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(論)森会長女性蔑視発言と後任会長(2021年2月5・6・7・8・9・10・12・13・14・18・19・21・22日・3月24日)

森節満載「会長交代の舞台裏」(2021年3月24日配信『日刊スポーツ』ー「政界地獄耳」)

★東京オリンピック・パラリンピック組織委員会前会長・森喜朗が、故郷の雑誌「月刊北國アクタス」で「会長交代の舞台裏」を2時間にわたり語っている。同誌によればインタビューは今月4日。12日現在のものという。表紙には「忖度なし、ホンネ一本勝負」と書かれている。特筆すべきは、森を追い込んだメディアの攻撃に対して擁護の声も多かったが、官邸内のある人が「なぜ国会議員から擁護の声が一切出なかったのか。森さんの世話になった人はたくさんいるし、細田派の人だっている。なのに、なぜみんな口をつぐんだのか。結局国会議員のスケール(器)が小さくなったということじゃないか。物を言わないし小利口になった」と言ったとする内容だ。

★続けて「うちの派の参議院の連中、世耕(弘成)君や山本(順三)君、衆議院でも福井の高木(毅)君とか、たくさん激励には来てくれたよ。心配してくれたよ。心配してくれたけど、声を上げて世論と戦うことはしなかった。怖じ気づいているのか、腰が引けているのか。あの元気な馳(浩衆院議員)君も、心配して電話掛けてきてくれたけど外では黙っているもんな」。また、秋の自民党総裁選をにらんでか「惜しいなと思うのは、岸田(文雄前自民党政調会長)君だよ」として「こういう時にこそ岸田君が森擁護論を言うべきだったと。そしたら『岸田も骨があるな』となったのに、実に惜しい」などと言われたことも明かしている。

★「麻生さんしゃべらなくなったよね。安倍(晋三)さんが総理の時は、予算委員会でよく耳打ちしてたもんだよ。(略)麻生さんも安倍さんの時は随分助けていたのに、今は全然知らん顔している」とし、組織委会長の後任人事について「会長を辞めるにあたって安倍さんに相談した」「その後秘書が来て『お断りしたい』と伝えてきた」とも。「次の総選挙は9月までにはある。その時まで体を自由にさせてほしい。(略)派閥の半分以上は3期以下。だから体の続く限り応援に回ってあげたい」が理由という。読みどころ、突っ込みどころ満載だ。





失言リレー(2021年2月22日配信『高知新聞』-「小社会」)

 始まったばかりのNHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」を見ていると幕末の老中首座、阿部正弘が出てくる。阿部は開国を迫る外圧に直面。ジョン万次郎や勝海舟ら広く人材を登用した人物でもある。

 ペリーの黒船来航。どうすべきか。阿部は米大統領の国書を全国の大名や旗本に公開し、対応を諮問した。作家、童門冬二さんの意訳を借りると、「たとえ周りから非難されても本当の意見を言ってほしい」。

 いまでも権力が情報を公開し、広く民意に耳を傾けた例として引き合いに出されることがある。ただ、後の大老で安政の大獄を進めた井伊直弼は、そのやり方に歯ぎしりしていた。「タテ社会を壊す反秩序的なもの」(新人物往来社編「阿部正弘のすべて」)。

 こちらも、何やら染みついた「タテ社会」のにおいがする。政府や東京都のコロナ感染封じ込めなどに不満を示し、五輪の聖火リレー中止に言及した島根県知事。これに対し、地元選出の自民党重鎮が「注意」をすると公言した。

 もちろん国会議員と知事は主従関係になく、上から目線と批判を浴びている。思えば森喜朗氏の発言以降、重鎮と呼ばれる人々に感覚のずれが目立つ。男女平等にしろ五輪開催にしろ、異論が「反秩序的」と映るわけでもないだろうが。

 相次ぐ重鎮の問題発言はいまや、失言リレーとやゆされているとか。あまり続くようだと、待っているのは世代交代論か大政奉還か。





男性社会が阻んだ女性のチャンス(2021年2月21日配信『日刊スポーツ』ー「政界地獄耳」)

★政界や財界の中心人物が国民の常識的な価値観とこれほどまでにズレているかが分かった1週間だった。元首相で前東京五輪組織委会長・森喜朗の発言を擁護した人物は数あれど、そのほとんどが今の社会を理解しない、自分の昭和の経験則だけで発言していることがいかに多いか。考え方のアップグレードができていないとしか言いようがない。16日、経済同友会代表幹事・桜田謙悟は森擁護をしたわけではないが、企業で女性の役員登用が進んでいない理由を問われ「女性側にも原因がないことはない」とし、「チャンスを積極的に取りにいこうとする女性がまだそれほど多くないのではないか」とした。その一方「多様性を重視しない企業は存続すら危うい」と警鐘を鳴らした。

★女性はチャンスを取りにいかないのではなく、それを男性社会がどれほど阻んできたかに思いをはせるべきだ。その反省に立たずに議論を進めることの無理解こそが日本社会が抱える構造的問題だろう。18日、島根県知事・丸山達也が新型コロナウイルス感染拡大を封じ込めるための政府や東京都の対応に不満があるとして県内での聖火リレー中止を検討すると表明すると、島根選出の自民党元総務会長・竹下亘は「知事の発言は不用意な発言だ。注意しようと思っている。たぶん(全国)知事会の中でも支持する人はいない。世の中の空気と違うぞという話を(丸山に)しないといけない」と話した。丸山は保守分裂となった19年知事選で竹下らが推す自民党推薦候補を破り知事に就任している。

★加えて竹下は五輪組織委会長になった橋本聖子を応援するつもりで「スケート界で男みたいな性格なので、ハグなんて当たり前だ。セクハラと言うのはかわいそうだ」などと発言。その後、竹下事務所は報道各社に「正確には『男勝り』と言いたかった」と発言の「訂正」を申し入れた。この発言のいずれも問題視されている。さすがに元女性活躍相の官房長官・加藤勝信は「男女共同参画という観点から、いろんな疑問が出されている」と懸念を表明した。ズレてるなあ。





橋本組織委会長 政治との距離問われる(2021年2月19日配信『北海道新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の新しい会長に、菅義偉内閣で五輪相兼男女共同参画担当相を務めた橋本聖子氏が就任した。女性蔑視発言の責任を取って辞職した森喜朗氏の後任となる。

 一連の騒動でジェンダー平等や多様性の尊重といった五輪と東京大会の理念の面で日本が立ち遅れている実態が浮き彫りになった。

 旧弊の克服に向け、橋本氏の手腕が問われる。

 改革を進める上では、政治的中立性をいかに確保するかが重要となろう。五輪憲章にも明記された基本原則である。

 橋本氏が「政治の師」と仰ぐ森氏の影響力の下で組織運営を行っても信頼回復は見込めまい。

 何より大事なのは、新型コロナウイルスの感染状況を慎重に見極め、国民や選手の安全を第一に開催準備を進めることだ。

 橋本氏は夏冬計7回、選手として五輪に出場した。アスリートかつ女性の立場からの改革を期待して選出されたとみられる。

 就任の記者会見では、月内に組織改革の新たな方向性を示す考えを表明した。

 ただ、就任にあたり閣僚を辞任したものの、自民党は離党せず、国会議員は続けるという。野党からは政治的な中立性に疑問の声も出ている。

 政界入りした時に自民党幹事長だった森氏を「特別な存在」と称した。男女平等の理念に対する理解が疑われた森氏の「後継者」に国民の厳しい目が注がれていることを忘れてはならない。

 新会長の選考過程には不透明な部分があった。組織委の候補者検討委はメンバーや会議の場所を明かさなかった。国民の理解を得るには議事録の公開が欠かせない。

 選考に際し、菅首相は透明性を組織委に強く求めたという。首相が組織委人事にあからさまに介入することには疑問を禁じ得ない。

 森氏が元日本サッカー協会会長の川淵三郎氏に後任を打診した際にも、異を唱えたのが菅首相だったとされる。組織委の独自性を尊重する姿勢が必要だ。

 橋本氏は過去に男子選手にキスを強要したと報じられたこともある。国内外の不信を払拭(ふっしょく)するためには真摯(しんし)な努力が求められる。

 新型コロナはワクチン接種が始まったとはいえ、大会開催への懐疑論は依然根強い。

 感染状況を正確に把握し、安全性をいかに確保して開催の可否を含めた判断を行えるか、関係団体などとの連携も重要となる。



親爺の引き際(2021年2月19日配信『北海道新聞』-「卓上四季」)

 明治5年(1872年)のことである。路上生活者の施設東京市養育院を訪れた渋沢栄一は、その窮状に言葉を失った。病人も一緒くたのすし詰めの劣悪な環境。とりわけ、無表情の孤児の姿に心を痛めた渋沢は、こどもたちの居室を作らせ、職員には親のように接するよう指示した

▼「家族的の親しみと楽しみと享(う)けさするのが、最大幸福であると自信し、子供に親爺を与える工夫をした」(「雨夜譚(あまよがたり)」岩波文庫)。子どもの情操を育むには大人の支えが欠かせないということだろう

▼その愛情も過剰に与えると、かえって子の成長を阻害するものだ。見せかけの自立は親子双方のみならず、周囲のためにもならぬ

▼女性蔑視発言で辞任した森喜朗氏の後任として、東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長に橋本聖子五輪担当相が選ばれた。冬夏通算7度五輪出場のメダリスト。聖火への願いを名に持つ五輪の申し子が重責を担うことになった

▼気になるのは、同じ自民党の派閥で「父娘」のように親密な関係を築いた森氏の影響力である。育ての親が口を出すようなことがあっては、人事刷新の意義も失われよう

▼近代日本の大実業家渋沢は69歳で経営の第一線から退き、社会福祉事業に専念した。500近い企業の立ち上げや経営に関わりながら、実権を握り続ける愚は犯さなかった。世に貢献する道は、見知らぬ世界にもあるものである。



組織委新会長に橋本氏/山積する課題、丁寧に対応を(2021年2月19日配信『河北新報』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に、五輪相だった橋本聖子氏(56)の就任が決まった。

 森喜朗前会長の「女性蔑視」発言から半月。発言や後継人事で混乱し、組織としてだけでなく、大会への信頼も失った。

 大会まで半年を切り、新型コロナウイルスへの不安も大きい中、橋本氏には信頼回復を進めながら、大会開催への道筋を示し、理解を広げていくという課題がのしかかる。国民の声に耳を傾け、謙虚さと決断力を持って、難局に立ち向かってほしい。

 森氏の「女性蔑視」発言があったのは3日。辞意を固めた森氏は、日本サッカー協会元会長で組織委評議員の川淵三郎氏に後任を要請したが、「密室人事」と批判され、白紙となった。

 組織委は森氏が辞任した12日、理事ら8人による候補者検討委員会の設置を決定。求められる資質として(1)五輪・パラ、スポーツへの造詣(2)ジェンダー平等など五輪憲章、東京大会の理念実現(3)国際経験(4)東京大会の経緯などの理解(5)運営能力と調整力-を挙げ、橋本氏に一本化した。

 選手として夏冬合わせて7回の五輪に出場し、参議院議員5期目。五輪だけでなく、男女共同参画や女性活躍の担当大臣でもある。条件とされた資質に疑問はない。

 とはいえ、開催まで約150日。課題は山積している。

 コロナ禍での開催に、世論調査では国民の約8割が中止や再延期を求めており、騒動が失望を深めた。失った期待、信頼を取り戻し、機運を高めるのは容易ではない。

 3月25日には五輪の聖火リレーが福島県をスタートするが、昨年中に実施自治体向けに示される予定だった感染防止対策のガイドラインは、確定していない。島根県は、政府や東京都の感染防止策を不満として、リレー中止の検討を発表した。準備が円滑に進んでいるとは言えない。

 観客数の上限、国外からの観客受け入れなどの判断も、今春がめどとなる。政府、東京都、国際オリンピック委員会(IOC)、開催自治体などとの調整は欠かせない。

 森氏の発言を受け、「ジェンダー平等」に向けた取り組みにも関心が集まる。

 森氏は「大会の原点は被災地の復興」と強調してきた。東日本大震災の被災県をサッカー、野球・ソフトボール会場とし、聖火到着地、リレーのスタート地にも選んだ。

 橋本新会長も五輪相として「復興五輪は東京大会の重要な柱」と話しており、引き続き積極的な対応を期待したい。

 短期間で多くの課題に決断を迫られるが、「根回し」にたけた森氏と同じ手法というわけにはいかない。過程や決定に透明性を持ち、国内外からの不安や疑問について、丁寧に説明責任を果たしながら、理解を広げていくことが求められる。



歌人の若山牧水は新聞や雑誌の短歌欄で選者…(2021年2月19日配信『河北新報』-「河北春秋」)

 歌人の若山牧水は新聞や雑誌の短歌欄で選者を務めた。上から順番に、秀逸な歌、次いで佳作、そして無難な歌、さらには「そうですか歌」があるという。著書の『短歌作法』に書いている

▼選者が読んでも返答に困ってしまって「ハア、そうですか、とでも言わねばならぬ」ような作品。無造作に作っただろう無感動の短歌を牧水はそう名付けた。そんな「そうですか歌」をきのうは連想した

▼東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に五輪相の橋本聖子さんが就くという。すったもんだの末に、火中の栗を拾うような難しいかじ取りを迫られる橋本さん。誠にお気の毒だと同情する一方で、どうも「はあ、そうですか」との思いも

▼夏冬合わせて7回の五輪出場経験を誇る橋本さんは素晴らしいアスリートではある。気になるのは、政界入りのお膳立てをしたのが女性蔑視発言で辞意を表明した森喜朗会長らしいこと。2人はまるで父娘のような親しい関係だといわれる

▼歌人の辰巳泰子さんに痛々しい親子関係を思わせる一句がある。<明るいところへ出れば傷ばかり安売りのグラスと父といふ男と>。橋本さんには冷ややかな視線で「父」の失態を見つめる賢明な対応もまた必要だろう。この混乱を終息させ、五輪を成功に導くためには。



国民に歓迎される活動を/五輪組織委会長に橋本氏(2021年2月19日配信『東奥日報』-「時論」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に橋本聖子氏が就任した。五輪相を辞めて移った形だ。

 森喜朗前会長が女性蔑視発言で国内外の批判を受けて辞任を表明。近しい関係の川淵三郎日本サッカー協会元会長に後任への就任を独断で要請して、いったんは受諾を取り付けながら白紙撤回となった一連の動きは、国民に憤りと失望を広げた。

 荒波の中、出航する橋本氏が担う責任は重い。まず組織委に対する不信をぬぐい去らなければならない。

 それには、新型コロナウイルス感染対策で調整が必要な広範囲にわたる開催準備について、適切なタイミングで的確な判断を下すことはもちろん、国民に歓迎されるメッセージをさまざまな活動を通じて出し続けることが大切だ。

 ワクチン接種が各国で始まり、コロナ禍の暗雲を抜け出せる希望がほのかに見え始めた今だからこそ、明るい話題を提供してほしい。

 組織委は森氏の後任候補を絞り込むに当たり、元五輪選手の理事ら男女同数の計8人で構成する候補者検討委員会を設けた。森氏が川淵氏を一本釣りしようとした密室人事に対する批判を受け「透明性の確保」を誓ったにもかかわらず、その構成メンバーなどについては非公開とした。

 公益財団法人のガバナンスの観点からも、国民の期待に応える姿勢を示す上でも、少なくともその氏名は明らかにすべきだった。

 新会長の候補としては「五輪とパラリンピック、スポーツに深い造詣がある」「国際的な活動の経験がある」「組織運営能力が備わっている」など5項目の基準を設け、検討を進めると決めた。

 それ自体は良かったが、果たしてどこまで自由で活発な議論が行われたかは分からない。

 政権幹部はかなり早い時点で、森氏から世代交代を印象づけられる女性である点が大きなメリットとして、橋本氏への期待を表明していた。

 政府が五輪はまさに国家行事だとして、歩調を合わせやすい身内から、新会長を出したがっていたのは明らかだ。検討委の審議に、政府の意向が反映されたということはないのか。

 森氏の女性蔑視発言から密室人事まで国民の反発があそこまで大きく広がったのは、男女平等の精神に対する認識不足への批判だけでなく、その政治的な手法について不適切だと判断したからだ。

 自民党でかつての森派に所属する橋本氏に対し、厳しい視線を向ける国民もいるだろう。

 橋本氏は冬季五輪の日本選手団の団長を務めたときに酒に酔い、フィギュアスケートの男子選手にキスをしたことがある。野党は早くも「ハラスメントだ」と問題視する構えを見せる。

 森氏の発言に対しては組織委のスポンサー企業も相次いで批判の声を上げた。7千億円を超える組織委予算の約半分は国内協賛企業が支えている。協賛各社の信頼を取り戻すことも重要だ。

 五輪開催の見通しはやや明るくなってきたとはいえ、観客をどの程度の規模で受け入れられるかは、今後の国内と海外のコロナ感染状況を見ながら決定することになる。

 無観客となれば、組織委は赤字となるだろう。健全な財政の確立も重要課題として待ち受ける。



国民の意識を再び今夏開催へ向けることができるか(2021年2月19日配信『東奥日報』-「天地人」)

 画家の阿部合成は旧制青森中学で太宰治(本名・津島修治)と同級生だった。文学にも深い関心を持っていて、太宰とはライバルだったようだ。だが、教師が読み上げた太宰の作文の華麗な文才に衝撃を受け、作家になることをあきらめ、美術の道を選んだとされる。

 太宰はどんな生徒だったのか。「絶対的に作文が得意だったと言われていたが、成績は1位ではなかった」。県近代文学館前副室長で、旧制青森中学を前身とする青森高校の教諭・西谷ともえさんはそう話す。新たに公開された旧制中学時代の成績表で明らかになった。

 とはいえ非凡な生徒だったのは間違いない。在学中の4年間を通して好成績を維持。3年次末には学年181人中3位だった。しかも文系だけでなく理系教科も得意で、運動もよくできた。文才に秀でていただけではなく、万能型の俊英だった。

 女性蔑視発言で東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長を辞任した森喜朗氏の後任に決まった橋本聖子氏。新会長選考で求められた資質は国際的な知名度や国際感覚、組織運営能力や調整力など。経験豊富な“優等生”だとしても、役割を果たすのは容易でない。

 コロナ禍の中、先の共同通信世論調査では五輪などの再延期を求める回答が47%、中止35%だった。組織委への不信感を払拭(ふっしょく)、国民の意識を再び今夏開催へ向けることができるか。




JRに運休や遅れ
橋本新会長就任 差別、コロナの克服期待(2021年2月19日配信『秋田魁新報』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に五輪相だった橋本聖子氏が就任した。森喜朗前会長の女性蔑視発言に端を発した混乱を収拾し、五輪・パラの成功へ前進させたい。

 五輪開幕まで150日余り。新型コロナウイルスの感染収束がいまだ見通せない中で、五輪・パラ実現に向け解決すべき課題は山積している。新会長は組織委への信頼を回復し、開催機運を高めなければならない。

 新型コロナの感染拡大を受け、主会場となる東京などで緊急事態宣言が続いている。五輪・パラには逆風と言える。森氏の発言はさらに水を差した形で、会長交代は当然だ。

 橋本氏は会見で「私のミッションは安全最優先の大会を実現し、社会の空気を変えていくこと」と決意を語った。新型コロナへの不安を払拭(ふっしょく)する感染防止策を講じ、男女平等の面でも世界に誇れる大会にしてほしい。

 五輪憲章は性別、性的指向などの違いによる差別撤廃を掲げる。森氏が女性蔑視発言をしたのは3日。翌日に発言を撤回、謝罪したが国内外の批判は収まらず、12日には辞任表明に追い込まれた。

 辞任表明後に森氏が後継会長を指名したため、不透明な「密室人事」との非難が高まり、白紙に戻る混乱もあった。男女半々の計8人で構成する検討委員会は16日に初会合。選考過程は非公開とされ、内向きな印象を深めたことは否めない。

 橋本氏は当初、会長就任に難色を示した。検討委は橋本氏に一本化して就任要請、受諾された。イメージ刷新のため「女性」「若手」を希望した菅義偉首相の意向が働いたとされる。

 橋本氏は女性アスリートとして夏冬の五輪に計7回出場した経験の持ち主。政治家に転じて一昨年から五輪相を務め、男女共同参画担当相も兼任していた。会長就任はこうした経歴も評価された結果だ。

 森氏の発言は海外でも批判を招いた。国際オリンピック委員会(IOC)が「完全に不適切」と表明したことを忘れてはならない。橋本氏の新会長就任が国際的な理解を得られるか注目される。組織委として男女共同参画の促進をはじめ、多様性の実現に積極的に取り組む姿勢をアピールすることが重要だ。

 組織委はコロナ禍の中の五輪・パラ開催に向け、観客数の上限設定や海外からの観客受け入れの可否、無観客の可能性も検討しており、3~4月に判断を迫られる。3月下旬には全国を巡る聖火リレーが始まる。森氏発言をきっかけにボランティアや聖火リレー走者を辞退する動きが相次いだ。困難な課題を乗り越え、逆風をはね返すことを期待したい。

 新会長には巨大組織である組織委を掌握する強いリーダーシップが求められる。組織委は新会長の下、国内外から支持される五輪・パラ実現へ一丸となって取り組まなければならない。



表紙だけ変えても(2021年2月19日配信『福島民友新聞』-「編集日記」)

 会津若松市出身の政治家で外相などを務めた故伊東正義さんは、自ら「俺の頑固は年季が入っている」と言うくらい、自他ともに認める「頑固者」だった

▼過去の本紙を見ると、「伊東伝説」が続々と出てくる。農林省などの官僚時代には、河野一郎農相と政策で対立し、左遷を2度経験。政界入り後も日米同盟の解釈を巡る問題で、鈴木善幸首相と見解が合わず、外相を辞任した

▼ただ、伊東さんは仇(きゅう)敵(てき)にも認められた。農林省では事務次官に上り詰め、政界でも実力者に数えられた。単に持論にこだわるのでなく、物事の核心を見極め筋を通す姿勢が一目置かれた

▼そんな伊東伝説の極めつきは、首相就任辞退だろう。1989年、巨額贈収賄が発覚したリクルート事件で、退陣する竹下登首相からの後継要請を固辞した。その時の伊東さんの言葉が「表紙だけ変えても駄目」。国民の信頼を回復するには政治家の意識革命が必要だと訴えた

▼女性蔑視発言で森喜朗氏が会長を辞任した東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に、橋本聖子前五輪相が就いた。五輪成功への尽力に期待するが、意識改革にも頑固に取り組んでほしい。くれぐれも「表紙だけ変えても」と言われぬよう。



五輪組織委会長に橋本氏 国民が納得できる運営を(2021年2月19日配信『毎日新聞』-「社説」)

 女性蔑視発言で辞任した東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の後任に、五輪担当相を務めていた橋本聖子氏が就任した。

 スピードスケートと自転車で日本女子最多となる7回の五輪出場経験を持つ。女性の元五輪選手を起用することで組織委のイメージを刷新したいとの判断が働いた。

 政権内部とのつながりを維持できる点も考慮されたという。

 橋本氏は森氏の出身派閥に所属しており、本人たちが「父」「娘」と表現するほどの間柄だ。森氏の影響力が残る可能性がある。

 しかし、組織委会長には政治的中立性が求められる。五輪担当相を辞任した橋本氏は、政権の意向をうかがうのではなく、国民が五輪に対して何を望んでいるのか、耳を傾けていくべきだ。

 選考過程は透明性を欠いた。候補者検討委員会のメンバーで、発表されたのは座長の御手洗冨士夫名誉会長だけだ。議論の内容も明らかにされないまま、候補を橋本氏に一本化する流れができた。

 辞任する森氏が一時、川淵三郎氏に次期会長を打診し、「密室人事」と批判されて人選が白紙に戻った経緯もある。

 橋本氏個人の問題もある。日本スケート連盟会長だった2014年にフィギュアスケートの男子選手にキスを強要したと週刊誌で報じられた。

 セクシュアルハラスメントの疑いが指摘されている。女性蔑視の問題で前会長が辞任した後だけに、より丁寧な説明が必要だ。

 五輪開幕まで5カ月あまりとなった。大会の開催可否や、海外客の受け入れを含む観客制限の判断など難しい課題が山積している。

 開催費用をめぐって政府や東京都、国際オリンピック委員会との交渉も改めて必要になりそうだ。選手らに新型コロナウイルスのワクチン接種を求めるべきだとの声も出ている。

 来月下旬から聖火リレーが始まる予定だ。感染収束のめどが立たない中、島根県知事が県内のリレー中止を検討すると表明した。

 大会を通じて、感染が再拡大してしまうのではないかとの不安も残っている。橋本氏には科学の知見を踏まえ、国民が納得できる判断をする責任がある。



前回の東京五輪はバラの育種でも…(2021年2月19日配信『毎日新聞』-「余録」)

 前回の東京五輪はバラの育種でも日本の存在を世界に知らせるきっかけとなった。五輪にちなみその2年後に発表された鈴木省三(すずき・せいぞう)作出の「聖火」は、白地に濃いローズ色の覆輪(ふくりん)の入った四季咲きの大輪だった

▲日本で作られたバラで初めて国際コンクールの最高賞を受けたから、これも東京五輪のレガシー(遺産)といえよう。五輪にちなむバラの品種にはバルセロナ五輪のおりにドイツで発表された朱赤の「オリンピックファイア」もある

▲ちなみに日本の「聖火」の英訳は「オリンピックトーチ」だった。ともに五輪の炎の輝きにたとえられたバラだが、一方バラには秘密にという隠れた意味もある。ラテン語で「スブ・ロサ(バラの下で)」とは口外禁止の会合である

▲以前、日本オリンピック委員会(JOC)が理事会を非公開とした時、小欄は「バラの下で」の成語を引いてその秘密主義を批判した。しかしまたもやバラの下の密室で進められた2020年東京五輪組織委の後任会長の人選だった

▲辞任した森喜朗(もり・よしろう)会長の後任に五輪担当相だった橋本聖子(はしもと・せいこ)氏が就任した。メンバーも非公開だった後任の検討委の論議の詳細はいずれ漏れ聞こえてこよう。どうあれ新会長にとっては先行きの険しいコロナ下の大会開催の道のりとなる

▲スポーツ組織のガバナンスでも新風の導入が求められた今度の東京五輪だが、そのレガシーが秘密のバラでは情けなさすぎる。国民の心に五輪の輝きを呼び戻せるのかどうかが問われる組織委新会長である。





森氏辞任とジェンダー/社会全体で問題意識 共有を(2021年2月18日配信『河北新報』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗氏(83)が、「女性蔑視」発言で辞意を表明し、大会まで半年を切った中でのトップ交代は、五輪開催準備へ大きなマイナスとなった。

 それ以上に深刻なのは、日本の「男女不平等」の根深さを世界に露呈したことだ。組織委だけでなく、日本社会全体が性差別の問題を真剣に考える機会としたい。

 スポーツ庁は2019年、スポーツ団体の適切な運営のための指針として「ガバナンスコード」を発表し、この中で女性理事40%、外部理事25%を目標として明記した。

 日本オリンピック委員会(JOC)は目標達成を目指すが、森氏の3日の発言は、達成の難しさを強調する流れから出た。12日、組織委の理事、評議員による会合で辞意を表明した際、森氏は「解釈の違い」と釈明し、報道を批判した。

 五輪憲章は「人種、肌の色、性別、性的指向などの理由による、いかなる種類の差別も受けない」ことを明記。東京大会も、基本コンセプトの一つに「多様性と調和」を掲げる。どう解釈しても、発言が容認される理由はなく、辞任は当然だった。

 日本スポーツとジェンダー学会会長の来田享子中京大教授は「森氏が辞めて、終わりという話ではない。組織として、これまでの取り組みで何が足りなかったか、今後どうするかが見えないのが問題だ」と指摘する。

 組織委の武藤敏郎事務総長によると、12日の会合では、ジェンダー平等が議題となり、出席者から「具体的な形として見える化することが大事だ」などの意見が出たという。その上で、プロジェクトチームの設置や、女性の役員比率を高める取り組みを早急に実施する方針を示した。

 会長候補の要件としても挙げられ、組織委の対応が注目されるのはもちろんだが、問題はそれだけではない。

 昨年、世界経済フォーラムが発表した各国の男女の不平等を示すジェンダーギャップ指数では、日本が153カ国中、121位。森氏発言に対して、政財界には影響を過小にとらえたり、「日本社会の本音」と漏らしたりする反応もあった。

 来田氏は「差別を受けている側に立ち、声を上げられる状況になっていなかった」と現状を指摘する。

 発言をきっかけに、国内外から、日本社会が長年克服できない男女格差の後進性が問題視された。国会で取り上げられ、与党内でも動きが出るなど、変化は出始めている。

 トップが交代する東京大会では、「多様性と調和」への取り組みを、具体的に世界に発信できるかが問われる。それ以上に、日本の社会全体が今回の騒動で何を学び、どう差別に立ち向かっていくか。一人一人の意識が、国が変わっていかなければならない。



橋本五輪新会長 混乱収拾し準備に最善尽くせ(2021年2月19日配信『読売新聞』-「社説」)

 混乱を早期に収拾し、東京五輪・パラリンピック大会の準備を加速させる転機にしたい。

 大会組織委員会の新会長に、橋本聖子五輪相が選ばれた。不適切な発言で退いた森喜朗前会長の後継として、本番が5か月後に迫る中で組織委を率いることになった。

 橋本氏は「大会の成功に向けて邁進まいしんしてゆく」と述べた。

 組織委が設置した候補者検討委員会は選考段階で、男女平等など五輪の理念実現に加えて、組織の運営能力や国際的な活動経験といった資質を求めていた。

 橋本氏は夏冬通じて計7回の五輪出場経験を持つ。東京大会には招致段階から携わり、五輪相として準備状況を熟知している。女性活躍相を兼務し、女性問題にも精力的に取り組んできた。

 選手時代や政界での実績を踏まえると、他に適任者はいなかったと言える。検討委では全員一致で推薦が決まったという。

 閣僚は公益法人の役職員との兼職が禁じられているため、橋本氏は五輪相を辞任した。後任には丸川珠代・元五輪相が就任した。

 五輪憲章は、スポーツ団体に政治的な中立性を求めている。橋本氏は参院議員にとどまる意向を示しつつ、「疑念を持たれない行動を取っていく」と述べた。

 森前会長の女性差別と受け取られかねない発言により、日本が性差別が残る国だという印象が国際社会に広まった。国内でもボランティアらの辞退が相次いだ。

 新型コロナウイルスの感染がいまだ収束せず、五輪の開催を危ぶむ声も上がっている。

 体制の立て直しが急務だ。今回の問題を受け、組織委は女性役員の増員を検討するという。単なる数合わせではなく、運営に直接携わるようにするなど、内実を伴った改革を進めることが大切だ。

 組織刷新に全力を挙げ、負のイメージを払拭(ふっしょく)してほしい。

 開催へ向けた課題は山積している。約1か月後に迫った聖火リレーは、緊急事態宣言の再発令で準備が遅れている。3~4月には、観客の受け入れに関して判断を下さなければならない。

 米バイデン政権側からは、感染対策の指針作成を求める声が出ている。選手らが安心して参加できるよう、検査体制や人員の確保も含めて、安全な大会への具体的な道筋を示すことが重要だ。

 混乱を引きずる時間的猶予はない。組織委や国、東京都など関係機関が緊密に連携し、大会の実現に最善を尽くしてもらいたい。



橋本新会長 五輪の開催へ強い姿勢を(2021年2月19日配信『産経新聞』ー「主張」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に、前五輪相の橋本聖子氏が就任した。

 前会長の森喜朗氏は女性蔑視ととれる発言で引責辞任したが、東京大会のイメージは大きく損なわれたままだ。

 新型コロナウイルス禍に社会があえぐ中、今夏の開催には多くの国民が懐疑的な見方をしている。東京大会は危機にあるといっていい。

 橋本氏は就任直後に「全力で東京大会の成功に邁進(まいしん)する」と述べた。この問題で2週間近く停滞した開催準備を、早く元の軌道に戻さなければならない。今夏の「安全・安心」な大会の実現を、世界に発信し続けてもらいたい。

 閣僚である橋本氏の就任は、人選が官邸主導で進んだことを物語る。不透明さを残した点で、歓迎できる刷新人事とは言い難い。

 裏を返せば、橋本氏を大会の顔に据えたことで、菅義偉政権が今夏の開催に全責任を負ったともいえる。新型コロナウイルス禍を一日も早く沈静化させ、水際対策や最新の技術、ワクチン接種などを総動員し、大会の「安全・安心」を確保することは、最優先の課題である。

 橋本氏には、自転車とスピードスケートで夏冬計7度の五輪出場経験がある。これまでの開催準備で、スポーツ界の影は薄かった。東京都や国、国際オリンピック委員会(IOC)との調整を進める中で、いまこそ官邸の代弁者ではなく、スポーツ界の代表としての存在感を示してもらいたい。

 残された時間は少ない。来月25日には聖火リレーが始まる。沿道の観衆の扱いなど感染予防策をどう講じるか、決断は急を要する。観客を入れて大会を開催するかどうかも判断を迫られる。今後は真のリーダーシップが問われる。

 それ以上に、消沈した五輪への開催機運を盛り上げるために、国民に前を向かせてほしい。

 いまの日本に必要なのは、「現実的な選択を」といった中止ありきの消極的な議論ではない。10年単位の歳月をかけて招致と開催準備に取り組んできた五輪に向けて、社会と経済を前に動かすための前向きな議論である。

 国民が五輪に寄せてきた期待感は薄れ、開催の意義は揺らいでいる。トップ交代は、恐らく風向きを変える最後の機会だ。オリンピアンの橋本氏だからこそ打ち出せるメッセージがあるはずだ。



「火中の栗を拾う」(2021年2月19日配信『産経新聞』-「産経抄」)

「火中の栗を拾う」という成句は実はフランス生まれである。猿が猫をおだてて、いろりの中の栗を拾わせ、猫が大やけどを負う。17世紀の詩人ラ・フォンテーヌの寓話(ぐうわ)から「他人の利益のために非常な危険をおかすことのたとえ」(日本国語大辞典)として使われる。

▼東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長就任要請を受諾した橋本聖子前五輪相は、まさに火中に飛び込んでいく心境であろう。女性蔑視ととられる発言で、森喜朗氏が会長辞任を表明して以来、後任選びは迷走を続けてきた。東京五輪のイメージは国内外で大きく傷ついた。そもそもコロナ禍によって開催が危ぶまれている。

▼国民の機運をもう一度盛り上げるのは至難の業である。橋本氏の会長就任に「密室決定」との批判も出てくるかもしれない。森氏と橋本氏は政界で師弟関係にあるからだ。折しも週刊誌が、橋本氏のかつてのセクハラ騒動を蒸し返している。本人がこれまで就任を固辞してきたのも当然である。とはいえ嵐の中、他の誰が会長を務められるというのか。

▼橋本氏は前回の東京五輪開会式の5日前に生まれた。父親が国立競技場で見た聖火に感動して、聖子と名付けたのは有名なエピソードである。スピードスケートと自転車で夏冬計7度の五輪出場経験を持つ「五輪の申し子」に、開催の夢を託すほかないではないか。

▼小欄は40年近くも前に橋本氏にインタビューしたことがある。サラエボ五輪出場をめざしていた高校生の橋本氏との間にこんなやりとりがあった。-スケートは楽しい? 「別に楽しくないけど、みんなの声援があるから、やらなきゃと思うんです」。

▼ワクチン接種の開始により展望が開けつつある。橋本新会長に声援を送りたい。



橋本氏新会長に 信頼回復へ透明化急げ(2021年2月19日配信『東京新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長に橋本聖子前五輪相が就任した。森喜朗前会長の女性蔑視発言で失われた信頼を回復するには組織委の古い体質を改め、運営を透明化することが必要だ。

 女性であり、森前会長より27歳も若い橋本氏の会長就任で、組織委の負のイメージが刷新されるのだろうか。期待と同時に、強い懸念も残る。

 組織委は新会長の条件としてスポーツへの造詣、大会準備状況の理解、男女平等の実現など五つの観点を挙げていた。

 橋本氏は夏冬計7回の五輪を経験した元アスリートであることに加え、ベテラン参院議員であり、五輪相と男女共同参画担当相を兼務していた。新会長の条件の多くに合致したとは考えられる。

