」)

 安倍晋三前政権が進めた生活保護費の基準額引き下げを巡り、裁量権の逸脱や乱用があったとする重い司法判断が出た。国は真摯(しんし)に受け止め、制度のありようを早急に改めるべきだ。

 29都道府県で約900人が起こしている訴訟の大阪地裁判決である。根拠とした国の算定方法は、統計の客観的な数値や専門的知見に合っていないと問題視。生活保護法に反するとして、自治体の引き下げ処分を取り消した。

 争われたのは物価下落による調整を理由に2013~15年に行われた改定だ。食費や光熱費に充てる「生活扶助」の基準額を平均6・5%、最大10%引き下げた。

 その際、国は08年を起点に、消費者物価指数ではなく独自の物価指数で下落率を算定している。

 判決は▽08年は原油や穀物価格の高騰で食料品価格が上がった▽独自の指数は生活保護世帯の支出割合が低い教養娯楽品を基にし、消費者物価指数より下落率が大きくなる―と問題点を指摘した。

 利用者の生活実態を踏まえていない上に、あえて下落率を大きく導き出せるようにしたとしか思えない。裁判所が国に過誤や欠落があると断じたのは当然だ。

 なぜこのような算定方法がまかり通ったのか。

 制度の利用者増加や不正受給が社会問題化した12年12月の総選挙で、自民党は支給水準の10%引き下げを公約にして政権復帰を果たした。翌月には安倍前政権が引き下げの詳細を決めている。

 その間、厚生労働省が、専門家による部会での議論を経ないまま算定方法を決めたことが分かっている。政治におもねり、結論ありきで進んだのではないか。

 生活保護費の基準額は、憲法が定める「最低限度の生活」を保障するものだ。就学援助や低所得者の減免制度とも連動し、利用者以外への影響も大きい。

 だからこそ見直しには、統計など客観的な数値や専門家の知見による裏付けが欠かせない。

 生活保護費を巡っては、その後も引き下げ改定が続いた。18年からは3年間かけて再び「生活扶助」などが見直され、利用する世帯の3分の2が減額になった。

 この改定も算定方法などに問題はないか検証する必要がある。

 コロナ禍で生活に困窮する人が増え、田村憲久厚労相が「生活保護を受けることは国民の権利だ」と呼び掛ける事態にもなっている。国は早期に訴訟の終結を図り、誰もが信頼できる生活保護制度にしていかねばならない。



「すばらしき世界」と生活保護(2021年2月25日配信『中国新聞』-「社説」)

 「そこで我慢してよ」と声を掛けたくなる。公開中の映画「すばらしき世界」。役所広司さんが演じる男は「塀の中」で長く過ごし、娑婆(しゃば)ではすぐ短気を起こす。通行人にからむ不良を思わず袋だたきにし、皆はらはら

▲男が生活保護の相談に赴くシーンがある。北村有起哉(ゆきや)さんが演じるケースワーカーは「反社の人はねえ」と告げるが、何か手だてはないかとも考える。二人は安アパートの畳の上で向き合って、やがて心を通わせ合う

▲現実の生活保護はコロナ禍の今、困窮する人々にとって重みを増す。政府も「扶養照会」は融通を利かせるという

▲生活保護には身内が援助できないのか、調べる手続きがある。身内に知れるのが嫌という人もいよう。暴力から逃げている人もいるかもしれない。手続きが理由でちゅうちょする人を救って―と専門職の女性がNHKの日曜討論で声を大にしていた

▲映画は実話を基にした小説を原作に、西川美和さんが撮った。最近の文庫に〈とるに足らぬことにでも希望を見つけながら互いの生命を保つ〉と読後感を載せる。男は縫い仕事をし、洗濯や自炊をして日々を送る。世間は捨てたものじゃない。映画の題名の意味がしみてくる。



生活保護費訴訟 「安全網」の機能を見直す機会に(2021年2月25日配信『愛媛新聞』-「社説」)

 生活が困窮した人の最後のセーフティーネット(安全網)として、最低限度の生活が守れ、ためらわず利用でき、自立に向けた支援を十分受けられるか。新型コロナウイルスの影響長期化で状況が厳しさを増す中、国は改めて制度を見直す機会にしなければならない。

 2013~15年の生活保護費の基準額引き下げは生存権を侵害し違憲だとして、大阪府に住む受給者らが国などを相手に起こした訴訟の判決で、大阪地裁は、引き下げは違法として処分を取り消した。愛媛を含む全国の同種訴訟で処分取り消しは初となる。

 判決は、引き下げに関し特異な物価上昇が起きた時期からの下落を考慮している点や、総務省の消費者物価指数でなく、厚生労働省の独自の指数を用いた点などを問題視。「裁量権の逸脱や乱用がある」と指摘した。

 物価が上昇した後の下落率は当然高くなる。加えて厚労省の独自指数は、生活保護世帯で支出割合が低いパソコンなど教養・娯楽関係の品目が反映され、下落率は消費者物価指数よりも大きくなっていた。

