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東京のコロナ感染者は減ったか 厚労省の方針で検査も2割以上減少(2021年1月29日配信『リテラ)

和歌山県知事は「崩壊招く」と警告

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東京都公式HPより
 
 今週に入って、東京都で1月25日月曜日に発表された新規感染者数が618人と激減。26日(火)も1026人、27日(水)も973人、28日(木)1064人、本日29日(金)は868人と、減少トレンドにあるとして、多くのメディアで楽観ムードが漂っている。

 たしかに、前週は、18日(月)が1204人、19日(火)が1240人、20日(水)が1274人、21日(木)が1471人、22日(金)が1175人だったので、同じ曜日同士で比較しても大幅に減っていることがよくわかる。

 1月8日の緊急事態宣言発出から約3週間経過したが、これはその効果が現れたということなのか。だとしたら喜ばしいが、少なくとも東京に関してはそれ以外の大きな要因がありそうだ。

 というのも、東京都は先週後半から検査方針を変更し、検査件数が大きく減っているからだ。

 あまり報道されていないが、先週22日、東京都は都内の保健所に対し、「積極的疫学調査」の対象を絞るよう、通知を出している。積極的疫学調査とは、陽性者に聞き取り調査などし感染経路や濃厚接触者を調べ追跡調査するもので、いわゆる「クラスター対策」の根幹にもなるものである。

 周知のとおり、日本では感染者の接触者をさかのぼり、濃厚接触者を検査、クラスターを見つけ、検査・隔離するという手法をメインとしてきた。しかし、22日以降は、濃厚接触者の検査対象を絞り、高齢者や基礎疾患のある人、医療機関、高齢者施設、障害者施設、特別支援学校など高リスクの人を優先させ、これ以外の若者などリスクの低い者に対する検査は「医師の総合判断」に委ね、基本的には検査はしないという。高リスク者以外は誰が濃厚接触者にするかの判断は感染者本人や企業、学校などに任せるという報道もある。

 実際、判明している検査件数を、15〜20日と、22〜27日の同曜日で比較してみよう。

 まず、前者の期間は15日(金)14361件、16日(土)8104件、17日(日)3162件、18日(月)16231件、19日(火)13478件、20日(水)11952件。これに対し、後者の期間は、22日(金)12020件、23日(土)6629件、24日(日)2074件、25日(月)13092件、26日(火)10606件、27日(水)9382件(1月28日19:45時点)。

15日(金)〜20日(水)の合計が67288件。6日平均約11214件。
22日(金)〜27日(水)の合計が53803件。6日平均約8967件。

 そう、検査件数も2割以上減っているのだ。検査件数は速報値から数日後に修正・加算されることが多いので、今週の数字はこのあとも多少増えるだろうが、それでも検査件数が大きく減っていることに変わりはない。

検査件数が減っただけなのにワイドショーは「感染者が減った」と

 数だけではない。新規感染者の年代別分布にも方針変更前後で変化が見られる。変更以前は20代の新規感染者が全体の20%以上を占め、65歳以上は20%未満だったのが、方針変更前後から、20代は20%未満、65歳以上は20%以上、日によっては26%を占めるようになっている。65歳以上の高齢者の新規感染者は高止まりしている一方、20代の新規感染者が大きく減っているのだ。この変化も高齢者など高リスク者に検査対象を絞った影響と考えられる。

 いずれにしても、検査対象と検査件数が違えば、見かけの感染者数に違いが出てくるのは当然。しかも、その検査を減らした分は濃厚接触者で感染の可能性が高いわけだから、検査件数以上に感染者数が減少する可能性もある。

 それなのに、表に出てきた数字だけ見て「減った」「よかった」と喜んでどうするのか。

 しかも、この検査変更の問題はたんにぬか喜びするメディアやコメンテーターのリテラシーのなさを露わにするだけではすまない。行政の感染対策そのものに、悪影響を与えかねないのだ。

 最初の問題は、データの質が変わるため、感染者数の単純比較ができなくなることだ。とくに、今回は緊急事態宣言の途中に検査基準を変えてしまったために、その効果を検証するにも、正しく検証することができなくなってしまった。検査基準が変わっていなければ「新規感染者が●●人以下に減ったから緊急事態宣言解除」などと、指標として使える可能性もあったが、それも意味をなさなくなった。

 しかし、それ以上に問題なのは、この検査対象の変更が、逆に感染拡大を助長する可能性があることだ。日々の新規感染者数は人々の行動抑制にも大きく影響しているため、この検査方針変更で突然、感染者数が少なくなると、緩みや安易な楽観論を生み出しかねない(実際、そうなっている)。