 しかし、選定過程が十分に国民に説明されたとは言い難く、本当にふさわしいのか疑問が残る。

 菅義偉首相ら政府側がどのように関与したのか、組織委からの説明はない。橋本氏は自民党の細田派、かつての森派に属しており、菅首相や森氏の影響力が完全に排除できるのだろうか。

 五輪は政治色を排した祭典であり、五輪憲章は政治的な理由による差別を禁じている。橋本氏は会長就任にあたって大臣を辞任したが、政治色を拭い去り、国民の理解を得るには離党や議員辞職という選択肢もあったはずだ。

 性の平等を巡る問題も担当大臣として成果が十分とは言えない。社会の指導的地位に就く女性の割合を「2020年までに30%」とした国の基本計画の目標を達成できなかったからだ。

 「男性選手にキスを強要した」と週刊文春に報じられたこともある。当時セクハラを否定したが、会長としての資質を国際社会から問われることにもなるだろう。

 組織委は森氏の女性蔑視発言や密室での「後継指名」を機に、古い体質があらわになった。

 これまでも大会予算の詳細な説明を拒んだり、理事会議事録から理事の発言を省略したりと情報公開に後ろ向きだった。国や東京都から多くの人材が出向し、設立時に公金も投入されており、不透明では済まされない。

 橋本氏は、女性理事の任用拡大など性平等の観点から組織委を改革するだけでなく、運営を抜本的に透明化する必要がある。
 大会開幕まで5カ月余り。新型コロナの感染状況に応じた大会の在り方や開催の可否など、現実的なプランを早急に示すべきだ。



橋本新会長 行動が伴う新指針を示せ(2021年2月19日配信『信濃毎日新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に、橋本聖子五輪相が就任した。

 女性蔑視発言で辞任した森喜朗氏の後任である。橋本氏は五輪相を辞任した。開催まで150日余となる中での交代は異例だ。

 コロナ禍で政治や社会、経済が混乱する中、難しいかじ取りになる。観客の受け入れや感染対策など「安心と安全」な大会が実現できるか、科学的かつ政治的な判断を迫られる局面が多くなる。

 日本や世界、参加選手たちにとって最適となる答えを見つけ出さなければならない。課せられた責任は重い。

 森氏の発言で「多様性と調和」をコンセプトの一つに掲げる東京五輪のイメージは失墜した。まず必要なことは、国内外の信頼を取り戻すことだ。

 組織委内部で男女が平等に発言の機会を保障され、人事面での格差も生まれないことをアピールすることが欠かせない。

 橋本氏は会長に選出された後のあいさつで、組織委に男女平等を実現するためのチームを今月中に立ち上げる方針を示した。東京大会を「あらゆる人を認め合い、共生できる社会をつくるきっかけとしたい」と述べている。

 必要なのは結果だ。行動を伴った具体策を早急にとりまとめ、新指針として打ち出すべきだ。

 森氏の発言は、密室で方針を固めていく体質も浮き彫りにした。後任の選考過程でも、森氏が一時、独断で川淵三郎氏を後継指名し、その後、政府の介入などで白紙に戻るなど混迷した。組織委の閉鎖性も問われる。

 橋本氏の選考過程も同様だった。混乱した経緯を踏まえ、「透明性の確保」のため設けられた候補者検討委員会は、御手洗冨士夫委員長以外の名前が伏せられ、議論も公開されなかった。

 委員会は「五輪・パラ、スポーツに対する深い造詣」のほか、国際的活動の経験や組織運営の調整力など5項目を選考基準として挙げていた。3回開かれたものの、いずれも1時間半程度で終わっている。基準に沿った選考がどこまで真摯(しんし)に行われたのか。

 橋本氏を推したのは、首相官邸とされる。菅義偉首相がイメージ刷新のため、「女性」や「若手」の起用を希望したという。

 「透明性の確保」をうたい文句にしても、実際の選考が官邸主導ならば閉鎖性の批判は免れない。組織委は選考過程を検証できるように、委員会の詳細な議事録を公開するべきである。



橋本新会長 国民の信頼回復へ全力を(2021年2月19日配信『新潟日報』-「社説」)

 女性蔑視発言と後継人事を巡る混乱は組織のみならず、大会そのものへの信頼を失墜させた。新型コロナウイルス禍で開催見直しを求める国民の声も根強く、立て直しは容易ではない。

 そうした現状を真摯(しんし)に受け止め、課題克服へリーダーシップを発揮してほしい。

 女性蔑視発言の責任を取って辞任した森喜朗氏の後任となる東京五輪・パラリンピック組織委員会会長に18日、五輪相だっった橋本聖子氏が就任した。

 橋本氏は「多様性と調和を実現する東京大会にする」と決意を語った。

 新会長を選定するため設置された組織委の「候補者選考委員会」は、国際的知名度や組織運営能力など5項目の観点から橋本氏の一本化でまとまった。

 夏冬計7度の五輪に出場し「五輪の申し子」と呼ばれた実績や、男女共同参画担当相の経験が評価されたのだろう。

 政府の意向もあり、「若手」「女性」の起用によるイメージ刷新も重視したとみられる。

 橋本氏に改めて見つめてほしいのは、森氏の女性蔑視発言が招いた失望の深さだ。ボランティアや聖火ランナーの辞退が相次ぎ、その理由として「差別意識」を挙げる人もいた。

 五輪憲章はあらゆる差別を禁じている。その理念をどう実現するのかをきちんと語り、開かれた形で議論できる組織に改めてほしい。

 最大の難題は、感染収束が見通せない中での開催を巡る判断となろう。再延期や中止はないのか。開催の場合でも観客数に上限を設けるのか。

 国際オリンピック委員会(IOC)と組織委などが調整し判断することになるが、聖火リレーが始まる3月下旬頃には一定の結論を出さねばならない。難しいかじ取りを迫られよう。

 国民からは橋本新会長を歓迎する声も出ているが、選考過程は透明性に欠けた。

 森氏が元日本サッカー協会会長の川淵三郎氏に「禅譲」する意向を示したことは「密室人事」だと批判された。

 しかし新会長選考に当たり、組織委は選考委員の名前すら事前公表せず、外部からの起用もなかった。選考過程は後任が決まった段階で明らかにするとした。透明性確保への配慮が見えなかったのは残念だ。

 菅義偉首相は組織委で決めること、透明性が重要、と強調しながら、自らは水面下で橋本氏を推した。

 橋本氏は森氏の勧めで政界入りし、「政治の師」と仰ぐ。

 これまで、IOCや政府などとの交渉は森氏の調整力に頼ってきた部分が多い。橋本氏は「森氏のアドバイスをもらう局面もある」としたが、森氏の「院政」を懸念する声が出ている。

 橋本氏はかつてフィギュアスケートの男子選手にキスを強要したと週刊誌で報じられた。これについては会見で「軽率な行為だった」と反省を述べた。

 混乱の末に誕生した新会長には一層の緊張感が求められる。そのことを忘れてはならない。



古い価値観を脱ぎ捨てた姿を見せられるだろうか(2021年2月19日配信『新潟日報』-「日報抄」)

 オリンピックの競技場に火がともされたのは1928年アムステルダム大会でのことだった。ただギリシャの遺跡で採火し、競技場までリレーで運ぶ形式が採用されたのは36年ベルリン大会である

▼大会組織委員会は、古代ギリシャの伝統が神聖さを帯びながらベルリンに受け継がれるという物語を描いた。日本語では「聖火」と訳される炎である

▼聖火にちなんで名付けられた橋本聖子さんが東京五輪・パラリンピック組織委の新会長に決まった。五輪の申し子と呼ばれ、夏冬合わせて7度の五輪に出場したアスリート。五輪相を経験し、スポーツ界や政界との人脈もある。歓迎する声は少なくないだろう

▼一方、森喜朗前会長の辞任のきっかけになった発言や後任選びの迷走から浮かび上がったのは、この社会がいまだに古い価値観に縛られ多様性や透明性が軽視されているという点だ。今回の選考経過も従来の延長線上にある感は否めない

▼ベルリン大会で始まった聖火の採火式やリレーはナチスに政治利用された面があるとして、継続するかが議論になったが、48年ロンドン大会でも継承された。その採火式でこんな場面があった。リレーの第一走者のギリシャ軍人がトーチに点火する前、銃を地面に置き、軍服を脱いで運動着になった

▼聖火ランナーは平和の使者だと示す仕掛けだった(舛本直文「オリンピックは平和の祭典」)。日本の組織委のトップに就任した五輪の申し子は、古い価値観を脱ぎ捨てた姿を見せられるだろうか。



組織委会長に橋本氏(2021年2月19日配信『福井新聞』-「論説」)

機運高める手立てが急務

 開幕まで約5カ月に迫った時点でのトップ交代である。男女平等を掲げる五輪の理念に沿う大会へ、どう信頼を回復していくのか、手腕が問われる。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に橋本聖子氏が就任した。

 「女性がたくさんいる会議は時間がかかる」といった森喜朗前会長の一連の女性蔑視発言は、ジェンダーの平等に関する日本の意識の低さと、異論を封じるスポーツ組織の体質を浮き彫りにした。橋本氏は、新型コロナウイルス下での安心・安全な大会運営のみならず、旧態依然とした思考を改め、損なったイメージを刷新する役目も担う。

 橋本氏は夏冬計7回、五輪に出場したメダリストだ。日本スケート連盟会長を務めた経験もある。人種や肌の色、性別、宗教などで差別されず、権利や自由を享受するとうたう五輪精神の根本原則を理解していると期待したい。

 就任の記者会見で橋本氏は、理事会メンバーの女性比率を増やすなどジェンダー平等への改革に早急に取り組む考えを示した。理事会のあいさつでは「組織委としての新たな大会のビジョンを提案する力をつけなければ東京大会の使命はない」とも述べた。ぜひ、明確な形で見せてほしい。

 新型コロナ対策を中心に課題は山積している。海外からの観客の受け入れや観客数の制限は、春には結論を見いださないと大会に間に合わない。東京都や政府が適切な新型コロナ対策を行っていないとして、聖火リレー中止の意向を表明した知事も現れた。開催自体に懐疑的な見方をする人は今も多く、機運は醸成されていない。

 東京都や政府とスクラムをがっちり組み、対策の詳細を国内外に、丁寧に説明する必要があるだろう。スピード感を持って、機運を高める手だてに尽力しなければ、大会の成功は到底おぼつかない。人々の心はますます離れていくだけだ。

 新会長選出に至る過程には課題を残した。

 森氏による元日本サッカー協会会長の川淵三郎氏の後継指名という密室人事は反発を招き、混乱をもたらした。ゆえに、求められたのは透明性だ。

 しかし、後任候補を選ぶ検討委員会は座長以外の委員が発表されず、会合も非公開だった。「選考に影響が出る可能性がある」というが、理解に苦しむ。

 公開は、意志決定のプロセスを国民が見守り、関与することを意味する。男女平等や多様性の理念を日本で実現し、内向きな村社会から脱却を図る第一歩に、国民不在の進め方はあり得ない。非公開で選定し、後から説明するのでは、身内で物事を決めるこれまでの体質と変わりない。



橋本新会長/五輪精神体現する組織に(2021年2月19日配信『神戸新聞』-「社説」)

 女性蔑視発言の責任を取って東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長を辞任した森喜朗氏の後任として、橋本聖子五輪相が新会長に決まった。あらゆる差別を許さない五輪の精神を体現する組織委に向け、立て直しを図ることが急務となる。

 開幕まで5カ月余りになった五輪は、新型コロナウイルス感染拡大で開催そのものが疑問視されている。橋本氏は「国民にとって安全最優先の大会を実現する」と述べた。大臣を辞して新会長に就任する以上、重責を全うしてもらいたい。

 橋本氏はアスリートとしても政治家としても豊富な経験を持つ。1992年のアルベールビル冬季五輪で日本女子初のスピードスケートのメダルを獲得、夏冬合わせて五輪出場7度を誇る。国際的知名度は申し分ない。95年に参院議員に初当選し5期目。男女共同参画担当相として「ジェンダー平等」に積極的な発言をしていた点にも、イメージ刷新の期待が寄せられたのだろう。

 だが後継選びは迷走した。森氏が日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏を指名したことが「密室人事」と批判され、組織委は「候補者検討委員会」を設けて公正な選考をアピールしようとした。しかし、委員名も議事も非公開では不透明さを払拭(ふっしょく)できるはずもない。

 それどころか、政権意中の後継候補として真っ先に名前が挙がった橋本氏で早々に一本化を図ったため、官邸の政治介入が強く疑われる結果となった。組織委の改革姿勢を示す機会だっただけに残念でならない。

 橋本氏は閣僚は辞したが、自民党を離れず、議員辞職もしない。これで政治的中立性を保てるだろうか。

 過去には酒席での自身のセクハラ疑惑が報じられた。国民が納得するまで説明責任を果たすべきだ。

 新会長は、早速難しい判断を迫られる。聖火リレーは3月にスタートする。それまでに開催可否を巡り政府や東京都、国際オリンピック委員会(IOC)などとの折衝が大詰めを迎える。会場に観客を入れることの可否やその上限、海外の観客を受け入れるかどうかなど、関係機関の利害を調整し、まとめ上げるリーダーシップが欠かせない。

 最大の課題は国民の共感をどう集めるかだ。共同通信社が今月実施した全国電話世論調査では、今夏開催すべきと答えた人は14・5%にとどまった。慎重論は広がっている。橋本氏は「その空気を変えていく」と述べたが簡単なことではない。

 東京五輪が掲げる「多様性と調和」の理念を具体化し、失墜した信頼を回復しなければならない。同時に安全な大会の在り方を、選手や国民に分かりやすく訴える必要がある。



「五輪? さあね」(2021年2月19日配信『神戸新聞』-「正平調」)

 五輪の前景気はどうだろう。東京でタクシー運転手に尋ねると、「さあね」。そっけない答えである。「わしがよんだわけじゃないからね」。1964(昭和39)年の小田実さんの文章にある(講談社編「東京オリンピック」)

◆「世紀の祭典だよ」とお祭り気分をあおられても波にのれず、逆にしらける人だってあろう。今は熱気もなく、新型コロナに加えてこの醜態である。「五輪? さあね」。そっぽを向かれても、文句は言えない

◆結局は密室人事じゃないか-との批判が消えないなかで、東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に橋本聖子五輪相が推挙され、承諾した。力量を疑うわけではないけれど、もやもやとした気持ちは残る

◆政府と東京都は「五輪はやり遂げる」と口をそろえながら、コロナ対応では不毛なにらみ合いを演じてきた。折も折、与党議員の「自粛破り」もやまない。「だれが五輪をよんだのさ」とつい毒づきたくもなる

◆橋本さんは東京大会のあった64年10月の生まれで、名は「聖火」にちなむそうだ。はかなげに揺れる“五輪の火”を5カ月後の東京にともせるかどうか。まずは人の心に“共感の火”をともすことが必須だろう

◆火には新鮮な空気も欠かせない。思いきり吹き込んでもらおう。



五輪組織委 重いバトン受けた橋本氏(2021年2月19日配信『山陽新聞』-「社説」)

 女性蔑視発言で辞任に追い込まれた東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長の後任に、橋本聖子五輪相が就任することが決まった。森氏の発言が内外に広く発信されて傷ついた組織委のイメージ刷新と信頼回復につなげなければならない。

 橋本氏は、1992年アルベールビル冬季五輪1500メートルで3位となり、日本女子スピードスケートで初のメダルを獲得。自転車でも3度、五輪に出場した。参院議員としては5期目で、2019年から五輪相を務めてきた。

 アスリートと政治家の両面での十分なキャリアに加え、森発言の後だけに、女性がトップに就くのが好ましいという判断も働いたようだ。五輪相を辞しての就任となる。橋本氏は一時、会長職を固辞していると伝えられたが、選ばれた以上はしっかりと重責を果たしてほしい。

 後任選びは、辞任する森氏自身が川淵三郎・日本サッカー協会元会長を指名したことなどで迷走した。さらに、今回の選考過程にも疑問符が付く。組織委は、透明性の確保を強調しながらも候補者検討委員会のメンバーを非公表とした。結局、顔ぶれは判明しており、公表すれば思い切った議論が妨げられる恐れがある、という組織委の言い分は説得力を持つとは思えない。

 五輪開幕まで残り150日余りとなった今、限られた時間に新体制が向き合うべき課題は山積している。

 中止決定の権限を持つ国際オリンピック委員会(IOC)が、開催の可否を判断するタイミングが迫り、観客の上限や、海外客を受け入れるべきかどうかの決定も控える。組織委にとっては、新型コロナウイルスの感染状況を見ながらの難しい選択となろう。

 3月25日には国内聖火リレーも始まるが、島根県の丸山達也知事はおととい、県内では行うべきではないとして中止の意向を表明した。合わせて五輪の開催そのものにも反対する考えを示した。

 自治体トップの発言は波紋を広げているが、コロナ禍が収束を見通せない中、国民にも五輪開催に懐疑的な声は少なくない。今月上旬に実施された共同通信の全国電話世論調査では「中止」と「再延期」が合わせて80%以上に上り、今夏の開催を望む人は14・5%にとどまった。

 森氏は女性蔑視発言以前にも、五輪は新型コロナがどんな形であれ開催すると述べて一部で批判された。開催を待ち望むアスリートやスポーツファンの心情は理解できるが、何より優先すべきは選手や観客の安全確保だ。開催の可否などを判断するに当たっては、コロナ禍の現状を直視し、国民の十分な理解を得ることが欠かせない。

 橋本新体制は逆風下での船出となる。誰がトップに就いても難しいかじ取りを余儀なくされる状況だ。関係者が一丸となって支え、難題と向き合ってもらいたい。



五輪組織委会長に橋本氏 官邸主導の印象拭えぬ(2021年2月19日配信『中国新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長は、7度の五輪出場経験を持つ橋本聖子氏の就任で決した。新型コロナウイルスが収束しない中で、五輪を開催するかどうか、開催する場合は観客を入れるかどうか、判断を迫られる立場になる。

 その結論がどうあれ、国内外を納得させる説明のできるリーダーシップが、橋本氏には求められよう。開催する場合、辞任した森喜朗前会長の女性蔑視発言によって傷つけられた、東京五輪の信頼回復も必要だ。

 しかしながら、選考に当たって強く求められた「透明性」が確保されたとはいえない。

 組織委の候補者検討委員会は御手洗冨士夫委員長以外の委員名を公表しないまま、非公開で進められた。辞任した森氏が川淵三郎・元日本サッカー協会会長を「後継指名」したことが「密室人事」だという反発を招き、会長人事が白紙に戻った経緯は一体何だったのか。検討委もまた、密室人事の隠れみのだったと言わざるを得ない。

 川淵氏への後継指名を一夜にして覆したのは、官邸の強い意向とみていい。菅義偉首相は「女性や若手」を念頭に置いていたとも報じられている。

 しかしながら組織委会長という要職は、ぼんやりした目安で決めるものではあるまい。コロナが収束しない中の五輪開催は全国民になにがしかの影響を及ぼす。島根県の丸山達也知事が聖火リレー中止を検討していることも、コロナ対策と不可分である。本来は広範な民意をくんだ人選であるべきだった。

 ワクチン接種の開始と併せ、組織委会長人選の「スピード決着」によって、政権を浮揚させたい思惑が透けて見えよう。官邸主導の印象は拭えない。

 また、政界入りして25年に及ぶ橋本氏の政治的立場に差し障りはないのだろうか。公益法人の役職との兼職を禁じた国務大臣規範に基づいて五輪相は辞任した一方で、政治家にはとどまるなら疑義が残るだろう。

 人種差別への抗議活動を容認すべきだという意見も近年あるものの、五輪憲章は五輪の場での政治宣伝を禁じている。参院議員の職は辞さない、自民党からは離党しないと述べたが、将来の処遇にこだわらず、組織委会長の職に身を賭す覚悟を示さなければ、橋本氏の言動は説得力を持つことができまい。

 日本スケート連盟会長の地位にあった当時、フィギュアスケート男子選手にキスを強要したとされる問題が、あらためて国内外で報じられていることも見過ごせない。優越的な地位や立場を利用したハラスメント(嫌がらせ)に対する目が厳しくなっているのは当然である。

 森氏の辞任も女性蔑視発言によるものだった。女性活躍担当相や男女共同参画担当相でもあった橋本氏は、森氏の発言については厳しく批判しているが、今後は自らの言動を律することも忘れてもらっては困る。

 橋本氏の就任を歓迎する声があるのも事実だ。全豪オープンで快進撃を続けるテニスの大坂なおみ選手は「やっと(女性に立ちはだかる)障壁が崩れてきたのね」と賛意を示した。だが五輪開催を疑問視する世論が強い現実は早々に変わるまい。「森氏の院政」と呼ばれないよう、生まれ変わった気持ちで難局に臨むことを求めたい。



フォロワー集めるのは…(2021年2月19日配信『中国新聞』-「天風録」)

 スタバはないけどスナバはある―。聞き覚えのある言葉がツイッターでつぶやかれた。発信者は中部太平洋の島国、ナウル共和国の政府観光局日本事務所。「パクらせていただきました」とも付け加える。砂浜の魅力を発信する狙いだ

▲元は砂丘で知られる鳥取県の平井伸治知事が自虐的に県をアピールした言葉である。ナウルのつぶやきに知事は得意の駄じゃれで応じた。「すなうる共和国連合」を組もうと。共に観光の売りにする砂と国名を掛けた

▲新型コロナの感染者がゼロのナウルは今「鎖国中」という。収束後を見据え、つぶやきで観光客を引き寄せる算段らしい。国の人口の10倍を優に超えるフォロワーを擁するというから驚く

▲注目度では、すなうる共和国のお隣、島根県の丸山達也知事も負けていない。県内での五輪聖火リレーの中止を検討すると表明した。コロナ対策では右往左往し、五輪開催にはやるあまり地方に負担や犠牲を強いる中央に我慢ならなかったのだろう

▲県の要望をかなえるための政治利用ではとの批判に知事は「五輪の招致こそ政治そのもの」と返していた。密室で五輪の顔を決めた中央の面々と、どちらがフォロワーを集めるだろう。



最初のペンギン(2021年2月19日配信『高知新聞』-「小社会」)

 経営や人材育成の文章に、よくファーストペンギンという表現を見る。波打ち際の大群。餌の魚にはありつきたいが、氷の海には天敵のアザラシやシャチがいるかもしれない。
 
 互いにけん制し合う中で1羽が先陣を切って飛び込むと、ほかも続く。最初の1羽は危険を冒す分、まだ魚が逃げておらず利益も大きい。そこで実業界では「リスクがあっても勇気と強い意志を持って真っ先に挑戦せよ」。
 
 ただ、最初のペンギンが勇者かどうかは分からないらしい。大集団が押し合いへし合いしているうちに、たまたま海に落ちてしまうことも多いとみる専門家もいる。案外、「おまえが行け」「いや、おまえが」とドタバタやっているのかも。
 
 橋本聖子前五輪相を連想したのは、かつて氷上の名選手だったからではない。森喜朗氏の女性蔑視発言に伴う辞任を受け、東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に決まった。当初は「難色」と伝えられたが、まさに火中の栗を拾う感がある。
 
 おまえが行け、と言われて飛び込む海には天敵がうようよしていそうだ。感染症の収束が見えず、もとより世論は五輪開催に懐疑的。森氏の発言で国内外からの逆風はさらに強くなった。自らが抱える過去の醜聞もある。橋本氏は無事に氷の海を泳ぎ切れるだろうか。
 
 それにしても、透明性を重視したはずの選考は非公開に徹した。不透明な氷の上のドタバタ劇に冷めた気分も残る。
 


新会長に橋本氏 「開かれた五輪」へ改革を(2021年2月19日配信『西日本新聞』-「社説」)

 国内外の関心を集めた異例のトップ交代劇がようやく結論にたどり着いた。東京五輪・パラリンピック組織委員会の新しい会長に、五輪担当相だった橋本聖子氏が決まった。

 新型コロナウイルス対策に万全を期しつつ、約5カ月後に迫った大会開幕を目指すことになる。開催自体に疑問符も付くなど課題山積である。残り時間が少ない中、重要な交渉と決断を次々にこなさねばならない。

 まずは開催に不可欠な国民の支持と共感を得ることが、新会長の最初のハードルだろう。

 森喜朗前会長が女性蔑視発言で引責辞任したことに端を発する今回の会長交代は、後任の選考過程が極めて重要だった。森氏による密室の後継指名でいったん一つの流れができ、大きな非難を浴びた。密室の根回しが尊重される人事と決別し、かつてない透明性が求められた。

 ところが組織委の候補者検討委員会は御手洗冨士夫委員長以外は当初、委員名も非公表で、その議論は最後まで非公開だった。男女各4人という委員の構成は一つの前進だが、やはり閉鎖的な意思決定という印象は拭えない。

 菅義偉首相周辺の水面下の働き掛けも報じられており、「密室人事」の追認にすぎないと指摘されても仕方あるまい。

 橋本氏自身にも、森氏との親密さや過去のセクハラ疑惑を懸念する声はある。今回の騒動の結果、組織委とそのトップには従来より関心が集まるだろう。組織運営にしても情報発信にしても、橋本氏は世の中の厳しい視線を覚悟せねばならない。

 重荷を背負っての船出だが、抱える懸案は待ったなしだ。新会長としてまず取り組むべきは男女共同参画の理念を具体化する組織改革だろう。この問題の担当相も兼務していた橋本氏への期待もある。成果を上げられれば、東京大会のレガシー(遺産)の一つにもなる。

 コロナ禍での開催は安心と安全が大前提となる。科学的根拠を重視した判断が求められる。安全に最大限配慮する点を基本に、感染リスクや感染者数の改善に応じて開催の形態も変えていく手順と全体像を示せれば、不安の払拭(ふっしょく)と国民の共感にもつながるのではないか。

 検討が急がれるのは無観客開催となった場合への対応だ。選手の安全対策にとどまらず、大会としての盛り上がりをどう確保するのか、難問である。チケット収入がなくなる組織委は深刻な財政問題に直面する。

 組織委にはこれまで以上に、適切な情報開示による論議の透明化が不可欠だ。密室で物事が決まる印象を国民に与えては、共感を取り戻せるはずもない。



五輪組織委新会長(2021年2月19日配信『佐賀新聞』-「論説」)

市民に歓迎される活動を

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に橋本聖子氏が就任した。五輪相を辞めて移った形だ。

 森喜朗前会長が女性蔑視発言で国内外の批判を受けて辞任を表明し、近しい関係の川淵三郎日本サッカー協会元会長に後任への就任を独断で要請して、いったんは受諾を取り付けながら白紙撤回となった一連の動きは、市民に憤りと失望を広げた。

 荒波の中、出航する橋本氏が担う責任は重い。

 まず組織委に対する不信をぬぐい去らなければならない。それには、新型コロナウイルス感染対策で調整が必要な広範囲にわたる開催準備について、適切なタイミングで的確な判断を下すことはもちろん、市民に歓迎されるメッセージをさまざまな活動を通じて出し続けることが大切だ。

 ワクチン接種が各国で始まり、コロナ禍の暗雲を抜け出せる希望がほのかに見え始めた今だからこそ、明るい話題を提供してほしい。

 組織委は森氏の後任候補を絞り込むに当たり、元五輪選手の理事ら男女同数の計8人で構成する候補者検討委員会を設けた。森氏が川淵氏を一本釣りしようとした密室人事に対する批判を受け「透明性の確保」を誓ったにもかかわらず、その構成メンバーなどについては非公開とした。

 公益財団法人のガバナンスの観点からも、市民の期待に応える姿勢を示す上でも、少なくともその氏名は明らかにすべきだった。

 新会長の候補としては「五輪とパラリンピック、スポーツに深い造詣がある」「国際的な活動の経験がある」「組織運営能力が備わっている」など5項目の基準を設け、検討を進めると決めた。

 それ自体は良かったが、果たしてどこまで自由で活発な議論が行われたかは分からない。

 政権幹部はかなり早い時点で、森氏から世代交代を印象づけられる女性である点は大きなメリットとして、橋本氏への期待を表明していた。

 政府が五輪はまさに国家行事だとして、歩調を合わせやすい身内から、新会長を出したがっていたのは明らかだ。検討委の審議に、政府の意向が反映されたということはないのか。

 森氏の女性蔑視発言から密室人事まで、市民の反発があそこまで大きく広がったのは、男女平等の精神に対する認識不足への批判だけでなく、その政治的な手法について不適切だと判断したからだ。

 自民党でかつての森派に所属する橋本氏に対し、厳しい視線を向ける市民もいるだろう。

 橋本氏は冬季五輪の日本選手団の団長を務めたときに酒に酔い、フィギュアスケートの男子選手にキスをしたことがある。野党は早くも「ハラスメントだ」と問題視する構えを見せる。

 森氏の発言に対しては組織委のスポンサー企業も相次いで批判の声を上げた。7千億円を超える組織委予算の約半分は国内協賛企業が支えている。協賛各社の信頼を取り戻すことも重要だ。

 五輪開催の見通しはやや明るくなってきたとはいえ、観客をどの程度の規模で受け入れられるかは、今後の国内と海外のコロナ感染状況を見ながら決定することになる。

 無観客となれば、組織委は赤字となるだろう。健全な財政の確立も重要課題として待ち受ける。(共同通信・竹内浩)



頑張れ五輪の申し子(2021年2月19日配信『佐賀新聞』-「有明抄」)

 「君たちは東京オリンピックの年に生まれ…」。東京五輪が開かれた昭和39(1964)年度生まれの学年だから、入学式などの祝辞でよく言われた

◆そういえば名前に聖火の「聖」がつく同級生が数人。「五輪男(いわお)」君もいる。とはいえ、五輪に出られるほどの身体能力は備わっていなかったようだ

◆同学年のこの人はまさに「五輪の申し子」。辞任した東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗(よしろう)会長の後任にきのう18日、橋本聖子(せいこ)さん(56)が就任した。鍛え上げた脚力と精神力で夏冬合わせ7度五輪に出場。精根尽き果てるように倒れ込んだスケートのゴールシーンを思い出す。国会議員でもあるが、その経歴以上に適任と思う。だが、山積する課題を思うと簡単には引き受けられなかっただろう

◆頼まれたら嫌と言えない人は多い。苦難の道と知りながら「火中の栗を拾う」人がいる。仕事ならまだしも、結構手間がかかる無報酬の役も頼まれれば快く引き受け、なり手がいなかったら「自分がやっていいよ」と手を挙げてくれる。そんな人たちに感謝しながらも、みんなが関わる社会でありたい

◆苦しい時に踏ん張れたら、その先に待つ喜びをオリンピアンは知っている。新会長の船出を応援しよう。東京にきっと2度目の聖火をともしてくれる。新たな五輪の申し子の誕生も期待したい。



五輪組織委新会長 変革の道筋をどうつける(2021年2月19日配信『熊本日日新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に18日、夏冬計7度の五輪出場を誇る橋本聖子五輪相(同日付で同相辞職)の就任が決まった。

 辞任に追い込まれた森喜朗・前会長の女性蔑視発言、後任人事をめぐる混乱などで、祭典へのイメージは大きく失墜した。まずは組織委を刷新し、大会への期待を取り戻すのが課題だ。

 開催まで150日余りとなった最終段階でのトップ交代は極めて異例である。コロナ禍で、観客の上限をどうするかなど難しい判断が待ち受けている。暮らしや経済が深刻な打撃を受ける中、開催そのものへの異論もある。

 森氏の女性蔑視発言を受けての後任人事だっただけに、候補者選びでは「若さ」や「女性」がキーワードになった。森氏の後継指名が「密室人事」と批判され白紙に戻った経緯から、プロセスの透明性にも関心が集まった。

 しかし組織委は、後任に必要な資質として五輪やパラでの経験のほか、ジェンダー平等、多様性などに関する高い認識など5項目の観点を示しただけ。実際に候補を選ぶ検討委員会の構成は「男女4人ずつの計8人」としたものの、顔触れや議論の中身は一切公表せず、依然として閉鎖的な体質を印象づけた。

 そうした中、橋本氏は政権意中の候補として真っ先に名前が挙がったという。橋本氏は閣僚辞任の必要があることなどから一時は難色を示したが、政府や国際オリンピック委員会(IOC)との交渉など実務能力の観点から決定に至ったとされる。

 ただ、橋本氏は森氏に勧められて政界入りした経緯があり、森氏がかつて率いた自民党細田派に所属している。「森氏ほどの調整力はない」ともされ、「結局は森氏の力に頼るのでは」と、院政を懸念する声もある。

 準備はこれから加速する。3月下旬からは聖火リレーが始まる。4月にかけては、観客の上限設定や海外からの観客受け入れ可否の判断も待ち受ける。これまで、IOCや政府、東京都、関係自治体などとの交渉は、森氏の影響力に頼ってきた面もあっただけに、これらの調整が第一のハードルとなりそうだ。

 組織委の約3500人の職員は国、都、自治体、スポンサー企業からの出向者で、いわば“寄り合い所帯”だ。短期間で巨大な組織を掌握する求心力とリーダーシップも問われる。

 一連の混乱は日本の現状を世界にさらした。女性蔑視発言にとどまらず、それを黙認した人、笑って済ました人がいた。白紙になったとはいえ、引責辞任する人が後継を指名し、指名された人が辞任する人に相談役を要請するという密室人事もあった。この現実としっかり向きあう必要がある。

 東京大会の主要コンセプトは「多様性と調和」だ。その実現に向け、変革の道筋をどうつけていくか。橋本新体制の最大の課題だろう。



女たちしかいないのか(2021年2月19日配信『熊本日日新聞』-「新生面」)

 1918年に起きた全国規模の米騒動の導火線に火を付けたのは、富山県の魚津港で働いていた漁師の妻3人の決起だったとする説がある

▼『暮しの手帖[てちょう]』の初代編集長であった花森安治が、エッセーで取り上げている。<女とは、こらえるものだ、と教えられていた(略)そうして、こらえて働いて、それで三度の粥[かゆ]をたく米さえ買えぬ、となって、女たちは、起[た]ち上った>

▼2千人余りに膨らんだ「女たちの一揆」は、戦術も旗もシュプレヒコールもなく、すすけた髪と、こけた頬の女たちが乳呑児[ちのみご]を背中にくくりつけ、子どもの手をひき、老婆[ろうば]は杖[つえ]にすがっていた、とある。暴動は全国に広がり、当時の寺内正毅内閣は総辞職に追い込まれた

▼敗戦後の深刻な食料難を救ったのは、マッカーサーでも、日本政府でもなく、<米や芋をつめたリュックを背負い、何キロの道を歩き、巡査の目を盗み、何時間も機関車にぶら下った女たちだった>とも

▼花森は、最後にこう問い掛ける。旧態依然とした日本社会を変えるのは、「アタマで考え、リクツをこねまわす」男たちから「度しがたく、始末におえない」と言われ続けてきた女たちしかいないのか、と

▼女性蔑視発言で辞任した東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の後任に橋本聖子氏が決まった。「またも密室人事」との声が上がる中、今の難局を切り開き、日本の男社会を変えるキーパーソンになり得るのか。「わきまえる」のではなく、「起ち上って」重い扉をこじ開けてほしい。



[五輪委会長に橋本氏]市民目線で信頼回復を(2021年2月19日配信『沖縄タイムス』-「社説」)

 すったもんだの末に、ふたを開けてみたら、やはりこの人だった。だが、ここに至る迷走ぶりは、あまりにも度を越していた。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会は、女性蔑視発言で引責辞任した森喜朗前会長の後任に、橋本聖子五輪相を充てることを正式に決めた。 大会本番まで5カ月余り。

