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普通学校の医療的ケア児受け入れ、川崎市でなく世田谷区で可能だった理由(2020年12月31日配信『ダイヤモンドオンライン』)

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光菅和希君の世田谷区小学校への通学1日目

今年3月、「人工呼吸器を装着している男児が居住区の小学校へ就学するための手続きとその結果の特別支援学校を指定された通知は違法である」と提訴した裁判は、横浜地方裁判所で原告敗訴の判決が出た。男児と保護者の「地域の小学校生活は特別支援学校より危険か」「地域の小学校での教育より、特別支援学校のほうがふさわしいか」「それは、誰が決めたのか。本人・保護者に教育の選択権はあるのか」という疑問に東京高等裁判所はどう答えるか。控訴審が始まった。(医療ジャーナリスト 福原麻希)

控訴審で転居に伴う

経済的・精神的苦痛を取り戻す

 2018年当時、川崎市に住んでいた人工呼吸器を装着する光菅和希君(現在9歳)は居住地域の小学校への就学を希望したところ、川崎市教育委員会(以後、川崎市教委)から特別支援学校の指定を受けた。行政処分(決定)には強制力がある。当初、和希君と保護者は川崎市教委との話し合いを続けていたが、途中で打ち切られてしまった。

 このため、やむなく川崎市教委の判断と神奈川県教育委員会(以後、神奈川県教委)の処分取り消しを求めて提訴へ。だが、今年3月、横浜地方裁判所は神奈川県教委の決定は違法でないとして、原告(和希君と保護者)の訴えを棄却した(既出記事『「人工呼吸器でも普通学級で学びたい」重度障害児の訴えはなぜ退けられたか』)。

 しかし、その判決文の内容は、数々の事実認定による誤りがあった。さらに原告と弁護団は、争点に対する判断にも著しい疑義が見られ、結論が変更される可能性があるとして、判決後すぐ、東京高等裁判所に控訴した(※筆者注:控訴詳細は本稿最後に)。

 さらに、同月、光菅一家は橋を一つ隔てた世田谷区へ引っ越したところ、世田谷区教育委員会(以下、世田谷区教委)から学区の地域の学校へ通学できると通知が発出された。いま、和希さんはその小学校の3年1組に在籍し、毎日通学している。

 12月14日の控訴審法廷で、母の悦子さんはこう意見陳述した。「世田谷区教委・校長先生から『和希君のペースで、元気に楽しく学校に通ってください』と言っていただけました(前後略)」「先生たちも他の子どもと同じように対応してくださり、お友達も和希をクラスの一人として仲良くしてくれ、お休みをすれば心配してくれ、時には助けてくれます」(意見陳述の一部)

 法廷では、その証拠として、学校で過ごす様子が写真やビデオで映し出された。

 父の伸治さんは、川崎市の持ち家を和希さんが暮らしやすいように約200万円をかけて改築していた。現在、その家のローンと世田谷の家賃の二重払いになり、経済的にも精神的にも重くのしかかっている。それだけでなく、幼いころからお世話になり、和希君を理解し成長を支えてくれていた訪問看護師とも、引っ越しで離れることになってしまった。

 すでに、原告の和希君と光菅夫妻は川崎市から世田谷区へ転居し、自宅近くの地域の小学校への転校も実現できた。このため、控訴審では、第一審(横浜地裁)で争った特別支援学校を指定された処分の取り消しでなく、神奈川県と川崎市の責任を追及し、原告が経済的・精神的な損害を被ったとする国家賠償請求へと訴えが変更されている。

世田谷区教委は

どのように受け入れたか

 世田谷区教委は、日常生活で人工呼吸器や痰の吸引等が必要な医療的ケア児を地域の小学校で受け入れることについて、どのように考えているのか。

 他の地域と同様、世田谷区でも障害のある子どもが小学校へ上がる前年、保護者が(1)地域の小学校の通常学級(健常児と同じクラス)、(2)地域の小学校の特別支援学級、(3)特別支援学校のどこへ通学させればいいか迷ったとき、教育委員会と相談する「就学相談」を開いている。

 就学相談では「一人ひとりの子どもの将来や社会参加を見据えた力を身につけてもらうこと」を目標に、専門家で構成される就学支援委員会で就学先の意見をまとめている。

 世田谷区教委事務局教育相談・特別支援教育課長の工藤木綿子さん(以下、同課長)は、そのうえで「医療的ケア児にかかわらず、障害のあるお子さんが地域の学校の通常学級に入りたいと申し出があれば、保護者に学校の環境設備を見ていただくとともに、学校と世田谷区教委が『どのように受け入れたらいいか、どのような支援が必要か』を検討し、保護者とよく話し合います」と言う。

 世田谷区教委は医療的ケア児を、平成30年度から試行的に受け入れ始めた。すべての小学校がバリアフリーになっているわけでなく、順次、エレベーターの設置やトイレを改築している。

 今年度、世田谷では学区内の小学生約3万8000人のうち、医療的ケア児10人以上が複数校に在籍し、通常学級や特別支援学級で学んでいる。

 世田谷区教委でも、人工呼吸器装着児の受け入れに不安はあるという。このため、同課長は「どんなことが不安かを学校とともに確認して、受け入れに対する準備をしていきます。安全は確保されるか、保護者の協力を得られるか、医師の診断があるかなどを確認します」と話す。

