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大河で渋沢のいとこ演じる田辺誠一さん、草履で谷川岳「役者になって一番つらいロケ」(2021年1月1日日配信『読売新聞』)

 2月14日にスタートする大河ドラマ「青天を衝(つけ)」は、序盤の中心舞台となる渋沢栄一の故郷・武蔵国血洗島(ちあらいじま)村(現在の埼玉県深谷市)のシーンのロケが群馬県安中市で行われている。タイトル「青天を衝け」も、群馬・長野県境近くで渋沢が詠んだ漢詩の一節が由来となっており、ドラマと群馬のつながりは深い。撮影はどう進み、物語はどんな見所があるのか。渋沢のいとこで、富岡製糸場の初代場長・尾高惇忠役を演じる俳優の田辺誠一さんに聞いた。

富岡製糸場の初代場長・尾高惇忠役

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たなべ・せいいち 1969年4月生まれ。東京都出身。87年にモデルとしてデビューし、俳優に。BS―TBS「にっぽん! 歴史鑑定」でナビゲーターも務める。

 「日本経済の礎を築いた人物」。渋沢はそんなイメージでした。教育や福祉、国際交流の分野でも活躍したことは出演をきっかけに知りました。

 ドラマの根底を貫くのは「何でなんだ」「おかしくないか」という渋沢の純粋な思いです。尊皇攘夷(そんのうじょうい)に傾き、高崎城の乗っ取りなどを計画しますが、そこには「どうしたら世の中を良くできるんだ」という素朴な思いがありました。

 敵だった幕臣になっても、プライドを捨てて実力を発揮します。自分の考えよりも、日本を良くしたいという思いを優先したのでしょう。いろいろな人にぶつかり、道を切り開きます。

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ロケ地に再現された渋沢の生家(群馬県安中市で)

 尾高は渋沢のいとこで、妹は渋沢の妻。論語などを教えた学問の師でもあり、渋沢の人間形成に大きな影響を与えます。尾高がいなければ、渋沢は農家のまま人生を終えたかもしれない。10歳年上の「先生」でもありますが、撮影では渋沢と同じ年代のように接する演技を心がけています。

 安中のロケ地には何度も足を運びました。渋沢や尾高の生家が屋外のセットに組まれ、畑も忠実に再現しています。周囲の山や大地、高い空は(旅で訪れた)渋沢や尾高も見ていたはず。その場だからこそリアルに感じられる雰囲気があり、役を演じるうえですごく助かります。

 「青天を衝け」の旅のシーンは、(渋沢役の)吉沢亮君と谷川岳で撮影しました。袴(はかま)にかつら、草履で岩場を歩くのはきつく、役者になって一番つらいロケでした(苦笑い)。でも、渋沢や尾高は商売のために荷物を背負い、何十倍もの距離を何日もかけて歩いたんです。2人の体験を体に刻むいい経験でした。

 富岡製糸場には昨年12月に初めて行きました。実際に尾高がいた場所で、当時の彼の思いを想像しました。

 ドラマでは新しい時代に向かっていろいろなものを突き破ろうとする登場人物たちの情熱、生きざまを見てほしい。自分の信念と大切な人たちのどちらかを選ばなければならない葛藤も描かれるので、生身の人間の体温をしっかり表現していきたいと思います。

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(聞き手・宮下裕二)

「青天を衝け」、漢詩が由来

 <勢(いきおい)は青天を衝き 臂(ひじ)を攘(はら)って躋(のぼ)り 気は白雲を穿(うが)ち 手に唾(つば)して征(ゆく)>

 「青天を衝け」の由来になったこの漢詩は、渋沢が若い頃に長野県佐久市の内山峡で詠んだ。渋沢は家業の藍玉売りのために尾高と一緒に上州や信州を何度も旅しており、その途中で妙義山や碓氷峠の漢詩も詠んだ。

 群馬県下仁田町の県境から国道254号を8キロほど進んだ佐久市内山地区には、地元有志が1940年に刻んだ岩壁の詩碑=写真=がある。

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