菅政権下で“形だけ”女性登用ラッシュ 違和感と胡散臭さ(2021年3月4日配信『日刊ゲンダイ』)

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 菅首相の長男が勤める「東北新社」からの違法接待問題で事実上引責辞任した山田真貴子内閣広報官の後任がようやく決まった。

 外務省の小野日子外務副報道官(55)。内閣副広報官や東京五輪・パラリンピック組織委員会のスポークスパーソンを歴任するなど「広報」のプロだ。

 しかし、外務省では現在、局長の下の審議官クラスで、次官級の内閣広報官への起用は“2階級特進”の大抜擢。異例の人選は、それだけ後任選びが難航した証左である。

 違法接待で火だるまになった後も、菅はいったん山田氏の続投を決め、「女性の広報官として期待している」と強弁した。その発言に縛られ、後任も「女性」が絶対条件だった。官僚OBで探すも適任者が見つからず、現役の審議官となったわけだ。

 五輪組織委の森喜朗会長が、女性蔑視発言で世界中に恥をさらし、辞任に追い込まれて以降、菅政権の女性登用が急加速している。

 森の後任には、橋本聖子参院議員が選ばれた。五輪担当相を辞任し、自民党を離党してまでの就任は「菅官邸主導のデキレース」といわれたものだ。森の独断指名で、一度は後任になりかけた川淵三郎・日本サッカー協会相談役が、菅の要望が「もっと若い人、女性はいないか」だったと口走っていたが、組織委会長人事でも条件は「女性」だった。

 さらに、橋本の転出に伴う五輪相人事では、丸川珠代参院議員を起用。ついでに言うと、鶏卵汚職で吉川元農相が辞職したことで空きポストとなっていた自民党の選挙対策委員長代行に小渕優子元経産相を抜擢してもいる。

 この唐突ともいえる一連の女性登用ラッシュ。ジェンダーギャップ指数が153カ国中121位に沈んでいる日本だけに、女性の活躍の場の広がりは歓迎されるべきことだが、どうにも違和感を覚える。胡散臭さを感じるのである。

■別姓反対論者が男女共同参画相の矛盾

 それは、実態をよく見れば分かる。菅の「女性」へのこだわりは、表面を取り繕っているだけに過ぎないからだ。

 象徴的なのが五輪相の丸川だ。経験者でかつ女性というのが理由で再登板となったが、男女共同参画担当相も兼務する。ところが、就任後に、選択的夫婦別姓制度の反対論者だったことが発覚。自民党の保守系国会議員が地方議員に、夫婦別姓に賛同する意見書を採択しないよう呼び掛ける書状に名を連ねていたのだ。

 野党はこれを問題視。3日も参院予算委員会で突っ込まれると、丸川は「大臣として反対したわけではない」と何度も答弁を拒否し、右往左往だった。菅は「政治家個人として、さまざまな考えを持つことは当然」と丸川を擁護するが、そもそも菅自身はこれまで選択的夫婦別姓制度について前向きな姿勢を見せ、今年1月の参院本会議で「男女共同参画基本計画に基づき、国民各層や国会での議論の動向を注視しながら検討を進める」と答弁しているのである。議論の中心となる担当相が「別姓反対」では、ハナから議論にならないだろう。

 なぜ丸川の「個人の信念」を事前チェックできていないのか。要は、菅の夫婦別姓なんて本気じゃないし、女性活用も本気じゃないということだ。女性宮家の問題でもマトモに答弁できない首相が、人事だけ「女性」に固執するのはしらじらしさが浮き彫りになるだけだ。

 コラムニストの小田嶋隆氏はこう言った。

「菅首相は何を狙っているのでしょうか。人事で女性を並べておけば世論の批判をかわせると思っているのか、それとも女性登用で意地になっているのか。世論は甘くありません。ただ単に女性を並べれば納得するほど簡単な話ではない。大事なのは、性別ではなく選ばれた個人の能力であり、決め方や決定までの経緯です。それなのにムキになって女性にこだわる菅首相は、頭が固くて柔軟性がないことを露呈した。長男の不祥事をほじくられて、感情的になっていることもあるのでしょう」

