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耳が聞こえない女優 何度も夢を諦めた過去も 50歳になっても輝き続ける生き方とは(2020年12月25日配信『hint-pot.)

著者:中野 裕子

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忍足亜希子さん【写真:荒川祐史】

 2021年は東京五輪とともにパラリンピックも開催される予定で、障がい者への注目度も高まっている。困難を克服し夢を実現する姿は、大きな感動を引き起こすだろう。芸能界にもハンディキャップを克服しながら、女優として活動を続けるろうの女性がいる。1999年、29歳で映画『アイ・ラヴ・ユー』の主役で女優デビューした忍足(おしだり)亜希子さん(50)だ。その後、結婚・出産、子育てをしながら女優業を続けているが、一つひとつ夢を叶えてきた忍足さんはどのように困難を乗り越えてきたのか、詳しい話を聞いた。

 ◇ ◇ ◇

ろうの女優・忍足亜希子さん 芝居未経験からデビュー作で新人賞を受賞

 元々、女優になりたいとは思っていませんでした。映画『アイ・ラヴ・ユー』はオーディションで選んでいただいたのですが、オーディションを受けたのは、20年来の親友に「挑戦しようよ!」と強く誘われたから。私は引っ込み思案で人前でお芝居するなんて恥ずかしい! と思っていたので……。お芝居の経験もなく、オーディションでも当然、うまく演じられなくて「これはダメだな」「まあダメ元だったから」と家族で話していたところ、ファックスで「合格」と届いたのでびっくりしました。

『アイ・ラヴ・ユー』の後、映画やドラマ、舞台で経験を積み、今見返すと我ながら「下手だなあ!」と思ってしまいますが(笑)、それでも、ろうの私が演じ、作品に関わることで聞こえない人の本当の姿を皆さんに知ってもらいたい、という気持ちが生まれ、ここまでやってきました。

 昨年は2本の舞台に出演。21年は18年ぶりに出演した映画『僕が君の耳になる』が公開になります。この映画出演を機に、事務所にお世話になることも決まりました。ろうだと、事務所と良い縁を結ぶことも難しく、ここ2年はフリーだったので。ろう者が演じられる役は限られチャンスが少なく、女優を続ける厳しさや困難は感じますが、講演会や手話教室、配信などもしながら、これからも生きている間は女優でいたいですね。

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短大卒業後は銀行に就職 「自分に合う職業」を悩み続けた【写真:荒川祐史】

 私の両親は聴者ですが、私は子どもの頃は聞こえないことにあまり引け目を感じたり、悲しんだりせずに育ちました。父が全日空に勤めていたので、家族旅行でよく飛行機を利用していてCAさんに憧れたり、絵を描くのが好きで漫画家を夢見たりしていました。

 でも、ろう学校の先生に「あなたは聞こえないから無理よ」と教えられ、何度も夢を諦め、だんだん夢を持たなくなっていきました。短大を出てからは、銀行に就職し事務の仕事に就きましたが飽き足らず、「自分に合う職業は何だろう」とずっと悩んでいました。

 そんな時、28歳で『アイ・ラヴ・ユー』のオーディションを受けたんです。その頃、ちょうど『星の金貨』(日本テレビ系)など、ろう者が主役の連続ドラマが放送されていました。ドラマでろう者が取り上げられるのはうれしいものの、なぜかろう者は孤独で暗くかわいそう、という設定が多く、「そんなことはないのになあ」と違和感がありました。

 それも、映画『アイ・ラヴ・ユー』に挑戦した理由です。『アイ・ラヴ・ユー』はろう者と聴者が一緒になって、ろう者のありのままの世界を描いた作品だったので、ろう者の本当の姿を伝えられるのではないか、と思ったのです。それまで、女優は私にとって“聞こえる人がやる職業”で、初めからやりたい職業の候補に入ってさえいなかったので大転換。演技を始めてみると、いろんな感情を表現する女優というお仕事は、難しいけれど本当に面白いと思っています。

結婚への不安から一度は破局 30代で復縁し結婚へ

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取材時、手話で通訳をする夫で俳優の三浦剛さん。三浦さんは2021年に公開予定の映画『僕が君の耳になる』『ある家族』に出演【写真:荒川祐史】