 しかも、この検査変更によって、実際に濃厚接触者や感染者が放置されるケースが増え、そこから感染が広がっていく可能性が非常に高い。

 検査抑制論者は「高リスク者以外の濃厚接触者はたとえ検査で陽性が判明しても、現在の医療提供体制では宿泊療養はできない。いずれにしても自宅隔離になるから結果は同じ」などと主張しているが、全然違う。濃厚接触者の陽性が判明すれば、さらにその先の濃厚接触者も隔離保護することができるが、濃厚接触者の検査をしないと、その先の濃厚接触者が、感染していることに気づかず活動し、感染を拡大させてしまうからだ。

スクリーニング検査を広げず接触者追跡を止めれば、単に検査数が減るだけ


「市中感染が拡大したらクラスター追跡は意味がない」などという理屈で、検査変更を正当化する意見もあるが、これも今頃になって何を言っているのか、という話だろう。
 
 無症状者や発症前にも感染力があることが特徴のコロナでは、そもそもクラスター対策だけでは不十分で、もっと広く検査することが必要との指摘は、第1波のころから多くの専門家やメディアから上がってきた。

 しかも、これまでのクラスター対策・接触者追跡は濃厚接触者の範囲・定義がかなり限定的で、その基準・条件にはまらないと行政検査を受けられないという問題も指摘されてきた。

 しかし、それでも、接触者追跡は新たな感染者を補足する数少ない手段のひとつだった。この国では、それ以外のスクリーニング検査などが一向に広がらなかったからだ。

 ところが、東京都、そしてその少し前に神奈川県は、「保健所の負担軽減」を理由にその最低限の感染者補足の手段まで放棄してしまった。かわりに、濃厚接触者にこだわらず広く検査するわけでも、スクリーニング検査に力を入れるわけでも、ない。単に検査対象を絞り、検査を縮小しただけだ。これでは、見かけ上の感染者数は減少しても、水面下で感染は拡大し、その結果として重症者も増え続けかねない。

 実際、東京や神奈川より前から保健所が逼迫し、接触者追跡が破綻していた大阪では、感染者数に比して、重症者や死亡者が増え続け、死亡者は人口最大の東京を超えて全国ワースト1になっている。このままでは、東京都も神奈川県も二の舞になるのではないか。

東京都や神奈川県のクラスター追跡縮小・検査削減の裏に厚労省の通達が

 それにしても、いったいなぜ、こんな乱暴で危険な方針転換が行われたのか。実はその背後には、厚労省の通達があった。

 厚労省は1月8日、全国の自治体にあて、「新型コロナウイルス感染症に関する保健所体制の整備と感染拡大期における優先度を踏まえた保健所業務の実施ついて」と題する「事務連絡」を通達。〈今般、全国の感染者数と重症者数が高い水準で推移している状況を踏まえ、全庁的な体制整備を図るとともに、業務の重点化が重要になってきた〉として、昨年11月に示していた「積極的疫学調査における優先度」に基づいて、積極的疫学調査を絞り込むよう方針を示していた。

 ようするに、「保健所の負担を軽減するために、疫学調査は一部でいい」ということらしい。

 たしかに、保健所の業務は過重になっているうえ、感染者の増加で濃厚接触者の割り出しや連絡、検査、療養施設の手配などに時間を要し、手が回らなくなっている。

 しかし、キャパシティがいっぱいだったら、本来は保健所とは別の機関や新設の組織をつくってでも、検査体制や追跡調査体制、隔離施設を拡充すべきだろう。

 ところが、厚労省はそれを一切やらず、逆に疫学調査をどんどん縮小しようというのだ。厚労省は第1波のときも、保健所や隔離療養施設のキャパシティを理由に検査抑制を正当化し、保健所機能や隔離療養施設の拡充をサボタージュしてきたが、全く同じことをやろうとしている。

 初期から徹底検査によって感染拡大を早期に抑えてきた和歌山県の仁坂吉伸知事も、大都市圏で相次ぐ「積極的疫学調査の縮小」について、1月22日に県のホームページでこう警鐘を鳴らしている。

〈いくら、住民の行動を抑制して感染はある程度減らしたにしても、最後に感染拡大の防止に究極的に影響を及ぼしうるのは、積極的疫学調査です。これが疎かになっていては、感染は止められません。〉

和歌山県知事が「疫学調査を辞めたらコロナとの闘いは大崩壊する」と警告

 仁坂知事はさらにこう続けている。

〈大都市では今はあまりにも感染者が多いので、積極的疫学調査もどうしても十分には行えません。特に現場の方々をそれ故に責めるのは気の毒です。しかし、その場合でも保健医療行政のヘッドクォーターや保健所が余計な仕事をしないで済むように、機能を移したり、応援をどんどん出したり、それらの仕事を専門的知識が必要な、あるいは公権力の行使といったコアな仕事かそれ以外のアンコアな仕事かを分けて、後者を外注に出すなど工夫をするのが、行政のトップの責任です。〉