3月25日に福島県をスタートする聖火リレーまであと1カ月とちょっと。

 コロナ禍と女性蔑視発言を巡るドタバタ劇のために「東京2020」への期待は急速にしぼんでしまった。

 森氏の発言に抗議し、聖火リレーの参加取りやめやボランティアの辞退が相次いだ。

 引責辞任した当の本人が密室で川淵三郎氏を後継に指名しようとしたことが、国内外から批判を浴び、混乱に拍車をかけた。

 後任選びにあたって「透明性」の確保が重視されたのは、こうした背景があったからだ。

 実際はどうだったか。候補者を選ぶ「候補者検討委員会」の委員は正式には公表されず、会議も非公開。選考過程の透明性が確保されたとは言いがたい。

 官邸サイドから伝わってきた「女性で、若い人」が会長に選ばれたことで、政府の関与が疑われ、最初から結果が明らかな出来レースの印象が残った。

 橋本氏は規定に基づいて五輪相を辞め、会長職に専念する。

 限られた時間の中でオリンピックの機運を盛り上げていくのは容易でない。

■    ■

 今回の騒動は、二つの点で日本社会の現状を浮かび上がらせた。

 組織委員会の会長が、オリンピック憲章にある「男女平等」の理念を理解せず、「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」「規制しないとなかなか終わらない」「組織委の女性たちはわきまえておられる」などと語った。

 古い価値観や古い政治体質は森氏だけではなかった。

 二階俊博自民党幹事長は、ボランティア辞退が相次いでいることについて「だめなら募集して補充すればいい」と発言し、反発を招いた。

 島根県の丸山達也知事が、聖火リレーの中止検討を表明したことについて自民党・竹下派の竹下亘会長は「注意しなければいけない」と苦言を呈した。

 長老支配を印象づけるような発言、ボスが支配するムラ社会的な空気が、あぶりだされたのである。

■    ■

 1万人を超える選手の安全確保や、ボランティア、スポンサーの信頼回復など、橋本新会長が取り組むべき課題は多い。

 オリンピック・パラリンピックの成功だけでなく、日本社会全体に突き付けられている課題も見えてきた。

 「ジェンダー平等」の理念を仕事や生活の場でどのように実現していくか。

 議論のない組織をいかに活性化していくか。多様性をどのように確保していくか。

 今回の騒動を五輪の話だけに終わらせず、社会変革への第一歩にしたい。



人事すげ替えても中身は…(2021年2月19日配信『日刊スポーツ』ー「政界地獄耳」)

★結局、五輪村と官邸の合議では五輪相・橋本聖子という選択肢しか残っていなかったのではないか。今後、オリンピック(五輪)の縮小開催、中止にするか否か、観客を入れるか無観客にするか。中止の場合のスポンサーへの説明など、ほかにも残務処理まで入れれば嫌な仕事ばかりだろう。いずれにせよこの半年から1年間に、今後五輪のゆくえにかかわらず、前向きでない決断だけもしなくてはならない。五輪組織委員会会長に国民から批判を浴びる役割をアスリートに引き受けさせるというのは、酷だと判断したか。

★唯一、政治家であるという経験値と、前会長・森喜朗の薫陶を受けていることで橋本聖子ならなんとかしのいでもらえるのではないかという甘えと官邸の橋本ならくみしやすいという打算の結果と言えよう。女性、若い、アスリートというキーワードは国内政治と国民は納得するかもしれないが、そのプロセスも含めて世界に報じられれば、我が国の後進性も含め、お粗末な社会が露呈する。五輪はアスリートの戦いの場であり世界の進歩のスタジアムではないのか。

★最初に東京五輪を招致して失敗した都知事だった石原慎太郎も森と同様、その差別的発言が幾度も物議をかもしたが、2人が今回の五輪招致で夢見たのは1964年の東京五輪の高度成長だ。新幹線が通り高速道路が整備されて、東京に戦後の面影がなくなり国際社会への復帰を遂げた瞬間を思い描き、あの夢を再びと奔走した。だが、今回の五輪ではコンクリートのインフラではなく、人間の、人類の成長が求められてたことを感づいた国民と64年の五輪に引きずられた国民がいたことが存在したことが森問題で明らかになった。世界の平和や差別のない社会など長い五輪の歴史の中で五輪憲章は理想の題目ではなく、その実現に近づくところまで世界は迫っていたのに、東京五輪組織委員会はそれをいまだ建前として扱った。人事はすげ替えられたが本当にこの五輪は中身が伴っているのか。



五輪会長に橋本氏(2021年2月19日配信『しんぶん赤旗』ー「主張」)

反省なき看板掛け替え許せぬ

 東京五輪・パラリンピック組織委員会は、女性蔑視発言で辞任した森喜朗会長の後任に橋本聖子五輪担当相を選びました。橋本氏は早くから後継の名前が挙がっており、結論ありきの交代劇です。選考に携わる委員も議論も会長決定後まで非公開で「透明性のあるプロセス」(組織委事務局長)と言うには無理があります。なにより森氏暴言をすぐに問題と認識できず、会長続投を容認した組織委の責任や体質は検証されていません。問題の根本にメスを入れないままの看板の掛け替えで、五輪開催を推進することは許されません。いま必要なのは五輪中止の決断です。

組織委の対応の検証なく

 「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと女性をおとしめる発言をした森氏は、辞任表明(12日)の際も、「意図的な報道があった」と述べるなど最後まで無反省でした。森氏の居座りを容認した組織委は責任を免れることはできません。

 批判を浴びたのは森氏だけではありません。森氏の発言があったのは、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会(3日)という公の場です。森氏が許し難い発言をした際、居合わせたメンバーから笑いも起きていました。女性差別を容認する風潮を生んだ構造的問題の根深さを徹底検証し、一掃することが、新会長選出の大前提となるはずです。森氏の発言の再発防止を求めたオンライン署名15万人以上を組織委に提出した若者たちは、「森氏個人の問題に矮小(わいしょう)化せず、社会全体の問題でとらえて」と訴えました。

 しかし、新会長選出は、真剣な反省が欠落していると言わざるをえません。それどころか一時、森氏が後継指名をする密室談合が表面化し、世論の怒りをかきたてました。組織委に次の会長を選ぶ「検討委員会」を設置しましたが、公式に発表されたのは座長の御手洗冨士夫・元経団連会長のみでした。人選基準も、「男女平等の五輪憲章の理念を実現できる」などの一般的項目だけです。橋本氏がこれらの基準をどのように満たしているのか、国民には分かりません。橋本氏は2014年、フィギュアスケート男子選手へのハラスメント問題が報道されたこともあり、適格性への疑念は消えません。

 橋本氏が、森氏に会長辞任を求めなかった菅義偉内閣の現職閣僚から横滑りしたことの是非も問われます。自身も、森氏への辞任要求を口にしませんでした。橋本氏は1995年の参院選で自民党議員に初当選しましたが、政界入りを勧めたのは森氏です。橋本氏が所属してきた派閥も森氏の出身派閥です。2019年9月に安倍晋三内閣で五輪担当相として初入閣した際には、森氏と「父」「娘」と呼び合う姿がメディアで伝えられました。ジェンダー平等実現に対する橋本氏の認識や資質についての疑問は尽きません。

今夏の五輪中止決断急げ

 菅政権は、橋本氏の会長選出を契機に、今夏の五輪開催へ向け準備を加速させる構えです。中止を求める国民多数の声に真っ向から逆らう姿勢という他ありません。島根県知事も、政府や東京都のコロナ感染対策の立ち遅れの中で「現在の状況では開催すべきではない」と表明しています。五輪中止を早期に決定し、コロナ対策に全力を傾ける時です。





団員の95%を男性が占めるオー…(2021年2月18日配信『山陽新聞』-「滴一滴」)

 団員の95%を男性が占めるオーケストラで入団審査の形式を変えた。ついたての向こうで応募者に演奏してもらうと、女性の合格者が急増した。1970年代の米国で実際にあった話である

▼性別を隠し、純粋に「音」で選ぶと結果が変わった。「男性の方が技術がある」という審査員の思い込みがあったとされる。アンコンシャス・バイアス、日本語で「無意識の偏見」を示す事例として知られる

▼それは日常の中にあふれている。連合が昨年、インターネットで約5万人に偏見を含む20の事例について自問してもらったところ、95%超が「思い当たる」と答えた

▼事例の一部を挙げてみる。〈単身赴任というと父親を想像する(母親を想像しない)〉〈受付対応、事務職、保育士というと女性を思い浮かべる〉…。読者の皆さんはどうだろう

▼こうして書いている筆者も含め、誰の中にも思い込みや先入観はある。問題はそれに気づかないまま、何げないひと言で相手を傷つけ、人間関係を損ねることだろう。人や組織の成長を妨げるとして、自らの偏見に気づくための社員研修を導入する企業も増えているという

▼女性蔑視発言で辞任を表明した東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の後任選びが進んでいる。女性であれ、男性であれ、無意識の偏見に向き合える人が望ましい。



[五輪委新会長] 選考過程 丁寧に説明を(2021年2月18日配信『南日本新聞』-「社説」)

 女性蔑視発言で辞任に追い込まれた東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の後任選びが大詰めを迎えている。

 候補者を選考する検討委員会はきのう、橋本聖子五輪相に新会長就任を要請することでまとまった。組織委理事会での決議を経て、早期の決定を目指すという。

 トップ不在による混乱の長期化を避けなければならない。だが、検討委のメンバーが公表されないなど選考の不透明感は拭えない。

 決着を急ぐだけでは、国民の不信は膨らむばかりだ。組織委は選出に至る過程を丁寧に説明すべきである。

 森氏の後任を巡っては、川淵三郎・日本サッカー協会元会長がいったん受諾した。しかし、引責辞任する森氏自身が正式な手続きを踏まずに指名したことが「密室人事」と国民の怒りを買った。さらに川淵氏が森氏に相談役就任を要請したことを明かし、批判が噴出、白紙に戻った。

 一連の経緯を踏まえ、組織委は選考過程の透明性をアピールしようと候補者検討委を設置した。組織委の御手洗冨士夫名誉会長を委員長に、男女4人ずつ8人で構成する。

 森氏は2014年1月の組織委発足以来、政官財界やスポーツ界、国際社会で存在感を発揮し、関係機関との調整に深く関わってきた。準備を進める上で不可欠な人材とみていた関係者は少なくない。

 ただ、辞任に至った経緯からも、後任には男女平等や共生社会に高い見識のある人が求められる。

 検討委は「五輪・パラ、スポーツに対する深い造詣」「国際的な活動の経験、国際的な知名度や国際感覚」「組織運営能力や多様な関係者の調和を図る調整力」など5項目を選考基準に挙げている。

 いずれも重要な内容であり、異存はない。ただ、委員長以外の委員の名前が伏せられ、会議は公開されない。どの委員がどんな問題意識を持ち、誰を推したのか分からないままでは、「密室人事」との批判が再び噴出しかねない。

 組織委は「世間の反応を気にして思い切った議論ができない恐れがある」と理由を説明するが、これでは検討委を設けた意味が薄れたのではないか。

 新型コロナウイルス感染症収束の兆しが見えない中、東京五輪・パラの開催まで半年を切り、準備は最終段階に入る。来月の聖火リレー、国内外の観客を受け入れるかどうかの判断など重要な局面が続く。

 新会長は、世界に発信された日本の負のイメージを刷新し、大会の機運を再び醸成する重責を担う。だからこそ、国民の理解と協力を得られる形で選出したい。



「女性活躍」も理解できていない二階(2021年2月18日配信『日刊スポーツ』ー「政界地獄耳」)

★元首相で五輪組織委員会会長を辞任した森喜朗は理解が足らず、女性蔑視と言われた。擁護する人たちもいずれも現代社会の性差別などへの理解が追い付かず、贔屓(ひいき)の引き倒しというより、火に油を注いだ格好で、森は火だるまになって辞任に追い込まれた。その応援団の1人で森炎上に手を貸したのが自民党幹事長・二階俊博。森発言を嫌い五輪ボランティアの辞退が相次いだことに「お辞めになりたいというのだったら、新たなボランティアを募集する」とボランティアの在り方にも一向に理解を示さなかった。

★ところが何を思ったか16日の役員連絡会で、党所属の女性国会議員を5人程度ずつ、党の役員会や総務会など幹部会議にオブザーバーとして出席してもらうことを提案した。ただ発言権などなく見学者としての同席を“特別に”認めた格好だ。長きにわたり自民党幹事長に君臨し、菅義偉を首相に据えた剛腕も17日で82歳。女性の社会参加や男女均等などの政策や法案を可決することに駆けずり回った国対族の大物も、法案の中身までは理解していなかったということか。

★自民党若手が言う。「これでは『女は黙って座ってろ』と言っているようなもの。逆効果だ。女性活躍とかが全く理解できていないのではないか。一方、女性活躍担当相・橋本聖子も予算委員会で野党に聞かれて『不適切』というのが精いっぱいだった」。この女性活躍相は第2次安倍内閣時代に生まれたが、目的は「女性や子供世代、さらにはお年寄りの世代が過ごしやすい社会を実現するため」を目的とする。歴代大臣には官房長官・加藤勝信、党幹事長代行・野田聖子らがいるが二階をたしなめた節はない。二階ルールと独裁はこれからも続く。





多様性を認め、互いに尊重し合う(2021年2月14日配信『秋田魁新報』-「北斗星」)

 この世にはなぜ、雄と雌がいるのか。生物学者によると答えはこうなるらしい。互いの「遺伝子を交換=シャッフル(交ぜること)して多様性を高め」生き残りを図るため

▼例えばアメーバのような単細胞生物は自分で分身を増やす。問題は同じ遺伝子のコピーばかりができる点にある。周りの環境が安定していれば問題はない。だが悪化すれば適応できずに絶滅の恐れがある

▼そこで受精による生殖が登場した。子供たちは親の遺伝子を受け継ぐ。両親の多様な形質を持っている分、環境の変化に適応することができる。雄と雌がいるのは生物の生き残り戦略というわけだ(五箇=ごか=公一著「これからの時代を生き抜くための生物学入門」)

▼著者はこうも書く。助け合いの精神があり、実行できるのが人間の最大の特徴。これを「人間らしさ」と呼んでいい―。他者を助ける行動は人間社会の生き残り戦略だ。そこに性による違いはない

▼辞任表明した東京五輪・パラリンピック組織委員会長、森喜朗氏の女性蔑視発言に性のことを考えざるを得なかった。男女がいるのは生物学的には先の戦略に基づくに違いない。殊更、一方の性を取り上げた発言には抜き難い差別意識が見える

▼果たして森氏1人だけなのかどうか。それぞれが胸に手を当ててみたい。男性と女性にとどまらず、性にはさまざまな在り方があるのが現実だ。その多様性を認め、互いに尊重し合う。そうした社会を創るためにこそ「人間らしさ」はある。





森会長の後任迷走/透明な人選で体制立て直せ(2021年2月13日配信『河北新報』-「社説」)

 女性蔑視発言で辞任を表明した東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(83)の後任選びが迷走している。
 森会長は自らの後任に日本サッカー協会元会長で選手村村長の川淵三郎氏(84)に就任を要請し、受諾した川淵氏で固まったかに見えた。

 しかし、政府が川淵氏の就任に難色を示し、川淵氏が一転、受諾しない考えを示し、白紙に戻った。
 疑問の声は上がっていた。森氏は蔑視発言で国内外の強い批判を招いた張本人だ。後継者を内々に指名するのは、おかしいのではないか。

 川淵氏は要請を受諾するに当たり、森氏に相談役として残ってもらうと明言した。後任指名と併せ、森氏の影響力は色濃く残る。
 「院政」のにおいをかぎ取った人々が反発したのは当然だ。

 ただでさえ新型コロナウイルスの感染拡大で東京大会の開催に懐疑的な見方が広がっている。そこへトップの失態と密室人事が重なれば、大会への機運は手の施しようもないほど低下してしまう。

 開催に向け突き進むにせよ、断腸の思いで中止を決断するにせよ、トップの正当性が疑われていては組織が揺らぎ、冷静な議論や判断はできまい。

 一刻も早く開かれた場で透明性のある手法で会長を選び、体制を立て直すべきだ。それが国民を納得させる最低条件だろう。

 森氏の辞任を求める世論が高まった際、組織委や政府は「発言は不適切だが、余人をもって代え難い」とかばい続けた。

 問題発覚当初に辞任を考えた森氏を組織委幹部が強く説得して翻意させたとも伝えられる。組織委が後任を検討した形跡はない。

 森氏が国内外のスポーツ界や政界に人脈があり、大会準備に政治力、調整力を発揮してきたのは事実だ。

 だが高齢な上、病気を抱えている。職務を継続できなくなる可能性は小さくなかった。組織委が万が一の事態に備えていなかったことは批判されるべきだろう。

 後任を取り沙汰された川淵氏はサッカーの元五輪代表で、日本サッカーのプロ化に強いリーダーシップを発揮し、現在のJリーグの隆盛をもたらした。

 日本サッカー協会会長退任後は、最高峰のリーグが分裂し国際連盟から国際試合出場停止処分を受けた日本バスケットボール協会の改革にも辣腕(らつわん)を振るい、Bリーグの基礎をつくった。スポーツ界の大立者だ。

 ただ、川淵氏も高齢だ。いつまでも川淵氏頼みでいいのか。他に人材はいないのか。

 日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長らスポーツ界関係者は、人材不足を大いに反省しなくてはならない。



サッカーでは、選手がラフプレーなどをした…(2021年2月13日配信『河北新報』-「河北春秋」)

 サッカーでは、選手がラフプレーなどをした際に提示されるカードが2種類ある。1枚は警告を意味するイエローカード。1試合で2枚出されると退場になる。もう1枚はレッドカード。こちらは即、退場だ

▼東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、女性蔑視発言の責任を取ってきのう辞任を表明した。本人や周囲は続投をもくろんだが、国内外の厳しい世論がレッドカードを突き付けた

▼トップを替えて人心一新を図るはずが、後任人事を巡ってもゴタゴタが。就任に前向きだった日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏が一転、要請されても受けないことに。森氏が「独断」で決めたことや、森氏を相談役として残したいなど、正式な手続きを踏む前の言動に対する批判に嫌気が差したのか

▼女性蔑視発言以降、組織委は当事者意識に欠いた対応に終始し、森氏を会長に推した政府、東京都、日本オリンピック委員会は傍観した。そのつけが後任人事にも回った形だ

▼コロナ禍で五輪開催に懐疑的な見方が多い中、今回の一連の騒動は国民の五輪熱を一層冷ますことになるだろう。公益財団法人の人事であっても、ここは菅義偉政権が何らかの形で役割を果たすべきではないか。ぐすぐすしていると、国民からカードを出されかねない。



作家の安岡章太郎は…(2021年2月13日配信『毎日新聞』-「余録」)

 作家の安岡章太郎(やすおか・しょうたろう)は、市川崑(いちかわ・こん)総監督の記録映画「東京オリンピック」の監督に名を連ねている。「僕の昭和史」では、完成後に政界から起こった「日の丸が揚がる場面が一つもない」の非難について触れている

▲非難の中には「黒人を持ち上げすぎだ」というのもあった。マラソンのアベベや100メートル走のヘイズが活躍した大会だったが、気に入らぬ向きもあったらしい。だが映画は国内で空前の興行収入を記録し、国際的にも高い評価を得た

▲前回の東京五輪は日本人が「世界」、その多様性を初めて社会に受け入れた体験だった。よく五輪のレガシー(遺産)という。五輪による「世界体験」は、世界の多様性とのかかわり方の作法を当時なりに日本社会にしみわたらせた

▲では2020東京五輪は何をレガシーにするつもりだったのか。驚いたのは大会公式サイトの言葉である。「成熟国家となった日本が、今度は世界にポジティブな変革を促し、それらをレガシーとして未来へ継承していく」とあった

▲その自称「成熟国家」の五輪組織委員会会長の女性蔑視発言による辞任劇である。当初の続投表明は内外の世論やスポンサーの批判の集中砲火を浴び、今度は辞意を示しながら後任候補を自ら指名して世論の火に油を注いでしまった

▲日本社会の女性の地位の旧態依然や、組織運営の不透明をさらけ出した一連のすったもんだだった。危ぶまれる開催に先がけてネガティブな現実を露呈し、世界に変革を促された2020東京五輪である。



森会長辞任と後継人事 旧弊を改めていく契機に(2021年2月13日配信『毎日新聞』-「社説」)

 女性蔑視発言をした東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞任した。

 女性の尊厳を傷つけた責任は重い。あらゆる差別を禁じた五輪憲章や「多様性と調和」を掲げる大会の理念にも反する。辞任は当然であり、遅すぎる判断だ。

 組織委の評議員と理事を集めたきのうの緊急会合で、森氏は「大会の諸準備に私がいると妨げになる」と辞任の理由を述べた。

 だが、問題になった「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」などの発言について、「解釈の仕方だ。意図的な報道もあった」と話した。事の本質を理解しているとは思えない。

事態動かした市民の声

 辞任に追い込んだのは、市民の声である。

 森氏は謝罪と発言撤回のみで済ませ、辞任を否定していた。組織委や国際オリンピック委員会(IOC)も当初は続投を容認し、自浄能力を欠いた。

 しかし、インターネット上では「#わきまえない女」などのハッシュタグをつけた投稿で抗議の声が広がった。

 ボランティアや聖火ランナーの辞退が相次ぎ、組織委や東京都へのメールや電話での抗議はやまなかった。最後はスポンサーやIOCまでもが見切りをつけた。

 東京大会は、男女平等の実現を含む「SDGs(持続可能な開発目標)」への貢献を掲げている。森氏の発言は、主催者のトップとして明らかに理念をないがしろにしたものだ。

 問題は組織委だけにとどまらない。森氏の発言をめぐる一連の出来事は、異論に耳を貸さず、内輪の論理で動くことが多い日本社会の古い体質をもあぶり出した。

 男性中心の組織で、波風を立てず、問題が起きても目先の安定を優先する傾向が強い。その一端が明らかになった。

 この問題をきっかけに、日本社会の旧弊が改められ、多様な意見や立場の違う人々を尊重する共生への意識が高まることが期待される。五輪やパラリンピックは、そうした価値観を世界の人々と共有する場でもある。

 そもそも、森氏というトップの下でなぜ組織委が運営されてきたのかを検証する必要もある。

 森氏が日本体育協会(現・日本スポーツ協会)と日本ラグビー協会の会長に就任したのは、2005年のことだ。

 バブル崩壊後、民間資金に頼れなくなったスポーツ界は財政的に困り、選手強化を進めるうえで国からの補助金を当てにした。

 そんな中で政治家たちが地歩を占めていった。中でも森氏は、スポーツを管轄する文部行政に影響力を持つ自民党「文教族」の重鎮だった。

 その結果、物言えぬ閉鎖的な雰囲気が生まれた。非民主的で透明性を欠いた運営も目に付くようになった。

 招致活動では裏金を使って票を集めた疑惑が浮上し、招致委員会の理事長を務めた日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長が会長の座を退いた。

 代わりにJOC会長に就いた山下泰裕氏は理事会を非公開にして、議論を密室化した。

 新型コロナウイルスの感染拡大をめぐる大会の延期は、政治の思惑も絡んで安倍晋三前首相が主導し、森氏ら一部のトップだけで決まった。

密室人事は許されない

 安倍政権の意を受けて元首相の森氏が会長に就任したのは、スポーツへの政治介入そのものだった。にもかかわらず、森氏の問題が起きると、菅義偉首相は深入りを避けた。

 後継人事でも古い体質が露呈した。森氏は気脈を通じた元日本サッカー協会会長の川淵三郎氏に後任会長への就任を要請した。

 しかし、問題を起こして辞める森氏が正式な手続きも踏まず、「密室」で次の会長を決めることなど許されるはずはない。

 会長は理事の互選で選ばれる。このルールを無視した手法に異議を唱える声があることを察知し、川淵氏は一転、受諾を撤回した。後任選びは白紙に戻った。

 組織委では透明性が不可欠だとして、アスリートを含めたメンバーで新会長の候補者検討委員会を設置するという。民主的で公正な手続きが欠かせない。

 会長の交代だけで済む話ではない。組織委はこの問題を立て直しにつなげなければならない。



五輪会長辞任 森氏の決断遅れが混乱広げた(2021年2月13日配信『読売新聞』-「社説」)

 不適切な発言で、日本のイメージを損ねた責任は極めて重い。辞任の決断は、遅きに失したと言わざるを得ない。

 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が、失言の責任をとって退く考えを表明した。組織委の緊急会議で「私がいることで、準備の妨げになってはいけない」と語った。

 3日の日本オリンピック委員会(JOC)の会合で、森氏は「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と述べた。翌日に撤回する一方で、会長職にとどまる意向も示していた。

 森氏の発言は、日本は性差別の残る時代遅れな国だ、という印象を国際社会に与えてしまった。五輪の運営を担う立場として、自覚を欠いていたのは明らかだ。

 当初は不問に付そうとした国際オリンピック委員会(IOC)は、態度を一変させ、「絶対的に不適切だ」と非難する声明を出した。選手やスポンサー企業からの批判が強まったためだろう。

 組織委が森氏を続投させようとしたことなど、大会関係者の判断も理解に苦しむ。また、菅首相は森氏の発言について「国益にとって芳しくない」と述べながら、進退に関わろうとしなかった。

 組織委は、東京都とJOCが設立した法人とはいえ、国を挙げて取り組む大会の運営主体だ。

 政府と組織委は、東京都と協力して国内外の信頼回復に努めねばならない。社会全体で女性の登用を進めていることを、粘り強く発信していく必要がある。

 森氏は川淵三郎・日本サッカー協会相談役に後任を打診し、川淵氏もいったん受諾したという。

 会長ポストは本来、理事会で選任する仕組みだ。手順を無視して森氏が後継者を指名したことに対し、与党からも「密室」での決定になるという批判が出た。

 川淵氏はその後、辞退し、後任は白紙になっている。組織委の不手際で、混乱が一層広がっているのは残念でならない。

 森氏が7年間、組織委のトップとして果たしてきた役割は大きい。IOCとの調整や、新型コロナウイルスの流行による開催計画の見直しなどに尽力してきた。

 そうであっても、森氏が後継を指名するのは筋が違う。組織委は後任会長の選考委員会を設けるという。様々な意見を踏まえ、透明性のある形で決めるべきだ。

 五輪を実現するまでの課題は、山積している。組織委は早急に体制を立て直し、安全な大会への道筋を示してもらいたい。



物言えば唇寒しの不寛容な日本社会(2021年2月13日配信『産経新聞』-「産経抄」)

「男はとんかつだと思っている」。文芸評論家で慶大教授の福田和也さんは、週刊誌『サンデー毎日』の昨年12月6日号で説いていた。若い頃から大のとんかつ好きである福田さんは、「とんかつの食べ方で男の度量が測れると信じている」のだそうである。いわく言い難い説得力がある。

 ▼まさか「それでは女はとんかつではないのか」と怒りだす人はいないだろうが、性別・性差に触れることすら躊躇(ちゅうちょ)する世の中になってしまった。うかうかと「女性はロースカツよりヒレカツを好みがちだ」などと口に出せば、偏見だの性差別だのと指弾されはしないかと不安になる。

 ▼東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長辞任に追い込まれた森喜朗元首相は、どんな発言で女性蔑視だと批判されているのか。要は「女性は話が長い」と軽口をたたいたことである。公人としては不適切でも、五輪憲章がうたう「人権」や「男女平等」に反するとまでいえようか。

 ▼森発言は看過できずとも、政府・与党やスポーツ界から森氏擁護の声が聞こえないのも無情に思える。「肺癌(はいがん)の身で海外出張しIOC(国際オリンピック委員会)との関係を構築。(中略)今回、森氏の功績を語らない五輪関係者に絶句」。舛添要一元東京都知事のツイッター投稿が、物言えば唇寒しの不寛容な日本社会を表す。

 ▼6日の小欄でマスコミが一斉に森氏攻撃に熱狂するさまを「集団いじめ」と評したところ、「正当な批判をいじめと矮小(わいしょう)化するな」とお叱りを受けた。だが、謝罪した相手を追い回し続けるのは趣味が悪かろう。

 ▼ましてや野党女性議員らが、米婦人参政権運動にちなみ白いジャケットを着てはしゃぐ姿は悪ノリであり、女性を色眼鏡で見る悪弊を助長しかねない。



森氏後任人事 社会の在り方変えねば(2021年2月13日配信『東京新聞』-「社説」)


 東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長後任人事が白紙に戻った。女性蔑視、意思決定や人事の不透明さなど国際社会に通用しない組織の在り方と決別しなければ、大会開催の資格はない。

 女性蔑視発言で辞任を表明した森喜朗氏の後任には日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏が浮上し川淵氏も受諾の意向を示したが、選定過程の不透明さが批判され、選考委員会を設けて一から議論する方向となった。

 看過し得ないのは森氏が川淵氏を実質的に「後継指名」した経緯だ。批判を受けて去る森氏が、気心の知れた友人に禅譲するなど、国内外の世論もスポーツ界も到底、納得できるものではあるまい。

 川淵氏も森氏を相談役に就ける意向を早々と表明するなど、発想が民意と大きくずれており、見識を疑われても仕方がない。
 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が女性の共同会長を置く案を提案したが、森氏が拒否したという。女性の任用に最後まで後ろ向きな姿勢には、あきれるばかりだ。

 森氏の女性蔑視発言を機に、森氏個人や組織委の問題点が次々と噴き出した。ただ、それらは日本社会にも同様に残る深刻な課題であることも、あらためて認識する必要がある。

 「性の平等」は、国際的に見て遅れが著しい。社会の指導的地位に就く女性の割合を「二〇二〇年までに30%」とする国の目標は達成できず「二〇年代に30%程度」と先送りされた。

 海外では、一定割合の女性を任用する「クオータ制」や男女同数にする「パリテ」が進んでいる。

 また、開かれた場での民主的な議論より、根回しや密室での意思決定を尊ぶ風潮は政界や会社など日本の至る所で見られる。権力者の独善を是認するシステムだ。

 組織委の抜本的な出直しは当然としても、森氏の発言や組織委の対応の背景には、日本社会の因習があることを見過ごしてはならない。一掃しない限り、組織や社会が真に活性化し、国際的に通用することはないだろう。

 振り返れば森氏に加え、大会招致を主導した安倍晋三首相、東京都の猪瀬直樹知事、日本オリンピック委員会の竹田恒和会長ら当時の責任者全員がスキャンダルにまみれ、表舞台を去った。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響も深刻だ。今の日本に大会を開催する余力や資格があるのか、問い直すべき時に来ている。 



森氏が辞任表明 事態の軽視が招いた迷走(2021年2月13日配信『信濃毎日新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞任を表明した。女性蔑視発言で国内外から大きな批判を受けた末である。

 「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと述べた問題だ。辞任は当然であり、遅すぎた。発言が問題視され、SNSや海外メディアなどに批判が広がっても、森氏は謝罪会見で発言を撤回しただけで、辞任を否定。居直ったように見える態度も示した。

 問題は周辺にもある。組織委幹部は森氏に留任を求めたとされ、政府は発言を批判するだけで静観した。与党幹部からは森氏擁護の発言が相次いだ。発言を撤回すれば許されると考えたのか。

 五輪憲章は性別や人種などに起因するあらゆる差別を禁じている。東京五輪・パラのビジョンも「多様性と調和」である。開催が5カ月後に迫る五輪組織委のトップとして発言は許されない。

 反差別の意識が国内外で高まる中、組織人のトップとしても見過ごせない。

 組織委には抗議が相次ぎ、ボランティアも数百人規模で辞退。有力選手や元選手らも森氏の続投を疑問視し、国際人権NGOなども批判を繰り返した。

 スポンサーからも批判が出て、当初は静観していた国際オリンピック委員会(IOC)も批判に転じた。森氏は事実上、辞任を迫られた形である。

 発言があった段階で、組織委が森氏の進退にけじめをつけるべきだった。組織委、政府、与党の女性差別に対する認識の甘さを国内外に露呈したといえる。

 辞任だけで問題は解決しない。差別は許さないという決意を組織委が発信することが欠かせない。

 それなのに後継人事は迷走した。森氏が日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏に就任を依頼。本人はいったん受諾したものの、態度を一変させ辞退した。「密室」批判が出たためとみられる。

 会長選定の権限を持つのは理事会であり、森氏にはない。発言や後継を巡る混乱は、議論を避け、根回しで物事を決める組織委の体質をあぶり出してもいる。組織委は問題の根源がどこにあるのか検証するべきだ。

 組織委は透明性の高い手続きを取る必要があるとして、後任会長の選考委員会を設置する。コロナ禍で開催が危ぶまれる中、東京五輪が国内外の支持を得るには、あらゆる差別の撤廃に取り組むことができる人物を、公開の場で民主的に選ぶ必要がある。



森会長辞任 組織の信頼回復できるか(2021年2月13日配信『新潟日報』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が12日、辞任を表明した。この日開かれた組織委の合同懇談会で森氏は「不適切な発言が原因で混乱させた」と陳謝した。

 国内外から強い批判を浴びた女性蔑視発言の責任を取るのは当然だ。むしろ、発言から10日もたってからの辞任は、遅きに失した。

 早急に組織の信頼回復を図らねばならないが、後任選びを巡る混迷など一連の経過を見ると不安が拭えない。

 森氏は3日の日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと述べた。

 森氏の発言は、あらゆる差別を禁じるとした五輪憲章の理念にもとる。大会準備を進める組織のトップにふさわしいとはいえない。

 森氏は外堀を埋められた形で辞意表明したが、当初組織委も含め何が問題かを分かっているとは思えなかった。

 それを端的に示すのが、後任の会長選びの動きだ。

 一時は森氏の要請を受けて、日本サッカー協会元会長で選手村村長の川淵三郎氏が受諾すると表明し、記者団に森氏に相談役として組織委に残るよう求めたことを明らかにした。

 辞任の意向や理由を公に述べていない段階で、森氏が後任を要請したのは「密室の後継指名」以外の何物でもない。

 トップ不適格を突き付けられた森氏が、新会長を事実上決める。さらに新会長に擬せられた川淵氏が森氏に組織委に残るよう要請する。

 まるで出来レースのようであり、極めて異様だ。

 女性蔑視に通じる、こうした古い感覚、体質こそが問題にされていることをきちんと受け止めねばならない。

 川淵氏後継が報じられる中で、会長選びに透明性確保を求める声が上がったのは当然だ。

 川淵氏が12日に一転受諾をしないとしたのは、こうした批判を意識したからではないか。

 組織委は新会長選びに向け、選考委員会を設置する方針だ。より透明性の高い手続きを取る必要があるとした。

 国民はもちろん、国際社会が納得できる人選に努めてもらいたい。五輪開幕まで半年を切る中、これ以上混迷を深めてはならない。

 新会長は五輪憲章を見つめ直し、差別の撤廃に向けどう取り組んでいくのかを具体的に示さねばならない。それが組織の信頼回復に資する。

 森氏の発言を巡る混乱の中で、失望を禁じ得ないのは菅義偉首相に収拾に動こうという姿勢が見えなかったことだ。

 「国益に沿わない」との認識を示しながらも、森氏の処遇は組織委が決めることとして距離を置いた。

 日本社会の旧態以前とした体質といえる女性蔑視発言を問題視しながらも模様眺めに終始したといっていい。首相の指導力が厳しく問われよう。



江戸時代の名奉行といえば大岡越前守…(2021年2月13日配信『福井新聞』-「越山若水」)

 江戸時代の名奉行といえば、大岡越前守と遠山金四郎だろう。片や見識に優れ威厳のある「大岡裁き」で人気。片や「桜吹雪」の入れ墨で悪人を懲らしめる庶民的な人柄が愛された

▼江戸の町には月番制で南北二つの奉行所があった。トップの奉行の下に与力と同心が配属され、市中の行政や司法を担当した。両者ともテレビの時代劇でおなじみのヒーローだから、多少脚色されている可能性がある。では、実際の奉行の評判はどうだったのだろう

▼「〈名奉行〉の力量」(藤田覚著、講談社学術文庫)に面白い記述がある。幕末の与力が自分の日記でこう書いた。「町奉行は人形。与力・同心が人形遣い。見物人は人形の奉行を見て名奉行と誉(ほ)めるが、実は人形遣いの与力・同心が奉行を上手に動かしたから」と

キャプチャ

▼つまり、奉行はお飾りに過ぎず、実動部隊の自分たちが江戸を支えている―という部下の強烈なプライド。やや誇張気味とはいえ、何とも頼もしい限りである。さて、女性蔑視発言が大騒動を招いた東京五輪・パラ組織委の森喜朗会長。責任を取ってついに辞任した

▼決まりかけていた後任人事も、森氏の後継指名に対する反発、女性や若手登用を求める世論の高まりで白紙に。五輪の行方は混迷するばかりだ。先の江戸奉行の話に倣えば、ここはトップに頼るより、部下の頑張りに期待した方が順当かもしれない。