 39歳の時、舞台で共演した俳優(三浦剛さん)と結婚しました。結婚前の交際中、実は一度、別れたことがありました。半年ぐらい交際した時、私からお別れして。なぜかというと、ろう者はろう者同士で結婚する人が多く、ろう者の女性と聴者の男性の夫婦は少ない。結婚してもうまくいかなくなるとよく聞いていたからです。

 だから、「今は恋愛中で楽しくても、いずれ別れるんじゃないか、人生をかける結婚と恋愛は別じゃないか」と思ったんです。別れて6年後に再び交際することになると、お互い30代で若くはなかったので、私たちよりお互いの両親の方が、結婚に対して前のめりでした(笑)。特にお義父さんは偶然にも私のファンだったので、彼が私と結婚すると知ったらすごく喜んでくださいました。

 夫との結婚に対する不安を乗り越えられたのは、夫が手話を学んでくれて、手話でコミュニケーションを取ろうとする姿を見ていて、心から信じることができたから。昔は手話に対して偏見を持つ人も少なくありませんでしたが、私たちろう者にとって手話は自然なコミュニケーション方法。夫が手話を学んでくれることで、私と手話で会話を楽しみたいと思ってくれている、という気持ちを信じることができたのです。

 国際結婚するカップルも似ているのではないでしょうか。日本人とアメリカ人が出会って相手と話をしたい、と思ったら、お互いの言葉に興味を持ち、学んで、話そうとしますよね。その気持ちがないと、交際はもちろん結婚はうまくいかないと思います。

子育ては夫婦で協力 産後3か月で仕事に復帰

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忍足亜希子さんの一人娘、優希ちゃん。父・三浦剛さんとともに映画『ある家族』に出演している【写真:荒川祐史】

 結婚して3年で、一人娘に恵まれました。私は元々「何とかなる」と考えるタイプではあるのですが、出産の際には不安もありました。予定日に夫が地方公演でいない予定だったので、お医者さんや看護師さんとうまくコミュニケーションが取れるかな、と。

 そこで、「息を吸って」「吐いて」「いきんで」などと書いたパネルを用意してもらいました。出産が少し早まり、ギリギリセーフで夫が立ち会い出産してくれたので結局、パネルは使わなかったのですが、知恵を絞れば何とかなりますね。

 それに、産まれてくる子どものことを思い、ワクワクすれば、出産の時を喜びで迎えることができると思います。子育ての難しさについても、例えば、私は子どもの泣き声が聞こえませんが、今は赤ちゃんの泣き声に反応して光る、一般向けのランプも発売されているので乗り越えられました。

 私たち夫婦は“犬も食わない”ケンカを、たくさんしながら暮らしています。たぶん、どこの夫婦も同じですよね。それでも家族としてやってこられたのは、性格が反対なのも良かったのかも。私はよく天然と言われるのですが、夫はとてもきちんとした性格なんです。だから、お互いが補い合える。例えば、私はスケジュール管理が苦手なんですけど、夫がしっかりやってくれます。家事は私が得意。料理をすれば、夫は何でも「おいしい」と言って食べてくれます。

 子育ては両親で協力してやる必要がありますね。娘の優希が赤ちゃんだった時は、昼間は私が優希を見て、夜中は舞台の後に飲んで遅く帰っても、夫がそのまま寝ずに起きて優希にミルクをやったりおむつを替えたりしてくれました。おかげで、生後3か月ぐらいで取材を受けるなど、仕事も早く再開できました。助け合える人に出会えて、本当に良かったなと思います。

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◇忍足亜希子(おしだり・あきこ)
1970年6月10日、北海道千歳市生まれ。本名:三浦亜希子。4歳の時聴覚障害があることが分かり、横浜市に転居しろう学校へ。青葉学園短大卒業後、横浜銀行に5年勤務。97年、手話の先生の紹介で『ノッポさんの手話で歌おう』(NHK教育)でデビュー。99年、映画『アイ・ラヴ・ユー』の主役で女優デビューし、第54回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞や第16回山路ふみ子福祉賞などを受賞。09年、舞台「嵐になるまで待って」で共演した俳優・三浦剛さん(45)と結婚。12年、長女・優希ちゃん(8)誕生。21年5月、映画『僕が君の耳になる』公開予定。また、家族エッセイ「我が家は今日もにぎやかです。」(アプリスタイル)出版予定。





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