 生活保護の基準は、国民の最低限度の生活を決める重要なものであり、統計や専門的知見を踏まえる必要がある。判決では独自指数などに基づく改定には裏付けとなる資料があるという事実はうかがわれないと判断した。国は真摯(しんし)に受け止め是正しなければならない。

 改定により、生活保護のうち食費などを賄う「生活扶助」で15年度までの3年間に平均6・5%が減額された。受給世帯のほとんどが対象となり、支援団体によると、引き下げ後、節約で食事の回数を減らすといった例があった。受給者の心身に悪影響を与えた事実は重い。

 生活保護費の引き下げは、自民党が12年の衆院選で支給水準の減額を公約に掲げて政権復帰し、翌年安倍前政権が決めた。当時は消費税増税をにらんで社会保障費の抑制が迫られており政治的な意図が国の判断に影響した側面は否めない。

 新型コロナの影響で生活困窮が深刻化する中、必要なのは支援の拡充だ。菅義偉首相は「自助」を強調してきたが「生活保護を受けるのは国民の権利だ」と述べている。改めて「公助」の在り方が問われよう。

 生活保護の申請は、福祉事務所が親族らに援助できないかどうかを確認する「扶養照会」がハードルとなり、ためらう人が多いとされる。厚労省が手続きを緩和する方針を示しており、利用しやすい環境の整備をさらに進めてもらいたい。

 依然として根強い「自己責任論」や偏見への対応も課題だ。受給者の自立支援を手厚くするなど、制度に出入りしやすくするほか、不正を防ぐ仕組みを強化し制度の透明性を高めることも重要だ。国は目配りの効いた施策を打ち出し、丁寧に説明を重ねることで不公平感や分断を解消していかねばならない。



生活保護費訴訟 公平公正な制度に是正を(2021年2月25日配信『熊本日日新聞』-「社説」)

 国が2013~15年に生活保護費の基準額を引き下げたのは生存権を保障した憲法に反するとして、大阪府の受給者ら42人が引き下げ処分の取り消しを求めた訴訟の判決で、大阪地裁は22日、「引き下げは裁量権の逸脱や乱用があり、生活保護法の規定に反し違法」と判断し、原告39人に対する処分を取り消した。

 同様の訴訟は29都道府県で起こされているが、処分を違法として取り消す判決は初めて。基準額の改定の在り方を厳しく断罪し、改定は統計などの客観的数値を基に厳密に行われるべきだと警鐘を鳴らした。国はこの結果を真摯[しんし]に受け止め、早急に是正措置を講じるべきだ。

 判決などによると、厚生労働省は13年8月から3年間で基準額を平均6・5%、最大10%引き下げた。大幅な減額に、憲法が保障する最低限度の生活が維持できないとして、訴訟が起こされた。

 判決は、生活扶助の基準額の変更に08~11年の物価下落率を反映させたことについて、08年を世界的な原油価格や穀物価格の高騰で「特異な物価上昇」が起こった特異な年と指摘。この年を起点にしたため下落率が大きくなったのは明らかで、不適切だとした。

 総務省公表の消費者物価指数ではなく、厚労省が独自に算定した指数を基準額引き下げの判断材料とした点も問題視した。厚労省の指数は、生活保護世帯での購入が少ないテレビやパソコンなど教養娯楽用品を基にしたため下落率がより大きくなり「統計の客観的な数値や専門的知見との整合性を欠く」と批判。「最低限度の生活の具体化という観点から、判断の過程や手続きに過誤や欠落がある」と結論付けた。

 熊本弁護団も「厚労省の消費者物価の計算方法が生活保護の実態とかけ離れていることを捉えた」と評価した。

 生活保護は、憲法25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するため、収入が国の定める最低生活費に満たない場合に不足分を支給する制度だ。厚労省によると20年11月現在、全国で約163万6千世帯、約204万8千人が受給している。

 新型コロナウイルスの感染拡大で職を失ったり、収入が激減したりして、生活に困っている人が増え、生活保護が果たす役割は、より大きくなっている。田村憲久厚労相も昨年12月、「生活保護を受けることは国民の権利だ。迷わずに申請してほしい」と呼び掛けを行ったばかりだ。

 生活保護基準額は最低賃金や就学援助などの制度に連動することにも注目すべきだ。引き下げが生活保護制度の利用者以外にも影響を及ぼす恐れがある。

 国民の生命と暮らしを守る最後のセーフティーネット(安全網)である生活保護。その制度への信頼が揺らいだままでよいはずがない。今回の司法判断を信頼回復の出発点とし、国民の誰もが納得できる公正公平な制度となるよう見直しを急いでもらいたい。





生活保護費訴訟 国の手法に疑義示した(2021年2月24日配信『北海道新聞』-「社説」)