森会長辞任/社会を変えるきっかけに(2021年2月13日配信『神戸新聞』-「社説」)

 女性蔑視発言が問題となっていた東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞任を表明した。「私がいることが準備の妨げになってはいけない」と理由を述べた。

 発言は、いかなる差別も許さないという五輪精神に反する。国内外の反発を受け、選手やスポンサーからも批判が噴出した。辞任は当然であり、遅きに失したと言うしかない。

 森氏は、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと述べた。その場でとがめる声もなかった。

 翌日、森氏は発言を撤回して謝罪したものの、辞任は否定した。組織委は会長続投の道を探ったという。

 森氏は辞任表明の場でも「解釈の仕方だと思う。多少意図的な報道があった」と弁明した。本質である人権意識の問題に真摯(しんし)に向き合ったと、国際社会が受け止めたとは思えない。組織委や、事態収拾の動きを見せなかった政府の責任は重い。

 新型コロナウイルスの感染拡大で五輪の開催への慎重論が広がる中、新会長には組織の立て直しと難しい開催準備の手腕が問われる。

 後任候補に日本サッカー協会の川淵三郎元会長が一時、挙がった。同氏が辞退した後、橋本聖子五輪担当相らの名前も浮上した。

 看過できないのは、森氏が川淵氏を後継に指名しようとした点だ。突然複数の候補者名が出たのも違和感がある。さまざまな視点から、開かれた議論で適任者を決めるべきだ。

 森発言に対する反発や批判も拡大した。辞任を求める会員制交流サイト(SNS)の投稿が共感を広げ、聖火ランナーやボランティアの辞退が相次いだ。男女平等に関する日本の後進性が表面化し、それが世界に伝わった形である。辞任で問題を終わらせることはできない。

 世界経済フォーラムの2019年版「男女格差報告」によると、日本は153カ国中で121位だった。菅義偉首相は森氏の辞任を促すことを拒んだが、消極的な姿勢は、男女格差の是正に本腰を入れない政府の施策にも現れている。

 昨年末に決まった第5次男女共同参画基本計画は選択的夫婦別姓の文言を削り、当初案から後退した。女性の管理職では「20年までに30%程度」を達成できず「20年代の可能な限り早期」に目標を先送りした。

 こうした姿勢を抜本的に変えなければ、世界が日本を見る目は変わらない。開催まで半年を切った五輪の開催にも支障となる恐れがある。

 今回の問題を森氏の個人的資質やスポーツ界の体質と矮小(わいしょう)化せず、日本の社会を大きく変える機会にしなければならない。



ほんとうに余人をもって代えがたいのは(2021年2月13日配信『神戸新聞』-「正平調」)

 森喜朗氏の暴言が報じられたあと、東京五輪・パラリンピックのボランティア辞退が相次いだ。「どうしても辞めたいなら新たに募集する」。発言の主は、自民党の二階幹事長である

◆代わりはなんぼでもいると、そう聞こえた。ならばそれは「五輪のために」と手を挙げた人たちへの侮辱でもあろう。かたや「余人をもって代えがたい」。性差別の持論を展開した組織の長をかばう面々がいた

◆森さんの“逆ギレ”会見には「最も反省しているときに、逆にああいう態度を取るんじゃないか」(萩生田文科相)といった珍解説も飛び出した。なるほどそうなのかと納得した人がいたら、お目にかかりたい

◆問題発言から当人の辞任表明までにいや応なく見せつけられたのは、日本政治の中枢にでんと腰を下ろした“実力者”たちと市民や国際社会とのあいだに横たわる人権意識の溝である。その絶望的な深さである

◆福島県で一人の聖火ランナーが辞退を申し出た。原発事故で傷ついた町を走って元気づける。そんな自分の夢より、いまは反差別の意思を示したいという。福島も差別に苦しんだからと、胸中を語っておられる

◆ほんとうに余人をもって代えがたいのは、気高い五輪精神を持つこういう人だろう。どれだけつらかったか。



森会長の辞任 体制刷新で信頼回復図れ(2021年2月13日配信『山陽新聞』-「社説」)

 女性蔑視ともとれる発言の責任をとって、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が12日、辞任の意向を正式に表明した。国内外で高まる辞任要求に追い詰められた形だ。当然の判断だが、遅きに失した感は否めない。

 森氏は組織委の評議員会、理事会の合同懇談会で、「私の不適切な発言で混乱をきたし、ご迷惑をおかけして申し訳ない」と辞意を表明。自らの存在が、大会をきちんと開催する妨げになってはならないとも語った。

 問題となったのは、日本オリンピック委員会(JOC)の女性理事の任用拡大を巡って「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などの発言である。翌日、森氏は「五輪・パラの精神に反する不適切な表現だった」と撤回して謝罪したが、辞任については否定。当初は、JOCや組織委からも辞任を求める声は出なかった。

 森氏は、2014年の組織委発足時から会長を務めてきた。元首相としての政財界の人脈と調整力を生かして、大会の準備をけん引してきた功労者ではある。だが、今回の件は世界の国々に、日本が男女平等に後ろ向きな国との印象を与えた。多様性と調和を掲げる大会の「顔」として見過ごせない失態だった。

 批判の“包囲網”が流れを変えたと言えよう。相次ぐ抗議の電話やボランティアの辞退、アスリートからの苦言。さらにはスポンサー企業や、国際オリンピック委員会(IOC)の収入を支える放送局などからの圧力もあって、いったん「問題は決着した」としていたIOCも、一転して「完全に不適切」と態度を硬化させた。

 批判が収まらなかった原因には、森氏の謝罪が発言の撤回だけで、反差別意識が高まる社会では許されない言動だったとの認識が感じられない点が挙げられよう。それを容認する組織委など関係機関や政府への憤りもある。

 東京五輪の開幕まで、すでに半年を切った。コロナ禍の対応に追われる中で、大きく損なわれた信頼を回復する道は険しい。会長の交代だけで済ませるのではなく、浮上した国際社会の疑念の払拭(ふっしょく)に一丸となって取り組まなければならない。

 そのためにも、後任会長の人選の在り方が重要だ。きのうの組織委の会合では、アスリートを中心にした選考委員会を設置することを決めた。

 一時浮上した日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏は辞退した。森氏による後継指名であることや、組織委に森氏の影響力が残ることが疑問視された。透明性の高いプロセスで人選を急ぎ、再出発を目指すべきだ。

 選手が輝き、五輪の精神を踏まえて人々を沸き立たせる大会にするにはどうすべきか。組織委は、早急に体制を立て直すとともに、「変革」のメッセージを強く打ち出さねばならない。



森会長が辞任表明 体制立て直しと信頼回復が急務(2021年2月13日配信『愛媛新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞任を表明した。女性蔑視発言に対する国内外の批判が高まり、退任に追い込まれた形だ。

 森氏は発言を撤回して謝罪したものの辞任は否定していた。しかし男女平等をうたう五輪の精神に反する発言であり、大会の最高責任者として失格で、辞任は当然だ。発言から1週間以上過ぎており、遅きに失したと言わざるを得ない。

 辞任表明のあいさつで森氏は「私の不適切な発言が原因で大変迷惑をお掛けした」と述べ、「五輪開催の準備に私がいることが妨げになってはならない」と理由を説明した。

 新型コロナウイルスの影響で史上初めて延期となった五輪は開幕まで半年を切っている。世界的感染拡大で開催に懐疑論も出ており、開催可否の最終判断も迫られる重要な時期である。組織委は一丸となれるよう体制を早急に立て直し、国内外からの信頼を回復するよう全力を尽くさなければならない。

 組織委は森氏の発言後、続投を前提に事態収拾を図ろうとしたようだ。森氏が理事を前に謝罪し、新たに男女共同参画プランを打ち出すという筋書きもあった。幹部には、いずれ世論が収まるという読みもあったという。発言の問題の本質が認識できておらず、明確な責任を取らないまま、やり過ごそうとした姿勢は看過できない。

政府、与党の対応は消極的だった。首相は、森氏の発言自体は「あってはならない」と強調した。だが積極的に問題を解決しようとはせず、批判の矛先が自らに向かうことへの警戒感が見え隠れする。自民党の二階俊博幹事長は森氏の続投を支持する考えを示した。発言について「撤回したことだし、問題はない」と述べ、ボランティア軽視と取れる失言もあった。事態の深刻さが分かっていない。

 結局、森氏の謝罪の場で取った横柄な態度が逆効果となり、世論の反発を招く。選手らから非難する声が上がり、ボランティアや聖火ランナーの辞退も相次いだ。厳しい経済情勢の中で協賛金の追加負担を受け入れたスポンサー企業からも批判が続出した。組織委の認識の甘さが状況を悪化させたのであり、問われるべき責任は大きい。

 国際オリンピック委員会(IOC)は当初、「森会長は謝罪した。この問題は決着したと考えている」と不問に付す見解を示していた。しかし、各方面から非難の声が噴出したことを受け、森氏の発言は「完全に不適切だ」とする声明を発表し、批判に転じる。IOCの後押しがなくなり、森氏は辞任を決断せざるを得なかったのだろう。

 今回の混迷によって、国内の五輪機運の低下が懸念される。国際的には日本の男女平等に対する意識に疑念を持たれ、開催資格が問われている。組織委は新体制の下、多様性を尊重する強力なメッセージを国際社会に発信してもらいたい。



森氏辞任(2021年2月13日配信『愛媛新聞』-「地軸」)

 東京五輪マラソン・競歩の札 幌移転の舞台裏を1年前の月刊 誌「文芸春秋」で、森喜朗氏が 赤裸々に語っていた。実現に奔走した張本人としてである

▲暑さを懸念した国際オリンピック委員会(IOC)は2019年10月、札幌移転方針を固めた。森氏は週3日、人工透析する体にむち打って、自ら北海道に飛び、要所要所での根回しに入る。IOC幹部に急かされ、機嫌が悪い都知事の理解を得る努力も惜しまない

▲「私でなきゃできなかったとは言わない」と前置きしつつ、誇らしげに続ける。「バッハ(会長)、コーツ(調整委員長)、政府や党、議会などへは電話で話ができる関係がないと、まとめることはできなかったでしょうね」

▲森氏が女性蔑視発言の責任を取り、東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の辞任を表明した。発言の撤回、謝罪後も収まることがない批判の嵐に追い詰められた

▲遅きに失した退場であり、政権や大会関係者が本人に引導を渡せなかったことは見過ごせない。大会理念の多様性や調和の危機に正面から向き合おうとしたとも思えなかった。札幌移転のようなややこしい処理を頼ってばかりだったためか。擁護や沈黙を重ね、かえって傷口を広げただけである

▲開幕まで半年を切ったこの時期での大混乱。森氏が去っても一件落着とならず、傷ついた五輪価値の修復の道筋も見えない。国際社会が納得する大会がますます遠のいていく。



森会長辞任へ 五輪への信頼を取り戻せ(2021年2月13日配信『西日本新聞』-「社説」)

 事の重大さに対する認識を欠いたまま迷走を続け、表舞台から退場することになった。

 女性蔑視発言に対する批判が高まっていた東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞任に追い込まれた。

 東京大会は今、新型コロナ禍の影響で開催自体に黄色信号が点滅し、組織委には難しいかじ取りが求められる。開幕5カ月前という時期のトップ交代で混乱も避けられまい。

 ただ今回の問題は、あらゆる差別を許さないという五輪の理念に関わるものだ。森氏の辞任は当然だろう。むしろ遅すぎたとさえ言える。

 問題の発言があったのは今月3日のことだ。森氏は謝罪会見を開き、組織委や政府は早々の幕引きを意図していたようだ。

 ところが国内外の反発は収まるどころか逆に強まった。ボランティアや聖火ランナーの辞退が相次ぎ、スポンサー企業からも批判が噴出した。謝罪会見による問題決着を容認していた国際オリンピック委員会(IOC)も「発言は完全に不適切」との声明を出し、流れが決した。

 ここで押さえておかねばならないのは、組織委の自浄作用の結果として、森氏が辞任を選択したとは言い難い点だ。

 森氏は当初、辞任を考えたが周囲が慰留したという。森氏だけでなく組織委や政府も時代に逆行した発言の深刻さを甘く見た。外圧に押されたかのような辞任劇は日本スポーツ界の閉鎖的で権威主義的な体質を浮き彫りにした。後任会長に一時、川淵三郎日本サッカー協会元会長が浮上した経緯も不透明だ。

 組織委はトップ交代を機に、組織の在り方や意識の改革に取り組まねばならない。とりわけジェンダー問題での改善策をまとめ、国内外に明確なメッセージを発する必要がある。それを世界が注視している。後任会長の選定については、女性や若手の起用も含めて透明性のある論議と手続きが不可欠だ。

 新会長が率いる組織委には、コロナ禍の下での安全な大会という課題がある。その前に、失われつつある国民の大会への共感と信頼を取り戻さねばならない。最新の世論調査では、五輪の「中止」「再延期」を求める人が計8割を超えている。

 こうした混乱時こそ、多くの人をまとめられる原点やそれに基づく行動が重要だ。改めて大会の基本コンセプト「多様性と調和」の具現化を考えたい。

 東日本大震災の後、世界から受けた支援に感謝し、復興をアピールする「復興五輪」も原点だったはずだ。そこに立ち返って後世に何を残すかを明確に示し、国内外の共感を得ることが再スタートの起点になる。



森組織委会長辞任(2021年2月13日配信『宮崎日日新聞』-「社説」)

◆多様性の尊重改めて発信を◆

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が12日、辞任を表明した。自身の女性蔑視発言を撤回、謝罪し、続投の意向を示していたが、国内外から強い反発を受け退任せざるを得なくなった。多様性や男女平等の精神に対して、国際社会の疑念を招いた責任は重大だ。ジェンダー平等への取り組み強化が求められる。

 五輪は世界で最も親しまれている社会的なイベントであり、その組織委は進化する社会の価値観に敏感でなければならない。後継候補には橋本聖子五輪相が浮上しているが、より透明性を図るため後任会長を選ぶ選考委員会が設置される方針だ。新体制は新型コロナウイルス感染症への不安も抱える市民とアスリートの声に耳を澄ませ、信頼回復に力を尽くしてほしい。

 「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などの森氏発言は多くの人の失望を呼び起こした。謝罪会見からは真摯(しんし)に反省する姿勢が全く感じられなかった。組織委と東京都には抗議が殺到。大会ボランティアは次々に活動の辞退を伝え、インターネット上では退任を求める署名運動も広がった。

 ドイツをはじめ欧州各国の在日大使館などからはツイッターで「黙っていないで」「男女平等」を意味する英語のハッシュタグ(検索目印)付きで意見表明が相次いだ。

 こうした反応を森氏や組織委側が深刻に受け止めていれば、退任時期は早まっていただろう。協賛企業が不買運動に発展することなどを恐れ、批判の声を上げ始めたことで辞任に傾いた印象は否めない。国際オリンピック委員会(IOC)は当初、森氏の発言撤回と謝罪で「決着した」と不問に付す構えだったが、「完全に不適切だ」との声明を出し直した。拡大する批判に押された感がある。

 森氏は、女性の社会進出が加速する歴然たる流れがある中で耳を疑う発言を行った。しかし、五輪精神を体現しなければならない組織委の理事会メンバーからは退任要求は出てこなかった。個人の資質の問題だとしても、組織の健全性を問われかねない。理事会が仮に、民主的で活発な議論を進める組織ではなく、既定路線に沿って話が長くならないよう、森氏が言う「わきまえて」審議する体質だとすれば猛省すべきだ。

 一人のリーダーの時代錯誤も甚だしい発言によって、五輪の本質的な価値や意義が傷つけられるようなことがあってはならない―。多くの批判が巻き起こったのは、裏を返せば、こうした思いが広く共有されたからだろう。開幕まで半年足らず。新しいリーダーは多様性の尊重を改めて誓う必要がある。



森会長辞任(2021年2月13日配信『宮崎日日新聞』-「くろしお」)

 ことわざの「女三人寄れば、かしましい(やかましい)」。かしましいは、漢字にすると「姦しい」。見た通り「女」が3人集まった形だ。「三人」の「三」は「たくさん」を象徴しているという説もある。

 「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」。今では使われない冒頭のことわざに輪をかけたかのような、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長の発言。大問題となったが、もしこれが1964年東京大会での発言だったら…。

 もちろん物議は醸しただろうが、ここまでにはならなかっただろう。今回のことを昔の感覚で見ていた人もいたかもしれない。「そんなに目くじらを立てなくても」と。しかし、海外の反応が物語っているように、今はもうそのような差別的言動が許される時代ではない。

 そのことを改めて知らしめたことは、皮肉にも今回の騒動の意義であったか。「姦」を構成する三つの「女」を全て「男」に置き換えた実在しない文字を想像してみた。なんだか「辞任コール」を浴びている”大物”男性を「余人をもって代え難い」として他の男性たちが下から支えているようだ。

 組織委や政権には森氏擁護や静観の姿勢、さらに続投に向けた動きすらあったが非難の嵐に耐えきれなかった。その結果、自浄能力を欠いた国内の対応に国内外の世論が”打ち勝った証しとしての辞任劇”であるかのような後味の悪いものとなってしまった。



五輪組織委迷走 民主的手続きを尊重せよ(2021年2月13日配信『琉球新報』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の迷走が続いている。女性蔑視発言の責任を取って、12日に森喜朗氏が会長辞任を表明したものの後任は決まらなかった。

 森発言を受けた混乱からは日本のあしき慣習が浮き彫りになった。議論を軽視してトップダウンや根回しを図る。責任の所在を曖昧にする。密室協議による権力委譲。外圧がなければ自浄作用も働かないといった出来事だ。

 後任会長には橋本聖子五輪相らの名が挙がっているが、現状では誰が会長に就任しても国際的な信用は得られまい。組織委に必要なのは、開かれた議論ができる、民主的手続きを尊重する体制を築くこと以外にない。

 女性蔑視発言以来、森氏の意識のありようが取りざたされたが、個人の問題で終わらせては教訓が残らない。

 「文科省がうるさく言う」から女性を登用するが、会議に「時間がかかる」。発言機会が少ない人物は「わきまえて」いる。森発言の根底には、意思統一や方針決定から異論を排除する論理がある。

 声を上げるとされた対象が今回は「女性」だったが、安保法制論議の際は若者をはじめとする危機感を持つ人々であり、日本学術会議の任命問題では「学者」であった。

 権力者にとって異論と判断されれば、それを認めない日本社会の在り方が問われる。

 森氏が謝罪した後も政府は任命権がないと関与しなかった。しかし菅義偉首相は組織委の最高顧問である。

 日本オリンピック委員会(JOC)だけでなく、国際オリンピック委員会(IOC)ですら、一時は謝罪したから不問の立場を取った。組織委は謝罪会見の前に、森氏を慰留したとされる。形だけでも謝れば、いつしか人は忘れるだろうという無責任な構図が透けて見える。

 閣僚の不祥事や首相自身の疑惑など幾つもの問題にほおかむりしてきた前政権の手法と通じるものがある。

 そうした「日本的慣行」に異議を唱える国民の声は果たして政府や組織委、JOCに届いていただろうか。確かに森氏の功績はあったのだろうが、五輪憲章と相いれないトップを容認する日本を国際世論は許さなかった。

 IOCが一転して「(発言は)完全に不適切だ」と対応を変えたのは、大手スポンサーの圧力があったとみられる。

 辞意を表明した森氏が後継に初代Jリーグチェアマンなどを務めた川淵三郎氏を推そうとしたのも時代錯誤としか言いようがない。

 小渕恵三元首相の急死により、森氏が後継首相に選ばれたのは自民党幹部「5人組」による密室協議だった。そのような手法が国際的な信用が必要な組織で通じると思ったのだろうか。

 透明性が必要なのはトップ人事だけではない。平和の祭典を運営するにふさわしい組織の在り方が求められる。



[森氏後継人事混迷] 透明性の確保が前提だ(2021年2月13日配信『沖縄タイムス』-「社説」)

 日本が性差別の解消に後ろ向きであることを世界に印象づけ、批判の高まりに追い込まれた末の辞任となった。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が自らの女性蔑視発言の責任を取り辞任を表明した。

 組織委の理事会と評議員会の合同懇談会の場で「私がいることが五輪開催の準備の妨げになってはいけない」と述べ、陳謝した。

 問題となった森氏の発言は、いかなる差別も認めないとする五輪憲章の根本原則にも、大会が掲げる「多様性と調和」のコンセプトにも明らかに反する。

 辞任は当然であり、むしろ遅すぎた。トップとしての資質にノーを突き付けられ、森氏個人のみならず組織委への信用をも失墜させたからだ。

 あぜんとさせられたのは森氏の後任選定を巡る動きだ。当事者として引責辞任する森氏が、自身の後任を「指名」し、本人同士で調整が進められていたのである。

 指名通りになれば森氏が相談役に就任し、組織への影響力が残る可能性もあった。それでは何のための辞任なのか分からない。

 選定過程が不透明だと政府の指摘を受け白紙に戻ったが、当然だ。密室での人選は、公益財団法人である組織委を私物化するものである。社会の理解は得られない。

 政府の対応も後手に回っている。菅義偉首相は、発言を「国益にとって芳しくない」と断じながら、組織委の人事は動かせない、と静観していた。指導力の欠如が混乱に拍車をかけた。

■    ■

 「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」など一連の発言があったのは、3日の日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会の席上だった。

 ジェンダー平等の観点から、スポーツ界を含め、あらゆる分野で意思決定層に女性が増えることが求められている。その潮流を否定的にとらえた森氏の発言に対し、社会の反発は大きかった。

 組織委や東京都には抗議が殺到し、大会ボランティアの辞退が相次いだ。インターネット上では森氏の「処遇の検討」を求める署名運動が広がった。

 発言に対する怒りや失望、黙ったままでは賛同するのと同じだという思いが、多くの人たちを行動に駆り立てた。

 その結果、大会を資金面で支える国内外の協賛企業も「価値観が異なる」などと批判した。当初は不問に付した国際オリンピック委員会(IOC)も一転して「完全に不適切」との声明を発表したのだ。

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 森氏の辞任で問題は終わりではない。会議で発言をとがめる声はなかった。傍観者だった参加者全員が重く受け止めなければならない。

 7月に予定される五輪開幕まで半年を切り、重要な段階に入っている。組織委は失墜した信頼を取り戻すためあらゆる差別を許さぬ姿勢を目に見える形で示す必要がある。

 新会長の選定は、手続きにのっとり透明性を確保することが欠かせない。世界が見ていることを意識してもらいたい。



いまさら誰かの顔色をうかがって選ぶな(2021年2月13日配信『日刊スポーツ』ー「政界地獄耳」)

★元首相で東京五輪・パラリンピック組織委員会会長・森喜朗が辞意を表明した。ところが、事もあろうに組織委評議員会議長・川淵三郎を後継指名して影響力を残そうとして、事態は再び迷走し始める。11日に報道が出始めるころから、森の辞任を求める人たちから「なぜ83歳から84歳に指名されるのか」との正論が聞かれた。その川淵は就任前からその気になって「森を『相談役』にする」など調子に乗り始めた。

★無論、これから手続きを踏むわけだが、「(辞任する)森が指名する立場なのか。それでは院政を敷くだけではないか」といぶかる声や、過去のアジア諸国への露骨な蔑視発言などから歴史修正主義、スポーツ根性論などを問題視する声もある。一方、関与するすべを持たない官邸は「若い女性はいないのか」と打診するなど、こちらも問題が起きたので女性にしようというステレオタイプというのか、事態の深刻さを理解しない対応が続いた。

★つまり、本当に5カ月後に開催する東京オリンピック(五輪)・パラリンピックの複雑な問題の整理、コロナの問題、スポーツ界のセクハラやパワハラの撲滅など、人格的にも実務的にも総合的な人材を探して川淵の名前が出てきたのだろうかという問いに答えを持つ人がいない。森が推薦したとか、IOCがいいと言っているとか、スポンサーが納得しているなどとして責任ある人選をしていない。にもかかわらず、名前が先行して白紙に戻るこのやりとりが世界から笑われているという現実からスタートしなければならない。今のままでは「なんでもいいから体裁を整えろ」と言っているのと同じだ。

★森の辞任はスポンサーが難色を示し始め、信頼していた国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長に手のひらを返されたことからの迷走でもある。だが、この段階で人材が皆無であることを憂うべきだ。五輪の実現か中止かの判断を全体を見回して判断し、いずれの決断をしても残務処理まで付き合える人材が必要なのだ。いまさら誰かの顔色をうかがうだけで選ぶ必要はない。



森氏の会長辞任(2021年2月13日配信『しんぶん赤旗』ー「主張」)

辞めただけで問題終わらない

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞任を正式に表明しました。女性差別発言から9日も居座り続けるなど、あまりに遅すぎます。しかも、批判を浴びて辞任する張本人が後任を指名する動きが表面化し、さらに世論の批判を招きました。森氏と周辺が問題の根本を理解していないことは明らかです。

追い詰めた女性たちの声

 辞任表明した12日の森氏の発言も、反省と謝罪は皆無でした。「大事なことは7月のオリンピックをすること。その妨げになってはいけない」と苦渋の決断を装う一方、「意図的な報道があった」「女性蔑視と言われたが、私は女性をたたえてきたし、男性より余計に発言してもらうように進めてきた」などと述べました。

 「女性を増やす場合は発言時間の規制を促しておかないとなかなか終わらないので困る」などの発言が、民主主義の根幹にも関わる、明らかな女性蔑視、女性差別の発言であることを最後まで認識できないのは深刻です。

 SNS上でも街頭でも、女性たちの怒りが沸き起こりました。新日本婦人の会は組織委宛てに抗議文を出し、ツイッターや街頭スタンディングなど行動を広げ、NHKなどが報道しました。多様な分野の女性たちが、「どの世界にも“森さん”はいる」「私もわきまえさせられてきた」などと実感を込めて発信し、共感を広げました。

 各国大使館や国際団体の女性たちからの「沈黙しないで」とのメッセージにも激励され、日本の女性たちの行動はさらに広がりました。11日には、性暴力を許さないフラワーデモが全国で取り組まれ、「性暴力と性差別は同根だ」と、森氏の差別発言への抗議の場となりました。「沈黙は容認すること」と、アスリートや男性たちからも意見表明が相次いでいます。

 声を上げている人は共通して「辞任で一件落着とはならない」と語ります。今回の事態を、日本社会の構造的なゆがみをただし、ジェンダー平等社会をつくる契機にしていかなければなりません。

 菅義偉政権は、森氏を擁護し、続投を模索し続けました。国会で姿勢を問われた菅首相は、「公益団体のことだから」と人ごとのように述べました。しかし、首相は組織委員会の顧問会議の最高顧問・議長で、「顧問会議は当法人の運営に助言ができる」と規定されています。辞任を求めなかった責任は免れません。政権と自民党の人権無視の体質が問われます。

 新型コロナ禍の中、女性に負担と矛盾が集中しています。その支援を欠いたまま、オリンピック開催ありきで走り続ける一方で、女性蔑視を擁護した政権の姿勢は大問題です。日本はジェンダーギャップ指数で153カ国中121位、政治の分野でみると144位の低位です。意思決定の場に占める女性の割合の異常な低さが、日本社会の重しになっています。

多様な声が未来をつくる

 ネット署名を呼びかけた20代女性は、「変えようとしている人もいっぱいいることがわかった。社会をアップデートしていきたい」と語ります。今回の事態は、日本の構造的な闇を明らかにしたとともに、自分の言葉で声を出し、行動することの大事さを示しました。未来をつくるのは、まぎれもなく多様な一人ひとりの声です。



己の立場を知れ―(2021年2月13日配信『しんぶん赤旗』ー「潮流」)

 己の立場を知れ―。英語ではこんな意味合いを含んだ言葉だそうです。歴史的にも差別として認識されてきた表現であると。東京五輪・パラリンピック大会の長として森喜朗会長が口にした「わきまえる」です

▼日本の辞書には「物事の道理をよく知っている」。また、自分が置かれている立場から「すべき事とすべきでない事とのけじめを心得る」との解釈も。彼の発言にちなんだ「わきまえない女たち」は抗議活動のキーワードにもなりました

▼批判の声はひろがり、森会長の処遇の検討や再発防止、女性理事の割合を増やすことを求めたネット署名は目標の15万人に達する勢いです。世論はうねり、いまだに性差別が色濃い日本の組織や社会のあり方を問うまでに

▼遅きに失した、きのうの辞任表明。余計なことをいった、解釈のちがい、意図的な報道…。長々としゃべった森氏から出てきたのは自身の功績と、問題の本質を理解しようともしないぐちばかり。それなのに、組織委の理事らが集う場からは拍手も

▼周りが騒ぐからと反省のない謝罪や撤回、その暴言を擁護し、沈黙する周りの人間。日本社会にひそみ、くり返し現れる「わきまえろ」の偏見や圧力。それはスポーツに限らず、とくに政権のごう慢な姿勢に際立ちます

▼権力者が沈黙を強いられる女性をはじめとする、さまざまな異論に耳を傾けず、排除をつづけてきた息苦しい世の中。しかしいま、それに屈しない声が大きな流れとなり、組織や社会を変える力になっています。





森会長辞任へ 五輪態勢 立て直し急務(2021年2月12日配信『北海道新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞意を固めた。きょう表明する見通しだ。後任には川淵三郎・元日本サッカー協会会長が見込まれている。

 森氏は女性蔑視発言を撤回、謝罪したが、反発は収まるどころかさらに拡大し、大会を巡る混迷が日ごとに深まっていた。

 選手やスポンサーからも厳しい声が相次ぎ、世論に押され政府・与党や小池百合子東京都知事が批判のトーンを強めた。放映権を持つ米テレビ局は辞任を求める意見記事を出した。

 追い込まれた末に、事態の収拾には身を引く以外に選択肢はないと判断したのだろう。

 この間、不信の矛先は、組織委や政府にとどまらず、早々に幕引きを図ろうとした国際オリンピック委員会(IOC)へも向き、五輪のイメージは深く傷ついた。

 遅きに失したと言うしかない。

 史上初めて延期となった五輪は、開幕まで半年を切ってトップが交代する異常事態に直面した。組織委は速やかに態勢を立て直し、信頼回復を図らねばならない。

 発端は、森氏の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などの発言だった。

 五輪が掲げる反差別や男女平等の理念に反しており、会長職にふさわしくないのは明らかだ。即座に辞任すべきだった。

 問われるのは森氏にとどまらない。菅義偉首相は森氏の進退に関し「私が判断する問題ではない」と腰が引けた姿勢に終始した。

 自民党の二階俊博幹事長らは森氏を擁護する考えを示し、日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長も「会長職を全うしてほしい」と述べた。

 不問にしようとするこうした言動は差別容認と受け取られ、世論は失望をさらに深めた。

 森発言問題は、ジェンダー(性差)の平等に対する意識が低く、長老にもの申せない日本の政治と社会のありようをあぶり出し、旧態依然とした印象を世界に与えたと言っていい。

 政府、国会、JOCは男女共同参画に真剣に取り組む姿を世界に見せる必要がある。

 コロナ禍で五輪開催への懐疑的な見方は国内外を問わず強い。米国のバイデン大統領は開催について「科学に基づいて判断されるべきだ」との考えを示している。

 再建に取り組む組織委は、IOC、都、政府と連携し、開催の可否を冷静に見極めながら、安全な大会へ準備を進めねばならない。



社会の感度(2021年2月12日配信『北海道新聞』-「卓上四季」)

 科学者の間では、行きがけの駄賃のようにして生まれる発見、発明のことを、セレンディピティと呼ぶ。自著でそう紹介したのは英文学者外山滋比古さんだった

▼カビからペニシリンを発見したフレミングのように、偶然の出来事から意味や価値を見いだす力。2010年のノーベル化学賞を受賞した鈴木章さんが言及したことを覚えている方も多かろう

▼ハプニングから画期的な進歩を成し遂げるのは、なにも科学の世界に限ったことではない。日常の出来事や当たり前の事象にも新たな気づきが隠れているものだ。要は観察者のレセプター(受容体)の感度の問題である

▼著名人の発言は時に社会の成熟度を探るリトマス試験紙となる。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性に対する差別的言及は格好の試薬となった

▼会長は発言を撤回して事態収拾を図ったが、厳しい批判に追い込まれる形できのう辞任の意向を伝えた。周辺を含めて事の重大さを理解していなかったのだろう。発言のダメージは首のすげ替えでは回復できぬほど深い

▼外山さんは日本のセレンディピティの寡少は、創造的思考への関心が充分でないからと説いた。五輪憲章に反する発言の当事者が、辞意を固めるまで1週間を要した社会をどう考えるか。海外の批判がなければどうなっていたか。頭の片隅の「?」に向き合うことは気づきの第一歩である。



森会長辞任へ/世論に鈍く遅すぎた決断だ(2021年2月12日配信『河北新報』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(83)が女性蔑視発言の責任を取り、辞任する意向を固めた。遅きに失した幕引きだ。

 東京五輪は、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で史上初めて延期となり、開幕まで残り半年を切った。感染を抑え込めるか不透明な中、今夏の開催可否を最終判断するタイムリミットが迫っている。

 組織委トップの失態が及ぼした影響は計り知れない。開催に懐疑的な見方が広がっており、五輪への国民の期待がさらにしぼみかねない。

 後任は日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏(84)が就くとみられる。政府と組織委、開催地東京は国内外の信頼を取り戻すため、一丸となって体制の再構築を急がなければならない。

 森氏は3日の日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言。翌4日に「五輪・パラの精神に反する不適切な表現だった。深く反省している」と謝罪した。

 発言を撤回したものの辞任を否定し、記者会見での態度がさらに火に油を注いだ。

 国際オリンピック委員会(IOC)は当初「この問題は決着したと考えている」と不問に付した。しかし、収束に向かわず、選手や五輪スポンサー企業から批判や苦言が相次ぎ、大会ボランティアの辞退も続出している。

 IOCが一転、森氏の発言は「完全に不適切だ」と指摘する声明を出したのは、世論の風向きを読んだからだ。

 組織委と政府は事態の収拾に動かず、責任回避に終始した。国内外から厳しい批判と不信の目が向けられているにもかかわらずだ。

 組織委は政府と別組織だとして、政府は森氏の進退について言及を避けてきた。

 菅義偉首相は森氏の発言を「あってはならない」と評したものの、「組織委は公益財団法人だから、首相として(森氏の進退を)主張することはできない」と語った。

 JOCの山下泰裕会長は「会長職を最後まで全うしていただきたい」と述べた。政府とJOCトップの発言は、女性蔑視を黙認し、森氏を擁護していると受け止められてもやむを得まい。

 森氏はスポーツ界に強い影響力を持ち、政財界との強固な人脈を生かして五輪の開催準備をけん引してきた。功績は大きいとはいえ、差別の解消に向けて取り組んできた人たちの努力をないがしろにした責任は免れまい。

 図らずも日本は男女平等の社会づくりが遅れていることを印象付けた。森氏個人の問題にとどめてはならないし、人事の刷新で済まされまい。

 国際社会の信任を得るためには、日本社会に根強く残る旧態依然の体質を直視し、改める行動を起こすことが急務だ。



海外から批判を受けたことも教訓に、改革を前に進めたい(2021年2月12日配信『東奥日報』-「天地人」)

 女性蔑視発言で国内外から批判を浴びた東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長。トップの座にとどまるようだと、日本がジェンダー平等に背を向ける国との印象を世界に与えかねない。そう危惧していたものの、辞意を固めたことで、ひとまずほっとした。

 女性蔑視とされた日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会での発言は「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」など。女性に限らず、だれもが自由に発言して民主的に議論を進めることへの理解が不十分だったのでは。

 この問題に関して最も反応が鈍かったのは政権内の政治家らであろう。開き直りともとられた森氏の謝罪会見を「最も反省しているときに、逆にああいう態度を取るんじゃないか」と擁護。大会ボランティアの辞退続出について「辞めたいなら新たに募集する」では反発が強まるばかりだ。菅義偉首相も森氏の進退には「組織委が判断する問題だ」と明言を避けた。

 当初、不問に付す構えだった国際オリンピック委員会(IOC)などのスポーツ界や、政治家がもっと早く深刻に受け止めていれば、これほど事態が悪化しなかったかもしれない。