〈コアな仕事だけは、今は十分出来ないかもしれないけれど、絶対に諦めてはいけません。諦めたと言った瞬間にコロナとの闘いの戦線は大崩壊を起こし、その地域を突破口として、日本のコロナは少なくとも欧米並みに大爆発をします。だって感染者がどんどん世の中に出ていくのですから、人にうつすに決まっています。〉

 仁坂知事の言うとおりだろう。追跡調査ができなくなったから検査を縮小するなどいうのは、明らかに本末転倒なのだ。

 キャパシティはいますぐには増やせないなどと言っている連中は、感染が落ち着いたら、“喉元過ぎれば”で、コロナが終わったら無駄、などと言って、保健所や医療体制の強化などに見向きもしない。だからこそ、保健所がここまで切迫しているいま、あらゆる知恵をしぼっていますぐ検査と疫学調査機能を増強するべきなのだ

 そうしなければ、第4波になっても、第5波になっても、別のパンデミックが起きても、まったく同じことが繰り返されるだろう。

令和3年1月22日の和歌山県知事メッセージ 

新型コロナウイルス感染症対策(その51)‐積極的疫学調査 ‐

 コロナ大流行の中で、全国的にどのくらい国民活動を制限するかという点では、皆関心が高く、マスコミでもよく議論されていますが、保健医療行政がもっとしっかり、国民(県民)を守るように頑張らないといけないではないかという議論はほとんどありません。全てのコロナ対策の中でこの領域こそは、全て県の(一部市町村の)行政の領域であって、その責任は全て県、したがって端的に言えば始めから終わりまで県知事にあります。

 しかもこの領域こそは、日本など東アジアにのみ備わっているもので、欧米には欠落している領域なのです。よく、ファクターXといって、欧米と日本等東アジアでどうしてコロナの発生数も死者数も桁違いに差があるのかということが言われましたが、そんなことは、欧米に保健所があるかとか、それがある日本の中でも、保健所が頑張っている一部地方とその強化に関心が無い一部の大都市の県等でコロナの発生数にどれくらい差があるかを調べれば、すぐ分かることです。

 しかし、それがあまり国民に意識されないのは何故かというと、マスコミがあまりこの事に関心が無く、そんな議論などメディアでされないからで、それは何故かというと、マスコミによく出てくる感染症の専門家という人達がこの分野に興味も知見も薄いこと、更には、それに影響を受けた都道府県の知事のような影響力のある方がこの部分に余り関心を払わないということによるというのが私の推測です。

 更に下司の勘ぐりかもしれませんが、保健医療行政こそは逃れようもない地方公共団体と感染症の専門家の領域なので、そこが問題となると、すぐに責任問題になるから、議論を他に転嫁しているのではないか、例えば野放図な行動を止めない若者や、夜遅くまで営業を続けているお店や中々動かない政府、さらにはGoTo政策などに責めを飛ばそうとしているのではないかとも疑ってしまうのです。

 和歌山県はコロナの拡大防止には主として保健医療行政が担う、それを前提に県民の皆さんには、最低限の注意だけを守って下さいと言って、あまり生活、経済の制限はしないという政策を鮮明にしているので、コロナの拡大も生活、経済も、どうなるかの結果に対してはこの政策を採用した私に責任があります。でも県民の幸せを、もちろん相対的にではありますが、一番よく守れるのは、この政策パッケージしかないと確信しているので、県民の皆さんにその旨ご説明しながら、それをとり続けているわけです。

 この結果、気の毒なのは、保健医療行政に携わる職員とその向こう側でカウンターパートとして対応してくださっている医療関係者の皆さんで、初夏の一時を除いて、ずっと働きづめで県民の安寧を守ってくれているのです。本当に申し訳ないと思います。

 では、その保健医療行政は何をしているかというと、これもいつも言っていますが

早期発見
早期隔離
徹底した行動履歴の調査
保健所の統合ネットワークとしての運用
です。

 県庁をヘッドクォーターとして全県の保健所が活躍して、上記のことを行ってコロナを抑え込もうとする営みを専門用語で積極的疫学調査と言います。日本でも昨年の初めのころ、この言葉は、度々マスコミの報道をにぎわしたということを覚えておられる方も多いでしょう。私自身は、昨年の2月に勃発した済生会有田病院の院内感染の抑え込みのために、全力で取り組んでいた時だったので、自分たちが必死でやっている保健医療行政の行為がこういう名称で呼ばれていることについて、少し語感的に違和感がありました。しかし、当時は国も、少なくとも国の専門家の方々も、この積極的疫学調査を重視して、地方でこれをする時はこういう方法でそれを実施せよ、などという指令をどんどん出していたのです。(付言すれば、そのうちいくつかは医学的にも論理的にも間違っていると思ったので、和歌山県では従わなかったのですが、いずれも後でその誤りが明らかにされ、和歌山県の方法でよかったということが分かりました。)