 国が生活保護費を大幅に引き下げたのは生存権を侵害し違憲だと大阪府の受給者らが訴えた裁判で、大阪地裁が引き下げ処分を取り消す判決を下した。

 違憲判断は示さなかったが、厚生労働相の判断過程に「過誤や欠落がある」として裁量権の逸脱や乱用があったと認め、引き下げは違法と断じた。

 一連の集団訴訟で初の処分取り消しであり、国の政策決定のあり方に疑義を突き付けた判断だ。今後生活保護制度の信頼性も問われる可能性がある。

 国は保護費について算定の経緯を検証し、合理的な手続きにのっとった見直しを検討するべきだ。

 国が対象としたのは、生活保護費のうち食費などの生活扶助費の基準額。デフレによる物価の下落率を考慮するなどして2013~15年に平均6・5%引き下げた。

 この大幅減額を、原告側は異例の計算手法による恣意(しい)的な措置だと批判した。引き下げが厚労相の裁量権の範囲内と言えるかどうかが裁判の争点となった。

 国は物価の下落率を算定する起点を原油高騰などで物価が上昇した08年としたが、判決は「その後の下落率が大きくなるのは明らか」で不合理だと指摘した。

 生活保護受給世帯が頻繁には購入しないテレビやパソコンなどの下落率を反映した独自の指数を採用した点についても、「専門的知見との整合性を欠く」とした。

 都合の良い数値を利用した厚労省の不誠実な姿勢を浮き彫りにしたと言える。原告側が「物価偽装」と非難したのはもっともだ。

 生活保護水準の原則1割カットを公約に掲げ、12年に政権復帰した自民党の意向を背景に、無理を通そうとした疑いがぬぐえない。

 生活保護制度は、憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」の土台だ。

 しかも生活保護の基準は、個人住民税の非課税限度額や最低賃金など多くの制度と連動する。

 だからこそ基準を設定する際には、客観的な数値を用い、専門家の知見に耳を傾け、丁寧な検討を重ねなければならない。

 コロナ禍で多くの人が仕事や収入を失い、生活保護の重要性が増す中ではなおさらだ。

 同様の訴訟は札幌を含む全国の地裁で起こされており、約900人の原告が引き下げによる困窮を訴えている。

 国は判決を重く受け止め、ただすべきゆがみはただし、確かな安全網を構築しなければならない。



生存する憲法(2021年2月24日配信『北海道新聞』-「卓上四季」)

 憲法25条の生存権を提案したのは日本社会党の森戸辰男議員であった。帝国議会の小委員会で憲法改正案の審議が行われていた1946年夏のことである

▼芦田均委員長は改正案12条(現13条)の幸福追求権に基づく立法措置で十分ではないかとただしたが、森戸は「日本では實行をなかなかやらないから、生存できない者が非常に澤山ある」と主張。議論を重ねる中で日本自由党の委員からも賛同の声があがり、明示されることになった

▼この追加修正は今も大きな意味を持つ。幸福追求権は個人の自由権にすぎないが、生存権の規定により国家は社会保障に対する義務を負ったからだ。生活保護政策はその典型例といえる

▼生活保護費の受給者が減額の取り消しなどを求めた訴訟で、大阪地裁が画期的な判決を出した。国は物価下落などを理由に生活扶助を最大10%引き下げたが、物価の上昇時を起点に下落率を算出したり、受給世帯では支出割合が少ないパソコンなどの価格を考慮したりした減額は違法と断じた

▼同種訴訟は全国で係争中だ。けがや病気で働けない人もいる。教育の格差による貧困の連鎖も続く。個人の努力では補えないほど著しい格差を埋めるのは国の責務だろう

▼すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。敗戦直後の悲惨な混乱期にあって、先達が条項に込めたであろう願いに応える判決だった。



生活保護費判決 算定基準の見直し急げ(2021年2月24日配信『中国新聞』-「社説」)

 行政の了見をただした判決だと言えよう。

 国による生活保護費の基準額引き下げを巡り、大阪地裁が初めて「違法」との司法判断を示した。総務省公表の消費者物価指数を引き下げの根拠とせず、独自の物価指数を持ち出した点などを問題視。「裁量権の逸脱や乱用があり、生活保護法の規定に反し違法」と断じた。

 生活保護は、憲法25条で定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する制度である。基準額の改定は客観的な数値に基づき、厳密に行うべきである。制度の基本に立ち返り、算定し直さねばならない。

 国は2013年から基準額の引き下げを加速させた。今回争われたのは、食費や光熱費に当たる「生活扶助」分で13~15年に最大10%引き下げられた。受給者への影響は大きく、広島、岡山など全国29地裁で引き下げ処分の取り消しなどを求める訴訟が起こされている。

 今回の判決は、国が物価下落を考慮する起点を08年としたことを批判した。原油や穀物の価格高騰で物価が上がった同年を起点とすれば、下落率が大きくなるのは明らかだからだ。

 独自の物価指数も、とがめた。物価下落率が高く、生活保護受給世帯の生活実態にも合わない品目を入れている。総務省の消費者物価指数を用いていれば下落率はマイナス2・35%だったのに、独自指数ではマイナス4・78%となっていた。