 後任の会長が就任しても、信頼回復には相当の努力が必要だろう。さまざまな分野で女性の進出が遅れている日本。海外から批判を受けたことも教訓に、改革を前に進めたい。



【森会長辞意】1日も早い立て直しを(2021年2月12日配信『福島民報』-「論説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が女性蔑視発言の責任を取り、辞任する意向を固めた。大会開幕まで半年、本県をスタートとする聖火リレーまで50日を切っている。組織委は森発言が招いた混乱を1日も早く収拾させ、立て直しを図るべきだ。

 森会長は3日の日本オリンピック委員会(JOC)会合で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と女性を蔑視する発言をし、国内外に大きな波紋を広げた。4日の会見で「五輪・パラの精神に反する不適切な表現だった」と謝罪したが、辞任は否定していた。

 国際オリンピック委員会(IOC)は当初、森会長の謝罪で問題は終わったとしたが、9日に「完全に不適切」との声明を発表して批判した。アスリートや大会スポンサーなどからも批判や辞任を求める声が相次ぎ、発言後の5日間で、大会ボランティア約390人が辞退した。県内の聖火ランナーやボランティアにも辞退者が出るなど影響の広がりを考えれば、辞任は当然だろう。むすろ遅きに失したと言わざるを得ない。

 共同通信社が6、7両日に実施した全国電話世論調査によると、東京五輪・パラリンピックの再延期を求める人の割合は47・1%で、今夏の開催を望む人は14・5%、中止するべきだとした人は35・2%だった。一連の混乱は大会への不信感を増幅させ、大会開催の懐疑論に拍車を掛けかねない。後任には日本サッカー協会元会長で選手村村長の川淵三郎氏を充てる方向だ。組織委は「日本の顔」にふさわしいトップを早急に据え、五輪の意義と開催までの道筋を国民に丁寧に説明し、理解を得る必要がある。

 本県にとって喫緊の課題は、3月25日にJヴィレッジ(楢葉・広野町)をスタートする聖火リレーをいかに実施するかだ。組織委は「密」対策を取り実施するとしているが、実務を担う自治体からは「安全安心に行うための目安、ガイドラインを示してほしい」と切実な声が上がっている。昨年は開始二日前に延期となった。準備に当たる現場の混乱や不安を取り除くためにも、組織委はガイドラインを一刻も早く示すべきだ。

 聖火リレーは、平和・団結・友愛といったオリンピックの理想を体現し、開催国全体にオリンピックへの関心と期待を呼び起こす重要な役目を担っている。コロナ禍での難事業を成し遂げるには、まずは本県でのリレーを成功させ、機運を盛り上げていくほかあるまい。



森会長が辞意(2021年2月12日配信『茨城・佐賀新聞』-「論説」)

信頼回復に全力を尽くせ

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞意を固めた。女性蔑視発言が国内外から強い反発を受け、退任せざるを得なくなった。

 森氏は発言を撤回、謝罪し、一時は続投の意向を示していた。だが、日本の多様性や男女平等の精神に対し、国際社会の疑念を招いた責任は重大で辞任は当然だ。

 五輪は世界で最も親しまれている社会的なイベントであり、その組織委は、進化する社会の価値観に敏感でなければならない。後任会長には日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏が就任する見通しだ。新体制は新型コロナウイルス感染症への不安も抱える市民とアスリートの声に耳を澄ませ、信頼回復に全力を尽くしてほしい。

 「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などの森氏発言は怒りと失望を呼び起こし、謝罪会見からは真摯(しんし)に反省する姿勢が全く感じられなかった。組織委と東京都には抗議が殺到。大会ボランティアは次々に活動の辞退を伝え、インターネット上では退任を求める署名運動も広がった。

 ドイツをはじめ欧州各国の在日大使館などからはツイッターで「黙っていないで」「男女平等」を意味する英語のハッシュタグ(検索目印)付きで意見表明が相次いだ。

 こうした反応を森氏や組織委側が深刻に受け止めていれば、退任時期は早まっていたのではないか。組織委の活動を資金面で支える協賛企業が不買運動に発展することなどを恐れ、批判の声を上げ始めたことで辞任に傾いた印象は否めず、釈然としない思いが残る。

 国際オリンピック委員会(IOC)は当初、森氏の発言撤回と謝罪で「決着した」と不問に付す構えだったが、「完全に不適切だ」との声明を出し直した。組織委トップの交代を望む意向をにじませたものの、拡大する批判に押された感はある。

 菅義偉首相も森氏の進退について「組織委が判断する問題だ」と明言を避け続けた。首相に組織委会長に関する人事権はないが、国益にとって好ましくないというなら退任を明確に促すべきではなかったか。元首相である森氏への遠慮があったとすれば、世界的行事を担う一国の指導者の態度として疑問がある。

 森氏は、女性の社会進出を加速させる歴然たる流れがある中で、耳を疑う発言を行った。しかし、五輪精神を体現しなければならない組織委の理事会メンバーからは、退任要求は出てこなかった。個人の資質の問題だとしても、組織の健全性を問われかねない。

 理事会が民主的で活発な議論を進める組織ではなく、話が長くならないよう、森氏が言う「わきまえて」審議する体質だとすれば猛省すべきだ。

 組織委のイメージは地に落ちたが、国際的なスポーツの祭典、五輪の本質的な価値は重い。

 多くの批判が巻き起こったのは、裏を返せば、五輪の意義が一人の見識が疑われるリーダーの発言によって、傷つけられるようなことがあってはならない、との思いが広く共有されたからだろう。

 東京五輪開幕まで半年足らず。森氏に代わる組織委会長に求められるのは、万全なコロナ対策とともに、性差別と闘う姿勢を早期に打ち出し、男女共同参画を推進すると約束することだ。そして多様性の尊重を改めて誓う必要がある。(竹内浩)



森会長の辞意 心機一転の奇貨としたい(2021年2月12日配信『産経新聞』-「主張」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞意を固めた。女性蔑視ととられる発言が国内外の反発を買ったことでの引責である。

 12日の組織委評議員会、理事会の合同懇談会で正式に表明する見通しで、後任は元日本サッカー協会会長の川淵三郎氏を軸に調整している。

 森氏は招致から東京五輪に関わり、会長就任後は国際オリンピック委員会(IOC)や国内スポンサー企業などとの調整役を一身に担ってきた。

 その労は多とするが、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと述べた一連の発言は、内容もタイミングも悪すぎた。発言の方向性は五輪が目指すものとは明らかに正反対であり、新型コロナウイルス禍で五輪の開催そのものが危ぶまれる中での舌禍だった。

 五輪は人々に愛されてこその祝祭であり、自らがその阻害要因となってしまっては、辞任の判断もやむを得なかったろう。

 五輪への期待は落ち込みが激しい。その最たる原因はコロナ禍への不安だが、緊急事態宣言の効果もあり、幸い、感染は収束に向かいつつある。ワクチンの接種開始も近い。

 森氏の辞任を無駄に終わらせてはならない。会長の交代を心機一転の奇貨とするには、スポーツ界を代表する川淵氏は適任といえるだろう。Jリーグを創設し、日本バスケットボール協会の内紛を収めた剛腕に期待は大きい。

 1964年の東京五輪ではサッカー日本代表のフォワードとして8強入りを牽引(けんいん)した。今も国立競技場で味わった開会式の感動を熱く語る。組織委では評議員を務め、五輪開催に向けての熱意、決意を発し続けてきた。

 ただ、川淵氏は森氏より1つ年長の84歳であり、体調の不安もある。昨年2月、東京五輪選手村の村長に就任が決まった際には「人生最後の大役」と述べていた。組織委会長となれば、さらに大きな負担をかけることになる。

 これまでもスポーツ界は、ことあるごとに川淵氏の存在を頼ってきた。いつまで頼り続けるつもりなのか。後任に川淵氏の名が挙がることは、半面、スポーツ界に次代の後継者が誕生していない証しでもある。

 ここでもスポーツ界には、猛省を求めなくてはならない。



森会長辞任へ 遅きに失した判断だ(2021年2月12日配信『東京新聞』-「社説」)

2021年2月12日 05時00分 (2月12日 05時00分更新) 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞意を固めた。女性蔑視発言での引責だが、遅きに失した判断だ。開幕まで時間が限られる中、一層の緊張感が必要な再出発となる。

「理事会での森会長の処遇の検討を求めます」(元陸上選手の為末大さん) 

「He must go(彼は去るべきだ)」(米NBC)

 女性蔑視発言から一週間、森氏への批判は国内外で日増しに高まった。一度は続投を表明した森氏自身も、民意とのズレや国際感覚の欠如をかみしめたことだろう。大会の最高責任者としては失格であり、辞任は当然だ。

 辞任のきっかけとなったのは、競技団体の女性理事の任用拡大を巡り「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と述べたことだ。女性蔑視と批判され、翌日に謝罪して発言を撤回したものの、任用拡大には後ろ向きの姿勢を崩さなかった。

 女性の性被害を告発する「#Me Too」運動の広がりなどを受け、社会が女性の声を受け止めようとしている。国連は持続可能な開発目標(SDGs)で「ジェンダーの平等」を打ち出し、国際オリンピック委員会(IOC)も五輪憲章で性差別を禁じている。

 森氏の発言は女性蔑視にとどまらず、開かれた場での議論を尊ぶ民主的なルールに反する内容でもあり、二重に許されなかった。

 そんな森氏を組織委幹部が慰留し、会長選定権限を持つ理事からも辞任を求める声が出なかった。自浄作用を発揮できなかった周囲の責任も問われるべきだ。

 続投シナリオを崩壊させたのはインターネット上の署名活動や大会ボランティア、聖火リレー走者の参加辞退など個人が上げた「ノー」の声だった。

 大会スポンサーの経済界からも批判が高まり、当初は火消しに回ったIOCも「発言は完全に不適切」との声明を出す事態に追い込まれた。

 この間、大会のイメージがどれほど損なわれたことか。再び国民の期待を高め、選手らの気持ちをまとめ上げるのは容易ではない。

 後任には川淵三郎氏が挙がる。サッカーJリーグの初代チェアマンの手腕が評価され、組織委では評議員を務めていた。

 川淵氏は信頼回復を急ぐとともに、新型コロナウイルス感染拡大の中、現実に即した大会の在り方を早急に打ち出す必要がある。



森組織委会長が辞意(2021年2月12日配信『福井新聞』-「論説」)

信頼回復の一歩にすぎぬ

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞意を固めた。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」といった一連の女性蔑視発言の責任を取るという。森会長の発言は、「いかなる差別も許さない」とうたう五輪の精神に反している。大会運営を担う責任者として容認されるはずはなく、辞任は当然である。

 この発言によって、日本は依然として男性優位の視点のまかり通る国だという認識を、世界は持ったことだろう。一度は辞任の意向を示した森会長を組織委が慰留した経緯もある。謝罪や撤回で問題にふたをする社会だということも印象づけてしまった。

 森会長の辞意を女性蔑視発言の幕引きにしてはならない。ジェンダーの平等を促進する東京大会へとどうつなげ、国際的に失った信頼を取り戻していくのか。信頼回復への第一歩を踏み出したにすぎない。組織委の責務は以前にも増して大きく、重くなったと受け止めてもらいたい。

 そもそも、森会長が辞任を決めたのは、世論の勢いに押されてのことだ。

 組織委へのメールや電話での抗議はもちろん、会員制交流サイト(SNS)では今も性差別に反対するキーワードが飛び交っている。組織委が「大会の顔」と位置づけているボランティアの辞退が相次ぎ、聖火ランナーの中にも辞退を申し出た人がいる。大会を支援するスポンサー企業からの批判も起きた。

 つまり、大会への影響を考慮してのやむを得ない辞任であって、組織委内の自浄能力が働いてのことではない。今日本社会が問われている問題の根は残されたままだということは忘れてはならない。

 国際オリンピック委員会(IOC)の変節にも言葉を失う。森会長の最初の謝罪と発言撤回により問題は解決済みとの認識を示したが、その後「発言は極めて不適切であり、IOCが取り組む改革や決意と矛盾する」との声明を発表した。国際社会の強い反発を受け、新型コロナウイルスの影響で盛り上がらない五輪機運にこれ以上水を差されたくないとの判断だろう。理念より実利を優先させる姿勢が透けて見える。

 IOCのバッハ会長も参加し、準備状況を確認するトップ会談に東京都の小池百合子知事は「前向きな発進ができない」と欠席の意向を示している。森会長の辞意で展開は変わるのか。

 新型コロナ収束の見通しは立っておらず、大会に向けての課題は山積している。開幕まで間もなく5カ月という時点で、トップの貴重な協議の機会が損なわれるようでは、開催への道筋はますます不透明になると言わざるを得ない。



森会長が辞意 組織委は信頼回復急げ(2021年2月12日配信『中国新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞任する意向を固めた。女性蔑視発言が世界中から猛烈な批判を浴びて追い詰められ、辞めざるを得なくなった。

 森氏の発言は、日本が人権感覚に乏しく性差別をする時代遅れな国だという印象を、国際社会に与える内容だった。辞任は当然のことである。来月の聖火リレースタートや観客受け入れの判断など、五輪はいま最重要局面を迎えている。組織委は早急に体制を立て直し、国際社会の信頼を取り戻せるよう、力を尽くさなければならない。

 「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと森氏が発言したのは今月3日である。日本オリンピック委員会(JOC)の女性理事の比率を引き上げる目標が報告された場でのことだ。欧米メディアも報じ、物議を醸した。翌日、森氏は撤回して謝罪したが、反省の色が見えない振る舞いにさらに厳しい目が向けられた。

 組織委や開催地の東京都には抗議が殺到し、聖火リレーやボランティアの辞退も相次いだ。共同通信社の全国電話世論調査では、森氏が会長として「適任とは思わない」との回答が、約6割にも上った。

 森氏の発言は、多様性を尊重する国際社会の流れに逆行するばかりでなく、国際オリンピック委員会(IOC)の掲げる五輪精神や理念とも全く相いれないものである。

 ところがIOCは当初、「森会長は謝罪した。この問題は決着した」と声明を出し、不問に付していた。歩調を合わせるように、JOCや組織委の関係者からも辞任を求める声は上がらなかった。

 一方、国際世論やスポンサーからの非難は日に日に高まり、世論との温度差が際立った。そこでIOCは9日になってようやく「完全に不適切だ」とする新たな声明を出した。

 各界に顔がきく森氏が会長を退けば、それでなくても新型コロナウイルスで開催が危ぶまれる五輪にとって、打撃となると考えていたのかもしれない。しかし、耳を疑うような発言に沈黙していたのでは、組織の健全性が問われよう。

 それでも菅義偉首相は、森氏の発言は国益にとって「芳しいものではない」としながら辞任を促す考えはないと表明した。人事権はなくても、国益にとって好ましくないなら一国の長として促すべきだった。

 自民党の二階俊博幹事長に至っては、辞任論が上がる森氏について「発言を撤回したことだし、問題はない」と強調し、続投を支持する始末だった。ボランティアの辞退が相次いでいる状況に「どうしても辞めたいなら新たなボランティアを募集する」とも述べ、国民の怒りを買った。何が問題視されているのかも理解できないのだろう。

 森氏の後任は、日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏で調整が進んでいるという。

 五輪の開幕まですでに半年を切っている。この時期のトップ交代は異常事態である。しかし森氏の辞任を、幕引きではなく新たなスタートにする必要がある。組織委には大会ビジョンの「多様性と調和」に恥じない体制を築くことが求められる。男女平等という基本原則を実現する大会にせねばならない。



五輪の灯(2021年2月12日配信『中国新聞』-「天風録」)

 栄えある役目だけに本人も残念だろう。将棋の藤井聡太二冠が聖火ランナーを辞退した。地元の愛知県瀬戸市を走るはずだった。先日もタレントが辞退している。とはいえ藤井二冠は多忙が理由で、あの人の発言とは無関係という

▲東京五輪組織委員会の「王将」は詰んだも同然だった。女性蔑視発言の森喜朗会長である。発言後、すぐ謝罪会見を開いた。最善の一手のはずだが、逆切れぶりで「炎上」を招いてしまう。ついに辞意を固めたようだ

▲撤回して謝罪したのだから―。組織委や国際オリンピック委員会(IOC)は当初、幕引きを急ぐ。政府も歩調を合わせた。しかし五輪の理念にも反した発言である。批判は国内外で日に日に燃えさかった

▲ボランティアを辞退する人も続々と。「辞めるなら新たに募る」。そう述べて自民党の二階俊博幹事長は森氏を援護したつもりだったか。だが代わりはいくらでもいる―とも取れる言葉である。逆に、火に油を注いだ

▲「おわびと、後のお願いをしたい」という森氏。開幕まで半年を切って、組織委トップがバトンタッチする。体制の立て直しへ後任には猛ダッシュが求められる。聖火は予定通り走りだせるだろうか。



【森会長の辞意】五輪が負った傷は深い(2021年2月12日配信『高知新聞』-「社説」)

 遅きに失したとはいえ、トップの座を去るのは当然である。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の辞意が報じられた。スポーツ団体の理事起用を巡る女性蔑視発言の引責である。

 組織委や政府などは森氏の謝罪で幕引きしようとしたが、国内外からの厳しい批判がやまず辞任に追い込まれた。男女平等への感度の鈍さは覆いようもない。

 森氏が去っても一件落着とはならない。関係者は猛省し、再び理解と支持が得られるよう組織を刷新しなければならない。

 森氏は日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で、JOCが女性理事を現在の約20%から40%まで増やす方針に関し、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言した。

 性別を含むあらゆる差別を認めない五輪憲章の原則に反する。発言のひどさは言うまでもない。同時に、評議員会で森氏の発言に誰も異を唱えなかったことも批判された。

 辞任を求める世論に対しても、「それほどの問題か」「余人をもって代え難い」。JOCや政府与党から聞こえてくるのは続投論が主だった。大会ボランティアらを辞退する動きには、「辞めたいなら新たに募集する」(自民党の二階俊博幹事長)。反差別への意識が高まる世論との隔たりは明らかである。

 新型コロナウイルスの感染収束は見通せず、ただでさえ五輪開催に懐疑的な見方が広まっている。開催への国民の意欲をさらにそぐような森氏の発言と、それを大目に見ようとした関係者らの責任は重い。

 世界経済フォーラムが2019年に発表した男女格差を示す指数で、日本は世界153カ国中の121位。日本では女性の社会進出が、他の先進国と比べて大きく遅れている。発言はそれを国際社会に知らしめることにもなった。

 女性蔑視を生み出す土壌はスポーツ界のみならず、日本社会のあちこちにある。社会全体で自省し、改善していかなければならない。

 本来なら厳しく対処すべき国際オリンピック委員会(IOC)さえ、当初は不問に付そうとした。その姿勢が国内外のアスリートをどれほど失望させ、傷つけたことだろう。

 五輪自体が負ったダメージも決して小さくない。それを解消するのは並大抵のことではあるまい。

 森氏の後任は、日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏で調整されているようだ。五輪開幕まで約5カ月と迫っている。早急に体制を立て直すよう求める。

 女性蔑視発言はなぜ生まれたのか。誰もとがめることができなかったのはどうしてか。二度と同じことを繰り返さないためにはどうすればいいのか。しっかり総括することから始めるべきだ。

 その上で、開催に懐疑的な声にも真摯(しんし)に向き合う必要がある。コロナ下での五輪はどうあるべきか。感染防止とどう両立させるのか。丁寧に説明してもらいたい。



言語を大切に(2021年2月12日配信『佐賀新聞』-「有明抄」)

 作家の司馬遼太郎さんがこんなことを語っていた。「言語には文章の言語と口語と二通りあり、日本では話し言葉の方は書き言葉よりも重んじられていないようだ」。人間の魂を揺り動かし、魂の基礎をつくっていくのが言語であり、だから母親は赤ん坊の目が開かないうちから語り掛ける、とも

◆女性蔑視発言で批判を浴びた東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長がきのう、辞意を固めた。振り返ると「神の国」など失言は多かった。幅広い人脈を持ち、東京五輪やラグビーW杯の誘致に力を尽くしたが、その功績が一瞬で崩れる言葉の「怖さ」を思う

◆こちらにそんなつもりはないのに、何気ない一言で相手を傷つけてしまうことはある。売り言葉に買い言葉というケースもあるだろう

◆だからこそ一言一句を大事にしたい。書き言葉も話し言葉も「相手を思う心」があれば、大きな間違いはしないはずだ

◆『竜馬がゆく』をはじめ、司馬さんの歴史小説には優しく、自己を確立した人物が数多く登場した。きょう12日は司馬さんの命日「菜の花忌」。亡くなって四半世紀がたつ。司馬さんは「その人に対して心が優しくなければその人の長所は分からない」という意味のことも言っていた。菜の花を好んだ司馬さんらしい、やさしい表現に「言語の大切さ」をあらためて考える。



森・五輪会長辞任へ 露わになった感度の鈍さ(2021年2月12日配信『熊本日日新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞意を固めた。12日の組織委の評議員会、理事会の合同懇談会で辞任を表明するという。

 3日の日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議会での女性蔑視発言の責任を取った形だが、遅すぎた決断と言わざるを得ない。一連の経緯の中で改めて露[あら]わになったのは、森氏本人だけでなく、男性優位の日本社会の女性差別問題に対する感度の鈍さだ。トップが交代しても、組織委とともに、日本での大会開催そのものへの信頼回復も容易ではない。

 森氏は、JOCが女性理事を増やしていく方針を掲げていることに関連して、「女性理事を選ぶっていうのは文科省がうるさく言うんです。だけど、女性が入っている理事会は時間がかかる」などと発言。その場でたしなめる出席者はいなかったという。

 報道による批判を受け、森氏は翌4日に会見を開き発言を撤回したが、辞任は否定。「老害が粗大ごみになったかもしれない。そうしたら掃いてもらえればいい」などと、居直ったような発言もしていた。

 さらに批判は強まったが、JOCの山下泰裕会長は、発言は「不適切」としたものの、森氏の続投を要望。菅義偉首相も「発言は国益にとって芳しいものでない」と表明しながら、「人事は組織委の判断」と辞任を促すことはなかった。自民党の二階俊博幹事長に至っては、五輪ボランティアの辞退が相次いでいることを巡り、「どうしても辞めたいなら新たなボランティアを募集せざる得ない」などと述べ、火に油を注ぐ結果を招いた。

 海外にも批判の輪が広がる中、当初は「森氏は謝罪した」と擁護していた国際オリンピック委員会(IOC)も、9日になって「完全に不適切でIOC方針と矛盾する」と突き放した。結局、森氏の辞意表明は、外堀が埋められ高まる圧力に耐えられなくなったことによるもので、組織委や政府の自浄作用が働いたとは言えまい。

 東日本大震災からの「復興五輪」の理念を掲げる東京五輪・パラリンピックだが、共同通信社が昨年11月に岩手、宮城、福島3県の被災者に実施したアンケートでは64%が「復興に役に立たない」と回答。同社が今月6、7日に行った全国世論調査でも、今夏の開催について「中止するべきだ」と「再延期するべきだ」を合わせ、80%以上が見直しを求めていた。

 新型コロナウイルス禍の中での開催に危惧が高まっていたところに、今回の問題でさらに逆風は強まった。後任は日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏で調整されているが、単にトップをすげ替えるだけで一件落着とは到底なるまい。組織委など関係機関が、五輪の根本理念である男女共同参画を真に理解して、それを世界に発信できる姿勢を明確に示さねば、国内外ともに大会開催への支持を得られることはないと覚悟すべきだ。



追い込まれての結末(2021年2月12日配信『熊本日日新聞』-「新生面」)

 森喜朗さんがかつて首相に就任した時分、「ノミの心臓」という評があった。ラグビー経験者らしく、いかつい顔と体をしているが、実は神経が細やかで気が小さいという意味。相手に攻撃されるのが怖くて、その前に慌てて相手を攻撃してしまう-。記者の質問に「逆ギレ」する最近の姿を見て、そんな人物評を思い出した

▼時代錯誤の女性蔑視発言をした上、何のために開いたか分からない「居直り謝罪」の記者会見を経て、森さんがとうとう東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長を辞任するという

▼国内外の世論や関係者の反発に、追い込まれての結末である。問題発覚後の森会長の振る舞いは、まずい対応の見本のように思えた

▼竹下登、海部俊樹、小渕恵三…。歴代首相の各氏と同じく、森さんもあまたの政治家を輩出してきた早稲田大雄弁会の出身である。そのせいで舌の滑りがよすぎるわけではなかろうが、首相時代からつくづく放言や失言と縁の切れない人である

▼さりながら「政界随一」という面倒見のよさで知られ、文教族としてスポーツや政財界に幅広い人脈を誇ってきた。その影響力に五輪関係者が頼り切ってきた面もあるだろう。残念ながら女性蔑視発言は全くの時代遅れで、五輪精神にも反していた

▼未曽有のコロナ禍で史上初の延期となった東京五輪。発言は集中砲火を浴びたが、これまでの開催準備にはさぞご苦労も多かったはず。組織委に混乱なきことを最優先に、このあたりでゆっくり休まれてはいかがだろう。



森会長が辞意 組織のうみを出し切れ(2021年2月12日配信『琉球新報』-「社説」)

 女性蔑視発言で国内外から批判を浴びる東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、辞意を固めた。辞任を求める世論の高まりに押し切られた形で、12日の組織委で表明するという。

 本来であれば発言を撤回するとした時点で、責任を取って辞任すべきだったはずだ。遅きに失している。ジェンダー平等や個人の自由への意識が低い国として、国際社会における日本の地位を低下させた責任も重大だ。

 東京五輪の運営やスポーツ界が信頼を取り戻すためには、大会組織委の会長を替えるだけでは十分ではない。ましてや組織に残り影響力を行使するなどもってのほかだ。男性中心や上意下達がはびこる組織のうみを出し切り、多様性と透明性の尊重を国民に示していく改革が必要だ。

 森氏は3日の日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」「組織委の女性はわきまえている」などと発言した。性別とは関係ないレッテル貼りで偏見や差別を増長させることに加え、自由な意見を言わせない言論封殺という問題もはらんでいる。

 多様性を重んじる現代社会にあって時代錯誤も甚だしい。失言を繰り返す森氏に、五輪を率いていく資質がないのは当然だ。だが、問題は森氏個人だけではない。

 今回の発言は、スポーツ界に巣くうパワハラ的な体質を表出させたともいえる。大学アメリカンフットボールの悪質タックル問題のように、閉鎖的な組織内の暴力やセクハラが問題になってきた。

 森氏の発言にアスリートからも厳しい批判の声が上がる中で、組織委やJOCの自浄作用は働かなかった。異論を排して意思決定を進めるトップの振る舞いを、組織が容認してきたことを自覚し、本来の理念に立ち返ることだ。

 五輪憲章はあらゆる差別を禁じており、中でも男女平等の理念は大きな柱の一つだ。

 国際オリンピック委員会(IOC)は9日に、森氏の発言を「完全に不適切だ」とする声明を発表した。当然の見解だ。だが、一時は「この問題は決着した」と不問に付しており、不可解さが残る。

 東京五輪の開催には、IOCのバッハ会長と緊密な関係を築く森氏の存在が不可欠と言われてきた。一方で、五輪の運営は複雑な利害が絡み合い、招致活動における不透明な金の流れなどの問題も指摘される。国民の信用を取り戻し開催に向かうならば、透明性と情報開示が必要だ。

 政府与党は事態の沈静化を図ろうとし、菅義偉首相が森氏に辞任を求めることはなかった。五輪ボランティアの辞退続出にも、自民党の二階俊博幹事長は「辞めたいなら新たに募集する」と意に介さず、火に油を注いだ。

 時代錯誤の認識を擁護してきた政治の体質こそ、厳しく問わなければならない。



本当に適任なのか(2021年2月12日配信『日刊スポーツ』ー「政界地獄耳」)

★元首相で東京五輪組織委員会会長・森喜朗の進退が政局の中心になってきた。既に11日には森の辞意が報道されているが一連の森発言当時、週刊誌が首相・菅義偉の長男による総務省幹部への接待問題が国会のテーマとして大きくなりかけてきた時期と重なり、自民党は世論を森問題に向ける必要から森発言で国会が空転しかねないとあおり、メディアは朝から晩まで、ことにテレビは監督官庁である総務省スキャンダルに触れたがらないという事情も相まり大騒ぎになった。

★その段階で森の進退にまで発展するとは官邸も思っていなかったろう。ただ、自民党幹事長・二階俊博の森擁護の発言が結局、世論に火をつけなおした格好になった。その意味では官邸や自民党執行部に森問題の対応ができる人材はおらず、海外を含む世論任せで事態が進んだために森が追い込まれたが、誰も森を助けることができなかった。

★さて、後任の組織委員会会長には東京オリンピック・パラリンピック組織委員会評議員会議長・川淵三郎が就任する見通しという。森と同年配の川淵は適任なのか。昨年2月13日、来日していた国際オリンピック委員会(IOC)のジョン・コーツ調整委員長に川淵は新型コロナウイルスについて「いろいろな情報を聞く限り、インフルエンザより強いウイルスではないと聞いている。ウイルスは湿気や暑さに弱いと聞いていて、日本には、梅雨というウイルスをやっつける最高の季節がある。日本の知識や経験で必ず克服できると心から感じている」と答えている。政界関係者も「五輪は進めるにしても引くにしても相当な手間がかかる。川淵が適任との判断はわかるが、ヘイト発言も散見される。本当に森の後任にふさわしいかは甚だ疑問でもある」。残務処理も含めあと半年、余人をもって代えがたい森の代わりは国民の期待に応えられるか。



森氏が辞任の意向(2021年2月12日配信『しんぶん赤旗』ー「主張」)

「沈黙しない」力が追い込んだ

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が女性を蔑視する発言をした問題をめぐり、辞任の意向を固めました。「(森氏の)謝罪によって問題は終わった」とコメントしていた国際オリンピック委員会(IOC)が一転、森氏の発言を「完全に不適切だ」と厳しく非難する声明を出すなど、高まる国内外の世論に追い込まれました。森氏だけでなく、同氏に辞任を求めず、ジェンダー平等社会実現への日本の本気度について国際的な信用を失墜させた菅義偉政権の責任は極めて重大です。

IOCの異例の声明

 IOCの声明は、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などとした森氏の発言について「完全に不適切であり、IOCの公約や(五輪改革案の)アジェンダ2020に矛盾している」と指摘しました。その上で「オリンピック憲章が述べているように、われわれは、スポーツ界でのあらゆるレベル、あらゆる組織において女性の参画促進を奨励し、支援する使命に取り組んでいる」と強調しました。

 声明は、五輪の使命と、大会を準備・運営する組織委員会会長に森氏がとどまり続けることは相いれないことを事実上明らかにしたものです。

 いったん問題は済んだとしていたIOCが改めて声明を出したのは、森氏の発言に国内外で批判がわき起こり、急速に広がり続けたことが背景にありました。

 日本国内では、世論調査で森氏の発言を「問題がある」とした人は91%にも上りました(「読売」8日付)。森氏が組織委員会の会長として「適任と思う」は6・8%にすぎません(「共同」7日配信)。森氏の処遇検討を求めるオンライン署名は約15万人に達しました。

 森発言を契機に、五輪の会場や選手村などで活動する大会ボランティアの辞退申し出が相次ぎました。大会の国内スポンサー企業からも批判が噴出しました。東京電力福島第1原発事故で被災した福島県の男性は、日本の性差別の問題と事故の風評被害に苦しんだ故郷への思いを重ねて、聖火ランナーの辞退を表明しました。

 国際的にも、多くのメディアや人権団体、政府機関などが批判の声を上げました。

 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは森氏の発言を「金メダル級の女性蔑視」とする論評を発表し、欧州各国の在日大使館もツイッターで「沈黙しないで」などのハッシュタグを付けて抗議の意思を示す状況も生まれました。

菅政権の姿勢が問われる

 一方、菅首相は「大会組織委員会で人事は決める。(政府から)独立した法人としての判断を尊重する」と森氏の進退への言及を避けました。法律で独立性が明記されている日本学術会議への人事介入を当然視する菅氏がこう述べるのは、ご都合主義がすぎるとの批判が出たのは当然です。

 自民党の二階俊博幹事長がボランティアの辞退を「瞬間的」なものと軽んじ、森氏の発言を「内閣総理大臣を務め、党の総裁であられた方のことを現職の幹事長があれこれ申し上げることは適当でない」と述べたことも大問題です。森氏を擁護し続けた菅政権と与党の姿勢が改めて問われます。





女性蔑視発言の混乱/政府の統治力欠如も深刻だ(2021年2月11日配信『河北新報』-「社説」)

 不適任だと批判を強める国内世論に加え、国際オリンピック委員会(IOC)から「完全に不適切だ」と指弾されてもなお、続投するのだろうか。

 女性を蔑視する発言をした東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(83)に辞任を求める声が、日増しに高まっている。

 森氏は日本オリンピック委員会(JOC)会合で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言した。これに対し「女性は発言するなということか」などと反発が相次いでいる。

 問題は個人の資質と進退にとどまらなくなっている。

 新型コロナウイルスの感染収束が見通せず、東京五輪の開催に懐疑的な見方が支配的になっているさなかだ。

 発言が国内外に波紋を広げる中、政府、与党は迷走を続け、日本政府の統治能力の欠如を露呈した。

 五輪を開催する能力が日本にあるのだろうかと、不信の矛先は政府にも向き始めている。開催への不安とともに、疑念が深まっている。

 混乱の責任は、ひとえに不適切な発言をした本人にある。謝罪会見で見せた開き直った姿勢は、反省の弁の裏にある本心をさらけ出した。

 森氏の辞任は不可避だ。しかし、会長の交代で幕引きとしてはならない。

 東京大会が掲げる「多様性と調和」の実現に向けた継続的な取り組み。スポーツ界の男女平等推進への確固たる決意。政府と組織委は不信感を拭うため、明快なメッセージを速やかに発し、具体的な施策を打ち出すことが必要だ。

 男女共同参画担当相を兼ねる橋本聖子五輪相が旗振り役を担うべきだが、職責を真正面から受け止めているとは言い難い。

 橋本氏は「日本は男女共同参画の取り組みを一生懸命推進してきた。たった一言で、世界から日本は何も変わっていなかったと思われるのは大変残念だ」と語ったが、担当相としての気概が感じられない。

 リーダーシップを発揮すべき菅義偉首相は「女性蔑視発言は国益に沿わない」と述べながら、「人事は組織委で決めるべきだ」と距離を置き、混乱の収拾に積極的に動こうとしていない。

 組織委が7年前に設立された際、政府主導で森氏に就任を要請した経緯があり、森氏の続投で収束を図りたいのだろう。

 日本の見識と信頼が問われている局面に際し、首相の傍観者的な姿勢は、世論との隔たりを広げるばかりだ。

 蔑視発言を機に大会ボランティアの辞退が相次ぎ、五輪スポンサー企業から厳しい批判や苦言が噴出している。

 組織委はあす、理事と評議員を集めた臨時の会合を開き、対応を協議する。事態の打開へ待ったなしだ。早急に突破口を切り開くべきだ。



山火事の原因は、二つに大別される。一つは…(2021年2月11日配信『河北新報』-「河北春秋」)

 山火事の原因は、二つに大別される。一つは、雷などによる自然発火。もう一つは、たき火やたばこの火の不始末、放火といった人為的なもの。どちらも初期消火が大切なのは言うまでもない

▼東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長による女性蔑視発言問題を山火事に例えると、失火を慌てて消そうとしたものの、火の勢いは想像以上だったといったところか。辞任を求める声は燎原(りょうげん)の火のごとくなりつつある

▼火に油を注いだのが、問題を受けてボランティアの辞退者が出たことに対する二階俊博自民党幹事長の「辞めたいなら新たに募集する」との発言。国内外の批判の声を軽視しているのは火を見るよりも明らかだ

▼スポンサー企業は企業イメージが低下しかねないと憂慮する。さらに、「一件落着」としたはずの国際オリンピック委員会も「完全に不適切」と改めて声明を出さざるを得ない事態に

▼森氏の続投に関して、政府、与党内には「余人をもって代え難い」などと支持する声が根強い。仮にこのまま開催へ突き進むと、五輪の理念に反する人がトップを務めた大会として記憶され続けることになるだろう。いずれほとぼりが冷めるだろうなどと高をくくっていると、火はさらに強まり、手が付けられなくなるかもしれない。



