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旧優生法訴訟、原告控訴 中絶理由、北海道の夫婦(2021年2月17日配信『産経新聞』)

 旧優生保護法(昭和23~平成8年)下で人工妊娠中絶手術と不妊手術を強制されたのは憲法違反だとして、北海道の夫婦が国に計2200万円の損害賠償を求めた訴訟で、原告側は17日、敗訴した札幌地裁判決を不服として控訴した。弁護団が明らかにした。

 4日の札幌地裁判決は、原告の女性(77)の中絶手術は経済的理由だった可能性があり、旧法の知的障害者らを対象にした規定に基づく手術と認めなかった。不妊手術については「客観的な証拠がない」として実施自体を認めず、夫=令和元年8月に死亡、当時(82)=の請求分も含めて棄却した。旧法の違憲性には言及しなかった。

 提訴までに20年の「除斥期間」が経過したかなどの争点は判断しなかった。

 全国9地裁・支部で提訴された旧法を巡る訴訟で、夫婦は初めて中絶手術を理由にしていた。夫の訴訟は夫のおいが引き継いでいた。



“旧優生保護法で中絶強制”賠償請求訴訟 きょう判決 札幌地裁(2021年2月4日配信『NHKニュース』)

旧優生保護法のもとで人工妊娠中絶と不妊手術を強制されたとして北海道の夫婦が国に賠償を求めた裁判の判決が4日、札幌地方裁判所で言い渡されます。全国で起こされている一連の裁判で、国の賠償責任が初めて認定されるかが焦点です。

北海道に住む77歳の女性は、妊娠していた40年前、知的障害を理由に旧優生保護法に基づく人工妊娠中絶と不妊手術を強制されたとして、夫と共に札幌地方裁判所に訴えを起こし、国に合わせて2200万円の損害賠償を求めています。

裁判で、原告側は国の誤った政策によって憲法で保障された個人の尊厳や子どもを産み育てる権利を奪われたなどとして司法による救済を求めています。

一方、国側は、手術から訴えを起こすまでに改正前の民法で規定されていた賠償を求められる20年の期間がすぎているなどとして、訴えを退けるよう求めています。

全国で起こされている同様の裁判では、これまでに仙台、東京、大阪、それに先月には札幌で判決が言い渡され、いずれも原告の訴えが退けられています。

5件目となる今回の判決で国の賠償責任が初めて認定されるかが焦点です。

判決は午前11時半から言い渡され、札幌地方裁判所がどのような判断を示すのか注目されます。

争点は「除斥期間」の開始時期

今回の裁判でも、改正前の民法で規定されていた「除斥期間」と呼ばれる賠償を求められる20年の期間をいつから数え始めるかが大きな争点になっています。

20年をすぎて訴えが起こされたと判断されると原則として訴えが認められないとされています。

原告側は「原告は、知的障害のため旧優生保護法に基づく強制不妊手術とは長い間、理解できなかった。そのことを理解できたのは、平成30年1月に全国で初めて仙台で裁判が起こされた時で、数え始めるのはこの時点とすべきだ」と主張しています。

また、この時点が認められないとしても、現実的に訴えを起こせるようになったのは、平成29年に日弁連=日本弁護士連合会が救済措置を求める意見書を公表した時点や平成13年に熊本地裁がハンセン病患者への強制不妊手術について「非人道的だ」と指摘した時点などだとして、いずれにしても20年は経過していないと主張しています。

また、原告が被った被害は甚大なうえ、手術から20年以内に裁判を起こすことは事実上、不可能だったことなどから、除斥期間を適用することは著しく正義・公平の理念に反するとも主張しています。

これに対して国側は「期間を数え始めるのは、原告の女性が手術を受けた昭和56年からとすべきで、20年が経過した平成13年には国の賠償責任は消滅している」と主張し、原告の訴えを退けるよう求めています。