 「客観的な数値や専門的知見との整合性を欠く」「判断の過程や手続きに過誤や欠落がある」との指摘は、理の当然だ。政府が持ち出した算定基準は、専門家でもはっきり分からないほど「ブラックボックス」化していたとの声もある。

 生活保護費の引き下げは13年、安倍晋三前首相の時に決めた。12年の衆院選で自民党は、支給水準の減額を公約として掲げ、政権に復帰していた。背景には08年のリーマン・ショック以降、受給世帯が急増していたことなどがある。

 社会保障費が膨らむ中、保護費が標的とされたことも否めない。売れていたお笑い芸人の母親が生活保護を受給していたケースが明らかになり、感情論に拍車が掛かった。受給者への偏見や自己責任論が幅を利かせるようになってしまった。

 安倍前政権では繰り返し、基準額が引き下げられた。15年には「住宅扶助」分や「冬季加算」分が削られ、18年から3年かけて「生活扶助」分が減らされている。

 支援団体によると、節約を余儀なくされた受給世帯では、食事の回数を減らしたり人付き合いを控えたりで心身に悪影響が出たという。受給者への無理解や偏見が強まり、苦しいのに受給申請を控える人も増えた。生活保護の対象世帯のうち、実際に受給しているのは2割強に過ぎないとされている。

 生活保護は、国民の命と暮らしを守るセーフティーネット(安全網)である。新型コロナ禍による失業や収入減で、生活苦にあえぐ人は少なくない。今ほど「公助」が求められているときはあるまい。

 国は、判決を誠実に受け止める必要がある。客観的な統計を踏まえ、困窮者の実態や専門家の意見を反映させた、公正な制度作りを急いでほしい。



首相長男の接待問題(2021年2月24日配信『沖縄タイムス』-「社説」)

◆真相解明から逃げるな◆

 菅義偉首相の長男が勤める放送事業会社「東北新社」による接待問題で、総務省は22日、総務審議官だった山田真貴子・現内閣広報官を含む計13人が接待を受けていたと明らかにした。同省は山田氏ら2人を除く11人を懲戒処分などとする方針。首相に近い山田氏の名前が浮上したことで一気に深刻度を増し、菅首相の進退が問われるほどの重大な事態になった。

 国家公務員倫理規程は、省庁の許認可を受ける事業者を「利害関係者」と定め、接待を受けたり、金品を受け取ったりする行為を禁止している。同省は長男を利害関係者と認めた。

 同省が倫理規程違反の疑いがあるとした接待は2016年から延べ39件に上り、全て東北新社が費用を負担。長男は半数超の21件に参加していた。放送行政を所管する担当部署幹部との会食が大半を占め、放送事業の許認可を巡る接待攻勢の一端が浮き彫りになったと言える。

 行政の公正さへの不信感を再び招いた上、国会審議では「虚偽答弁」疑惑にも発展した。接待を受けた同省幹部は当初、許認可権を持つ衛星放送の話題が出たかどうかについて「記憶にない」とかわし続けた。しかし、週刊誌が会食時の音声を公開すると、事態が一変。

 菅首相も、長男は「別人格」と強調した上で、「誰であっても、国民から疑念を抱かれる行動は控えるべきだ」と一般論での答弁に終始していた。だが、同省調査が公表された22日、衆院予算委員会で「長男が関係し、結果として違反する行為をすることになり大変申し訳なく思っている」と陳謝に転じた。

 長男は、同省から衛星放送の認可を受けている東北新社の子会社役員も兼ねる。会食が集中した昨年12月は衛星放送認可の更新時期であり、便宜供与の疑念を呼ぶのは当然だ。同省調査に対し、「長男がいるから参加したわけではない」と答えた同省幹部もいるが、背景に首相への忖度(そんたく)があったことは十分に考えられる。

 不祥事が起きるたびに聞かされる「記憶にない」発言は、言い逃れのための常套句(じょうとうく)であると国民は見抜いている。安倍晋三前首相と親しい者を優遇したと指摘された森友、加計両学園への反省もうかがえない。「忖度政治」を根絶するため、背景や経緯をきちんと解明し、首相らの責任を明確にすべきだ。

 菅首相は自身を「特別扱い」する意識が働きかねないことを自覚し、行政をゆがめる忖度がはびこらないよう言動で示す必要がある。さらに真相解明前に国会質疑から遠ざけ、幕引きを図るとしたら容認できない。行政への信頼を取り戻すため、国会での真相解明が必要だ。





「最終的には生活保護」(2021年2月21日配信『熊本日日新聞』-「正平調」)

 今日2月21日は「夏目漱石の日」だそうだ。あす22日は「猫の日」で、何だかうまくできている。ともかく110年前の1911(明治44)年のその日、漱石は当時の文部省に、文学博士号を辞退する手紙を書いた