森発言と菅政権 深刻さ理解しているか(2021年2月11日配信『東京新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長による女性蔑視発言に国際的な批判が高まっている。しかし、菅義偉首相ら政府側の反応はどこかひとごとだ。発言の深刻さを理解しているのか。

 政界の先輩である首相経験者には直言しづらいということか。

 森氏に辞任を促すよう求める野党の国会質問に対し、首相は「私が進退を問題視すべきではない。組織委の中で決定してもらう」と述べるにとどめた。

 「あってはならない発言」と言いながら、進退には自分は無関係と言わんばかりの答弁である。

 首相は組織委の顧問会議議長でもあり、組織委の定款では、顧問会議は法人の運営に助言できる。

 首相は形式的とされる日本学術会議の会員人事に介入しながら、なぜ組織委には助言しないのか。

 森氏の進退に言及しないのは、女性蔑視発言の深刻さを理解していないから、と国民や世界に受け取られても仕方があるまい。
 政権内からは、森氏を擁護する発言すら聞こえてくる。

 自民党の世耕弘成参院幹事長は記者会見で森氏を「余人をもって代え難い。人脈や五輪への知見を考えたら、森氏以外に誰が開催を推進できるのか」と持ち上げた。

 代え難い人なら蔑視発言も許されるというのもおかしな理屈だ。

 同党の二階俊博幹事長に至っては森氏の発言を機に大会ボランティアに辞退の動きが出ていることについて「辞めると瞬間には言っても、協力して立派に(大会を)仕上げましょうとなるのではないか」「どうしてもお辞めになりたいということだったら、また新たなボランティアを募集、追加せざるを得ない」と会見で述べた。

 一年延期とコロナ禍が重なり、ボランティア確保は難題だ。追加募集すればすぐに集まると考えているのなら、状況の深刻さを理解していないと言わざるを得ない。

 さすがに橋本聖子五輪担当相が二階氏発言を「不適切だった」と述べたが、覆水盆に返らずだ。

 森氏の謝罪後「問題が終わったと考えている」とした国際オリンピック委員会(IOC)も後に「森氏の発言は完全に不適切で、五輪の理念に反している」と批判する異例の声明を発表した。

 森氏の発言は女性蔑視のみならず、会議での自由な発言封じを当然視するなど、日本社会の在り方そのものも問われている。それを変えるのは政治の仕事なのに、政治家にその認識がないとしたら、森氏の発言以上に深刻である。



五輪ボラ辞退 深刻な事態と受け止めよ(2021年2月11日配信『新潟日報』-「社説」)

 女性蔑視発言に対する批判は日増しに高まり、大会運営の要であるボランティアの辞退が相次いでいる。

 それなのに、事態の深刻さを理解しているとは思えぬ失言が、今度は政権幹部から飛び出した。不適切極まりない。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視発言を巡る問題で、森氏を擁護する自民党の二階俊博幹事長が8日、記者会見でボランティア軽視と取れる発言をした。

 森氏の発言後、大会ボランティアが多数辞退していることについて、二階氏は「瞬間的に引かせてほしいと言ったのだろう」「どうしても辞めたいなら新たなボランティアを募集する」などと言及した。

 ボランティアを取り換えが利く「物」扱いするような極めて失礼な言い方だ。

 二階氏は9日に「(辞退者は)冷静になれば、落ち着いた考えになるのではないかという意味だ」と自身の発言を釈明したが、撤回はしなかった。

 大会成功の鍵はボランティアが握っているとも言える。新型コロナウイルスの感染拡大で大会実現に懐疑的な見方が強まる中でも、多くのボランティアが主体的に準備をしてきた。

 だが森氏の発言はボランティアを失望させ「組織委との信頼関係を築けない」と思わせた。

 二階氏はそうした思いに真摯(しんし)に向き合わず、森氏側に立って事態を沈静化することしか頭にないように見える。

 橋本聖子五輪相は9日、衆院予算委員会でボランティア辞退が相次いだことを「非常に重たい」とし、二階氏の発言については「不適切だった」と述べた。当然の認識だろう。

 森発言の影響は聖火ランナーにも広がっている。東日本大震災で被災した福島県では一般の聖火ランナーが「発言を容認できない」として辞退を伝えた。

 東日本大震災から10年の節目に迎える「復興五輪」に寄せた被災地の思いまでも踏みにじっている。残念でならない。

 問題を巡り、国際オリンピック委員会(IOC)は9日、森発言は「完全に不適切だ」とする声明を発表した。

 当初は森氏の謝罪を受け「問題は決着したと考えている」と不問に付す構えだったが、世論や選手、協賛社の非難が収まらず、姿勢を転じた格好だ。

 声明でIOCは「(社会的な)一体性、多様性、男女平等はIOCの活動に不可欠な要素」とし、発言はそうした公約に反すると断言した。森氏は指摘を重く受け止めねばならない。

 菅義偉首相は8日の衆院予算委で森氏の発言は国益に沿わないとの認識を示した。しかし森氏の人事は組織委で判断されるものだとしている。

 森氏の発言は、日本が人権感覚に乏しく、男女平等の価値観が希薄な時代遅れな国であると国際社会に印象付けた。

 そうした中で首相が明確な姿勢を示さないままでは、日本の印象を変えることはできず、それこそ国益が損なわれよう。



清少納言の「枕草子」は、平安中期…(2021年2月11日配信『福井新聞』-「越山若水」)

 清少納言の「枕草子」は、平安中期に書かれた日本最初の随筆である。「ありがたきもの」「すさまじきもの」など「ものづくし」で知られ、高い知性と鋭い感性が卓越している

▼第百二十五段は「むとくなるもの」をテーマに掲げる。本文では「潮干(しほひ)の潟(かた)にをる大船。おほきなる木の風に吹き倒されて、根をささげ横たはれ臥(ふ)せる。えせ者の従者(ずさ)かうがへたる…」と、作者が考える「無徳」、つまり取りえがなくカッコ悪いものを列挙している

▼現代語に訳せば次のようになる。潮が引いた干潟で身動きがとれなくなった大船。風に吹き倒された大木が根を上にしてひっくり返っている姿。成り上がり者が召し使いを偉そうに叱りつけている様子…。確かに良いところは何もなく、みっともないと言うしかない

▼東京五輪・パラ大会を開催する日本への風当たりが一層強くなってきた。発端はもちろん、組織委の森喜朗会長の女性蔑視発言である。一度は発言を不問にした国際オリンピック委員会(IOC)も、世界中の非難の声を受け「完全に不適切だ」と立場を明確にした

▼さらに自民党の二階俊博幹事長らの森氏擁護発言が火に油を注いだ。国会では女性議員が白い上着で抗議の意を示し、ボランティアや聖火ランナーの辞退も出ている。コロナ禍に続き「無徳なるもの」でさらに不安が募る五輪。どう解決を図るのやら。



[森会長発言] 五輪へ向け けじめ必要(2021年2月11日配信『南日本新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と女性蔑視とも受け取れる発言をした問題は、1週間を過ぎても大きな波紋を広げ続けている。

 「多様性と調和」を掲げる大会ビジョンに反しており、森氏は撤回、謝罪した。それでも国内外の批判が収まらないのは、男女が力を合わせてよりよい社会をつくるという現代の価値観を理解できない層が根強く残る日本社会への抗議の表れでもあろう。

 組織委はあす、理事と評議員らによる合同懇談会を開いて対応を協議する。森氏は辞任を否定しているが、五輪まで半年を切ったタイミングでトップ自らが招いた騒ぎである。意識改革へ向けての決意を示し、はっきりとけじめをつける必要がある。

 発言は、森氏が日本オリンピック委員会(JOC)名誉委員として出席したJOC臨時評議員会で飛び出した。森氏は組織委会長の職務と結びついたものではないとしたが、置かれた地位の重さを考えれば釈明は通じまい。

 森氏は組織委にも女性の理事らは7人ほどいて国際的な舞台での経験があり、的を射た発言をしているとも話したものの、「女性というのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言うと、自分も言わないといけないと思うのでしょう」と持論を展開した。

 JOCは女性の社会進出を加速しようとの世界的な動きに沿って、女性理事の割合を全体の40%まで拡大する目標を掲げたばかりだ。取り組みに逆行する発言に、JOC内部からも批判が上がったのは当然と言えよう。

 厳しい世論を受け、菅義偉首相も「あってはならない発言」と断じた。だが、二階俊博自民党幹事長は抗議の意味を込めたボランティアの辞退が相次いだことに「新たに募集せざるを得ない」と発言、さらに反発を招いた。

 国際オリンピック委員会(IOC)は、森氏が謝罪した時点で「決着した」としていたが、改めて発言を「完全に不適切だ」とする声明を発表した。世論によって影響を受ける協賛企業などの立場に配慮せざるを得なかったとみられる。

 東京五輪は無観客、または無観客に近い規模であっても開催する方針が打ち出され、IOCの主導で政府、東京都、組織委の準備が進んでいる。一方で新型コロナウイルスの感染拡大で、国民の間には今夏の開催に懐疑的な意見も少なくない。

 懸念されるのは、組織委トップの軽率な言葉への嫌悪が、大会そのものに向かうことだ。森氏には責任を重く受け止めてほしい。同時に、五輪開催の可否はあくまで感染状況や競技者の立場を考えた上で冷静に判断すべきであることを確認しておきたい。





森氏女性蔑視発言 続投で決着、許されない(2021年2月10日配信『秋田魁新報』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が日本オリンピック委員会(JOC)の会合で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと女性蔑視発言をし、国内外で批判が高まっている。東京五輪・パラは「多様性と調和」を目標とし、男女平等を基本原則に掲げる。それに反する組織委トップの発言は許されない。

 JOC理事会は、現在約20%の女性理事の割合を40%に引き上げることを目標としている。森氏の発言はこれに関連したもので、女性理事を増やすことに消極的と受け取れる。男女平等、共同参画に逆行すると言わざるを得ない。

 森氏は記者会見で発言を撤回、謝罪したが、辞任は否定。質問にいら立ちや開き直りも見せた。質問と回答がかみ合わず、謝罪は説得力に欠けるものとなった。

 菅義偉首相は、発言は国益にとって「芳しいものではない」としながらも、辞任を促す考えはないと表明。一方、国際オリンピック委員会(IOC)は9日、批判の高まりを受け、発言は「完全に不適切だ」などとする声明を発表した。

 森氏は元首相として各界に顔が利き、調整力があるとされる。安倍政権下の2014年、政府の要請で会長に就任した。

 新型コロナウイルス禍の逆風の中、五輪開幕まであと半年を切っている。今、森氏が会長を辞任しては開催がさらに危うくなるとの見方が、関係者の間に根強いとされる。

 しかしアスリートからは厳しい声が上がっている。東京都や組織委には抗議の電話やメールが殺到。大会ボランティアを辞退する動きも広がっている。

 共同通信社の世論調査によると、森氏が会長として「適任とは思わない」との回答は約6割に上った。組織委や政府などの関係者と世論の温度差が浮き彫りになるばかりだ。

 男女平等という基本理念や原則を揺るがせにしてはならない。森氏一人が退いたからといって大会運営がおぼつかなくなるような組織委ではないだろう。毅然(きぜん)とした態度を国内外に示すべきだ。

 今回の問題で、日本の男女共同参画の取り組みが後れを取っていることが改めてクローズアップされた。企業や公務員の女性管理職比率は19年時点で米国やスウェーデンが40%、英国やノルウェー、フランスが30%を超えているのに対し、日本は14・8%。第5次男女共同参画基本計画は「20年までに指導的地位に占める女性の割合を少なくとも30%程度」にするという従来の目標を「20年代の可能な限り早期」に先送りした。

 森氏の会長続投は日本の社会に対し、女性の社会参画の推進は優先度の低い課題との誤ったメッセージとなりかねない。森氏の潔い決断が求められる。男女共同参画社会を推し進める新たな一歩を踏み出したい。



森発言の土壌 社会に潜む差別直視せよ(2021年2月10日配信『信濃毎日新聞』-「社説」)

 背景に潜む日本社会の意識に目を向けなければならない。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視発言だ。SNSなどでの批判は収まる気配がなく、森氏が発言を取り消した後も国内外で会長辞任を求める声が広がる。

 組織委には抗議が相次ぎ、ボランティアも数百人規模で辞退。有力選手や元選手らも森氏の続投を疑問視し、国際人権NGOなども批判を繰り返している。

 五輪が掲げる「あらゆる差別の禁止」に明確に反し、組織委会長として責任が問われるのは当然だ。認識すべきは、発言が日本社会に根付く深刻な男女格差の風潮を露呈させたことだろう。

 世界経済フォーラムが2019年に発表した男女格差報告では、日本は153国中121位で、前年の110位から順位を下げている。政治家や経営者のほか、収入の高い専門職や技術者の多くを男性が占めていることが原因だ。

 森発言を受け、SNSでは過去に同じような差別的な発言をされた経験の書き込みが少なくなかった。その際に声を上げなかったことを反省する投稿者も多い。森氏に対する批判は、一部に残る旧態依然とした男性社会に対する不満の表れとみるべきだ。

 経団連の中西宏明会長は会見で女性蔑視発言について「日本社会にはそういう本音が正直あるような気がする」と述べている。

 森氏が発言した日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会の場では、発言を戒める声はなく、一部報道は「笑い声が起きた」と伝えた。社会の雰囲気の一端を示しているのではないか。

 必要なのは政治や社会、経済界の現状を直視し、潜在的な差別意識を変えていくことだ。発言の責任を明確にした上で、政治や社会が差別解消にどう取り組むのか、具体策を示さねばならない。

 それなのに政府・与党や組織委の危機意識は薄い。

 政府は発言を問題視するものの、森氏の進退を問う声はなく、差別解消に向けた対応策にも言及しない。自民党の二階俊博幹事長は記者会見で森氏の続投を支持し、ボランティアの辞退が相次いでいることは「事態が落ち着けば考えも変わる」と述べた。問題の根深さが分かっていない。

 組織委は理事会と評議員会の臨時会合を週内にも開き、対応を協議する。「女性差別は許さない」という日本の姿勢を国内外に明確に示すことができなければ、五輪を開催する資格はない。





森会長の続投論 「仕方がない」は、やめよう(2021年2月9日配信『毎日新聞』-「社説」)

 驚くべき世論とのずれである。

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が「女性がたくさんいる会議は時間がかかる」と述べた問題で、政府や五輪関係者がそろって森氏の続投を支持している。

 菅義偉首相は国会で「辞任を求める権限はない」と、人ごとのように語った。国際オリンピック委員会も、森氏の謝罪により「この件は終わった」との見解だ。

 だが、撤回や謝罪で済む問題ではない。五輪憲章はあらゆる差別を認めない。それに反する認識を持つ人が、トップに座り続けることは許されない。辞任すべきだ。

 続投に抗議するオンライン署名への賛同は13万件を超えた。日本にある欧州各国の大使館が「女性差別反対」のメッセージを発信した。東京都に抗議の電話が殺到し、大会ボランティア辞退の申し出も相次いでいる。

 にもかかわらず、関係者が続投でまとまるのは、開幕まで半年を切る中で、事態の収拾を優先したからだろう。

 今回の問題は、男性優位と事なかれ主義が根強い日本社会のあり方にも疑問を投げかける。

 政府が「男女共同参画」を掲げて20年以上がたつ。しかし世界経済フォーラムが公表している「男女の格差指数」で、日本は153カ国中121位だ。

 政治や経済の分野で女性に挑戦の機会が十分に与えられず、地位も待遇も低い。これが、女性は指導的立場に向かないという「無意識の偏見」につながっている。

 意思決定の場に参画できる女性は少なく、意見を言えば「わきまえていない」と排除されがちだ。

 女性役員比率が高い企業は業績が良いという外国の調査結果がある。均質な集団から革新的なアイデアは生まれにくい。

 多様性の大切さが共有されながら、日本の現状が改まらないのはなぜか。時代錯誤なリーダーの振る舞いに異議を唱えず「代わりがいない」「仕方がない」と諦めてしまう。そうした対応を続けてきた結果ではないか。

 署名を呼びかけた女性たちは「こんな問題は私たちの世代で終わりにしたい」と述べた。

 今回の問題を変革の契機にできるか、日本社会が問われている。



「ゲド戦記」で知られる米国の作家…(2021年2月9日配信『福井新聞』-「越山若水」)

 「ゲド戦記」で知られる米国の作家ル=グウィンさん。最後のエッセー集のタイトルは少し長くて「暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて」(河出書房新社)という

▼この題名にはどんな意味があるのか。実は、ハーバード大から届いた同窓会アンケートに対する怒りと失望である。グウィンさんの同窓生はほぼ全員が80代。この期に及んで「離婚歴」を尋ね、しかもその回数(1~4回以上)や再婚の形態まで詳細に記入を求める

▼最も気に障ったのは「余暇に何をしますか?」。選択肢にゴルフや絵画、買い物、テレビなどがある。確かに、引退した人には手持ちの自由な時間は多い。しかしグウィンさんは、私の生活の中で何の目的もない余った暇な時間はどこにも見当たらない―と反論する

▼名門ハーバード大にして、高齢者にこんな固定観念を持っている。とても申し開きはできないが、それ以上に波紋を呼んでいるのが、東京五輪・パラ組織委員会の森喜朗会長による女性蔑視発言、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」のひと言だろう

▼女性差別は五輪の理念に反する上、時代遅れのジェンダー意識を露呈。謝罪・撤回はしても「辞任」を求める声は収まらず、果ては菅内閣の支持率低下にまで波及した。ジェンダー・ギャップ指数世界121位、日本の現実を世界に証明してしまった。



少々気が早いが、「#わきまえな…(2021年2月9日配信『山陽新聞』-「滴一滴」)

 少々気が早いが、「#わきまえない女」は今年の新語・流行語大賞の候補になるだろう。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視発言に対し、抗議を示す検索目印としてインターネット上で広がった

▼言うまでもなく、森会長が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」「組織委の女性はわきまえている」などと発言したことに対する痛烈な皮肉である。「私はもう黙らない」「わきまえない女たちが社会を変えてきた」…。抗議の声がやまない

▼分野を問わず男性優位の組織で、発言しづらさを感じてきた女性が多いからだろう。重要なことは事前の根回しで決まる。会議は形だけで、異論は封じられがちになる

▼突きつけられるのは意思決定の場への女性参画が進まない、この国の現状である。世界153カ国を対象にした男女平等の順位で日本は121位。特に政治や経済の分野で遅れ、中国や韓国よりも下位だ

▼森会長の発言と、コロナ禍で問題視された国会議員の夜の会食には共通点がある、とフリージャーナリストの浜田敬子さんが指摘していた。「昼間の会議で徹底的に議論をして意思決定をするというプロセスを軽んじている」

▼気心が知れた仲間内で異論を排して決める方法は、平時には通用しても危機には弱い。コロナ禍の今がそうではないか。



是非もなし(2021年2月9日配信『高知新聞』-「小社会」)

 本能寺の変、邪馬台国、坂本龍馬暗殺は真相を知りたい日本史の謎の上位にくるらしい。特に本能寺と龍馬はさまざまな黒幕説があり、歴史ファンも論争を楽しんでいる節がある。
 
 NHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」も最終回の視聴率がよかったようだ。明智光秀はなぜ織田信長を討ったのか。ドラマの解釈はあるとして、印象に残る女性たちのせりふが二つ。信長の正妻が旧知の光秀に言う「(信長を)つくった者がその始末をなすほかあるまい」。
 
 もう一つは信長に歯向かう怖さを語る元関白に、旅芸人の女座長が「そんなことを言ってたら世の中何も変わらないじゃありませんか」。歴史の謎から引くのもどうかとは思うが、何やら昨今の世情が浮かんだ。
 
 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視発言。厳しい世論と違い、政府や関係団体では辞任論が高まらない。「スポーツ界にいる人間は森氏を頂点とした世界で生きていくしかない」という関係者の言葉に驚く。
 
 コロナ対応の後手批判などで内閣支持率が続落する菅義偉首相の周辺では、官邸のチーム力低下がいわれる。「反対するなら異動してもらう」と公言する首相。官僚は失敗を恐れて、進言しようとしないとも報じられる。
 
 信長は、謀反人が光秀と知って「是非もなし(仕方がない)」と言い残した。権力者の周りが沈黙したままの「是非もなし」がいまの世情では情けない。





森氏の差別発言 女性の参画進める契機に(2021年2月8日配信『熊本日日新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、日本オリンピック委員会(JOC)の会合で、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと差別的な発言をし、波紋を広げている。

 森氏は「女性というのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言うと、自分も言わないといけないと思うのだろう」とも語った。言動を性別に結び付けて揶揄[やゆ]しており、明らかに女性蔑視に当たる発言である。表面的な撤回はしたものの、世界が注目する祭典を率いる立場として責任を問われるのは当然であり、辞任すべきだ。

 一方で、その場でたしなめる出席者がいなかったことも深刻である。何も思わなかったのか、気付いても言い出せなかったのか。出席者の半数が女性だったら状況は違っただろうか。スポーツ界に限ったことでもないだろう。男性中心の会議に象徴される日本社会の問題として捉える必要がある。

五輪理念に反する

 発言が出たのは、3日のJOC臨時評議員会。JOCの役員改選に向け、女性理事の割合を現在の約20%から40%まで引き上げることが話し合われていた。

 女性割合の目標値を定め、その達成を目指すやり方は、女性参画を進める上で世界標準となっている。森氏の発言はこうした動きに逆行する。男女関係なく、時間をかけて論議を深めること自体を否定したとも受け取れる。

 菅義偉首相は5日の衆院予算委員会で「五輪の重要な理念である男女共同参画と全く異なる」と指摘した。東京都の小池百合子知事も「絶句したし、あってはならない発言だった」と批判した。

 ところが進退になると、JOCの山下泰裕会長は「最後まで全うしていただきたい」と続投を要望。国際オリンピック委員会(IOC)も「決着した」との声明を出し、火消しに回った。

海外も敏感に反応

 ただ、インターネット上では辞任などを求める署名が10万人を超えるなど、批判が収まる気配はない。たとえコロナ禍が落ち着いても、五輪開催にこぎ着けるのは容易ではないだろう。森会長の辞任以外に道はあるだろうか。

 今回、国際通信社や米国の有力紙、英国の公共放送など影響力の大きい海外メディアが敏感に反応した。発言者が東京五輪の組織委トップだったことに加え、日本以上に性差別への意識が高いことの表れだろう。日本では当初、多くのメディアが「女性蔑視」や「差別」とは報じなかった。海外メディアによって事の重大さに気付かされた面もあるのではないか。

 日本の遅れは、以前から指摘されている。スイスの研究機関「世界経済フォーラム」が2019年に公表した世界各国の男女平等の度合いを示すジェンダー・ギャップ指数は、日本が153カ国中、121位。前年の110位から先進国最低の水準に後退した。

 調査は経済、政治、教育、健康の4分野で、政治が最も低い144位だった。国会議員の女性の割合は約14%と低迷。女性の管理職登用も政府は「20年までに少なくとも30%程度」との目標を掲げていたが、約15%にとどまり期限を先送りした。国連女性差別撤廃委員会の勧告を受けながら、選択的夫婦別姓の導入も進んでいない。

多様性を認め合う

 こうした社会構造の変化の遅れが、性差別に鈍感な環境を温存してきたのではないか。森氏の発言を契機に、政治をはじめ、あらゆる意思決定の場に女性が加わる仕組みづくりを加速させたい。

 男性と女性が互いの立場で物事を考えるようになる近道だ。それすらできなければ、LGBTなど性的少数者や人種、障害の有無など、多様性を認め合う社会が実現するはずはない。





森会長発言 不適格で辞任に値する(2021年2月7日配信『茨城新聞』-「論説」)

 あまりにも不用意で不適切な発言だった。翌日の記者会見で謝罪し撤回したが、菅義偉首相は衆院予算委員会で「あってはならない発言」と断じた。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、日本オリンピック委員会(JOC)名誉委員として出席したJOC評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と話した。

 国内のメディアばかりか国際通信社、米国の有力紙、英国の公共放送など影響力の大きな海外メディアも女性を蔑視する発言だと批判的に取り上げた。

 五輪は世界が注目する祭典だ。最高峰のスポーツ大会にとどまらず、平和や希望を感じ取れる貴重な機会と捉え、開催を心待ちにする人は多い。

 その明るいイメージを何より大切にする国際オリンピック委員会(IOC)と、日本の政府、東京都、そして大会組織委は新型コロナウイルスの感染拡大がやまない中、1年間の延期を経て開催準備のラストスパートに入ろうとしている。

 開会式まで半年を切ったこのタイミングで、このような発言が組織委の会長から出たことは大きな驚きだ。

 森会長はJOCの枠組みの発言であって、組織委会長の職務と結びついたものではないと強調したが、もちろん、その言い訳は通用しない。

 森氏は組織委にも女性の理事らは7人ほどいて、国際的な舞台での経験があり、的を射た発言をしている、とも話したが「女性というのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言うと、自分も言わないといけないと思うのでしょう。みんな発言される」などと語った。

 JOCは女性の社会進出を加速しようとの世界的な動きに沿って、女性理事を増やし、その割合を全体の40%まで拡大する目標を掲げ、動き始めたばかりだ。目標値を定め、その達成を目指すやり方は世界基準となった。その取り組みに逆行する発言だったことで、JOC内部からも批判が上がる。

 東京五輪の準備は無観客、もしくは無観客に近い規模であっても開催する方針が固まり、IOCの主導で政府、東京都、組織委は連携を強めている。しかし、さまざまな世論調査で浮かび上がってきた国内の市民の全般的な反応は、コロナ対策に全力を傾けるべきで、この夏の開催には賛成できないというものだ。

 森会長の発言によって、東京五輪のイメージは傷ついた。それでなくても開催に懐疑的になっている市民は、組織委のトップに失望しているに違いない。

 IOCは、森会長の謝罪と発言撤回を受け「決着した」との声明を出して火消しに回った。しかし、IOCと組織委それぞれの協賛企業は、社会の価値観に同調できない組織委のリーダーと五輪のイメージ低下を、そうやすやすと容認するだろうか。

 発言内容には女性委員に限らず、会議で時間をかけて民主的な論議を深めることへの理解が感じられない。逆にそれを否定する考えがのぞく。

 森氏は辞任する考えはないと言い切った。しかし、会長にとどまることでさまざまな悪影響が今後表れれば、身の処し方を再考する機会があるのではないか。会長として不適格で、発言は辞任に値する。



女性蔑視発言 トップの資質欠く森会長(2021年2月7日配信『新潟日報』-「社説」)

 女性を蔑視し、国際社会からの信用にも傷を付ける深刻な発言だ。撤回し謝罪したが、反省の色はまるでうかがえない。

 五輪精神に著しくもとる内容でもある。大会準備の中心を担う組織のトップとして資質を欠くと断じざるを得ない。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が3日、日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会で、女性理事を増やすJOCの方針に、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と発言した。

 国内外の批判を受け、森氏は4日に謝罪会見を開いたが、「深く反省している」という言葉とは裏腹にいら立ち、開き直るそぶりが目立った。

 自らの発言の何が悪かったのかをきちんと理解し、反省している態度には全く見えない。

 発言に対し、国内ではツイッター上などで「組織委のリーダーにふさわしくない」などと抗議の声が広がった。海外では「性差別」「時代遅れ」などと批判が噴出した。

 森氏の発言が女性を蔑視するだけでなく、あらゆる差別を禁じるとした五輪憲章の理念を踏まえていないことも明白だ。

 中でも男女平等の理念は近年の大会の大きな柱で、国際オリンピック委員会(IOC)の改革指針「五輪アジェンダ2020」は参加者の男女比率を同等にする目標を立てている。

 男女混合の団体種目採用を奨励して女子選手の割合を高めており、今夏の東京大会で48・8%、次回のパリ五輪で史上初の男女同数を見込む。役員の女性登用にも力を入れていた。

 森氏はそうした五輪精神への認識があまりに薄い。

 蔑視発言の中で森氏は、組織委の女性委員について「みんなわきまえておられる。発言も的を射ていて、われわれも役立っている」とも述べた。

 女性委員を持ち上げた発言のつもりだろう。しかし「わきまえている」という表現には、自由で活発な議論を封じ、都合の悪い発言を排除しようとする姿勢が垣間見える。

 森氏は以前から失言癖があり、2000年の衆院選で訪れた新潟市では「態度を決めていない有権者が寝ていてくれれば」などと発言した。

 蔑視発言があった評議員会では、出席者から失笑が漏れたという。「またか」と思わせたにしても、誰も異論を唱えなかったのは残念でならない。指摘がなくては、問題発言を肯定しているのと同じだからだ。

 東京大会は、新型コロナウイルスの感染拡大で開催自体が危ぶまれているが、森氏は2日の自民党の会合で「新型コロナがどういう形であろうと必ず開催する」と強調し、国民感情との隔たりも懸念されていた。

 菅義偉首相は5日の衆院予算委員会で発言を「五輪の重要な理念である男女共同参画と全く異なる」としたが、政府内に辞任を求める動きはない。

 このままトップを任せられるのか。政府は後手に回らぬよう冷静な判断を下すべきだ。



森会長の蔑視発言 五輪への“逆風”は深刻だ(2021年2月7日配信『山陽新聞』-「社説」)

 あまりにも立場をわきまえない不見識な発言に、憤りと失望感を覚える。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で女性蔑視ともとれる発言をし、国内外に波紋を広げている。

 批判を受けて翌日、森氏は発言を撤回して謝罪したが、組織委トップの言葉だけに重い。新型コロナウイルス禍に加え、大会へのさらなる逆風となりそうだ。

 失言が飛び出したのは、JOCが女性理事の割合を40%に引き上げる目標に絡んでのことだった。森氏は「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と述べ、「発言時間を規制しなければ終わらない」とも語っている。

 これでは、女性に「邪魔だから黙っていろ」と言わんばかりだ。会議は多様な人々が忌憚(きたん)なく意見を交わし、よりよい内容に高めていく場である。その貴重な議論を妨げるなどもってのほかだ。そもそも、発言時間の長短は性別とは全く関係なかろう。

 五輪憲章の根本原則には「人種、肌の色、性別、宗教」など、いかなる種類の差別も許さないことが記してある。東京大会の基本コンセプトも「多様性と調和」だ。森氏は、こうした根底に流れる精神の認識に欠けると言わざるを得ない。「五輪の顔」としての資質が問われる。大会のイメージは深く傷つこう。

 JOCは、女性理事の比率引き上げを目指す。国際的潮流である女性活躍を後押しするとともに、スポーツ界の深刻な課題の解決に向けて女性の発言力を高める狙いだ。

 森氏の発言はこうした取り組みに水を差すもので、国内外から批判が相次ぐ。辞任を求める声が多いのも当然だ。一方で、同席しながら失言をとがめることなく傍観していたとされるJOC評議員らの意識も問われよう。海外メディアも相次いで報道し、世界の関心の高さを示した。

 謝罪会見で、森氏は「五輪・パラ精神に反する不適切な表現だった」と反省の弁を語ったが、辞任は否定した。

 これを受け、国際オリンピック委員会(IOC)は「この問題は決着した」とする声明を発表した。日本政府やスポーツ団体も、発言を「不適切」としながらも辞任を促す動きは乏しい。コロナ禍で開催の有無が微妙な時期だけに、事を大きくしたくない思いがうかがえる。

 しかし、森氏はこれまでにも「子どもを1人もつくらない女性の面倒を税金でみるのはおかしい」などの失言を繰り返してきた。今回の件では東京都などに多くの抗議が寄せられたほか、ボランティアを辞退する動きもある。

 コロナ禍の中での五輪・パラ開催については、疑問を呈する声も多い。国民の理解を得て、アスリートが輝ける大会にするための「顔」をどうするか。組織委の姿勢が問われよう。



森氏の女性蔑視発言 五輪パラの顔にふさわしくない(2021年2月7日配信『愛媛新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が女性蔑視の発言をしたことが波紋を広げている。

 日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」「女性っていうのは競争意識が強い」「女性を増やす場合は発言の時間を規制しないと終わらないので困ると誰かが言っていた」などと述べていた。

 森氏は会見を開き、発言を撤回し謝罪したが、失言で済む問題ではない。会議が長いことや競争意識が強いことは性別と関係ないのは言うまでもなく、偏見を伴う発言に国内外から批判が高まるのは当然である。多様性の尊重をうたう五輪の「顔」としてふさわしくなく、かじ取り役を任せるに値しない。

 問題となったのは、JOCが女性理事の割合を40%に引き上げる目標を掲げ、役員選考の見直しを進めていることを受けての発言だった。JOCの理事は25人で、うち女性は現在5人にとどまる。

 五輪憲章はあらゆる差別を禁じており、中でも男女平等は大きな柱である。国際オリンピック委員会(IOC)も男女同数の五輪参加を目指し、五輪を通じた理想社会の実現を目標に掲げる。森氏の発言は、これらの理念や多様性の推進に取り組んでいる人々の努力を顧みないものだ。

 本当に反省しているかどうかも疑問符が付く。会見で「深く反省している」と低姿勢で臨んだものの、質疑に入るといら立ちや居直りを見せる場面があった。会長としての適性を問われると「さぁ」と首をかしげるなど、重く受け止ている様子はうかがえなかった。

 IOCは森氏の謝罪をもって「この問題は決着したと考えている」との声明を発表した。しかし、事態が収束するかどうかは見通せない。世界のアスリートや要人らから批判の声がやまず、東京都には大会ボランティアの辞退や抗議の電話が相次いでいるという。

 新型コロナウイルスの感染拡大で大会の開催そのものが危ぶまれる中、政府は新たな火種が生まれたことに危機感を強めなければならない。

 森氏の発言について菅義偉首相は「あってはならない」と述べたが、具体的な行動で示すべきだ。ここに至って本人をその立場に居続けさせることは開催国としての見識が疑われる。森氏が発言した際、出席者からとがめる声が出ず、全員が傍観者だった。そのこと自体も問われなければならない。

 世界経済フォーラムが2019年に発表した男女格差を示す「ジェンダー・ギャップ指数」で日本は153カ国中121位と過去最低だった。一連の事態は図らずも日本の「遅れ」を世界に示す結果となった。性差別認識や男女の不平等を改善していくために、一人一人が現状への問題意識を持ち続けたい。



「妨げになっているのはもはや政治的意思の欠如だけ」(2021年2月7日配信『しんぶん赤旗』ー「潮流」)

 「妨げになっているのはもはや政治的意思の欠如だけ」。ジェンダー平等について国際世論調査を行った民間団体が出した結論です。「市民の大多数は政府に行動を求めている」と報告書で強調しました

▼北京での世界女性会議から25年となった昨年、日本を含む17カ国の1万7千人に意見を聞きました。約8割がジェンダー平等を優先課題だとし、コロナ危機からの回復策の検討にもっと多くの女性を参加させるべきだと答えました

▼失業、家事・育児の負担増、暴力。コロナ禍のしわ寄せは女性に集中しています。しかし多くの国で回復策の議論からは排除されています。報告書は女性を加えた方がより効果的な対策を打ち出せるという研究結果を示し転換を促しました

▼女性の地位向上を目指す国連機関UNウィメンは調査結果を受けて「ジェンダー平等は私たちの世代で達成しよう」と訴えました。これほど強い世論があるなら真剣に応えるのが政治の務めでしょう

▼日本に関して注目すべき点は「政府はもっと行動するべきだ」と答えた人が約8割に上ったことです。17カ国中5番目の高さ。「ジェンダー平等後進国」への不満とともに変化を求めるエネルギーがうかがえます

▼政府の鈍さは森喜朗・東京五輪組織委会長の暴言への対応にも鮮明です。今年は総選挙の年。「政治的意思」に欠ける政権を退場させ、新しい日本へ扉を開く絶好の機会です。日本が変わればジェンダー平等社会を目指す世界の人々へ大きな激励になるでしょう。





森喜朗氏の発言 五輪トップに不適格だ(2021年2月6日配信『北海道新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言し、翌日記者会見で謝罪、撤回に至った。

