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「温めますか」と聞かれて驚いた 手話を使う私が体験した「静かなスタバ」(2020年12月30日配信『毎日新聞』)

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「スターバックス」の手話をする中嶋元美さん。3本の指は、スターバックスの女神の髪の毛を意味し、曲線は、髪の毛のうねりを表している=東京都国立市で、中嶋真希撮影

 「世界一静かなスタバ」が今年6月、国内で初めてオープンした。東京都国立市にある「スターバックスコーヒーnonowa国立店」だ。聴覚障害を持つスタッフが中心となって働くこの店は、「手話の店」を意味する「サイニングストア」と呼ばれている。メニューを指し示したり手話を使ったりして注文できる。筆者は聴覚障害があり、普段はスマートフォンのメモを見せて注文しているが、細かくオーダーできないこともある。サイニングストアでは、どのような工夫がされているのだろうか。店を訪れ、手話でスタッフに取材した。【大垣京佳】

 JR国立駅を出ると、九つの手を描いた看板がすぐ目に入る。一つ一つの手はアメリカ式の手話で、「STARBUCKS」と表している。中に入ると、レジに立つ店員が、注文表を指さしたり筆談したりしながら、客からの注文を受けていた。店内に置かれたデジタルサイネージには、手話を紹介するイラストが映し出されている。飲み物ができると、ここに番号が表示される。客はカウンターで番号を指さし、店員は商品を手渡す。手順はスムーズ。注文から受け取りまでにかかる時間は通常の店舗と変わらない。

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アメリカ式の手話で、「STARBUCKS」と表された看板=東京都国立市で、中嶋真希撮影

 筆者がこの店を初めて訪れたのは7月。サンドイッチを注文すると、手話で「温めますか」と聞かれて驚き、体の動きが一瞬止まってしまった。軽食が温められることを初めて知ったのだ。

 これまでカフェやコンビニでは、スマートフォンのメモ帳アプリにあらかじめ書いておいた商品名を見せるなど工夫してきた。でも、「トッピングはどうしますか」「ポイントカードは持っていますか」と追加で質問されると応じるのは難しい。苦笑いしながらうなずき、やり過ごしてしまうことも多かった。一方、サイニングストアでは、スタッフが手話や筆談を含めあらゆる手段で情報を伝えてくれるので、自分の好みに合わせて飲食を楽しむことができる。いつもより温かいサンドイッチはより一層おいしかった。もっとこの店のことが知りたい。そう思い、取材をさせてもらうことにした。

聴覚障害者が主体となって働ける「居心地のよさ」

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スタッフと手話でコミュニケーションをとり、笑顔の中嶋元美さん(右)=東京都国立市で、中嶋真希撮影

 この店には、レジで表情豊かに接客する女性の店員がいる。中嶋元美さん(26)。16歳で耳が聞こえなくなり、手話でコミュニケーションをとってきた。この日、店頭に立っていたのは、中嶋さんら聴覚障害を持つスタッフ2人と、健聴者の伊藤真也店長(38)。「あのドリンクをお願い」。中嶋さんはもう1人のスタッフに手話で指示を出しながら、テンポよく働いていた。

 中嶋さんが接客した東京都昭島市の70代女性は、初めてこの店を訪れたときは他の店舗との違いに気づかなかったという。「2回目に来た時に接客してくれて、(中嶋さんが)手話を使う方なんだと知った。注文も簡単ですよ」と笑顔で教えてくれた。

 注文しやすさの秘密は、「指さしメニュー」にある。「店内orお持ち帰り」「サイズ」など図で簡潔に表記してあり、高齢者にも好評だ。同店を運営する「スターバックスコーヒージャパン」(本社・東京都品川区)の広報、山田朱香さん(34)は、「指さしで細かいカスタマイズもオーダーできる。『初めて注文できた』というお客様の声もあります」と説明する。聴覚に障害のあるスタッフへの気遣いか、山田さんが身に着けていたのは口の動きが分かりやすいフェースシールド。相手が伝えたいことを理解するために口の動きは重要な要素だ。取材する側の私にとっても情報を補いやすかった。

自分らしい場所は「手話のある世界」

 この店でのびのびと働く中嶋さんは、「サイニングストアでは、手話や筆談で接客できるし、手話に興味を持ってくれるお客様もいるのでうれしい」とほほえむ。しかし、過去には、通常店舗で苦い経験もした。

 中嶋さんはろう学校を卒業し、手話教室の講師や、郵便局での仕分け作業などの仕事に加えて手話でミュージカルやライブをする「手話パフォーマー」としても活動してきた。人前に立つことが好きだったこともあり、接客業に興味が湧いた。スタバには聴覚障害があるスタッフが多く働いていることは知っていた。「自分もやってみたい」。地元の店舗の求人に応募した。