▼「小生は今日迄[まで]ただの夏目なにがしとして世を渡つて参りましたし、是[これ]から先も矢張りただの夏目なにがしで…」。世俗の名利にとらわれない漱石先生の、言葉を換えればへそ曲がりの性格をよく表す話

▼熊本時代の漱石の名句に〈菫程[すみれ]な小さき人に生まれたし〉がある。博士号の辞退にも通じると指摘したのは、先に亡くなった半藤一利さんだ。人の真価は「肩書や地位や財産や学歴なんかにあるのではない。漱石はこの句でそういいたかったのである」(『漱石・明治 日本の青春』)

▼コロナ禍で市井の誰もが懸命に世の中を支える今、頭を離れない菅義偉首相の言葉がある。「最終的には生活保護」。高名なテレビキャスターは「ある意味正論」とうなずいた。そうだろうか

▼社会保障政策で生活保護が担う「救貧」と、年金や社会保険の「防貧」を区別できない無理解は置く。気になるのは、突然の収入減などに戸惑い困窮する人々を見下ろす目線である。自らや身内は絶対に渡らない川の向こうを眺めるような

▼近代日本の傑出した巨人である漱石は、同時に一人の生活者として生きた。「小さき人」に注ぐまなざしは日差しにも似て温かい。県内で初の感染者が確認されてちょうど1年たつ。去年より過ごしやすい春になーれ。





生活保護 迷わず使える仕組みに(2021年2月14日配信『中国新聞』-「社説」)

 新型コロナウイルス禍で生活に苦しむ人たちへの対応を巡り、菅義偉首相が「最終的には生活保護という仕組みがある」と国会で答弁し、波紋を広げている。

 野党は「生活保護に陥らせないようにすることが政治の仕事だ」などと反発し、会員制交流サイト(SNS)上などでも首相を批判する声が広がった。

 生活保護が社会のセーフティーネットの役割を果たしていることは間違いない。だが厳格な資産要件など受け取りづらい制度上の問題が多く、十分活用されているとは言い難い。最後まで追い込まれなくても困窮すれば、必要な人が迷わず使えるよう仕組みを見直す必要がある。

 生活保護の申請は最初の緊急事態宣言が発令された昨年4月に約25%増えたが、その後は大幅に増えてはいない。

 生活保護基準を下回る経済状況にある世帯のうち、実際に生活保護を受給しているのは2割強にすぎないとされる。

 本来なら受給した方がいい人が、申請をためらうケースが少なくない。生活保護が「最後の安全網」として機能していない。そうした現実があるからこそ、首相の発言が反発を招いたのだろう。

 保護申請を阻む要因の一つに「扶養照会」がある。自治体が申請者の親族に対し、生活援助をできるかどうか問い合わせる。親やきょうだいに連絡が行き、生活苦を知られるのを恐れて、申請を諦める人は多い。

 東京の困窮者支援団体が年末年始に行った調査では、生活保護を利用していない人の約35%が「家族に知られるのが嫌だから」と答え、最も多かった。

 家族関係が複雑な困窮者も少なくない。扶養照会から援助につながるケースはわずか1%強にすぎないという。申請によって人間関係を壊すリスクのある仕組みを見直すべきだ。

 田村憲久厚生労働相は今国会の審議で弾力的な運用方針を示し、扶養照会も「義務ではない」と明言した。相手が家庭内暴力(DV)の加害者や、明らかに交流が断絶している場合は照会は必要ないとされる。

 それでも親族に幅広く連絡すると言って申請を暗に断念するよう仕向けるなど、一部の自治体の対応が問題視されてきた。

 扶養照会が壁になって、保護を必要とする人が取り残されるようなことがあってはならない。不適切な照会を排除するよう厚労省は申請現場の意識改革を徹底する必要がある。

 生活保護への根強い偏見も見逃せない。かねて生活保護バッシングが繰り返され、自己責任論が幅を利かせている。そのため、暮らしに困っても「生活保護だけは受けたくない」とかたくなに拒む人は多い。

 長期化するコロナ禍の影響で、苦しい生活を強いられる人がさらに増加する恐れがある。これまで貧困とは縁遠かった働き盛り世代からも仕事や住まいを失う人が出ている。誰もが困窮するリスクに直面している。

 第3次補正予算では、生活に苦しむ人への公的支援が手薄だとの批判が出た。生活保護に至るまでのセーフティーネットの乏しさも浮き彫りになった。

 首相発言で生活保護への関心が高まったことを好機と捉え、法改正を含めて制度の見直しを本気で検討すべきだ。 



「権利としての生活保護」(2021年2月14日配信『しんぶん赤旗』ー「潮流」)

 「兄の愛情に接した私は、ふとんの中でしばらく泣いた」。岡山県の結核療養所で生活保護を利用して暮らしていた重症結核患者の朝日茂さん。手記『人間裁判』に、そう書いています。長年離れていた兄からの手紙が届いたのです。毎月送金するから元気になってと

