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冬至 12月21日

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 二十四節気のひとつで、北半球では太陽が1年で最も低い位置にきて、夜が一番長くなる日。 夏至の日と比べると、北海道の根室で約6時間半、東京で約4時間40分もの差がある。

 冬至の食べ物といえばかぼちゃ。かぼちゃは、体内でビタミンAに変わるカロテンや、ビタミンB1、B2、C、E、食物繊維をたっぷり含んだ緑黄色野菜。新鮮な野菜が少なくなる時期、これからの冬を乗り切るためにも、冬至という節目の日に「かぼちゃを味わって栄養をつけよう」という先人の知恵だが、明治以降に生まれた比較的新しい習慣といわれている。

 江戸時代からの冬至の風習が柚子湯(ゆずゆ)。「冬至」を「湯治」にかけ、「柚子」を「融通が利く」(=体が丈夫)にかけて、お風呂屋さんが始めたとされる。



一陽来復(2020年12月21日配信『高知新聞』-「小社会」)

 江戸期の川柳に〈踊子の話大きなうにこうる〉。「うにこうる」とは、頭に1本の角を生やした伝説の「ユニコーン(一角獣)」。その角には解毒、解熱作用があるとされた。

 江戸の薬商が売っていたのは、クジラの仲間「イッカク」の角(実際は牙)で作られていたようだ。ところが効き目がいまひとつだったか、薬自体が偽物だったのか。「うにこうる」はいつしか、うその代名詞になったという。

 踊子は遊女のこと。遊女の話はうそばかりというわけだが、引き合いに出された彼女たちこそいい迷惑だろう。とはいえ大枚をはたいたのに効果がなく、だまされたと感じた江戸っ子もいたろう。川柳のユーモアの中にも、そんな憤りが伝わってくるようである。

 病から命を守ってくれるものへの期待は、昔も今も変わらない。米製薬大手が新型コロナウイルスのワクチン承認を厚生労働省に申請した。国内でも接種開始が現実味を帯びてきたが、期待ばかりとはいかないところが難しい。

 通常ならワクチンの開発には長い年月がかかるが、今回は短期間で実用化された。安全性や有効性は長期的に保たれるのか。慎重な審査と国民への丁寧な説明が欠かせない。

 きょうは一年で最も昼間が短い冬至。これから日脚は少しずつ伸びる。草木が枯れ灰色だった世界が、精気を取り戻し始める「一陽来復」の日。ワクチンでコロナの世界も変わる。そう願いたい。



一陽来復(2020年12月21日配信『佐賀新聞』-「有明抄」)

 『徒然草』第六十八段にちょっと不思議な話がある。九州・筑紫の国で治安を守っていた押領使(おうりょうし)の館に、留守を狙って賊が押し入った。すると、どこからか武士が2人あらわれ、勇敢に戦って追い払ってくれた。「あなた方はいったい何者」と尋ねると、「毎朝召し上がっていた大根たちでございます」

◆押領使は大根を万病に効くと信じて毎朝二つ、焼いて食べるのが習慣だった。お礼に大根がピンチを救ってくれたのである。「深く信心していれば、このような功徳もあるのだろう」と、兼行法師は書いている

◆大根を毎朝二つ…いくら生薬とはいえ、丸々2本も焼いて食べたのだろうか。このところ大根や白菜といった冬場の重量野菜の安値が続いている。好天でよく育ったうえ、コロナ禍で飲食店などの大口需要が減ったのが響いた。生産者には鎌倉のむかしが、うらやましく映るだろう

◆きょうは冬至。「ん」のつくものを五つ食べるといいらしい。おなじみのカボチャは「南瓜(ナンキン)」。ほかにもレンコン、人参、コンニャク、そして大根。寒い時季、体を温める冬野菜は風邪と戦ってくれる。そんな暮らしの知恵である

◆一年でもっとも夜が長い日が過ぎれば、太陽は春に向かって光を取り戻していく。悪いことが続いても、物事はいつかいい方向に向かう。先人が願いを託した日でもある。



きょう冬至(2020年12月21日配信『宮崎日日新聞』-「くろしお」)

 一陽来復(いちようらいふく)。手紙で時候のあいさつにも使われるこの言葉は「陰がきわまって陽が生じること」、そこから「しばらく不運が続いた後で幸運に向かうこと」を意味する。そしてきょう「冬至」のことでもある。

 「北半球で太陽の南中高度が最も低く…」などといった難しい話は置いといて、要するに冬至は、一年の中で昼の時間が最も短い日だ。カボチャやおかゆを食べたりゆず湯に入ったりといった風習がある。「残る日の柚子湯がわけばすぐ失せぬ」(水原秋櫻子)。

 言い換えれば、あすからは徐々に日が長くなっていくということだ。とはいえ本当に徐々にで、昔の人は「畳の目一つだけ日が伸びる」などという言い方をした。畳の目だから2、3ミリといったところか。また「冬至冬なか冬はじめ」ともいい、寒さはこれからが本番だ。

 二十四節気で冬至の一つ前は「大雪」(今月7日)で「たいせつ」と読む。「雪が多くなってくるころ」といった意味で、いわゆる「おおゆき」とは違う。だが、先週半ばから週末にかけて、北の方では「おおゆき」となり新潟、群馬県境付近の関越自動車道で52時間にも及ぶ立ち往生が発生した。

 コロナに大雪、そして鳥フルと最後の最後まで自然の洗礼を浴び続けた1年。しかし「一陽来復」の言葉通り、冬至を迎えた今を災禍のピークに、これから少しずつ状況が好転していくと信じたい。たとえそれが「畳の目」一つ分ほどの幅であったとしても。



「冬至の節はわたしのもっとも好きな日である」(2020年12月22日配信『産経新聞』-「産経抄」)

 昨日は二十四節気の冬至だった。「冬至の節はわたしのもっとも好きな日である」。作家の永井荷風は、大正10年12月に発表した随筆に書いている。

 ▼理由の一つは、「野菜の味最もよくその値(あたい)最(もっとも)廉(れん)なる時節である」からだ。確かに今年の冬も野菜の安値が続いている。冬至に付き物のカボチャに限らず、大根もカブもネギもうまい。とはいえ、荷風のようにこの季節を楽しむ気分にはとてもなれない。

 ▼新型コロナウイルスに翻弄された1年だった。とりわけ10月下旬から始まった「第3波」の感染拡大のペースは速かった。国内の感染者が累計で20万人に上ったとの報道もある。やはり冬の低温と空気の乾燥は、ウイルスの危険性を高めるとの専門家の指摘は正しかった。

 ▼明の時代の北京では、「九九消寒図(しょうかんず)」と呼ばれる冬至の日の風習があった。「九九」は、冬至以後の81日間を意味する。冬至の日に81個の梅の花の輪郭だけを描き、それから毎日1個ずつ花を塗っていく。「消寒図」とは塗り絵のようなものらしい。81日かけてすべての花を塗り終えたとき、花の咲き誇る季節を迎えているというわけだ。

 ▼中国文学者の井波律子さんが、エッセー集『一陽来復』(岩波書店)で紹介していた。一陽来復とは陰が極まって陽がもどってくること。一年でいちばん夜が長い冬至の日を指す。冬が去り春が来る。転じて、悪いことが長く続いた後でようやくよい方向に向かうことの例えに使われてきた。

 ▼この四文字がいつにも増して身に染みる年の暮れである。梅の花を描きながら厳寒を耐え抜いた北京の人たちを見習って、外出をできるだけ控えて人との接触を避ける生活をもうしばらく続けるしかない。一陽来復。春は必ずやってくると信じて。





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