 だが、記者に「面白おかしくしたいから聞いてるんだろ」などと反省の色がうかがえない言動を繰り返し、内外の批判が高まる異常な状況となっている。

 事態の深刻さを理解していないのではないか。五輪の機運を大きく損ないかねない。

 発言は女性蔑視ととらえられても仕方なく、到底許されない。

 男女共同参画の取り組みや、男女格差解消を目指す世界の潮流に逆行するばかりか、いかなる差別をも否定する五輪憲章に反する言動だと受け取られている。

 東京大会の実務を担うトップにふさわしくなく、辞任すべきだとの声がやまない。当然だろう。

 森氏は、会長としての適格性が厳しく問われる局面に立たされていると自覚しなければならない。

 発言は日本オリンピック委員会(JOC)の評議員の会合で出た。JOCは女性理事を40%以上とする目標を掲げており、森氏はあいさつで言及した。

 その際、組織委の女性たちは「みんなわきまえておられて」とも述べた。議論を封じる結果を招きかねず、極めて不適切だ。

 そもそも多様な意見が活発に出るのは会議として望ましい。居並ぶ男性から異論も出ず形式的に終わるのをよしとするのなら、早々に認識を改める必要がある。

 さらに問題なのが、この場面でJOCの評議員から森氏をいさめたり、疑問を呈したりするなどの発言がなかったことだ。

 米紙は「誰も異論を唱えなかった」とのネットの声を取り上げた。JOCは森氏を容認していると世界に認識されかねない。

 JOCの女性理事は現在約20%だ。増加に向けた工程表を示すなど、信頼回復に向けた行動を早急に起こすべきではないか。

 東京大会を「どんなことがあってもやる」と公言する森氏に反発したタレントが、聖火リレーの走者を断る事態も起きた。

 東京都には抗議電話が相次ぎ、大会のボランティア活動を辞退するとの連絡も寄せられている。

 首相時代から失言の多かった森氏だが、今回の発言の波紋はもはや世界に広がっている。

 コロナ禍に加え、森氏の不適切な発言により日本のイメージダウンは避けられない。「五輪の顔」の役割など期待できまい。



美しい唇と瞳(2021年2月6日配信『北海道新聞』-「卓上四季」)

 美しい唇であるためには、美しい言葉を使いなさい。わずか24時間のローマの休日で、世界中の人々をとりこにしたオードリー・ヘプバーンの言葉である。人の美しさは見かけではなく、内面が問われているということだろう

▼ナチス・ドイツ占領下のオランダでは、レジスタンス活動に携わった。幼い命が消えていく惨状に心を痛めていたのだろうか。戦後は国連児童基金の親善大使としても精力的に活動した

▼米国映画初主演で、いきなりアカデミー主演女優賞を手にした理由は、その知的な美貌と魅力的なしぐさだけにあるわけではなかったということだ

▼こちらは醜い言葉だった。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」発言である。会長は撤回したが、国内外で辞任を求める声がやまない。そこにこの人の本心を見たからだろう

▼問題の本質は森会長の不見識にとどまらない。発言があった会合ではいさめる人もなく、笑いすら広がったそうだ。傍観した人々を含め、社会全体の意識が問われていることを肝に銘じたい

▼冒頭の言葉には続きがある。美しい瞳であるためには、他人の美点を探しなさい。仮に、らしさというものがあるのであれば、そのらしさゆえに気づけることもあるだろう。人の美点をつぶしているのは、その瞳を閉ざす狭隘(きょうあい)な貧しい心にほかならない。



森会長の女性蔑視発言/五輪の妨げ 早急に辞任を(2021年2月6日配信『河北新報』-「社説」)

 首相まで務めたというのに、社会常識や国際感覚がなく、危機管理もまるでなってないと言うほかない。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長である。日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で女性を蔑視する発言をし、翌日の記者会見で撤回、謝罪した。

 しかも会見で居直りとも取れる態度を見せ、国内外から厳しい批判にさらされている。森氏は会長職を続けると表明しているが、五輪開催の妨げにしかならない。早急に辞任することを求める。

 森氏は「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」「競争意識が高く、誰か1人が言うと、みんな発言する」「数を増やしていく場合には、発言時間をある程度規制しておかないと」などと述べた。

 女性を見下してからかった、明らかな差別発言だ。見過ごすことはできない。

 水面下で根回しが行われ、本番は異論も出ずに短時間で終わる、いわゆる「シャンシャン会議」。森氏はこれが当たり前と考えているのだろう。

 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が主導した改革指針「五輪アジェンダ2020」は、参加国の男女比率を同等にする目標を掲げている。この理念に反することだけを持ってしても森氏が会長失格なのは明らかだ。

 「謝罪」会見で「不適切な発言だった。深く反省している」と述べながら、責任を問う質問には「承っておきます」「面白おかしくするために聞いているんだろう」と不機嫌そうに語気を強めた。

 新型コロナウイルスの収束が見通せず、東京大会開催に懐疑的な声が強まっている。国民感情を逆なでしかねないと設けた釈明の場で、かえって火に油を注いだ。

 国際的大イベントの地元トップの発言とあって、性差別に敏感な海外にも即座に広まった。日本のイメージが相当悪化したと言えよう。

 大会まで半年を切った。IOCや日本政府は火消しに躍起だ。IOCは「この問題は決着したと考えている」との声明を発表。菅義偉首相は国会で「(森氏の発言は)あってはならない」と述べたが、森氏の進退については言葉を濁した。

 政府内では、国内外の調整に政治力を発揮してきた森氏が辞めれば余計混乱するとの見方が支配的だ。
 果たしてそうか。

 五輪はボランティアの協力が欠かせない。東京大会には約8万人が必要とされる。組織委の「顔」として協力を呼び掛けるのが森氏だ。誰が快く応じたいと思うだろうか。

 コロナ下で疲労困憊(こんぱい)状態にありながら、協力しなければならない医療従事者も同じだ。選手の士気にも影響する。
 森氏の続投こそ大会の成功を危うくすることを、関係者は認識するべきだ。



仏教では、してはいけない行いを「十悪」と…(2021年2月6日配信『河北新報』-「河北春秋」)

 仏教では、してはいけない行いを「十悪」と呼ぶ。10のうち、口に関するものは、「綺(き)語」「妄語」「悪口(あっく)」「両舌」と四つもある。綺語はお世辞、妄語はうそ、両舌は二枚舌のことを言う。「口は災いの元」とはよく言ったもの

▼東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の口も災いをもたらした。ただし、こちらは十悪にはない「失言」。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などの発言が女性を蔑視し、五輪の理念を否定するのではないかと国内外から批判された

▼謝罪して撤回したものの、辞任は否定。記者会見での居直ったような言動からは事の本質と重要性を理解している様子はうかがえなかった。かえって火に油を注いでしまったようだ

▼森氏は首相在任中を含め、数々の失言が問題視された。「またか」とあきれた人もいるだろう。だが、海外は森氏個人の問題ではなく、日本が性差別に対してきちんと向き合っていない国だと受け止めている。こちらの方がより深刻ではないか

▼森氏は、過去にこんなことも言った。ソチ冬季五輪で、フィギュアスケートの浅田真央さんに対して「大事なときには必ず転ぶ」。「転ぶ」を「失言する」に置き換えると、ご本人のことに。首に鈴を付ける人はいないのだろうか。



批判の火に油(2021年2月6日配信『秋田魁新報』-「北斗星」)

 「多様性と調和」は東京五輪・パラリンピックの基本的な考え方の一つだ。当然、男女平等が重視される。組織委員会の森喜朗会長が知らないはずはない。ところがその口から女性蔑視発言が飛び出したのだから開いた口がふさがらない

▼首相時代を含め、もともと失言を繰り返してきたご仁である。少々の放言ならば驚かない。だが国内外の新型コロナウイルス感染拡大で五輪開催を危ぶむ声が広がるさなかに、国際的な批判まで招くようでは看過できない

▼会見を開いて発言を撤回し、謝罪したにもかかわらず、それは森氏の男女平等への無理解ぶりを明らかにしただけだ。いら立ちと居直り姿勢は世の反感を一層高め、批判の火に油を注ぐことになった

▼国会では菅義偉首相が連日、コロナ対応の遅れや与党議員らの銀座飲食問題を追及されて苦しい答弁に立たされている。そこに持ち上がったのが長男の総務省幹部接待問題とこの森氏発言だ。菅首相にとっては泣きっ面に蜂だろう

▼森氏に対して閣僚から相次いで懸念や批判の声が上がったのは当然だ。深刻なのは五輪ボランティアたちの失望ぶり。辞退者が続くようなことがあれば大会運営への影響も避けられない

▼女子の参加比率は48・8%と過去最高、開会式の旗手に男女1人ずつをペアで起用できる新ルールを適用―。これまで東京五輪は男女平等を重視して準備が進められてきた。掲げてきた理念を軽視するようでは五輪の成功が危うくなってしまう。



あまりにも不用意・不適切/森会長の女性蔑視発言(2021年2月6日配信『東奥日報』-「時論」)

 あまりにも不用意で不適切な発言だった。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、日本オリンピック委員会(JOC)名誉委員として出席したJOC評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と話した。

 国内のメディアばかりか国際通信社、米国の有力紙、英国の公共放送など影響力の大きな海外メディアも女性を蔑視する発言だと批判的に取り上げた。

 森会長は翌日の記者会見で謝罪し撤回したが、菅義偉首相は衆院予算委員会で「あってはならない発言」と断じた。

 五輪は世界が注目する祭典である。最高峰のスポーツ大会にとどまらず、平和や希望を感じ取れる貴重な機会と捉え、開催を心待ちにする人は多い。

 その明るいイメージを何より大切にする国際オリンピック委員会(IOC)と、日本の政府、東京都、そして大会組織委は、新型コロナウイルスの感染拡大がやまない中、1年間の延期を経て開催準備のラストスパートに入ろうとしている。

 開会式まで半年を切ったこのタイミングで、このような発言が組織委の会長から出たことは大きな驚きだ。

 森会長はJOCの枠組みの発言であって、組織委会長の職務と結びついたものではないと強調したが、もちろん、その言い訳は通用しない。

 森氏は組織委にも女性の理事らは7人ほどいて、国際的な舞台での経験があり、的を射た発言をしている、とも話したが「女性というのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言うと、自分も言わないといけないと思うのでしょう。みんな発言される」などと語った。

 JOCは女性の社会進出を加速しようとの世界的な動きに沿って、女性理事を増やし、その割合を全体の40%まで拡大する目標を掲げ、動き始めたばかりだ。目標値を定め、その達成を目指すやり方は世界基準となった。その取り組みに逆行する発言だったことで、JOC内部からも批判が上がっている。

 東京五輪の準備は無観客、もしくは無観客に近い規模であっても開催する方針が固まり、IOCの主導で政府、東京都、組織委は連携を強めている。しかし、さまざまな世論調査で浮かび上がってきた国民の全般的な反応は、コロナ対策に全力を傾けるべきで、この夏の開催には賛成できないというものである。

 森会長の発言によって、東京五輪のイメージは大きく傷ついた。それでなくても開催に懐疑的になっている人たちは、組織委のトップに失望しているに違いない。

 IOCは、森会長の謝罪と発言撤回を受け「決着した」との声明を出して火消しに回った。しかし、IOCと組織委それぞれの協賛企業は、社会の価値観に同調できない組織委のリーダーと五輪のイメージ低下を、そうやすやすと容認するだろうか。会長として不適格で、発言は辞任に値する。

 発言内容には女性委員に限らず、会議で時間をかけて民主的な論議を深めることへの理解が感じられない。逆にそれを否定する考えがのぞく。

 森氏は辞任する考えはないと言い切った。しかし今後、会長にと



森氏の女性発言 五輪会長として不見識すぎる(2021年2月6日配信『読売新聞』-「社説」)

 世界が注目する祭典を主導する立場として、あるまじき発言である。

 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が、日本オリンピック委員会(JOC)の会合で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる。女性は競争意識が強い」と述べた。

 女性差別と受け取られても仕方がない不見識極まりない発言だ。男女平等をうたった五輪憲章にも反している。森氏が謝罪した上で、撤回したのは当然である。

 JOCや各種スポーツ団体は、女性の理事らの割合を4割に増やすことを目指している。スポーツ分野での女性の活躍を後押しし、セクハラ防止などコンプライアンスの向上を図る意義は大きい。

 森氏の発言は、JOCが役員改選に向けて、まさに女性理事を増やそうと、議題の一つにした公の会合で出たものだった。

 日本で女性の参画が遅れているのは事実だろう。スイスの民間研究機関「世界経済フォーラム」によると、政治や経済などに関わる男女平等の度合いを示す指数で、日本は153か国中、121位にとどまっている。

 この不名誉な現状を改めようと、官民で現在、意思決定への女性参画を進める努力をしている最中だ。森氏の発言が、こうした機運への冷や水となったのは間違いない。組織委や東京都には、苦情や抗議が殺到しているという。

 差別発言は、海外メディアにも報じられた。森氏の発言が、あたかも日本を代表する意見だと誤解されないよう、大会関係者は、丁寧に説明を尽くす必要がある。

 国際オリンピック委員会(IOC)は、森氏の謝罪を受け、「問題は終結した」との立場だ。事態を早期に収拾し、五輪本番に向けた準備を急ぎたいのだろう。

 森氏は辞任を否定しているが、大会運営を担う組織のトップとして、自覚を欠いている。開幕を5か月半後に控えたこの時期に、失言で混乱を招いた責任は重い。発言の影響を踏まえて、身の処し方を再考すべきではないか。

 新型コロナウイルスの感染が拡大し、五輪開催に懐疑的な人が増えている。国内での感染を抑え込み、海外の選手に安心して入国してもらえる環境を整えられるかどうかの正念場を迎えている。

 政府と東京都、組織委などが緊密に協力して、安全な大会の実現に向けた精緻(せいち)な計画をつくらなければならない。感染症対策に最優先で取り組み、不安の払(ふっ)拭(しょ)くに努めることが大切である。



笑い話にもならない(2021年2月6日配信『日本経済新聞』ー「春秋」)

 英国の漫画家ジャッキー・フレミングさんが、19世紀の女性観を風刺絵本「問題だらけの女性たち」(松田青子訳)に描いている。呆(あき)れるほどの性差別と偏見のオンパレード。科学者のダーウィン、作家のモーパッサンはじめ名だたる偉人たちの迷言ぶりがすさまじい。

キャプチャ

▼哲学者のショーペンハウアーいわく「女性は芸術やほかのいかなる分野においても、真に優れた、独創的な偉業を成し遂げることができない」。なぜなら、ベートーベンのような天才の髪形をしていないからだとか。思想家のラスキンによれば「女性の知能は発明や創造には向いていない。男性を讃(たた)えるのが天職」らしい。

▼極めつきは近代五輪の父クーベルタン男爵の言葉である。「女性がボールを投げようとしている姿は見るも無残で拍手をしているほうが自然」なのだそうだ。どんな才人でも、その時代の迷信や固定観念から逃れるのは難しい。ましてや凡人をや。過去の過ちを乗り越えて手にした尊い理念も、放っておくと忘れてしまう。

▼だからこそ人は普遍の理念を明文化する。1925年に誕生した五輪憲章もその一つだ。肌の色、宗教、政治、性別、その他いかなる種類の差別も許さない。掲げた理想は地球上で共有されている。にもかかわらず19世紀さながらの偏見を堂々と披露する御仁(ごじん)がいる。その姿は滑稽だが現代では絵本の笑い話にもならない。



森氏の問題発言 組織委もJOCも猛省を(2021年2月6日配信『産経新聞』ー「主張」)

 どこまで東京五輪・パラリンピックを逆風にさらすつもりか。

 女性蔑視と受け取れる発言をしたとして、謝罪した大会組織委員会の森喜朗会長である。

 3日に行われた日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で、森氏は「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と発言し、女性理事が意見を述べる際の時間制限などにも言及した。

 組織委の女性理事について「わきまえておられて、的を射たご発信をされて非常にわれわれも役立っている」とした発言も看過できない。組織運営への女性の参画や男女平等は、国際オリンピック委員会(IOC)が掲げる理念でもある。いかにも女性を見下ろした森氏の物言いが、世論の強い反発を買ったのは当然だ。

 森氏は誤解を生んだとして、4日に発言を撤回したが、問題の根本を分かっていない。世論が批判するのは、女性起用への森氏の認識に対してである。発言を「誤解」したからではない。

 男性中心で行われてきた競技団体の組織運営は、閉鎖的な体質を生み、助成金の不適切受給やパワーハラスメントなど、規範意識の薄さは目に余るものがあった。女性参画は組織運営に多様な意見を反映させ、風通しをよくするための時代の要請といえる。

 東京大会では、女性選手の比率が史上最高の48・8%となる。男女がほぼ同数となる歴史の転機の重みを、森氏が理解しているとは言い難い。政官財界との太い人脈を生かし、開催準備を推し進めてきた功績は否定しない。だが、その発言が事あるごとに物議を醸しても周囲が止められず、野放しになっていたことも事実だろう。

 角が立つ物言いを、世間が受け入れたわけではない。森氏がトップに立つことが開催機運の障害となっている現実を、組織委は自覚してほしい。

 JOCも同罪である。臨時評議員会では、森氏の発言をとがめる声は出なかった。山下泰裕会長が5日になってやっと発言を疑問視する見解を示したのは、当事者意識の深刻な欠如を物語る。

 ただでさえ、新型コロナウイルス禍が広がる中での五輪開催準備には批判が強い。組織委やJOCには猛省を求めたい。これ以上向かい風が強まれば、開催への機運は本当にしぼんでしまう。



うさんくさく危うい(2021年2月6日配信『産経新聞』ー「産経抄」)

「正しさ」で厚化粧した集団いじめに立ち会ったかのようで、割り切れない。テレビをつけると、どの局も東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性に関する発言に対する批判ばかりが飛び込んでくる。各界の識者らが異口同音に、森発言への怒りと当惑を表明していた。

 ▼発言内容の評価については、5日の小欄も「日本のイメージを著しく低下させる」と記した。ただ、同日の朝日新聞社説が「暴言・妄言」「ゆがんだ考え」「女性全般を侮辱」とまで書いたことには疑問と違和感を覚えた。失言だとしても、そこまで断じる根拠は何かと。

 ▼森氏をめぐっては首相時代の平成12年、「日本は天皇を中心としている神の国」と述べた発言が、「政教分離違反だ」「戦前の軍国主義を想起させる」などと猛反発を招いたこともある。左派系団体やマスコミによる非難の大合唱に、小紙も一時は乗っかった。

 ▼ただ、森氏は同時に「神様であれ仏様であれ」「どの信じる神、仏も大事にしよう」とも語っていた。首相官邸詰めだった抄子は当時、「神の国」発言に憤る若い民放記者に意見を求められ、「神々の国という意味で問題はないのでは」と答えたのを記憶している。相手は不得要領の様子だったが。

 ▼政治家や著名人をはじめ、誰しも犯しうる失言や言い間違いが騒がれ、はやし立てられる場面が目立つ。SNSの発達で情報が発信、共有、拡散されやすくなっただけに、その威力と影響力も大きい。コロナ禍で多くの人が欲求不満を抱え、攻撃的になっているのも事実だろう。

 ▼やむを得ない部分もあるとはいえ経験上、一つ気を付けていることがある。マスコミが一斉に大上段に構え振り下ろす「正義」は、うさんくさく危うい。



心から楽しそうな顔をしながら、憎まれ口をあびせてくる。至芸…(2021年2月6日配信『東京新聞』-「筆洗」)

 心から楽しそうな顔をしながら、憎まれ口をあびせてくる。至芸だろう。「笑いながら怒る人」を俳優竹中直人さんは、学生時代にものにして以来、四十年以上にわたって求められ、演じてきたそうだ。現実にはありそうにない不条理の笑いは何度見ても面白い

▼こちらは、何度思い出しても愉快にならない。失言が芸風というわけでもないだろう。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の発言である

▼先日の会見で、現実にはありそうにない「謝りながら怒らせる人」を見たような気がする。女性蔑視と指摘される発言を撤回し、謝罪しているものの、むしろ怒りは広がっている

▼女性の発言について不条理にも特有の傾向があると決め付け、しかもそれを好ましくない面とみなしている。会見でおわびはしたけれど、不機嫌そうに「だから撤回させていただきますと言っている」などと発言していた。本音に変わりはないといったところがにじみ出ていたように映った

▼謝罪会見であったのならば、発言撤回などに増して大事なのは、人が許せると思えたかどうかのはずだ。男女平等の五輪の理念を掲げ直す好機になったのかもしれないが、そうはなっていない

▼献身的にやってきた人であることに疑いはないけれど、理念を軽視しながら五輪の開催に突き進む人になっていないか。世の中との距離は開いたようだ。



森会長の問題発言(2021年2月6日配信『福井新聞』-「論説」)

女性の社会参画に反する

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視発言が波紋を広げている。女性理事を増やす日本オリンピック委員会(JOC)の方針に対して述べ、後に「不適切な発言」と謝罪し撤回したが、国会などで辞任を求める厳しい声も上がっている。女性の社会参画が進む世界の流れに逆行する問題発言であり、重く受けとめる必要がある。

 森氏はJOCの臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと語った。JOCは女性理事が約20%にとどまっており、40%に拡大する目標を掲げた。森発言はこの方針を巡ってなされ、国内外のメディアから大きな批判を浴びた。

 発言は性別などあらゆる差別を禁ずる五輪憲章に反し、東京大会の基本コンセプトの一つ「多様性と調和」にもそぐわない。

 衆院予算委員会で菅義偉首相は「スポーツ分野においても女性の社会参画は極めて重要」と語り、「あってはならない発言」と断じた。森会長は辞任を否定したが、リーダーとしての見識が疑われ、大会の「顔」として世界に誤ったメッセージを発信した責任は重い。会議で、発言に誰も異論を唱えなかったJOCも在り方が問われよう。

 昨年12月に閣議決定した「第5次男女共同参画基本計画(5次計画)」は、2030年代には誰もが性別を意識することなく活躍でき、指導的地位にある人々の性別に偏りがない社会を目指すと表明。そのための通過点として「20年代の可能な限り早期に指導的地位に占める女性の割合が30%程度となるよう目指して取り組みを進める」とした。

 そもそも、これは03年に掲げた「20年までに少なくとも30%程度」との目標が達成できず、期限を先送りした内容だ。

 世界経済フォーラムが公表した女性の社会進出の指標「男女格差報告」によると、日本は153カ国中121位にとどまる。今回の問題は、図らずも日本の立ち遅れた現状を浮き上がらせることになった。

 とりわけ、政治や経済分野で指導的地位にある女性の割合は低い。衆院議員に女性が占める割合は全体の1割、世界最低レベルだ。5次計画では、国政選挙で候補者に占める女性の割合を一定以上にする「クオータ制」の導入など具体的な対策を求めている。

 JOCが目標値を定め、その達成を目指す方法は世界標準であり、その取り組みにも水を差す発言だった。

 一方、日本が遅れた要因として「社会全体に固定的な性別役割分担意識や無意識の思い込みがある」(5次計画)との指摘がある。今回のような発言が飛び出す土壌を改める必要もあろう。



森氏の女性蔑視/「五輪の顔」には不適格だ(2021年2月6日配信『神戸新聞』-「社説」)

 耳を疑うような発言だ。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で、女性理事増員の方針を巡って「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と述べた。

 女性蔑視の暴言と言うしかない。性別をはじめあらゆる差別を許さない五輪の精神に反し、国内外から厳しい批判が集まるのは当然である。世論の強い反発を受け、森氏は発言を撤回し「深く反省している」と謝罪したが、辞任は否定した。

 釈明会見では、質問する記者に「面白おかしくしたいから聞いているんだろ」と開き直るような態度も見せた。問題の本質に目を向けておらず、組織委トップとしての資質に欠ける。「五輪の顔」としてふさわしくない。直ちに辞任すべきだ。


 海外では国内以上に問題視されている。米紙ニューヨーク・タイムズは「森氏の時代遅れの態度こそが本当の問題」とし、単なる失言にとどまらないとの見方を示した。五輪開催国として恥ずかしい限りである。

 新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期された東京大会は、感染の収束が見えず開催への慎重論が広がっている。安全な大会の実現に向けて参加各国の理解と協力が不可欠な中、問題発言で開催への機運がさらにしぼみかねない。森氏の責任は極めて重い。

 深刻なのは、会議中に発言をたしなめる動きがなかったことだ。

 森氏は会議で「女性っていうのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言われると、自分も言わないといけないと思うんでしょうね」と述べている。むしろ議論が活発化するのを喜ぶべきではないか。当然ながら、それは性別を問わない。

 一方で組織委の女性委員については「わきまえておられる」とし、異論を述べないことを評価するような発言もあった。組織委の中に自由に議論できない空気があるとすれば、コロナ禍で新たな発想が求められる大会運営の支障になりかねない。

 ネット上でも森氏の見方を疑問視する意見が広がり、ツイッターでは「#わきまえない女」との検索目印(ハッシュタグ)が付いた投稿が拡散している。日本社会の在り方を問う議論を呼び起こしつつある。

 衆院予算委員会でこの発言について問われた菅義偉首相は「詳細は承知していない」と答弁した。男女共同参画を率先して進める政府の立場から、厳しく戒めるべきだった。

 五輪の開幕まで半年を切った。感染状況を見極めつつ、開催への道を探る日本の動向を世界が注視している。森氏は問題の重大さをわきまえ、速やかに進退を決すべきだ。



森会長発言の波紋 「五輪の顔」の資格なし(2021年2月6日配信『中国新聞』-「社説」)

 もはや「五輪の顔」の資格はない。東京五輪・パラリンピック組織委員会会長である森喜朗氏の女性蔑視発言が、国内外でなおも波紋を呼んでいる。

 森氏は日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会の席上で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などとあいさつした。その後、「不適切な表現だった」として発言を撤回し、謝罪した。会長職を辞する考えはないようだ。

 当初の発言もさることながら、その後の釈明や振る舞いまでが元首相でもある公人の立場にふさわしくない。謝罪するはずの会見で気色ばむなど、事の重大性を自覚していない。

 自らの発言がどれだけの影響を及ぼすのか分からない人に、今の立場は任せられまい。即刻辞任する選択肢しかない。

 見逃せないのは、JOCの女性理事の比率を20%から40%に引き上げる目標が報告された会合での発言であることだ。明らかに、JOC理事に女性を増やすべきではない、という趣旨と取れる。しかも、女性の比率を引き上げた場合には「発言の時間をある程度規制しないと終わらない」と続けてもいる。

 全くもって森氏の発言趣旨は五輪の理念と相いれない。

 五輪憲章が定める権利と自由は、いかなる種類の差別も受けることなく確実に享受されなければならない、とされる。さらに国際オリンピック委員会(IOC)も女性の地位向上を支援しているほか、東京五輪そのものが「多様性と調和」を、大会ビジョンに掲げているではないか。異論を封じ込めるような発言の部分もまた看過できない。

 スポーツに限らず、男女格差の是正を巡る日本の動きは世界に後れを取る。政治家や企業役員の一定数を女性に割り当てる制度を導入した国もあって取り残されるばかりだ。指導的地位に就く女性の割合を「2020年までに30%程度」とした政府目標も先送りされた。

 個人的な思い込みにすぎない森氏の発言が一連の男女共同参画推進の政策にブレーキをかけ、この分野での日本への国際的評価をさらに失墜させることになろう。「文科省(文部科学省)がうるさく言う」との発言も、政府目標など一顧だにしない姿勢の表れではないか。

 国内世論の大勢は、コロナ対策を最優先の課題とみて、この夏の五輪には疑問符を付けている。とはいえ東京五輪の準備は無観客または無観客に近い規模でも開催する方針が固まり、IOCの主導で政府、東京都、組織委は連携を強めてきた。

 それだけに森氏の発言は、開催へ努力してきた関係者や開催を目標としてきたアスリートにとっては衝撃だろう。ボランティアを辞退する動きも出始めているほか、東京都に抗議電話が殺到しているという。東京五輪のイメージは明らかに傷ついた。開催に懐疑的な世論が勢いを増す可能性も十分ある。

 菅義偉首相は「あってはならない発言」などと国会答弁するにとどまり、指導力を発揮していない。森氏の謝罪と発言撤回を受けて、IOCは火消しに回っているほか、山下泰裕JOC会長も、職責を全うしてほしいと述べているが、感覚を疑う。

 火種は依然くすぶっている。国内外の世論を見誤るべきではない。



森氏の発言(2021年2月6日配信『愛媛新聞』-「地軸」)

 先日、エジプト北部の神殿で発掘された古代ミイラの口から「黄金の舌」が見つかったとの発表があった。金箔(きんぱく)で作られた護符らしいが、まさに舌に見えて驚かされる

▲古代エジプトでは、死者は冥界の王オシリス神の法廷にかけられるとの信仰があったという。黄金の舌には、生前の行為を弁明できるようにとの願いが込められていたようだ

▲古来、人々がそれだけ言葉を大切にしてきた証しとも思える。ただ残念ながら、そうでない人もいる。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長だ。日本オリンピック委員会(JOC)の会議で、JOCの女性理事を増やす方針に関連し「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言した

▲男女平等を掲げる五輪の理念に反するどころか、女性蔑視も甚だしい。数々の舌禍で知られる森氏もさすがにまずいと思ったのか、翌日に発言を撤回して謝罪。しかし、会長辞任は拒み、開き直りとも取れる説明からは反省の色が見えなかった

▲「女性への偏見をまき散らす人はリーダーにふさわしくない」。森氏の言動に対し国内外の各界でこうした批判が相次ぐ。男女平等で後れを取る日本社会の現状にも向けられており、対応が問われている

▲五輪の開催が正念場にある中での失態。森氏に弁解の余地はなく、五輪責任者として不適格なのは冥界の王でなくとも分かる。元首相であり、せめて出処進退は潔く判断を。



【女性蔑視発言】森氏は五輪の顔に適さぬ(2021年2月6日配信『高知新聞』-「社説」)

 新型コロナウイルスの感染収束が見通せず、ただでさえ開催に懐疑的な見方が強まっている東京五輪・パラリンピックへの逆風をさらに強めた責任は重い。

 大会組織委員会の森喜朗会長による女性蔑視発言が国内外で批判を広げている。日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で、JOCが女性理事を現在の約20%から40%まで増やす方針に関し、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言した。

 批判を浴びて翌日には「不適切な表現だった」と発言を撤回して謝罪した。だが、大会の準備や運営を担う組織の責任者は、それで済むような立場ではない。記者会見での反省を感じさせない横柄な態度も火に油を注いだ。

 五輪憲章は、性別を含むあらゆる差別を認めないことを原則に掲げている。国際オリンピック委員会(IOC)が2014年にまとめた五輪改革案「アジェンダ2020」も男女平等の推進をうたう。

 参加者の男女比率を同等にする目標を掲げ、男女混合の団体種目採用も奨励。東京五輪は女子の参加比率が48・8%に達し、24年パリ五輪では史上初めて男女同数が見込まれている。

 世界的にも政治や経済、教育など各分野で男女格差の大きさが批判される日本は、スポーツ界でも組織の意思決定を担う女性の進出が遅れている。

 スポーツ庁は、中央競技団体の女性理事の登用を40%以上とする目標を定めている。これも閉鎖的なスポーツ界を活性化させ、女性や障害者、幅広い年代など裾野を広げる期待が込められていたはずだ。

 森氏の発言は、組織委員会が掲げるコンセプトの一つ、「多様性と調和」にも逆行する。森氏の失言癖は首相時代から知られるが、自らの立場をわきまえず、五輪精神と相いれない発言への反発すら想像できないのなら、東京大会の「顔」として適任ではない。

 ジェンダー意識が高い欧米からは「性差別」「時代遅れ」などと敏感な反応が出ている。収束が見通せない感染症の流行と相まって、女性選手を中心に東京大会を回避するような動きが出ないとも限らない。

 国内の反発も大きい。ツイッター上ではボランティアの辞退も取りざたされている。東京五輪は「新型コロナがどういう形だろうと必ず開催する」という森氏の別の発言に反発した芸能人が、聖火ランナーを辞退する動きも出ている。

 組織委員会の会長自らが東京五輪への国民の疑念や批判を増幅するようでは、競技人生を懸けている選手たちこそが気の毒だ。
 森氏は辞任を否定しながら、「自分からどうしようという気持ちはない」と述べている。

 菅義偉首相は、国会で「五輪の重要な理念である男女共同参画と全く異なる」と述べた。ならば、五輪の理念を重視して森氏に辞任を求めるべきである。 



「恥を知りなさい」(2021年2月6日配信『高知新聞』-「小社会」)

 人気を集めたテレビドラマ「半沢直樹」の最終回。江口のりこさん演じる国土交通大臣が、不正を暴露された与党幹事長に言い放った。「恥を知りなさい!」。胸のすく思いをした人は多かったろう。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の発言を聞いて思い出した。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」「女性っていうのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言われると、自分も言わないといけないと思うんでしょうね」

 女性蔑視の内容のひどさは言わずもがな。発言があったのは日本オリンピック委員会の臨時評議員会の席上だが、発言に対し出席者から異論は出なかったという。ドラマのような「一喝」を期待するのは無理な話か。

 森氏は「組織委にも女性はいるが、みんなわきまえている」とも言った。「わきまえる」というのは、一部の人に忖度(そんたく)し、変だと思っても声を上げないことを指すのか。だとすればそうした組織に、五輪開催に向けてコロナ禍を乗り越える知恵を出すことなどできはしない。

 聖火リレーや大会ボランティアを辞退する動きも出始めた。ただでさえ、五輪は開催できるかどうかの胸突き八丁にかかっている。さらに国民の意欲をそいだこと甚だしい。

 「日本は神の国」「有権者は寝ていてくれれば」。思い起こせば時代遅れで横柄、侮辱的な失言の数々。わきまえなければならないのは誰なのか。



森氏の蔑視発言 根深い性差別の解消図れ(2021年2月6日配信『西日本新聞』-「社説」)
2021/2/6 6:00

 まさに耳を疑う言葉である。首相まで経験した人物が立場をわきまえず、自覚なく性差別に根ざした見解を公の場で語る。そんな社会から私たちは脱却しなければならない。

 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長の発言が国内外で批判されている。

 日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと述べた。JOCが女性理事の割合を40%に引き上げる目標を掲げ、役員選考の見直しを進めていることを受けたものだった。

 性別や人種など属性に基づき物事を決め付けるのは差別や偏見そのものだ。既に日本社会でも共通認識となっている。会議の発言時間に長短はあっても、それは個人差だろう。

 会議の在り方としても、根回しがなされて予定調和で終わるより、多角的な視点から活発な意見が出て結論を導く方が組織や社会にとって有益なはずだ。

 だからこそ、国内外で女性の登用を進め、社会的地位を向上させる取り組みが長年続いている。日本でもようやく、社会的少数派を排除せず多様性を尊重しようという価値観が定着しつつあるのではないか。

 JOCがよって立つ五輪憲章にも、あらゆる形態の差別の禁止が明記されている。女性は意見を控えよと言わんばかりの森氏の発言は、その精神や世界の潮流に逆行するものだ。

 森氏は発言を撤回して謝罪したが、五輪運営の最高責任者として資質に欠けると言わざるを得ない。辞任にも値しよう。

 森氏はこれまでも女性を侮辱するようなものをはじめ失言や問題発言を繰り返してきた。それでも、今回の問題を個人の資質で済ませてはならない。

 現に、JOCの会議では森氏をいさめる発言はなく、笑いも漏れたという。発言に違和を感じながらも事を荒立ててはならないと受け流す。今もそれをよしとする風潮が残る。そうした振る舞いこそが、差別や偏見を温存すると考えるべきだ。

 日本は男女平等の観点では著しい後進国だ。世界経済フォーラムの指標で153カ国中121位にとどまる。現職国会議員に女性は14%にすぎない。政府が2003年に掲げた「20年までに女性の管理職登用を30%程度」との目標も達成できず、昨年末に期限は先送りされた。

 こうした社会変革の遅れが森氏のような発言を生む土壌になっている。菅義偉首相は森氏の発言を「あってはならない」と述べた。それでは不十分だ。政府は今回の問題を教訓に、性別により理不尽な扱いをされない社会づくりを加速すべきだ。



森会長発言(2021年2月6日配信『佐賀新聞』-「論説」)

不適格で辞任に値する

 あまりにも不用意で不適切な発言だった。翌日の記者会見で謝罪し撤回したが、菅義偉首相は衆院予算委員会で「あってはならない発言」と断じた。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、日本オリンピック委員会(JOC)名誉委員として出席したJOC評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と話した。