キャプチャ

▼福祉事務所が兄に扶養照会を行い、茂さんの扶養義務があると迫りました。兄が「満州」から引き揚げて宮崎県に落ち着き間もなくのこと。妻と子ども4人、ぎりぎりの生活の中からのお金です

▼茂さんは仕送りで栄養のあるものを食べ、体調の改善を思い描いたことでしょう。ところが、暮らしぶりが変わらないことを知らされました

▼最低生活費の額は決まっているからです。収入があればその分を差し引かなければなりません。低すぎる生活保護基準では生きていけない。泣き寝入りはしないと、茂さんは提訴しました。朝日訴訟です

▼茂さんのように援助してもらえる人はごくわずか。2016年の厚生労働省調査では、年46万件の扶養照会があり、経済援助につながったのは、たった1・45%でした。「現在の社会状況にそぐわない」「業務の負担が大きい」と訴える福祉事務所職員も

▼扶養照会はまた、生活保護利用の大きな障壁になっています。コロナ禍のいまこそこの壁を取り除き、困った人が安心してたどりつける生活保護に。「自助・共助」ではなく、朝日茂さんが願った「権利としての生活保護」の確立への一歩です。家族の愛への涙が再び裏切られないためにも。





生活保護は権利 利用妨げる壁取り除け(2021年2月8日配信『東京新聞』-「社説」)

 新型コロナ下の生活支援について、菅義偉首相が「最終的には生活保護がある」と発言した。生活保護の利用は国民の権利である。「最終的」ではなく、困窮時に迷わず使える制度こそ必要だ。

 政府の統計によると、昨年の完全失業率は11年ぶりに上昇した。自殺者の数も11年ぶりに増え、特に女性の増加が目立った。コロナ禍が医療や介護、飲食業など女性の非正規労働者が多い業種を直撃していることと無縁ではない。

 こうした中、就労意欲とは無関係に仕事や住まいを失った人は少なくない。公の救済策が求められるが、自助の必要性を訴える菅首相は国会で定額給付金の再支給を拒んだうえ「政府には最終的には生活保護という…」と答弁した。

 生活保護に至る以前の公的支援の乏しさも問題だが、生活保護を最後の命綱と位置付ける考え方には違和感を抱かざるを得ない。

 生活保護の利用は「すべての国民に健康で文化的な生活」を保障する憲法25条に基づいた国民の権利である。困窮の理由を問われることなく、生活再建に生かすための制度にほかならない。

 だが、生活保護基準を下回る経済状況にありながら受給している世帯は2割強にとどまる。路上に投げ出された人びとですら「受けたくない」と話す人が多い。

 背景には受給者に対する偏見がある。自己責任論が広がり、支給を権利ではなく、施しのようにみなす風潮がある。そうした偏見が申請をためらわせ、ときに生命すら奪っている。政府は「最終的」と言わず、深刻な事態に陥らないように制度の活用を促進すべきではないか。

 厚生労働省は昨年末、ホームページに生活保護申請を促す一文を載せた。この姿勢は評価したい。

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 だが、申請現場では依然、多くの壁がある。その一つが申請者の親族に援助の可否を尋ねる扶養照会だ。援助が可能だったケースは2%に満たないが、親族に生活苦を知られるのが苦痛で、申請をためらう例は多い。田村憲久厚労相は弾力的な運用方針を示したが、現場に浸透させてほしい。

 ほかにも劣悪な無料低額宿泊所への入居や、生活に必要な自動車の所有放棄を申請条件にした例もある。改善の余地は少なくない。

 そもそも、政府には公的支援の情報を困窮者に積極的に届ける姿勢が欠けていないか。コロナ禍のいまこそ、やさしい社会への転換に尽力してほしい。      



「それを言ったらおしまいよ」(2021年2月2日配信『河北新報』-「河北春秋」)

 最初の緊急事態宣言が出されていた昨春、映画監督の山田洋次さんは映画『男はつらいよ』シリーズの舞台となった東京・葛飾の人たちにメッセージを寄せた。「今頃寅さんは旅先で帰るに帰れずオロオロしながら故郷柴又の皆さんの無事を祈っています。もう少しの辛抱です」

▼直筆の色紙は「葛飾柴又 寅さん記念館」に飾られている。寅さんは2度目の宣言が発令中の今もどこかで、妹のさくらやおいちゃんたちとの再会を待ちわびているのだろう

▼寅さんにはある帰る家を、コロナ禍の解雇で失った人がいる。あすの食べ物に事欠く人も。そうした人たちに、国はどう支援の手を差し伸べるのか。菅義偉首相は国会で特別定額給付金の再支給を否定した上で「最終的には、生活保護という仕組みもある」と述べた

▼生活保護が最後の「命綱」なのは自明のこと。求められているのは、生活保護を受けなくても済むための方策を立案し実行に移すことなのでは。政府の役割を放棄したかのような菅首相の答弁に、寅さんのせりふを借りて、「それを言ったらおしまいよ」の声も