 ところが、いつの頃からか行動の制約ばかりが議論されるようになり、明らかに日本と比べると失敗している欧米流の感染症対策に基づく対策ばかりが強調されるようになりました。何割行動を抑えたら感染は何割減るといった類のものです。

 その流れの中で、5月のゴールデンウィークをターゲットにして全国に緊急事態宣言がなされ、徹底的な自粛によって、感染者は劇的に減ったのですが、せっかく減ったのに、その間、次なる感染に備えて、感染の大爆発で傷んで機能不全になった保健医療行政を立て直し、PCR検査や、コロナ用病床の確保等の備えを増やすといった対応を怠るところが結構あったのではないかと思います。

 これなども、一番の権威であるはずの感染症の専門家が積極的疫学調査の重要性を忘れてしまい、その体制立て直しこそ大事だという警鐘を鳴らすことを怠ったからではないかと私は思います。

 実は、関西では、大阪も兵庫も京都ももちろん周辺の各県も、政府や国の専門家に言われなくてもその立て直しに努力しました。私も隣県に僭越ながらアドバイスをしたこともありました。関西の知事の中でも、人口も多い大県の知事で人気もある方も含めて皆この保健医療体制について、かなりの頻度で発言していて、この事からも、それだけ熱心に取り組んできたのだということは明らかだと私は思います。その結果、第一波の後、関西では、一時期コロナの発生が0という日々が続きました。同じような住民への自粛を強いても、ブスブスと感染が続いていた首都圏とは大違いです。それらの知事さん達が、マスコミに対して、どういうメッセージを発していたかを思い起こせば、少なくともこの機会に保健医療行政を立て直すのだとか、積極的疫学調査の技術をこう改良するとかの言及は、おそらくなかったように思います。いくら、住民の行動を抑制して感染はある程度減らしたにしても、最後に感染拡大の防止に究極的に影響を及ぼしうるのは、積極的疫学調査です。これが疎かになっていては、感染は止められません。人々が自粛を少しルーズにし始めたとたんにまた爆発します。しかもそれが日本の中心地で影響力の大きい地域であれば、他を巻き込んでいきます。夏から秋にかけて、まさにそのことが起きました。
 
 そういう大都市では今はあまりにも感染者が多いので、積極的疫学調査もどうしても十分には行えません。特に現場の方々をそれ故に責めるのは気の毒です。しかし、その場合でも保健医療行政のヘッドクォーターや保健所が余計な仕事をしないで済むように、機能を移したり、応援をどんどん出したり、それらの仕事を専門的知識が必要な、あるいは公権力の行使といったコアな仕事かそれ以外のアンコアな仕事かを分けて、後者を外注に出すなど工夫をするのが、行政のトップの責任です。和歌山県はずっと前からそうしているし、今は更にそれを加速しています。

 そしてコアな仕事だけは、今は十分出来ないかもしれないけれど、絶対に諦めてはいけません。諦めたと言った瞬間にコロナとの闘いの戦線は大崩壊を起こし、その地域を突破口として、日本のコロナは少なくとも欧米並みに大爆発をします。だって感染者がどんどん世の中に出ていくのですから、人にうつすに決まっています。現場が大変なのは私のように現場の動きの細部までハラハラしながらいつも見ている者にはよく分かります。しかし、司令官が大変だからもう仕事をしないでもよいと言った瞬間にもうコロナとの闘いに勝ち目はありません。

 1月15日、神奈川県はもはや従来のような積極的疫学調査はしないでもよろしいという指令を出しました。あまりにも対象者が多くて、十分に積極的疫学調査が出来ないという苦しい事情は痛いほどよく分かりますが、それでもこの決定はいけないと思います。十分できなくて苦しいというのと、やらないでもよろしいというのは全く違います。もちろん濃厚接触者は症状のあるなしに関わらずコロナの感染の有無を調べよという国の指導方針に反しています。しかし、国はこれに対して激しく反発して、是正させようとする動きをするはずだとは思うけれど、少なくとも外からは見えません。和歌山という関西の田舎で全軍を挙げて必死でコロナと闘っている我々からすると、前途に暗澹たるものを感じます。

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