女性はコマ。人気取りと政治的PRの下心

「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」「わきまえておられる」という森発言には当初、擁護と取られても仕方のないことを口にする人が少なくなかった。「男女差別」「女性蔑視」が許されないのは当然のこととしながらも、「男女の違い」として「差」をつけることを“受容”するような空気である。

 経団連の中西会長は「日本社会にはそういう本音があるような気もしますし、こういうのをわっと取り上げるSNSは恐ろしい」と笑いながら発言。経済同友会の桜田代表幹事は、森発言自体は「論外」としながらも、企業に女性役員が少ないことについて「女性側にも原因がないことはない」「チャンスを積極的に取りにいこうとする女性がまだそれほど多くない」との認識を示した。

 グローバルに仕事をしている経済界でもこうなのだから、女性衆院議員が1割しかいない政界はもっと酷い。自民党の稲田朋美元防衛相がツイッターに、「以前、男性議員から『総理を目指すなら癒やし系になったほうがいいよ』と言われて不愉快になったことがある」と投稿していたが、相変わらずマスコットのような存在を女性議員に求めているのである。

そんなだから二階幹事長ら執行部は、女性議員らから役員会メンバーに女性の登用を求める要請をされると「オブザーバー出席で雰囲気を味わって」などとピント外れの対応をしてしまう。本人たちは女性登用を進めているつもりなのだから、目も当てられない。

 つまり、日本社会の奥深くに横たわる無意識の男女差別の感覚は、一朝一夕に変わるものではないのである。

■お飾りのポストは要らない

 無意識のひずみを意識下に持っていき、理解、納得するには時間がかかる。だから、菅が進める取ってつけたような女性抜擢人事にはイヤらしさを感じてしまう。女性なら誰でもいいのか。女性をコマとしか考えず、人数を増やすことを政治的PRと捉えているのではないのか。菅の女性登用はむしろ、女性軽視に見えるのだ。

 経済ジャーナリストの荻原博子氏が言う。

「女性登用を『人気取り』でやろうとするからおかしなことになる。女性は能力を認めてもらいたいと思っているのであって、お飾りでポストが欲しいのではありません。しかし、70歳、80歳が牛耳っている政界では、そういう感覚は分からないのでしょうね。五輪組織委会長に橋本氏が就任したことも、内閣広報官の山田氏が辞職したことも、本人の意思というより、周囲から圧力をかけられた『パワハラ』に感じます」

 女性蔑視だけじゃない。菅や自民党にこびりつく弱者軽視や上級国民意識も看過できないレベルに達している。

 新型コロナの感染拡大の影響で生活に困窮する人たちへの支援を巡り、菅が「最終的には生活保護」と答弁し、炎上した。生活保護にならないよう対策を打つのが政治の仕事なのに、平然と放棄する。上が上なら下は下で、国民が自粛生活を送る中での銀座クラブ豪遊の思い上がり。腐敗・堕落政党には、もはや付ける薬はないのか。

「菅首相の『生活保護』発言は一国のトップとして100%あり得ない発言で大問題でした。菅さんも自民党も、差別やセクハラに対して『この程度ならいいだろう』という態度で、彼らはそれを『寛容』だと勘違いしている。真の寛容とは、異質なものを受け入れることです。国会で丸川五輪相を『アジアンビューティー』と称賛し、物議を醸した自民党議員がいましたが、8割の男性議員は『褒めているのに何がダメなのか』と思っていたんじゃないですか。公の場で女性の容貌をネタにすることがご法度なのが分からない。それほどズレているのですよ」(小田嶋隆氏=前出)

 政治的保身の“女性利用”に騙されてはいけない。






 

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