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旧優生保護法に違憲判決、3例目 札幌地裁、賠償請求は棄却(2021年1月15日配信『共同通信』)

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旧優生保護法下での強制不妊手術を巡る判決後、掲げられた「不当判決」の垂れ幕と原告の小島喜久夫さん(左)。札幌地裁は旧法を違憲と判断したが、損害賠償請求は棄却した=15日午後3時46分、札幌地裁前

 旧優生保護法(1948~96年)下で不妊手術を強制されたのは憲法違反だとして、札幌市の小島喜久夫さん(79)が国に1100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、札幌地裁(広瀬孝裁判長)は15日、旧法を違憲と判断した。一連の訴訟で違憲判断は3例目。賠償請求は棄却した。

 全国9地裁・支部で起こされた訴訟で、判決は4件目。小島さんは実名を公表した最初の原告だった。

 2019年5月の仙台地裁判決と昨年11月の大阪地裁判決はいずれも旧法を違憲とする一方、損害賠償については、手術から提訴までに損害賠償請求権が消滅する20年の除斥期間が過ぎたとして退けた。



旧優生保護法、違憲3例目 札幌地裁、損賠請求は棄却(2021年1月15日配信『産経新聞』)

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旧優生保護法下の強制不妊手術を巡る訴訟の判決を前に、車いすで札幌地裁に向かう原告の小島喜久夫さん(前列左から2人目)ら=15日午後3時12分

 旧優生保護法(昭和23~平成8年)下で不妊手術を強制されたのは憲法違反だとして、札幌市の小島喜久夫さん(79)が国に1100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、札幌地裁(広瀬孝裁判長)は15日、旧法を違憲と判断した。一連の訴訟で違憲判断は3例目。賠償請求は棄却した。

 全国9地裁・支部で起こされた訴訟で、判決は4件目だった。小島さんは実名を公表した最初の原告。

 令和元年5月の仙台地裁判決と昨年11月の大阪地裁判決はいずれも旧法を違憲とする一方、損害賠償については、手術から提訴までに損害賠償請求権が消滅する20年の除斥期間が過ぎたとして退けた。昨年6月の東京地裁判決も除斥期間が経過しているとして請求を棄却し、旧法の違憲性には言及しなかった。

 訴状などによると、小島さんは19歳ごろ、警察官に突然連行され、札幌市内の病院で不妊手術を受けた。 強制不妊手術をめぐっては元年4月、被害者に一時金320万円を一律支給する救済法が議員立法で成立、施行された。



旧優生保護法 強制不妊訴訟 原告の請求棄却 札幌地裁判決(2021年1月15日配信『毎日新聞』)

 旧優生保護法(1948~96年)下で不妊手術を強制されたとして、全国で初めて実名を公表して提訴した札幌市の小島喜久夫さん(79)が国に1100万円の賠償を求めた訴訟の判決で、札幌地裁(広瀬孝裁判長)は15日、請求を棄却した。全国9地裁・支部で起こされた同種訴訟13件(原告25人)のうち4件目の判決で、いずれも原告敗訴となった。

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仙台地裁判決を受けて開かれた緊急集会で、国に謝罪と賠償を求めて拳を突き上げる人たち=東京都千代田区の衆院第2議員会館前で2019年6月5日午後2時16分、北山夏帆撮影

 訴状などによると、小島さんは19歳だった60年ごろ、家族との関係が悪化し生活が荒れる中で自宅に来た警察官に連行され、札幌市内の精神科病院に入院させられた。医師の診察はなく「精神分裂病(現在の統合失調症)」とみなされ、同意もないまま不妊手術を強いられた。

 原告側は、憲法13条が保障する幸福追求権の一種であるリプロダクティブ権(性と生殖に関する自己決定権)を侵害されたと主張。法の下の平等を定めた14条、家族を形成する権利につながる24条にも違反するとして旧法の違憲性を指摘し、国や国会が被害回復の立法を怠ったと訴えていた。

 これに対し、国側は訴訟を通じ旧法が違憲かどうかの見解を示さず、手術時を起算点として賠償請求権が消滅する「除斥期間」(20年)が経過していると主張。旧法改定時、被害回復の手段として既に国家賠償法が整備されていたことから別の立法措置が必要不可欠だったとは言えないなどとして、請求棄却を求めていた。

