FC2ブログ

記事一覧

ヒステリー(転換性障害)(下)「生まれてこなければよかった」と絶望する娘(2019年7月30日配信『読売新聞』ー「ヨミドクタ」)。

母親は「すべて自分が悪い」と……

 まず、私がガイダンスで提案したのは、「母娘の物理的な距離を年齢相応のものに修正すること」でした。A子さんは、いつも母親と体が触れ合う距離に座っていることを望んでいました。甘えていたかと思えば、 些細ささい なことでいきなり母親を引っ 掻か いたり、たたいたりすることが絶えませんでした。

 ひとたび、そのループに入ってしまうと、簡単には収まりません。

 そこで私は「いつも繰り返されるパターンに陥らないように、二人は体が触れ合う距離ではなく、少し離れて座ってみること」を、母親の口からA子さんに伝えてみることを提案しました。

 「A子さんが更に暴れるようになるのでは」と心配した母親でしたが、思い切ってそれを伝えました。A子さんはその提案を受け入れ、「どうしてなのかわからないけれど、いつの間にか、あんな状況になってしまう。そうなると止められないんだ」と話したそうです。やはり、A子さん自身も何とかしたいと考えていたのです。

 小さな一歩を踏み出しました。

子どもは、親を見て自分の将来に思いを巡らす

 次のガイダンスではA子さんの実父のことがテーマとなりました。

 これまで、母娘との会話で、元夫についてこれまで一度も話題にしたことがなかったそうです。また、A子さんから実の父親のことを尋ねたこともありませんでした。

 思春期を迎えて、心身共に成長していく過程で、子どもは自分がどんな大人になるのかを想像していきます。大人の体へ変化していくときには、両親の顔や背格好を見て、「自分は大人になると大体こうなるのかな」と将来の自分の姿を想像します。

 また、精神面でも、両親の性格を「自分も取り入れたい」、もしくは反対に「まねしたくない」と感じることが増えます。その時点の自分と比較することで、理想像と重ねたり、批判的な目を向けたりもしながら前進していくのです。

 大人への道を歩き始めたA子さんですので、口には出しませんが、本当は自分の実の父親がどんな姿だったのか、どんな人柄だったのかについて知りたいはずです。自分の父親について全く何も知らないでいることも、不安の原因の一つとなっていることが推測できました。

 そこで、母親がA子さんに対して、「お父さんのことで聞きたいことがあれば聞いていいんだよ」と伝えることを助言しました。

「ママにとって、私は邪魔だよね」

 実際に母親がそう伝えると、A子さんは少し 躊躇ちゅうちょ しながらも、「お父さんの写真を見せてほしい」と答えたそうです。

 そこで、手元に1枚だけ残っていた元夫の写真を見せ、「あなたが望むのなら、お父さんと連絡を取ることもできるのよ」と伝えました。しかし、A子さんはそれ以上、実父のことを聞こうとはしませんでした。

 母親は、元夫についてはそれ以上の話はしませんでしたが、A子さんの症状が改善し始めたのはこの頃からです。松葉 杖づえ を使って歩くことができるようになったのです。

 しかし、すべてが治まったわけではありません。依然として、A子さんには大きな不安が残っていました。

 A子さんは、母娘のトラブルになると、時折、「ママにとって、私なんて邪魔だよね。生まれてこなきゃよかったんでしょ」と自責的な言葉を母親に浴びせることを繰り返しました。

 あまりにも悲痛な言葉です。

 そのたびに胸を痛めてきた母親は、祖母に頼っていた自分の子育て、そして、自分の幸せのために再婚したことを後悔し、「A子がこうなってしまったのは全部自分が悪いんだ」と考えるようになりました。

 ひどく落ち込んだ母親を見て、更に言葉を強めて攻撃するということも繰り返されました。

 どうやら、母親とは真逆に、A子さんは両親が離婚してしまったのは自分が原因と思い込んでいるようでした。それは、さらに別の誤解を呼び込んでしまいました。

 母親自身がA子さんに注いできた愛情、それに二人の間の温かい思い出など、全くなかったかのように思い込むようになっていたのです。

 自分の子どもに発達上の問題が起こると、自責の念に駆られた親が、反省したり、後悔したりしてしまうことは珍しくありませんが、それは逆の効果となることもあるのです。

 親の後悔の言葉によって、「私は失敗作なんだ。もう何をやってもだめだ」と絶望に迷い込み、そこから出てこられなくなる子どもがたくさんいるのです。

子どもが「愛されている」ことを理解できるように

 私は母親に、「全部自分が悪い」と考えることよりも、A子さん自身が「自分は愛されているんだ」と思えるように関わっていくことが最も大切だと伝えました。そうすることで、A子さんは不安に駆り立てられることなく、やがて自信をもって将来に向かって進んでいくことができるはず」とも話しました。

 さらに「父親のどんなところに 惹ひ かれて結婚したのか」「A子さんが生まれて、初めて抱っこしたとき、どんな気持ちだったか」など、自身の経験をA子さんに伝えてあげることを提案しました。

 間もなく、母親は自分のことを率直にA子さんに伝えるようになりました。「つらく大変な時期もあったけれど、A子さんを授かって本当にうれしかった」「離婚に至ってしまったのは大人同士の問題が理由であり、A子さんが原因ではない」……。

 母親が自分の経験を正直に伝えるようになるにつれ、A子さんの気持ちは少しずつ和らいでいきました。もちろん、一気に変わっていったわけではなく、A子さんが心から愛されていることを自然に理解するまで、行ったり来たりを繰り返しました。

 初診から1年半近くが経過した頃、ヒステリー症状が消え、普通に歩けるようになったA子さんは、学校生活に復帰していきました。(関谷秀子 精神科医)

せきや・ひでこ
精神科医、子どものこころ専門医。法政大学現代福祉学部教授。初台クリニック(東京・渋谷区)医師。前関東中央病院精神科部長。






スポンサーサイト



プロフィール

gogotamu2019

Author:gogotamu2019
障害福祉・政治・平和問題の最新ニュース・論説紹介

最新記事

カテゴリ