▼菅首相の言う「自助」「共助」ではどうにもならず、手厚い「公助」が必要な人は増え続けている。辛抱を続けたくても、精神的にも時間的にも限界は近づきつつある。





「健康で文化的な最低限度の生活」は…(2021年1月31日配信『毎日新聞』-「余録」)

 「健康で文化的な最低限度の生活」(柏木ハルコ著)は、新人ケースワーカーを通して生活保護の実態を描いた人気漫画だ。新型コロナウイルスの感染拡大で、生活保護制度が改めて注目されている

▲昨年末以降、田村憲久厚生労働相が「生活保護を受けることは国民の権利だ。迷わず申請してほしい」と異例の呼びかけをし、話題を呼んでいる。窓口で申請させないようにする「水際作戦」が問題になってきたからだ

⇒相談先はお住まいの自治体の福祉事務所までご連絡ください(厚労省)。

福祉事務所一覧[PDF形式:1068KB]

▲制度の源流は1874年の「恤救(じゅっきゅう)規則」にさかのぼる。貧困の救済は「人民相互の情誼(じょうぎ)」により、それでも救済できない「無告の窮民」に限って、米代換算の現金を支給すると定めた。慈恵的な救済である。国の責任や国民の権利が明文化されたのは戦後になってからだ

▲漫画では、母子家庭の支援に悩むケースワーカーに、母親の心情を思いやるよう医師が諭す場面がある。「生活保護を受給してることに対する自責の念、『働け』っていう世間のプレッシャーもあるだろう」

▲生活保護を受けることに後ろめたさを感じさせる風潮には、明治以来の制度の歴史も影響していよう。コロナ対応は国の歴史や文化を映し出す。だが、どうにもならなくなった時、一時的に税金に頼って暮らすことは当然の権利だ

▲誰であれ税金の世話にならずに生きることはできない。「税金を利用している比率の多寡が、人と人とを分断する尺度であってよいのだろうか?」。みわよしこさんの著書「生活保護リアル」の言葉が重く響く。



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生活保護]のリアルに迫る青春群像劇

新卒公務員の義経えみるが配属されたのは福祉事務所。

えみるはここでケースワーカーという
生活保護に関わる仕事に就くことになったのだが、
そこで生活に困窮した人々の暮らしを目の当たりにして――



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著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
みわ/よしこ
1963年、福岡県生まれ。東京理科大学大学院修士課程(物理学専攻)修了、筑波大学大学院博士後期課程(電子・物理工学)単位取得退学。ICT技術者・企業研究者などを経験した後、2000年より、著述業にほぼ専念。社会問題、教育、科学、技術など、関心の範囲は幅広い。近年は、教育の機会均等・すべての人にとって「知」が力となる社会づくりに、とくに深い関心をもつ。JASTJ(日本科学技術ジャーナリスト会議)・NASW(米国サイエンスライター協会)会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。



生活保護の利用 申請の壁を取り払わねば(2021年1月31日配信『信濃毎日新聞』-「社説」)

 コロナ禍が長期に及び、多くの人が生活の困窮に直面して(2021年1月31日配信『新聞』-「社説」)いる。状況はさらに深刻さを増す恐れがある。生きる権利を守る生活保護の制度を、誰もがためらわずに利用できるようにすることが欠かせない。

 困窮した人を制度から遠ざけている要因の一つが「扶養照会」だ。保護を申請する人の親族に、援助できないかを自治体が問い合わせる。親や子ども、きょうだいに連絡が行くのを恐れて申請を諦める人が少なくない。

 困窮者の支援団体「つくろい東京ファンド」が年末年始に行った調査はそれを裏づける。生活保護を利用していない人が理由に挙げたのは「家族に知られるのが嫌」が34%で最も多かった。

 生活保護法は、扶養は保護に優先すると定める。ただしそれは、援助があれば保護費をその分減額するということであって、扶養を前提にしているのではない。旧法は「扶養義務者が扶養をなし得る者」を保護から外していたが、生存権を保障する現憲法の下で現行法に改められた経緯がある。

 また、民法上の扶養義務は、成人した親子やきょうだいの場合、余力がある限りでの義務にとどまる。夫婦同士や未成熟な子の親が負う強い義務とは異なる。

 厚生労働省は、家庭内暴力(DV)を逃れた場合のほか、明らかに交流が断絶している場合には、照会は必要ないと通知している。けれども、それに反して照会は行われ、親族に連絡すると言って申請を断念するように仕向ける自治体が絶えない実態がある。

 困窮している人は、家族との関係が複雑だったり、途切れていたりすることが多い。照会が実際に援助に結びついた事例は、東京の各区で1%に満たないという。

 生活保護は最後のよりどころとなる安全網だ。経済や雇用がさらに悪化し、孤立死や自殺につながる懸念も大きい。扶養照会の壁を前に立ちすくむ人を置き去りにするわけにいかない。