 例えば、和希君の場合は、光菅夫妻が世田谷区への転入届を提出時、「人工呼吸器を装着している子どもがいて、地域の学校へ通学したい」と申し出た。主治医から「地域の小学校への通学は可能」という診断書も持っていた。

 そこで、同課の高橋亘さん(以下、同課担当者)は、光菅夫妻にその小学校の環境設備を見学してもらうとともに、校長室で校長と和希君、および、保護者の面談を設定した。この小学校で人工呼吸器装着児を受け入れることは初めてだった。

 1時間の面談では、校長が光菅夫妻からこれまでの経緯とともに、「保護者は和希君にどんな願いを持っているか」「学校生活では、どんなことをしていきたいか」などを聞き取った。

 光菅夫妻が「クラスのお友達との触れ合いを大切にしたい」と答えたため、次に「学校でできること、できないこと」などを話し合った。例えば「国会議員が文字盤を目で読んでいるが、そのような練習など、通常学級では障害のある子どもに対する専門的で特別な教育指導はできない」「学校看護師や補助的教員が配置されるまでは、保護者の付き添いの協力を得たい」「現時点で人工呼吸器を装着しているお子さんは、看護師配置後も保護者の校内待機をお願いしている」など、世田谷区教委、学校側が対応できないことも説明した。

 和希君は、6月のコロナ感染拡大下の分散登校から通学が始まった。秋になって、同課担当者が学校を訪問したところ、同じクラスの女子が和希君に向かって「次の授業の教室はあっちだよ」と案内している場面を見て、「クラスの子どもたちも自然にかかわっているな」と感じたという。

学校で安心・安全を確保するための

体制づくり


 さらに、世田谷区教委では医療的ケア児が就学・転校したあとも、継続的に学校側の相談に乗っている。同課担当者はこう話す。

「学校における事故の可能性については、区教委でも心配しており、校長や担任と話し合いながら安全確保体制を進めています。そのとき、リスクを曖昧にせず明確にして、それに対する緊急時対応について医師を交えた相談のうえ決めています」

 万が一、人工呼吸器に関する事故があったとしても、例えば、食べ物や薬、虫刺され等によるアレルギーを持つ子どもが激しいショック症状を引き起こしたときと同じような対応を準備している。インターフォンで職員室へ連絡するとともに、緊急処置をする人、校内外の保護者へ連絡をする人、クラスの子どもたちを見る人、救急車を呼ぶ人、救急隊員を誘導する人などの体制を取り決めている。

 このとき、学校看護師が配置されていても、看護師1人が抱え込まないような学校の体制を整えている。

 現在、世田谷区の小学校では、1年単位の非常勤看護師(※会計年度任用職員)が7人、週1~5日まで柔軟な体制で働いている。このほかに、医療的ケア児自身を日常で看ている訪問看護ステーションの訪問看護師の協力も得ている。

 光菅さんには、10月から学校看護師が配置された。

 運動会や遠足などの学校行事への参加については課題も多い。本人・保護者の意向を聞きながら、移動手段の確保や現地のバリアフリーの状況を確認し、「ここは参加できるが、この部分はやめておこう」など、試行錯誤しながら計画を立てている。同課担当者は「学校側の不安を軽減できるよう支援しています」と言う。

 今後の国や都への政策的要望については「インクルーシブ教育を実践していくには、40人学級では難しいこともあります。このため、児童の人数を少なくするか、あるいは、補助的教員の配置を検討してほしい」と同課は言う。

 このため、現在、世田谷区では独自に地域の方々へ子どもたちの学校生活を支援するボランティアをお願いしている。60歳や65歳以上の会社での仕事を終えた方や、卒業生の保護者などが活動しているそうだ。

控訴審の争点とは

「3つの権利」がポイント


 控訴審では、(1)障害児がインクルーシブ教育を受ける権利、(2)障害児が行政に義務付けられている「合理的配慮(障害のある人の権利や自由を実現するために社会が変更と調整をすること)」を受ける権利、(3)本人と保護者の教育を選択する権利、これらの判断に誤りがあったとして争う。

 国連で採択され、日本でも2014年に批准された障害者権利条約では「他の者との平等を基礎として」のフレーズが条文に35回も出てくるほど、「障害のある者とない者の平等」が基盤となっている。「障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されない」という文章がある(第24条 教育)。

 そして、その要件の一つとして、障害者個人が差別されない状態で必要な「合理的配慮の提供」の確保を保証している。光菅さんを原告とする裁判の大谷恭子弁護士は「合理的配慮と特別支援はまったく違うもの」「合理的配慮の提供がない場合、それは差別であり、人権侵害である」と強調する。

 また、地域の小学校で、障害児に対する専門的な教育ができないが受け入れる理由については、光菅さんの事例について、神奈川県教委における専門家(教育学・医学・心理学)を交えた委員会で「地域の学校がいいか、特別支援学校がいいかは、保護者が子どもにどんな教育をさせたいかという価値観によるもの。どちらがいい悪いの問題ではない」との意見も出ていた。

 原告側は複数人の教育等に関わる有識者の意見書を提出している。今後、法廷で地域の学校における医療的ケア児の受け入れ対応について議論されていくことを期待し注目していく。




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