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「戦死やあわれ 兵隊の死ぬるや あわれ」(2019年7月31日配信『産経新聞』-「産経抄」)

 「戦死やあわれ 兵隊の死ぬるや あわれ」「骨を愛する人もなし」。終戦4カ月前にフィリピンで戦死した詩人、竹内浩三の『骨のうたう』である。遺骨となって帰還後、故国をながめている。もっとも、遺族が受け取ったのは、浩三の名前が書かれた一枚の紙だけだった。

▼先の大戦では、約240万人もの日本人が海外で犠牲になった。その半分近くの遺骨がいまも土の中に眠っている。その収集は、厚生労働省が担当してきた。職員が、旧ソ連に抑留されていた日本人の遺骨として16柱分を持ち帰ったのは、5年前である。

▼ところが昨年8月には、日本人のものではない可能性が高いとのDNA型鑑定結果が出ていた。厚労省はこの結果を隠蔽(いんぺい)し、ロシア側にも伝えていなかった。

▼厚労省のずさんな仕事は、この一件にとどまらない。3年前には、やはりシベリア抑留犠牲者の遺骨収集中に、誤って61柱分の歯を焼却し、DNA型鑑定ができなくなった。フィリピンで集めた遺骨の中に、旧日本兵以外の骨が混入していた問題もあった。

▼人類学者の楢崎修一郎さんが、戦没者の遺骨収集のために、南太平洋のマーシャル諸島クエゼリンを訪れたときのエピソードである。かつての激戦地は、米軍の基地となっていた。カフェテリアでは、行方不明の戦没者のために食事が用意されていた。日本でいう陰膳である。ポスターには、「私たちは、あなたを忘れない」と書いてあった(『骨が語る兵士の最期』筑摩選書)。

▼米国では、数百人の職員を擁する国防総省の捕虜・行方不明者調査局が、遺骨を捜し続けてきた。米軍は、最後の一兵まで見つけ出すことを目的としている。厚労省に決定的に欠けているのは、その意気込みである。



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内容紹介
戦後70年、竹内浩三没70年。
・戦争は、悪の豪華版である。
・戦争は美しくない。地獄である。
・ぼくは、ぼくの手で、戦争を、ぼくの戦争がかきたい。
・オレの日本はなくなった オレの日本がみえない
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序 章 竹内浩三とはどんな詩人か
第1章 若い詩人の肖像――その運命の軌跡
第2章 青春に忍び寄る戦争の影
第3章 芸術の子、竹内浩三
第4章 兵士竹内浩三の詩魂
第5章 「骨のうたう」――無名兵士の有名な詩
第6章 竹内浩三と死者の視点
第7章 詩人竹内浩三の姿を追いつづけて
 あとがき
 初出一覧
 竹内浩三略年譜(1921~1982)

出版社からのコメント
◎本書より
竹内浩三は、日本軍隊の一兵卒であった。彼は、たしかに戦った。しかし、けっして「大君のため、国のため」に戦ったのではない。彼は、書くために、「ことば」によって戦争という地獄の実相をとらえるために戦ったのである。そのために、生命の火を燃やしつづけたのである。
それにしても、戦後七十年を経た今日、青春は、どこへ行ってしまったのだろう。大都会の盛り場や野球場に、海や山に若者たちのエネルギーはあふれんばかりだ。それはそれでよいのだが、彼らの青春は、その場かぎりの発散におわり、商業主義の好餌となっているだけではないのか。
生命の、青春の燃焼の場としての「ことば」は、どこへ行ってしまったのだろう。

◎竹内浩三とは?
1921年三重県生。宇治山田中学校で手作りの回覧雑誌を作る。日本大学専門部映画科へ入学するが42年10月に入営、43年に西筑波飛行場へ転属。部隊内で「筑波日記」一、二を執筆。44年12月、斬り込み隊員として比島へ。45年4月、戦死。小林察によって84年『全集』、2001年『全作品集』、12年『定本』がまとめられる。

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骨のうたう(原型)
竹内浩三

戦死やあわれ
兵隊の死ぬるやあわれ
とおい他国で ひょんと死ぬるや
だまって だれもいないところで
ひょんと死ぬるや
ふるさとの風や
こいびとの眼や
ひょんと消ゆるや
国のため
大君のため
死んでしまうや
その心や

苔いじらしや あわれや兵隊の死ぬるや
こらえきれないさびしさや
なかず 咆えず ひたすら 銃を持つ
白い箱にて 故国をながめる
音もなく なにもない 骨
帰っては きましたけれど
故国の人のよそよそしさや
自分の事務や 女のみだしなみが大切で
骨を愛する人もなし
骨は骨として 勲章をもらい
高く崇められ ほまれは高し
なれど 骨は骨 骨は聞きたかった
絶大な愛情のひびきを 聞きたかった
それはなかった
がらがらどんどん事務と常識が流れていた
骨は骨として崇められた
骨は チンチン音を立てて粉になった

ああ 戦場やあわれ
故国の風は 骨を吹きとばした
故国は発展にいそがしかった
女は 化粧にいそがしかった
なんにもないところで
骨は なんにもなしになった

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内容

 太平洋戦争における日本人の海外での戦没者240万人のうち113万人の遺骨がいまだに見つかっていない。
 太平洋各地で、旧日本軍兵士及び民間人約500体の遺骨を鑑定してきた人類学者―日本随一の遺骨鑑定人が、現地の島々の発掘調査の現場でいかなるトラブルを乗り越え、骨の特徴分析・DNA鑑定や戦史記録から身元を割り出してきたのか。
 全ての兵士の帰還を目指して現在も続く調査を、最前線からレポートする。

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gogotamu2019

Author:gogotamu2019
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