 参院予算委員会で、扶養照会の見直しを問われた菅義偉首相は、正面から答えなかった。支援団体は、本人が承諾した場合に限ることをまずは求めている。政府は耳を傾け、制度を改めるべきだ。

 もう一つ見過ごせないのは、生活保護への抵抗感だ。困窮を極めても保護をかたくなに拒む人が多い。利用者が非難にさらされた、かつての生活保護バッシングが尾を引く。制度の障壁を取り払い、人々の意識に根を張った偏見や誤解を解くことにつなげたい。





「生活保護」は最後の命綱ではない(2021年1月29日配信『日刊スポーツ』ー「政界地獄耳』)

★首相・菅義偉の「自助・共助・公助」の考え方がやっとわかった。27日の参院予算委員会で定額給付金の給付について「予定はない」と冷たく言い放ってきた首相は野党の「収入を失い路頭に迷う人々、命を失った多数の人々に政府の政策は届いているのか」との問いに「雇用を守り暮らしをしっかり支えていく。できる限り対応したい」としたが、政策が届いているかの問いには「いろいろな見方がある。政府には最終的に生活保護があり、セーフティーネットを作っていくのが大事」とした。

★結局、この「最終的には生活保護がある」の先は知らないとも聞こえる発想は生活保護の制度や発想とも異なる冷たい新自由主義の弱者切り捨てではないか。生活保護は最後の命綱ではない。図らずも仕事や家を失う人はこの経済環境の中では特別なことではない。生活保護を受けることで、態勢を立て直し、新たな生活の下支えをすることでもある。そこから再度はいあがり新たな生活を築く人たちも多い。ただ頼るべき場所のない生活に困窮する人たちを一時的に保護し、社会に送り返す施策ではないのか。

★生活保護受給者は社会の脱落者や不適格者ではない。普通の市井の人たちが何かの拍子、今はコロナ禍で生活のリズムやサイクルが崩れ同じように会社が傾き、それに伴い家や生活が崩壊してしまう普通の人たちが多くいる。首相の考えでは最後の最後にギリギリの生活は国が面倒みるから問題ないだろうという発想だろうが、それはコロナ禍の政策にも色濃く見え隠れする。生活保護にはそのあと再び社会復帰する工程が含まれる。ところが、一度受給しようものなら社会の落ちこぼれという発想をやめてほしい。その再生の手助けを役立てる人とうまく受け止められない人がいたとしても、政治は最後の1人まで、守り助ける努力をするものではないのか。政治の仕事は暮らしを救い守ることだ。





生活保護の増加 貧困ビジネス切り離せ(2020年12月21日配信『東京新聞』-「社説」)

 コロナ禍で住まいを失い、生活保護を求める人に一部の自治体が無料低額宿泊所(無低)への入居を申請条件にしている。無低には「貧困ビジネス」と指摘される施設が多い。直ちにやめるべきだ。

 コロナ禍による雇用情勢悪化に伴い、生活保護の申請が増えている。厚生労働省によると、4月の申請数は2万1486件。前年同月比で24・8%増だった。 その後、各種の生活支援でやや落ち着いたが、コロナの第三波到来で再び解雇、雇い止めが増え、年末年始に急増する気配だ。

 住まいを失った人びとが生活保護を申請する際、ハードルとなるのが無低だ。一部の自治体が入居を申請条件にしているためだ。

 無低は社会福祉法に基づく民間施設で、全国に570カ所(同省調べ)ある。良心的な施設もあるが、劣悪な環境で粗末な食事しか与えず、入居者から生活保護費を搾取する「貧困ビジネス」の温床となっているケースが多い。

 なぜ、一部の自治体が無低を条件とするのか。自治体側は受給者の生活状況を把握しなくてはならないが、職員不足から無低に任せがちなことが一因だ。ただ、困窮者の支援団体からは「財政負担を減らすため、施設の劣悪さから申請を諦めさせる『水際作戦』に使っている」と指摘する声も強い。

 生活保護はアパートなどで暮らす居宅保護が原則で、生活保護法は本人の意思に反して施設に入所させることを禁じている。

 それゆえ、一部自治体の申請条件は原則から逸脱し、違法でもある。大部屋をカーテンで仕切っただけの施設もあり、新型コロナの感染対策からも現状は看過できない。

 厚労省は9月に各都道府県などに対し「申請権の侵害または侵害していると疑われるような行為」として、無低入居を条件化しないよう通知している。しかし、支援団体などによると、通知後も状況は改善されていないという。

 かねて生活保護バッシングが繰り返され、菅義偉首相は「自助」を強調する。しかし、生活保護は憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」に基づく制度だ。生活保護基準を下回る経済状況で、実際に生活保護を受給している世帯は2割強にすぎない。

 国は無低入居を申請条件にさせない指導を徹底し、空き家利用など住宅の供給にも一段と力を入れるべきだ。生活保護は「最後のセーフティーネット」だ。コロナ禍の厳冬期にその土台を固めたい。




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