 国内のメディアばかりか国際通信社、米国の有力紙、英国の公共放送など影響力の大きな海外メディアも女性を蔑視する発言だと批判的に取り上げた。

 五輪は世界が注目する祭典だ。最高峰のスポーツ大会にとどまらず、平和や希望を感じ取れる貴重な機会と捉え、開催を心待ちにする人は多い。

 その明るいイメージを何より大切にする国際オリンピック委員会(IOC)と、日本の政府、東京都、そして大会組織委は新型コロナウイルスの感染拡大がやまない中、1年間の延期を経て開催準備のラストスパートに入ろうとしている。

 開会式まで半年を切ったこのタイミングで、このような発言が組織委の会長から出たことは大きな驚きだ。

 森会長はJOCの枠組みの発言であって、組織委会長の職務と結びついたものではないと強調したが、もちろん、その言い訳は通用しない。

 森氏は組織委にも女性の理事らは7人ほどいて、国際的な舞台での経験があり、的を射た発言をしている、とも話したが「女性というのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言うと、自分も言わないといけないと思うのでしょう。みんな発言される」などと語った。

 JOCは女性の社会進出を加速しようとの世界的な動きに沿って、女性理事を増やし、その割合を全体の40%まで拡大する目標を掲げ、動き始めたばかりだ。目標値を定め、その達成を目指すやり方は世界基準となった。その取り組みに逆行する発言だったことで、JOC内部からも批判が上がる。

 東京五輪の準備は無観客、もしくは無観客に近い規模であっても開催する方針が固まり、IOCの主導で政府、東京都、組織委は連携を強めている。しかし、さまざまな世論調査で浮かび上がってきた国内の市民の全般的な反応は、コロナ対策に全力を傾けるべきで、この夏の開催には賛成できないというものだ。

 森会長の発言によって、東京五輪のイメージは傷ついた。それでなくても開催に懐疑的になっている市民は、組織委のトップに失望しているに違いない。

 IOCは、森会長の謝罪と発言撤回を受け「決着した」との声明を出して火消しに回った。しかし、IOCと組織委それぞれの協賛企業は、社会の価値観に同調できない組織委のリーダーと五輪のイメージ低下を、そうやすやすと容認するだろうか。

 発言内容には女性委員に限らず、会議で時間をかけて民主的な論議を深めることへの理解が感じられない。逆にそれを否定する考えがのぞく。

 森氏は辞任する考えはないと言い切った。しかし、会長にとどまることでさまざまな悪影響が今後表れれば、身の処し方を再考する機会があるのではないか。会長として不適格で、発言は辞任に値する。(共同通信・竹内浩)



想像力のかけらもない(2021年2月6日配信『熊本日日新聞』-「新生面」)

 青空を背景に鮮やかな黄色が目にまぶしい。知人宅の庭にあるレモンの木が鈴なりの実をつけた。先日、トゲに悩まされながら収穫を手伝い、お礼にと数十個も分けてもらった

▼それで思い出したのが、大正末に書かれた梶井基次郎の小説『檸檬[れもん]』だ。これといったストーリーはなく、若者の言いようのない不安、憂鬱[ゆううつ]を描いた作品である。主人公が想像上、爆弾と見立てたレモンを書店の棚に置く場面が印象に残る

▼そんな日本文学の名作を引き合いに出すのは気が引けるが、こちらも東京五輪にとって「言いようのない不安」なのでは。組織委員会の森喜朗会長である。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と発言し、波紋を広げている

▼国内外からの厳しい批判を受け一昨日、発言を撤回し謝罪はした。だが、内心では「オレのどこが悪いんだ」と思っているのか、記者の質問にいらだち、逆ギレする始末。何のために開いた会見なのか。ますます印象を悪くしただけである

▼森氏はもともと、放言、失言癖で知られる。とはいえ「時間がかかる」にせよ「組織委の女性はわきまえている」にせよ、透けて見えるのは女性は控えめであるべきだという凝り固まった考えだろう。自らの言葉への想像力のかけらもない

▼新国立競技場や公式エンブレムの白紙撤回、コロナ禍による延期と、トラブル続きの東京五輪に追い打ちをかける発言である。世界のアスリートが心置きなく集うためにも、ここは潔く身を引くべきと思うが、いかがか。



森氏女性蔑視発言(2021年2月6日配信『宮崎日日新聞』-「社説」)

◆釈明逆効果で会長不適格だ◆

 あまりにも不用意で不適切な発言だった。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と発言。国内のメディアばかりか国際通信社、米国の有力紙、英国の公共放送など影響力の大きな海外メディアも女性を蔑視する発言だと批判的に取り上げた。

 五輪は最高峰のスポーツ大会にとどまらず、平和や希望を感じ取れる貴重な機会でもある。その明るいイメージを何より大切にする国際オリンピック委員会(IOC)と、日本の政府、東京都、そして大会組織委は新型コロナウイルスの感染拡大がやまない中、1年間の延期を経て開催準備のラストスパートに入ろうとしている。

 開会式まで半年を切ったこのタイミングで、このような発言が組織委の会長から出たことは驚きであり大変残念だ。森会長はJOCの枠組みの発言であって、組織委会長の職務と結びついたものではないと強調したが、もちろんこんな言い訳は通用するはずがない。

 森会長は組織委にも女性の理事らは7人ほどいて、国際的な舞台での経験があり、的を射た発言をしている、とも話したが「女性というのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言うと、自分も言わないといけないと思うのでしょう。みんな発言される」などと語った。

 JOCは女性の社会進出を加速しようとの世界的な動きに沿って女性理事を増やし、全体の40%まで拡大する目標を掲げ、動き始めたばかりだ。これに逆行する発言でもあり、JOC内部からも批判が上がっている。

 今回の女性蔑視発言によって東京五輪のイメージは傷ついた。それでなくても、さまざまな世論調査で示される市民の反応は、コロナ感染拡大への懸念から五輪開催に懐疑的なものが多勢を占めている。さらに失望が広がったことは確実だ。

 IOCは、森会長の謝罪と発言撤回を受け「決着した」との声明を出して火消しに回った。しかし、IOCと組織委のそれぞれの協賛企業は、社会の価値観に同調できない組織委のリーダーと五輪のイメージ低下を、そうやすやすと容認するだろうか。横柄な態度や不機嫌な表情で釈明の場に立った森会長からは到底、「決着」に向かおうとする真摯(しんし)な姿は浮かんでこなかった。SNS上でも逆ギレ会見などと批判が相次ぎ、”炎上”状態になっている。

 森会長は辞任する考えはないと言い切った。しかし、会長にとどまることで悪影響が今後表れる可能性もある。身の処し方を再考する機会である。



「下に見る」体質(2021年2月6日配信『宮崎日日新聞』-「くろしお」)

 エッセイストの酒井順子さんは女子高から共学の大学に進学し、経験したことがない男女の上下関係にびっくりしたという。体育会系サークルでは「女子は男子よりも軽視され、時には邪魔者扱いされた」。

 著書「下に見る人」に記している体験。もっと驚いたのは飲み会で喜んで男子に酌をして回るなど「自ら進んで『下』の立場になるような女子」の存在と、それをまんざらでもないように振る舞う男子が多くいることだ。支配されながらも怒りを覚えるようになった。

 心中では逆に男子を見下すようになり、一種のねじれ現象が起きたという。そして気付いたのが「互いが互いを『同じ』と見る」難しさとそれが生み出す不幸。男尊女卑をはじめ、いじめの問題等、学校や職場など日本社会の隅々にはびこる差別の体質に考えを巡らせる。

 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視発言が激しい批判を浴びている。”開き直り”とも取れる謝罪会見で「下に見る人」を強調した格好になった。「東京大会の顔にふさわしくない」と辞任を求める世論は盛り上がる一方。男女差別に社会が敏感に反応したといえよう。

 ただ問題発言が出た会議でだれも反論しなかったことも含め、日本社会に根強く残る差別感情が露呈したという見方もできる。森会長の責任は重大であるが、社会全体が「下に見る」体質の解消に努めなければ、多様性を重んじる世界の潮流に背くことになる。



社会は徐々にしか変わらない-(2021年2月6日配信『南日本新聞』-「南風録」)

 社会は徐々にしか変わらない-。スコットランドが舞台のミステリー小説「黒と青」に出てくる記者メイリーは、女性が冷遇される現実を前に言う。「平等という大量の光沢剤が以前からの古い壁紙の上にぶちまかれただけ」。

 一気に光沢剤が剥がれ落ちたといったところか。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」。女性蔑視とも取れる発言をしたのは、東京五輪・パラリンピック組織委員会のトップ、森喜朗会長である。

 内輪の世間話ではない。日本オリンピック委員会の臨時評議員会で、記者にも公開されていたオンライン会議の場だ。翌日、会見で発言を撤回し、謝罪したものの後の祭り。日本の古い壁紙を世界中にさらしてしまった。

 海外メディアは、日本の現状を合わせて批判的に報じた。企業や公務員の女性管理職は2019年時点で14.8%にとどまり、米国の40%超、英仏の30%超と比べて開きが大きい。女性議員の比率の低さを取り上げた米紙は「政治機構が世界で最も男性優位な国」と指摘した。

 先日の本紙は県内自治体の管理職への女性登用率を報じた。11市町村がゼロ。県平均10.3%は、全国44位と情けない。男性優位な県の汚名を返上しなくては。

 古い壁紙を貼り付けている接着剤は強力だ。またこの上に、光沢剤でごまかし続けるのか。いっそ、壁ごと新しいものに取り換えたほうがいい。



森問題の教訓を生かす道(2021年2月6日配信『日刊スポーツ』ー「政界地獄耳」)

★元首相・森喜朗が五輪組織委員会会長に君臨していることも含め、過去の暴言や失言にさかのぼりメディアもネットも大騒ぎだが、森が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」「わきまえる女」などの発言を謝罪し、撤回したことについてIOC(国際五輪委員会)は「その部分については理解した。政府としては引き続き、東京大会に向けて努力してほしい」と不問に付すとした。

★だがJOC(日本オリンピック委員会)やJSPO(日本スポーツ協会)、スポーツ庁などの団体首脳から森に対して批判は出ない。批判しているのはスポーツ団体以外の普通の感覚を持った人たちだ。横で森の発言を聞いていた人たちも森をとがめたわけではない。あえて言えば我が国には森の考えや価値観を苦々しく思っている人たちが圧倒的に増えたものの、年配の権力層になるほど、それを正すどころか賛同者が増えるという旧体質がはびこる。つまり昭和から続く保守政治の源泉の思想とスポーツ界が結びついていることに帰結する。

★18年ごろ、五輪招致が決まった後、さまざまなスポーツ競技団体でセクハラやパワハラ、暴力がはびこっていることが露呈した。大相撲の大麻所持、親方らによる暴行死事件、力士らの野球賭博。女子柔道の暴力事件、高校の部活での指導者の体罰による生徒の自殺。大学アメフト、レスリングのパワハラ、ボクシング連盟の助成金不正流用、居合道称号認定の金銭授受、バスケットボール選手の買春、体操選手のコーチ暴力と体操協会のパワハラ疑惑などが噴出した。

★アスリートたちは五輪招致が体質改善のきっかけになると考えたはずだ。各団体は倫理を高めようとスポーツインティグリティ(高潔性・品位)確立へ組織改革に着手した。ところが大幹部の体質改善ができていなかった。「コロナに打ち勝つ五輪」や「震災復興五輪」も結構だが、森の退場は決着にならない。東京五輪実現は難しいかも知れないが、差別を排除し品位を持つスポーツ社会を日本に植え付ける五輪として古い差別的体質の一掃を現役選手から団体幹部まで巻き込んで実現することが森問題の教訓を生かす道だ。



暴言無反省の森氏(2021年2月6日配信『しんぶん赤旗』ー「主張」)

恥ずべき居座りは許されない

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性を差別した暴言に、国内外の怒りが沸騰しています。森会長は発言を撤回する一方で辞任は拒否し、釈明の記者会見でも謝罪とは程遠く、開き直りに終始しました。記者に向かって「面白おかしくしたいから聞いてるんだろう」などと逆ギレする場面も繰り返され、それが世論の怒りの火に油を注いでいます。女性をおとしめ、多様性尊重の世界的潮流に逆行する恥ずべき発言をした上、それを反省できない人物に公的組織のトップに立つ資格がないのは明白です。森会長は即刻辞任するしかありません。

反省どころか逆ギレ会見

 「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」「(女性を)増やす場合は、時間も規制しないとなかなか終わらない」。森会長の日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会(3日)でこう述べたことは、さまざまな意思決定の場で女性が積極的に活躍することを拒否する、あからさまな差別発言に他なりません。会議での女性の活発な議論を敵視する姿勢は、多様な意見表明を保障する民主主義の否定にも通じる重大な発言です。

 人種、性別、性的指向などの差別を禁じた五輪憲章をはじめ、東京五輪の基本理念の一つ「多様性と調和」とも相いれません。

 国内外から沸き上がる厳しい批判にさらされ、森会長は4日に記者会見し、自身の発言は五輪精神に反する「不適切な表現だった」として撤回しました。しかし、どこが不適切かと問われると、「男女の区別をするような発言をしたということですね」と不誠実で投げやりの答えでした。「女性は話が長いと思うのか」などの質問には「最近女性の話を聞かないから分からない」とごまかしつつ、「そういうふうに聞いている」と、撤回したはずの暴言を何度も繰り返しました。全く反省がありません。

 辞任について問われると「考えてない」と断言し、いままで献身的にやってきたと述べ「みなさんから邪魔だと言われれば、おっしゃるとおり、老害が粗大ごみになったのかもしれませんから、掃いてもらえればいい」と開き直りました。辞めさせるなら、やってみろといわんばかりです。この会見に「謝る気がない」「逆ギレのお手本」など厳しい批判と怒りの声が一段と高まったのは当然です。

 深刻なのは、世論の憤激に対し菅義偉政権の対応があまりに鈍いことです。首相は「あってはならない発言」とする一方、辞職を促しません。森会長は安倍晋三前政権時代から政府と一体になって東京五輪を推進してきました。首相時代から暴言・失言を繰り返し女性蔑視発言も多くある森会長に五輪開催についての強い権限を与え、異論をはさめない組織運営が続いてきた弊害が、今回の事態の背景にあることは否めません。“森会長頼み”という政権と五輪組織委などの責任は免れません。森会長の暴言を直ちにいさめなかったJOC評議員の姿勢も問われます。

「開催ありき」を改めよ

 森会長は2日の自民党本部の会合で東京五輪について、「新型コロナウイルスがどういう形だろうと必ずやる」と述べました。アスリートや国民の命より「開催ありき」の態度は大問題です。この点でも会長を続ける資格はありません。





森会長の女性蔑視発言 五輪責任者として失格だ(2021年2月5日配信『毎日新聞』-「社説」)

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と述べた。

 日本オリンピック委員会(JOC)評議員会での言葉だ。女性理事を40%以上に増やす話し合いが行われた場だった。女性を差別した発言であり、到底許されない。

 森氏は「女性は誰か一人が手を挙げて言うと、自分も言わないといけないと思うのだろう」「『女性を増やす場合は発言時間の規制を促しておかないと終わらないので困る』と(誰かが)言っておられた」とも語った。

 人のふるまいを性別によって分類し、やゆした発言だ。性差別に当たり、看過できない。会議では森氏の発言をいさめる参加者はおらず、笑いさえ漏れた。このことも深刻だ。

 森氏は「組織委にも女性がおられるが、みんなわきまえておられる」とも話した。会議での自由な議論の必要性を否定し、異論を認めない姿勢を示すものだ。

 五輪憲章は性別や人種、民族、国籍、宗教などあらゆる差別を許さない理念を掲げている。東京大会も多様性と調和が基本コンセプトだ。

 批判を受け、森氏は記者会見を開いて発言を撤回し、謝罪した。だが、何が不適切だったかと問われ、「男女の区別をする発言」と答えた。辞任を否定し、記者の質問に「面白おかしくしたいから聞いているんだろう」と声を荒らげる場面もあった。問題の本質を理解しているとは思えない。

 海外メディアも相次いで報道し、米紙ニューヨーク・タイムズは東京大会が新型コロナウイルスの影響による延期に加え、新たな問題に直面したと伝えた。

 開催可否を巡り森氏は別の会合で「コロナがどうであろうと必ずやり抜く」と述べ、批判を浴びた。国民の不安への配慮を欠いたためだ。反発した人気タレントが聖火リレーの走者を辞退した。

 組織委の会長は国民の納得が得られる対策を講じ、開催への道筋を探るべき立場にある。

 五輪精神を傷つける自らの発言が開催への障害となっていることを自覚すべきだ。一連の言動は、東京大会を率いる責任者としては失格だ。



失言を英語でギャフというが…(2021年2月5日配信『毎日新聞』-「余録」)

 失言を英語でギャフ(gaffe)というが、ギャフマシン(失言機械)と呼ばれたのは米国のバイデン新大統領だ。黒人と中南米系移民の集会に出て、差別を否定するつもりの言葉が怒りを買ったこともある

▲「貧しい家の子どもたちも白人の子どもたちと同じくらい賢く、才能がある」。明らかに白人優位の意識がにじみ出た言葉で、厳しい批判を浴びたのはいうまでもない。その失言癖がつまずきの石となる心配は今後も杞憂(きゆう)といえない

▲こちらは日本を代表するギャフマシンで、在任当時も数々の失言で支持率を低落させた元首相だ。東京五輪組織委員会の森喜朗(もり・よしろう)会長が会議席上で述べた「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」発言が波紋を広げている

▲女性は競争意識が高い、誰か一人が言うとみんな発言する――と決めつけた森会長である。加えて発言時間規制の話まで持ち出し、女性の意見軽視をあらわにした。語るに落ちるその本心ということでは、先のバイデン失言と同根だ

▲いうまでもなく森氏はオリンピズム(五輪精神)を奉ずべき組織委トップだ。人種、性別、性的指向などの差別を許さないのは現代世界の五輪運動の中核をなす価値観である。性差別の言辞は東京五輪そのものに泥を塗る所業なのだ

▲きのう森氏は発言が五輪精神に反すると謝罪して撤回し、その上で会長辞任を否定した。バイデン氏は多様な人種や女性を政権に大量登用して過去の失言をリカバーしたが、森氏は続投して何をするつもりか。



「あらゆる差別を認めない」を掲げる五輪組織のトップ(2021年2月5日配信『日本経済新聞』ー「春秋」)

 企業の不祥事の歴史をひもとけば、学ぶべき教訓は多い。失言もその一つだ。たとえば20年ほど前、大規模な食中毒事件を引き起こした大手乳業メーカーの事例がある。記者会見を打ち切ろうとした社長が、詰め寄る報道陣にこう言った。「私は寝ていないんだ」――。

▼このひと言が当人の辞任はもちろん、会社、事業の解体・再編へとつながっていく。では失言、暴言の主が国を代表する立場の人であればどうなるか。当然、国際的な信頼を傷つけ、国益を損ねる。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言した。

▼元首相であり、「あらゆる差別を認めない」を掲げる五輪組織のトップである。海外のメディアもいち早く「日本は男女平等の点では遅れている」「五輪の組織委員会は新たな憤激に直面することになった」などと伝えた。ご本人は会見を開いて発言を取り消したものの、ホスト国としてのイメージはすでに十分傷ついた。

▼森会長は先日、新型コロナウイルスがどういう形だろうと東京五輪は必ずやる、とも発言している。まさか「どういう形だろうと」の中に自らの失言による混乱まで織り込んでいたわけではあるまい。信頼をなくした企業トップはその後どのような立ち居振る舞いを見せたか。過去の事例をよく研究されるようお勧めする。



晩節を汚さない賢明な判断を(2021年2月5日配信『産経新聞』-「産経抄」)

<♪ウチら陽気なかしまし娘 誰が言ったか知らないが 女三人寄ったら 姦(かしま)しいとは愉快だね> 還暦を過ぎた年代なら、口ずさめる人が少なくないだろう。歌謡漫才で一世を風靡(ふうび)した「かしまし娘」のテーマソングである。確かに女という字を3つあわせると「姦しい」となる。

 ▼女性は男性に比べて、本当におしゃべりなのか。1日に使う単語は女性の方が3倍多い。脳科学者の池谷裕二さんの新聞コラムで、かつて米国の女性学者が発表した研究結果を知った。もっとも別の学者の反論もある。約400人の男女を対象に行った調査では、単語数は大差なかったそうだ。

 ▼科学的根拠はともかく、今時こんな発言を公の場でする人は他にいない。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」。競争意識が強く次々に発言を求めるからだというのだ。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の発言は、当然ながら大きな反発を呼んだ。女性理事を増やす方針を掲げている日本オリンピック委員会の会合での発言だから、余計に真意をはかりかねる。

 ▼海外メディアも問題視している。というよりむしろ、日本に「女性差別の国」のレッテルを貼りたがってきた欧米メディアにとって、絶好のネタである。日本のメディア以上に張り切って「東京五輪のトップは女性の発言時間の制限を主張した」などと書き立てる。過去の失言まで引っ張り出してくるところもあった。

 ▼五輪招致から開催準備まで、森氏の大きな功績を疑うものではない。ただ、日本のイメージを著しく低下させる発言は、コロナ禍を克服してなんとか五輪開催にこぎつけようとする努力を踏みにじるものだ。

 ▼晩節を汚さない賢明な判断を望むばかりである。



女性蔑視発言の森喜朗氏 五輪の顔として適任か(2021年2月5日配信『東京新聞』-「社説」)

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、女性蔑視と受け取れる発言をした。謝罪会見で発言を撤回したが、大会の「顔」として適任なのか。疑問は解消されないままだ。

 問題となったのは、競技団体での女性理事任用に関し「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる。誰かが手を挙げるとみんな発言したがる」とする発言だ。

 森氏は会見で発言を撤回したものの、女性任用に後ろ向きの姿勢を重ねて示すなど、どこまで反省しているのか疑わしい。

 森氏の発言は多くの女性を侮辱し、男女平等をうたう五輪憲章や世界の潮流に反する。憲章は冒頭に7つの根本原則を掲げ、人種や言語、宗教などと並び性別による差別を禁じている。

 欧州各国や韓国では、一定割合の女性を任用する「クオータ制」が社会のさまざまな組織に導入され、一部では男女同数にする「パリテ」も進んでいる。

 これに対し、スイスのシンクタンク「世界経済フォーラム」のまとめでは、男女の不平等を示す「ジェンダー・ギャップ指数」は153カ国中、日本が121位。特に政治と経済の分野で著しく低い。原因は国会議員や閣僚、会社の管理職の女性の少なさだ。森氏発言は図らずも、日本の遅れを世界に示したことになる。

 さらに発言は、女性蔑視にとどまらず、開かれた場での議論を尊ぶ民主的なルールにも反する。

 会議で参加者が意見を述べるのは当然だ。森氏発言の根底にあるのは、事前の根回し通りに事を進めたいとの思考だろう。

 密室での打ち合わせは権力者の独善に陥りやすい。公開の場で多様な意見を出し合い、皆が納得するプロセスが大切、との現代社会の合意を軽んじている。

 コロナ禍が深刻化する中、大会開催方針が硬直化しているように映るのも、独善的な運営に陥っているからではないか。

 新型コロナウイルスの感染拡大で開催準備は困難になり、国民の大会への支持も落ち込んでいる。立場上、大会の「顔」である森氏の発言でさらに開催への支持が落ち込み、国内外の批判が高まることも予想される。

 森氏のスポーツを愛する思いは分かるが、大会は単なるスポーツの祭典でなく平和や平等、友情や連帯など人類共通の価値観に貫かれた特別な存在だ。森氏は辞任を否定したが、会長は大会の意義を深く理解する人物であるべきだ。



森氏の発言 組織委会長の資格あるか(2021年2月5日配信『信濃毎日新聞』-「社説」)

 五輪憲章は人種や性別、国、身分によるあらゆる差別を禁止している。発言はこれに明確に反する。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言した。日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会の場だ。JOCが女性理事の割合を40%に増やす目標を掲げていることに関連して述べた。

 森氏は「女性を増やす場合は発言の時間も規制しておかないと終わらないので困る、と誰かが言ってた」とも話している。

 女性理事を増やすことに異論を示しているように受け取れる。発言時間の長短は性差によるものではないのに、女性全体の問題に置き換えた。会議での発言を「わきまえる」女性が望ましいと取れる内容もあった。

 偏見に基づく女性蔑視との批判がSNSなどで広がり、海外でも報道された。JOCや組織委内部からも発言を疑問視する声が出ている。当然の反応だ。

 国際オリンピック委員会(IOC)は男女平等への取り組みを強化している。2014年に策定した指針では、五輪参加者の男女比率を同等にする目標を設定した。東京五輪・パラのコンセプトの一つも「多様性と調和」である。

 森氏の発言は五輪の理念を軽視している。会長の資格があるのか疑問だ。コロナ禍で開催が危ぶまれている東京五輪を巡る世論の動向に影響を与える可能性もある。

 森氏はきのうの会見で「五輪精神に反し、不適切だった」として発言を撤回した。その上で辞任は否定し「発言は組織委の会議ではなく、(名誉委員を務める)JOCの評議員会の場」などと釈明。「あくまで人から聞いた話」とも述べている。自らの責任と影響を自覚していないのではないか。

 会議では参加者が性差に関係なく自由に意見を交わし、論議を深めるのは当然のことだ。森氏の発言はそうした会議のあり方も否定している。トップの意向に配慮した発言しかない会議では、多様な意見が反映されず硬直化する。

 評議員会の場では、森氏の発言を問題視する声が出なかった。JOCの認識も疑問だ。

 政府対応も問われる。菅義偉首相はきのうの衆院予算委員会で、森氏の発言は「あってはならない」と述べたものの、進退には触れなかった。組織委が「国民の理解と歓迎のもとでの五輪」を目指すなら、国民や国際社会の理解を得られるけじめをつけるべきだ。



レッドカード(2021年2月5日配信『新潟日報』-「日報抄」)

「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」。「女性」を別のものに置き換えてみる。まずは「男性」。ふむ、そういうこともあるかもしれない

▼次は「高齢者」。あるかもね。では「若者」だったら。これも当てはまるかもしれない。要するに、性別や年齢層では区別できないということだ。話が長いのは女性ばかりではない。会議に時間がかかるかどうかは、構成する顔ぶれによるだろう

▼冒頭の言葉、発言の主は東京五輪・パラリンピック組織委員会のトップ、森喜朗会長である。日本オリンピック委員会の臨時評議員会で、かつて会長を務めた日本ラグビー協会の議事進行を引き合いに出して述べた

▼さらには「女性っていうのは競争意識が強い。誰かが手を挙げて言われると、自分も言わないといけないと思うんでしょうね」とも付け加えた。これは「女性」を「政治家」に置き換えても通じそうだ

▼このご仁の失言は数々あれど、極めつきは首相在任時の2000年、衆院選の応援で訪れた新潟市で放った、無党派層が「寝てしまってくれれば」との言葉だろうか。一国の首相が投票の棄権を期待するかのような発言が物議を醸した

▼本人が親しんだラグビー流にいえば、問題発言の度にシンビン(一時退場)を宣告されてきた。今回の発言は撤回こそしたものの、現職を退く気はないという。世界からも批判が相次ぎ、五輪への逆風となりかねない。レッドカードで、表舞台からの完全な退場を求める声も強まりそうだ。



驚きの蔑視発言(2021年2月5日配信『神戸新聞』-「正平調」)

 1948年のロンドン五輪でオランダの陸上選手、ブランカース・クンさんが世の批判にさらされた。2児の母親が、というのが理由で「家族を置き去りにして走ることにどれほどの意味がある」、そう言い放った役員もいた

◆武田薫著「オリンピック全大会」によれば、クン選手は「分からせてあげる」と答えて競技に臨み、四つの金メダルに輝く。観衆は大いにわいたことだろう。役員は彼女にあてて謝罪の手紙を書いたそうである◆当時、全選手の1割ほどだった女性の割合が、2016年リオ大会では45%を超えて5割に迫る。いまどきまさか「女性が」などといったことを口にする五輪役員はいない。…と思っていたら、ここにおられた

◆森喜朗氏は、東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長である。女性理事を増やすという日本オリンピック委員会(JOC)の方針に触れて「女性の多い会議は時間がかかる。なぜなら…」うんぬんと述べた

◆驚きの蔑視発言としてニュースは世界を駆けめぐる。何と言うべきか、前時代の絶滅生物に遭遇したような、そんな驚きと怒りであろう。ただでさえ暗雲たちこめる東京五輪のイメージをひとり押し下げている

◆森氏は謝った。時間を一番浪費しているのはあ・な・た、ですよ。



繰り返すポロッと(2021年2月5日配信『中国新聞』-「天風録」)

 無神経な発言がポロッと出るところが、人の気持ちをそぐ―。そう語って、東京五輪の聖火リレーで愛知県犬山市を走る予定だった下関市出身のタレント田村淳さんが突然辞退した。問題の発言の主は大会組織委員会の森喜朗会長だ

▲「新型コロナがどういう形でも五輪は必ずやる」、聖火リレーの密を避けるために「有名人は田んぼを走ればいい」と自民党の会合で言い放った。そんな開催ありきの進軍ラッパに田村さんは疑問を投げかけた。強引にやって誰が幸せになるのか―

▲何を言っても許されるとでも考えているのだろうか。森会長の発言からは、傲慢(ごうまん)さやおごりがにじむ。よほど身に染みついているのだろう。何度もポロッとを繰り返す

▲日本オリンピック委員会の会合でも「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と本音を漏らした。あからさまな女性蔑視の発言である。国内外から批判が相次いだのも当然だろう。きのうの会見で一応謝罪したが、逆風はやみそうにない

▲森会長は「一番の問題は世論がどう考えているかだ」とも述べ、物議を醸した。今や失言を繰り返す組織委トップこそが開催機運をそぐ一番の問題になっているのではないか。



森氏の女性蔑視発言 組織委会長を辞任せよ(2021年2月5日配信『琉球新報』-「社説」)

 男女平等というオリンピック精神をないがしろにする差別的な発言は看過できない。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が3日、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会に出席し、JOCが女性理事を増やしていく方針を掲げていることに関連して「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と発言した。

 批判を浴びて発言を撤回して謝罪したが、それでは済まされない。森氏に大会運営の責任者の資格はない。ただちに会長を辞任すべきだ。
 オリンピックの精神は「人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治」など、いかなる種類の差別も受けないことである。

 JOCや国際オリンピック委員会(IOC)は男女平等を掲げている。IOCは男女混合種目を増やしており、東京五輪は出場選手に占める女子の比率が過去最高を更新し、5割に迫る見通しだ。森発言はこうした取り組みを台無しにするものだ。

 世界のアスリートたちは、女性を蔑視するような人物が責任者を務める祭典に参加したいと思うだろうか。森氏には「アスリート・ファースト」という視点が欠落している。

 3日の臨時評議員会で森氏は、自身がかつて会長を務めた日本ラグビー協会で議事進行に時間がかかったと指摘。「女性っていうのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言われると、自分も言わないといけないと思うんでしょうね」と語った。さらに「『女性を増やす場合は発言時間の規制を促しておかないとなかなか終わらないので困る』と(誰かが)言っておられた」とも語っている。

 JOCは、女性理事を40%以上とする目標を掲げる。現在、JOCの理事は25人で、うち女性は5人。目標の半分にすぎない。

 女性理事の発言時間を制限するような森発言に見られるように、男性中心で多様性を排した発想が女性登用を妨げているのではないか。森氏の発言に異論が出なかったことも組織として問題だ。

 森氏の不適切な発言は、今に始まったことではない。自民党幹事長時代に「沖縄は学校で君が代を教わっていなかった。教組は全く共産党が支配し、沖縄の先生も琉球新報、沖縄タイムスもそうです。だから何でも政府に反対、国に反対です」(2000年3月)と発言し物議をかもした。

 小渕恵三首相(当時)が病気で倒れたとき、選挙ではなく党幹部による「密室協議」で首相の座に就く。在任中「日本は天皇中心の神の国」と発言したり、2000年の総選挙終盤に「無党派層は寝ていてほしい」と発言したりして、首相としての資質が問われた。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会は、森氏に辞任を迫ることで自浄作用を働かせ、オリンピックの精神を共有していることを内外に示してもらいたい。



[森氏の女性蔑視発言] 「五輪の顔」任せられぬ(2021年2月5日配信『沖縄タイムス』-「社説」)

 「女は黙ってろ」と言っているに等しい時代錯誤の発言である。こうした価値観を持つ人に、「多様性と調和」をコンセプトとする東京五輪のリーダーは任せられない。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が3日、日本オリンピック委員会(JOC)の評議員会で、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と述べた。

 JOCが女性理事の割合を40%に増やす目標を掲げていることに対する考えのようだが、公的な場での発言に、一瞬耳を疑った。

 日本のスポーツ界は女性の進出が遅れ、国が指針を出して各競技団体へ女性役員の増加を求めているところだ。だがJOC、組織委とも女性の比率は約20%にとどまる。

 森氏はかつて会長を務めた日本ラグビー協会で女性理事が増えていることを例に、こうも語った。

 「女性っていうのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言うと、自分も言わないといけないと思うんでしょうね。みんな発言される」

 「女性を増やしていく場合は、発言時間をある程度規制しておかないとなかなか終わらないので困る、と誰かが言っていた」

 発言するのは競争ではなく問題意識や意欲の高さの表れである。発言規制はいかにも男性が話し、女性は聞き役に回るという世界にどっぷりつかってきた人の発想だ。

 五輪憲章は、人種や性別などによるいかなる差別も禁止している。

 問われているのはトップとしての資質である。

■    ■

 森氏の発言に対し、ツイッター上では「退任を求める」「絶対に黙らない」など抗議の声が相次いでいる。海外メディアも批判的に報じ、五輪のイメージは深く傷ついた。

 反響の大きさに驚いたのだろう。一夜明け、森氏は「不適切な表現だった。深く反省している」と謝罪し、発言を撤回した。

 ただ会見で記者に対し「あなたはどう思うのか」と居直ったり、質問を遮る場面もあり、反省の色はみられなかった。

 首相在任中の「神の国発言」や「有権者が寝ていてくれればいい」など、もとより失言の多い人である。少子化問題で「子どもを一人もつくらない女性の面倒を、税金でみなさいというのはおかしい」と言い放ったこともある。

 7年前、森氏を組織委会長に充てたのは当時の安倍晋三首相だ。そもそも「五輪の顔」にふさわしい人選だったのか。

■    ■

 評議員会で差別発言に誰も異論を唱えなかったことに、スポーツ界に根深く横たわる性差別を見る思いがした。

 相次いだ指導者によるハラスメントなどの不祥事、長年放置されてきたアスリートの性的画像問題も、性差別と無関係ではない。

 組織委を健全に運営していくには、性別や障がいの有無などにかかわらず、多様なメンバーが意思決定に加わることが大切である。

 硬直化した組織を変えるためにも、まずは女性理事登用40%を達成すべきだ。



女性をおとしめる発言(2021年2月5日配信『しんぶん赤旗』ー「潮流」)

 女性が男性の話を遮るよりも、男性が女性の話を遮るほうが2倍も多い―。こんな研究結果があるそうです。イギリスの女性権利活動家が著した『存在しない女たち』に書かれていました

▼女性たちの口をふさぐ事例は議会や法廷、職場でいくつもある。組織における性差別をなくしていくためには、多様な人びとが意思決定の場に含まれ、意見を保障するように努めることが肝要だと

▼東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が国内外から批判を浴びています。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」「女性は競争意識が強い」。日本オリンピック委員会(JOC)の評議員会で女性をおとしめる発言をしました

▼批判の高まりに謝罪し撤回しましたが、辞任はしないと言い張ります。しかし大会の顔でもある人物が、あらゆる差別を排する五輪憲章にも反することを公言し、居直ること自体、居座りは許されないのではないか

▼過去にも森氏は女性を蔑視する発言をくり返してきました。ひとりも子どもをつくらない女性を税金で面倒みるのはおかしい。女性は視野が狭い―。コロナ感染がどうなろうが、五輪は必ずやると言い放った態度も周りの苦境をみない凝り固まった考え方です

▼以前男性ばかりのJOCの理事会を取材したときに、ほとんど発言がない会議のあり方に疑問を抱いたことがあります。トップが女性を異物のように扱う、活発な議論さえ遠ざけようとする…。そんな大会は受け入れられないでしょう。





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