 その店は、「今でも遊びに行く」(中嶋さん)ほどスタッフの関係は良好だった。ただ、聴覚障害者は自分1人だけ。自信を持った接客はできなかった。注文がうまく理解できず、「聞こえるスタッフに交代して」と言われ、レジに立つことが怖くなった。ごみ箱の袋を交換したりテラスで掃除をしたりしている最中、背中越しに声をかけられても気づかない。客が怒り出したこともあった。新型コロナウイルスの影響も重くのしかかった。感染防止のためマスクをすると口元が隠れてしまう。店のスタッフは中嶋さんに指示や連絡をする際、マスクを少しだけずらし、口元を見せてくれた。しかし、「手間を取らせてしまった」と申し訳ない気持ちになることが増えた。

 「もっと自分らしく働きたい」。そう感じていた時に、サイニングストアがオープンすることを知った。中嶋さんにとって自分らしくいられる場所は、「手話のある世界」だ。オープニングスタッフとして働きたいと思い、社内での公募に応じ、アルバイトとして採用された。

 サイニングストアには、目で見て、手で伝えるツールがたくさんある。おかげで、注文の間違いはなくなった。指さしメニューなどの工夫で、客側の「聞こえないスタッフにどうやって注文するのか分からない」という不安も取り除かれている。スタッフ同士のコミュニケーションも手話が中心。必要な情報を難なく得られ、「次はこの作業をしよう」と行動できるようになった。「コミュニケーションがスムーズで、気持ちも楽になりました」。レジに立つ中嶋さんは生き生きとした表情をしていた。

聴覚障害持つスタッフの声がきっかけ

 スタバは2002年から、「チャレンジパートナー サポートプログラム」という取り組みを始めている。聴覚障害に限らず、すべての従業員が働きやすい環境を整えるため、障害のある従業員を支援する制度だ。サイニングストアもこの取り組みの一つで、約3年前に国内出店の検討が始まった。広報の山田さんによると、聴覚障害を持つスタッフ数人と対話の場を設けた際に、「マレーシアにできたサイニングストアを日本にも作りたい」という声が出たのがきっかけだった。東京や横浜で出店に適した場所を探し、音声を文字に変換するアプリや筆談具など情報伝達をサポートするツールも試した。試行錯誤の末、開店にこぎつけた。

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手話でスタッフとコミュニケーションをとる伊藤真也店長(左)=東京都国立市で、中嶋真希撮影

 スタッフ間でコミュニケーションに行き違いが起きることはないのだろうか。店長の伊藤さんによると、答えは「ある」。手話を勉強中という伊藤さんの場合、分からない時はゆっくり繰り返してもらったり、指文字や筆談具も活用したりしている。重要な打ち合わせでは、すべて筆談にするなどの工夫も凝らす。伊藤さんはこの店で働き、「(店側が)障害がある人の来店を歓迎する気持ちを持っていても、入店をためらったり断念したりする人が多くいる」ということに気づいたという。すべての店舗が「誰もが来やすい店」だと感じてもらうためにはどうすればいいのか。どんな工夫ができるのか。最近は他の店長とそんなことを話す機会も増えた。

 スタバでは過去に、聴覚障害があるスタッフが店舗を管理する「マネジャー」についた例もある。仕事の内容は健聴者と変わらない。現金管理やシフト管理、店舗の目指すべき成果をプランニングするなどのマネジメントが任務だ。中嶋さんは、「お店の先頭に立って働けるようになっていたい。そして、たくさんのお客さんに、コーヒーを通じたエクスペリエンス(経験)を手話で届けたい」と将来を見据えた。

さまざまな手段で伝えられる楽しさを

 取材の際、健聴者の記者が同行していた。その記者が「試しに注文する」と言った時、「健聴者はこの店でどのように注文するのだろう」と好奇心を抱いた。大げさな身ぶりや手ぶりを交える姿も想像した。しかし、記者は、あっさりと注文し、「簡単だった」と話した。その感想に意外さと同時にうれしさを感じた。「聴覚障害者と話すことは難しい」と思っている人たちの心理的ハードルが下がるかもしれないと期待したからだ。手話が使えなくても、さまざまな手段で意思疎通ができることを教えてくれる。この店はそんな場所だ。

 スタバに限らず、指さしメニュー表が全国のさまざまな店で導入されれば、聴覚障害者であっても、お年寄りであっても、ショッピングや外食など生活がしやすくなるのではないだろうか。後ろに並んでいるレジ待ちの客を気にしたり、店員の説明が分からないままうなずいてしまったり。聴覚障害がある人のそんな「いつもの困りごと」も解消できそうだ。中嶋さんも、「普段とは違う方法で注文をすることを楽しんでほしい。店内には目で見て分かる工夫がされているので、ぜひ来てほしい」と大勢の来店を心待ちにしている。

 手や指、表情を使って相手に気持ちを伝える手話は、「もう一つの世界」。しかし、サイニングストアには、それだけではない多様なコミュニケーションがある。その楽しさと難しさを体験すれば、情報を伝え合うスキルが身につくかもしれない――。そんなことを考えた。




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