 同種訴訟の判決は、仙台、大阪の両地裁が旧法の違憲性を認める一方、東京地裁は明言せず、いずれも除斥期間の経過などを理由に請求を棄却している。【土谷純一】

 ◇旧優生保護法

 ナチス・ドイツの断種法をモデルにした国民優生法が前身で、終戦直後の1948年、法文に「不良な子孫の出生防止」を明記し、議員立法で成立。国は施行後、「だまして手術してよい」と都道府県に通知し、強制性を強化した。国際的な批判を背景に96年、障害者への差別的条項を削除して母体保護法に改定。「強制」「任意」合わせ少なくとも約2万5000人が手術された。




強制不妊訴訟 原告の請求退ける 札幌地裁 旧優生保護法は違憲判断(2021年1月15日配信『北海道新聞』)

 旧優生保護法(1948~96年)下で不妊手術を強制されたとして、札幌市北区の小島喜久夫(きくお)さん(79)が国に1100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が15日、札幌地裁であり、広瀬孝裁判長は原告の請求を退けた。旧法の違憲性は認めた。旧法を巡る全国12件の訴訟のうち4件目の地裁判決で、いずれも請求を認めない判断となった。

 原告側によると、小島さんは19歳だった60年ごろ、診断なく精神疾患患者とみなされ、札幌市の病院で不妊手術を強いられたとしている。憲法が保障する「子を産み育てるかを自ら決める権利(リプロダクティブ権)」などの人権が侵害されたとして2018年5月、全国で初めて実名を公表して提訴した。

 最大の争点は小島さんに手術を理由にした賠償請求権があるかどうかだった。

 加害者に対する賠償請求権は、被害後20年で消滅すると民法で定められている。原告側は20年を数え始める起算点を「国が強制手術の加害者だったと認識することができた時」とし、小島さんの場合は全国初の同種訴訟が仙台地裁に起こされた18年1月と主張した。

 国側は「起算点は小島さんが手術を受けた時で、請求権は失われた」と反論していた。

 原告側は、国が手術を強制したことに加え、被害者を救済するための立法措置も怠ったと指摘。救済に関する国の賠償責任の有無も争点だった。国側が見解を示さない旧法の違憲性も焦点だった。

 同種訴訟の12件のうち、仙台、東京、大阪の3地裁で1件ずつ判決があり、3件とも賠償請求権の消滅などを理由に請求を棄却。旧法については、仙台地裁と大阪地裁が違憲と判断していた。(中秋良太)



旧優生保護法で不妊手術強制 賠償請求訴訟きょう判決 札幌地裁(2021年1月15日配信『NHKニュース』)

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旧優生保護法のもとで不妊手術を強制されたとして札幌市の70代の男性が国に賠償を求めた裁判の判決が15日、札幌地方裁判所で言い渡されます。全国で起こされている一連の裁判で、国の賠償責任が初めて認定されるか注目されます。

札幌市に住む小島喜久夫さん(79)はおよそ60年前に、精神障害を理由に旧優生保護法に基づく不妊手術を強制されたと主張して札幌地方裁判所に訴えを起こし、国に1100万円の損害賠償を求めています。

裁判で、原告側は国の誤った政策によって憲法で保障された個人の尊厳や子どもを産み育てる権利を奪われたなどとして司法による救済を求めています。

一方、国側は、不妊手術が行われた昭和30年代から提訴までに20年が過ぎていて賠償請求はできないと主張し、訴えを退けるよう求めています。

全国で起こされている同様の裁判では、これまでに仙台と東京それに大阪でいずれも原告の訴えが退けられています。4件目となる今回の判決で国の賠償責任が初めて認定されるかが焦点です。

判決は午後3時半から言い渡され、札幌地方裁判所がどのような判断を示すのか注目されます。

裁判の争点は

今回の裁判では、改正前の民法で規定されていた「除斥期間」と呼ばれる賠償を求められる20年の期間をいつから数え始めるかが大きな争点になっています。

提訴の時点で20年を過ぎていると判断されると、原則として訴えが認められないとされています。

原告の小島さん側は「平成30年1月に全国で初めての仙台での提訴が報道されたことをきっかけに、国の法律によって不妊手術が強制されたのだと認識した。この時点を起算点とすべきだ」と主張しています。

また、この時点が認められないとしても現実的に提訴できるようになったのは、平成29年に日弁連=日本弁護士連合会が救済措置を求める意見書を公表した時点や、平成13年に熊本地裁がハンセン病患者への強制不妊手術について「非人道的だ」と指摘した時点などだとして、いずれにしても20年は経過していないと主張しています。