原告は

原告の夫婦のうち77歳の妻は、幼いころに熱病にかかり、それによると思われる知的障害が残りました。

34歳のときに結婚しその後、妊娠しましたが、知的障害を理由に出産について親族から強く反対され、昭和56年に人工妊娠中絶と不妊手術を受けざるを得なくなったということです。

夫婦は、憲法が保障する子どもを産み育てる権利などを奪われたうえ、救済措置もなく精神的苦痛を受けたとして平成30年に今回の訴えを札幌地方裁判所に起こしました。

夫はおととし、82歳で死亡し、おいが引き継いで裁判に臨んでいます。

旧優生保護法と国などの対応

「旧優生保護法」は、終戦後まもない昭和23年に施行されました。

当時は戦地からの大量の引き揚げ者や出産ブームによる人口の急増が大きな社会問題となっていました。

戦後復興のためには、人口の増加を抑えるとともに優秀な人材が必要だとして、法律では、人工妊娠中絶に加えて、本人の同意がなくても精神障害や知的障害などを理由に不妊手術を強制することができるとしました。

当時は親の障害や疾患がそのまま子どもに遺伝すると考えられていたことが背景にあり、法律には「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」と明記されました。

さらに国は、こうした手術を推進するため自治体に通知を出し、手術を拒否した場合、身体的に拘束したり麻酔などを使ったりするほか、偽って手術することも認めていました。

国の統計によりますと、強制的な不妊手術は、最も多かった昭和30年ごろには年間1200人余りに行われていました。

法律の施行からおよそ半世紀たった平成8年、国内外からの批判の高まりを受けてようやく法律が改正されましたが、この間、強制的な不妊手術は1万6500人に行われ、本人が同意したケースを含めると不妊手術を受けた人は合わせて2万5000人に上りました。

法律が改正されたあと、国連人権規約委員会などの国際機関が、政府に対し、被害を補償するための法的措置を取るよう繰り返し勧告しました。

しかし国は、不妊手術は法律に基づいて合法的に行われていたと主張し、一貫して謝罪や補償には応じてきませんでした。

4年前には、日弁連=日本弁護士連合会がみずからの意思で出産や子育てを決めるという、憲法で保障された権利を侵害していたとして、国に謝罪や補償などを速やかに実施するよう求める意見書を出していました。

救済に向けて大きく動き出したきっかけとなったのが3年前、平成30年1月でした。

旧優生保護法のもとで不妊手術を受けさせられた宮城県の60代の女性が子どもを生み育てる権利を奪われたとして、国に損害賠償を求める初めての裁判を起こしたのです。

その後、裁判を起こす動きが広がり、原告側の弁護団によりますと、これまでに国に賠償を求める訴えは全国の9か所の地方裁判所に起こされています。

こうした動きを受けて政治的な救済に向けた機運が高まります。

超党派の議員連盟が立ち上がったほか、自民・公明両党の作業チームも設けられ、救済に向けた議論が急速に進みました。

さらに、この救済策に当事者の声を反映させようと「被害者の会」が設立され、当事者やその家族が団結して声をあげました。

そして、おととし4月。

おわびや、一時金として一律320万円を支払うことなどを盛り込んだ救済法が成立しました。

厚生労働省によりますと、これまでに少なくとも1018件の申請があり、先月末の時点で864件の支給が認められたということです。

救済法では国が同じ事態を繰り返さないよう旧優生保護法を制定したいきさつなどを調査することも定められていて、去年6月から衆参両院の厚生労働委員会が調査を開始し、3年程度かけて報告書をまとめることになりました。

一方、一連の裁判ではおととし5月に初めてとなる判決が仙台地方裁判所で言い渡されました。

判決では強制的な不妊手術を認めていた旧優生保護法そのものが憲法に違反していたと判断されたものの、国への賠償請求は退けられました。

その後も東京、大阪のほか、先月には札幌でも別の原告の訴えについて判決が言い渡されましたが、いずれも国の賠償責任は認められませんでした。





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