また、被害は甚大で、原告が手術から20年以内に裁判を起こすことは事実上、不可能だったことなどから、除斥期間を適用することは著しく正義・公平の理念に反するとも主張しています。

これに対して国側は「20年の起算点は原告が不妊手術を受けた昭和30年代からとすべきで、国の賠償責任はすでに消滅している」と主張し、原告の訴えを退けるよう求めています。

原告 小島喜久夫さん

原告の小島喜久夫さん(79)は昭和16年に生まれ、まもなく北海道石狩地方の農家に養子として引き取られました。家庭環境になじめず、中学校に入ったころから生活はすさんでいったということです。

そして、19歳のころ自宅に帰ると警察官に手錠をかけられて精神科病院に連行され、入院中に不妊手術を強制されたということです。小島さんはその後、2度の結婚を経験していますが、最初の妻には不妊手術のことを打ち明けられませんでした。

3年前の平成30年、全国で初めての裁判が仙台地方裁判所に起こされたことを報道で知ったのをきっかけに今の妻に不妊手術を強制された過去を告白したということです。

小島さんはその年の5月、札幌地方裁判所に訴えを起こし、被害の実態を広く知ってほしいと各地で起きている裁判の原告としては初めて実名を公表していました。

旧優生保護法と国の対策

「旧優生保護法」は、終戦後まもない昭和23年に施行されました。当時は戦地からの大量の引き揚げ者や出産ブームによる人口の急増が大きな社会問題となっていました。

戦後復興のためには、人口の増加を抑えるとともに優秀な人材が必要だとして、法律では人工妊娠中絶に加えて本人の同意がなくても精神障害や知的障害などを理由に不妊手術を強制することができるとしました。

当時は親の障害や疾患がそのまま子どもに遺伝すると考えられていたことが背景にあり、法律には「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」と明記されました。

さらに国は、こうした手術を推進するため自治体に通知を出し、手術を拒否した場合、身体的に拘束したり麻酔などを使ったりするほか、偽って手術することも認めていました。

国の統計によりますと強制的な不妊手術は、最も多かった昭和30年ごろには年間1200人余りに行われていました。

法律の施行からおよそ半世紀たった平成8年、国内外からの批判の高まりを受けてようやく法律が改正されましたが、この間、強制的な不妊手術は1万6500人に行われ、本人が同意したケースを含めると不妊手術を受けた人は合わせて2万5000人に上りました。

法律が改正されたあと、国連人権規約委員会などの国際機関が政府に対し、被害を補償するための法的措置をとるよう繰り返し勧告しました。しかし国は不妊手術は法律に基づいて合法的に行われていたと主張し、一貫して謝罪や補償には応じてきませんでした。

4年前には、日弁連=日本弁護士連合会がみずからの意思で出産や子育てを決めるという憲法で保障された権利を侵害していたとして、国に謝罪や補償などを速やかに実施するよう求める意見書を出していました。

救済に向けて大きく動き出したきっかけとなったのが3年前、平成30年1月でした。旧優生保護法のもとで不妊手術を受けさせられた宮城県の60代の女性が子どもを生み育てる権利を奪われたとして、国に損害賠償を求める初めての裁判を起こしたのです。

その後、裁判を起こす動きが広がり、原告側の弁護団によりますと、これまでに全国9つの地方裁判所で訴えが起こされています。

こうした動きを受けて政治的な救済に向けた機運が高まります。超党派の議員連盟が立ち上がったほか、自民・公明両党の作業チームも設けられ、救済に向けた議論が急速に進みました。さらに、この救済策に当事者の声を反映させようと「被害者の会」が設立され、当事者やその家族が団結して声を上げました。

そして、おととし4月。おわびや、一時金として一律320万円を支払うことなどを盛り込んだ救済法が成立しました。

厚生労働省によりますと、これまでに少なくとも1018件の申請があり、先月末の時点で、833件の支給が認められたということです。

救済法では国が同じ事態を繰り返さないよう旧優生保護法を制定したいきさつなどを調査することも定められていて、去年6月から衆参両院の厚生労働委員会が調査を開始し、3年程度かけて報告書をまとめることになりました。

一方、一連の裁判ではおととし5月に初めてとなる判決が仙台地方裁判所で言い渡されました。判決では強制的な不妊手術を認めていた旧優生保護法そのものが憲法に違反していたと判断されたものの、国への賠償請求は退けられました。その後、東京と大阪でも判決が言い渡されましたが、いずれも国の賠償責任は認められませんでした。





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